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続・聖夜に夜露死苦 ―女の闘い―
12月24日。それは聖なる夜。恋人たちは愛を確かめ合い、子供たちはサンタクロースのプレゼントを楽しみにしながらベッドに入る。キリスト教も仏教も関係なく、日本列島が浮かれ、あたたかなものに包まれるホーリーナイト。
しかし、それを破壊せんと企む悪のチームがあることを人は知らない。
もはや前世紀の遺物と化した改造マフラーの排気音、パラリラパラリラという昔懐かしのクラクション。ハイビームのヘッドライトが深夜の室内に無遠慮に侵入し、嬉璃ははっとして布団の中で目を見開いた。
今宵は聖夜。聖夜に暴れまわる暴走族。忌まわしい記憶が瞬時にフラッシュバックする。嬉璃はためらった。逃げ出したほうがいいだろうか。彼女から逃げられるのだろうか?
そっと起き上がって廊下の様子をうかがう。あやかし荘を満たしているのは深夜の闇と静寂、冷たい夜気があるだけだ。彼女はまだ来ない。今なら逃げ出せるかも知れない。嬉璃が半纏に袖を通してそっと廊下に出た、その時だった。
「ちぇぇぇぇすとぉぉぉぉ!」
という必要以上に威勢のいい掛け声とともに嬉璃の背中に突きが打ち込まれた。嬉璃はもんどり打って転倒する。声の主は白い鉢巻をなびかせ、木刀を肩に担いで鼻息も荒く嬉璃を見下ろした。
「何をする源!」
「それはこちらの台詞じゃ!」
二匹の猫を両脇に従え、純白の特攻服上下に身を包んだ本郷源の言葉と拳には力がこもっている。
「決戦の夜にどこへ行くつもりじゃ嬉璃殿! チーム『オーディン』の任務はこれからじゃと申すに!」
「『おでん』というチーム名はいかがなものか・・・・・・」
「『おでん』ではない、『オーディン』じゃ!」
源は木刀の剣先をびしっと嬉璃に突きつける。「さあ嬉璃殿、参るぞ。今宵はクリスマスイヴ、彼奴らはきっと現れる! 子供たちを絶望と恐怖のズンドコに陥れる悪名高きチーム『サタン苦露主』がな! 彼奴らを打ち倒し、子供たちを救うことこそ我らが使命! 長年の因縁ついに決着をつける時が来たのじゃ!」
「ズンドコとは何のことぢゃ! サタン苦露主とは何者ぢゃ!」
無駄と知りつつも嬉璃は必死に突っ込みを入れる。源は口の端で「ふふふ」と笑ってみせた。
「いずれ嬉璃殿にも分かる時が来るであろう。彼奴らの正体がな」
それならおんしは分かっておるのか、と問いたいのをぐっとこらえて嬉璃は口をへの字に結んだ。それを肯定とみなしたのか、源は嬉璃に紫色の特攻服上下を投げてよこした。
「はようそれに着替えぃ。嬉璃殿のために特注で作ったのじゃ」
「待て! 誰が行くと言った!」
「それではわしらは行って参るぞ。おんしらは留守番じゃ、こたつにでも入って戦勝報告を待っておれ。勝利の暁にはぶわーっと祝い酒じゃ」
源は嬉璃の抗議などお構いなしで二匹の猫に話しかけている。どうやら今年も出撃するしかなさそうだと嬉璃はがっくりと肩を落とした。
「オーディン、レッツラゴー! サタン苦露主を倒すために! おー!」
「おー・・・・・・」
「なんじゃ嬉璃殿、もっと気合を入れぬか!」
「レッツラゴー・・・・・・」
特注の人力四輪車――要は子供用の補助輪つき自転車である――をこぎ、同じ乗り物でキコキコと前を走る源に叱咤されながら嬉璃は台詞を棒読みする。源のいう「悪のチーム」がどこに現れるのか、それ以前に彼らが何者であるのかすらも嬉璃は知らないのだ。源の後について走るしかない。
「さて、この辺りじゃろうかの」
キキッと音を立てて源は人力四輪車を止めた。そこは大通りに面した某大手洋菓子店の前だった。
「今度の敵は何者ぢゃ?」
嬉璃は半分諦めて源に尋ねた。
「『慧氣(けーき)団』。好物はケーキ。サタン苦露主の主力の一翼を担うレディース部隊じゃ!」
源は声高に言ってふんと白い鼻息を吐く。ははあ、と嬉璃は納得した。だからわざわざ洋菓子店までやって来たのか。
「で、どうするのぢゃ。また餌をまいておびき出すのか?」
「いいや、その必要はない。彼奴らはケーキのにおいのする所に必ず現れ・・・・・・来おったぞ!」
という源の声を待つでもなく、闇の向こうから白い光の群れが現れた。
光はどんどん数を増す。フオンフオン、という地を這うようなエンジン音。ぼぼぼぼ、とマフラーが銃声のような音を放つ。光の群れはどんどん近づき、みるみるバイク団の姿となった。怯える嬉璃に背筋を伸ばして仁王立ちになる源。これでもかというほど改造を施したバイクたちが二人のまわりを周回する。ドッ、ドッというアイドリング音が嬉璃の内臓を揺らす。見れば皆ふわふわした白いワンピースに身を包み、ある者は熊の着ぐるみをかぶり、ある者はモミの木の飾りをつけ、ある者はイチゴのかぶり物さえつけて、暴走族にはずいぶんと似つかわしくない格好をしていた。どことなくホイップクリームのような甘いにおいが漂っているように感じるのは気のせいだろうか。
「出たな慧氣団。総長はどいつじゃ!」
源は腕を組み、凛とした声でバイクの連中に問う。その声に応じてサンタクロースのコスチュームに身を包んだ小柄な女性が進み出た。
「あんたらがオーディンかい?」
女性はじろりと交互に二人を見た。嬉璃は必死で首を横に振る。望んでこのチームに入団したわけではないのだ。
「いつぞやはあたいらの仲間を痛い目にあわせてくれたそうじゃないか」
「弟分? ああ、あのチキン好きの親父のことか」
天誅じゃ、と源は鼻で笑う。「チキンで世界制服を企むような奴は子供たちの敵じゃ」
「勧善懲悪とでも言うつもりかい」
女性は舌打ちして木刀を抜いた。「仲間のカタキ、とらせてもらうよ!」
「オーディン初代総長・本郷源、参る!」
源は高らかに名乗りを上げて踏み込んだ。
気合の声とともに二人の木刀がぶつかる。両者はいったん木刀を合わせてから離れた。間合いを保って並走しながら機をうかがう。それ行け、やっつけろ、という声が見守っていた敵団員の面々から上がる。
先に仕掛けたのは女性だった。鋭い木刀の攻撃が源を襲う。予想以上に素早い攻撃に源の防御が一瞬遅れた。女性がにやりと笑う。源は咄嗟に足元の砂を蹴り上げた。女性は目を覆って態勢を崩す。
「ちぇぇぇぇぇぇすとぉぉぉぉぉぉぉ!」
鋭い声とともに源の突きが繰り出される。木刀の切っ先は女性のみぞおちに精確に打ち込まれた。なぜか「かきーん」という固い音を立てて女性はその場に昏倒した。
「総長!」
「ふざけんなてめぇ、卑怯だぞ!」
「みんな、やっちまえ!」
という合図で敵団員が源目指して雪崩れ込む。
「ぎゃー!」
あっという間に団員に飲み込まれた源が悲鳴を上げる。「副総長! 援護を!」
「ふ、副総長? わしのことか?」
嬉璃は目をむいて素っ頓狂な声を上げた。副総長になった覚えなどないが、このままでは源が危ない。嬉璃は溜息をつきながら走り、源に加勢した。
壮絶な闘いが終わったのは夜が白々と明ける頃であった。
そして、苛烈な戦闘の果て生まれたのは友情であった。
敵どうしとはいえ、互いに体をぶつけ、拳を交えたことで互いの心に触れたのだ。
「ふふ・・・・・・やるじゃないか、オーディン」
ぼろぼろになった体を引きずりながら総長の女性が源に右手を差し出す。源はにっと笑って固い握手をかわした。
「そっちこそ。おんしの名を教えてくれぬか」
「その必要はない。どうせまた会えるさ、クリスマスイヴの夜にね」
ふふ、と敵の総長が微笑む。大きく肯く源の脇で嬉璃が顔を引きつらせた。ということは、来年、あるいはそれ以降にまたこの茶番に付き合わされるということなのか。もっとも、茶番などという単語は源の前では口が裂けても言えないのだが。
「さあみんな、引き上げだよ!」
凛とした総長の声に応じて団員たちは立ち上がり、一分の乱れもなく一列に整列する。そして彼女たちは源に向かって一斉に最敬礼した。
彼女たちの背中から朝日がゆっくりとのぼる。白い光に目を射られ、源と嬉璃は額に手をかざした。
やがて光が緩やかになる。
敵の一団の姿はバイクごと跡形もなく消えていた。
源は口を真一文字に結び、背筋をぴんと伸ばして彼女たちがいた場所にいつまでもいつまでも敬礼していた。それは敵ながら天晴れな戦いぶりとすがすがしさに対して贈られた最高の敬意の表れであった。そして、その隣には嬉璃の呆れ顔があった・・・・・・。
その日の昼前、店に出て来た洋菓子店の店長は大きく目をむいた。
クリスマス期間中に店頭に飾っておいた、サンタクロースやクマ、モミの木等の特製砂糖菓子で装飾した特大ケーキのレプリカが木っ端微塵に打ち砕かれていたのである。 (了)
<ライターより>
本郷・源さま
お初にお目にかかります、宮本ぽちと申す者です。
このたびはご注文いただきましてまことにありがとうございました。
コミカルタッチの作品を書いたことがほとんどないため、ない脳味噌を絞って四苦八苦したのですが、楽しんで書くことができました。
「お任せ」とのことでこのような敵を登場させてみましたが、差し支えなかったかどうか不安であります;
楽しんでいただけたら幸いです・・・。
宮本ぽち 拝
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