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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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少年と母親
●オープニング【0】
ガチャン!!
アンティークショップ・レンの店内に、ガラスの割れる音が響き渡った。そして、床を転がるこぶし大の石の姿があった。誰かが店に向かって石を投げ込んだのは明らかであった。
「何だい、穏やかじゃないねえ……」
やれやれといった様子で、店主の碧摩蓮は玄関の方へ向かい、扉を開け外に顔を出した。その瞬間である。
ガツッ!
蓮の左こめかみ辺りに、石がぶつけられたのだ。
「あっ!」
手で石の当てられた辺りを押さえる蓮。店内に居た者は驚き、蓮のそばへ駆け寄ってきた。
「ああ……大丈夫……かすった程度さ……」
そう蓮は強がるものの、押さえた手の隙間からは血がたらりと流れている。とても大丈夫だとは思えない。
「お母ちゃんの仕返しだっ!!」
突然少年の叫ぶ声が聞こえた。見ると、小学校低学年くらいだろうか、小さな少年が石を手につかんだままこちらを睨み付けているではないか。
「お前ん所で先週お母ちゃんがペンダント買ってから、お母ちゃん倒れちゃったじゃないかぁっ! いつも元気なお母ちゃんだったのに……ペンダントのせいだっ! ボクのお母ちゃん苦しめるこんな店、潰れちゃえばいいんだぁっ!!」
少年は涙を浮かべてそう叫ぶと、持っていた石をまた投げ付けてきた。蓮の腕を引っ張り、投石をかわす一同。その間に少年はいずこかへ去ってしまった……。
「……おかしいね」
ややあって、ぽつりと蓮がつぶやいた。蓮曰く、先々週からペンダントが売れた覚えなどないという。だが少年が言うには、先週この店で買った、と。これはいったいどういうことか?
「悪いけど、ちょっと頼まれてくれるかい」
怪我の治療を後回しにし、蓮がその場に居た者たちに依頼をする。今の少年の母親に何が起こったのか調べ、可能ならば適切に対処してほしく――。
●巻き込まれた人々【1】
「たく、いきなり投石とは無茶苦茶するな」
やれやれといった表情で、夜崎刀真は店内に投げ込まれた石を拾い上げた。何の変哲もない石ころである。
「それにしても……ちと尋常じゃない」
店内から外、少年が逃げ去った方角を見つめつぶやく刀真。それに反応したのは、刀真のすぐそばに居た少女である。
「どーしたの、トーマ?」
少女、龍神瑠宇はきょとんとした表情で刀真のことを見上げる。
「ん? ああ、何か追い詰められてる気がしたんだよな。精神的に」
「あんたもそう見えたかい?」
蓮が尋ねると、刀真が小さく頷いた。
「最近の子供は切れやすいとはいうが……だとしても、なぁ」
「だろう?」
そう答える蓮の脳裏に、先程の少年の言葉が思い出される。『お母ちゃんの仕返しだ』と。
「蓮さん、怪我の手当てしないと」
シュライン・エマが心配そうに蓮に声をかけた。と、すっと蓮に近付く影が1つ。
「では私が」
ちょうど店内の品物を見ていたセレスティ・カーニンガムが、蓮の手当てを買って出た。
「たいしたことないさ」
「そういうことから、怪我は酷くなるんですよ」
苦笑して大丈夫だと振る舞う蓮に、セレスティが微笑みを向けて諭す。正論である。
「……調べるだけ調べてみるか。行くぞ」
「うんっ!」
溜息を吐いてから、刀真が外へと向かって歩き出す。瑠宇は元気よく返事をすると、とことこっと刀真の後を追いかけていった。
「子供の足だから、今からならまだ追い付けるかも」
刀真たちの姿を見送りつつ、シュラインはほうきを取りに向かう。店内に飛び散ったガラスの破片を掃除するためである。
「しかし……来て突然ガラスを割るとは、失礼な奴だ。あれは放ってはおけないな……」
それまで目を通していた古ぼけた書物から顔を上げ、少年の逃げ去った方角を睨み付けている者が居た。細身の美少年、レムウス・カーザンスだった。
「悪いね、せっかく熱心に面白い本を読んでたんだろうに」
手当てを受けた蓮がレムウスに話しかけた。どうやら蓮は、レムウスが読んでいた書物の内容を分かっているようだ。
「……目的の書を読みふけられそうなのはまた次回、ということか」
「ま、あんたが次来るまでは売らないでおくさ」
ふっと笑みを浮かべる蓮。レムウスに対する迷惑代、といった所だろうか。
「念のためにもう1度聞きますが、ペンダントを売った覚えはないのですよね?」
手当てを終え、セレスティが蓮に確認する。
「ああ、さっきも言った通りこの2週間はペンダントは売れてないんだよ。個人客だけじゃなく、知り合いの店なんかにもね」
「でも……本当にペンダントなのかしら」
ほうきとちりとり、それからバケツを持って戻ってきたシュラインが蓮に言った。
「どういうことだい」
「あの子にはペンダントに見えたけど、本当はそうじゃないとか。例えば輪になる、出来る形状の物とか、紐を通して吊るすことの出来る品物だとか……。極端な話、指輪も紐やチェーンを通して首にかければペンダントでしょうし」
訝る蓮に説明しながら、シュラインはほうきでガラスを掻き集め始める。蓮は少し思案してから、こう言った。
「……指輪とかになると、売ってないとは言えないね。売れた物、リストアップした方がいいかい?」
「ええ、その方がいいかも……」
「とりあえず2週間分。後で出すよ」
抜け落ちもあるかもしれないけど、と蓮は付け加えた。
●名探偵(らしい)登場!【2】
「けどさ」
それまで熱心に店内の鏡を覗き込んでいた少年――梅成功が首を傾げながら口を開いた。
「言ってること、事実かな」
成功のその言葉は疑問の口調。少年の言葉に、疑いを抱いているようであった。
「嘘吐いてるってことかい?」
蓮が成功に聞き返した。
「嘘じゃなくてもさあ……」
と、成功が言いかけた時だ。突然、男の笑い声が店内に響き渡ったのは。
「ふはははははっ! なるほど、これは大変興味深い事件だ!」
見れば、哄笑しながらコートの裾を翻す男の姿が店の隅にあった。
「……誰だい?」
眉をひそめ、蓮が笑う男に名を尋ねた。
「む、私かね? ならばお教えしよう……私は偽神天明、人は私のことを名探偵などと呼んでいるようだが……」
笑う男、偽神天明は蓮に視線を向けた。
「そんな私に調査を依頼するとは蓮くんはなかなか見所があるね? よかろう、私が華麗に事件解決してやろうではないか!」
ニヤッと笑みを浮かべる天明。蓮をはじめ、他の者たちはただ呆気に取られるだけで……。
「さてさて、蓮くんには売った覚えのないペンダント、だが少年は母親がそのペンダントのせいで倒れたと主張する。ならばまず知るべきは、『ペンダントは本当に存在するのか』であろうな、うむ」
だが天明は、そんな蓮たちのことなどお構いなしに分析を始めてゆく。いやまあ、依頼はしたけれども。でも名指しで依頼した訳でもなく。
「少年をとっ捕まえて話を聞くのが早いが、そういう雑事は助手の諸君に任せるとしよう。すでに助手AとBが動き出したようだからな」
誰ですか、『助手AとB』って。
けれども、天明の言ってることは別に間違ってる訳ではない。少年を捕まえて話を聞くことは、確かに事情を知る近道であるのだから。
「で、もしペンダントがあると仮定しよう」
天明のオンステージはまだ続く。
「その場合『本当にそれが原因で少年の母親が倒れたのか』が問題となる。そもそも母親が倒れたのをペンダントのせいだと考える発想は少々奇妙だが……何かの理由で嘘を吐いているか、そうでないならばそう考える根拠となるだけの異常がそのペンダントにあるのだろうな。どうかね、諸君?」
それまでずっと話を聞いていたのが、急に話を振られて戸惑う一同。しかし、筋は通っている。少年が嘘を吐いてないならば、やはりそう考えるだけの異変が少年の母親に起こったのだと考えるべきかもしれない。
と、それまでどこか楽し気に語っていた天明であったが、突然難し気な表情となった。
「むっ! いかんな……心霊ペンダントが相手では、私の出る幕はなさそうだ」
……難し気な表情はそういう意味ですか、天明さん。
「では私は『蓮くんを嵌めようとする商売敵の陰謀』という線で調べるとしよう……」
コートを翻し、店の外へ颯爽と歩き出す天明。そして、再び笑い出す。
「ふははははっ……いい言葉だな、陰謀!!」
天明が去った店内は、再び静けさを取り戻した。
「……それで、何の話だったかい?」
少し疲れの見える表情で、蓮が成功に話しかけた。
「言いたいことはもう言われたからいいや……」
同じく少し疲れの見える表情を浮かべ、成功が蓮に答えた。
●待たされた人【4】
「おっと……忘れてた」
何かを思い出したとばかりに、蓮はすたすたと奥へ向かって歩き出す。向かったのは、繋がったままのテレビ電話の前だった。
「悪いね、待たせて」
受話器を手に謝る蓮。画面には口を真一文字に結んだササキビ・クミノの顔が映し出されていた。
「長い。いつまで待た……うん? それは?」
クミノが蓮の傷に気付いた。
「ああ、ちょっと石がぶつかっただけさ。後は店のガラスが割れたくらいで、たいしたことじゃない」
簡潔に出来事だけを説明する蓮。するとクミノが驚いたように言った。
「まさか怪我するとは」
「そりゃ怪我くらいするさ」
クミノの言葉に蓮が苦笑する。自分には怪我しないイメージがあるのだろうか、そんなことをつい考えてしまった。
「……もう少し、物品を守る術を画しておいた方がよいのではないか?」
「防弾ガラス入れるほど、たいした物は扱ってないさ」
「謙遜しないでいい」
クミノのこの言葉は本心である。アンティークショップ・レンには、いったいどこで見付けてきたのかという代物が少なくない。色々な意味で珍しい品物があるのだから。
「何したって壊れる時は壊れるからね。今回何も壊れなかったのも、そういう運命だったんだろうさ」
「なるほど」
クミノはそれ以上、とやかく言おうとはしなかった。蓮が今言ったこと、それが彼女の流儀の1つであるのだろう。
「それはそれとして……」
クミノは画面の中の蓮の姿をじっと見つめて言った。
「詳しい話を聞かせてほしい」
●危険性【5】
蓮がクミノとのテレビ電話に戻っていた時、シュラインが素朴な疑問を口にしていた。
「倒れるいわくのある品物……どういった物なのかしらね」
ガラスの片付けはほぼ終わっていた。後は細かい粒をちり取りに集めて、バケツへ入れるだけだった。
「……私は生と死に関わる物だったのではと思っている」
ぼそりとレムウスがつぶやいた。
「え?」
思わずシュラインがレムウスに聞き返す。
「ネクロマンスの儀式にも使われるような……私の憶測だが」
「あの、いいですか?」
自らの考えを口にするレムウスに、少し困ったような笑みを浮かべてセレスティが話しかけた。
「亡くなった、とは言ってなかったと思いますよ?」
「…………」
レムウスはしばし無言でセレスティの顔を見つめた。そこに追い打ちをかけるように成功の言葉が飛んでくる。
「俺も亡くなったなんて聞いてない」
「……それについては私の早とちりだったようだな。だが遅かれ早かれ、そうなる危険性はあるだろう」
「ええ、そうでしょうね」
レムウスの言葉にセレスティが大きく頷いた。
「ただ寝込むだけで、あんな行動に出るとは思えませんから……」
少年の母親の状態は悪い、もしくは悪化していっている――そう考えるべきかもしれない。
●ご近所の評判【6】
「あー、あの子? いい子よぉ、とっても母親思いで」
太めの中年女性から、刀真と瑠宇は少年についての話を聞かされていた。
少年を追いかけてた2人だったが、白昼の投石ガラス割りはなかなかに目立った行動だったので、追跡は容易であった。あっという間に身元を突き止めることが出来たのである。
だが2人はすぐに部屋へ乗り込むようなことはせず、まずは少年と母親についての情報を集めることにした。近所の者に、話を聞いてみたのだ。
「おとーさんは?」
何気なく瑠宇が中年女性に尋ねた。すると中年女性は声をひそめて、こんなことを言った。
「それがねぇ……DVで旦那と別れてから、こっちに越してきたそうなのよ。あの子もきっと母親が殴る蹴るされてたの見てたんでしょうね、よく『お母ちゃんはボクが守るんだ』って言っててねぇ……」
「母子家庭だったのか」
刀真の脳裏に投石時の少年の様子が蘇る。ならば、追い詰められていたように見えても不思議はない。
礼を言って中年女性と別れてから、瑠宇が刀真に言った。
「おかーさんが心配なんだ、あの子……」
「心配するのは感心なことだけどな」
「うん、でもだからって蓮をイジメちゃダメだよね」
刀真の言わんとしたことは、瑠宇もよく分かっていたようだ。それとこれは別、やってはいけないことは決してやってはならないのだから。
それから何人かに同じく話を聞いたが、評判はほぼ同じ。母子ともに悪い評判はなかった。そして、母親の方はこの2、3日姿を見ず、少年が1人で買い物をしている姿を見た、ということであった。
「……ちょっと様子を見てみるか」
少年のあの言葉の信憑性が高まってきて、刀真が少年の家を覗いてみることにした。母親が2、3日姿を見せないというのは、やはりただごとではない訳で。
少年の家は、古いアパートの2階の一番右端だということだった。
(けど、なぁんか面倒なことになりそうな気がすんだけどな)
それは刀真の胸騒ぎであったろうか――。
●ダメ、ぜったい【8】
刀真と瑠宇がアパートの階段下に居る時だった。風を切る音とともに、石が飛んできたのは。
「まさか!?」
振り返る刀真。そこには買い物袋と石を手に、2人を睨み付けている少年が居た。
「あの子だね……」
ぼそりつぶやく瑠宇。間違いない、あの少年だ。
「お母ちゃんいじめに来たんだなっ!!」
完全に勘違いしている少年。この状態では聞く耳持たないだろう。
「帰れっ! 帰れよーっ!!」
少年はそう叫びながら刀真目がけて石を投げた。難なくかわす刀真。そしてその石は――。
「あいたぁっ!!」
刀真たちの後方で、少年の声がした。成功の声だった。
「たたたたぁ……」
見れば、顔面を手で押さえている成功の姿と、地面に転がっている石がある。見事に成功の顔面に石が命中したようだった。
「あ……」
しまったという表情を見せる少年。表情から察するに、少しやり過ぎたと思ったのであろう。
「大丈夫!?」
顔面を押さえたままの成功に、駆け寄ってくる女性が居た。シュラインである。その後ろからはレムウスとセレスティの姿も見えた。つまりあの時店内に居た者たちが、こぞってここへやってきたという訳だ。
「このくらい……何でもないって」
シュラインに笑顔を見せる成功。もとより石を投げ付けられることくらい覚悟していたし、それから逃げる気もなかったのだから。でも、眉間の辺りが赤くなってるのがちと痛々しい。
「……何でここに」
刀真がやってきた者たちに、不思議そうに尋ねた。どうやってここが分かったというのだろう。
「カメラに映像が残っていたんですよ」
セレスティがそう言って、懐から1枚の写真を取り出して見せた。映像をプリントした物で、そこにはしっかり少年の姿が映っていた。
実は蓮から詳細を聞いて、クミノが即座に店のある校区で利用可能な監視カメラから画像を取得して、データ整理後に情報提供してくれたのである。そのおかげで、比較的早く刀真たちに追い付くことが出来たという訳だ。
立ち尽くしている少年のそばへ、瑠宇がとことこと歩いてゆく。そして一言。
「あーいうことしたらおかーさんだって悲しいから、しちゃダメ」
「…………」
しばし無言の少年。やがてゆっくり、こくんと頷いた。
「あとで一緒に、蓮にあやまりに行こ」
瑠宇はにこっと笑って、少年に刀真からもらったお菓子を握らせた。
●ペンダント【9】
6人は少年の家に上がった。お世辞にも広いとは言えない部屋に、少年と母親を含めて8人。かなり詰めて座ることになってしまう。
が、狭いとかどうとか言っている場合ではない。何しろ、目の前で母親が布団に横たわって苦しんでいるのだから。脂汗をかいて苦しむ母親の首には、何の変哲もないペンダントがかけられていた。
「だいぶ生気が抜けているようだな……」
レムウスがぽつりつぶやく。視線はペンダントに注がれる。
「……このペンダントを先週買ってから、お母さんの具合が悪くなってきたのよね?」
シュラインが優しく少年に問いかけた。こくんと頷く少年。
「これ買ってきてからお母ちゃん……何だか疲れやすくなってて……それで一昨日から寝込むようになって……今朝起きたらお母ちゃん……こんな……」
次第にうつむき、涙声となってくる少年。よっぽど母親のことが好きで、なおかつ心配なのだろう。
「だからといって投石は、な。決してやっていいことじゃない。医者を呼ぶなり何なり、自分に出来ることがあったろ?」
叱るべきは叱る刀真。少年に釘を刺してから、何故医者を呼ばなかったのかを尋ねた。
「だって……だってお母ちゃん……大丈夫だってボクに何度も言うし……ボク……お医者さん呼ぼって……何……何度も……言っ……」
少年はとうとうぼろぼろと泣き出してしまった。膝の上の握りこぶしに、ぽたぽたと少年の涙がこぼれ落ちていた。
「あー、泣いちゃダメだよー?」
瑠宇が少年の涙を、自分のハンカチで拭いてあげた。
「お母さんは『アンティークショップ・レン』でこのペンダントを買ったと、自分で言っていたんですか?」
少年がやや落ち着きを取り戻してから、セレスティが尋ねた。こくこく頷く少年。
「お仕事の帰りに『アンティークショップ・レン』で買ったって……だからボク、お店を探して……」
「では、一緒に居た時に買ったのではないんですね?」
セレスティが確認すると、少年は再びこくこくと頷いた。
「でも蓮さんはペンダントを売ってないし……」
蓮に出してもらったリストを手に、首を傾げるシュライン。ここにあるのは変哲もないペンダント、当然リストには含まれていない。だけど母親はレンで買ったと言っていた。何故?
(嘘を吐いた? だけどそうする意味がないわよね)
母親が嘘を吐いたとすれば話は早いが、それで何か利益があるのだろうか。それも子供相手に。
「ひとまずペンダントを調べて……」
「ちょい待った」
ペンダントに手を伸ばしかけたセレスティに、成功が待ったをかけた。
「何が取り憑いてるか、分かったもんじゃないぜ」
と言って成功は鏡を取り出した。自らの能力で作り出した特殊な鏡である。
成功はその鏡でペンダントを映し出す。他の者たちは鏡を覗き込み……はっと息を飲んだ。鏡の中に映っているペンダントを中心に、母親を包み込むように黒い渦が巻いていたのだ。
「ネクロマンス……いや、これはむしろ……悪魔か……」
鏡を凝視し、唸るレムウス。
「やっぱり面倒なことになったか」
溜息を吐く刀真。こんな予感、出来れば外れてほしいものだが、世の中上手くゆかない。
「……猶予はありませんね」
このままでは非常に危険。セレスティが真剣な表情で、母親の首からペンダントを外した。手にした瞬間、禍々しい気がセレスティに伝わってくるのが分かった。
「封じるぜ」
セレスティが外したペンダントを、成功が鏡の中に封じ込めた。その途端、母親の顔から脂汗が引いてゆき、呼吸も荒いものから正常なものへと変わっていった。
「よかった……これで一安心ね」
ほっと胸を撫で下ろすシュライン。ひとまず、問題の1つは片付いた。残りの1つは、どこからこのペンダントを手に入れたかということである。
●名探偵(らしい)再登場!【10】
アンティークショップ・レン――蓮は少年の家に居る者たちから、母親が危機を脱出したという連絡を受けていた。天明が店に再び顔を出したのは、その連絡が終わった直後のことだった。
「どうかね蓮くん、助手諸君は私の期待通りに動いてくれてるかね?」
自信たっぷりに言い放つ天明。
「ああ、期待以上さ」
苦笑する蓮。皮肉を込めて言ったつもりだが、どうやら天明には通じていないようで。
「そうとも! この私の助手だからな、ふははははっ!!」
ほら……この通り。
「で、そっちは何か分かったのかい?」
あまり期待せず、蓮は天明に尋ねてみた。陰謀がどうとか言っていたが――。
「うむ、いい質問だ! やはりこの事件は陰謀だった……それも国家間の大陰謀だとも!」
「…………?」
きっぱりと何の迷いもなく言い放つ天明に、思わず蓮は言葉を失った。まじまじと天明の顔を見つめる。
「まあ蓮くんが驚くのも無理はない。私が調べてみた所、アメリカと旧ソビエトとの冷戦時代まで話は遡り――」
遡るのかっ!! それに冷戦時代っていきなり何ですかっ!?
「……であるがゆえに、日本はスパイ天国などと言われ……」
とくとくと、自らの調査内容と推理を語り続ける天明。しかし……どこをどうやったら、冷戦時代とかスパイだとかという話になるのだろうか。
「……そこでこれが肝心なのだよ、蓮くん」
おっと、どうやら推理の核心に入る模様。ほとんど話を聞き流していた蓮も、改めて話を聞く態勢に入った。
「どうも旧ソビエトのスパイの残党が、オカルティズムに傾倒したらしく、悪魔と契約したなどという話が伝わっている。そして、邪魔者を排除しているようなのだ」
前半部分だけ聞いた時はまた聞き流そうと思った蓮だったが、後半の話になって天明に視線を向けた。
「邪魔者?」
「うむ、どうやら蓮くんは邪魔者に認定されてしまったようだな。ペンダントの件も、やはり蓮くんを嵌める工作だろう」
「……ちょっと待っとくれ」
蓮は天明にそう言うと、どこかにテレビ電話をかけた。しばらくして画面に画像が映る。クミノの姿だ。
「もしもし? もうすぐ出て、そちらへ向かおうと……」
「そうだったのかい、出る前でよかったよ。ちょっとあんたにもう1つ調べてもらいたいことが出来たんだよ――」
●事件の原因【11】
翌日夕暮れ、人通りのほとんどない路地に、何故か露店が出ていた。指輪にペンダントにブレスレット、アクセサリーを扱っている露店だった。
露店に居るのは中年男性がただ1人。そこへ客が1人やってくる。
「いらっしゃい。彼女へのプレゼントに1つどうだい?」
人懐っこい笑顔を見せ、アクセサリーを勧めてくる中年男性。客――レムウスは一通り並んでいる物を見てから、中年男性に話しかけた。
「これだけの物を揃えるのは大変だったろう」
「そうでもないさ。高いもんじゃないから……」
「いや」
レムウスは中年男性の言葉を遮って、こう告げた。
「ここにあるのは、人を死に導く物ばかりだろう?」
「!!」
レムウスの言葉に何かを感じ取ったのだろう、中年男性は露店を放り出して路地を駆け出していった。
逃げる中年男性の姿が次第に変化してゆく。それはいわゆる悪魔と呼ばれる者の姿へと。
もう少しで路地の出口、悪魔がそこを目指していた時、目の前に邪魔者が現れた――刀真である。
「避けたかったが……こうしないと終わらないようだからな」
刀真はそうつぶやいてから、日本刀で悪魔の身体を一息に貫いた……。
●平穏【12】
3日後――アンティークショップ・レン。
「おかげで店に行けなくなったじゃないか……」
「悪いね。そのうちまた、ゆっくり来ればいいさ」
テレビ電話でクミノと蓮が言葉を交わしていた。何故クミノが苦情を言っているかといえば、それはもちろん先日の蓮の頼まれ事のせいでレンに行く時間が潰れてしまったからである。
蓮がクミノに頼んだのは、怪しい店のリストアップであった。それも店鋪型でなく、露店型の。その調査範囲については、少年の母親が仕事の行き帰りで使う道がある一帯。
連絡で、母親がペンダントを買ったのは仕事帰りということを聞き、買いやすいのは帰り道にある露店ではないかと蓮が閃いたのだ。
「……そうさせてもらおう。それにしても、悪魔の仕業だったとは」
「ああ。どうやら目障りなんだろうねえ……あたしの店が」
クミノの言葉にふっと笑みを浮かべる蓮。それは『やれるものならやってみるがいい』とでも言いたげな笑みであった。
連絡のあった後、母親が少し回復してから、成功が能力で作った心を映し出す鏡を母親に触らせて、ペンダントを買った時の状況を映し出させていた。
それによると露店でペンダントを購入し、その時に『アンティークショップ・レン』と中年男性が名乗っていたことが判明した。恐らく言霊か何かで、母親に暗示をかけたのであろう。
で、その成功が得た情報とクミノに調べてもらった情報を突き合わせて、露店の場所を特定させたのだ。そしてレムウスが客として出向き、悪魔が逃げ出した所を刀真が討ったのであった。
「それで母親は」
「今日退院さ。もうどこにも異常はないそうだよ」
念のためということで、セレスティが母親の入院手続きを取っていた。財閥の総帥ゆえ、手続きなど簡単なものである。それでしっかり調べてもらった、という訳だ。
「お礼の品なんか貰って、こっちが恐縮するね」
苦笑する蓮。視線の先には、どんと積まれた栄養ドリンクのケースがあった。何でも母親の勤め先は薬局であるらしい。
母親は姿を見せなかったが、少年が店にやってきた。瑠宇と刀真も一緒である。瑠宇との約束通り、ちゃんと蓮に謝りに来たのだった。ちなみに刀真は荷物持ちだった。
「当然あんたの分もあるよ」
蓮がそう言うと、クミノは少し嬉しそうな表情を見せた。
「こんにちはー」
店の扉が開き、シュラインが入ってくる。ややあってレムウスも入ってきた。レムウスはまっすぐに先日途中になった、古ぼけた書物の方へ向かってゆく。もちろん約束通りまだ売られていない。
「ま、これでまた普段通りさ」
画面の中のクミノに向かってつぶやく蓮。いつもながらのレンの光景が、そこにはあった。
【少年と母親 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 1166 / ササキビ・クミノ(ささきび・くみの)
/ 女 / 13 / 殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。 】
【 1883 / セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)
/ 男 / 青年? / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】
【 3507 / 梅・成功(めい・ちぇんごん)
/ 男 / 15 / 中学生 】
【 3844 / レムウス・カーザンス(レムウス・カーザンス)
/ 男 / 14? / クォーター・エルフ 】
【 4425 / 夜崎・刀真(やざき・とうま)
/ 男 / 青年? / 尸解仙(フリーター?) 】
【 4431 / 龍神・瑠宇(りゅうじん・るう)
/ 女 / 少女? / 守護龍(居候?) 】
【 5972 / 偽神・天明(ぎしん・てんめい)
/ 男 / 32 / 名探偵(自称) 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全12場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここに、母親を心配する少年の様子をお届けいたします。……タイトルに反して、少々きな臭いお話になった気もしますが。
・実は今回、行動次第では悪魔まで辿り着けなかった可能性もあったのですが、どうやらそういう心配は杞憂だったようですね。まあ……悪魔にとっては、邪魔する者たちは皆目障りではある訳で……それは何もレンだけに限らなく……。
・あと、少年が母親を呼ぶのを『お母ちゃん』にしたのはちょっと失敗だったかなと、高原はお話を書き終わって思いました。今回深い意味はなかったのですけど……結構呼び方を気にされた方が居られましたからね。
・シュライン・エマさん、98度目のご参加ありがとうございます。そんな訳で、普通の少年と母親でした、はい。品物を消去法で絞り込んでゆこうというのは悪くなかったと思いますよ。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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