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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


双六!【赤の書編】


■オープニング■

「双六をしましょう!」
 その日、突如草間興信所を訪れた少女はそう言った。
 以前とまったく同じ登場に、草間 武彦は盛大な溜息をついた。
 「・・・嫌だ。」
 「実は最近みょうちきりんなものを購入したんです。」
 少女・・紅咲 閏はそう言うと、文庫本サイズほどにたたまれた紙を手渡した。
 ・・双六の紙だ・・・。
 右隅には“ドキドキ☆人生の縮図のようだよ!大双六大会!【赤の書】”と書かれている。
 「前の双六が赤になっただけじゃねぇか!」
 「赤の書って言うのは・・コレが入っていた箱が赤かったからだと思うんですけど・・。」
 閏はそう言うと、すっと赤い箱を取り出した。
 そこにも“ドキドキ☆人生の縮図の・・・(以下略)”と書かれている。
 以前とまったく同じ説明をされて、武彦は更に脱力した。
 前に一度、双六の“青”をやった時に、大変な目にあったのだ。もう、思い出したくも無いほどにおぞましい・・・。
 「絶対やらないからな。」
 「まぁまぁ、そう言わずに、これに手を乗っけてください。」
 「嫌だ。」
 「・・・・こうなれば、実力行使で・・・」
 そう言って詰め寄ろうとした閏だったが、コケっと躓くと、べちゃりと転んだ。
 その拍子に赤の書は武彦にぶつかり・・・ポンと、音を立てて武彦は縮んでいた。
 「な・・・なんだこれはっ!!!」
 「いたた・・・えっと、赤の書はですね、バトル風味の双六と言う事で、人が縮んじゃうんです。ほら、そうすれば周囲に危害が及ばないでしょ〜?」
 まったくもって、そう言う問題ではない。
 「どうやったら元に戻るんだ!?」
 「ゴールすれば元に戻りますよ。」
 「大体、バトル風味って・・・」
 「赤の書の中に、ケムケムと言う生物が封じられてまして、幾つかのマス目毎に登場するんです。あ、もちろん独自に強さを選べますよ〜。」
 「とにかく・・・それは危険なのか?」
 「イージーで登録すれば、全然危険じゃないです。」
 なんだかケムケムと言うのも弱そうな名前だし――閏が危険が無いと言っている以上は危険はないのだろう。
 「それじゃぁ、草間さんはちょーっとそこで大人しくしててくださいね、私が他の参加者さんを集めてきますから〜!」
 「くれぐれも、ちゃんと説明してからな。」
 「はぁ〜い!」
 閏はそう言うと、チビ武彦をテーブルの上に残したまま、赤の書を掴んで興信所から飛び出した。
 「さぁて、手当たり次第に赤の書をぶつけてみよ〜っとw」
 そう言って、にやりと微笑みながら・・・。

□シュライン エマ□

 普段と同じように、シュラインは興信所へと足を運んでいた。
 今日は誰か来ているかしら?まぁ、誰も居ないって事はないでしょうけれども・・・厄介な事件が舞い込んでなければ良いけれど。
 なんて、ちょっぴし憂鬱になりそうな事を思いながら興信所の扉に手を掛けた。
 まぁ、開けてみて、あぁ、やっぱりなんて思ってしまったわけで・・・。
 ちょこりと中に立つ、少女の姿。
 以前も見た事のある・・・
 「閏ちゃ・・・」
 名前を呼ぼうとして、何かがシュラインのおでこに当たった。そして其の瞬間、ぽんと音を立てて・・・
 「・・・うーん縮んじゃったわ・・・」
 シュラインの身体は縮んでいた。
 おでこをさすりながら、シュラインは閏を見上げた。
 「さぁ、もう逃げられませんよ〜♪」
 ニコリと微笑みながら閏が腰に手を当てる。
 そもそも笑顔に迫力のある子なだけに、こうも大きさが違うとやたら滅多ら怖い。
 「また・・・なの?」
 「まぁ、そんなところだな。」
 そんな声がして、ここの所長・・・やけに小さいが・・・が自分の隣に座るようにシュラインを手招きをした。
 「武彦さんも縮んじゃったのね。」
 武彦の隣に座りながら、シュラインが諦めたようにそう呟く。
 「あぁ。れいのアレだ」
 「・・・双六・・・ね・・・。」
 「今度は赤の書だとよ。」
 武彦は苦々しくそう言うと、煙草に手を伸ばそうと・・・・して、手は宙を切った。
 何分煙草の箱が武彦の倍以上あるのだ。吸おうと思っても吸えたものではない。
 「禁煙か・・・?」
 「良かったじゃない。」
 ガクリと項垂れる武彦にそう言うと、シュラインはニコリと微笑んだ。

■双六の前に・・・■

 粗方の説明が終わった後で、閏はその場にチンマリと(本当に言葉通りだが・・・)並べられた一同を満足げな顔で見渡した。
 右から順に、桐生 暁、シュライン、深山 揚羽、火宮 翔子、武彦と並んでいる。
 サイズがおかしいのは閏だけ。閏だけがガリバーサイズである。
 無論、本当にサイズがおかしいのは一同の方だった。
 ちんまりと、親指姫サイズである。
 「あはは、皆ちっちゃくなってる〜。」
 「暁君・・・笑い事じゃないでしょう・・・。」
 暁のその言葉に、翔子が素早く突っ込みを入れる。
 「でも、ケムケムってどんなのかな〜、名前からすると可愛いっぽいよね♪」
 「そうね。ケムケム・・・名前からすると煙のような魔物なのかしら?」
 シュラインがそう言って閏を見上げるが―――閏は悪戯っぽく微笑んでいるだけだ。
 そして小さな声で、それは会って見てからのお楽しみでぇ〜す☆と付け加える。
 「ケムケム・・・どんな生物なのかしら。会って見るの、楽しみだわ。」
 揚羽がふわりと微笑みながらそう言った。
 艶やかな微笑みはどこか色っぽく、官能的で、思わず魅せられる。
 「ね!本当楽しみ〜vでも、ソレ相手に戦わなくちゃいけないのか・・・ガンバロ・・・。」
 しゅんとしながら、暁が気合を入れる。
 どうやら暁はケムケムを可愛い生物としてインプットしてしまったらしい。
 まだ可愛いかどうかは決まっていないのに・・・と思いつつも、ガンバロの部分には同感である。
 「でも、前みたいに事務所が壊れるような危険性はないみたいだし、その点では安心よね武彦さん。」
 シュラインの言葉に一番最初に食いついてきたのは翔子だった。
 「事務所が壊されそうになった?!」
 「えぇ。うっかり・・・ね?」
 「まぁな。最悪グシャグシャになってたところだ。」
 そう言って武彦が遠い目をする。
 揚羽も苦笑いをしながら視線を閏にそっと向け―――逸らした。
 「閏ちゃん。ほんっとーに危険はないんでしょうね?」
 翔子がジト目で閏を見詰める。
 「ちょっち心配かもね・・・。」
 暁もそれに賛同する。
 前回の参加者であるシュライン、揚羽、武彦もその言葉に思わず閏をじっと見詰める。
 暁と翔子は閏の事をよく知っている分、不安は倍増する一方だ。
 「そんなに見詰めちゃイ・ヤ・で・す☆それじゃぁ、難易度選択なんですけど〜・・・」
 「ちょっと閏ちゃん!話をそらさないで!」
 翔子の厳しい声に、閏は視線をそっぽに向けた。
 「大丈夫ですよ・・・多分・・・。」
 「心配だわ・・・。」
 シュラインがそう言って頭を抱える。 
 「それじゃぁ、暁さん、どーします?」
 「んーじゃぁ、Hで。やるぞっ!ケムケムっ!」
 「はい。ハードっと・・・。」
 閏が双六の右上に何かを書き付ける。
 「シュラインさんはどうします?」
 「そうね・・・音の振動や高さ、機転で何とか出来るのならNを選ぼうかなって思うのだけど、閏ちゃんからみて戦闘力の期待できない私でも対応できそうなレベルかしら?」
 「大丈夫ですよvHでなければ☆それじゃぁ、ノーマルで登録しますねw」
 そう言って先ほどと同じ操作をして・・・。
 「揚羽さんはどーします?」
 「Nね。普通が一番楽しめそうじゃない。」
 そう言って、にっこりと微笑む。
 1つ1つの仕草が本当に滑らかで、美しい。
 「翔子さんはどーしますぅ?」
 「そうね。Hでいいかな。ゲームなんだから、そうそう命の危険はないでしょうし・・・訓練に丁度良いわ。」
 そう言った翔子の顔を、閏が何か言いたそうに見詰めるが―――すぐに視線を外した。

   な に か あ る ・ ・ ・

 直感でそう感じるものの、すでに登録は済ませてしまっているし、双六を終えない限りは元の体に戻れない・・・!
 なんて八方塞なんだ・・・。
 「武彦さんはどーします?」
 「Eで・・・」
 「はーいw」
 力なく武彦はそう言うと、同情の瞳で4人を見詰めた・・・・。
 「それじゃぁ、準備が整いましたので双六のスタート地点に行ってください。スタート地点に立った途端に、周囲に壁が出来ます。マス目ごとに部屋のような形になっております。サイコロを振って、出た目の数だけ進めます。っと、普通の双六と一緒ですね。」
 閏はそう言うと、照れたように微笑んだ。
 「部屋に入ると扉があります。サイコロを振らない限りは次の部屋に行けません。扉には鍵がかかっており、どんな事をしても開かない仕組みになっています。」
 「サイコロは最初から持っているの?」
 揚羽の質問に、閏は軽く首を振った。
 「いいえ。順番が回ってきたら上から落ちてきます。勿論、私が落とすのですが・・・」
 「それって、普通サイズじゃないわよね?」
 「はい。コレです。」
 閏はそう言うと、ピンセットで小さなサイコロを掴んだ。
 “こちら”の普通サイズだ・・・。
 「とりあえず、入ってみれば解りますからw」
 そう言って一同を双六のスタート地点まで連れて行きますと言い、手を差し出した。どうやらその上に乗れというのだ。
 ・・・人の手に乗る経験なんて、一生に一度あるかないかの体験だろう。
 そうそう何度もあって欲しくないが・・・・。
 「あ。そうそう。ケムケムをご紹介しておきますね〜。」
 今思い出しましたと言うように、閏がパチリと指を鳴らした。
 空中に小さなウサギのような生物が作り出される。
 「・・・これがケムケム?」
 ブルブルと震えながら縮こまる生物に、思わず暁が声を上げた。
 「そうです。イージーケムケムです。ノーマルケムケムはこれです。」
 パチリとウサギのような生物=イージーケムケムは姿を消し、今度は狼ほどの大きさの生物が現れた。
 先ほどの真っ白なケムケムとは違い、今度は毛が黒い。
 「なかなか強そうね。」
 「それより、イージーとノーマルの差が激しすぎない?」
 「最後、ハードケムケムはこれです。」
 満面の笑み―――それを見て、ハードを選んだ暁と翔子は思わず後悔した。
 閏の事を良く知っている2人なだけに“その笑顔が何を意味しているのか”十分理解していた。
 パチリとノーマルケムケムが消え、次に出てきたのは巨大な・・・ドラゴンだった。
 めちゃめちゃ悪に汚染されてますと言う瞳で、思い切り攻撃的な咆哮をあげ、すっごく強いですよ〜と言うように、視線をあちこちに向けている。
 「おいおい・・・本当に大丈夫なのか?」
 武彦が心配そうに2人を見詰める。
 「暁さんも翔子さんも、力はあるはずなので大丈夫ですよ・・・ね?」
 とは言え、この現代社会でドラゴンと戦う事になろうとは・・・・大丈夫ですよね?と、こちらの方が訊きたい。
 「あと、鬼と言うものが双六内に出現するかもしれません。それを倒すためのトラップ空間も設けていますが・・・まぁ、こっちで適当に作っちゃいますね。鬼にいたっては、会わない限りは害は無いはずですし・・・会ってしまった場合は、逃げてください☆」
 ふわりと微笑む閏。逃げてください☆じゃない・・・!
 「何はともあれ、さっさと始めましょ〜♪おやつの時間までには帰ってきてくださいね〜☆」
 なんとも自己中心的な発言の後に、閏は5人をぽいっと双六のスタート地点に落とした―――。

□双六!□

 「いたたた・・・。」
 シュラインは少しだけ顔をしかめると、したたかに打ったお尻を撫ぜた。
 硬い床は手触りが良く・・・大理石だろうか?そうだとしたら、結構お金がかかっている。
 周囲を見渡してみると、四方全てを壁に囲まれている。
 上を向けば、ぽかりと興信所の天井が見えるが・・・あそこまで上るのは無理だろう。
 目の前にある扉の金色のノブに手を掛けてみるが―――鍵がかかっているらしく、開かない。
 「シュラインさん、どうぞです。」
 そんな声が聞こえて、上からサイコロが落ちてきて・・・見上げたソコには巨大な瞳があった。
 「う・・・閏ちゃん?」
 「そーでーす。さぁ、サイコロを振ってくーだサイ☆」
 「解ったわ。」
 閏に言われ、シュラインはサイコロを転がした。
 コロコロとサイコロは転がって行き―――5が出た。


 ○1回目『5』→6の部屋

 扉が開き、5つマス目を進んだ先は6の部屋だった。
 ガチャリと扉が閉まり、鍵が掛けられる。
 ―――そこは草原だった。生暖かい風が何処からともなく吹いて来て・・・なんだかとても嫌な予感がする。
 低く響く獣の唸り声は、どう聞いても1匹分ではない。
 「最初から大変そうね。」
 目の前に現れたのは巨大なケムケム2体。
 長い長い咆哮は、空気を揺るがした。
 1体がこちらに走って来るのが視界の端に映る。
 シュラインは咄嗟に反対方向に飛び退いた。すると今度はそちらからケムケムが飛び掛ってくる。
 それを何とかかわす。
 ・・・結構大変ね。
 思わず心の中でそう呟くと、シュラインはすぅっと息を吸い込んだ。
 胸いっぱいに空気を溜め、一気に吐き出す。
 常人の音域を遥かに越えたその音は、超音波と言っても過言ではないほどに空気を激しく振動させた。
 ケムケムがあまりの音に思わず1歩下がる。
 狼なだけに、耳も良いのだろうか?・・・はたしてその耳がちゃんと機能しているのかどうかは分からないが。
 どちらにせよ、ケムケムと言う名前から狼を連想する事は不可能に近い。よって、本物の狼であると言う保証は何処にもない挙句、突然形を変えると言う事もありえる。
 何せ名前がケムケムなわけだし。
 警戒しておいて損な事はないわよね。
 息が苦しくなり、シュラインは再び息を吸い込んだ。
 大分効いているらしく、ケムケム2体はぐったりとその場に力なく横たわっている。
 それならば、今度はまた違った声をお聞かせしようじゃないの。
 紡がれたのは、言葉だった。
 穏やかで優しい旋律に乗せられた、温かで淡い言葉だった。
 子守唄―――人はそう呼ぶだろう。けれども、子守唄にしてはあまりにも繊細な歌だった。
 子を思う母が紡ぎだす、美しい愛情の歌。
 ケムケム達の目がトロリと潤み、段々と瞼が重くなって行く。
 そして―――すぅっと、まるで何かに引き込まれるかのように、ケムケム達は甘い眠りについた。
 「ふぅ。これで一安心ね。」
 シュラインはそう言うと、そっとケムケムに近づきその頭を撫ぜた、


 ●2回目『2』→8の部屋

 サイコロの目に従い、2つ進んだ先は8の部屋だった。
 ガランと広い部屋には何もない。
 敵が来る様子もなく、かと言って何をすれば良いのかはさっぱり解らない。
 「閏ちゃん!」
 シュラインはぽっかりと開いた天井に向かって閏の名前を呼んだ。しばらく沈黙した後で、閏の瞳が現れた。
 「はぁ〜い?」
 「何もないんだけれど、ここは何なの?」
 「あ、そこはトラップポイントですよ〜☆鬼をやっつけるための♪」
 「トラップ?」
 「そーでぇーす☆」
 「私が設置するの?」
 「どちらでも。双六の方で適当にトラップを仕掛けることも出来ますし。なんだったらシュラインさんがトラップ仕掛けちゃっても良いですし。」
 随分と適当なのね。
 シュラインはそう思うと苦笑した。
 「それじゃぁ、折角だから私がなにか仕掛けようかしら。」
 「どーぞデス☆」
 そう言ったきり、閏はどこかへ行ってしまった。
 「そーね・・・。檻とかトリモチとか、水溜りに電撃とか、補助的な物が良いわよね。・・・そういえば豆ってホントに鬼に効くのかしらね?ともあれやってみましょ。」
 シュラインがそう呟き、行動にかかろうとした時・・・背後から揚羽が姿を現した。
 「あら、シュラインさん。」
 そう言ってから、キョロキョロと辺りを見渡し、小首を傾げる。
 「鬼をやっつけるためのトラップポイントなんですって。それで、私の方から何か仕掛けを作ろうと思っているんだけど・・・」
 「楽しそうじゃない。私もゼヒご一緒したいわ。」
 「水溜りに電撃とか効きそうじゃないかしら?」
 「そうねぇ。それじゃぁ、水を・・・。」
 言いかけて、揚羽が止った。
 何もない空間に、どうやって水溜りと電撃を作るかと言うのが最大の難所だ。
 水を引っ張ってくる蛇口はおろか、コンセントも見当たらない。
 「・・・どうしようかしらねぇ。」
 色っぽく、それでいておっとりとした口調で揚羽がそう言いながら小首を傾げる。
 「・・・ここは何の部屋?」
 背後から不意にそんな声が聞こえ、シュラインと揚羽は振り返った。
 翔子が困ったような顔をしながら佇んでいる。
 「なんでも、鬼をやっつけるためのトラップポイントなんですって。それで、水溜りに電撃・・・って言うトラップを仕掛けようかって話していたんだけれど。」
 何もないのよね、ここには。と、揚羽が溜息混じりにそう呟く。
 「そう言う時は裏技ね。」
 翔子がそう言って、天井を見上げた。
 「閏ちゃんっ!」
 声を限りにそう叫ぶと、ひょっこりと閏が現れた。
 「トラップを仕掛けたいんだけれど、何もないの。」
 「はぁいwそれじゃぁ、言ってくだされば用意しますよ〜?」
 「水と電気。」
 「それと、豆もお願いできるかしら?」
 「大丈夫ですよ。」
 シュラインがつけたし、閏はコクリと頷くとすっと消えた。
 しばらくした後、突然下から水が沸いてきた。ボコボコと奇妙な音を立てながら徐々に床を濡らして行く。
 次に布製の袋が降って来て―――シュラインがそれを見事キャッチした。
 「とりあえず、床に撒いてみましょう。本来なら当てたいところだけれど―――まぁ、これに滑って転んでくれればそれなりに良いかしらね?」
 「そうね。」
 揚羽がシュラインの手から豆を受け取り、床に散らす。
 「シュラインさんの番ですよ。」
 そんな声が聞こえて―――シュラインの上にサイコロが落ちてきた。
 其れを上手くキャッチすると、転がして・・・・・。


 ○3回目『5』→13の部屋

 扉を開けた先には見慣れた後姿があった。
 そして、其の隣にはドラゴン・・・ハードケムケムの後姿・・・。
 「ってかそもそも、俺達意思疎通が出来てる!?」
 「あら?」
 シュラインの小さな声に、暁とケムケムが振り返る。
 「シュラインさん!」
 満面の笑みの暁に、シュラインも思わず微笑み返す。
 暁君は・・・確か17だったかしら?歳よりも幾分若く見えるわね。もちろん、外見がと言うわけじゃなく、表情が。
 「敵は・・・」
 言いながら、視線をケムケムの上で留める。
 どう考えても敵だが・・・暁と親しげなのは何故だろうか・・・。
 「あ、これは敵じゃないんだ〜。なんか懐かれちゃって・・・」
 「あら、そうなの?これはハードケムケムよね?」
 「うん。そーそー。それで、名前を決めようって話になってて―――」
 「名前?」
 思いもよらない発言に、思わず目をパシパシと瞬かせる。
 「ないと不便ジャン。ケムケム(敵)とかケムケム(味方)とか・・・」
 そう言って溜息をつく暁に、思わずこちらが溜息をついてしまいそうになるが・・・一応、訊いておかなければならない事もある。
 「何か考えた名前はあるの?」
 「ケム子とケム美。」
 なんらネーミングセンスのないその言葉に、シュラインが思わず顔を崩す。
 凄まじい脱力感に、暁がサイコロを振り、ケムケムと手を振りながら部屋を出て行った後も、どこかドッシリとした疲れが心の奥底に溜まっていた。


 ●4回目『4』→17の部屋

 扉を開けた先はあの、真っ白な空間だった。
 またなにかトラップを仕掛けてみようか。そう思い―――上を向く。
 今度はそれなりに大掛かりな仕掛けを頼んでみようかしら。
 「閏ちゃん!」
 そう呼びかけた時、どこか遠くでドンと言う不気味な音が響いた。
 ―――なにかあったのかしら?とは言え、ここからは相当遠くの音ね・・・。
 「ハァイ?」
 閏が顔を覗かせる。シュラインは先ほどの音を心の隅にとどめながらも、今やるべき事を優先した。
 「檻ってあるかしら?」
 「檻ですか?」
 「鬼の上に落っことしたいのだけれど。」
 「あぁ。出来ますよ。」
 閏はにっこりと微笑むと、姿を消し―――
 「はい、出来ました。」
 何にも変わってない室内に、シュラインが思わず戸惑う。
 「鬼が来たら落ちる仕組みになっていますから、大丈夫ですよw」
 満面の笑みでそう言うが―――其の笑顔ほど信用ならないのだ。
 とは言え、ここは閏を信じるしかないか。
 はぁ。本当に大丈夫かしら。
 シュラインはそっと心の中でそう呟くと、閏が落としたサイコロを振った。


 ○5回目『5』→22の部屋

 扉が開き、5つマス目を進んだ先は22の部屋だった。
 ガチャリと扉が閉まり、鍵が掛けられる。
 低い唸りをあげながら、ケムケムが飛び掛ってくる。
 いきなりの攻撃に、シュラインは咄嗟にしゃがみ込んだ。
 その上すれすれのところをケムケムが通り過ぎる―――危なかった。
 とりあえずいったん距離をとりましょう。
 そう思うと、右手方向に走った。背後からケムケムが追ってくる気配を感じ、左手に身体を向ける。
 飛び掛ろうとしたケムケムが敵を見失い、孤を描いてシュタっと地面に降り立つ。
 対峙する2人の間に、妙な緊張感が流れる。
 先に息を吸い込んだのはシュラインだった。
 唇からこぼれ出る音は、どこか繊細で、か細い音だった。
 癒しの音―――それは、空間を柔らかい波動で包み込む。
 低く唸っていたケムケムが、声を止め、ギラついていた瞳がゆっくりと色を変えて行く。
 全ての暗い感情を、溶かして行くかのように・・・シュラインはそっと声を紡いだ。
 ―――クゥン
 ケムケムが小さな声を上げ、シュラインの方に歩み寄る。甘えるように足に頭を擦りつけ・・・しゃがみ込むと優しく頭を撫ぜた。
 クンクンと手のにおいを嗅ぎ、ペロリと温かい舌を手に押し付ける。
 「ふふ、くすぐったいわ。」
 キュゥン―――
 じゃれるようにシュラインの上に乗ると、ケムケムは尻尾を振った。
 パタパタとシュラインに当たる尻尾が可愛くて・・・思わず、にっこりと微笑んだ。
 しばらくケムケムとじゃれた後で、シュラインはその部屋を後にした。
 ぐっすりと眠るケムケムを残して―――


 ●6回目『6』→28の部屋

 サイコロを振り、6つ進むと・・・そこは綺麗な花畑だった。
 「あら?他の部屋と随分違うのね。」
 シュラインはそう呟くと、辺りを見渡した。
 綺麗な花が咲き乱れるそこは、まさに地上の楽園だった。
 どこからともなく良い香りが漂って来て・・・これは紅茶の香りだろうか?
 「あら?お客様かしら?」
 そんな声がして、花畑の向こうから一人の女性が姿を現した。
 30代半ばくらいだろうか?長い髪を1つに結び、緑色のエプロンをかけている。エプロンの裾には可愛らしい犬の刺繍がしてある。
 にっこりと、穏やかに微笑む女性。
 「貴方は・・・」
 「私はここの花園を管理している者。さぁ、双六参加者さん、ここで少し一息しましょう?紅茶にクッキー。ゴールは直ぐソコ。そんな中で、ゆっくりと過ごすのも悪くないんじゃないかしら?勿論、早くゴールしたいでしょうけれども、焦ったってサイコロは落ちてこないのだから。」
 「・・・それもそうね。」
 シュラインは頷くと、女性の導きに従って花畑の中を突っ切っていた。
 丁度花畑の真ん中、シクラメンの咲き乱れる中央に丸いテーブルと椅子が置いてあった。
 「さぁ、あそこに座って。」
 女性の言葉に従って、椅子の上にそっと腰を下ろす。
 女性が花畑の向こうに姿を消し、しばらくしてから手にお盆を乗せて戻ってきた。其の上には、仄かに湯気を立てる紅茶と美味しそうなクッキー、そしてミルクと砂糖。
 「さぁ、お好きなだけどうぞ。サイコロが落ちてくるまで、ゆっくりと。」
 「ありがとう。」
 礼を言ってから紅茶に砂糖とミルクを入れる。
 銀のティースプーンでかき混ぜてから、両手でカップを持ち、ふっと息を吹きかける。
 ―――コクリ
 甘い温かさが体中を駆け巡る。
 「ここは、スペシャルポイントなの。ゴール手前の素敵な空間。戦いに疲れた戦士たちの憩いの場。もちろん、1つでもマスを進んでしまえば現実と言う憩いの場に戻るんだけどね。」
 「現実が憩いの場?」
 「貴方の世界にケムケムは?」
 「いないわ。」
 苦笑混じりにそう呟くと、シュラインはそっと目を閉じた。
 「けれど、憩いの場ではないわ。ケムケムじゃなくても、戦わなくちゃいけないものは沢山あるから。けれど、ここと比べれば憩いの場なのかも知れないわね。」
 どこか寂しげなシュラインの視線に、女性も同じような視線を向けた後で、優しく頭を撫ぜた。
 「戦いに疲れたら、いつでもいらっしゃい?この空間は、疲れた戦士に休息を与える場。望めば何時でも貴方の傍に。」
 「そうね。ありがとう。」


 ●7回目『3』→ゴール

 まばゆい光がシュラインを包み込み、目を開けた先はいつもの興信所だった。
 身体も元のサイズに戻っている。
 「戻ってきたのね。」
 「あ、シュラインさん!お帰りなさいっ!」
 閏が満面の笑みで走って来て、シュラインに抱きついた。
 「ただいま、閏ちゃん。他の人は?」
 「まだ。シュラインさんが一番。」
 「そう・・・。」
 そう言って時計を見上げる。丁度3時のおやつの時間だ。
 何か軽食でも用意できれば良いわね・・・それほど難しいものじゃなくて良いから。
 シュラインはそう思うと、徐にキッチンの方へと歩を進めた。
 「シュラインさん?」
 「何か軽食でもと思ってね。閏ちゃんもお腹空いたでしょ?」
 「はいw」
 無邪気な微笑みに、思わずほっと和む。
 キッチンに入ってしばらくしてから、カタリと音が鳴った。
 「帰ってきたのね。」
 顔を覗かせると、揚羽と暁の姿があった。
 「あぁ、良かった。あと戻って来てないのは武彦さんと翔子さんだけね?」
 閏が満面の笑みで揚羽と暁の方に走って行き―――
 「お帰りなさい☆」
 暁に抱きつき、次に揚羽に抱きついた。
 「シュラインさんが、軽食を作ってくれてるんですよ〜w」
 「あら、それじゃぁ私もお手伝いしようかしら。」
 そう言って揚羽がこちらへ向かってくる。
 「サンドイッチなんてどうかしらと思ったんだけれど・・・」
 「あら、素敵じゃない。」
 「マスタードもあるし、野菜もハムもあるわ。」
 「あら、生クリームもある。」
 ガチャリと冷蔵庫を開けながら揚羽はそう言うと、にっこりと微笑んだ。
 「フルーツサンドも作れそうね。」
 「紅茶も確かあったわ。」
 「クッキーまである。」
 「なんだか色々と作れそうね。」
 シュラインと揚羽がにっこりと微笑みながら顔を見合わせた時、聞きなれた声が響いた。
 「ふぅ・・・やっと戻ってきたわね。」
 「なんだか今回は楽だったな。」
 「それは草間さんがイージーを選んだからじゃないですか?」
 「草間さん!翔子さん!」
 暁の嬉しそうな声―――2人はそちらを見やった。
 「あら、2人とも戻ってきたのね。」
 「無事かしら?」
 翔子と武彦が、苦笑しながら頷く。
 「お帰りなさい。」
 閏がそう言って、翔子に抱きついた―――


■エピローグ■

 辺りが夕日に染められる。
 其の中を、シュラインはゆっくりとした足取りで歩いていた。
 なんだかいろいろあったけれど・・・そんなに悪くはない経験だったわね。
 そう思いながら、ふっと微笑む。
 あの花畑で会った女性の事を思い出しては、どこか温かい気持ちに浸る。
 「シュラインさんっ♪」
 不意に背後から名前を呼ぶ声が聞こえ、シュラインは振り返った。
 「閏ちゃん。どうかしたの?」
 「呪いの双六って、シュラインさんは知ってます?やるものを死に至らしめる・・・とっても、危険な双六。」
 「呪いの双六・・・?」
 シュラインは小首を捻った。
 「6つで1つの呪いの双六・・・マスの魔によって命を奪われたものの数は計り知れない。」
 ふっと、閏は微笑んだ。
 それは今まで見てきた表情の中で一番感情らしい感情のない微笑だった。
 普段の閏とは違う・・・・・。
 「私の“対”の存在・・・今はもう“ソレ”に飲まれてしまったけれども。」
 「閏ちゃん?」
 心配になって伸ばした手を、閏がぎゅっと掴んだ。
 小刻みに震える小さな手は、勘違いなどではない。
 「ねぇ。皆を助けたいって言うのはたんなる言い訳で、本当は―――」
 寂しそうに、本当に寂しそうに微笑んだ後で、閏はシュラインの手を放した。
 ふわりと、全てを断ち切るかのように明るい微笑を浮かべる。
 「今日は有難う御座いました☆また・・・今度。」
 「え?閏ちゃん・・・?」
 ペコリと頭を下げると、閏はクルリと踵を返して人ごみの中に消えて行った。
 不思議にザワツク気持ちを残して・・・・・。



     〈END〉



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  4782/桐生 暁/男性/17歳/学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員

  0086/シュライン エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

  4537/深山 揚羽/女性/21歳/香屋「帰蝶」の店主

  3974/火宮 翔子/女性/23歳/ハンター



  NPC/紅咲 閏/女性/13歳/中学生兼夢幻館の現実世界担当

 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『双六!【赤の書編】』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 今回お届けが遅れてしまってまことに申し訳ありませんでした・・・。

 さて、如何でしたでしょうか?
 前回に引き続き今回も長文ですね。すみません・・・(しゅん)
 今回はほぼ個別作成でした。
 個別ですが、他の方のノベルとリンクさせるところはキチンとリンクさせて・・・とやっていた所、パニックに陥りました。
 最初に大まかな流れを作ってから執筆出来れば一番良いのですが、双六!の醍醐味はサイコロを振りながらの執筆ですので、そう言うわけにも行きませんし・・・。
 何はともあれ、少しでも楽しんでいただけたならば嬉しく思います。

 シュライン エマ様

 いつもお世話になっております。
 今回初めてシュライン様の戦闘シーンを描かせていただきました。
 声での攻撃・・・どうノベル内で描こうか、色々と考えながらの執筆になりました。
 優しいシュライン様には、子守唄が良く似合うなぁと思い、このようにさせていただきました。
 シュライン様のイメージを損ねていなければ良いのですが・・・・・。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。