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<東京怪談・PCゲームノベル>


鍋祭しよう!

 ひゅるんと風がいい音で鳴く。からからから、と銀屋の引き戸を開けると暖かい空気
と、味噌の匂いが流れてくる。
「こんにちは、チラシみましたヨ」
「デリクさん! いいタイミングで、今日はもち味噌煮込み鍋ですよ」
 店の奥にある和室から店内に降りてきて店主の奈津ノ介が言う。
「おお、それは良さそうな感じデス。ではこれが私からの、ということデ」
 デリク・オーロフは手に持っていた紙袋を奈津ノ介に差し出す。それを奈津ノ介は受け取る。
「こんなにたくさんありがとうございます」
「いえいえ、おいしい鍋のためナラバ」
 そんな会話をしながら和室に通されるとあのちゃぶ台の上にガスコンロと土鍋がおかれ今くつくつと煮込まれている途中だった。
「要さん、これを。デリクさん、うちのアルバイトの要さんです」
「はじめまして、音原要といいます。今日は鍋奉行のお仕事してます。あ、巾着も牛スジもいれちゃおう!」
 荷を受け取って中を確認すると要は手際よくそれを鍋に入れていく。土鍋にはもちがどんと構え白菜や長ネギなどの野菜、そして油揚げ、豆腐、そこへデリクの持ってきた納豆入りの油揚げ巾着、牛スジが加わった。
「はい、あとはこれでちょっと蓋をして煮込めばできあがりです」
 要は土鍋に蓋をしてコンロの火を中火にする。
「そういえば蝶子さんはいらっしゃらないのですカ?」
「彼女ももうすぐ来ますよ、なにやらおいしい酒を持ってくるとかで」
「おや、では私が持ってきたお酒はいらないかも知れませんネ」
 苦笑しつつ、デリクは言う。先ほど要にわたった紙袋には珍しい銘柄の日本酒も入っている。
「足りないと言い出しますから大丈夫ですよ。さて、僕は上で寝ている親父殿を起こしてきます。のけ者にしたらあとで怒りそうなので」
 奈津ノ介は立ち上がると奥へと消えていく。怪談を上がる音が聞こえ、そして話し声もうっすらと聴こえる。その声を消すようにと引き戸が開く音がしてデリクと要がそちらに視線をむけると蝶子が残念そうな表情で入ってきたところだった。
「銘酒なかったのじゃ……残念。って、おお、デリク君じゃないか! 相変わらず綺麗な髪を瞳じゃのう!」
「こんにちは、お褒めに預かり光栄デス」
 デリクの姿を瞳に捉え、表情を一転させ、たかたかと和室へと小走り気味にやってくる。要にも軽く挨拶をし、当然のようにデリクの隣に陣取った。そして奥から人の来る気配がして奈津ノ介が一人伴って戻ってくる。
「おう、蝶子か、久し振りだな。汝は……」
「デリク・オーロフと申しマス。先日こちらでお世話になってからの御縁デ」
「ああ、蝶子のあれのあれか。わしは藍ノ介。これの父親でな」
 一人で納得し、そして藍ノ介は笑いながら奈津ノ介を見る。奈津ノ介はというと、こんな父親ですみませんというような表情だ。二人は並んで、座る。奈津ノ介、藍ノ介、要、デリク、蝶子、そしてまた奈津ノ介に戻ってちゃぶ台を一周だ。
「蝶子さん、お酒はみつかりました?」
「それが、なかったのじゃ……あんなに飛び回ったのに……くうぅっ」
「それならデリクさんが持ってきてくださったお酒がありますから、それをいただけばいいでしょう」
 奈津ノ介が言うと要がこれですね、とそれを掲げる。そしてそれを見た途端に、藍ノ介と蝶子の目の色がかわった。
「な、汝がそれを持ってきた、のだな」
「え、えー、ちょっ、すごいのじゃ!」
「どうかしましたカ? 良さそうな感じだったので選んだのですガ」
 デリクはあからさまにおかしな二人に怪訝な表情を浮かべた。奈津ノ介が藍ノ介をつついて、どういうことですか、と問う。すると藍ノ介は我に返り言葉を紡ぐ。
「その酒は幻の酒の一本で蝶子が探していたのよりもさらに幻、年間何百本と造られるか造られるまいか……わしも飲んだことがあるのは三度だけだ。甘味のある良い酒じゃ……要、よこせ。あと冷酒の」
「冷酒のグラスですね」
 要は立ち上がり店の奥に行き、そしてグラスを三つ持ってくる。その間に藍ノ介は酒の封を開けいつでも飲めるようにしておく。
「どうぞ」
 要はそのグラスを藍ノ介、デリク、蝶子に渡し、自分は鍋の蓋をちょっと開けて鍋の具合を見る。うんうん、頷いてどうやらもう少しのようでもう一度蓋を閉めた。
「奈津サンは飲まれないのですカ?」
「僕は何故だか、酒を飲むなと止められていまして」
「奈津は酒を飲むと人格がかわるのじゃ。飲ませない方が、いいのじゃ」
「うぬ、手がつけられなくなる」
 蝶子と藍ノ介が頷きながら言う。よほど酷い状態になるらしく絶対に飲ませないという雰囲気を二人から感じとれる。
「汝、グラスをだせ。持ってきたのは汝だ、最初に飲め」
「ではお言葉に甘えテ」
 藍ノ介に促されてグラスを差し出すとそこにとくとく、と薄い琥珀色の液体が注がれる。デリクはそれをぐいっと一気に喉へと落とす。芳醇な匂いと甘味とが喉奥に広がる。
「良い飲み様だ、汝はいける口だな」
 その姿に藍ノ介は笑いかける。それはドウモ、とデリクも返す。汝を気にいった、と藍ノ介は言ってまた酒を注ぎ、そして蝶子も飲みたそうにしているのをみてグラスに注いでやっている。
「はい、じゃあ鍋もそろそろ良い頃のようなので」
 頃合を見計らっていたように要は言うと鍋の蓋を開ける。良い匂いと湯気がもわっと立ち、そこには煮える具材が待っている。
「要さんは料理上手ですからね、おいしいですよ」
「なくなったらどんどん追加するので。あ、でもおもちは一人四個までですよ」
 にこ、と笑って鍋をつついていた菜箸を置く。もう各人でとってどうぞ、という意らしい。それぞれ箸を伸ばして鍋から食べたいものをとっていくのだが、とりあえず最初は全員もちらしい。
「どうぞ」
 藍ノ介が何か言い始める前に要が小瓶を差し出す。もう行動パターンがわかっているかのようだ。その小瓶には『七味唐辛子』と書いてある。
「さすが要だな、わかっておる」
「それはもう。デリクさんもよかったら七味唐辛子どうぞ。味噌のと七味、あいますよ」
 そう言ってもう一つ同じ小瓶を差し出す。準備万端だ。デリクはそれでハ、ともちへ七味唐辛子をぱらりとかけ口の中にそれを放り込む。何度か咀嚼しているうちにもちにしみこんだ味噌の旨味が口の中にひろがり、そしてぴりりとしたアクセントが入る。
「要さん……」
「要君」
「要よ」
「なんでしょう」
 何これおいしすぎる、とばかりに全員きらきらした感嘆の目で要を見る。要とは言うと当たり前です、とばかりに得意顔だ。
「一口で言い表せない、コクと深みのある味……オオッ、深淵に引きずりこまれるかのようですッ」
 デリクはその味に感動をしてちょっと目頭を押さえる。涙が出そうな感覚に襲われさらによろめき、そしてすぐ体勢を整える。
「デリク君、大丈夫?」
「……心配ゴ無用、私は感激しているのですヨ! こんなにおいしい鍋は生まれて初めてかもしれないのデス」
「おもちだけでそんなに感動するなんて、ほらほら他のものも食べてください、野菜も」
 要は明るく笑いながらどんどん鍋を勧める。この鍋のおいしさと明るい雰囲気が心も穏やかに楽しくさせるようだ。
「あ、親父殿、その巾着はデリクさんが持ってきてくださった物ですよ」
 藍ノ介の箸の先、その巾着を指差して奈津ノ介は言う。それを聞いて藍ノ介はおおお、と表情を緩ませる。
「もち巾着にしなくてよかったですネ。中は納豆ですヨ」
「なんと! わしは納豆も好きなのだ」
 はふはふと熱いそれを口に運ぶとこれまたおいしい。味噌の濃い味も染み出てくる。
「野菜も豆腐もおいしく、すばらしい味デス」
「どうもありがとうございます。私がいる限りはまずい鍋にはさせませんよ」
「要がいれば我が家の食生活は安泰だ……もうここに住め」
「うーん、さすがにそれは無理ですね。その前にバイトくるといつもご飯係じゃないですか、私」
 藍ノ介の言葉も軽くかわして鍋にまた少なくなった野菜やらを掘り込む。すぐに煮えてこれまたいい味。誰もが箸を休ませることなく鍋をつつく。
 そして鍋の具材をほぼ食べ終わっても醍醐味はまだ続く。
 残り物でのおじやだ。
「いい感じに牛スジも残ってるし、卵おとして持ってきてくださった梅の実をそれぞれトッピング、という形にしましょうか」
 要はそう言ってコンロの火を少し強めると、出汁の味を確認、少し調味料を足して鍋に冷飯を入れる。
「いい鍋奉行っぷりデス。私も今度鍋をするときの参考にさせていただきまショウ」
「鍋奉行には向き不向きがありますよ。性格がでちゃいますからね。奈津さんはきっとうまくやってくれるタイプですね」
「そうですかね? 要さんがいる限りはお任せしますよ」
 奈津ノ介は要が鍋を見ている間に使っていた器を新しいものに取り替えている。きっとこの辺りが要の言う向き不向きなのだろう。
そして突然、デリクの隣にいた蝶子がばたり、と音をたてて倒れる。デリクは少し驚いてその様子を伺う。
「蝶子サン? ……寝てますネ」
「飲みすぎるといつもこうですよ、そのうち起きるでしょう」
 心配することは何もないですよ、と奈津ノ介は言う。確かに寝息を立てて穏やかにしているので放っておいて良さそうだ。
「おじやもできましたよ。器くださいな」
 半熟卵と牛スジちょっと入りのおじやをよそっては渡す。そしてデリクの持ってきた梅の実をそれぞれお好みでトッピング。
「これまたよさげだな」
「梅の実がいい薬味になってると思います。今日はデリクさんのもってきていただいた物でいい鍋作れました、うん」
 できたばかりのあつあつのおじや。牛スジが煮込まれたことでほろりと口の中でとろけ卵はほわほわ。梅の実は砂糖漬けだったので塩味の中に甘味が広がる。
「鍋は二度楽しめて良いですネ」
「はい、期間中は毎日やってますからまたよければどうぞ。ただ要さんがいない時は味の保証ができないのですけど」
「ちゃんとレシピ書いておきますよ」
 おじやも大半食べてしまいもう鍋はからっぽに近く、それを見ただけでも誰もが満足だと見て取れる。食べ終わった後もその余韻かずっと談話が続く。要はてきぱきと鍋の後始末をし、それももうほぼ終っている。
「蝶子サン、起きませんネ」
「朝まで寝たままですかね……しょうがないなぁ」
「さ、鍋の後始末もほぼ終りました。いつお開きにしても大丈夫です」
「光モノー!!」
 そろそろお開きか、という場面で蝶子が叫ぶ。予想しない出来事で四人の視線が彼女に集中するが起きる気配はない、寝言だったらしい。
「いい夢みてらっしゃるようですネ」
 その言葉に全員顔を見合わせて、笑った。


<END>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【3432/デリク・オーロフ/男性/31歳/魔術師】


【NPC/藍ノ介/男性/897/雑貨屋居候】
【NPC/音原要/女性/15/学生アルバイト】
【NPC/蝶子/女性/461/暇つぶしが本業の情報屋】
【NPC/奈津ノ介/男性/332/雑貨屋店主】


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■         ライター通信          ■
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デリク・オーロフさま

 此度もありがとうございます、ライターの志摩です。
 鍋祭り、という事でたくさんの具材もちこみ感謝です。おいしい鍋を賞味していただけたかと思います。こちらもいい鍋だった!と晴れやかな気分です。鍋はどんどん種類が変わるのでまた別の日別のメンバーで、というシチュエーションだと面白いことになるかもしれません。

 それではまたどこかでお会いする機会があれば嬉しく思います。