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<東京怪談・PCゲームノベル>


惚薬危機一髪!

 ことん、と湯飲みが差し出される。ここは店内からもすこし見える銀屋の奥にある和室だ。店内とは段差が設けられ靴を脱いであがるようになっている。そしてちゃぶ台を中心に壁にはあやしげな掛け軸などもあるがこれも商品らしい。
 茶を差し出し、目の前に座っているのはこの店の店主で奈津ノ介。奈津と呼んでくださいと今しがた言われたところだ。
「あたしは海原・みなもといいます。状況は理解できているはずです」
 まだ少し困惑している。そんな表情をうかべてみなもは名乗った。その隣には嬉しそうにみなもの腕に手を回し身を寄せる蝶子がいる。
「本当に、蝶子さんは学習しているのですかね……今回飲んだのは少量か。瓶を変えたのがいけなかったのかな……」
「奈津、何をいっておるのじゃ、私はいたって普通じゃぞ」
「はいはいはい、みなもさんに抱きついたままで言っても説得力ありませんから」
 奈津ノ介は溜息一つついて、そしてみなもに笑いかけた。おっとりと優しげな、笑顔。
「惚れ薬の効果は一時間くらいで切れてしまいます。その間蝶子さんがべったりくっついて少々鬱陶しいかとは思いますがご容赦ください。解毒薬も作れるのですがそれも一時間くらいかかるので……時間的にあまりかわらないのです」
「そうですか……今日は休日ですし一時間くらいここで過ごすのもいいかもしれませんね」
「ではその間、僕と蝶子さんがお相手いたします。のんびり話をしていれば一時間なんてすぐです。それに薬が切れていくのがわかるのも、先日あった似たような事件からわかっていますし」
「似たような事件?」
 同じようなことがあったのか、とみなもは身を前に乗り出して興味を示す。奈津ノ介は苦笑しながらそれを軽くかいつまんで話した。
「僕の親父殿が少量飲んだのが一回、これは時間経過で解決しました。そしてそこの蝶子さんが大量に飲んで解毒薬を作る羽目に」
「うぬ、あれは失敗じゃったな。今回も奈津が大事にしまっておるから良い酒じゃと思って味見をしてみたら同じものだったらしい。じゃが私はその薬のせいでみなも君を好きになったのではない、直感じゃ、この子は私の感覚にびびっときたのじゃ」
「だからそれが薬の所為なんですって……」
「それは大変でしたね。薬の効力とはいえ好きになってもらうのは少しこそばゆい感じがします」
 そうですね、と相槌を打ちながら奈津ノ介は茶を一口、口に含んだ。そして湯飲みをちゃぶ台においた。
「僕は惚れ薬なんてきっかけだと思ってるんですよ、距離を縮めるための。でも間違って知らない人が服用するとこんなことになると一つ、学習しました」
「経験は大事ですものね」
 にこにこと穏やかに二人が話しているのが面白くないらしく、蝶子は少し不機嫌になりつつある。それに感づいて、奈津ノ介は蝶子へと話題をふった。
「蝶子さんはヤタガラスの妖怪で、僕は四尾の銀狐です。蝶子さんの方が僕より数十年長生きされてるので、色々と面白いネタを持っていますよ」
「うぬ、暇つぶしに色恋沙汰の噂から怪奇の噂まで集めておったら情報屋と呼ばれるようになったくらいじゃ。話のネタは色々と持っておるじゃろう」
「うわぁ、すごいですね。お仕事以外は普段は何をしたりされてるんですか?」
 興味津々と瞳をキラキラと輝かせてみなもは問う。自分の事を聞かれて蝶子は嬉しそうにそれに答える。
「そうじゃな、色んなとこに出向いたり、あとは髪の手入れをしたりしておるな、ほら、髪は女の命と言うじゃろ?」
 そう言って蝶子は自分の腰ほどまである黒光りする髪を一筋救い上げてみせる。確かに絡まりもなにもなくさらさらだ。
「みなも君の髪も綺麗じゃよ、その青がきらきらしていてとても好きじゃ。深い色は重くも見えるときがあるがそれを感じさせない色じゃ」
「お褒めの言葉、嬉しいです。蝶子さんの髪の手入れ方法、ちょっと気になりますね」
「蝶子さんは光モノや綺麗なものが習性で好きですからね」
「よかったら後で教えてあげるのじゃ。奈津、習性でもあるが性格で綺麗なものが好きなのじゃ」
 苦笑しながら横槍をいれる奈津ノ介をぴしり、と締め出すような口調で蝶子は言う。それになるほどと納得し、また笑って奈津ノ介は返した。
「じゃあできることなどは何かありますか? 私は水を自在にあやつるという能力をもっているのですけど、これは直接触れていないとできないので残念ながら今はお見せできませんね」
「水を操る、ですか。それでは僕と反対ですね。僕は発火能力を持っているのですよ、銀色の炎をちょこっと」
 奈津ノ介は右手人差し指をたて、その先に銀色の揺らめく炎を小さく灯す。昼間で明るい部屋の中ではそれは映えないが、夕闇、暗がりの中ではさぞ美しいのだろうとみなもは思う。その炎をみなもが十分にみた、と思うと奈津ノ介はそれを消す。そして今度は蝶子さんの番ですよ、と促すのだった。
「奈津の炎も久し振りにみたのじゃ、私は風を自在に操ることができるのじゃが……ここはそれをみせるには少し狭いからの」
「そうですね、店のものに傷をつけられるのも困るし嫌なのでやめてくださいね」
「じゃあ機会があれば是非みせてくださいね、蝶子さん」
 みなもが穏やかに笑む。この状況にも慣れてごくごく自然に浮かべた表情に暖かいものを蝶子も奈津ノ介も感じていた。
「いやぁ……みなもさんと話すとなごみますね……」
「妹がいたらこんな感じなんじゃろうなぁ……」
「え、どうしたんですか?」
「和んでるんです」
「うぬ」
 ほわわんとした雰囲気、その中で一人みなもはちょっと取り残されたような気分で焦りもする。だがこの雰囲気はみなもが作ったものである。穏やかな、穏やかな空気は心地が良い。
 そしてふと思い出したように奈津ノ介は言葉を紡ぐ。
「そういえばそろそろ一時間たっているんじゃないですかね。蝶子さんいかがですか」
「うぬ? 私はみなも君のことが好きじゃよ?」
「でしょうね、僕も会ったばかりなのに好意を抱いてます。薬も飲んでないのですけどね」
 にへら、と顔の筋を緩めたような表情で奈津ノ介は笑う。この表情は珍しい、あまりしない類の笑顔だ。
「えっと、惚れ薬の効果は結局どうなったのでしょうか?」
「大丈夫ですよ、蝶子さんはみなもさんの事を妹のような感じで好いてはいるようですが今も最初みたいにべったりくっついているわけではないでしょう?」
 そう言われてみると、薬を飲んだ当初より二人の距離は遠くなっていることにみなもは気付く。丁度いい、適度な距離だ。
「まぁ、無事に効果が切れてよかったです。色々なお話もできましたし」
「そう言っていただければ幸いです」
「私も楽しかった、また縁があれば、というか縁を引き寄せてでも会いたいものじゃ」
「そうですね、これも何かの縁ですしまたどこかで繋がっているといいですね」
 みなもの言葉に奈津ノ介も蝶子も笑ってその通りだと答える。
「それではあたし、そろそろお暇します。朝夕が寒くなってきましたのでお体にお気をつけて」
「ええ、あなたも」
 奈津ノ介と蝶子に見送られ、みなもは店を後にする。店をでて、その背が見えなくなるまで二人は戸口で見守っていた。
「本当に、どこかでまた繋がっているといいですね」
 奈津ノ介の呟きは蝶子の耳に届き、彼女は無言で頷き返した。
「あ」
「? どうしましたか?」
「いや、髪の手入れを教えてやろうと言っておったのに、すっかり抜けてしまったな、残念じゃ」
 そういえばそうですね、と奈津ノ介は苦笑する。女性は本当に髪が大事なのですね、などと言いながら奈津ノ介は店の引き戸を閉めた。


<END>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生】


【NPC/蝶子/女性/461/暇つぶしが本業の情報屋】
【NPC/奈津ノ介/男性/332/雑貨屋店主】

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■         ライター通信          ■
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 海原・みなもさま

 はじめまして、ライターの志摩です。此度はご依頼ありがとうございました!
 みなもさまの性格が少しでも理想通りに現れるといいな、と言葉を選んで綴りました。雰囲気かもしでていれば嬉しいものです。それでもこの一時、蝶子と奈津ノ介と楽しんでいただければ幸いです。

 それではまたどこかでお会いする機会があれば嬉しく思います。