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<東京怪談・PCゲームノベル>


マーブル

 冬の低い位置にある太陽が穏やかに陽射しを投げる午後。
 午前中から降り出した雪が、広場へと抜ける小道やベンチ、遊具の上にふわりと積もっている。
 二つだけ付いた足跡を追って、伏見夜刀とルーカ・バルトロメオは雪の積もった公園を歩いていた。
 足跡の小さい方は子供のものなのか、立ち止まったり後ろ向きになって進んでいる。
「向こうに見える二人組だな」
 ルーカの見守る先、広場へ続く通路で足元の雪を集めて遊ぶ銀髪の少女と、それを見守る男が立っている。
 相変わらず久世は子供に甘いな。
 ジーンキャリアになっても変わらない……か。
 旧友の懐かしい姿にルーカは眼鏡の奥で眼を細めた。
「IO2はもちろんバックアップしてるが、危険だと判断したら手を引けよ? 夜刀」
「……わかっています」
 二人はIO2の実験――実験施設外では初めての公式実験に参加しているのだ。
 二人と関係の深い魔術ソサエティはIO2にも研究提携という形で協力している。
 魔術師としても力のあるルーカが呼ばれ、その補佐に夜刀が付く事になった。
 少しでも多くの経験を積ませようというソサエティの配慮かもしれない。
す、とルーカが前に出て少女と男に声を掛けた。
「アンタ、ジーンキャリア?」
 

 実験の始まる二時間前。
 白衣のIO2研究員がスクリーンにポインタを合わせ説明していた。
 会議室に着席しているのは通称『妖精ラボ』の総責任者・各務雅行と、研究員・リーナ・アハティサーリ、ジーンキャリア・ヨツメ、数名の情報解析担当研究員、そしてIO2外部から呼ばれた伏見夜刀とルーカ・バルトロメオ。
「まずは現状の確認から。
現在の天候は時折風雪が混じりますが、概ね晴れ。気温マイナス二度。
実験対象地区、半径三キロメートルを封鎖しました。
マスコミ公式発表には『公園内で見つかった不発弾処理』とし、付近の住人は避難させています」
「実験には問題ないな」
 各務が言った。
 実験の概要はこうだ。
 ジーンキャリア・ヨツバの意識に働きかけ、何らかの『感情』を発露させる。
 それに呼応した不可視の絶対存在――『神』を実体化・視覚化し、捕縛する。
 バックアップには、すでにヨツバと共に実験場所へと赴いている久世と、ヨツメが付く。
 研究員の説明は続く。
「ジーンキャリア・ヨツバと接触、『虚神』出現後は速やかにそれを捕縛。
捕縛を確認した時点でIO2スタッフが回収に向かいます」
 ルーカは瞳を閉じて思考をめぐらせていた。
 どう攻めれば良いのか。
「質問はありますか?」
 研究員の声でルーカは手を挙げた。
「媒介となるヨツバの性格、言動傾向が知りたい。その資料はあるか?」
「私が説明します」
 白衣の胸元がやや窮屈そうな、大柄な女が声をあげる。
 リーナ・アハティサーリ。
 ルーカたちに彼女は、ジーンキャリアの精神構造と外界への作用について研究していると紹介された。
 彼女が研究員の中でも別格に扱われるのは、各務と共にティターニア計画に関わった 妖精ラボの創立メンバーでもありー――かつて各務の恋人でもあったからだという噂がある。
 そう勘繰られてもおかしくない容貌をアハティサーリは持っていた。
 直接の面識はなかったが、ルーカは久世を通じてアハティサーリの事を聞き及んでいた。
 聡明な女性、というのがルーカの認識だった。
「現在ジーンキャリア・ヨツバの精神年齢は七歳から十歳程度に退行しています。
肉体年齢は十八歳ですが、約十年分の記憶を失っています」
 おおかたラボから脱走でもして調整処分されたんだろう。
 殺さなかったのはそれだけの価値があるからか。
「基本的には素直で明るい性格です。
素直すぎて、他人の悪意に気が付かない面もありますが……」
「……なるほどね」
 頬に指を当てて考え込むルーカの姿は研究者のそれを思わせる。
 が、実際は荒っぽい戦闘もこなす特務捜査官だ。
「他に質問は?」
「ヨツバの人間関係は?」
 かすかに瞳を揺らせ、アハティサーリは言った。
「……同じジーンキャリアであるヨツメに特別な感情を持っています」
 夜刀が斜め前に座る銀髪の少年を見ている。
 ヨツメは特に反応もせず、アハティサーリの言葉を聞いていた。
 同じ銀髪の二人は資料写真で見る限り良く似た雰囲気で、見方によっては兄弟にも見えた。
 ルーカは指で机を軽く叩いて聞く。
「それは記憶を失くす前ですか? それとも今現在で?」
「過去四度にわたって記憶操作処分がヨツバに行われましたが、その度にヨツメに恋愛感情を抱いています。
現在は恋愛感情ではありませんが、行動理由の大きな部分を占めていると言ってもいいでしょう。
閉鎖的な空間で過ごしているので、他に親しいのは……各務室長と、同行している久世君、失礼、ヒトツデだけでしょうね」
「貴女はどうなんです?」
 アハティサーリは瞳を伏せて寂しげに笑った。
「私は……嫌われているかもしれませんね。質問はもう宜しいですか?」
「ええ、参考になりました」
 ルーカがそう言い、
「不確定要素は多いが、ここ数週間の実験結果からも、今回有益な結果が出せると我々は判断した。
君にも期待している」
 各務が締めくくって実験前の打ち合わせは終了した。


 廊下に出ると各務がルーカを待っていた。
「日本に来ていたのか」
「ええ、貴方こそ戻っているとは知りませんでした」
 魔術ソサエティを通じて各務や久世と、ルーカは知り合った。
 お互いに年齢が近い事と、他人に干渉し過ぎない性格が幸いしてか付かず離れずな関係を続けている。
 会議室から離れた廊下の片隅、中庭の見える窓辺で二人は言葉をかわした。
「まだ神降ろしなんて実験やってたのか。一度失敗したろ?」
「ヨツバが生まれてからは順調だ。あの子は妖精眼を持っている」
 煙草に火をつけないままそう言う各務の表情には、かつての狂気は消え、ずいぶん穏やかに見える。
 いや、違うな。
 おき火のように、この男は自身の狂気を飼いならしている。
「何度も記憶消してまで、手放したくないのか」
「そう思ってくれても構わない」
 ぎり、とルーカは唇を噛んだ。
 そうやって本人の意思とは無関係に縛り付ける、そのやり方が気に入らない。
「久世は……いや、もういい」
 これ以上各務と話していると叫び出しそうになる。
 ルーカは苛立ちを飲み込んでその場を離れた。


 軽くステップを踏むように小道を歩く少女の銀色の髪に、雪が降り続けている。
 足跡がつくと雪が踏まれて黒いアスファルトが見えるのが面白いのか、後ろ向きに歩いていた少女――ジーンキャリア・ヨツバが言った。
「人、いないね」
「そうだな」
 ヨツバの足跡を辿るように歩くIO2エージェント・久世隆司――ジーンキャリアとしてまたの名をヒトツデは、コートの首元から耳までを覆うネックウォーマーを引き上げながら答えた。
 二人が着ている実用一辺倒の黒いキルティング・コートは、幼い精神を宿したヨツバの振る舞いには重すぎ、これから実験任務にあたるヒトツデには軽すぎた。
公園内に一般人がいるはずはなかった。
 IO2によって公園を含む半径3kmが封鎖されているのだ。
 これからここでIO2は『神』と呼ばれる存在の実体化を行う。
 その媒介となるのがヨツバだ。
 常に実体化と虚無化を繰り返す不定の存在を、額に開いた第三の目――魔を見つめる『妖精の瞳』で捉えてこの世界に呼び降ろす。
 その目的で作り出されたヨツバは腹部に刻印された魔方陣と、全身を覆うパワードプロテクターが無いとこの世界でも存在し続けられない。
 半分は『向こう側』の存在なのだ。
 久世もまたコートの下にパワードプロテクターを着込んでいるが、彼の場合は純粋に戦闘服の意味合いが強い。
 気に入った場所に着いたのかヨツバは歩みを止めてしゃがみこむ。
「うさぎってどう作るの?」
 紫の瞳が三つ、久世を見上げた。
「ああ、先に目になる実を取って来なきゃな」
「目?」
「兔の目は赤いんだよ」
 午後の実験を知らされていなかったヨツバが研究所の外に出たいと言い出した時、久世は迷ったが一時間程度なら実験開始前に遊べると判断し、ティターニア計画の責任者である各務雅行にも許可をもらった。
 記憶を消去されてからは特に意思・感情の薄いヨツバが、自分から行動を起こす事は珍しい。
 感情の欠如は第四世代ジーンキャリアに特有の症例だったが、神降ろしにはヨツバの感情が不可欠だった。
 神――虚ろな世界から、虚ろな心へと出口を求める存在『虚神』は、媒介の感情を目当てに現われるのだから。
 雪だるまを作るよりも小道に足跡を残す方が気に入ったヨツバは、公園に着いてからずっと散歩を続けていた。
 そろそろ実験開始時間が来る。
 と、久世は肌の表面だけを焼くような、『見られている』感覚を覚えた。
 もう始まるか……。
 感覚のする方向に久世は振り返った。
 久世の視線の先にコート姿の青年二人が立っている。
 一人は背の高い細身の青年で、柔らかな雰囲気が女性的だが凛とした強い意思も感じる。
 金色の瞳が特異だ。
 久しぶりに見る魔眼所持者だ……。
 もう一人は長めの金髪を後ろに流し眼鏡をかけており、こちらはコートの上からも鍛えられた体躯が見て取れる。
 ああ、ルーカが寄越されたのか。
 懐かしい顔に、久世はほんの少し昔の記憶が甦るような気がした。
 年長の青年が流暢な日本語にやや皮肉の色を滲ませて言う。
「アンタ、ジーンキャリア?」

 
 見慣れない相手の出現に、雪を手にしたヨツバが久世の背に隠れる。
 ……怖がってるな。
「誰?」
「俺の知ってる人だよ、ヨツバ。挨拶は?」
 久世がそう言うと、緊張が解けたのかやや前に出た。
 間近で見るヨツバの姿は確かに高校生くらいの年齢に見える。が、仕草が子供のようだ。
「伏見夜刀です……ヨツバ、ちゃん?」
「ルーカ・バルトロメオだ」
「……こんにちは」
 ぺこりと頭を下げると、銀髪が黒いコートの襟からこぼれて光った。
 久世が唇の動きと目配せで「もう始まってる?」と夜刀に聞いた。
 それに頷くと久世も頷き返す。
「ヨツバ、あんな狭い研究所に押し込められて楽しいか?」
 ルーカの言葉にヨツバは首を傾げる。
「楽しい、って何?」
 戸惑うヨツバに久世が言葉を継ぎ足す。
「嫌じゃない事だよ。好きな事」
 ヨツバは考え込んだが、すぐに答えた。長い間考えるのが苦手なようだ。
「わかんない。外に出た事、あんまりないから」
「外に出られれば雪だって、いつも好きな時に触れるぞ?」
 わざと逆なでするように、ルーカはある方向に会話を流そうと言葉を繋ぐ。
「別にいいよ。ヨツメがいれば平気」
「ヨツメって誰?」
 微妙にヨツバの表情が明るく変わった。
 だがどう言葉にしていいのかわからないようだ。
「……私に似てる人。
私よりも、私の好きなもの知ってるの」
 ルーカは遠慮せずズバリ言った。
「そのヨツメは、今いないようだな」
 よし……上手く誘導された。
「リーナのところ……」
「つまり、ヨツメの『一番』はリーナだって事か」
「そう……なのか、な……よくわからないよ」
 ルーカは自分の胸を指してヨツメに顔を近付けた。
「ヨツメが誰か……いや、リーナだ。彼女といると、ここが苦しいだろ?」
 そして辛辣な言葉を次々とヨツバの心に刺してゆく。
「お前はヨツメの『一番』じゃない。久世や各務の『一番』じゃ駄目なんだろう?」
 大きく見開かれた紫の瞳から透明な滴が頬を伝い落ちる。
 息が白く上がり、ヨツバが喉の奥から搾り出すように言った。
「……嫌だよ、私……ヨツメの『一番』になりたいよ……!」
 妖精ラボで実験をモニタリングしている研究員が、モニターの画像を解析する。
「媒介の周囲に虚数空間反応。
29秒後に実体化と予測されます」
 虚神は極時的な虚数空間を展開した後実体化する事がわかっている。
 今までのデータの積み重ねから、出現までの時間もかなりの精度で予測できるようになっている。
 各務は何の感情も表さず、ただ現場から送られてくる実験の様子を見ていた。
 その横顔をリーナは沈痛な面持ちでうかがった。
 ヨツバの周囲で気圧が急激に変化し、空間が凝縮してゆく。
「すぐに虚神が降りるな。ヨツメ!」
 久世はずっと一同の傍に潜んでいたヨツメに指示を出した。
「ヨツメはヨツバを守れ! 虚神はヨツバを取り込もうと襲ってくるぞ!」
 ルーカは簡略化された高速呪を唱えて周囲に防御結界を施す。
 夜刀はコートからシールド・ビーズを取り出して構えた。
 直接戦闘に当るのはジーンキャリア二名で、夜刀とルーカはタイミングを見計らって封じ込めを行う計画だった。
 モニターを見つめる研究員が報告する。
「虚神第7844号『ヨルデガルド』出現を確認!」
 ヨルデガルドは不完全な翼を両腕に着けた蜥蜴を思わせる姿だった。
 長い尾を持ち、つるりとした肌の表面は銀の鱗が覆う。
 進化の過程で鳥と爬虫類が分かれる、その一瞬の姿をヨルデガルドは持っていた。
 頭上に実体化したヨルデガルドを見上げるヨツバは、ヨツメが傍にいることも気付かないのか立ち尽くしている。
「ヨツバ!」
 その身体を抱えて雪原にヨツメが転がった。
 ヨツメのいた場所をヨルデガルドの鋭い爪が掠める。
「ヨツメ? リーナのところに……」 
 身体を振わせるヨツバの肩に手を置いてヨツメが言った。
「ヨツバを迎えに来たんだよ」
 その言葉を聞いたヨツバは、にこりと口元をほころばせる。
「……ホントに?」
 ヨツバの表情の変化に応じてか、ヨルデガルドの動きが一瞬止まった。
 その瞬間を逃さず夜刀はビーズを撒いた。
 ビーズを点とした幾何学模様が展開し、中心に虚神を抱えた球体が破裂音と共に凝縮する。
 シン、と静まり返った公園の雪の上に、手の平ほどの半透明な球が一つ転がった。
 

「ジーンキャリアってのは忘れっぽいのか?」
 とルーカは毒付きながら戻った。
 実験とはいえ傷付けてしまったと思いヨツバに謝ったら、軽く「何のこと?」と返されてしまったのだ。
 あーあ、損したよ。真面目に考えて。
 女の子泣かすなんてしばらく落ち込みそうだったのに。
「ヨツバはヨツメが傍にいれば安定してるんだよ」
 苦笑する久世の言葉に夜刀は疑問を口にした。
「……それじゃ、僕らが無理に彼女を泣かせなくても……」
「まあ、気持ちって言うのは自分じゃ気が付かないものだよ。
特に初恋あたりはさ」
 久世にルーカが呆れて言った。
「お前、よくそんな寒い台詞言えるな……」
「イタリア男の口説き文句よりはましだ」
 ニヤ、とルーカは口元で笑った。
「相変わらず口が減らねぇな!」
 振り返ると、銀髪のジーンキャリア二人はお互いに何かを囁き、穏やかな表情で顔を見合わせている。
 初めての恋を彼らは何度繰り返したのだろう。
 同じ相手に、何度でも。
 お互い好きだと気付く瞬間が何度もあるのは羨ましいな、とルーカは思った。


(終)


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 5653 / 伏見・夜刀 / 男性 / 19歳 / 魔術師見習、兼、助手 】
【 5951 / ルーカ・バルトロメオ / 男性 / 33歳 /カラビニエリ・美術遺産保護部隊隊員 】


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■         ライター通信          ■
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ルーカ・バルトロメオ様
納品が遅れてしまいまして、大変申し訳ありませんでした。
納品が遅れてしまった時点で、果たしてお金を頂くに値するのか、ものすごく迷ったのですが……。
リテイクやお叱りのメールもお受けしたいと思いますので、ご意見あればどうぞお寄せ下さい。
御注文ありがとうございました。