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<東京怪談・PCゲームノベル>


惚薬危機一髪!

 ことん、と湯飲みが差し出される。ここは店内からもすこし見える銀屋の奥にある和室だ。店内とは段差が設けられ靴を脱いであがるようになっている。そしてちゃぶ台を中心に壁にはあやしげな掛け軸などもあるがこれも商品らしい。
 茶を差し出し、目の前に座っているのはこの店の店主で奈津ノ介。奈津と呼んでくださいと今しがた言われたところだ。
「僕はこの惚れ薬を今度こそ間違えて飲まれないように棚の奥のほうにしまっていたのにどうやってみつけたのか……まぁそれはあとで追求するとして」
 奈津ノ介は惚れ薬の入っていたらしい古めかしい瓶を覗き込み、残りどれくらいあるんだろうと呟いていた。そしてその量が半分くらいになっているのを確認すると二人の方をみた。
「面倒に巻き込んでしまってすみません。どうやら結構な量を飲んでいるみたいなので、解毒薬をお作りします。少量だったらすぐに効果が切れてしまうのでほっといてもいいのですけど、一応念のために」
 デリク・オーロフ、とその腕に至極嬉しそうになついて離れない問題の妖怪、蝶子。デリクは笑顔をたたえているままだがそれは傍目からみてとても邪魔そうだ。
「その薬というのは、どれくらいの時間でできるのでショウカ?」
「一時間、はかからないですね。しばらくの間の不都合ご容赦ください。蝶子さんも、デリクさんにご迷惑をかけないように」
「私が迷惑なんてかけるわけなんてないじゃろう、何を言うておるのじゃ」
 いや、もう今の状況が迷惑をかけているんですよ、と奈津ノ介は言いたいのを堪えて我慢した。言っても聞くわけがないからだ。
「あの、よろしければ薬の調合など私も多少の知識がありますから、手伝いが必要ならバ、手を貸しますヨ?」
 デリクがにこりと裏も表も無いような表情で笑って言うと、奈津ノ介はありがとうございます、と返した。
「申し出は嬉しいのですけれども、あなたがいらっしゃるところには蝶子さんもついてきますから、余計なことされてまた問題が増えたりするような気もするので、こちらで彼女のお相手を願えますか?」
「そうですネ、確かに問題が増えるのはよろしくナイ。いやいやちょっとばかり興味がないというと嘘になるのですが、職業柄ですかネ」
「デリク君のお仕事って何じゃ? もう奈津は良いから私と話をするのじゃ」
「とりあえず話し辛いので、離れてもらえますカ? あなたが嫌いだから離れろと言うわけじゃないのデス。話をするときは相手の顔を見るものじゃないですカ」
「おお、そうじゃ、離れたくないがそれではしょうがないのじゃ」
 蝶子はデリクの言葉に一応の納得を示して、少々名残惜しそうにその腕から離れた。そして正面を向き直ると嬉しそうに微笑む。
「大丈夫そうですね、僕は奥の倉で薬を調合してきます。と……この惚れ薬も持っていかないと」
 惚れ薬の瓶を持つと奈津ノ介は立ち上がりでは、と和室を後にした。そして残されたのは二人。
「二人きりじゃな」
「そうですネ。蝶子サンは何を仕事にしてらっしゃるのデスカ?」
「私は情報屋をしておる、ということになるのじゃろう、暇つぶしで噂や怪奇を集めているだけなのじゃが」
 デリクに問われて蝶子は照れながら答える。照れる答えでもないのにこんな態度なのは惚れ薬の所為なのだろう。その効果に少々興味を持ち、これは問題点を改良していけば何か使えるかもしれない、と思考をよぎる。
「なんだか格好いいですヨ、ではお好きなものなどハ?」
「趣味は銘酒探しで好きなものは光モノとか綺麗なモノ、収集するのも好きじゃ」
 本性はヤタガラスだからキャーなどと両手で顔をかくして彼女は言う。その様子はきっと普段の彼女を知るものがみれば、目を見開くようなものだろう。
「ああ、じゃあこんな、指輪とかも好きなのでしょうネ」
 デリクの指、そこにはまった指輪をみて蝶子はうんうん、と首を縦にふって頷く。蝶子はしばらく、といってもほんの二、三秒その指にはまった指輪を凝視していたがぱっと顔をあげて彼を正面から見つめる。
「どうかしましたカ?」
「その瞳も好きじゃ。深い青……いや深い群青か、その色が私は好きじゃ。髪もキラキラしていて惹かれるのじゃが、その瞳が一番綺麗で好きじゃ、指にはまっておるものよりじゃ」
 言われる方も恥ずかしいが言っている方も、結構恥ずかしいらしい。少々頬の色が、紅く染まる。
「褒められるのは嬉しいですガ、あげられませんヨ。ないと困りますからネ」
「それはわかっておるよ、でも見るのは良いじゃろ?」
 そうですネ、とデリクは笑う。まっすぐじっと正面から見据えられるというのはかなり恥ずかしいものだ。しかも熱が篭っている。
「蝶子サンの髪と瞳も綺麗ですヨ。輝きが黒真珠みたいデス」
「髪は女の命じゃ、手入れは欠かさぬのじゃ。まっすぐに褒められると嬉しいの、それが好きな相手ならばなおさらじゃ。そうじゃ、デリク君は普段何をしておるのじゃ? 私は答えた、今度はデリク君の番じゃ」
 この問いの答えは魔術師、ということになるのだろう。のらりくらりとかわそうかとも思うが、別に知られても問題はないだろうと思いデリクは口を開いた。
「魔術師ですヨ。他に英語学校講師もしていますがネ。ああ、ペテン師ではありまセンよ?」
「ほお、魔術師とはまた渋いのじゃ。魔術師というとあれじゃろ、銭を消したり紙切れに書いてある言葉を透視したりする」
「それは手品師ですネ、違いますヨ」
「違うのか? できるのならばみせてもらおうと思っておったのじゃが残念じゃ」
 それはすみまセン、と苦笑しながらデリクは言う。どう考えても魔術師と手品師は違うものなのに、妖怪の頭の中では同列なのだろうかと思う。
 と、奥から人が降りてくる気配がする。奈津ノ介だ。
「お待たせしました、わりと早くできました。さぁ、蝶子さん」
 黒い丸薬を三粒差し出して、奈津ノ介は蝶子に笑みかける。それには有無を言わさない強さがあった。
「さっさとこれを飲んでください。惚れ薬の効果が切れますから」
「私には惚れ薬なぞ効いておらんのじゃ、そんなもの飲んだってデリク君を好きなのはかわらぬのじゃ」
「物は試しなんです、ねぇデリクさん」
 奈津ノ介は蝶子に飲むようにと促してくださいとデリクに視線を送る。その意をちゃんと彼も解したらしく言葉を紡ぐ。
「蝶子サン、ためしに、ですヨ。飲んでみてくだサイ」
「んぬぅ、そう言うならしょうがないのじゃ……」
 しぶしぶ、という様子で蝶子は奈津ノ介の手から丸薬を受け取るとそれを口に放り込んで飲み込んだ。ごくん、と喉の下に落ちる音がしっかりと聞こえた。
「……どうですカ」
「何も変わらぬのじゃが……っ!」
 一瞬びくりと蝶子の体が震えて、そして和室の畳の上に半身を伏せる形で倒れこむ。だん、と勢い良く手を突いた音も響いた。
「蝶子さん大丈夫ですか? 何か言うことはありますか?」
 奈津ノ介が呼びかけると蝶子はそのまま三つ指ついて頭をたれた。
「迷惑かけてごめんなさいなのじゃ……」
「解毒剤が効いておられるようですネ」
「うぬ、記憶はしっかりしておる。べったり恋する乙女のようにくっついてあのようなあっつい視線を送ってすまなかったのじゃ」
 身を起こして、少々困り顔、照れ顔で蝶子は言う。決まりが悪いらしくまっすぐ視線をデリクに向けられないようだった。
「いえいえ、解決シタのですからかまいませんヨ」
「解毒剤も惚れ薬もちゃんと効くらしいですね。うん、もうちょっと改良してようかな」
「おや、新しい惚れ薬の思案ですカ? 興味深いですネ」
 奈津ノ介の呟きを耳に入れデリクはその興味を示す。奈津ノ介もよろしければつくり方をお教えしますよ、などといい始め、そんな様子を蝶子はみて話が長くなりそうだと悟り立ち上がった。
「じゃあご迷惑をかけた私はそろそろ暇するのじゃ」
「帰られるんですか、もう人の家のもの勝手に飲まないでくださいね」
「うぬ、学習したから大丈夫じゃ。もうあの瓶に入ったものは飲まぬ」
 何故だが仁王立ちで偉そうに言うのは何故だろう、と思いつつそれをあえて突っ込みはしない。とん、と軽やかに和室と店の段差を飛び降りそのまま裸足で、店の外へと向かう。その姿をデリクと奈津ノ介はなんとなく見ていた。
「お、そうじゃ。惚れ薬を飲んでおったが瞳と髪が綺麗だと思うのは今もかわらぬのじゃ、またどこかで出会えたらとく見せてほしいのじゃ」
 思い出したように肩越しに振り返って笑みながら言うと蝶子は店の引き戸をあけ外にでる。瞬きをした次にはもうその姿はなくそしてそこに黒羽根がはらはらと舞い落ちる。
「いつもながらに騒がしい人でした。お騒がせしたお詫びに東洋の神秘をお教えします」
「それは嬉しいですネ。西洋の知識と合わせればきっといいものになりそうデス」
 奈津ノ介が惚れ薬に関する巻物を持ってきます、と言いまた少し奥に引きこもる。
 デリクは蝶子がいなくなった先をなんとなく見た。
「光モノの好きなカラスさんですカ、それも東洋の神秘ですかネ」
 一人呟いて、そしてお待たせしました、と喜々とした声色の奈津ノ介が戻ってくる。手には巻物と、解毒薬を作るためにもっていた惚れ薬だ。それらをちゃぶ台の上に置き、二人はその知識を充たしあった。


<END>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【3432/デリク・オーロフ/男性/31歳/魔術師】


【NPC/蝶子/女性/461/暇つぶしが本業の情報屋】
【NPC/奈津ノ介/男性/332/雑貨屋店主】

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■         ライター通信          ■
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デリク・オーロフさま

はじめまして、ライターの志摩です。此度はご依頼ありがとうございました!
個人的に三十路大好きなので密かにときめきをいだきつつ書かせていただきました。むしろ私が蝶子よ!などと言い出しそうな勢いで気持ちの高鳴りを抑えるのも一苦労。デリクさまが奈津と蝶子とのひと時を楽しんでいただければ幸いです。

それではまたどこかでお会いする機会があれば嬉しく思います。