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<東京怪談・PCゲームノベル>


惚薬危機一髪!

 ことん、と湯飲みが差し出される。ここは店内からもすこし見える銀屋の奥にある和室だ。店内とは段差が設けられ靴を脱いであがるようになっている。そしてちゃぶ台を中心に壁にはあやしげな掛け軸などもあるがこれも商品らしい。
 茶を差し出し、目の前に座っているのはこの店の店主で奈津ノ介。奈津と呼んでくださいと今しがた言われたところだ。
 櫻・紫桜は初対面で惚れられても、と多少困惑気味だ。
「惚れ薬、もう飲まれないように僕がいない間は厳重補完しておいたのになんで……ああ、全部飲んでますね」
 惚れ薬が入っていたらしい瓶を奈津ノ介はさかさまにひっくり返して言う。そして紫桜に視線を合わせて続ける。
「紫桜さん、飲んだのは少量なので一時間もすれば効き目は切れます。解毒薬作るのも同じくらい時間かかるので……しばらく耐えていただけますか?」
 困り顔でお願いされると、むげに断るわけにもいかない。紫桜はしょうがない、と溜息一つついた。そして、じりじりと距離を詰めようとする薬を飲んだ張本人、藍ノ介と微妙な距離を保っている。
「ぬぅ、何故に近づくのを許さん、汝は」
「いや、なんとなく……べったりくっつかれるのは嫌だし、抱きつかれたりでもすれば反射的に殴りそうで。薬のせいでこうなっているのにそれはちょっと悪いな……と思い距離をとるようにしているだけです」
「親父殿、離れてください、嫌がられてます」
「奈津は黙っておれ」
 紫桜と藍ノ介の間には微妙な緊張感が漂っていた。
「……倉にしまってたんだけどなぁ……親父殿、これどうやって見つけたんですか」
「先ほど蝶子に貰うた」
「あの人か……」
 紫桜から視線をはずさず、睨みあったまま藍ノ介は答える。その答えに奈津ノ介は呆れたような溜息をつくとあたりを見回す。
「蝶子さーん、どこにいますか、出てきてください」
 奈津ノ介が声を上げてからしばらくすると、和室の奥の暗がりから烏が一羽、とたとたと足音を立てて現れる。だがただの烏ではなくてその足は三本だ。三つ足の烏、つまりヤタガラス。
 羽根をひと振るわせするとそこには黒髪黒目の女が存在する。一瞬の出来事だった。
「なんで親父殿に薬渡したんですか、こうゆうことが起こるのは自分でも体験してるでしょう」
「どんな風になるのか、見てみたかったのじゃ。巻き込んじゃってごめんなのじゃ」
「はぁ、起きてしまったことは仕方がないですからね、一時間だけのようだし」
「あははっ、そう言って貰えると嬉しいのじゃ」
 蝶子は言って藍ノ介を見る。
「一時でも惚れるってこうゆう風なのじゃな、ふんふん」
 落ちついて観察をする蝶子を半眼で奈津ノ介は見る。本人はきっと何も考えず本当に好奇心だけでやったようだ。
「とりあえず、親父殿が苛ついているようなので、僕が押さえ込みます」
 奈津ノ介は言うと立ち上がって、二人の間に割ってはいるように座る。
「奈津、汝はのけ。わしの邪魔するなどン万年早いわ」
「はいはいはい、すみませんね、本当に偉そうな父親ですみません」
「……なんだか大変そうですね」
「大変ですね」
 藍ノ介を抑えつつ、奈津ノ介は紫桜に笑いかけ、紫桜もちょっと困り顔で笑い返した。奈津ノ介が緩衝地帯になって紫桜も藍ノ介から逃れられ一先ず安心、少しの間は気を抜いていられそうだ。
「藍ノ介さん、なんだかものすごくムキになっておるのじゃ」
「邪魔されるの嫌いですからね……あ、ちょ、親父殿!」
「このわしを近寄らせんとはいい度胸だ汝! 意地でも抱きついてやるわぁ!」
 力任せに、藍ノ介は立ち上がりつつ奈津ノ介を撥ね退ける。油断はしていないがやはり体格の差も力の差も歴然で奈津ノ介はそれを受け流すことができない。
「やばっ、紫桜さん!」
 藍ノ介が一歩踏み込んで抱きつきにかかった手を、紫桜は受け止める。幼い頃より学んできた古武術などのおかげだ。藍ノ介の両の手を見事につかみとって拮抗状態を作っている。それに藍ノ介も、多少は驚いていた。
「ぬ、手加減しているとはいえ受け止めるとは汝、かなりの手練だな」
「それはどうもっ!」
 言葉を返すと同時に反動をつけてその腕を離す。紫桜と藍ノ介の間には何故だか火花が散るような雰囲気さえ漂う。惚れた云々は、忘れ去られているかのごとく、だ。
「紫桜さん、まずくなったら遠慮なく殴ってやってください。もう僕じゃ親父殿を止められないみたいです」
「いいんですか」
「いいです」
 紫桜は一応の確認をとる。だがもう、いつでもどんなことにも対応できるよう身体は自然と構えをとっていた。
 奈津ノ介が邪魔にならないように隅に待機する。もう自分の力ではどうにも成らないとみて手助けはするものの傍観姿勢に入っているようだ。蝶子も蝶子で、面白そうに和室の隅で笑っている。自力で逃げ切った方が良さそうだ、と紫桜は思った。
「手加減、しませんよ」
「望むところだ、絶対に汝に抱きついてやる」
「あ、お願いなので店の中では控えてください。壊されると直すの大変ですし」
「じゃあ、逃げます」
 奈津ノ介の言葉を受け取って、逃げて、表に出た方がいいと思ったのだろう。紫桜は和室の段差を軽くおりて、そして靴を足先に引っ掛けると共に店の外へと駆け出していく。
「俺はこれで失礼します!」
 後ろに言い放ち、ちらっとみると奈津ノ介が笑ってご迷惑おかけします、と言っているのが聞こえた。そして追いかけようとする藍ノ介の足を引っ掛けてバランスを崩したところだった。
「奈津!」
「僕は紫桜さんの味方ですから」
 その言葉に藍ノ介は舌打ちをして息子を一睨みすると紫桜を追いかけるために店を出る。まだそう遠くへ言っていない紫桜を見つけるとにや、と笑って追いかける。
「汝、逃げられると思うな!」
「うわっ、来たし!」
 後ろからの藍ノ介の大声に紫桜は心中参った、と思う。だが時間経過をみるとあと十分くらいで薬の効果が切れるはずだ。それぐらいの時間ならしのげるか、と思い走る速度を上げるがそれはほぼ全力疾走に近い。
 と、後ろから風を切るような音がして、直感で身を翻すと藍ノ介のとび蹴りが飛んでくる。
「避けおったか!」
「危ないじゃないですか!」
「これくらいせぬと汝は捕まえられぬと思ったのだ」
 体勢を立て直す藍ノ介が待てというのを聞くはずもなく紫桜は走る。そしていつの間にか店の前にと戻ってきていた。
「はぁっ、もう駄目だ……息切れ」
「あ、おかえりなさい」
 カタン、と外にいる気配を感じたのだろう、奈津ノ介が引き戸をあけてひょこり、と顔を出す。
「親父殿を撒いたみたいですね、中にどうぞ。もう薬もきれてるはずなんですけど」
「本当にきれてる、でしょうか」
「大丈夫ですよ」
 和室の段差に腰をおろして一息つく。それと同時に、引き戸を乱暴に開ける音がしてそこにはやはり。
「追いついたぞ、この小童が」
「……あの、本当に大丈夫、ですか?」
「今はちょっと頭に血が上ってるだけです、多分きっと」
 不安そうに奈津ノ介を見て紫桜は問い、そして藍ノ介を見る。もう逃がさない、とばかりに近づいてくると仁王立ち、偉そうに見下ろす。
「なかなか追いかけっこは楽しかったな、わしの蹴りも交わしたし、汝とはまた遊んでやりたいものだ」
「それは褒めている、でいいのかな?」
「もちろんだ」
「親父殿、薬はどうですか」
 奈津ノ介に問われ藍ノ介は笑う。
「もうきれておるよ。わしはいたって普通だ」
「よかった……じゃあもう大丈夫なんですね、もう走るのは嫌です」
「お疲れ様です。お茶出しますからちょっと休んでいってください」
「ありがとうございます」
 にこりと笑まれたので、笑み返し紫桜は思う。少し、逃げるのは鬼ごっこみたいで楽しかったかもしれない。幼少時に戻ったかのような気分だ。
 奈津ノ介が茶を淹れようと少し離れると、藍ノ介の上からの視線を紫桜は感じてそちらを向く。視線が、まっすぐにかち合う。
「汝、紫桜といったな」
「はい、櫻・紫桜といいます」
「よし、覚えておこう」
 そう藍ノ介は言って、紫桜の横を通り過ぎると店の奥へと消えていく。紫桜はそれを横目で折った。その様子を見て、奈津ノ介は笑っている。
「紫桜さん、気にいられちゃいましたね」
「気に入られた、んですか?」
 どう気にいられたんだろう、と少し気になりつつ奈津ノ介に言葉を返すと、彼に笑ってええ、と頷かれた。そしてお茶をどうぞ、と差し出される湯のみを紫桜は受け取ったのだ。
 それを一口、走って乾いた喉には心地よい。


<END>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【5453/櫻・紫桜/男性/15歳/高校生】


【NPC/藍ノ介/男性/897/雑貨屋居候】
【NPC/蝶子/女性/461/暇つぶしが本業の情報屋】
【NPC/奈津ノ介/男性/332/雑貨屋店主】

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■         ライター通信          ■
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櫻・紫桜さま

はじめまして、ライターの志摩です。此度はご依頼ありがとうございました!
プレイングを見て距離をとったら藍ノ介はそれに苛ついて意地になって追いかけるしかない!と思いこのような形になりました。古武術等たしなんでおられたのでその辺も生かしつつ楽しく書かせていただきました。紫桜さまも楽しんでいただければ幸いです。

それではまたどこかでお会いする機会があれば嬉しく思います。