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<東京怪談・PCゲームノベル>


ALICE〜失くしものを探しに〜

「あれ・・・?」
 本棚と本棚の間を覗き込んで、夢々は首を傾げた。
「どうしましたか」
「ここ・・・さっきまでお客さんいなかった・・・?」
「え?」
 栞が夢々の隣に歩み寄る。すると彼女は何かを見つけたようで人2人がやっとすれ違えるような狭い通路の中に入っていった。床に落ちていた青い表紙の本を拾い上げる。戻ってきた栞はそれを夢々に手渡した。
「何これ・・・?”不思議の国のアリス”・・・?」
「厄介なことになりましたね・・・」
「え?」
「その本はいわく付きの本で、開いた相手を中に取り込んでしまうんですよ」
「えええええええ!?」
 と、いうことは客はこの本の中に入ってしまったというわけで・・・
「そんな危ないもの店に置くな!」
「起きてしまったものは仕方ありません。このことはなかったことに・・・」
「こらこらこらこらっ!」
 自分の椅子に戻ろうとする栞の肩を夢々が掴む。
「戻ってくる方法はないわけ!?」
「ありますよ」
 意外にあっさりと栞は答えた。
「別に戻ってこようと本人が思えばいつでも戻ってこれるんですよ」
「な・・・何だ・・・そうなんだ・・・」
 それを聞いて安心する。
 まったく驚かさないで欲しいものだ。
「ただ不思議の国の住人は悪戯好きですからね。何か大切なものでも奪われてしまうかもしれません」
「え?」
「そしたら取り返すまで帰ってこれないでしょうねえ・・・」
「えええええ!?」


【思い出を探しに〜九竜・啓〜】


「おーい少年。大丈夫かあ?」
「へ・・・?うわあっ」
 目を開けると視界一杯に見知らぬ少年の顔があった。慌てて上半身を起こす。
「え・・・?あれ・・・?」
 辺りを見渡してみて唖然とした。確か今まで「めるへん堂」とかいう古書店で本を選んでいたはずなのだが・・・
「ここ・・・どこお・・・?」
 どこからどう見ても森の中だ。
「どこって不思議の国だよ、少年」
「ふしぎのくにぃ・・・?」
 そういえば。
 一番最後に持っていた本は「不思議の国のアリス」だったような気がする。開いた瞬間、意識が無くなったのだった。
「どうやら迷い込んでしまったようだね。たまにあるんだ、こーいうこと」
「迷い込んだ・・・ってぇ・・・・・・?」
「まあ簡単に言うと、本の中に入っちゃったんだよ」
「ふええええええ!?」
 あまりに非常識な展開にあきらはパニックに陥りかけた。目の前の少年が「まあ、落ち着けよ」と肩を叩いてくれたのでそれほど取り乱すことはなかったが。
「えーっと・・・どうやったら帰れるの・・・?」
「帰るのは簡単なんだけど・・・君さ、何か失くしたものとかない?」
「え?」
「不思議の国の住人は珍しいものが大好きでね。君みたいな外の人間がたまに迷い込むと、何か奪っていくことがあるんだ」
「ええっとぉ・・・・・・」
 失くしたもの?
 自分から無くなったもの・・・・・・
「あ・・・あれ・・・・・・?」
「何か思い当たった?」
「んっと・・・わかんない・・・何が無くなったんだろう・・・」
 考え込んでみて感じた違和感。
 はっきりと形の見えない「何か」。
 その「何か」が自分から消えているのは確かだった。
「でも、なんか・・・大切なもののような気がする・・・」
「そっか。大切なもの奪われちゃったか・・・」
「あの・・・」
「ん、俺?俺はチェシャ猫だよん」
「そうじゃなくて・・・」
 不安な面持ちでチェシャ猫を見上げる。彼は「ん?」と続きを促した。
「チェシャ猫さん、一緒に・・取り返すの手伝って・・・くれるぅ?」
 チェシャ猫は笑顔で自分の胸を叩く。
「もっちろん。何なりとお申し付けください、ありす」
「ありすじゃなくて、あきらだよお」
「ははっ、そっか。それじゃあ、あきら、とりあえず犯人を突き止めることから始めようか」


「じゃあ、無くなったのは具体的な物ではないんだね?」
「うん・・・多分・・・。何かこう・・・胸の奥の何かがちょっと足りなくなった感じなんだあ・・・」
「なるほど」
 自分でもよくはわからない。でも何かが足りないのだ。
 ――何だろう・・・何だか凄く不安になる・・・・・・
 それだけ大切なものだったのだろうか?
 泣きそうな気持ちになっていると、チェシャ猫が口を開いた。
「あきら」
「へ?何?」
「ちょっとここで待っててもらえるかな。俺、ちょっくら情報収集に行ってくるよ」
「ふえ?ちょ・・・っ」
 「待って」と言おうとした時には、チェシャ猫の姿は見えなくなっていた。
 素早い。
「えー・・・?」
 一体どうしろと。
 見知らぬ土地で一人ぼっちにされるとは。
 ――・・・大丈夫。こういうの慣れてるもん
 迷子になって来たことのない土地を一人さ迷い歩くことはほぼ日常茶飯事だ。
 自分に言い聞かせ、その場に座りこんで膝を抱える。
 その瞬間、既視感を覚えた。
 ――あれ・・・?何だろう・・・この感じ・・・
 前にもこうやって膝を抱え、誰かを待っていたことがあったような気がする。あの時は確か迷子になって、泣きながら迎えに来てくれるのを待っていたのだ。
 ――あれえ・・・?でも誰だったっけ・・・・・・?
 必死で記憶を探るのだが全然思い出せない。
「うーん・・・・・・」
「何唸ってるんだ?」
「うわあっ!?」
 思わず大声を上げてしまっていた。
「チ・・・チェシャ猫さん・・・・・・?」
「犯人わかったよ」
「え?ほんとう?」
 随分と早い行動にあきらは目を瞬かせた。
「チェシャ猫様の情報収集能力を侮るなかれ。犯人はハートの女王だよ」
「じょ・・・女王様あ?」
「そ。倒れてる君に近づいて何かしてたって目撃情報があってね」
「えーっと・・・」
 不思議の国のアリスの物語を思い起こす。ハートの女王というと確か・・・
「お・・・俺、首切られちゃうのぉ・・・・・・?」
「は?」
「だって・・・俺が読んだアリスでは”首を切れ!”が口癖だったよぉ・・・・・・?」
「あー・・・」
 チェシャ猫はバツが悪そうな顔で頭をかいた。
「まあ、そういう女王もいるみたいだけどさ。俺達の不思議の国の女王はそんな人じゃないよ。気まぐれで人に暴力を振るったりはしない」
「ほ・・・ほんとう・・・?良かったあ・・・」
 それなら安心だ。
「でもまあ、めちゃ強だけど」
「えええええええ!?」


 城の中にある闘技場。あきらは今、そこに立っていた。
 女王と話がしたいと城の兵に掛け合った所、ここに通されたのだ。目の前には長身で細身、何故か空手着のようなものに身を包んだ女性が立っている。
「あきら。彼女が女王だ」
「う・・・うん・・・」
 あきらは一歩女王の方に踏み出し、すうっと息を吸い込んだ。
「ハートの女王さんっ・・・何がなくなったか、わかんない・・・けど、返してぇっ・・・」
「返して欲しいなら、私と勝負しなさい」
「し・・・勝負ぅ・・・・・?」
「男なら拳で取り返してみなさいな。私の背中が一度でも地面に付いたら返してあげてもいいわ。ただし、あなたも背中がついたら負けよ」
「え?え・・・?」
 女王が構えのポーズをとる。
 ――う・・・嘘・・・ど・・・どーしよう・・・っ。俺、闘うなんて無理だよぉ・・・っ
「ほら、あきら。頑張れ!」
 ――そんなこと言われてもぉ・・・っ
 頭の中がパニック状態になる。
 どうしよう。どうすれば。
 女王が地面を蹴った瞬間、ぷつっと意識が途絶えた。


 繰り出された拳を啓はギリギリの所で避けた。
「うっわ、危ねえっ。なんだよ、コイツ!」
 ハートの女王から素早く離れ、状況判断を始める。
「よくよけれたわね。なかなかやるじゃないの」
「なに?もしかして俺ってば喧嘩売られてるのか?」
「ちょ・・・待って、あきら・・・?」
 背後からの声に振り向く啓。チェシャ猫が戸惑い気味の表情でこちらを見つめている。
「随分とまあ一気に成長しちゃって・・・。近頃の子供は発育がいいんだなあ・・・」
「んなわけあるか。これには事情があんだよ」
「ふうん?」
「それで、俺はあいつを倒せばいいのか?」
「まあ、そうだね」
 啓は女王の方を向き直ると、指を鳴らした。にっと笑う。
「喧嘩ならきっちり買うぜ?格安でな!」
「そう来ないと面白くないわ」
「背中がついた方が負けらしいよ」
 チェシャ猫の言葉に頷き、女王に向かって猛ダッシュをかけた。迎え撃つ彼女がパンチをしかけてくる。啓は咄嗟に彼女の手首を掴んだ。
「え?」
 そのまま投げ飛ばし―――
「はい、背中ついた。お前の負けな」
「な・・・」
 呆気なく地面に仰向けになった女王はしばし呆けたように空を見上げていたが、上半身を起こして啓を睨みつける。
「ひ・・・卑怯よ!男なら拳で勝負でしょ!?」
「ばーか。柔道は立派な国技で、男らしいスポーツなんだよ。投げちゃ駄目なんてルール、ないんだろ?」
「ううう・・・」
 うめくハートの女王。チェシャ猫が啓の手を取り上に掲げた。
「勝者・啓!ってわけで、奪ったものはちゃんと返してくださいね。女王様?」



「で、結局失くしものってなんだったんだ?」
「えーっと・・・」
 チェシャ猫の問いに、あきらは首を傾げた。
「・・・わかんない」
「はあ?返してもらったんだろ?」
「そうだけどぉ・・・わかんないんだ」
 わからないけど、胸の奥に何かが戻ってきたのは確かで・・・。
「・・・」
 チェシャ猫は一度小さく息を吐くと、あきらの肩を軽く叩いた。
「ま、大切なものほど見えなかったりするものだよね」
「え?」
「大切にしなよ。わからなくても、それは絶対絶対一番大切なものだから。もう絶対、失くさないよーに!了解?」
 笑顔で問いかけるチェシャ猫に・・・・・・
「・・・了解!」
 あきらも満面の笑みで応えた。



 泣きながら膝を抱えて座りこんでいるいつかの自分。
「あきらっ!」
 誰かの声に顔を上げ・・・泣き顔が笑顔に変わる。

「    !」

 一体誰の名前を呼んだのか。
 誰があの時、来てくれたのか。
 わからない。
 わからないけれど


 大切なものは変わらずにこの胸の奥にある
 今も昔もこれからも
 ずっとずっと


fin


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC

【5201/九竜・啓(くりゅう・あきら)/男性/17/高校生&陰陽師】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ライターのひろちです。
またの発注ありがとうございました。
前回に引き続きのろのろとした納品で申し訳ないです・・・っ

今回もあきらくんに癒されつつ、大変楽しく書かせて頂きました。
前回書けなかった啓くんの方も登場させることができたので嬉しかったです。
胸の奥にある大切な思い出。いつかあきらくんが思い出せる日がくればな・・・と祈っております。

ではでは、本当にありがとうございました!