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<PCあけましておめでとうノベル・2006>


『船上からあけましておめでとう』



○オープニング

『ニューイヤーパーティー・2006、ただ今受付中』
 そんなチラシが、旅行ガイドに記載されていた。それを目にした客は、旅行案内の女性に、首を傾げて尋ねてみた。
「このパーティーは、船の上で行われるのかい?」
「はい。港を31日の夕方に出発し、ディナーや余興を楽しんだ後、船上でカウントダウンを行います。そして、カウントダウンのあとに、船の上でご自由に過ごしてもらい、明け方、船の上から、一番に見える初日の出を見る、という流れになります。もちろん、初日の出のあとも、ご自由にして頂いて構いません。船内で、スタッフ達が料理や音楽、ショーや映画等、様々なイベントを行っておりますから」
「成る程な。じゃあ、客は基本的に、船の上で自由にしていていいわけだな。どんな船なんだ?」
 客に言われ、女性は笑顔で、その船の上のパーティーのガイドブックを差し出した。そこにある写真には、豪華客船の姿が雄雄しく映し出されていた。
「楽しいイベントも盛り沢山です。是非、お友達やご家族と、御参加下さいね」



 門屋・将太郎(かどや・しょうたろう)は、港にそびえる真っ白な船の巨体を眺めながら、船の屋根の方向を見つめた。そこには巨大なデジタル時計があり、刻の変化を告げている。時刻は午後3時50分を過ぎようとしているところであった。
「こんだけありゃ、4時半の出航には十分間に合うな」
 臨床心理士、そしてスクールカウンセラーでもある将太郎は、町を歩いている時に偶然、年末年始にかけて行われるこの、船での年越しツアーの事を知り、すぐに申し込みをしたのであった。
 すでに船の上では、客を歓迎するかのように、軽快なバンドミュージックが流れており、まわりを見回せば、母親に手を引かれた幼女、杖をついた老人、友人同士で騒いでいる女子学生に、落ち着いた雰囲気の中年夫婦等がいる。皆、将太郎と同じく、この船で行われる年越しイベントに、参加する者達なのだろう。
「とりあえず、中に入るか。寒いしな」
 今年は例年にない寒さで、強い海風が将太郎の体に吹き付ける度に、体が震え上がりそうであった。
「天気予報では、晴れると言ってたが、海の上だし、しかも夜中も船に出てないといけないからな」
 防寒には念を入れて、いつもよりも厚着をし、カイロも用意したが、それでも海辺の寒さはかなり厳しかった。体力のない年寄りや子供には、少々辛いかもしれないな、と思いつつ、将太郎は船の搭乗口へと向かった。
 そこには、花で飾られた看板が立てかけられ『ニューイヤーパーティー・2006』と大きく書かれている。
「いらっしゃいませ。門屋・将太郎様ですね。奥へお進み下さい。係りの者がご案内致します」
 入り口にいた女性に、将太郎は申し込みの後に送られてきた参加チケットを渡した。人の列に続いて奥へ進むと、スーツを着た男性が、将太郎を自室へと案内する。
「今日は、何人ぐらいこの船に乗っているんだ?」
 船の廊下を歩いている間、まわりの装飾品等を見ながら、将太郎は案内係へと問い掛けた。
「大体、2000名様ぐらいですね」
「へえ!結構沢山いるんだな!」
 将太郎が驚きの声をあげると、案内係はにこやかに笑って答えた。
「かなり早くから申し込みされたお客様も、いらっしゃいましたしね。皆様をお迎えするスタッフも、役800名程います。勿論、サービスが一流の者ばかりですよ」
 そう答えたところで、案内係は、金の縁のついた黒いドアの前へと立ち止まった。
「こちらが、門屋様のお部屋でございます。何かございましたら、室内にある電話で、お申し付けください」
 将太郎は案内係からカードキーを受け取り、部屋の中へと入った。部屋に入ると、まず白いシーツのかかったベッドが目に入った。白の壁が何とも上品な雰囲気のある部屋で、壁には古代のガリオン船が描かれた絵画が飾られていた。
「窓から外が見えるな」
 さほど大きな窓ではなかったが、すでに夕暮れとなっている海の姿を、見ることが出来た。将太郎の部屋はシングルルームだが、一人では十分なほどの広さであった。
 将太郎はベットの上に寝転ぶと、船の出航の時刻までのんびりする事にした。部屋の上の方から、バンドがずっと音楽を響かせているのが聞こえており、時々廊下から子供の走る音や、人の話す声が聞こえていた。スタッフも合わせれば2800人もの人がいるのだから、かなり賑やかな事だろう。
 やがて、クラシックのような音楽と一緒に館内放送が流れた。
「お。出航の時刻なんだな」
 最初、船が動きだしたのか止まっているのかわからなかったが、窓から外の景色が流れていくのを見て、出航した事を感じ取るのであった。
「食事は、6時半だったな。それまで、のんびりするとしようかね」
 船はホテルの客室と同じで、テレビやラジオと言ったものまでついている。将太郎はテレビをつけると、天気予報へとチャンネルを変えた。
「明け方は曇りのち晴れか。日が昇る頃には、何とか晴れているといいけどな」
 天気の事ばかりはどうしようもない。将太郎はテレビを消すと、再びベットに寝転んだ。



 将太郎が目を覚ました時、時刻はすで6時半を回っていた。食事の時間だな、と思いつつ、将太郎は部屋の外へ出て、夕食の会場となる大ホールへと向かっていた。同じように、食事へ向かう者も多いようで、廊下は人で溢れ返っていた。
「確か、ここだよな」
 大ホールはまるで高級ホテルのような作りで、床には色とりどりの花が描かれた上品な絨毯が敷かれ、天井には、まるで欧州の美術館をイメージさせるような、天使や自然風景等の絵画が描かれている。
 百合のような形のライトがついたシャンデリアがホールを照らし、将太郎がホールに到着した時にはすでに、先に来た客らが食事を始めている所であった。
 沢山の人が集中している為、かなり大きなホールでも、いっぱいになっている状態であった。遅く来た方が良かったかな、と思いつつも将太郎は、空いている席を見つけると、そこに上着を置き皿を取って、食事が所狭しと並べてある長テーブルへと足を運んだ。
「バイキング形式だっていうから、色々食べるか。思いっきり」
 バイキング料理は、中世時代、ヨーロッパを荒らし回った海賊、バイキング達の自由で荒々しい食事の仕方に、名前の由来があると聞いている。
 将太郎は前菜もオードブルもメインも、自分が食べたいだけ取って、満足行くまで食事をした。長テーブルにあるひとつの器が空になっても、次々と新しい料理が運ばれてくる。特にデザートは女性達にすぐに取られてしまい、料理の回転も速かった。
 飲み物はドリンクバー形式になっており、将太郎は自分の好きな飲みものを何度も楽しむ事が出来た。
 好きなだけ食べて、食事を終え、大ホールを後にした将太郎は、再び船室に戻った。この後は、船のあちこちでエンターテイメントが行われており、音楽や歌、マジックショーや演劇等、様々なイベントを見ることが出来る。
 だが、将太郎はあまりお堅い雰囲気は自分には合っていないと、年越しの時間が来るまで、自室で寝ていようと思ったのだ。食べたばかりで、ちょうどいい眠りに入れる。そう思っていたのだ。
「眠れん」
 いつもと環境が違うし、ベットだし、枕も違うからだろうか。何度格好を変えても、眠る事が出来ない。無理やり眠ろうとしても、すぐに眠れるものでもない。仕方がないので将太郎は、窓から見える景色を眺めることにした。
 すでに夜になっており、船のライトに照らされて、闇の海の波が光って見えた。海は、夜に見てもあまり面白いものではない。廊下に出た将太郎は、少し高い位置にあるバルコニーへと移動した。そこからは、海全体を見渡す事が出来た。
 すでにカップル達がそこで愛を語らっているようであったが、冷たい海風を体に受けながら将太郎は、景色を静かに眺めていた。
 ほとんどが暗闇だが、あちこちに光が見えている。おそらくは、別の船や、島の明かりなのだろう。遠くの方には、陸地の明かりも見えた。バルコニーの下にある特設ステージでは、年末には必ず演奏される『第九』の旋律が流れていた。
「年末なんだな」
 将太郎は船の中を少し歩き回った。今年の終わりが近づくに連れて、人が多くなってくる。さすがに、小さな子供は少ないが、年の終わりを楽しむ人で、船上は大いに盛り上がっていた。
 しばらくすると、館内放送が流れて、将太郎はカウントダウンが始まる事を知った。カウントダウンのメイン会場は、船のデッキだというから、急いでその場所へと向かった。



 デッキに出ると、そこはすでに沢山の人が集まっており、皆が年が変わるその瞬間を待ち望んでいるようであった。ステージの楽団が音楽を奏でており、その前ではダンサーが数人出てきて、賑やかにカウントダウンを盛り上げていた。
 将太郎は、船に乗る前に見た、船の上にある時計に目をやった。時刻は31日・午後11時59分。誰かが、カウントダウンを始めた。それに乗せて、皆も一緒に刻を数え始める。
「11時59分30秒」
 まわりが興奮に包まれていく。
「20秒」
 船の乗客の心が、そのカウントの為に1つになる。
「10秒」
 新しい年がどんどん迫ってきた。
「9,8,7,6,5」
 新しい年のカウントダウンを、豪華客船で出来るなんて思わなかったぜ。将太郎はそう思っていた。
「4,3,2,1!」
 その瞬間、船の進んでいる少し先にある小さな明かりから、大きな花火がいくつも上がり、夜空を彩った。演奏者は元気の良い音楽を演奏し始め、まわりの人々は言葉をかけたり、手をとったりして、新しい1年の訪れを喜び合っている。
「新しい年が、きたんだな」
 実感こそわかないが、時は移り、2005年は終わり2006年が始まった。1年前も、場所ややっている事は違うけれども、同じように新年を迎えた。時の移り変わりとは、本当に早いものである。
「そんじゃま、新しい年を、楽しむとするか!」
 『ニューイヤースペシャルイベント』は、新しい年を祝うとても賑やかなものであった。船では新年の酒や食べ物が振舞われ、正月らしく、カルタ取り大会や羽子板の競技等を楽しむ事が出来た。また、ジャズダンスや生ライブ、トーキングショーなど、イベントも盛り沢山で、そこにいるだけで楽しい気分になれる。
 しばらくイベントを楽しんだ後、部屋へと戻り、初日の出の時間まで仮眠をとることにした。せっかくの初日の出、こんなに条件のいい場所で見られる事は滅多にないのだ。
 将太郎は、寝る前にもう一度ラジオで、天気予報を聞いた。それによれば、初日の出の時刻に晴れる確立は、50%であった。
「せっかく来たんだ、どうか晴れてくれ」
 そう頭で考えながら、将太郎は仮眠のためベットに入った。



 ベットに取り付けてあったアラームは、午前5時30分に鳴り響いた。将太郎は、部屋の窓から外を見たが、まだ暗くて良くわからない。
 ぼんやりする頭を振りほどき、上着を着ると、船のデッキへと上がった。
「さて、どうなるかな。それにしても、明け方の寒さは特に厳しい」
 手をカイロで温めながら、日が昇るのを待った。まわりには、同じく初日の出を見ようとしている人々が立っている。
 やがて、海の向こうがうっすらと白く染まり始め、デッキにいた人々は、海へと身を乗り出した。雲はうっすらとかかっていたが、初日の出の障害となるような厚い雲はない。逆に、太陽の黄色い光が雲を照らして、絵画のように幻想的な風景となっていた。
「今年始めの日の出。自然の風景が、一番綺麗だ」
 日の出と共に、将太郎は1年の始まりを感じていた。今年は自分にとってどんな年になるのかということを、考えずにはいられなかった。
 初日の出を見た後、早めに大ホールへと行き、朝食をとる事にした。
「正月は、やっぱりおせちだぜ」
 きちんと重箱に入れられ、おせち料理が並べられている。黒豆、伊達巻、カズノコ、田作り、蒲鉾にくりきんとん、錦卵。将太郎は料理を食べる前に、それぞれをじっくりと眺めた。
「見た目も、こだわりがあるものだしな」
 雑煮の餅がいい固さに煮込んであり、料理を口にしながら、日本の正月はやはりいいものだと、思うのであった。
「こういう豪華なモン、2度と食えないだろうからな」
 できる限りの料理を胃に詰めて、将太郎は今年一番の朝食を楽しんだ。食事のあとは、船を見たり、部屋で休んだりして、残りの時間を過ごした。
 そして、船の旅が終わりに近付く頃、船で過ごした思い出を頭に浮かべながら、新年を迎えるの終わったな、と、物思いに耽るのであった。(終)



◆登場人物◇

【1522/門屋・将太郎/男性/28/臨床心理士】

◆ライター通信◇

 あけましておめでとうノベル2006にご参加頂き、ありがとうございました。WRの朝霧です。クリスマスノベルに続いての参加、とても嬉しいです!
 年越しの船の様子を明るくにぎやかに描きつつ、その中で色々な事を感じながら行動をする将太郎さんを描いてみました。祝賀会なので、のんびりとゆっくりした展開となりましたが、イベントの賑やかさなどが、伝わると良いな、と思っております。私も、船での年越しをやってみたものです(笑)
 それでは、どうもありがとうございました!