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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「腹部・はら」



 浅葱漣は何かに気づいたように顔をあげた。
(町に張っていた簡易結界が振動している……?)
 張った結界の一つがすぐに壊されたのに漣は驚く。
(この様子だと……誰かが戦ってるのか?)
 鈴の音を漣は思い出した。
(…………遠逆、日無子?)
 だとしたら……自分の出番はないだろう。彼女は戦い慣れているのだから。
 自分が出て行かなくても勝てる。
(だが……)
 なんとなく……そう、なんとなくだが彼女の戦いは危うい。
(防御に関する意識が希薄なのかもしれないな…………まあ考えていても仕方がないし)
 手伝えばなにか言ってくるかもしれないが……その時はその時だ。
(そうだよな。あいつを護るのは俺の勝手だ)
 決意すれば行動は早い。
 漣は目の前の完成したお手製弁当を見る。
 退魔の仕事の際に持ち歩く自分の夜食だ。
(よし!)



 遠逆日無子という名を持つ、袴姿の少女は半眼で周囲を見回した。
 すっかり夜も更けている。
 日無子の吐く息は微かに白い。
「なーんだろ」
 彼女は首を傾げる。
「変てこな結界がちょこちょこあって邪魔だな……」
 いや待て待て。
「誰かが張ってるものだし、悪意があるってわけでもないし、あたしに関係ないし。
 というわけで、放置に決定〜」
 ひらひら、と手を振る。まるで蜘蛛の巣を払いのけるようなしぐさだ。
 ひと気のない夜道を歩く彼女はぴく、と反応して足を止めた。
「ちょっと……今日はもうこのまま帰ろうかなとか思ってたんだけど……」
 振り向いた彼女は嘆息する。
 暗闇の中に立つのは全身に妙なぬめりを纏った女だ。
「…………なんか、なめこ、みたい」
 呟く日無子は己の足もとから浮き上がる影を掴み、変形させる。薙刀だ。
 女は一歩ずつ日無子に近づいて来る。
 纏った粘液のようなものが足もとに水溜りを作っていった。まるで女の足跡のように。
「うえっ。キモ……」
 思わず洩らした日無子はぐ、と足に力を入れる。
 勝負は一瞬だ。一瞬でつけるのを日無子はモットーにしているのだから。
 ロケットのように跳び出した日無子は女の首を狙って薙刀を振る。
(獲った!)
 日無子は勝利を確信した。
 だがその武器が届く直前、女はその場に伏せる。
 這いつくばった女は真上を通過した刃を見てにたりと笑った。
 日無子はそれを見て女とすぐさま距離をとるべく地面に足を着地させ、後方に跳ぼうとするが。
 べちゃ、とブーツの下から嫌な音がした。
「べちゃ?」
 視線を真下に向けて日無子はガーンとショックを受けたような顔をする。
「あ、あたしのブーツが……」
 女の粘液によって足が地面にくっついてしまったのだ。
 力ずくで足を動かそうとする日無子のブーツの靴底と地面の間で、納豆の糸のようにねちゃ〜と粘液が伸びる。
 音もなく笑う女が、近くまでカサカサ寄ってきて日無子の袴ごと足に傷をつけた。手に水かきのようなものがあり、鋭い爪で切られたのだろう。
 日無子は袴から覗く足から血が流れるのを見て表情を消した。
「うざ……。妙なツラして笑いやがって」
 冷えた声の彼女はぎら、と瞳を女に向け――――。
「遠逆! 大丈夫か!?」
 現れた漣が、結界を日無子に張る。
 呆然とする日無子。
 女は突然目の前にできた結界に驚き、慌てて四つん這いのまま日無子から離れた。
 漣は日無子に駆け寄る。
「無事か?」
「…………えーっと、浅葱さん?」
 かなり久しぶりに会ったので、漣は彼女が自分を憶えていたことに驚いた。
「名前、憶えててくれたのか」
「え? まあ、憶えるのは得意だから」
 日無子は突然現れた漣を不思議そうに見つめている。
 そして、あ、と気づいたように声を出した。
「もしかして、あの邪魔くさい結界って浅葱さんの!?」
「え? なんのことだ?」
 疑問符を浮かべる漣に、彼女はへらっと笑う。
「いや。こっちのこと〜。
 そっか。武器を振った時に壊しちゃったのかな……」
「それより、あいつはどうするんだ?」
 くい、と親指で示した先にはこちらの様子をうかがう女がいる。
 漣は女のほうを見遣った。
(というか……なんだか気持ちの悪い感じの女だな……)
 そんなことを思っている漣である。
 日無子は肩をすくめた。
「足がくっついてどうしようかな〜って思ってたとこなのよね」
「そうなのか?」
 漣が駆けつけた時、彼女はいつもと様子が違ったように思ったのだが…………まあ一瞬のことだったし気のせいだろう。
「ケガは?」
「これくらい平気平気。すぐ治るって」
「小さな傷だって、馬鹿にできないものだ」
「いやぁ〜。あたしってちょっと特殊だし」
 日無子は漣と出会った時と同じようにへらへらと笑顔を浮かべている。
 漣は嘆息し、女のほうに向き直った。
「じゃああれは俺が始末してもいいんだな?」
「おや? できるの?」
「…………馬鹿にするな」
 半眼で言う漣に、彼女は微笑んだだけだ。



 女を始末した漣は、日無子の元に戻ってくる。
 日無子はブーツを脱いで、道路に貼り付いたそれを思いっきり引っ張っていた。
「サイアク〜! なんか汚い〜!」
 靴底から粘ついた糸が道路に向けて伸びている。
 ブーツをなんとか道路からはがして、日無子は汚れた靴底を見て無言になった。
 漣はその様子を眺める。
「なんかガム踏んだあとみたい…………サイテー」
 文句を言いながら日無子は片足だけ脱いだ状態で歩き出す。
「と、遠逆さん!?」
 自分の存在を忘れたように去っていく日無子に、漣は声をかけた。
 振り向いた日無子は「ん?」と漣を見る。
「どうかした?」
「ケガは!?」
「ケガ……? ああ、さっきの。いいのいいの。すぐ治るし」
「あんたってやつは……。少し緩いんじゃないのか? 防御しようとか思わないのか?」
「防御? してるって」
「してる?」
 どこが?
 そう顔で尋ねる漣に、日無子はにこっと笑う。
「攻撃は最大の防御なりってね」
「…………それは」
「相手に攻撃されないように一撃必殺のつもりだよ、いつも」
「それは防御とは言わない」
「それは個人の勝手でしょ。それより浅葱さんはなんか用事があるんでしょ? さっさと行ったら?」
 漣は不思議そうな表情を浮かべる。
 べつに用事はない。
 目的は達成できたのだから。
「いや、用はないが」
「え? だって手になんか持ってるじゃないの」
 右手に袋を持っている漣は納得した。
「これは弁当だ」
「べんとう? なんで弁当?」
「いや、退魔の仕事の時は夜食にと思って作ってるんだ」
「つ、つくっ!? 弁当を作ってる!?」
 どひゃー!
 驚く日無子のオーバーな動作に漣は馬鹿にされているのかなと思ってしまう。
「へー。じゃあ浅葱さんて料理ができるんだ。すごーい」
「すごいって、そんなたいしたものじゃないんだが」
 趣味が料理だけあってなかなかの腕前だが、それを自慢するような漣ではない。
「いや、作れるってだけですごいよ。うん。
 だってあたし、全然作れないもん」
「………………なんだって?」
 思わず、漣は訊き返してしまう。
 ゼンゼン、ツクレナイ?
「ご飯くらいは炊けるだろう?」
「いや、炊けない」
 あっさりと日無子は否定した。
 いや、料理ができない女性も男性も確かに存在するだろうが……。
(全然作れないというのは……予想できなかった)
 外見のイメージと違う。
 人は見かけによらないということだ。多少は作れそうな、器用な印象を持っていたというのに。
 漣は持っている弁当に視線を遣り、そうだ、と思いついた。
「おなか減ってないか?」
「ん?」
「いや、今日は試しに作ったものがあって。よければ味見をしてくれないか?」
「…………それ、代価は?」
「代価?」
「……味見の感想をきちんとする、で、どうかな」
「? よくわからないが、それでいい」
 日無子はほっとしたような表情で漣に近寄ってくる。
 街灯の下にくると日無子の整った顔立ちがよく見えた。
「男の人の手料理って初めてだな〜。どんな感じだろ」
「それより、ケガは?」
 日無子は袴をぐいっと持ち上げる。いきなり覗いた白い足に漣はぎょっとしてしまう。
 だが、次の瞬間唖然としたものに変わった。
(傷がない……)
「あれくらいの傷ならまあこの程度で完治ね」
「完治って……」
「気にしない気にしない。さ、どこで食べるの?」

 ひと気のない公園のベンチで、二人は並んで座っている。
 二人の間には弁当があった。
 広げられた弁当を見て日無子は「へぇ〜」と感心の声を洩らす。
「中華だね、なんとなくだけど」
「中華が得意だからな」
「中華っていうと、シューマイ、ギョーザとかだよね?」
「…………それだけじゃないんだが」
「あたし大雑把に食べるから、中華って思いながら食べたことないの」
「大雑把に食べるって……」
「食べれれば大抵のものは食べるから」
「嫌いなものはないのか?」
「あるけど。でもあれは普通のお店では出てこないし、お店にも売ってないと思うし、食べたいって思う人はそれほどいないはず」
「どういう料理なんだ、それ」
 ちんぷんかんぷんである。
 まあいい、と漣は弁当の隅にある肉団子のようなものを指差す。
「これが新作なんだ。味はいいとは思うんだが」
「味かぁ。あたし気にしたことないけど……まあ今日は味わって食べます」
 両手をパン、と軽く合わせて「いただきます」と礼儀正しく日無子は言う。
 彼女は割り箸を料理に伸ばした。
 一つ取って口に運ぶ。
「うーん。ピリっと辛いけど、これがちょうどいい感じするね。甘いタレとマッチしてるし、美味しいと思うよ」
 食べ終えて日無子は微笑んでそう言った。漣はほっと安堵する。
「遠逆さんは料理を作れないと言っていたが、食べたいものを作ろうとか思わないのか?」
「全然思わないわね。おなかに入れば全部一緒だもん」
「…………料理をしている者としては、最悪に思うコメントだなその答え」
「そうかなあ」
 日無子は首を傾げた。
 呆れる漣だったが、小さく微笑む。
(遠逆日無子、か。やはり……変わった子だ)



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5658/浅葱・漣(あさぎ・れん)/男/17/高校生・守護術師】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、浅葱様。ライターのともやいずみです。
 お弁当を日無子に食べさせてみましたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!