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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


枯れない花

【オープニング】

 それは、『アンティークショップ・レン』には少々場違いに見えるかもしれないものだった。
 ――薄紫をした、一輪の花……
 店長である碧摩蓮(へきま・れん)は、その花に向かって困ったような笑みを浮かべる。
「どうしても、離れる気がないのかい?」
 話しかけた相手は花ではなかった。
 ――その花に取り憑いた、少女のような幽霊。
 血の気の無い少女は蓮の問いに、ふるふると力いっぱい首を振る。
「イヤ。ハナレナイ。キエタクナイ」
 種類もよく分からないこの花に、取り付いたまま離れたくないという少女の霊。
 少女の力のために、花は生花であるにも関わらず枯れる兆しがない。
 そのまま、少女とともに何十年。
 『枯れない花』。年季が入っているものという理屈で、この店に持ちこまれてしまった。この花の持ち主になったものは皆、最初こそ喜ぶが、次第に気味が悪くなるらしい。
 霊が憑いていることにうすうす気づき始めるのかもしれない。
「花っていうのはね。枯れなきゃあいけないんだよ……それが理さ」
 蓮はまるで空中に話しかけるかのように語る。「あんたが離れてくれなきゃ、この花は永遠に理からはずれたままだ」
「イヤ! キエタクナイ……!」
 ――花から離れれば自分は消えてしまう。少女はそう言い張っている。
 真実かどうかは分からないが……たしかに、離れたくない気持ちは分かる。
 でもねえ、と蓮は花を見つめた。
 永遠に枯れず、美しさを誇り続けているはずの花は、しかしどこか疲れているように見えた。
「永遠のために咲いた花じゃないんだろうさ……」
 独り言のようにつぶやいて、どうしたもんかねえ、と蓮は煙管からぷかりと煙をふきだした。

     **********

 『アンティークショップ・レン』の店長から電話を受けた門屋将太郎(かどや・しょうたろう)は、すぐに呆れた声を出した。
「枯れない花を何とかしてくれって? おいおい、お前、俺の職業何だか知ってるか? 臨床心理士の俺が花の知識なんかあるわきゃ……え?」
 ふと、途中で蓮の言葉を聞く態度を改める。「花に取り憑いてる幽霊を何とかしてほしいと……」
 詳細を聞き、真顔になった将太郎は、
「要は、その少女のような幽霊を説得すればいいんだな。分かった。すぐそっちに向かう」


「これで何とかなるかねえ」
 受話器を置いて、煙管をくわえた蓮に、
「あの」
 ふと、店頭にいた人間が声をかけてきた。
 車椅子に背を預け、長い銀色の髪も美しい、ともすれば女性に見間違えてしまう美貌の持ち主――青年、セレスティ・カーニンガムである。
 彼は車椅子で店内に入ってくると、蓮の前までやってきた。
「今の電話、聞こえていました。……枯れない花、ですか?」
「あぁ、これさ」
 蓮は煙管の先で、奥に置いてあった薄紫の花を示す。
「……なるほど」
 セレスティにも幽霊少女が見えたようで、軽くうなずいた。
「花を持ち帰れば……花に水を与えて世話する事で花が喜び、美しい花弁を開いて咲いてくれるものです。咲いたまま変わらず其処にあれば、世話する必要もありませんし、咲いたままの花が必要なら造花で良いわけです」
 セレスティは痛ましそうに花を見つめる。
 花を。そしてそこに宿る少女を。
「世話をするのを含めて買った人には奇異な目で見られると思います」
「そうかもしれないねえ」
 蓮は煙管から浮いた煙に、ふうと息を吹きかけた。
 白い煙が、揺れた。
「少女がその花に憑いたのはいつ頃で、花の最初の持ち主は誰なのでしょうか」
 セレスティは蓮を見上げる。
 蓮は煙管でとんとんと首筋を叩いた。
「百年は経っていないようだよ。江戸時代とか、そういった時代の子ではないね。でも……そうだねえ、詳しく聞いたことはなかったかねえ」
 それを聞き、セレスティは花に向き直る。
「幽霊さん。私はセレスティ・カーニンガム……あなたのお名前は?」
『……ハス』
 げほげほっと蓮が咳き込む。
 セレスティが少し笑った。
「偶然か必然か……蓮さんと縁があるようですね。ただ、この花は蓮ではありませんが……」
 そっと手を伸ばし、薄紫の花弁に触れる。
 彼の知識にもない、不思議な花だった。その花弁にはたっぷりとしたみずみずしさがある。
 セレスティはちょうど自分の視線の高さにいる少女に語りかけた。
「あなたはいつから、その花に憑いているのですか?」
『………』
 少女は答えなかった。その瞬間に、ひどく悲しげな顔をしたのはなぜだったのだろうか。
「この花の……最初の持ち主をご存知、ですか?」
『……ワタシノ、オカアサン』
「ああ……」
 まったく答える気がないわけではないらしい。そのことを知って、セレスティはほっと息をつく。
 それにしても――最初の持ち主が母親とは。
(執着する理由として、花に何か思いいれがあるのだろうと思うのですが)
「ハスさん」
 セレスティはあくまでも穏やかな表情を壊さないようにしながら、そっと語りかけた。
「嫌というだけではその花の自由意志を妨げる理由にはならないのですよ。刻を止めてまで花に執着する理由がおありですか?」
『……キエタクナイ……!』
 ハスは激しく首を振った。
「……の、一点張りでねえ」
 蓮が肩をすくめる。
「何もいきなり花とキミを裂こうとというわけではないのですよ」
 セレスティは困ったように続けた。
『イヤ! イヤ……!』
 ハスはただそれだけを繰り返す。しきりに頭を振るが、なぜか涙を流すわけではなかった。
 そう言えば、とセレスティはふと気づいた。
 ――花のみずみずしさと対照的に、この少女はやけにがりがりにやせ細っている……
 彼女自身には水気がないとでもいうように。
(まさか……花から水分を採っている? それともその逆? いや、それでは話が合わない……)

 ちょうどそのとき、先ほど蓮が電話連絡した門屋将太郎が到着した。

「おっ。何だ先客か」
 将太郎とセレスティはお互いに挨拶を交わす。
 それから、将太郎は問題の花を見やった。
「これがその『枯れない花』か。見たところ、綺麗に咲いた花じゃねえか」
 この子がこの花を綺麗に咲き続けさせているってワケか。そうつぶやき。
「なあ、少女の幽霊さんよ」
「ハスさんと言うそうです」
「そうなのか? じゃあハスよ、俺の声が聞こえるんだったらそのまま聞いてくれ。お前、この花がかわいそうだと思わないか? 咲き続けてて疲れ果てているのに、それでもまだ咲き誇らせるのか?」
 お前が消えたくないっていう理由だけで――
『ツカレテナイ!』
 ハスはそう叫んだ。
『ツカレテナイ! ツカレテナンカイナイ……!』
 将太郎もセレスティも、その少女の言葉に何か引っかかりを感じた。
 しかしその引っかかりの正体が何かつかめず、二人はいったん言葉をとめる。
「……枯れない花ですが、自分が離れれば花はそれまで止められていた時間を進めて消えてしまうかもしれないと、この子は懸念しているのでしょうか……」
 セレスティが囁くようにつぶやいた。
「……自分がこの花の刻を止めてしまったことに、また自分のわがままで時間を進めてしまうことに、罪悪感を抱いて……」
 花から離れてしまえば。
 花も彼女と一緒に成仏するのでしょうか?
 セレスティは誰にともなく語りかける。
「……花も人も、いつかは消えるんだ」
 将太郎が真顔で、静かに言葉を紡ぐ。
「それくらい、分かっているだろう……。消えたくないのは分かる。でも……そろそろ、お前もこの花も解放されたほうがいいんだ。すべてを忘れて――」
『スベテヲワスレテ――』
 少女が、その言葉に強く反応した。
『……ワスレラレナイ! アノコワサ、ワスレラレナイ……!』
「なんだ?」
 将太郎の表情が変わる。セレスティも柳眉を寄せた。
『キエ……タクナイ! キエ……タイ、キエタク……ナイ!』
 消えたい。消えたくない。
 ハスはそうくりかえし続けた。
 まわりの大人たちは、じっと黙って聞いていた。彼女の苦しそうな顔があまりにも悲痛で、かける声がなかった。
『ハナ……ワタシ、ハナ、スキ……!』
 涙声。
 けれど、やはり涙が流れることはなく。
『オニイサンガイッテイタコト、ワカル! ハナ、ハ、サキツヅケチャ、イケナイ……!』
 ――どうして
 少女の声から、問いかけの言葉が飛び出した。
 ――どうして、私を
 ――どうしてこんな目に
『コワイ……!』
「どうした? 何が怖いんだ? 言ってみろ」
 将太郎が必死で語りかける。
「言ってごらんなさい、きっと楽になれる。ひょっとしたら私たちが助けることができるかもしれない」
 セレスティが車椅子から身を乗り出した。

 やがて、
 しぼりだすような声が、ハスの口から、

 ワタシノ カラダヲ カエシテ

「体……? お前の体か。どこにある? どこにあるのか分かるか?」
「体を奪われて戻れないから花にとりついた――?」
 つぶやきながらも、何かが違うと引っかかって頭の隅に嫌な感触を残す。

『……キエテシマウ』
 ハスは疲れきったような声で、そう言った。
『ワタシハ、キエテシマウ……モウ、ツカレタ』
「ハス? 落ち着け、お前はこの花から離れない限り消えないんだろう? 大丈夫だ、まだお前たちを切り離すつもりはないから――」
『ツカレテイナイ、ウソ。モウ、ツカレタ……』
 こわいの
 ――どうして私を

 そのとき、セレスティははっと気づいた。
 素早く花と少女に手をかざす。すべての水を意のままに操れる自分。だからこそ知っていることがある。
 違う人間、違う花、違う存在――それらに宿るすべての水は、すべて同じように見えて実は異なるもの。
 違う存在同士に、まったく同じ「水」が通い合うためには、何かしらの影響が出るのだ。
 けれど――

 水を操り、そして実感したことが、彼に痛烈な心の痛みをもたらした。

「やはりだ……」
 セレスティは唇をかむ。
「やはりだ」
「何だ? 何が分かった?」
「――この花に通う水。それを何の問題もなくこの少女に通わせることができてしまう」
 『違う存在』ならば、必ず何がしかの影響が出るはずのことが――
『アア……』
 セレスティによって、幽霊であるはずの体に水を通わされたハスは、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。とてもはかない笑顔を。
『ワタシノ……カラダノ……』
 そこにきて、将太郎もすべてを悟った。
「まさか――この花、が、お前、の」
 ――お前の本体

 最初から言っていた。
 ――花から離れれば、自分は消えてしまうと。
 最初から言っていた。
 ――花は疲れていないと。
 そして、本当はもう疲れたと。

 蓮が薄目を開けて、少女と花を見つめていた。
 沈黙が落ちた。
「……そう言えば、『霊が取り憑いてる』なんてことォ最初にあたしに言ったのは、この子をあたしンところにつれてきた客だったっけねェ……」
 そこがすでに間違いだったのだ。
 彼女は、取り憑いているわけではないのだから。

「この花が……どこか疲れて見えるのは……」
 将太郎がつぶやいた。
「お前が疲れたからなんだな、ハス……」
 ハスはうつむいた。
 ――おかあさん と少女はつぶやいた。
『ドウシテ……ワタシヲ……ハナニシタノ……』
 ――どうして私を花の姿に
「最初の持ち主は母親……でしたね」
 セレスティが思い返すようにつぶやいた。
「なぜ……そんなことを?」
『オカアサン……ワタシヲ、トテモ、アイシテクレタ。ダカラ』

 ――花になって、永遠に私の傍らで咲き誇ってちょうだい、蓮(ハス)――

『オカアサンノイウコト、チャントキカナキャ、ソウ、オモッタカラ」
 蓮がふうと煙草の煙を吐き、
 ――母親は、とうに死んでるだろうねェと言った。
 その瞬間に、ハスの中から何かが抜け落ちた。
 長い長い間縛り付けられていたものからの解放――
「……すべて、忘れていいんだ」
 将太郎が優しく囁いた。
「すべて、忘れていいんだ」
『スベテ……ワスレテ……』
 ぽろりと。
 初めて、水のない体の少女の目から、涙がこぼれた。
 一瞬の奇跡――
 将太郎が手を伸ばし、触れない少女の頭をなでるようなしぐさをする。
 セレスティが、せめてもの救いにと、花に宿っていた水分をすべて少女の体に送った。
 少女の頬に、一瞬だけ赤みが差した。

『……ありがとう』

 花がしおれていく。
 少女の輪郭が薄れていく。
 泣き笑いの顔のまま。

 そして、花だった少女は姿を消した。

 花ごと何もなくなった鉢植えを見下ろして。
「……ハス」
 将太郎とセレスティは揃ってその名をつぶやいた。
 きっとその名を忘れることは、永遠にないだろうと思いながら――


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1522/門屋・将太郎/男/28歳/臨床心理士】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】

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■         ライター通信          ■
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セレスティ・カーニンガム様
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびは依頼にご参加いただき、ありがとうございました。
しょっぱなから寂しいお話となってしまいましたが、少しでもお気に召しましたら幸いです。
書かせていただけてとても嬉しかったです!
またお会いできる日を願って……