|
『幽霊に囚われた三下を救出せよ!』
【オープニング 月刊アトラス編集部にて】
「なんですって? 三下が帰ってこない?」
私、月刊アトラス編集長・碇麗香は、アルバイトの桂から三下失踪の報告を受けた。
関東地方にある有名な心霊スポットの調査に編集部員の三下忠雄を取材に行かせたのだが、その三下が三日経っても音信不通の状態が続いていた。
三下がいない方が仕事は進むのだが、今回は大事な取材を任せているのだ。さっさと帰ってきて原稿をあげてもらわなくては、次の雑誌の目玉がなくなってしまう。
「あの役立たずは何してるのかしら? もう締切まで時間がないのよ。あいつのせいで雑誌に穴をあけるわけにはいかないのよ」
「編集長。そういうことを言ってる場合じゃないと思うんですが」
私の人を人とも思わない態度に、桂は苦笑する。
「まともな原稿ができなくて、どこかに雲隠れでもしてるんじゃないの?」
「まさか。三下さんは仕事の内容はともかく、まじめがうりですからね。まして、逃げ出しても編集長に見つかることはよくわかってますから逃げ出したりしませんよ」
「じゃあ、なんで連絡の一本もよこさないのよ」
「三下さんは例のごとく心霊現象に巻き込まれたと思うんです。はやく助けてあげないと、今度こそあの世に連れていかれてしまいますよ」
徹夜明けということもあって、私の機嫌は最悪だった。
「ったく。毎度のことながら、あの馬鹿も世話を焼かせてくれるわね。それで、あの三下が取材に向かったのは、若い女の幽霊が出るって有名なトンネルだったわよね?」
ええ、と桂はうなずく。
「カップルが車で通り抜けようとすると、トンネルの天井から血のような朱色の液体が降ってきたり、若い女のすすり泣きが聞こえてくるんだそうです。しかも、若い男が車でトンネルに入っていくと、全長三百メートルほどのトンネルなのに、何十分もトンネルから出てこられなかったということもあるそうです」
「よくある心霊現象ね。でも、具体的なことがわからなければ、対処のしようがないわ。あの役立たずは、なんか机に置いていかなかったの?」
「一応パソコンを調べたら、あのトンネルで自殺した女性の記事が残されていました」
「自殺した女性?」
桂はうなずき、私の前に二年ほど前の新聞記事のコピーを並べた。
「どうやら二年前にあのトンネルで車に跳ねられて死んだ女性がいるそうです。どうもそれが自殺らしいって話なんですよ。その女性は恋人にさんざん金を貢がされて借金までさせられたのに、当の相手は別の女と結婚したそうです」
「その男も最低だけど、自殺した女も馬鹿な女ね」
「そうなんですけど、でも怖いことに、死んだ女性が飛び込んだのが男の車だったんです。女をふった男は今も交通刑務所に入っているそうですよ」
桂は肩をすくめてみせる。どうもこの子はこういう道化じみたことが好きらしい。
「結局、男に恨みを果たしたものの、その女は霊魂となった今でもその恨みは消えずに幸せなカップルや男に憎悪しているってこと?」
おそらく、と桂はうなずく。私は髪をかき上げた。
「でも、その女も幽霊になっても男を見る目がないわね。あの三下のどこがよかったのかしら」
「三下さんはメガネを外せば、それなりにいい男ですからね」
「顔だけで選ぶなんて、やっぱり見る目がないわ」
私の斬り捨てるような言葉に、桂は肩をすくめる。
「編集長。それで、どうします? 他の記事に差しかえますか?」
「冗談。三下の命なんてどうでもいいけど、もし三下が本当にその女の幽霊に捕まってるのだとしたらおもしろいわね。ぜひ臨死体験談を書かせたいわ」
「じゃあ、助けに行くんですか?」
「ええ。でも、私には三下を助けることは無理だから他の人に頼むわ」
「なぜです?」
「だって、私ふられた経験なんてないから。ふられた女の気持ちなんてわからないもの」
桂は目を丸くした後、声をあげて笑った。
「奎くん。悪いんだけど、その女の幽霊を成仏させて三下を助けられるような人を呼んできてくれないかしら」
「わかりました。では、さっそく行ってきます!」
桂は元気よく返事すると、編集部から出ていった。
【本編 魔のトンネルにて】
荒涼とした風が吹き荒れている。
ここは関東北部の某所である。関東から上越へと向かう国道から県道に入って、しばらくすると、地域住民から魔のトンネル≠ニ呼ばれる場所にたどり着く。
周囲を森にかこわれているために、ほとんど人が出入りすることもない。近年上越へと向かう新しい道路ができたために、車の通りも以前に比べて減っている。
「ここですか」
辰一はオレンジ色の灯りに照らされたトンネルを見やる。
幽霊がよく目撃されている午前零時前後ということで、車の姿は見かけることがない。前日の大雪からまわりには雪が残り、空を見上げても月明かりさえない状況だ。
「な、なんか怖いねえ〜」
佑作が不安な様子であたりをきょろきょろと見回している。佑作は霊能力など一切持たないが、まわりに漂う嫌な空気に気づいたのだろう。
「ものすごい怨念が体に迫ってきますよ」
事実、辰一の言うとおり、彼の全身は総毛立っている。符術師として、あるいは宮司としての経験がトンネルを覆う妖気や怨念の類がとても危険だと訴えている。
「し、辰一君。脅さないでくださいよぉ〜」
「別に脅してなんかいませんよ。ただ事実を述べているだけです」
辰一は淡々と告げるが、佑作の顔は真っ青になっている。それはそうだろう。霊能力などない彼が今回の事件の解決に連れ出されたのは、単に碇麗香に三下に似てるから≠ニいう理由だけなのだから。
「辰一君。ここは君に任せて私は帰っちゃだめかな〜?」
「この作戦はあなたがいなければいけないんです。あなたが悪霊に三下さんと勘違いさせて三下さんが囚われている場所まで案内させなくてはいけないんですから」
「わ、わかってるよぉ〜。ただ、言ってみただけじゃないか」
佑作はがっくりと大きく肩を落とした。
「では、作戦どおり、わたしは術で幽霊から姿を見られないようについていきます。佑作さんも三下さんのふりをするんですよ」
「わ、わかったよ〜」
佑作はおっかなびっくりといった様子で歩き始め、辰一は術を自分にかけると、彼の後からついていった。
だが、トンネルに足を踏み入れた瞬間、足全体に嫌な感触がした。
「な、なに、この感触?」
足にはただのアスファルトの地面が広がっているはずなのに、なぜか動物か人間の体を踏みつけたような感触がしたのだ。
なるほど、と辰一はひとりごちる。
このトンネルはすでに異界へと通じている。
だが、トンネルが異界へと通じるのは別段不思議なことではない。太古から山は異界に通じる場所だといわれている。しかも、山神は女であることが多い。昔からトンネル工事のときには女の作業員は工事現場には立ち会わせない。
このトンネルの女の怨念や妖気を増幅させているのは、どうやら山神の仕業らしい。しかし、本来山神は地鎮祭で鎮めているはずである。その山神がなぜ悪霊の味方をしているのか、と辰一が疑問に思っていると、
『おまえ、どうやって出てきた?』
「ひっ!」
突然、トンネルから響きわたった声に、佑作は身を縮めた。
『おまえはわたしが閉じ込めたはずだ』
黒い霧が排水溝などからあふれ出して人型をつくりだしていく。
「わあああっ!」
やがて本来の幽霊の姿を見て、たまらずに佑作は悲鳴をあげ、辰一も口許を押さえた。
それは、あまりにも無惨な姿だった。
顔の半分が溶けて眼球や目のまわりの筋肉がむき出しとなり、腕や足がひしゃげている。元々は艶やかだったであろう髪には血がべったりと付いてぐしゃぐしゃになっていた。
事故当時のままトンネルに霊魂が植えつけられたのだろうか。あるいは、自分の姿にコンプレックスを持っていたのだろうか。どちらにしても、その姿は気味が悪いというよりも哀れな姿としかいいようがなかった。
『おまえはわたしのものだ。おまえはわたしとずっと一緒にいると約束したじゃないか』
じりじりと女の幽霊が佑作へと近づいてくる。
辰一としては、佑作にははやく三下になりきって幽霊に三下の場所まで案内させてほしいのに、佑作は幽霊の無惨な姿にパニックを起こしているようだ。
「辰一くんだめだよ。ただの主夫の僕には、こんなの無理だよぉ〜!」
パニックを起こした佑作が辰一にすがりついてくる。
『なんだと? そこに誰かいるのか!?』
幽霊は憤怒の表情でこちらをにらみつけてくる。
「仕方ありませんね」
辰一は術を解いて幽霊の前に姿をあらわした。
『どういうことだ? おまえも女がいたのか!?』
幽霊の怒号に、トンネルの空間がゆがみ、黒い霧が地面から大量に噴きだしてくる。同時に、男たちのうめき声があたりに響いてくる。トンネルの壁に反響してか、その悲鳴は何千人にも聞こえてるようだった。
「ひいぃぃ!」
佑作は常軌を逸した光景に悲鳴をあげて、辰一にしがみつく。
「残念ですけど、僕は男ですよ」
辰一が着物の上半身を脱いでみせると、幽霊は一瞬虚をつかれた。
「今です。佑作さん。僕が彼女を引きつけている間に、三下さんをさがしてきてください」
「僕ひとりじゃ無理だよ」
「大丈夫です。甚五郎と定吉が気配を頼りに連れていってくれます」
行け、と辰一が命じると、甚五郎と定吉は異界の中を駆け出した。しかし、佑作は脅えていて少しも動こうとはしない。
「佑作さん。はやく! これ以上時間をかければ、僕たちも異界に取り込まれます」
わ、わかったよ、と情けない声を出して佑作は異界の中を駆け出した。
『行かせるか!』
幽霊は急いで引き返そうとしたが、瞬間辰一は符をトンネルにはり付けた。辰一と幽霊のまわりに白い光が走り、幽霊は白い光の内側へと閉じ込められた。
『わたしを成仏させるつもりか! わたしはそんなものでは成仏などしないぞ!』
「わかっていますよ。符はまわりに邪魔をされたくないために張っただけです」
『どういうことだ?』
「読経をしても説教をしてもあなたは救われない。まして、見知らぬ三下さんを閉じ込めておくほどにさびしいあなたの心は簡単には癒されることはない」
にこりと辰一が微笑むと、幽霊はまた虚をつかれたようだった。
辰一は鞄から水筒と小さな座敷を取り出すと、結界の上に広げた。
「まずはお茶を一杯。落ち着いたら、あなたの話を聞かせてください」
『……わたしの話?』
ますます幽霊は困惑したような顔をした。
「ええ。ぜひ聞かせてください」
その少女らしい表情を見たとき、辰一はまた笑った。
今度は幽霊は照れたようにうつむいた。
*
佑作は辰一の猫たちの後を追って必死に走っていた。
「はあはあ」
佑作にはただ前に進んでいるようにしか見えないのだが、いくら走っても出口は近づいてこない。むしろ、トンネルが引き延ばされているように感じられる。振り返れば、辰一の姿が遙か後方にある。
おおお……、おおお……。
まわりから低いうなり声が響いてくる。
碇編集長の命令とはいえ、こんなおそろしいことに首を突っ込むんじゃなかった。佑作は心底後悔したが、いまさら後悔しても遅いのは充分わかっている。いまは辰一と彼の猫たちの力を信じて三下をさがすだけだ。
「にゃ〜!」
辰一の猫の一匹・定吉が排水溝のひとつをがりがりと引っ掻いている。どうしたのだろうと排水溝の穴をのぞき込むと、そこには虚ろな人の目がこちらを見ていた。
「さ、三下くん!」
まちがいなく三下だった。排水溝の鉄のふたを外すと、大人ひとりがぎりぎり入れる穴の中に三下忠雄が閉じ込められていた。佑作は必死に三下を引っぱり起こすと、胸に耳を押しつけた。
「まだ生きてるよ。はやく病院に連れていかないと!」
佑作は三下を背中に背負った。三下の体重が全身にのしかかる。
「お、重い〜」
三下の体重に足元がふらついたが、そんなことを気にしている場合ではなかった。はやく辰一のところに戻らなくては。こんな場所にいたら何が起きるかわからない。佑作は自分に言い聞かせてふたたび猫たちの後を追いかけた。
猫たちの後を追いかけて、辰一の元へと向かったのだが、
『返せ。わたしの男を返せ』
先ほどの幽霊の女とは違う、別の女の声が響いてきた。
「なに?」
混乱している間にも、佑作の背後から黒い霧が迫ってきた。
霊能力などなかったが、これは危険だと本能的にわかった。この黒い霧に取り込まれれば、家に帰ることができないだろう。
佑作は死にもの狂いで走った。走って走り続けた。しかし、行く先を次々と地面から泥の腕があらわれて、彼の足首を掴もうとする。
佑作は悲鳴を上げながらも、無数の手から逃げていたが、
「あっ!」
手のひとつに捕まってしまった。気絶している三下共々地面にたたきつけられる。そのふたりの体を次々と無数の手が覆い被さってくる。
このとき、佑作の脳裏に浮かんだのは、実業家の妻の姿だった。
どんなに虐げられても、家族のいる家に帰りたい。ひとりでこんな場所にいたくない。
「―――っ!」
佑作は声にならない声で妻の名を叫んだ。
*
『わたしは誰からも愛されたことがなかったの。わたしって顔はかわいくないし、にきびもひどかったからずっと誰かに見られるのが恥ずかしかった』
幽霊の少女はぽつりぽつりと話を始めた。
辰一は佑作のことも気がかりだが、今はこの少女を成仏させることが大切だった。彼女はお茶を飲んで――実際は飲むふりだったが――少しは気持ちが楽になったようだった。
『そんなときね、あの人がかわいい≠チて言ってくれたの。男の人にそんなこと言われたのはじめだったからもう舞い上がっちゃって。好きだったの。どうしようもなく……』
「そうですか」
『世間から見れば、あの人は最低な人なんでしょうね。女の人のお金で生活していたし、わたし以外にも女の人をたくさんつくってたの。でもね、彼はわたしの料理をおいしい≠チて言ってくれたの。わたしの誕生日にはプレゼントもしてくれたの。それが他の女の人のお金だとわかっていてもうれしかったの』
「いい思い出だったんですね」
辰一がそう言うと、幽霊は悲しげにうなずいた。
『うん。大切だったの。誰かに受け入れてもらえることが、とても倖せで離れられなくなった。わたしを受け入れてくれたのは彼だけだったから、彼から離れたらもう二度と誰からも受け入れられないんじゃないかってすごく怖かった……』
幽霊の目から涙がこぼれ落ちたが、それはお茶の中に吸い込まれていった。
『本当はわたしを受け入れてくれるのなら、誰でもよかったのかもしれない。もっとはやくにあなたに出会えていたら、こんな結果にならずには済んだのかな』
「ええ。わたしもあなたとは生前に出会いたかったですよ」
辰一がにこりと微笑むと、幽霊は泣きながら笑った。
『あなたはわたしのことをなにも否定しないのね』
「あなたは充分自分を蔑んできた。きっと男の人たちに恨みを晴らしても意味がないことだって気づいている。だけど、それでも復讐したのはどうしようもない弱さからです。それは人間はみんな持っているものですよ」
『不思議な人。あなたがいるだけで世界があたたかくなる。ひとりのときもあの人といるときも世界は氷のように冷たい色をしていたのに』
「いえ、僕以外にも、あの佑作さんや三下さんだっていい人ですよ。あなたはたまたま運がなかっただけです。今生は運がなかったのだから来世ではきっと良い方と巡りあえますよ」
『そうかな』
そうですとも、と辰一が言うと、幽霊は微笑んだ。
『あなたの言葉なら信じられると思う。だから、あなたの力で送ってくれる?』
「よろこんで」
辰一が榊を取り出して祝詞を唱えると、幽霊の少女は徐々に白い光に包まれていった。
『ねえ、最後にあなたの名前を教えてくれる?』
「空木崎辰一ですよ」
幽霊の体はやがて白い光の中へと消えていき……。
『ありがとう、辰一さん。あなたが来てくれてよかった』
幽霊の姿が消えてなくなると、いつの間にかトンネルを覆っていた怨念も消えていた。気づけば、トンネルの地面の上に佑作と三下が倒れている。
「佑作さん!」
辰一が急いで駆けつけると、佑作は気絶しているだけだった。どうやら幽霊の少女が成仏したことで、異界と人間界をつなぐ力が断ち切れたようだ。
ふと顔に白い光が当たり、振り返れば、朝陽が暗いトンネルを白く染めていた。
【エピローグ 月刊アトラス編集部にて】
「なにこの原稿? 書き直し!」
数日後、月刊アトラスの編集部で、佑作が碇編集長から原稿をたたきつけられていた。三下が気絶している間の出来事はなにも憶えていない≠ニいうので、代わりに佑作が原稿を書くはめになったのだった。
「こんな原稿じゃ中学生の作文よ。説得力が全然ないのよ」
「でも、僕はライターじゃないから原稿なんて書けませんよ〜」
「文句を言う前にさっさと手を動かす!」
碇編集長に怒鳴り付けられ、渋々佑作は机に戻っていった。もう三日三晩徹夜で編集部に拘束されている。実業家の妻に少しでも稼ぐように催促されているために帰りたくても帰れない。
まだまだ彼の女難は続きそうだった。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
参加していただいたPCのみなさま
2098/空木崎辰一/男性/28歳/溜息坂神社宮司
4238/八坂佑作/男性/36歳/低レベル専業主夫
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
ご参加ありがとうございました。
納入が遅くなって大変申し訳ありませんでした。
今後もみなさまに楽しんでいただけるようなゲームを提供いたします。
今後も引き続きよろしくお願い申し上げます。
|
|
|