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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


■マグノリア■

 ある冬の日。
 クリスマスイヴの夜も、もうすぐすぎようという時だった。
 とっくに閉めた店の扉を、ほとほとと控えめのノックする誰かに、碧摩蓮は「こんな夜中に誰だい」と重い腰を上げた。
 そこには、身長1メートルもないだろう思われる、ファンタジーの世界で言うのならゴブリンくらいの背丈の小人がいた。しかし顔は、人間の少年そのもの。服こそ緑色の小人服だったが、大きな瞳の可愛い少年だった。しかし、その大きな瞳からはぽろぽろと涙を流している。見ると、その両手いっぱいに抱えるようにして、慎重に栽培される植物を保護するような硝子でふたのように覆われた鉢植えを持っている。
 中の花は、枯れかけているようだった。
「助けておくれよう、この花を咲かせてほしいんだ」
 えぐえぐと泣く彼は、開口一番、そう言った。
「見たとこあんた、この世界の者じゃないようだけど、なんでここにきたんだい」
 蓮がたずねると、
「ちょうどここと次元がつながったんだ。この世界ならどこでもよかったし」
 と意味深なことを言う。
「この花が無事にクリスマスの日に咲かないと、『マグノリア』が生まれないんだよう。そうしたらこの世界にだって影響あるし、新しい年もこないんだ」
「クリスマスって、クリスマスが終わるまでにあと24時間くらいしかないよ。そんな短時間でその妙な花を咲かせろっていうのかい?」
「こいつはこの世界の『悪い雰囲気』を吸いすぎてこんなんなっちまったんだよ、もとはすっごくきれいな花なんだぞ。この世界のやつらが悪いことばっか考えて悪いことばっか口にして悪いことばっかするから、こんなことになったんだぞ。責任とってくれよう」
 わぁんとそれこそ子供のように泣く、聞けばこの花の管理者だという少年の小人である。
「ああ……悪い雰囲気、ねえ。負の気を吸って枯れかけちまってんなら、楽しいことでもすりゃあいいのかね。よくわからないけど、こっちの世界の責任らしいし、集まるか分からないけど協力してくれるやつをあたってみるから」
 この世界に身をおく者としては、さすがの蓮もため息が出た。
 電話に手をかけ、協力者を当たりながら、蓮は聞いた。
「で、あんたの名前とその花の名前は?」
「おれはミノ。この花は、『核』っていうんだ。もし咲かせてくれたなら、みんなを『マグノリア』へ招待できるぞ」
 ミノは、そうこたえた。



■クリスマスの日に、新年の幸福を■

●悪を射しこむ者は●

 協力者達はクリスマスの日、それぞれに急いでやってきたので一番遅くとも朝の10:00には集まった。
「花を守るミノくん自身が、悪感情を跳ね返すようにほんわか楽しくならなくちゃ」
 優しい声で、シュライン・エマが、まだほろほろと涙を流しているミノを励ます。蓮はというと、一晩中お守りをしていたらしく、眠そうにあくびをして椅子に腰掛けていた。
「大丈夫だから泣かないの。泣いたら花も泣くわよ。ね?」
 こちらもしゃがんでミノと目線を合わせるように励ましたのは、由良皐月(ゆら さつき)である。
「そうです、花を育てるミノさんが焦っていたら、花だって安心して咲けませんよ。きっとクリスマス中……今日中には咲く、と、まずは信じてあげましょう? 花だって、ミノさんの前できっと咲きたいに違いないはずですから……」
 優しくミノの頭を撫でながら言うのは、初瀬日和(はつせ ひより)である。何か催し物でもあるのか、自分のチェロを持ってきていた。
「まああれだよ、そんな眉間にしわ寄せてないでさ、こちらの世界のクリスマスも楽しんでいったらどうだろ」
 軽快に明るく言うのは、羽角悠宇(はすみ ゆう)。彼は何やらここら辺の地図を見ているようだった。
「けどねぇ」
 蓮が眠そうに口を挟む。
「時期的に考えても事件が起こりやすくもあり楽しい時期でもありっていうのに悪い感情だけを吸い込んだっていうのは、何か原因があるのかもしれないとも思うんだよねぇ」
「最初にたまたま悪感情に当たってしまってミノくんも心細くなって、そちらのほうに引きずられて悪循環にはまってしまっているだけだと思うのだけれど……」
 シュラインが言うと、ようやく泣き止んだミノが、しゅん、となる。
「家族とゆっくり過ごしたいだろうクリスマスに教会でボランティア、なんてことをする日和みたいな子がいるんだから、こっちの世界だってそんなに悪くはないと思うんだけど」
 悠宇がその性格どおり、本音そのままを言うと、ますますしゅん、となる。
「まあ、賑やかな場所は悪意も比例して多いし、逆にこの時期って事件も多いから」
 皐月が慰めるように言う。蓮が、トン、と火が既に消えている煙管で卓を軽く叩いた。
「いやぁ、ね。あたしが言いたいのはまさにそこなんだよ」
 全員の視線が不思議そうに集まる中、ゆっくりと煙管に火を足す。
「例えばシュライン、あんたの言ったとおりミノが『最初にたまたま悪感情に当たってしまって』一番困るのはミノだろうが、『核』が咲かなけりゃああたしらのいるこの世界にも新年はこないわけだろう? だとしたら、誰かが邪魔してるとは考えられないかい?」
 はっとしたように、シュラインが『核』を見つめる。
「それは、蓮さん。この世界をよく思っていない『誰か』が故意に、ミノくんに悪感情をぶつけた、っていうこと?」
「じゃなきゃあ、できすぎてるとも思うんだけどねぇ、この『悪循環』」
 ふう、と蓮は煙管をふかす。
「霊気の類とかはミノくんからも『核』からも感じられないけれどもね」
 その類には個人的に日常茶飯事なので慣れている皐月が、くん、と鼻を鳴らす。
「ミノは何か知らないのか?」
 ちいさく身体を震わせていたミノが、びくっと、悠宇の声に飛び上がる。『核』を取り落としそうになり、慌ててぎゅうっと抱きかかえなおした。
 あやしい。
 明らかに心当たりのある反応に、全員の視線に耐えられなくなったミノはちいさな声で、白状した。
「『マグノリア』が生まれるのを邪魔する、この世界が生み出した負の塊の女王がいるんだ。悪射(あい)っていう名前の、負の女王。悪を射る、悪射。でもここ何百年かはおとなしくしてたから、おれも油断してて……この『核』もおれも、狙われてるんだ」
 なんてことだ。
 そんな顔をして、蓮が眉間にしわを寄せる。
「あんた、それを話したら誰も協力してくれないからって、秘密にしてるつもりだったんだね?」
 なにしろ、『核』を咲かせたくない負の女王に逆らうような行為をすれば、
 狙われているというミノや『核』に協力すれば、おのずと巻き込まれずにはいられないから。
「でも結局はその負の女王ってのも、この世界から生まれたものなんでしょ? だったらミノくんとやらだけを責めるのは間違いってもんじゃないの?」
 皐月がそう言ってくれなかったら、ミノはいつまでもおろおろしたまま、再び涙を流していたことだろう。
「乗りかかった船、ね。まず、先手を打ちましょう。皆で考えた対処法を表にして、計画的に実行していきましょう。妨害があれば臨機応変でどうにかする方向で、どうかしら?」
 シュラインが、メモ帳とペンをバッグから取り出す。
「賛成、です。あと、その悪射さんという女王がどのような方法で妨害してくるのかや、姿なんかも知りたいです」
 日和がうなずき、ミノを見る。
 ミノはこわごわと、「悪射(アイ)」の特徴を話した。

 まず、アイの本当の姿を見た者はいないこと。いつも空に大きく広がる両手しか見えないのだ、と。
 そして、妨害方法は幻を見せ、その幻を現実にして自分の城の領域に取り込むのだ、ということ。

「今のとこ、アイについて分かってることは、この二つだよ」
 ミノから得た情報を書き留めると、シュラインは自分の行動も含め、皐月や日和、悠宇の行動を確認してメモをとった。
 シュラインの考えてきた対処法は皆の対処法の合間に出来ることだったので、合間にちょこちょこと入れることにし、童話や善意のお話などをしてあげたいという皐月が初め。そして行く場所の閉まる時間や開催時間を考えて、教会へ連れて行こうという日和、都内でも安く入れるけれどもたくさんの種類があると評判の植物園を地図を見て選んだ悠宇の順になった。
「気をつけて行ってくるんだよ」
 いつになく慎重な蓮の見送りに手を振ったりして、一同は店を出る。
 出る、ときは普通だったのだ。ただとても寒い、来たときと何も変わらぬ店の前のいつもの風景で。
 けれど、
 そこに一歩足を踏み出した瞬間に、
 そこは、一面の雪景色に変わっていた。



●悪射(アイ)を愛(アイ)に●

「悪射のしわざだ、こんなに寒くちゃ『核』が枯れちゃうよ」
 ミノが、がたがたと震える。
 驚きはしたものの、心まで罠にはまっては「抜け出す」ことも出来ない。
 励まそうと振り向いて、そこに、皐月と日和の姿がないことに気がついた。
「分割されてしまったのね」
 シュラインが言う。ミノには、意味がわからないようだ。
「どういうこと?」
 聞き返す彼に、悠宇が説明してやる。
「俺達、二つに分割されちまったみたいだってこと」
 ミノが目を丸くする。
「おかしいな、おれの姿がもうひとつある」
 シュラインと悠宇は、互いに視線を交わし、同じことを思っているのを確認した。
 ───「分割」の意味は、恐らく───ミノと『核』を少しずつ分割してゆく、こと。
「『今喋っている自分』だけに集中して、とりあえず私と悠宇くんについてきて。いいわね?」
 シュラインが優しく声をかけると、ミノは不安そうな顔をしていたものの、何かを悟ったのか、こくりとうなずく。
 くしゃっとその頭を、悠宇が撫でた。
「いい子だな。よし、じゃあ植物園に行きがてら、シュラインさんの案を実行してこうよ」
「そのほうが効率もよさそうね」
 シュラインはうなずき、ミノの手をしっかり握って歩き出す。
 雪景色の上に雪まで本当に降ってきたので、視界が悪い。シュラインのもう片方の手を、万が一遭難しないように悠宇は捕まえた。
 それでも、土地勘でケーキ屋の場所を見つけた悠宇である。
「あったよシュラインさん、ここ確かここら辺で一番評判のいい『あたたかい』ケーキ屋だ」
「ありがとう、悠宇くん」
 そのケーキ屋はちょっとしたイベントホールのように大きくて、その場で食べる場所もあり、大きなツリーもあってその下には本当にプレゼントが入っている箱がある。ボランティアで事前に「ちょっとしたプレゼント」を金額の差はお任せで「サンタの役をする人」を募り、次々にその人達が、店のほうで用意したサンタ姿でこっそりとプレゼントをツリー下に置いてゆく。
 持って行く人の制限もしていないから、大抵はそれでも子供は多いけれども、誰かしらツリー下からプレゼントを持っていっても尽きることはあまりない。それも「プレゼントは一人に一個」の暗黙の了解があるからなのだろう。
 シュラインがこのケーキ屋を見つけた時に、イベントホールのようにハイソサイティーなわりにこんなに凝ったあたたかな趣向もあると知って気に入ったこともあった。ただ、一度来てもここら辺の地区が入り組んでいるからだろうか、なかなか二度目以降はたどり着けないことが多いことも不思議だった。だから念のため、悠宇に地図でついでに見てもらうよう、頼んだのだ。
 ケーキ屋の中に入ると、吹雪になりかけていた外と遮断されたように、静かになった。
 まず、ずらりと並んだケーキケースの元へ連れてゆく。
「うわあ、綺麗なケーキがいっぱいだ!」
 ミノは目を見開き、思わず声を上げた。大人のシュラインや、もうケーキを見ただけではしゃぐ年を卒業した悠宇でさえも、ここのケーキの安くも凝った、様々な色とりどりの、人が作ったものとはとても思えない見事な種類のケーキを見ただけで、感嘆のため息が出るのだ。子供にとっては宝物の宝庫に見えるのかもしれない。
 心なしか、『核』もミノと同調したように、ゆらゆらと花びらを揺らしているようにも見える。
「いらっしゃい、坊や」
 にこにこ対応する店主は、ちょび髭の、本当にサンタのような雰囲気の初老の男性だ。
「おじさん、おじさんは毎日これを全部作ってるの?」
 ミノが興奮したようにたずねると、店主はうなずいて、
「そうだよ。何かお気に入りのケーキは見つかったかい?」
 と、逆にたずねてくる。
「お気に入りなんて、こんなにいっぱい綺麗なケーキの中から、決められないよ。おれ、見てるだけでも楽しいし、幸せになれるから、もう少し見ててもいい?」
 その気になれば、シュラインは買ってあげようとも思っていた。せっかくクリスマスだし、あとで皆で食べてもいいのだし、と。けれども、このミノの判断に思わず微笑みがこぼれた。
「ホントに純粋な心の持ち主なんだな、ミノって。だから悪いものにもやられやすいのって、分かるような気がする」
 悠宇が、こそりとシュラインに耳打ちする。
「店長さんも、それが分かっているようよ。ほら」
 シュラインが耳打ちを返す。
 そう、このケーキ屋にはもうひとつ「素敵なことがある」。
 この店主には、人の言葉や心が「純粋か否か」が分かるのだ。それは持ち前の能力、なのかもしれない。
 そして、「本当に純粋な心からケーキをいらない」と言った人には、もれなく、こんなことが待っている。
「そうか、じゃあ次は是非、とっておきのお気に入りを見つけて買っておくれ。それまでにこの店を忘れてしまわないように、おまじないの味を試してくれないかね?」
 微笑みがますますほころんだような店主が取り出したのは、まるでオルゴール箱のように透き通った透明なケースに入った、小さな、けれどとびきり凝ったケーキが一つ。それはクリスマスだからか、今日はケーキ台に小さなツリーとサンタ、そしてトナカイが乗っていた。
「せっかくだから、そちらの二人にも」
 店主が渡してきたので、シュラインと悠宇は驚いた。
「あの、私達は、」
 シュラインが言うのを拒むように、店主は軽くウィンクして半ば押しつけるようにしてケーキの箱を渡して、戻ってゆく。
 戻っていきざま、
「そうだ、プレゼントの箱も、気が向いたらよかったら、持って行っておくれ」
 と、ツリー下のことも忘れない。
「シュライン、これ何か文字が描いてある! 小さくてうまく読めないけど」
 ミノが目をきらきら輝かせて、ケーキの箱を大事そうに、けれど小走りに持ってくる。どれどれ、と悠宇も見てみると、確かにそこには「皆に愛を」と英語で書かれてあった。
「小さいけれど、二つに切れないこともなさそうだし、これは蓮さんのお店に戻ったら皐月さんと日和さん、蓮さんとも分けて皆で食べましょう」
「そうだな、せっかくの店長さんの好意だし」
 シュラインと悠宇の心も、なんだかほんわかしてくる。
 ミノは早速、ツリー下を覗きに行ったようだ。
「これ、ディスプレイじゃないのか? 本当に中身もあるの?」
 小さいものから大きなものから、こちらも色とりどりに置かれてあるプレゼント箱には、日曜だからか、こんな朝から他にも子供達が瞳を輝かせながらいろいろと手に取ってみて、自分が決めたプレゼントを持っていく。
「あるのよ、ほら、今お母さんのところに行ったあの子、早速箱を開けてるわ」
 シュラインの指さす先には、好きなキャラクターだったらしいそれが描かれてある、安物ではあるけれども手袋を持って喜んでいる子供の姿があった。
「もしかしたらあの店長さんが、ひとりひとりにちゃんと『合うように』プレゼントを選ぶとき、こっそり操ったりしてるのかもな。だってほら、見てると、大人も子供も、箱の中身で喜んでない人っていないし。安物でも高価なものでも関係なく、さ」
 悠宇がそう悪戯っぽく言って、あたりを見渡す。確かに彼の言うとおり、誰も箱の中身を見た人間の中で、心から喜んでいない者はいないようだった。つくりものの笑顔かどうかは、シュラインや悠宇にだって、分かる。
「これにした!」
 ミノは片手で『核』を持って懸命に選んでいたが、やがて一つの箱を選んだ。橙色の、あたたかな包み紙の箱。
「せっかくだから、開けてみろよ」
「夜に、開けるよ。すっごくわくわくして、ドキドキするけど、もっとこの気分味わってたいし、早く開けたいけどっていう気分もあって、ああ、おれ、変なこと言ってる、絶対言ってるよう」
 悠宇の促しに笑うミノの言葉は確かに意味不明だけれども、気持ちはよく分かる。
「ミノくん、こういう風にプレゼントを用意する満足感も、とてもいいものよ」
 シュラインの言うことが、このケーキ屋にいるとよく分かる。ミノが頷くのを見て、悠宇も、そうかもしれないと思った。
 来年は、自分も誰かにプレゼントできたらなあ、と言うミノの手を取るシュラインの手をまた取って、悠宇達はそうしてまたケーキ屋を出て行く。

 しゃらしゃらん、

 入った時には緊張で気づかなかった、このケーキ屋独特の耳障りのいいドアベルの音が、した。
「そうだ、ミノくん。寒そうだし、このマフラーあげる」
 悠宇の目指す植物園に向かう途中、シュラインが突然そう言い、空を自分の身体から隠すように、自分のマフラーをとってミノの首にふわりとかけてやった。
「どうしたんだ? 急に、シュライン」
 きょとんとするミノだが、シュラインはふんわりとマフラーのあたたかさのように微笑む。
「私からも、聖夜の贈り物。さすがに昨日の今日で作る暇がなくて、私がしているもので悪いけれど、ね。『核』も今の状態では寒そうだし」
「ありがとう!」
 ミノはシュラインの視線をたどるように、抱えている『核』を見下ろす。そして、あっと驚いた。
 きらきらした瞳で、空を隠すシュラインの意図にも気づかないように、言った。
「『核』が『戻って』きてる!」
「ミノくんの心の成果ね」
 シュラインは言い、ミノと『核』とをそれぞれ優しく撫でてやる。シュラインにしか聞こえない小さな声で、悠宇がそのとき、
「大丈夫、でっかい両手、見えてたのは今、行っちまったみたいだ」
 と確認して伝えた。
 そう───吹雪はあったものの、その空に、ケーキ屋から出てきたときに。
 ミノから聞いていた「空に大きな両手」をミノほど興奮していなかったシュラインと悠宇は、同時に見つけていたのだ。ミノがますます喜んだことで、「アイ」は去っていったようだった。
 心なしか、歩いていくうちに吹雪もやんでくる。
「っと、ここか。シュラインさん、ミノ、入ろうか」
 やがて悠宇が足を止めたところは、想像よりも大きな植物園。入園料は子供300円、大人500円。さて中身はと入ってみると───。
「すごい! こんなにたくさんの植物、いっぺんになんか見たことない!」
 まずはビニールハウス。熱帯の植物がそこここにあり、花もたくさん咲いている。
「きれいな花に会わせてやったらその花だって自分もきれいに咲きたい、って思うかもしれないだろ? こういうところは、空気も綺麗だからお前の花にもいいかもしれないし」
 そう思って植物園を選んだんだ、と言う悠宇もここまでとは思わなかったらしく、得意顔だ。
「確かに、綺麗なお花がたくさんね。案内図を見ると、あっちのほうに湖も、その近くに高原植物もあるようよ?」
 ぺらぺらと、入り口で係員に渡された案内図をめくる、シュライン。
 その間にも、ミノはあちこちの、やはり花に一番興味を惹かれるようで、『核』を持って行ったりきたりとせわしない。
 その後、これと決めたものを見つけるのが得意な悠宇の先導でシュラインとミノは歩き、湖に蓮の葉が浮いているのを見て楽しんだり、高原植物の中でも可愛らしい花を見つけたり。
「これは確かに安すぎるくらい、いい植物園だわ。私も贔屓にしようかしら」
 散歩の途中に時々来るにはちょうどいいかも、なんてシュラインは考えてみたりする。
 ふと、しゃがんで高山植物達を見ているミノに、案内図に羅列している花の名前を読み上げてやっていた悠宇の声が、とまった。
「どうしたの?」
 敏感に、シュラインが気づく。悠宇の瞳が、ゆっくりと、あちこちに動く。
「いや、……今、誰かが泣いてるような声が聞こえた気がして」
 つぶやいているうちに、シュラインやミノにもその「声」は聞こえてきた。

 消えてしまう……───
 負の感情がなくては……その花が咲いては……わたしは生きてゆけぬ……───

 ぴん、とはりつめる青褪めたミノの背を、シュラインがゆっくりとさする。悠宇が強く肩を掴む。
「しっかりしろ、ミノ。なあ、俺にはさ、『アイ』って何か求めてるようにも聞こえるんだよな」
「え?」
 驚いたように悠宇を見上げる、ミノ。
 賛同を求めるような悠宇の視線を受けて、シュラインもうなずいた。
「負の感情……哀しい、つらい、苦しい、妬ましい……それはみんな、何かを求めている心の裏返しとも言えるものね。それだったら、こうも考えられるわ」
 「悪射」を、「愛」に変えられないかしら。
「賛成。俺も気になってたんだ、発音が『アイ』だしさ。きっと、変えられる」
 困惑しているミノの持っている『核』を、二人は見下ろす。ミノは気づいていないが、もう充分に咲き誇っているように見えた。
「ミノくん、何かあたたかな唄を知らない?」
 シュラインが、たずねる。ミノはすぐに、頷いた。
「知ってるよ。『核』を咲かせるのには、唄もいいから。たくさんあるけど、何番がいい?」
「『核』はなんて言ってる?」
 悠宇も、たずねる。ミノならば、『核』と会話もできるのではないか、そう思ったのだ。
 ミノは、『核』のケースに耳を当てるようにして、「マグノリア・1.11番」と、言った。
 シュラインと悠宇はミノにひそひそ声で教わり、幾度も口の中で練習して、
 せーの、で「マグノリア・1.11番」という唄を唄った。

 哀しみと愛しさで おりあげた ばしょがあるというよ
 優しいこころの ばしょだというよ
 哀も愛も どちらのアイもしらなければ
 たどりつけぬ ばしょだというよ……───

「これ、まるで『悪射』の唄みたいだわ」
 気づいたうように、シュラインが言い、
 悠宇は、空に向けて叫んでいた。
「『悪射』! この唄には愛がいっぱいつまってる、俺はそう思う! お前にも、この『核』がきっと愛をくれたんだ、だから『核』はこの唄を選んだんだ!」
 シュラインが、立ち上がる。同じく、空に向けて、言った。
「愛を知って、受け止めて───あなたも『愛』になれるのだから。そうして、優しくなっていくのよ」
 きっと、みんなそうなんだわ。私達は。
 人間はみんな、そうなんだわ。哀しみと愛しさを知って、優しさを覚える。そしてそこから愛が生まれて───。

 空が、風景が、ぐにゃりと歪む。
 「悪射」の咆哮は、けれど、
 どこか、
 赤ん坊が生まれたときの声に、似ていた。



■マグノリア−ここに在る奇跡−■

 歪んだ風景が、次第にかたちをとってゆく。
 そこは、
 星いっぱいの夜空。
 そこに浮かぶ、不思議な真っ白いふかふかな、大きな平べったい雲のような場所に4人は立っていた。
「やっと『合流』できたわ」
 嬉しそうに、シュラインが微笑む。
 悠宇と日和は黙って微笑んで手を繋ぎ、そんな二人を皐月は「若いっていいわね」と小さくつぶやいて微笑ましく見守っている。
「見て! あれ、『悪射』だよ! 生まれ変わって、『愛』になって降り注いでくる!」
 ミノも、そこにいた。ただ、持っていた『核』だけが、ない。
 4人がミノの指さすほうを見ると、そこには。
 たくさんのふわふわとした不思議な白い花となって、雪のように。
 地上に降り注いでいた。
「あれが、『愛』? 『核』はどこにいったの?」
 皐月が尋ねると、ミノは満面の笑みでこたえる。
「そうだよ、『愛』はああやってこの世界に降り注いで、誰の目にも見えなくても、見えても、一年間みんなの胸の中に灯火として灯るんだ。ほら、みんなの胸にも」
 ミノの言うとおり、白い花は、ふわりとシュライン、皐月、悠宇、日和の胸の中心に、とけこむように入っていった。心なしか、ぽっかりと心があたたかい。
「そしてここが、今から『マグノリア』になるんだ。『核』は、あそこ。みんなが助けてくれたから、今度はおれがみんなを『マグノリア』に招待する!」
 ミノがぱっと両手をあげたとたん、

 ぱあっと、真ん中にたたずんでいた、きらきらと輝いていた『核』が四方に光を放った。

 しゃら……
 しゃらら……
 しゃぁらら……

 シュラインと悠宇が聴いた、あのケーキ屋のドアベルのように、
 皐月と日和が聴いた、ミノの唄のように、
 光はまばゆく小さな色とりどりの花となって白い大地に次々に降り立ち、根を張ってゆく。白い大地がたちまちのうちに花でいっぱいの野原に変わってゆく。
「これが『マグノリア』。おれの世界では、『生まれ変わりの種』っていう意味なんだ。『花の大海』、とも呼ぶ人もいるけどね。
 あと、みんなにプレゼント。
 ひとつひとつ、今年一年の感想を一言だけ言いながら、どれでもいいから花を一輪、摘み取ってみて」
「今年の感想? いや、いいけど……言うのか?」
 なにやら頬を赤くして、悠宇は尋ねるが、けれど「プレゼントする側」でわくわくしているミノを前にイヤとは言えない。かがみこんで一輪摘み取りながら、言った。……とてもとても、小さな声で。
「好きな女の子のことをいっそう好きになった一年だった。大事な人がいるって、幸福なことだな」
 もちろんそれは、今の今まで手を繋いでいた誰かさんのことではあるのだが、幸い聞こえなかったらしく、日和は悠宇の摘み取る花がどんな風になるのか興味津々に覗き込んでいる。
 花は、深い蒼色になり、そのままお菓子になった。
「あっ、まだ食べないでね。みんなで食べるんだから」
 慌てるミノの様子がおかしくて、4人は笑う。分かってるよと微笑む悠宇の声を背に、シュラインが摘み取る。
「無事、生き残れたわ……」
 自分でも苦笑しそうなその一言で摘み取られた花は、透けるように真っ白な花になり、これもまたお菓子に変わった。
 続いて、面白そうに、皐月がかがみこむ。
「可もなく不可もなく。知り合い増えて良かったかな」
 ふふ、と笑いながら摘み取るその花は、微妙な濃淡で印象が変わる不思議な琥珀色に。やはりそれも、お菓子になった。
 日和も遅ればせながらしゃがみこんで、大事に摘み取った。
「いろんなことがありましたけど、たくさんの人や物事に出会えて感謝するばかりでした」
 手に取られた花は、淡いピンクのお菓子に変わる。
 ふと、恥ずかしい一言を言ってなんとなく落ち着かないでうろうろ、端のほうに行っていた悠宇が、「あれ?」と地上の様子に気がついた。
 なにやら、除夜の鐘らしきものが聞こえるし、道端に人も多い。
「なあ、今日って……クリスマス、だよな」
 仲間に確認する悠宇の言葉に、集まる三人。
 確かに地上は、大晦日そのものの様相だった。
「『マグノリア』は新年のための場所だから、ここからは古い年と新しい年との境目の日が見えるんだ」
 ミノは『核』を撫でながら、笑う。
「おれ、みんなにあえてよかった! こんなにたくさん楽しい思いしたのも、どきどきしてわくわくして、あったかい気持ちになったのもはじめてだ! 蓮さんも呼ぶから、みんなでいっしょにお菓子パーティーしよう!」
 言った途端に、煙管に火をつけようとしていた蓮の姿がそこに現れる。きょとんとする蓮の顔がまたおかしくて、一難去ったことに喜びを覚えつつ、蓮に事情を話して、お菓子になった花たちで「乾杯」をしたのだった。

 「アイ」は「愛」に変化を遂げ、
 こうしてまた一年、ひとりひとりの中で、色々な色の花を、
 ───咲かせる。


《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
5696/由良・皐月 (ゆら・さつき)/女性/24歳/家事手伝
3524/初瀬・日和 (はつせ・ひより)/女性/16歳/高校生
3525/羽角・悠宇 (はすみ・ゆう)/男性/16歳/高校生
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、微妙に「花関連シリーズ」ものかな、と思うものになりました。多分、そのシリーズに入るのだと思います、が。ちょっと自分的にこったものにしてみよう、と考えて書いてはみたものの、客観的にはあまりこったものではないかもしれません(汗)。けれども、あたたかなケーキ屋さんや教会を書いていてとても楽しかったです。ケーキ屋さんはいずれ、またそこを舞台にしたサンプルをアップする予定ではありますが、やはりほのぼの系だろうな、と思います。余談ではありますが、ミノくんの名前の由来は「実らせる」の意味からきていたりします。想像通り、かもしれませんが(笑)。
また、今回は「●悪射(アイ)を愛(アイ)に●」の部分だけがグループ別(シュラインさん&悠宇さん、皐月さん&日和さん)となっております。それぞれに見てみないと分からない部分もあると思いますので、またお暇なときにでも是非、もう一つの部分もご覧いただければ、と思いますv

■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv ケーキ屋さんの部分だけ、頭の中で別のサンプルを考えていたものとリンクしてしまい、前提として出してしまいましたが多分シュラインさんなら小さなケーキ屋さんのほうがお好みかな、とも思いますが如何なものでしょうか。一年を通しての一言、お疲れ様でしたと心の底から言ってあげたい気持ちになりました;(笑)グループ別の部分のラストのほうでシュラインさんが感じたことは、東圭が書きたかった一番のことでもあり、やはり酸いも甘いも分かっている年の功でシュラインさんに言って頂きました。
■由良・皐月様:いつもご参加、有り難うございますv 童話を話す部分は、東圭がはるかはるか昔に書いた童話をベースに勝手に創作してしまいましたが、大丈夫でしたでしょうか。今回由良さんにはミノの子守のような役をして頂いた気がしますが、いつも本当はどんな感じでお仕事をしていらっしゃるのかなとちょっと想像が膨らみました。本物のマグノリアの花も、東圭は大好きだったりしますvその描写も書こうかなと思ったのですが、マグノリアに『マグノリア』でちょっとくどくなってしまうかな、とこのようにしてみました。
■初瀬・日和様:いつもご参加、有り難うございますv 教会でミサ、というのはわたしも一度書いてみたかったので、つい力を入れてしまいました。プロの方が弾くときの注意点などはあまり書かないでもよかっただろうかとも思いましたが、プロを目指している日和さんなら、ごく普通に思いながら心をこめて弾かれるのでは、と思いましたが如何でしたでしょうか。芯の強い日和さんが描写できていれば、と思います。
■羽角・悠宇様:いつもご参加、有り難うございますv 植物園、ということで、想定していた最後の場面とかぶらないようにと気をつけたため、なかなか花の描写が出せなかったのがまだまだ未熟なところかな、とも思います;土地勘は悠宇さんはいいのではというイメージがあったため、シュラインさんと組んで頂いたのですが、今回は悠宇さんにしてはちょっとおとなしめな描写だったかなという気もしますが如何でしたでしょうか。「悪射」を「愛」に、という発想のきっかけである「アイ」という発音に気がついたのは、悠宇さんならではのものかなと思いながら書いてみました。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回はその全てを入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。「悪射」と出てきた部分でオチが分かったようなものですが、それでもPC様を通して、それぞれの思いとして書かせて頂きたかったことを思う存分書いてみました。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/12/22 Makito Touko