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<東京怪談・PCゲームノベル>


惚薬危機一髪!

 ことん、と湯飲みが差し出される。ここは店内からもすこし見える銀屋の奥にある和室だ。店内とは段差が設けられ靴を脱いであがるようになっている。そしてちゃぶ台を中心に壁にはあやしげな掛け軸などもあるがこれも商品らしい。
 茶を差し出し、暁の目の前に座っているのはこの店の店主で奈津ノ介。奈津と呼んでくださいと今しがた言われたところだ。そして暁の隣にはこの店の居候であり奈津ノ介の父親である藍ノ介が、べったりと、それはもう鬱陶しいくらいべったりとくっついていた。
「すみません、僕がうっかり出しっぱなしにしてたばかりに。その前に惚れ薬って書いてますけど親父殿。酒と間違えましたか……」
「いいって、楽しいし実害ないし」
「そうだぞ、わしが暁を好いておるのが何が悪いのだ、愚息」
「親父殿は黙っててください」
 暁を後ろから腕を回しぎゅっと抱きしめ、藍ノ介は笑う。
 偶々飲んでしまった惚れ薬、そして最初に見たことで偶々好意を寄せるようになった暁。暁自身もそれを楽しんでいるようで、今すぐに解決しないといけない、ということがないのが良かった。問題の惚れ薬は奈津ノ介が藍ノ介からさっさと取り上げて棚の中に封をして先ほどしまっていた。
 藍ノ介も何をするでもなく、ただずっとくっついているだけで今のところ満足しているらしい。
「なんだ、汝もこうしてほしいのか、だが生憎とわしの腕は一対だ、諦めろ」
「あははっ、てか好かれるのって嬉しいし。俺からも抱きつきっ!」
 そう言って暁は自分に回されている腕に力いっぱい抱きつく。どうにも現状を楽しんでいるかのような暁と事情をわかっていない藍ノ介に奈津ノ介は大きく溜息をついた。
「今は面白いからいいんでしょう。それがもしずっと続いたらどうするんですか。親父殿は、わりとしつこい性質です。飲んだのも少量、お猪口一杯らしいし、解毒薬か惚れ薬の説明書があったはずです。解毒薬がなくても説明書になら対処がのっているでしょう。どこにしまったか……それを探すか、別の方法を探さないと」
「そんな深く考えなくてもさ、その内治んじゃね? 酔いが冷めると〜みたいな感じ。俺はこのままで大丈夫、おもしろいし」
「そう、ですか……じゃあ親父殿をお任せします。ないとは思いますが、変なことしようとしたら張り倒していいんで、どうぞ遠慮なく。僕は倉に入って説明書か解毒薬を探してみます」
 にっこりと笑って言うと奈津ノ介は立ち上がって二人に背を向けた。どうやら倉というのは今いる部屋よりさらに奥にあるらしい。
「はいはい、いってらっしゃい」
 ひらひらと暁が手をふってその背を見守る。奈津ノ介の姿が見えなくなると、二人きりだ。藍ノ介が先に、言葉を発した。
「暁よ、わしは汝のことを好いておるが汝のことを名前以外知らないのだ、何か話せ」
「俺も藍ノ介さんのこと名前以外知らないけど?」
「汝が先だ」
 偉そうに、さも当然のように藍ノ介は言う。暁はしょうがないなーと軽く笑って返した。
「じゃあ俺が一個話したらそっちも一個話すってのでオッケー?」
「そう、だな。それでいい」
 藍ノ介は暁の髪をひとなでしながらその腕をほどく。暁はそれを少しくすぐったく感じた。そして正面を向くように座りなおした。
「ん〜と、俺は学生アルバイトでトランスメンバーで劇団員。はい、藍ノ介さんの番」
「わしは妖怪だ」
「…………」
「ほれ、汝の番だ」
「え、いやそれはちょっと短いって短すぎだって」
 苦笑。それは短くて、的確な答えだが味気がなさすぎる。暁は人差し指をたててもう一声、と言う。それに藍ノ介はしょうがない、と腕を組みなおしつつ言った。
「銀狐の妖怪、だな」
「あ、じゃあ尻尾とか、あるワケ?」
 うむ、と頷くと藍ノ介は狐の耳と尻尾をひょこりと出す。ふさふさの尻尾をゆらゆらとゆらして、いかにもさわり心地良さそうだ。それにうずうずとしてしまう。
「なぁなぁ、その尻尾をさ、枕にして昼寝したい」
「別に構わんが、ほれ」
 藍ノ介がへたり、と尻尾を畳の上に放り出すとそれにしがみつくような形で暁はとびつく。ふわふわのもこもこ、でもごわごわしないその尻尾の触り心地は最高のようでご満悦だ。
「尻尾サイコーうっわこれ欲しいな!」
「取り外しは生憎できない、汝ならいつでも触らせてやろう」
「マジマジ? やった」
 尻尾に顔を埋めてその心地を堪能する暁を、楽しそうに藍ノ介は見下ろす。時折その尻尾の先だけ動かして器用にくすぐると暁が嬉しそうに楽しそうに笑うのをまた面白がってもいるようで。
「くーすぐったいって!」
「それをわかってやっている」
「うわっ、あははは、ひーこそばゆいっ」
 首筋を重点的にくすぐられて暁は笑いが止まらないらしい。
「……何、なさってるんですか……」
「あれっ、お帰りっ、あはははは!」
 そんな時に丁度、奈津ノ介が戻ってきたらしい。手にはなにやら巻物が一本。笑い続ける暁に少し驚いていた。
「解毒薬はみつからなかったんですけど、惚れ薬の取扱説明書をみつけました。倉が暗くてよくわからなかったんですけど、親父殿の飲んだ薬は時間が立つと効果は消えてしまうそうで」
 ちゃぶ台の上にその巻物を広げて奈津ノ介は説明を始める。暁は笑いをこらえながらそこに這うように近づいて、その書を見るが汚れて、それに字もぼやけていてよくわからない。
「ようするに、どゆこと?」
「暁さんのおっしゃったように、ほっといたら効き目がなくなるそうです。少量を連続して服用させるか、大量に飲むと身体に染み付いちゃって解毒薬作らないといけないようですが……親父殿」
「なんだ愚息」
 奈津ノ介が声をかけると不機嫌そうに眉を潜めて藍ノ介は睨み返す。
「暁さんのこと、好きですか?」
「暁は好きだぞ」
「……薬、きれてないんじゃないの?」
 暁は奈津ノ介を不審の目で見上げる。それを受けて奈津ノ介はそんなことないはず、と困っている風だった。そして当の本人、藍ノ介は二人が何を言っているのか理解していないというか気にすらしていない。出しっぱなしの耳にかかっている髪が邪魔だとそっちのほうを気にしている。
「ん、二人とも微妙な雰囲気かもしだしてどうした」
「藍ノ介さん、俺のことどんな風に好き?」
「さっきの続きなら汝が先に言え」
「続きじゃないけど……まぁ、いっか。おもしろい、あと尻尾の触り心地サイコー」
 満面の笑みで言う暁に、藍ノ介はそうかそうか、と笑い返す。嬉しそうで、でもその感情の雰囲気はどちらかというと親が子を見守るようなものだ。
「汝は子のようだ。尻尾でじゃれるのなぞ愚息にしたきりだ。懐かしい」
「それだけ?」
「うむ、今日初めて会ったが友のように思うておる」
「……薬、きれてるようですね」
「らしいね、よかったじゃん!」
 藍ノ介の行動も、暁に必要以上にくっつこうとはしない、薬を飲んだ当初よりもおとなしいものになっている。暁と奈津ノ介は顔を見合わせて笑った。藍ノ介はそれがどういうことはわかっていない風だが別に気にはしていないらしい。
「よっし、見事解決したことだし、俺そろそろ行くことにするよ」
「あ、長々と引き止めてすみません」
「だーからっ、楽しかったしいいって」
 暁は靴をはいて元気よく立ち上がる。一回つま先をとん、と地に立てて靴をしっくりとさせる。くるっと回って二人の方をむいてにかっと笑った。
「楽しかった、じゃあさよーならっ」
 店の出口に向かって数歩。店の引き戸から光が入ってきてそれがすこし眩しい。
「暁」
 丁度引き戸に手をかけて少し開けたところだった。後ろから藍ノ介の声が響く。
「何?」
 肩越しに暁は振り返って藍ノ介の方をみた。少し照れたような、穏やかな表情だった。
「いつでも尻尾は貸してやるからな。惚れ薬で好意を持ったようだが、わしが汝を好いておるのは薬が切れてもかわらん。これは事実だ」
 気兼ねなく来いよ、と藍ノ介は言って奥に引っ込んでいく。最後まで見送るつもりはないらしい。それをフォローする形で奈津ノ介が言う。
「親父殿があんな風に言うのは珍しい事です。よかったらまた、遊びに来てください」
「え、いいの?」
 奈津ノ介がにこりと笑う。それは是の意味だ。
「それじゃ、また暇があったら!」
 暁はからから、とその引き戸を開けて外の眩しさに一瞬目を閉じた。別に店内が真っ暗であったわけではないが、何故だかそんな感じがする。
 じゃあ、と外に出てから店内を覗き込むような形で手をふって、奈津ノ介がそれに手を振りかえす。
「今度いらっしゃるときは何も起きなければいいのですけどね。」
 奈津ノ介の言葉は暁が引き戸を閉める音でかき消されて、聞こえてはいないかもしれない。
 暁は店を背に小走りで走っていく。また何か、楽しいこと起きないかなーと考えながら。ひと時の退屈しのぎにはなったようで軽く鼻歌も出ている。
「さーって、次は何しよう!」
 暁は満面の笑みを表情に特に目的もなくたかたかと走っていく。


<END>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【4782/桐生・暁/男性/17歳/学生アルバイト/トランスメンバー/劇団員】


【NPC/藍ノ介/男性/897/雑貨屋居候】
【NPC/奈津ノ介/男性/332/雑貨屋店主】

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■         ライター通信          ■
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桐生・暁さま

 はじめまして、ライターの志摩です。此度はご依頼ありがとうございました!
惚れ薬ネタがやりたい、と唐突に思い立ち勢いで立ち上げたこの話のオープニング。何をやるにも勢いだけな私なのですが(きっとこれからもそうでしょう)暁さまの元気さのおかげでとても楽しくこのお話を書かせて頂きました、ありがとうございます。そして暁さまが銀屋の面々と少しでもほのぼのと楽しんでいただけたら幸いです。

 それではまたどこかでお会いする機会があれば嬉しく思います。