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Brave Girls! ...With a chicken
その日、三下忠雄が命じられたのは、とある山奥の祠の取材であった。
「ここって……何なんですか?」
地図を受け取った瞬間、三下のチキンレーダーが嫌な予感をびんびんに感じ取る。
「ここって……何なんですか?」
「なんでも、竜の祠らしいわよ。
その辺りには昔邪悪な竜が住んでいて、近くの村人に生け贄を要求したりしていたらしいわ」
反応レベル一段階アップ。不安ゲージはすでに振り切れる寸前だ。
「ええっと、それってやっぱり……」
答えがノーであってくれるよう祈りながら、おそるおそる、核心に触れる。
しかし、当然といえば当然のことではあるが、現実はやはり非情だった。
「ええ、何か出るらしいのよ」
「そ、そんなあぁ〜!」
たまらず三下は抗議の声を上げたが、当然そんなものが聞き入れられるはずもない。
「そんなもなにも、それじゃなきゃ記事にならないでしょ。
さ、わかったらさっさと行ってきなさい」
もちろん、これ以上文句を言ったところで事態が好転するはずがない。
そのことを経験から悟った三下は、渋々地図を持って編集部を後にした。
「……というわけなんですよおぉ〜」
三下の話を聞いて、久良木アゲハは二度ほど頷いた。
「なるほど。
竜の祠に行くのは怖いけど、行かないと編集部にも帰れないんですね」
そもそもの始まりは、アゲハが公園で三下を目撃したことである。
呆然とした様子でベンチに腰を下ろし、周囲一帯を巻き込むかのような負のオーラを放っている三下を見ているうちに、アゲハはなんとなく放っておけなくなってしまい、ついつい声をかけてしまったのだ。
「そうなんです。もうどうしたらいいか」
途方に暮れる三下であるが、それが彼の仕事である以上、アゲハがかけてやれる言葉は多くない。
「どうしたらって、行くしかないんじゃないですか?」
正直にそう言ってはみたものの、もちろん三下がその一言で動くはずもない。
「でも、竜ですよ? 生け贄ですよ?
そんなところに出るものといったら、絶対ロクなものじゃないに決まってますよぉ」
その三下の泣き言に、逆にアゲハがついつい口を滑らせる。
「まあ確かに、その何かが善良であったり、友好的であったりする確率はものすごく低いですよね」
言ってから気づいても、もう遅い。
「でしょう? そんなところに僕なんかが行ったら……」
最悪の未来予想図を思い浮かべ、再び暗黒オーラを放ち始める三下。
それを見るに見かねて、アゲハはやむなくこう言った。
「わかりました。私が一緒について行ってあげます」
「え? でも……」
その「でも」は、「そんな迷惑をかけてもいいのか」の「でも」か、それとも「本当に頼りになるのか」の「でも」か。
恐らく本音はそのどちらでもあるのだろうと思い、アゲハはきっぱりとこう言い切ったのだった。
「乗りかかった船です。それに、こう見えても私結構強いんですよ?」
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一方、藤河小春も、また別の理由で同じ祠へと向かっていた。
聞いたところによると、あの祠には何らかの邪悪なる存在が封じ込められているらしい。
ところが、封印が施されてからすでに長い年月が経ち、次第に封印の効力も薄れつつある。
最近あの付近で「何かが出る」などと言われているらしいが、それも恐らく封印の隙間から邪気が漏れ始めているせいだろう。
とはいえ。
封印が解けそうだというのは、考えようによっては好機でもある。
もともと封印などというその場しのぎの方法に頼るからこうして後になって問題が生じるわけであって、出てきたところをしっかりと叩いてしまえば、もう未来永劫こんな騒ぎは起こりえない、ということだ。
そこで、どういうわけか、一族の中では祠に近い場所に住んでいる小春に討伐の任務が回ってきたのである。
はた迷惑な話ではあるが、いつの間にか決定事項として回ってきたものに、今さらどうこう言えるはずもない。
「竜の祠のレポートって、少しは役に立つかなぁ」
そんなことを考えながら、小春は山道を登っていくのであった。
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小春が祠に辿り着いてみると、そこには二人ほど先客がいた。
銀髪の少女と、眼鏡をかけた若い男――三下である。
「三下さん? こんなところで何してるんですか?」
小春が尋ねてみると、銀髪の少女――アゲハの方がこう答えた。
「雑誌の取材だそうです。なんでも、この辺りでいろいろと不思議な現象が起きるそうで」
なるほど、どうやら封印が解けかかっているというのは本当のことらしい。
ならば、まずは早いうちにこの二人を避難させなくては。
「私もそう聞いています。取材が終わったら、早くここを離れた方がいいですよ」
小春がそう忠告すると、アゲハは深々と頭を下げた。
「ご親切に、どうもありがとうございます」
と、その時。
祠の後ろ側からの写真を撮ろうとして斜面に登っていた三下が、お約束通りに見事に足を滑らせた。
尻餅をついた三下はそのまま斜面を滑り落ち、老朽化した木造の祠に直撃。
祠を破壊し、さらに、中に安置されていた封印の石まで倒してしまったのである。
「……いけない!」
小春がそう思った時には、すでに遅く。
辺りの地面から、一斉に瘴気が吹き出し始めた。
「ひいいぃぃぃぃっ! でででででで出たあああぁぁぁ!?」
事故とはいえ、封印を解いた当の本人である三下が真っ先に奇声を上げ、腰を抜かしたまま両手で器用かつ高速に後ずさる。
が、そこはやはり不幸の代名詞・三下。
目の前に吹き出した瘴気に驚き、ろくに後ろを確認もせずに後ずさるものだから――。
「うわあぁあぁあぁあぁっ!?」
ちょうど三下の後ろに口を開けていた、本命の大穴に見事に落ち込んでしまったのである。
「……三下さん……」
あまりに見事な自爆ぶりに、小春とアゲハはただただ唖然とするより他なかった。
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ともあれ。
このまま三下を見殺しにしておくわけにもいかず、二人は三下の後を追って穴へ飛び込んだ。
人一人がやっと通れるほどの広さの穴は、まるで筒状の脱出シュートのように、下へ下へと続いており――やがて、祠の地下にあった大きな空洞に辿り着いた。
辺りには人骨のようなものが散らばり、この空間一帯に邪悪な気配が充ち満ちている。
三下は、その空間のちょうど真ん中付近に倒れていた。
「三下さん!」
先に降りたアゲハが、慌てて三下に駆け寄る。
小春もすぐにその後に続き――ただならぬ気配を感じて、とっさにこう叫んだ。
「待って下さい!」
その言葉に、アゲハが足を止めて怪訝そうにこちらを向く。
すると次の瞬間、先ほどまで死んだように微動だにしなかった三下が、突然アゲハに飛びかかった。
「えっ!?」
不意をつかれながらも、とっさに三下の攻撃をかわし、一旦間合いをとるアゲハ。
そんな二人を睨みつけながら、三下は獣のようなうなり声を上げた。
「どうやら、何者かに取り憑かれているみたいですね」
ドジを踏んで封印を解いたあげく、その封印されていた何者かに取り憑かれるとは、全くどこまでも運のない男である。
まあ、いかに操られてはいても、所詮は三下。
純粋な強さで言えば、小春たちの足元にも及ばないだろう。
三下ごとボコボコにして捕まえてしまえば、敵も三下の肉体を放棄せざるをえないはずだ。
そうすれば、後は小春の銀竜刃で一刀のもとに切り伏せてやればいい。
が。
いくら正気を失っているとはいえ、さすがに三下をボコボコにするのは少々気が引ける。
とはいえ、今の三下を倒すのは簡単だが、無傷で捕獲するのはさすがに少し困難だ。
敵をいぶり出すためには、三下にも相応のダメージを――それこそ、腕の一本くらいは覚悟してもらう必要があるだろう。
「困りましたね」
小春がため息をつくと、アゲハは何かを思いついたような顔でこう言った。
「私に考えがあります。小春さんはいつでも敵を斬れる用意をしておいて下さい」
「ほへ? はあ、わかりました」
小春が一度頷くと、アゲハは自分から三下に格闘戦をしかけた。
闇雲に攻撃しようとする三下と、相手の動きを見て冷静に対処するアゲハ。
二人の技量には、それこそ天と地ほどの差があった。
当然、三下の攻撃は全て空を切り、逆にアゲハの拳は的確に三下を捉えていく。
とはいえ、小春が見る限り、アゲハは寸止めの要領で当たる直前に力を殺しており、三下にはほとんどダメージはないはずだ。
それなのに、アゲハの拳が触れるたび、三下は大げさなほどに表情を歪める。
恐らく、退魔の術のようなものを拳に込めているのだろう。
やがて、その苦痛に耐えきれなくなったのか、敵が三下の肉体を放棄した。
糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる三下と、頭上に姿を現した瘴気の雲。
その一瞬を、小春は見逃さなかった。
「そこっ!」
逃げる間も与えず、銀竜刃を一閃させる。
その一太刀で、瘴気の雲はあっさりと霧消し、今回の騒動もまた終わりを告げたのであった。
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「ん〜……気絶しているだけ、みたいですね」
三下の無事を確かめて、小春はほっと息をついた。
アゲハがうまくやってくれたおかげで、落ちた時にすりむいたものと思われる擦り傷が多少ある以外は、目立った外傷はない。
そこへ、出口を探しに行っていたアゲハが戻ってくる。
「あっちの方に出口がありました。
傾斜の急なところなので、ちょっと降りるのにコツがいりそうですが、出られないことはなさそうです」
まあ、小春とアゲハの二人であれば、その辺りは特に問題ないだろう。
三下は……二人が先に降りてから、ロープか何かを使って補助してやったほうがいいかもしれない。
そんなことを考えてから、小春はアゲハに声をかけた。
「それにしても、お強いんですね」
あの時のアゲハの動きには、全くと言っていいほどムダがなかった。
相手の攻撃をさばく技術、相手の隙をつく技術、その上力の加減まで、どれをとっても超一流の域に達していると言っていい。
「そうですか?」
「ええ。私にも多少は武術の心得がありますから、それくらいはわかります」
小春のその言葉に、アゲハは少し困ったように笑いながらこう返してきた。
「あなたこそ、最後の一太刀は素晴らしい太刀筋でしたよ」
考えてみれば、こんな武術などの話題で盛り上がれる知り合いは――それも、女の子には――いなかったような気がする。
「なんだか私たち、いいお友達になれそうですね」
小春がそう言ってみると、アゲハも嬉しそうに微笑んだ。
「そうですね」
と、その時。
「あ、あの……」
どこからか、消え入りそうな声が聞こえてきた。
三下である。
「えーっと……ここはどこで、一体何があったんでしょうか?」
ひょっとすると、穴に落ちた辺りで早々に意識を失っていたのだろうか?
だとしたらこの男、なんだかんだで結構得な性格をしているようだ。
小春とアゲハは顔を見合わせて一度小さくため息をつくと、何事もなかったかのように話を戻して、出口の方へと歩き出した。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。久良木アゲハです。あなたは?」
「藤河小春です。改めて、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「え、あの、二人とも、ちょっと待って下さいよぉ〜!!」
後ろから追いかけてくる三下の声に、二人は軽く苦笑しあったのであった。
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<<ライターより>>
撓場秀武です。
このたびは私にご依頼下さいましてありがとうございました。
えー、得意なジャンルの感覚で書いたところ、こんな感じになりました。
三下は意気地なしというか、ただひたすら迷惑なヤツになってしまいましたが……。
ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
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