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CallingU 「腹部・はら」
これで今日の退魔の仕事も終わりだ。
天城凰華は周囲を見回す。
異常はないようだ。
(完了、か)
街灯がちかちかと点灯している。
薄気味の悪い路上で凰華はもう一度確認してから歩き出した。
だが、ぴくんと反応する。
(ん?)
場所は遠いが……確かになにか気配がした。
凰華はしばし思案顔になったがそちらに向かうことにする。
気になってしまったのだから、仕方ない。
*
「きゃあああっ!」
悲鳴をあげて少女は倒れる。
抉られた腕からは血が流れ落ちていた。
彼女の前には低くうなる犬がいる。
いや、犬ではない。犬はあれほど禍々しくならない。あれほど異様ではない。
突き出た牙と、逆立った体毛。
「ぐるるるるるる…………」
笑い声に間違えそうになるほど愉しそうにうなる犬。
少女は吹っ飛びそうな意識を懸命に支え、恐怖に怯えた目で犬を見ていた。
「だ、だれか……だれか……っっ」
ずるずると後ろに後退していくものの、周囲には誰も居ない。
どうして誰も気づかないの、と少女は恨めしく思った。
いや、頭のどこかではわかっている。
誰かが来たとしても、この犬を退治できるはずがないと。
こんな……化け物を!
ちりーん、と鈴の音がした。
少女は目の前に降り立った娘に驚愕する。
袴姿の女学生は地面に着地してから「あれ〜?」と妙な声を出した。
犬がびくっとして威嚇するように咆えた。
「場所間違えたっぽいな……。参った……」
後頭部を掻く娘の袴を彼女は引っ張る。
「ん?」
「助けて! 助けてくださいっ!」
必死に懇願する少女を見下ろして、彼女は平然とした顔で言い放った。
「嫌よ」
「え……?」
「なんで助けるのよ。そんな義理、ないもの」
「そんな……!」
落胆する少女に彼女は微笑む。
「それにあたし、別の仕事で急いでるのよ。こんなことに構って……」
黄色いリボンの彼女は何かに気づいたように言葉を止める。
少女は不思議そうにした。
「僕が相手になろう」
そう言って闇に染まった道から出てきたのは凰華だったのだ。どうやら袴姿の娘は凰華の気配に気づいたから言葉を止めたらしい。
凰華は袴姿の娘を一瞥すると、小さく言う。
「また会ったな、遠逆さん」
「こんにちはー」
にこにこして挨拶する遠逆という娘は、背後の少女に目配せする。
少女はハッとして立ち上がるや、地面に転がった鞄を掴むと慌てて逃げ出した。
犬は去っていく少女に何度も咆えていたが、すぐさま凰華をぎろっと睨みつける。
凰華は気にもせずに遠逆だけを見ていた。そう……少女の名は遠逆日無子。退魔士だ。
「……なぜ、あの娘を助けるのを拒絶したんだ?」
「はあ?」
日無子は大仰に声をあげ、それから笑顔で言う。
「そんなの、あなたに関係ないじゃない」
「……関係はないが、人としてどうかと思った」
「余計なお世話よ。いいじゃない、結果としてはあなたが助けたんだし」
凰華は日無子の発言に怒るでもなく、ただ黙っていた。
妙な娘だとは思ってはいたが……。
日無子は手を振った。
「じゃ、あたしはこれで」
「? どこか行くのか?」
「あたしは仕事があるの」
そう言うや日無子はたん、と飛び上がって塀の上に着地した。鮮やかだ。
彼女は「ばいばい」と手を振ると一気に加速してそこから去ってしまった。
残された凰華は日無子が去っていった方向を眺める。
少しだけ……気になっていたが……。
(変な、子だ)
気を許して喋ろうとしても、あの笑顔で拒絶されているような気がする。
不思議だった。
唸る犬をちらりと見遣り、凰華は呟く。
「待たせたな」
元々は力の弱い動物霊だったのだろうが……。
(悪意や敵意……負の感情によって凶暴化している……)
力の弱い霊はすぐに影響を受けてしまうから。
凰華は長いコートの下に隠し持っていた剣をすらりと抜く。
怪しげな光沢を放つ剣を、犬に向けた。
「すぐに楽にしてやる……」
犬は一声咆えるや一気に凰華へと距離を詰める。
凰華は軽く後ろにステップし、犬の攻撃を避けた。
元が犬なだけに、思考はまだ単純なようだ。それが幸いだが。
噛み付こうとする犬を凰華は鮮やかに斬り払った。
まるで舞っているようにさえ、見える。誰かが見ていたらそう思ったことだろう。
「ぎゃん!」
攻撃を受けて犬が地面にみっともなく転倒した。着地失敗だ。
つけられた傷は腹部を一閃しており、犬の黒い体毛が痛みにざわざわと揺れる。
哀れだった。
本来ならばなんの害もないはずの霊だったはずなのに。
それを変えたのは人間だ。人間なのだ。
そうだ。
(いつも振り回されるのは動物、なんだ)
凰華は静かに、起き上がってくる犬を見つめていた。
できるなら……そのまま立ち上がらずにいてほしいところだ。
一度瞼を閉じ、開く。
次の一撃で楽にしてやることしか、自分にはできない。
*
暗い夜道を歩いていると、凰華は向こうの道を通り過ぎた日無子に気づく。
なんとなく気になってそちらに行ってみる凰華は、自販機の前で飲み物を選んでいる日無子を目撃した。
彼女は小銭を入れてから指先をうろうろさせている。何にするか迷っているのだろう。
ぴっ、と押す。
出てきた缶を取り出すと、日無子は早速飲み始めた。
この様子だと、彼女のしていた仕事は終了したらしい。
近づいていくが日無子はまったく凰華を見もしなかった。
「遠逆さん」
呼び声に日無子はちらっと凰華を見遣るだけだ。
「仕事は……終わったのか?」
「終わったよ。それが?」
けろっとした顔で言う日無子に凰華はどう反応していいかわからない。
しーん……。
静まり返った道には、彼女たち二人しかいない。
「……さっきの犬は、退治した」
「そう」
またもやしーん、と静かになる。
凰華は思案した。
どうやら日無子は尋ねたことにはきちんと答えるが、それ以外の会話は自分からすすんでしないようだ。
「……あなたは退魔士だろう?」
「ん?」
「なぜ人助けをしなかったんだ?」
「さっきも言ったけど、それって個人の勝手でしょ。人助けをしない人だっているわよ」
「助けを求められているのに?」
それが信じられなかった。
悪党が助けを請うならまだしも、なんの力もない女子高生だったのに。
「だから?」
日無子の答えに凰華は無言になる。
そういう考えの人間もいるだろう。それに関して色々と言ったところでしょうがない。
「あの犬……一緒に戦えばもっと簡単になんとかできたと思うが」
「仕事でもないのにそっちを優先させるわけないじゃない。面倒だもの。
それに、天城さんは強いんだから一人でできるでしょ?」
嫌味では言っていない。日無子はあっけらかんとして言っているのだから。
「そういうものだろうか……」
色々と言いたいことはあったが、日無子のにこにこ顔を見ているとどうにも言い出しにくい。
価値観の違い、だ。
信用できる人間だとは思う……。それはなんとなくだが感じている。だが……日無子の信用を得られる自信が凰華にはない。
日無子が興味を抱くような人間ではないだろう、自分は。
いや……。
ちらりと日無子を見ると、彼女は美味しそうにごくごくと飲んでいるところだった。
自分は日無子のことを気にしていても、日無子は凰華に対してなんの感情も抱いていないのがありありとうかがえた。
他人に興味のない顔だ。
気にしていても……日無子の情報が少なすぎる。どんな会話をしていいのかさえわからない。
自分にも問題があるのはわかっていた。
元々あまり驚かないし、口調も淡々としている。感情が読み取り難いとは思う。
感情を口にしないし……。
(世ではそれをクールというらしいが……)
ちら、と日無子を見る。
通用しないだろう。そんなこと。
日無子は不思議そうに凰華を見ている。その視線に気づく凰華。
「? どうした?」
「……いや、なんでずっとそこに突っ立ってるのかなって思って」
なにしてんの? という顔で言ってくる日無子。
そうだ。自分はここに突っ立っている場合ではないと思う。
「…………なんでもない」
「ふーん。天城さんて変な人だね」
「……変?」
「変だよ。さっさと家に帰れば? 寒いんだし」
日無子は缶に入っていたものを飲み干すとそれをゴミ箱に入れた。
「こんなとこに居たって、寒いだけだと思うけど。あたしは寒い」
突っ立っていた凰華に日無子は呆れたような、驚いたような声を放つ。
凰華は視線を一度伏せて、あげる。
「じゃあ」
「ばいばい」
ひらひら、と笑顔で手を振る日無子。
やはりだ。あの笑顔は誰に対しても同じなのだろう。
真意を隠しているわけではないだろうが……。
(やはり変な子だ……)
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【4634/天城・凰華(あまぎ・おうか)/女/20/科学者・退魔・魔術師】
NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、天城様。ライターのともやいずみです。
す、すみません……天城さんが気を許せる程度に思っていても日無子がまったく反応せず……でした。ほんの少しだけ知り合い度があがったくらいで停止してしまいました……。
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です。
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