|
ビバサンバクライシスクリスマス
街はクリスマス。シオンは働いてます。いっしょうけんめい笑顔で頑張ってます。クリスマス・イヴの夜、びんぼーにんシオン・レ・ハイが就いている仕事というのは、サンタのコスプレをしたケーキ屋さんできまり。幸せそうな人々が葉っぱをレジに置いていくので、シオンはあまーいケーキをお客様に手渡すのでした。あのー葉っぱは困るんですけど、などとは口が裂けても言いません。
街はほわほわ夢の中。とても寒いけれどもあったかい。みんな仲良しこよしの幸せいっぱい。それを見つめて、シオン・レ・ハイも夢の中。あー夢の中、夢の中。なんて美しい日本語の響き、げにシアワセとはニッポンのクリスマス。視界はピンクと白と赤と緑でいっぱいです。
「ああなんて幸せがいっぱい! すてきなクリスマスがこんなにたくさん!」
ぱあああ、と周囲に幸せの花を咲かせる黒いおヒゲのサンタなのであった。
「ぼへーっとしてないでさっさとケーキをよこすにゅ!」
「サギだポゥ!」
「サンタ失格だぎゃ!」
「ああっごめんなさい、石を投げないで……!」
しかしここで説明せねばなるまい!
シオン・レ・ハイは恐怖していた!
それは傍若無人、最強最熱、唯我独尊なるもの、紫桔梗しずめの気配を、まざまざと感じ取っていたのであった! シオン・レ・ハイの父親であって父親でないような感じの存在紫桔梗しずめ! 彼が通ったあとには草木一本、ダイヤ一粒ですら、その姿を残せない。ウサギ一匹残らないともいう。恐るべきしずめは神出鬼没。アラスカにいた一秒後にはキリマンジャロでコーヒーをおかわりしていることもあるという……。
シオンにはわかっていた! しずめはいま、この日本にいる。クリスマスの中にいる!
しずめと鉢合わせたが最期、シオンはヒマラヤのてっぺん近くで100キロマラソンを強いられ、ウサギ跳びで千島列島渡りに挑ませられるだろう。こーんな幸せいっぱいの日に、しずめさんとなんか出会いたくないです!
「大変だぜよーーーー!!」
「てぇへんだてぇへんだてぇへんだーーーー!!」
おお、トナカイたちが二足走行でケーキ屋の前を横切っていきますよ。
「サンタ狩りだー!!」
「サンタ狩りだー!!」
「殺サンタ事件だー!!」
「いやぁーサンタ殺しー!!」
なんととどのつまり、今日巷にあふれているサンタレイヤーが次々にぶっ殺されかけているか、ぶっ殺されているということではないか。シオン・レ・ハイが震え上がったのは言うまでもない。
「嫌な予感がする。私はここを逃げなければなりません。サラバィ!」
「ケーキよこせこのやろう!」
「まてこらヒゲこのやろう!」
サンタの扮装のままシオンは往来に躍り出ました。あとは走って逃げるだけ!
「む、まてぇぇぇぇぇぇぇい!!」
おお、聞け! これこそサンタ殺しのサンバ好き、紫桔梗しずめの咆哮なれば!
振り返れば奴がいる、ゆえに前を向いてまっすぐにいこう!
「きゃあああああああいやああああああああ!」
「まてええええええええい! 貴様には生卵の上でサンバを踊ってもらうぞサンバクロース!」
ごわわっ、としずめは走りながら笑った。笑い声に吹っ飛ばされるいたいけなよいこたち。
「踊れぬものは死けーーーーーーい! 散れーーーーい! 去ねーーーーい! ごわっはっはっはーーーーーぃ!」
「嫌です! 生卵の上でサンバ、踊れるけど絶対嫌ですパパーーーーーンンン!!」
高層ビルと人とサンタと車の間をぬって、シオン・レ・ハイと紫桔梗しずめは走る走る走る走った走ってます走るなおも走る。
しかしそのときシオンの行く手を阻んだのは都庁だった。
都庁がよけてくれなかったのでシオンは仕方なく右手をかざす。
「ほァーーーーッ!」
独特の気合は(ひょっとすると「フォア」?)冷気のしるし! 見よ! 氷の階段ができていく!
「はっはっはっ、ビルのてっぺんまでは上がってこられないでしょう!」
シオンはちょくちょく滑りながら氷の階段を駆け上る。彼が踏んだ端から段差は崩れていく。後戻りすることなど考えてられるかボケ! しかし都庁のてっぺんに上りつめたシオンは戦慄することになる……。
「ぬぅおおおおおおーーーーーーーッッ!!」
「な、なにィーーーーーーーーーーッッ!!」
しずめが走ってくるんです! 都庁を! 壁を! 窓を! 垂直に駆け上がってくるんです!
「ままよーーーーーッ!」
都庁からとびおりるシオン。
さらば、シオン! とわに……!
「おお、絶景かな絶景かな!」←もう追いかけるのに飽きた
しずめは手でひさしを作り、東京を眺めるのであった。
そびえ立つ 東京タワーが 夢の中
街の中には無数のクリスマス・トゥリー。
――そうじゃ! あの赤い鉄塔に(東京タワーっつーニッポンの名所くらい覚えろよ)緑を足せば、さぞかし素晴らしいツリーになると思わんか!
「そうと決まれば善は急げじゃーーーーッ!!」
これより、東京の終わりが始まる……。
「あ、ああ……あれは……」
人々は呆然として空を見た。都庁の屋上から噴き上がった火炎は、ビルよりも巨大な炎の魔人の姿をとったのである。空は焦がされ、12月の冷気が消し飛ばされていく。都庁は燃え上がり、新宿は炎の海にのまれた。
「あ、あれは……一体……」
「――イフリート」
誰かの呟きに、シオンが答えた。そして、彼は傍らの女性の肩に手を置き、彼女の瞳を真正面から見つめた。
「名前もわからないおぜうさん。私はこれから彼を……父を止めに行ってきます。この東京を……あなたを、守りたい!」
「ジョンさん……」
「シオンです……」
「死ぬつもりね」
「……」
「なるべくなら死んでほしくないわ……」
「必ず……必ず戻ります。そして約束の地へ行きましょう!」
「はい!」
ずうん、と地が揺らいだ。炎の海の中を、炎の巨人と化したしずめが歩んでいるのだ。人々はなすすべもなく逃げ惑い、或いは焼き尽くされ、或いは泣いた。しずめは足元を駆けずり回る人間たちには目もくれず、ゆっくりゆっくり、東京タワーに向かっていく。進む先を炎に沈めながら。
『ツリー…………ツリー…………』
火星人が作った殺人兵器のように、イフリートは吼えている。その声は鬱々とした雷鳴のようであり、地響きのようであった。
いまが12月24日とは思えない。ここは灼熱だ。
「こっちを見なさーーーーーーい!!」
イフリートの足元に、勇敢な、よく通る声があらわれた。
「私を見なさーーーーーーーい!!」
ちっぽけな、声だった。
けれど彼は、ちっともちっぽけではなかった。誰よりもその心は強く、大きく、そして美しかった。
シオンだ。
彼は両手いっぱいに、全財産をなげうって買い集めたプリンを抱えていた。プリンはシオンの大好物であったが、同時に、しずめの超好物でもあった。シオンはプリンでしずめの気を引くという無謀かつ自己犠牲に満ちあふれた手段で、東京の滅亡を阻止しようとしていたのだ。
「プリンですよーーーーーーーーー!! ほらこんなにたくさーーーーーーーん!! 夢のようでしょう、そうでしょう、そうでしょうパパーーーーーーーー
あ。」
ぷち。
シオンは踏み焦がされた。
ツリー…………。
ツリー…………。
イフリートはその身体でビルをドミノのようになぎ倒し、高級車や看板やゴンドラをすくい上げ、ゆっくりゆっくり、東京タワーの鉄骨に引っかけていく。
東京都心の貴重な緑を引っこ抜き、同じようにタワーに引っかけていく。
ツリーは炎に照らし出されていた。赤々と、そして緑に輝くツリーは、しずめの笑い声でいちいちぶるぶる震えていた。
鈴を鳴らし、炎の上をサンタが通る。
「ほーっほっほっほー! トキオにメんりぃクリスマぁース!!」
…………という夢を見た。
「!」
シオンはコピー機と記者、電話が織りなす騒音に眠りを破られた。
今日は12月24日だが、アトラス編集部は通常業務だ。むしろ、男性記者の多くがどこかがむしゃらになって働いているようにも見える。
シオンはその変わらぬ編集部の中で、ほのぼのとしたポエムをしたためていたが、したためているうちに幸せな気分になって眠ってしまっていたのだ。
「あー……」
呻きながら、シオンは目をこする。
「なんだか……疲れる夢を見たような……」
彼に今夜の予定はない。今夜の予定も、と言うべきか。自宅に帰っても、暖房が壊れたままで寒いだけだ。アトラスは明日までにぎやかだし、暖か(むしろ暑い)だろう。ここにずっといたほうがいいかもしれない。
しかし、不意にシオンは、悪寒に身体を震わせた。
はっきりとしない不安。不気味な、自分のまわりだけの静けさ。こんなにも多くの人間が、忙しなく動き回り、言葉を交わしているのに、シオンは自分が不可思議な沈黙に包まれているように思えてならなかった。
――孤独。
いや、ちがう。
これは『虫の報せ』か、『夢の啓示』か。
「サンバ、じゃあああーーーーーーーーーーーーッッ!!」
沈黙を爆破して聞こえてきたその怒号が起こったとき、シオンは弾かれたように立ち上がって、書きかけのポエムを投げだし、ものも言わずに走りだしていた。
シオンが向かった先は、窓だった――。
夢のようなクリスマス・イヴが、いま始まる。
悪夢のようなこの幕開けは、間違いなく現実のものらしい。
シオン・レ・ハイの聖夜に、祝福あれ。ていうか誰か助けてやれよ。
〈了〉
|
|
|