コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


■蔦子の散歩−鏡よ鏡−■



 ある生徒は洗面台の前で。
 ある生徒は忘れ物を取りに戻った夜の廊下で。
 ある生徒は図書館の窓際で。

 映った自分の向こうに見慣れない制服の女子生徒。
 驚いて振り返ると、そこに同じ生徒が居て。
 それはそれは愉しそうに調理鋏をカッターナイフを解剖用のメスをとにかく刃物を、走らせるのに遭遇したらしい。
 今のところ死人が出ていないのは、同じ顔した幽霊が間に割って入るからだという。
 別に身代わりにはならないから危ないのは変わらないらしいけれども。


 事の発端となったのはとある幽霊。
 割って入る方だったりするのだけれども。
 覗き込んだ先の鏡から出て来た『自分』が人を殺すまえに何とかしてもらおうと彼女が試みたのは『気合で依頼』という甚だ前向きなのか確実性に欠けている気もしないでもない方法だった。


 ――幸いにして、目的の事務所に話は伝わったらしく。


 神聖都学園で起こっている事ながら草間興信所の人間が早々に顔を出したのに、面識のある教師は少しばかり目を丸くしながらも有り難くと再度説明を繰り返してくれた。
 再度、というのはそもそもシュライン・エマと草間武彦が学園に来た発端が『依頼希望だとかいう妙な電話がかかってきた』という数件の、いわゆる間違い電話報告からだったからだ。それの内容を切れ切れながら繋ぎ合わせると学園での続いている事件になったという。
 ちなみに説明するのは響カスミではない。彼女に聞こうとすれば幽霊という部分で否定して話が進まなくなりそうだったからだ。
「……鏡、かしらね」
 教師から話を聞いた後、学園内を移動しながら考えていたシュラインがぽつりと言ったのに隣を歩く草間が咥え煙草のまま「ん?」と聞き返した。
 軽く見上げてシュラインはその煙草に火が入っていない事を確かめてから先を続ける。
「話を聞く分には鏡や夜の窓ガラス等姿を映すものの中を移動してるっぽい印象があるのよね」
「……ふむ」
「鏡の外に実体があるなら、いちいち姿を映して認識させてから襲う必要は無いと思うもの」
「相手に姿を認識させてから、か」
「ええ。それも考えられるのじゃないかしら、と」
「この手の話じゃよくあるが……鏡の中に本体」
 どうしたもんかな、と歩きながら思案する草間の傍らでシュラインもしばし考える。
 今向かう先は事件の起こる辺りだ。庇う方の幽霊についても会えれば会ってみたい。そんな理由で二人は広い敷地内を移動している。
「そう、ね」
「何か思いついたのか」
 言ってみろよ、と促すのに小さく頷く。
 平穏な空間に思えるのに、今回の件に関わらずこの学園も色々と起こる場所だ。
「幸いにも、週末だし午後に用意したら間に合うと思うの」
 シュラインが指折り道具だの考えだのを述べるのを、信頼の色も確かに草間が聞いた。
「多分事務所にあったと思うし、それ以外は顔馴染みの神主さんか神父さんにお願いかしらね」
「事務所の荷物は零に頼んでおくか」
「そうね。お願いしちゃいましょう」

 騒ぎの多いと聞いた棟はもう、目の前だった。


** *** *


 昼との落差はこういった施設では極端だ。
 学部によっては大勢残って研究なりしているかもしれないが、シュラインの居る辺りはせいぜいが巡回の職員、稀に忘れ物をした学生がうろつく程度。そしてその学生達が今まで襲われたのである。
 草間零に用意して貰った物のうち、幾つかの品を目に留まる位置に置いてから示し合わせた教室にシュラインは戻った。小さく呼べば応じるように微かな身動ぎの音がする。
 周囲には暗幕。可能な限り事務所等から用意して草間と二人がかりで鏡面様になるものに特にかぶせて回れば想像した以上に広範囲をカバー出来た。イコール事務所にそれだけの暗幕が用途不明なまま置かれていたという事であるが、その点は今はシュラインも草間も気にしない事にしておく。
 靴音が響く。
 こつ、こつ、とゆったりと向かう先には大きな姿見。
 これも何処かから調達するつもりでいたが、流石に巨大学園なだけあって使わない物が提供された。この辺りで興信所事務員の交渉が光った事は言うまでもない。
 僅かに距離を置いて覗く鏡には今はシュラインの姿だけが映っている。
 こちらの鏡には何も用意はしなかった。ただ向かい合うようにと置いただけ。
「お願いして誰も残らないようにして貰ったし」
 離れた別の学舎では夜通し研究だかがあるとは聞いたがそれも無理を通した。
 それなりに学園絡みの依頼を請けてもいるお陰だろう。
「あとは此処に来て貰うだけ――煙草は我慢してね」
 隅の方から暗幕を揺らす音が床近くから届く。靴先で軽く蹴ってでもみたらしい。
 唇を緩めて少し笑うとシュラインは一度振り返り鏡を見る。視線を戻して鏡。自分だけが映っている。まだ他には誰もいない。
 事件によっては待ちの姿勢も当然有るから辛い辛くないという事はさして考えないが、確実に誘い出す手段が見つからない点はどうしても不安を誘った。他に人間が居なければ来るだろうけれど、と思いはするが。
(電話をかけてきた……確か蔦子さん)
 鏡の前に立って静かに見る。
 映るのはまだ自分だけ。
(元の部屋の場所を聞きたいのだけれど、出て来てくれるかしら)
 夜毎襲われる者を庇いに出るのであれば今回も出てくると期待したい。
 思案して眺める鏡は室内の薄暗い端も映し込んではいるがシュライン以外の人影はやはり無い。
「刃物が見当たらないのかしら」
 だとしたら、舞台用の模造品を置くだけにしておいたらよかったかもしれない。手間をかけて調理室だの被服室だの実験室だのから危険物を撤去しておいたが――一つ、二つ、残しておくべきだったろうか。実はこの辺り「無駄に危険を冒す必要は無い」と草間が渋い顔をしたので譲歩したのであるが。
「武彦さんも心配性というか」
 役割分担でも渋い顔を崩さなかった所長氏、やはりハードボイルドを通すにはその辺りでの思い切りが足りないやも知れない。ともあれ今回それで問題になる事も無かった。
 ふと息を吐いて暗幕の一隅を見、その向こうにあるだろう廊下を見、そして別の方向を見、視線をゆったりと巡らせる間に何か違う音が小さく、けれど確かにシュラインの耳に届いたのである。拾い上げた微かな音に産毛を僅か震わせながら鏡に視線を戻した。
(――まだ、か)
 変わらず一人きりが映っている鏡を確かめて、目を伏せ、また上げる。
 歪んだ目付きの女子生徒が一人、顎を上げてシュラインを見ていた。
「武彦さん!」
「シュライン!」
 鋭い声が互いの名前を呼び、シュラインは半ば本能に促されて膝を深く曲げる。
 頭上を通る刃物。視界に納めたそれは確かに零に用意して貰った模造品のナイフ。勢いのまま鏡を掠めて。しゃがまなければ殴り飛ばされる程度の結果にはなっていたらしい。
「避けろ!」
 草間の声に転がり出る勢いで鏡の前から離れる。
 微かな埃の感触を手の平で知る間に草間が鏡をさながら大盾のように掲げて駆け寄っていた。移動したシュラインも崩れた体勢を整えて今の今まで見ていた鏡の後ろに回り込むとそれを押し出していく。草間の掲げた鏡は水に濡れて不自然に光り――その鏡面が鏡に映った姿そのままの見慣れぬ制服を着た女子に当たった瞬間。
「逃がさないわよ」
 落ち着いたシュラインの声が鏡越しに届き女子生徒は顔を歪ませて挟み込まれた二枚の鏡から逃れようと暴れ、それを草間と向かい合って封じる。ともすれば押されがちなシュラインの側まで草間が腕を伸ばし支えればもう女子生徒は逃れられず、模造品のナイフだけ残して姿を消した。するりと指先が鏡の間に潜り込んだ事から見て。
「中に、逃げ込んだな」
「そうね――縛りましょう」
 頷く草間に鏡を任せて手早く用意していた縄を伸ばすと互いに渡しながら縛り上げていく。
 ぐるぐると二枚の鏡は同形であるまま鏡面を合わせて縛り上げられた。
「念の為に御神酒、もう少し注いでおきたいわね」
「……使い切ったんじゃなかったのか、それ」
 小さな容器を取り出して向かい合う鏡の上から鏡面にかかるようにと注ぐシュラインに、怪訝そうに草間が問うと興信所の事務員はにっこりと笑って容器を閉めた。
「護身用というか、信じてはいたのだけれど。ごめんなさい武彦さん」
「ま、役に立ったな」
「まだあるけれど、いる?」
「……何本用意したんだ」
 小さな物だもの、と笑うシュライン。
 しかしいつまでも和んではいられない。鏡をどこかに移す必要があるのだから。
「元の部屋に戻せばいいのかしらね」
「――午前中に来て今これだからな。準備は出来たが」
「問題の教室は見つからなかった……」
 並んで鏡を見る。
 今は静かに置かれている鏡だが、さて。
「せめてその庇う幽霊さん――蔦子さんに会えれば」
 どうして今回に限ってちらとも気配を見せなかったのか、と何気無く上方を見る。幽霊イコール浮いているという認識に固められている訳でもなかったが、シュラインのその投げた視線の先に、居た。
 たった今鏡に追い込んだ姿と同じ一人の幽霊が。
「…………」
「シュライン?何か――」
 動きの止まった彼女の視線を辿った草間が隣でぽかりと口を開く。
 その唇から熱の無い煙草がぽろりと床に落下した。


** *** *


 曰く。
『なんだか色々準備してたので依頼が通ったと思いまして』
 見物していたという彼女は蔦子。
 気合で人の携帯電話を使い間違い電話をかけて回った幽霊である。
 つまり依頼人。
「先にお話を聞いておきたかったのだけれども」
『すいませぇん』
 先導しつつ謝る幽霊を見上げるシュラインと草間は大きな鏡を調達した台車に乗せて運んでいる状態だ。向かう先は発端の教室。
『でも私この通り浮いて通り抜けるしか出来ませんし役には立たなかったですよ』
「依頼人にきちんと話を確認するのは基本だもの」
『ああ、そうなんだ』
 会話をシュラインに任せて草間は鏡を運ぶ作業に没頭しようとしている。
 幽霊に怯えている訳ではなく単にこの手の相手でも態度の変わらない自分達を振り返り、怪奇探偵の呼称を否定しきれない理由はこの辺りだと再確認して納得しかねているだけだ。
「それで、依頼である以上は」
『あ、こっち』
「――え」
 気付けば幽霊蔦子と別の教室を目指していた興信所の所長と所員。
 一瞬顔を見合わせると台車をそろそろと動かして追いかけた。
 程無く何か、幕を抜けるような感覚の後に数段暗い廊下へと二人は進み理解する。
「結界の類かしら」
「ここも大概妙な学園だよな」
「ふふ、そうね」
 窓さえも暗い教室は、じきに現れた。
 成程これは廊下といい教室といい、普通に過ごしていれば見掛ける事はないだろう。つまり蔦子が探検しなければ騒ぎは起こらなかったと。
 その辺りは今更だしシュラインにしろ草間にしろ何も言わない。
 指先だけを一度添え、変化が無い事を確かめてから扉を引く。
 何かあるかと思ったが問題が起きる様子も無く二人は鏡面を塞いだ鏡を室内に運び入れた。
 割られたという元々の鏡の破片が幾つも散っている筈だが、床は綺麗なものだ。
「……まぁ、これで完了だろ」
「ええ。武彦さんもお疲れ様」
「シュラインもな」
 どちらともなく頷き合い笑い合い、そうして教室を出る。
『あ』
 途端、扉は誰の手も触れない内に自ら動いて締まった。
 少しばかり目を見開いたシュライン達の耳に今度はかちゃりと鍵のかかる音。
 その窓の暗さの他は外観としておかしな部分のない教室をしばらく眺め、それから草間が首を振る。咥え直した煙草を落としかけて慌てて手で押さえてからシュラインに視線を向けた。
「戻るぞ」
「そうね」
 元の、薄明るく月の光を通していた廊下へと二人歩き出す。
 ふわりとまだついてくる蔦子を見上げてシュラインが言いかけた言葉を続け。
「依頼には報酬が必要でしょう。今度何か、ここで事件があれば手伝って貰うわね」
『いいですけど、職員室で事件解決した場合の報酬交渉してませんでした?』
「なに!?シュラインお前いつの間に」
「武彦さん……チャンスは逃さないようにしないと」
「ぐ……」
 二人の会話に蔦子が笑いながら、更に高い位置を漂っていく。
 淡々とした語調だが微かな笑顔が感情はそれなりに教えていた。
『とりあえず、ありがとう』
「まあ、な」
「間違い電話はしないようにね」
 はーい、と軽く応えて若い少女の幽霊は姿を薄れさせて消える。
 後は学園からの報酬を貰うだけ。

「その前に――暗幕等の片付けかしらね武彦さん」

 渋い顔で煙草を少し強く咥える草間にシュラインは微笑んで、翌日からは鏡に映る見慣れぬ女生徒についての噂は聞かなくなった。





□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 学園ネタを草間氏と組んで解決して頂きまして有難うございます。
 興信所好きな為に電話先がまず興信所になりましたが……間違い電話……!興信所の皆様には大層なご迷惑をおかけ致しました。シュライン様はきっとそういう経緯で幽霊の依頼を請けても必ず何処かから報酬を確保するかなぁと(興信所の台所事情を知る立場となれば)考えてみました。学園からどれだけ取れたかはご想像にお任せ致します。