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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


わんわんショウ


 藤井・葛(ふじい かずら)は、小さく「さて」と言ってから分厚いものが入った紙袋を取り出した。
(これ、全部お札だったらいいんだけどな)
 葛はそう思い、苦笑する。もしそうであったならば、毎日でも豪勢な食事をする事ができるだろう。一緒に住んでいる藤井・蘭(ふじい らん)の好きなアニメ、にゃんじろーのグッズやDVDなども買いたい放題だ。
 だが、現実には紙袋に入っているのはお札などではない。毎年恒例となっている、白紙の年賀状だ。
「さて、今年はどうするかな?」
 葛は紙袋から年賀状を取り出し、ぽんと机の上に置いて悩む。パソコンで制作し、プリンタで出すか。それともスタンプを一つ一つ押していくか。はたまた、全て手書きで書いていくか。悩みどころである。
「持ち主さーん、何してるのー?」
 葛が年賀状を前にして悩んでいると、蘭がきょとんとした顔をしながら近付いてきた。
「年賀状を、どうしようかと思ってな」
「ねんがじょー?」
 蘭は小首をかしげながら悩み、それから「あ」と声を出しながらぽんと手を打った。
「挨拶なのー」
「うん、正解」
「当たったのー」
 正解発言に、蘭は嬉しそうにぴょんぴょんとその場に飛んだ。
「当たっても、残念ながら景品は無いぞ」
「いいのー。外れたら寂しいから、いいのー」
「なるほど」
 葛はくすりと笑い、目の前にしていた年賀状から三分の一位を取って蘭に手渡す。
「蘭も今年お世話になった人に、年賀状を出そうな」
「はい、なのー」
 蘭はそう言うと、玩具等が置いてある部屋に小走りで行き、手にクレヨンを持って戻ってきた。豪華12色入りのクレヨンである。
「これで描くのー」
「うんうん、いいんじゃないか?」
 葛はそう言って頷く。お正月に、蘭からクレヨンで書かれた年賀状が届いたら、相手はきっと喜ぶ事だろう。
「持ち主さん、何を描けば良いの?」
 蘭はクレヨンの蓋を開けて、葛に尋ねる。葛も色鉛筆を取り出しながら「そうだな」と言って、小さく頷く。
「犬だ」
「犬さん?」
「ああ。来年は戌年なんだ。だから、犬」
「毎年、色んな動物さんがいるんだよね?」
 去年、鳥の絵を描いたり年賀状に描かれているのを見たりしたのを、思い出しつつ蘭が言った。
「覚えているか?全部」
「覚えてないのー」
 少しだけ寂しそうに答える蘭に、葛は「じゃあ、もう一度教えるから」と言って微笑む。
「子、丑、寅、卯、龍、巳、午、未、申、酉、戌、亥。これで十二支だ」
「ねーって、鼠さんなのー?」
「そうそう。鼠、牛、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鳥、犬、猪。昔の言い方だから、今とちょっと違ったりするんだ」
「凄いのー」
 すらすらと十二支を言う葛に、蘭は感心する。
「蘭も、もう覚えたか?」
「はいなのー。ねー、うし、とら、うー、たつ、みー、うま、ひつじ、さる、とり、いぬ、いー」
 蘭は一気に言い、誇らしげに笑った。葛は「おお」と言いながら、蘭の頭を撫でてやる。蘭は嬉しそうに「えへへー」と笑う。来年も覚えていられるだろうかと、少しだけ不安にはなるが。
「じゃあ、犬の絵を描くか」
「はいなのー!犬さん、いっぱいかくのー」
「挨拶も、ちゃんと忘れずに書くんだぞ?」
「挨拶って、こんにちはーとか、こんばんはーとか?」
 きょとんとして答える蘭に、葛は苦笑しながら「違う違う」と言う。
「そうじゃなくて、新年の挨拶だ。あけましておめでとうございます、とか」
「あけましておめでとー?」
「そうそう。そういうの」
 葛がいうと、蘭は「分かったのー」と言ってにっこりと笑った。意味が分かっているかどうかは、さっぱり不明だ。
 多分、分かっていないだろうが。
「犬さん、何色がいいかなー?」
「何色でも、蘭がいいと思う色がいいんじゃないか?」
「ええと……」
 葛に言われ、蘭がチョイスした色は……緑。確かに、蘭を表すような色だが、きっと緑の犬はいない。
 だが、葛はあえてそれを見守った。蘭の年賀状なのだから、蘭らしさが出ている方がきっといい。
(蘭の感性を、潰してしまう気もするしな)
 葛はそう思い、自分の年賀状に取り掛かる。流石に蘭と同じ緑を選ぶ事は出来ず、茶色をチョイスして描き始めた。
 犬、という生き物はなかなか難しい。特徴を捉えるのが他の動物と比べて難しい気がするのだ。
 兎ならば耳を大きく長くすれば良いし、虎ならば黄色と黒の縞々にすればよい。蛇なんて、縄のようなものを描けばいいだけなのだ。
 それに比べて犬は、気を抜くと猫や狐のような形になってしまう。出来た絵に「わん」という鳴き声をつけさせたくなるほどだ。
 それでも、葛は何とか犬らしき絵を完成させた。何処から見ても、犬にしか見えない絵だった。
(蘭はどうだ?)
 葛はひょいと、蘭が一生懸命クレヨンを動かしている葉書を覗き込む。
「……え?」
 思わず葛は呟く。そこに描かれていたのは、なんと表現して良いのか分からない物体だったからだ。
 生き物らしい、という事は分かる。四本足で、尻尾がついているというのも分かる。
 だが、そこで思考は止まってしまうのだ。
 何の生き物だろう、と疑問にとらわれる。
(これ、犬なのか?)
 葛はじっと、蘭の書いている絵を見つめた。犬、と断言されると犬に……やっぱり見えない。猫にも狐にも、見えない。
 何かの生命体。
 そういう表現がしっくりと来るのだ。
「できたのー!」
 蘭が満足そうに笑い、葛に見せてきた。緑色のボディに、四本足。尻尾がくりんとついていて、黒い目と鼻がある。そして真っ赤な口がにっこりと笑っている。
 笑顔だ。
 もの凄くいい顔で笑っている。
 楽しそう、というのが全面的に押し出された、犬(仮)である……!
「……笑っているな」
 何を言おうかと考えつつ、葛はようやくそれを口にした。蘭はにっこりと笑い、大きく頷く。
「楽しいのー」
「うん、それは凄くよく分かる」
 葛の言葉に、蘭は「えへへー」と嬉しそうに笑った。その笑顔を見ていると、葉書にかかれている絵が犬だろうが何だろうが、どうでもいい気がしてきた。
 間違いなく蘭が描いた、その人のための年賀状なのだから。
「あけましておめでとー、なの」
 葛に年賀状の絵を見せた蘭は、次に文字へと取り掛かった。嬉しそうに「おめでとー」と言いながら、オレンジのクレヨンで書いていく。なんとも楽しそうな、年賀状だ。
「持ち主さん、にゃんじろーも描いていいのー?」
 蘭ご贔屓の、アニメキャラクターだ。葛が「いいよ」というと、蘭は嬉しそうに笑って、今度は紫のクレヨンを取る。
(にゃんじろーって……いや、いいか)
 なにより、蘭が楽しそうにしているのだから。
 葛はにゃんじろーの色が白だとか、そういう事は言わない事にした。やっぱり、蘭の感性に任せて書かせるのが一番なのだから。
「できたのー!」
 蘭はそう言いながら、葛に年賀状を見せた。そこにあったのは、緑の不思議生命体、おめでとーと書かれたオレンジの文字、紫のおはぎのような存在。
 一見すると、何が何だか分からない。だが、蘭が頑張って描いてくれた年賀状である事は間違いが無い。
「よく出来ているじゃないか」
 葛はそう言い、蘭の頭を撫でた。蘭は嬉しそうに笑い、それから何かに気付いたように「あ」と言って年賀状の表を出す。
 蘭はそこに黒のクレヨンで何かを書き、葛に「はいなのー」と渡す。
「どうしたんだ?年賀状なんだから、ちゃんと住所とか……」
「違うのー。それは、持ち主さんへなのー」
「え?」
 葛は蘭に言われ、年賀状の表を見る。するとそこには、確かに「もちぬしさんへ」と書いてあった。記念すべき、第一号の年賀状の宛先である。
 葛は「ありがとう」と言って、再び蘭の頭を撫でた。
「大事にする。ありがとう」
「えへへー。喜んで貰えて、嬉しいのー」
 蘭はそう言い、二枚目に取り掛かった。今度はピンクのクレヨンを手に取っていた。ピンクの犬を書くつもりらしい。
(……嬉しいな、俺も)
 葛は改めて年賀状を見、微笑んだ。年賀状を書く意味をしっかりと分かっていないかもしれない蘭だが、そんな蘭が一番に年賀状を出したのは葛だった。普段お世話になっている人への挨拶状として存在する年賀状を、蘭はきちんと正しい形で使ったのだ。
(まだ、新年になっていないけど)
 それはそれで蘭らしい、と葛は微笑んだ。訳の分からない年賀状だが、それでもじんわりとしたぬくもりを感じる事ができた。
 蘭が一生懸命に描いていたのを、知っているからだろうか。
(それじゃあ……俺も、出さないといけないな)
 葛はそう考え、自分が書いた第一号の年賀葉書に「あけましておめでとう」と書き込み、くるりと表に返した。
 そうして、宛名の所に「藤井・蘭様」と書き込んだ。
(第一号の、完成だ)
 葛は出来上がった年賀状を見て微笑むと、蘭に「はい」と言って手渡した。
「俺からも、蘭に」
「うわあ、ありがとうなのー!……犬さん、可愛いのー」
 葛から受け取った年賀状を見、蘭は嬉しそうに微笑んだ。中々上手く出来た犬の絵が、誇らしそうに笑っているように見えた。
「そう言えば、スタンプもあるけど……どうする?」
 葛の問い掛けに、蘭は首を横に振った。
「全部、描くのー。描いたのを渡すのー」
「そうか」
「はいなのー」
 蘭はそう言って大きく頷いた。
 一枚一枚を、手書きで描く。蘭の心意気に、思わず葛は微笑んだ。
「よし、じゃあ頑張って描くか」
「はい、なのー!」
 二人は顔を見合わせてそう言い合うと、再び年賀状に取り掛かった。まだまだ描かなくてはならない年賀状は、たくさんあるのだ。それら全てに、犬の絵を海底か無ければならない。まるで次々に行われる、ショウのように。
 そうして何より出さなければならない大事な人達が、受け取って喜んで貰えるように。蘭はクレヨンを、葛は色鉛筆を握り締めて書きつづけるのだった。

<犬のショウは続いていき・了>