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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


■マグノリア■

 ある冬の日。
 クリスマスイヴの夜も、もうすぐすぎようという時だった。
 とっくに閉めた店の扉を、ほとほとと控えめのノックする誰かに、碧摩蓮は「こんな夜中に誰だい」と重い腰を上げた。
 そこには、身長1メートルもないだろう思われる、ファンタジーの世界で言うのならゴブリンくらいの背丈の小人がいた。しかし顔は、人間の少年そのもの。服こそ緑色の小人服だったが、大きな瞳の可愛い少年だった。しかし、その大きな瞳からはぽろぽろと涙を流している。見ると、その両手いっぱいに抱えるようにして、慎重に栽培される植物を保護するような硝子でふたのように覆われた鉢植えを持っている。
 中の花は、枯れかけているようだった。
「助けておくれよう、この花を咲かせてほしいんだ」
 えぐえぐと泣く彼は、開口一番、そう言った。
「見たとこあんた、この世界の者じゃないようだけど、なんでここにきたんだい」
 蓮がたずねると、
「ちょうどここと次元がつながったんだ。この世界ならどこでもよかったし」
 と意味深なことを言う。
「この花が無事にクリスマスの日に咲かないと、『マグノリア』が生まれないんだよう。そうしたらこの世界にだって影響あるし、新しい年もこないんだ」
「クリスマスって、クリスマスが終わるまでにあと24時間くらいしかないよ。そんな短時間でその妙な花を咲かせろっていうのかい?」
「こいつはこの世界の『悪い雰囲気』を吸いすぎてこんなんなっちまったんだよ、もとはすっごくきれいな花なんだぞ。この世界のやつらが悪いことばっか考えて悪いことばっか口にして悪いことばっかするから、こんなことになったんだぞ。責任とってくれよう」
 わぁんとそれこそ子供のように泣く、聞けばこの花の管理者だという少年の小人である。
「ああ……悪い雰囲気、ねえ。負の気を吸って枯れかけちまってんなら、楽しいことでもすりゃあいいのかね。よくわからないけど、こっちの世界の責任らしいし、集まるか分からないけど協力してくれるやつをあたってみるから」
 この世界に身をおく者としては、さすがの蓮もため息が出た。
 電話に手をかけ、協力者を当たりながら、蓮は聞いた。
「で、あんたの名前とその花の名前は?」
「おれはミノ。この花は、『核』っていうんだ。もし咲かせてくれたなら、みんなを『マグノリア』へ招待できるぞ」
 ミノは、そうこたえた。



■クリスマスの日に、新年の幸福を■

●悪を射しこむ者は●

 協力者達はクリスマスの日、それぞれに急いでやってきたので一番遅くとも朝の10:00には集まった。
「花を守るミノくん自身が、悪感情を跳ね返すようにほんわか楽しくならなくちゃ」
 優しい声で、シュライン・エマが、まだほろほろと涙を流しているミノを励ます。蓮はというと、一晩中お守りをしていたらしく、眠そうにあくびをして椅子に腰掛けていた。
「大丈夫だから泣かないの。泣いたら花も泣くわよ。ね?」
 こちらもしゃがんでミノと目線を合わせるように励ましたのは、由良皐月(ゆら さつき)である。
「そうです、花を育てるミノさんが焦っていたら、花だって安心して咲けませんよ。きっとクリスマス中……今日中には咲く、と、まずは信じてあげましょう? 花だって、ミノさんの前できっと咲きたいに違いないはずですから……」
 優しくミノの頭を撫でながら言うのは、初瀬日和(はつせ ひより)である。何か催し物でもあるのか、自分のチェロを持ってきていた。
「まああれだよ、そんな眉間にしわ寄せてないでさ、こちらの世界のクリスマスも楽しんでいったらどうだろ」
 軽快に明るく言うのは、羽角悠宇(はすみ ゆう)。彼は何やらここら辺の地図を見ているようだった。
「けどねぇ」
 蓮が眠そうに口を挟む。
「時期的に考えても事件が起こりやすくもあり楽しい時期でもありっていうのに悪い感情だけを吸い込んだっていうのは、何か原因があるのかもしれないとも思うんだよねぇ」
「最初にたまたま悪感情に当たってしまってミノくんも心細くなって、そちらのほうに引きずられて悪循環にはまってしまっているだけだと思うのだけれど……」
 シュラインが言うと、ようやく泣き止んだミノが、しゅん、となる。
「家族とゆっくり過ごしたいだろうクリスマスに教会でボランティア、なんてことをする日和みたいな子がいるんだから、こっちの世界だってそんなに悪くはないと思うんだけど」
 悠宇がその性格どおり、本音そのままを言うと、ますますしゅん、となる。
「まあ、賑やかな場所は悪意も比例して多いし、逆にこの時期って事件も多いから」
 皐月が慰めるように言う。蓮が、トン、と火が既に消えている煙管で卓を軽く叩いた。
「いやぁ、ね。あたしが言いたいのはまさにそこなんだよ」
 全員の視線が不思議そうに集まる中、ゆっくりと煙管に火を足す。
「例えばシュライン、あんたの言ったとおりミノが『最初にたまたま悪感情に当たってしまって』一番困るのはミノだろうが、『核』が咲かなけりゃああたしらのいるこの世界にも新年はこないわけだろう? だとしたら、誰かが邪魔してるとは考えられないかい?」
 はっとしたように、シュラインが『核』を見つめる。
「それは、蓮さん。この世界をよく思っていない『誰か』が故意に、ミノくんに悪感情をぶつけた、っていうこと?」
「じゃなきゃあ、できすぎてるとも思うんだけどねぇ、この『悪循環』」
 ふう、と蓮は煙管をふかす。
「霊気の類とかはミノくんからも『核』からも感じられないけれどもね」
 その類には個人的に日常茶飯事なので慣れている皐月が、くん、と鼻を鳴らす。
「ミノは何か知らないのか?」
 ちいさく身体を震わせていたミノが、びくっと、悠宇の声に飛び上がる。『核』を取り落としそうになり、慌ててぎゅうっと抱きかかえなおした。
 あやしい。
 明らかに心当たりのある反応に、全員の視線に耐えられなくなったミノはちいさな声で、白状した。
「『マグノリア』が生まれるのを邪魔する、この世界が生み出した負の塊の女王がいるんだ。悪射(あい)っていう名前の、負の女王。悪を射る、悪射。でもここ何百年かはおとなしくしてたから、おれも油断してて……この『核』もおれも、狙われてるんだ」
 なんてことだ。
 そんな顔をして、蓮が眉間にしわを寄せる。
「あんた、それを話したら誰も協力してくれないからって、秘密にしてるつもりだったんだね?」
 なにしろ、『核』を咲かせたくない負の女王に逆らうような行為をすれば、
 狙われているというミノや『核』に協力すれば、おのずと巻き込まれずにはいられないから。
「でも結局はその負の女王ってのも、この世界から生まれたものなんでしょ? だったらミノくんとやらだけを責めるのは間違いってもんじゃないの?」
 皐月がそう言ってくれなかったら、ミノはいつまでもおろおろしたまま、再び涙を流していたことだろう。
「乗りかかった船、ね。まず、先手を打ちましょう。皆で考えた対処法を表にして、計画的に実行していきましょう。妨害があれば臨機応変でどうにかする方向で、どうかしら?」
 シュラインが、メモ帳とペンをバッグから取り出す。
「賛成、です。あと、その悪射さんという女王がどのような方法で妨害してくるのかや、姿なんかも知りたいです」
 日和がうなずき、ミノを見る。
 ミノはこわごわと、「悪射(アイ)」の特徴を話した。

 まず、アイの本当の姿を見た者はいないこと。いつも空に大きく広がる両手しか見えないのだ、と。
 そして、妨害方法は幻を見せ、その幻を現実にして自分の城の領域に取り込むのだ、ということ。

「今のとこ、アイについて分かってることは、この二つだよ」
 ミノから得た情報を書き留めると、シュラインは自分の行動も含め、皐月や日和、悠宇の行動を確認してメモをとった。
 シュラインの考えてきた対処法は皆の対処法の合間に出来ることだったので、合間にちょこちょこと入れることにし、童話や善意のお話などをしてあげたいという皐月が初め。そして行く場所の閉まる時間や開催時間を考えて、教会へ連れて行こうという日和、都内でも安く入れるけれどもたくさんの種類があると評判の植物園を地図を見て選んだ悠宇の順になった。
「気をつけて行ってくるんだよ」
 いつになく慎重な蓮の見送りに手を振ったりして、一同は店を出る。
 出る、ときは普通だったのだ。ただとても寒い、来たときと何も変わらぬ店の前のいつもの風景で。
 けれど、
 そこに一歩足を踏み出した瞬間に、
 そこは、一面の雪景色に変わっていた。



●悪射(アイ)を愛(アイ)に●

「悪射のしわざだ、こんなに寒くちゃ『核』が枯れちゃうよ」
 ミノが、がたがたと震える。
 驚きはしたものの、心まで罠にはまっては「抜け出す」ことも出来ない。
 励まそうと振り向いて、そこに、シュラインと悠宇の姿がないことに気がついた。
「分割された、かな」
 独り言のように、皐月が言う。ミノには、意味がわからないようだ。
「どういうこと?」
 聞き返す彼に、同じことに気づいた日和が説明やわらかく説明する。
「私達、二つに分割されたみたいだっていうこと」
 ミノが目を丸くする。
「おかしいな、おれの姿がもうひとつある」
 皐月と日和は、互いに視線を交わし、同じことを思っているのを確認した。
 ───「分割」の意味は、恐らく───ミノと『核』を少しずつ分割してゆく、こと。
「『今喋っている自分』だけに集中して、で───ああもう、こういうときは明るくいけばなんとかなるものよ。『悪射』とかいう存在より先に、するべきことをしましょ」
 きっぷのいい皐月に、ミノは不安そうな顔をしていたものの、何かを悟ったのか、こくりとうなずく。
 やわらかく、その頭を、日和が撫でた。
「いい子ですね。じゃ、先に……どうしましょう」
「日和さんは教会で何かあるって言ってたわよね? 時間制限があるそっちのほうに向かいながらでも、私の案は出来るから、歩きながらにしましょ。教会に案内してもらえる?」
「はい」
 日和はうなずき、ミノの手をしっかり握り、空をにらみながら牽制している皐月と共に歩き出す。
 雪景色の上に雪まで本当に降ってきたので、視界が悪い。万が一、遭難しないように皐月はミノの肩をしっかりと捕まえた。
「日和さん、教会ってここから遠いの?」
 吹雪がものすごくて、大声で言わないと相手に届かない。
 皐月の問いに、けれど日和はかぶりを降った。
「幸い、ここから近いんです。この道をまっすぐ行って、つきあたった塀を右にまっすぐ行けば教会につきます」
 チェロが、濡れてしまわないだろうか。ケースの隙間から雪が入って、濡れてしまわないだろうか。
 肩にかけたチェロケースを時折確かめながら、日和はミノの、心なしか冷たくなっていく手をぎゅっと握り締めながら、一歩一歩、確実に歩いてゆく。
「寒いよう」
 ミノが、つぶやく。
 皐月の、はっとした気配がして、日和は振り向いた。
 『核』こそしっかり抱え込んでいたものの、ミノの顔色は雪のように白くなっていた。
「ミノさん!」
「しっかりするのよ! 負けたら駄目!」
 日和と皐月が声をかけるが、ミノの足は、ややもするとふらついた。
 倒れるところを、皐月ががしりと受け止める。そのまま、背中におぶった。倒れても、『核』だけは離さない。その気持ちに、日和は涙が出そうになった。
 ───急がないと。
 自分の心に叱咤するように、日和は足を強く踏み出す。ミノの気持ちが痛いくらいに伝わった今、日和の顔つきはしっかりとしたものになっていた。こんなときに、芯のしっかりしている日和は強い。見た目に騙されていたかもしれない、と皐月は心の中で、そんな日和の姿を見て思わず尊敬したものだ。
「きっと、優しい人に逢わなかったのね。笑顔で挨拶する人がいるだけでも気持ちは違うのに。
 そうだ、前にもこうやって、近所の子供をおぶってやったことがあったわ。その子はとても本好きでね、童話の話をしてあげようと思っても、私より知ってるから困っちゃって。だから私は即効でその場で童話を作っちゃって話したことがあるわ。半ば自棄だったけど。でもどこがよかったのかその子、感動したのか泣いちゃったのよ」

 どんな 話だった・の?

 そんな小さなミノの声が聞こえた気がして、皐月は微笑んだ。きっと空から見ているであろう「悪射」にも聞かせるように、大きな声で話をした。
「むかしむかし、あるところに小さな村がありました。その村にはロウという女の子と、リウという女の子がいました。二人は生まれたときから仲がよく、やがてふたりは大きくなって、それぞれ自分の道を歩き出しました。ロウは、村の守番に。リウは、歌姫に。
 二人は変わらず仲がよく、けれども悪魔が、評判の歌姫のリウをお嫁にしたいと村にやってきました。その悪魔には誰にも逆らうことができずに、今までにも何人もの犠牲を出してきました。今回はお嫁がほしいということだから、リウも命はとられないだろうと、村人達は目を背けました。ロウだけがリウを取り戻しそうと村を出るところを、村人達は口をそろえて言いました。
 恋人でもない、許婚でもないリウを助けにいってごらん、ロウ、お前まで悪魔に食べられてしまうよ」
 吐く息が、とても白い。
 吹雪が目の中に入ってきて、痛い。
 けれども目の前の日和のまっすぐな背中を目印に、皐月は歩みを止めなかった。きっと、前を歩いている日和はもっと息苦しくて、痛いだろう。
 その日和が、ふと歩みを止めた。
「つきました!」
 雪にくぐもった、日和の大声。他の者にはこの吹雪が分からないのだろうか、中から「待っていたよ、寒いだろう。早くお入り」と神父が教会の扉を開けて迎え入れてくれた。
 中に入って、椅子に座る。日和はチェロケースを急いで下ろし、チェロを取り出して手早く手入れをすませた。
「実は今日、この教会のミサにお手伝いに来ることになっていたんです。神父様に頼まれて、オルガンと一緒にチェロを弾いてもらえないだろうかって。聖歌や礼拝での真摯な祈りの気を少しでも感じ取っていただけたら嬉しいですし……あ、もうすぐ始まるみたいですから、私、行きますね」
「うん。頑張って」
 皐月はミノの手と自分の手をあわせてさすりながら、力強くうなずいた。
 日和もうなずき返し、既に準備が整っている、チェロの場所へと歩いてゆく。
 椅子にもたくさんの人が集まってきていた。

 聖歌が、流れ始める。

 日和はいつもより、心をこめてチェロを奏でた。
 目を閉じ、いつも教わっているとおり、自分の音色を客観的に聴くように首を心持ち傾けて。
 届くといい。
 たくさんたくさん、練習してきたこの成果が、どうかミノさんと『核』に届きますように。
 少しでも、あなたのために弾いているということが、分かりますように。
 ───気持ちが、まっすぐに、届きますように………。

「あ……この曲、『マグノリア・0.01番』に似てる……」
 ミノの頬に、赤味が差してくる。心なしか、『核』も枯れた色から美しい色へと変わりつつあるようだ。そのとき天井から、大きな両手がのびてくるのを、皐月は見た。日和も気配に気づいたのだろうか、はっと顔を上げたが、すぐにチェロ弾きに専念する。
 二人とも、思いは同じだった。
「マグノリア……なんとかいう唄が、あるの?」
 皐月は、両手を見せるまいと、ミノの身体を抱きかかえる。
「うん。たくさん唄があるんだ。その中の、ひとつの唄に、とても似てる。あったかくて、どんな花も喜ぶ、いい唄なんだ」
 そしてミノは、唄にうっとりとしながら、話の続きをせがんだ。
 皐月は微笑んで、続きを聞かせる。
「でもね、ロウはこう言った。
 『何故特別な関係でないと、助けに行く気が起きないのですか? ぼくには分からない。だって彼女は、家族ですから』
 そうしてロウは村を出て、そんな強い気持ちに悪魔なんかが勝つわけがないじゃない? 終わりはめでたしめでたし、もっともっと年月が経って、ロウは本当にリウの家族になったとさ、っていう話なのよ」
 ミノの瞳に、輝きが戻る。
「おれ、その泣いちゃった子の気持ち、分かる気がするな。きっと、家族って言ってほしかったんだよ、誰かに」
 そして皐月の手の中から立ち上がり、日和のチェロにあわせて唄い始めた。
 とてもとても、澄んだ声で。

 哀しみと愛しさで あみあげた みずがあるというよ
 優しいこころの みずだというよ
 哀も愛も どちらのアイもしらなければ
 つくることのできぬ みずだというよ……───

 唄は教会中に広がり、いつしか終わっていた聖歌に引き継ぐようにして、皆の注目がミノの唄に集まっていた。
 何かに気づいたような顔をして、チェロを持った日和が、駆け戻ってくる。
「皐月さん、今何か、声が聞こえませんでしたか? とても哀しい、声が」
「え?」
 皐月は、耳をすませてみる。

 消えてしまう……───
 負の感情がなくては……その花が咲いては……わたしは生きてゆけぬ……───

 確かに、そんな、か細くなった女性の声が、聞こえる。
「発音だけなら、『あい』って……愛情の愛、と同じですよね。私……ミノさんの唄を聴いていて、思ったんです。もしかしたら、この世界の負の感情から生まれた負の女王の『悪射』と『愛』は、ひっくり返してしまえば同じなんじゃないか、って」
 そうかもしれない、と皐月も思った。
「だとしたら」
 ゆっくりと、考える。
「心の裏返しは、きっかけさえあれば変えられると思う。変えてみない?」
 皐月と日和の視線が交差し、いつの間にか唄い終えて二人の会話を聞いていた、不思議そうなミノに向く。
 日和は、チェロを大事にチェロケースにしまってから、大事そうに抱えているミノの腕の中の『核』の透明なケースを撫でた。
「気づいていますか? ミノさん。このお花、もう、とても瑞々しいです」
「あ!」
 見下ろしたミノは、言われて初めて気づき、喜びと驚きの声を上げる。
 その『核』ははっきりと、なぜか、天井を───空を向いていた。まるで、『悪射』にその瑞々しさを傾けようとでもするかのように。
「私達人間も、きっと同じです、『悪射』さん。哀しみも愛しさも知って、優しさも知るんです。そうして、成長していって、本当の愛を得るんだと思います」
 日和がまっすぐに、『核』と同じ方向を見て、周囲の視線も構わずに、澄み渡った声で語りかける。
 皐月も立ち上がった。
「あなたは生まれ変わることができるわよ! 私達がきっかけをあげるから!」
 
 天井が、風景が、ぐにゃりと歪む。
 「悪射」の咆哮は、けれど、
 どこか、
 赤ん坊が生まれたときの声に、似ていた。



■マグノリア−ここに在る奇跡−■

 歪んだ風景が、次第にかたちをとってゆく。
 そこは、
 星いっぱいの夜空。
 そこに浮かぶ、不思議な真っ白いふかふかな、大きな平べったい雲のような場所に4人は立っていた。
「やっと『合流』できたわ」
 嬉しそうに、シュラインが微笑む。
 悠宇と日和は黙って微笑んで手を繋ぎ、そんな二人を皐月は「若いっていいわね」と小さくつぶやいて微笑ましく見守っている。
「見て! あれ、『悪射』だよ! 生まれ変わって、『愛』になって降り注いでくる!」
 ミノも、そこにいた。ただ、持っていた『核』だけが、ない。
 4人がミノの指さすほうを見ると、そこには。
 たくさんのふわふわとした不思議な白い花となって、雪のように。
 地上に降り注いでいた。
「あれが、『愛』? 『核』はどこにいったの?」
 皐月が尋ねると、ミノは満面の笑みでこたえる。
「そうだよ、『愛』はああやってこの世界に降り注いで、誰の目にも見えなくても、見えても、一年間みんなの胸の中に灯火として灯るんだ。ほら、みんなの胸にも」
 ミノの言うとおり、白い花は、ふわりとシュライン、皐月、悠宇、日和の胸の中心に、とけこむように入っていった。心なしか、ぽっかりと心があたたかい。
「そしてここが、今から『マグノリア』になるんだ。『核』は、あそこ。みんなが助けてくれたから、今度はおれがみんなを『マグノリア』に招待する!」
 ミノがぱっと両手をあげたとたん、

 ぱあっと、真ん中にたたずんでいた、きらきらと輝いていた『核』が四方に光を放った。

 しゃら……
 しゃらら……
 しゃぁらら……

 シュラインと悠宇が聴いた、あのケーキ屋のドアベルのように、
 皐月と日和が聴いた、ミノの唄のように、
 光はまばゆく小さな色とりどりの花となって白い大地に次々に降り立ち、根を張ってゆく。白い大地がたちまちのうちに花でいっぱいの野原に変わってゆく。
「これが『マグノリア』。おれの世界では、『生まれ変わりの種』っていう意味なんだ。『花の大海』、とも呼ぶ人もいるけどね。
 あと、みんなにプレゼント。
 ひとつひとつ、今年一年の感想を一言だけ言いながら、どれでもいいから花を一輪、摘み取ってみて」
「今年の感想? いや、いいけど……言うのか?」
 なにやら頬を赤くして、悠宇は尋ねるが、けれど「プレゼントする側」でわくわくしているミノを前にイヤとは言えない。かがみこんで一輪摘み取りながら、言った。……とてもとても、小さな声で。
「好きな女の子のことをいっそう好きになった一年だった。大事な人がいるって、幸福なことだな」
 もちろんそれは、今の今まで手を繋いでいた誰かさんのことではあるのだが、幸い聞こえなかったらしく、日和は悠宇の摘み取る花がどんな風になるのか興味津々に覗き込んでいる。
 花は、深い蒼色になり、そのままお菓子になった。
「あっ、まだ食べないでね。みんなで食べるんだから」
 慌てるミノの様子がおかしくて、4人は笑う。分かってるよと微笑む悠宇の声を背に、シュラインが摘み取る。
「無事、生き残れたわ……」
 自分でも苦笑しそうなその一言で摘み取られた花は、透けるように真っ白な花になり、これもまたお菓子に変わった。
 続いて、面白そうに、皐月がかがみこむ。
「可もなく不可もなく。知り合い増えて良かったかな」
 ふふ、と笑いながら摘み取るその花は、微妙な濃淡で印象が変わる不思議な琥珀色に。やはりそれも、お菓子になった。
 日和も遅ればせながらしゃがみこんで、大事に摘み取った。
「いろんなことがありましたけど、たくさんの人や物事に出会えて感謝するばかりでした」
 手に取られた花は、淡いピンクのお菓子に変わる。
 ふと、恥ずかしい一言を言ってなんとなく落ち着かないでうろうろ、端のほうに行っていた悠宇が、「あれ?」と地上の様子に気がついた。
 なにやら、除夜の鐘らしきものが聞こえるし、道端に人も多い。
「なあ、今日って……クリスマス、だよな」
 仲間に確認する悠宇の言葉に、集まる三人。
 確かに地上は、大晦日そのものの様相だった。
「『マグノリア』は新年のための場所だから、ここからは古い年と新しい年との境目の日が見えるんだ」
 ミノは『核』を撫でながら、笑う。
「おれ、みんなにあえてよかった! こんなにたくさん楽しい思いしたのも、どきどきしてわくわくして、あったかい気持ちになったのもはじめてだ! 蓮さんも呼ぶから、みんなでいっしょにお菓子パーティーしよう!」
 言った途端に、煙管に火をつけようとしていた蓮の姿がそこに現れる。きょとんとする蓮の顔がまたおかしくて、一難去ったことに喜びを覚えつつ、蓮に事情を話して、お菓子になった花たちで「乾杯」をしたのだった。

 「アイ」は「愛」に変化を遂げ、
 こうしてまた一年、ひとりひとりの中で、色々な色の花を、
 ───咲かせる。


《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
5696/由良・皐月 (ゆら・さつき)/女性/24歳/家事手伝
3524/初瀬・日和 (はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、微妙に「花関連シリーズ」ものかな、と思うものになりました。多分、そのシリーズに入るのだと思います、が。ちょっと自分的にこったものにしてみよう、と考えて書いてはみたものの、客観的にはあまりこったものではないかもしれません(汗)。けれども、あたたかなケーキ屋さんや教会を書いていてとても楽しかったです。ケーキ屋さんはいずれ、またそこを舞台にしたサンプルをアップする予定ではありますが、やはりほのぼの系だろうな、と思います。余談ではありますが、ミノくんの名前の由来は「実らせる」の意味からきていたりします。想像通り、かもしれませんが(笑)。
また、今回は「●悪射(アイ)を愛(アイ)に●」の部分だけがグループ別(シュラインさん&悠宇さん、皐月さん&日和さん)となっております。それぞれに見てみないと分からない部分もあると思いますので、またお暇なときにでも是非、もう一つの部分もご覧いただければ、と思いますv

■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv ケーキ屋さんの部分だけ、頭の中で別のサンプルを考えていたものとリンクしてしまい、前提として出してしまいましたが多分シュラインさんなら小さなケーキ屋さんのほうがお好みかな、とも思いますが如何なものでしょうか。一年を通しての一言、お疲れ様でしたと心の底から言ってあげたい気持ちになりました;(笑)グループ別の部分のラストのほうでシュラインさんが感じたことは、東圭が書きたかった一番のことでもあり、やはり酸いも甘いも分かっている年の功でシュラインさんに言って頂きました。
■由良・皐月様:いつもご参加、有り難うございますv 童話を話す部分は、東圭がはるかはるか昔に書いた童話をベースに勝手に創作してしまいましたが、大丈夫でしたでしょうか。今回由良さんにはミノの子守のような役をして頂いた気がしますが、いつも本当はどんな感じでお仕事をしていらっしゃるのかなとちょっと想像が膨らみました。本物のマグノリアの花も、東圭は大好きだったりしますvその描写も書こうかなと思ったのですが、マグノリアに『マグノリア』でちょっとくどくなってしまうかな、とこのようにしてみました。
■初瀬・日和様:いつもご参加、有り難うございますv 教会でミサ、というのはわたしも一度書いてみたかったので、つい力を入れてしまいました。プロの方が弾くときの注意点などはあまり書かないでもよかっただろうかとも思いましたが、プロを目指している日和さんなら、ごく普通に思いながら心をこめて弾かれるのでは、と思いましたが如何でしたでしょうか。芯の強い日和さんが描写できていれば、と思います。
■羽角・悠宇様:いつもご参加、有り難うございますv 植物園、ということで、想定していた最後の場面とかぶらないようにと気をつけたため、なかなか花の描写が出せなかったのがまだまだ未熟なところかな、とも思います;土地勘は悠宇さんはいいのではというイメージがあったため、シュラインさんと組んで頂いたのですが、今回は悠宇さんにしてはちょっとおとなしめな描写だったかなという気もしますが如何でしたでしょうか。「悪射」を「愛」に、という発想のきっかけである「アイ」という発音に気がついたのは、悠宇さんならではのものかなと思いながら書いてみました。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回はその全てを入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。「悪射」と出てきた部分でオチが分かったようなものですが、それでもPC様を通して、それぞれの思いとして書かせて頂きたかったことを思う存分書いてみました。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/12/22 Makito Touko