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<東京怪談・PCゲームノベル>


鍋祭しよう!

「鍋、それすなわちおでん……いざ!」
 偶然手に入れたチラシ、それは宇奈月・慎一郎のためにあるのでは、と思ってしまうイベントだった。ちょっと人肌恋しくなっていた時だから尚更。
 カラカラ、と雑貨屋の入口の引き戸を開けてその一歩を踏み出す。
「こんにちはー」
「わっ、はい、はいはいちょっと待ってくださ……ちょ、親父殿!」
 奥に部屋があるらしい、なにやら揉めているような声が聞こえてくる。とりあえず、そちらへと足を運んでみると、きっと親子なのだろう、顔の似た二人が揉めている。
「あ、すみませ、だから親父殿それはいれちゃ駄目ですって」
「いえ、ゆっくりどうぞ。おお、鍋祭はまだ始まってないのですね。鍋、鍋といえばおでん。おでんは良いです。様々な具材、たまごに大根、じゃがいも、巾着、つくね、白滝にごぼうまき、はんぺん……くうっ、いいですね、最高ですね」
 慎一郎はおでんへの思い、蓬莱さんより高く、ルルイエよりも深い思いを延々と語っている。そしてそれに気がついて、というよりもあっけにとられて、揉めている二人も騒ぐのをやめた。
「面白いやつだな」
「……あの、ええと、すみません。とりあえずお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか? 僕は奈津ノ介、そしてこちらは僕の親父殿、藍ノ介と申します」
「おお、これは失礼いたしました。僕は宇奈月慎一郎、今日は鍋祭ということでこちらへ」
「ああ、鍋、鍋祭なんですけど今日は僕と親父殿二人で……って何また勝手に出汁にいれて……」
「ん?」
 ちゃぶ台の上に置かれたガスコンロ、その上の土鍋にいかにも適当、というようなそぶりで藍ノ介は調味料をぶち込んでいる。なんだか匂いも怪しい。
「どうぞおあがりください。まだ鍋は何になるか決まっていないので、ご要望があればお答えできます」
「それでは是非おでんを……! 久し振りに鳳凰の卵が手に入ったのですよ、フフフ。しっかりゆで卵にしてきました」
 手に持っていた紙袋から喜々とおでんの材料をだして慎一郎は並べていく。その中に焔舞うような模様の卵がある、これが鳳凰の卵だ。そして並べていく材料は全て、下ごしらえがしてある。準備万端だ。
「鳳凰の卵とは、また。楽しみですね」
「普通の卵とは濃厚さが格別。黄身の色は鮮やかに美しく、白身は透き通るような白。それをゆで卵にし出汁がしみこんで……ああ、もうおでんはすばらしい、神に祈ろう……!」
 おでんについての思いを語りだすと止まらないらしい。藍ノ介と奈津ノ介は、その様子をちょっと離れて見ている。そしてこそこそと雑談。
「お、親父殿、なんだか個性の強い方がいらっしゃったようですよ……」
「面白そうだから気にせぬ。だが鍋は早く食したい」
「そうですね、いつまでもこうだと作れるものも作れない」
 奈津ノ介は苦笑して言うと今だクトゥルフ神よー、と祈りを捧げる慎一郎の肩を叩いた。
「で、では慎一郎さんの好きなおでんにしましょうか」
「おおお、それでは僕が腕をふるわせていただきましょう! まず出汁の味の確認を……」
「あ、きっとまずいことに……!」
 止める間無く、慎一郎は土鍋に入っていた出汁をおたまで救い口にする。この適当に調味料が入れまくられた土鍋の出汁がおいしい、もといまともなわけが無い。
「!!! こ、この味はっ……!」
 手にしていたおたまを畳の上に落とし、そして慎一郎はがくっとうなだれる。
「おお、この今までに出会ったことのない味の出汁でおでんを作れというのですね、これは僕への試練ですか、クトゥルフ神よ!」
 どんな味なのか、と奈津ノ介も味見をしてみる。
 その味はとても言い表せない、混濁したようなもの、正直不味いと言ってしまったほうが早い。
「……出汁、作り直します?」
「いえ、このままやりましょう、僕に任せてください、作らせてください、これは試練なのです!」
 真剣な目、その勢いに押されて奈津ノ介はではお任せします、と慎一郎に全権を渡す。慎一郎はでは、とその出汁におでんの材料を浮かべていく。出汁にも少し、その辺にあった調味料を足しもする。その手際の良さを二人はぽかんと見ていた。
「すごい、手際がいいですね。本当にあの出汁がおいしくなりそうな気がする」
「うぬ、これは感嘆に値するな、楽しみだ」
 思わず表情も綻んでくる。土鍋からいい匂いの湯気が立ち上りそれは空いた小腹を刺激する。きゅる、と音が鳴りそうだ。
「ふぅ、もう少し煮込んでいけばそれはもうおいしいおでんになるでしょう。ただ僕としては煮込みが足りない気もしますがそれは作り始めたのがさっきだからしょうがない。はんぺんもふわふわ、出汁よ染み込むがいい、染み込みなさい、染み込んでください」
 呪文のようにおでんへの熱い思いを紡ぎながら慎一郎はその土鍋をこれまた熱の篭った視線でじっとみつめる。もう視線はそこにしか向いていない。その思いの熱さを語る言葉に押されるように、はたまたその思いの熱さに影響されてか奈津ノ介も藍ノ介もじっと一緒に土鍋をみつめるている。
 そして突然にその言葉が止まる。
「ど、どうしました?」
「出来上がりです……さぁ、さぁ食べましょう、おでんを、レッツおでん!」
 箸をしゅばっと、風の音がするような速度で構え、慎一郎は鍋へと箸を伸ばす。では、と二人も箸へ。各々好きなものをとり、そして口へ。
 慎一郎は大根を、箸がすっととおりとろとろになっている。口の中で染み出す出汁。
 藍ノ介はもち巾着。こちらも口の中で出汁がじゅわりと。
 奈津ノ介ははんぺん。ふわふわ、だけれどもしっかりとその存在感。
「……あ、あの出汁がこんなにおいしくなるなんて……慎一郎さんすごいですね!」
「おでんへの思いが届いたのです、ああ、おでん大好き」
 そう言いながらどんどん鍋の中は無くなっていく。
 そして卵、鳳凰の卵をそれぞれが食べようととる。
「久し振りの鳳凰の卵、楽しみです……」
「本当に綺麗な黄身の色ですね」
 とり皿の中で奈津ノ介はその卵を割ると黄身の色の鮮やかさに感嘆する。黄色というより金と言っていいかもしれない。輝いているようだ。
「でしょう、またこの味が……」
「濃いな、そして奥深くある」
 三名ともそれを口にするとその味に溜息をつく。今までで食した卵の中で一番おいしいと思える。
「決めたぞ、奈津。これから毎週金曜日はおでんの日だ」
「それはすばらしい……おでん、おでんはこの世の至宝、毎週といわず毎日でもいいものです」
 藍ノ介の言葉に力強く慎一郎は頷いて、そして満面の笑みを称える。
「さすがにずっとは無理ですけど、鍋祭期間中はそうしましょうかね。またよければいらしてください。今度はうちの料理上手におでんを作ってもらいますから」
「おおお、それは楽しみな、おでんは作る人によって味も具材もかわる個性あふれるものです。十人十色ならぬ十人十おでんです」
「うまいことを言うな、汝」
「確かに、そうですね」
 そしておでんについて様々なことを三人で語り合う。あの具材はこうするとうまいなどおでん雑学を語り合う。いつの間にか土鍋の中はからっぽで、その出汁も少なくなっている。
「今日は汝のおかげでうまいおでんが食せれた。礼を言おう」
「ええ、どうなることかと思っていましたがおいしかったです」
「そんな、僕も人恋しさを埋めおでんが食べれたのですから幸せです」
 土鍋の片付けをささっと軽く済ませ、鍋祭、もとい今日の場合はおでん祭はお開きとなる。帰り支度をすませた慎一郎を店の戸口まで奈津ノ介と藍ノ介は見送る。
「それではまたおでんの匂いに誘われればやってまいりましょう」
「楽しみにしてます、寒いので風邪などご注意ください」
「うぬ、おでんの者よ、また機会があれば来ると良い」
 戸口で二人に見送られ、それでは、と慎一郎は足取り軽く家路に着く。
 おいしいおでんが食べれて、大満足だ。


<END>



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【2322/宇奈月・慎一郎/男性/26歳/召喚師 最近ちょっと錬金術師】


【NPC/奈津ノ介/男性/332/雑貨屋店主】
【NPC/藍ノ介/男性/男性/男性/雑貨屋居候】

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■         ライター通信          ■
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 宇奈月・慎一郎さま

 はじめまして、ライターの志摩です。此度はご依頼ありがとうございました!
 個性あふるる慎一郎さまにどきどきしつつ書かせていただきました!素敵だ、素敵です…!調理師免許を持っていらっしゃったのでそのスキルを活用し微妙な出汁からおでんを作っていただきました。おでんへの愛が染み出るものになっていれば幸いです。

 それではまたどこかでお会いする機会があれば嬉しく思います。