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<東京怪談ノベル(シングル)>


Night Walker 〜ゾディアック・ビースト〜


「さむ〜ぃ」
 ビルの間を吹き抜ける冬の冷たい風が、容赦なく体温を奪う。
 ミンクのファーが付いたカシミアのボレロを羽織ってはいても、寒いものは寒い。
「シンちゃん、シンちゃんは寒くないの〜?」
 ぎゅっと、瞼を瞑り寒風に晒された千影が足元を行く同行者を見下ろした。
「我は、そんじゃそそこいらのイグアナとは違うゆえ」
 このぐらいの、寒さなどへっちゃらなのである。
 変温動物の法則を無視した爬虫類が偉そうに胸を張る。
「ほえ〜そうなの?チカ、寒くてお風邪ひきそう」
 吐く息は白く、千影の頭の上にいた黒ウサギは早くもボレロの中に潜りこんでいた。ちりんちりんと首を振るたびに千影のそのふわふわの黒髪を止めた髪飾りの鈴がなる。
「軟弱者なのである、そんなことでは到底主を守ることなど出来ぬであるな」
 千影ははたりと立ち止まり、イグアナの凝視した。
「……そんなことないもん、あたし絶対に守れるもん」
 シンちゃんの意地悪!
 千影のボレロの襟元から顔を出したウサギもまるでイーとするように、歯をむき出す。
「主等はまだまだ子供なのである、真に主を思うならば主の行く末も考慮しなければならないのである」
「…シンちゃんのいうこと難しいの……」
 諭され肩を落した千影の頬を慰めるように、ウサギがぺロリと舐めた。
「静夜ちゃん……」
 それは千影と同じく主の魂の欠片から生まれた、いわば千影の兄弟ともいえる存在。
「主殿の障害となるべきものを取り除くのは、おぬし等の役目……」
 わかっておろう。
 イグアナに促されるまでもなく、千影はその場を取り囲む不穏な気配を感じ取っていた。
 『異端児』、『出来損ないの使い』そう大切なあの人と千影自身を蔑んできた血族。
 黒服に、表情を隠す黒いサングラス。まるで判を押したように同じような背格好の、大人たちが闇の中から抜け出るように千影とイグアナを取り囲んだ。
「一つ聞いて置くが、そなた等、誰の命を受けてこの地に参ったであるか?」
「そのような事に答える必要はない」
 我々に必要なのは、次代を継ぐべき血のみ。使い如きに断る必要はない男たちの態度がそう告げていた。
「それは、我が主殿の真意には外れる所業なのである」
「チカ負けないもん」
「小娘、本性に戻ることのみが力と思うのは、大きな勘違いであることをゆめゆめ忘れるでないぞ」
 ぐっとその拳をにぎる千影に、イグアナが釘をさした。戦いで手の内を全て見せることは本意ではない。
「え〜」
「ぬしはもっと戦というものをキチンと把握する必要があるのである」
「そんなこといわれても、チカわかんない」
 不平を満面に、千影が頬を膨らませる。
「我を使うがよいのである」
「え……シンちゃん?」
『我は北斗が化身。故に我銘はシン。星辰が一。我斬檄は流星の如し……』
 キョトンとした、千影の目の前でイグアナの姿が揺らぎ、一振りの剣に姿を変えた。
『何をためらうことがあるか、我を使うのである!』
 何時もの調子で、剣に姿を変えたイグアナが叱責した。すっきりと細身の千影の身長よりは少し短い。でも、彼女の細い腕には不釣合いな長剣。
「う、うん」
 恐る恐る、ためらいながらも黒光りする抜き身の刀身をゆっくりと受け取る。その柄には七星が刻まれていた。剣など使ったことはない…それでも肌に吸い付くように、変温動物の鱗の様に冷ややかなそれはしっくりと手に馴染む。
「あれ?静夜ちゃん??」
 いつの間にか身に纏っているものが、何時ものドレスから何処か振袖のようなデザインの動きやすいドレスに変わっていた。
 それは先ほどまでボレロの中にいた、兄弟の気配を色濃く宿している。身に着けているを忘れるかのように、綿毛のように軽くまた動きやすい。
 千影が力を行使するならば、せめてその身を守る鎧とならん……そう、ウサギ自身が選び取った答えであった。
「邪魔をする気か……」
 黒服たちに問われるまでもなかった。
「チカはあの人が、別の人のいいようにされるのはイヤ!だからおぢさんたちのいいようにはさせないの!!」
 刃は羽の様に軽く、飛び道具を構える間も与えずに剣を構え、千影は黒服たちの中へ飛び込む。剣がまるで自分の爪の延長線のような錯覚を覚えた。鋭く、空を切りそれでいて中空が広い。
 あぁ…こういう戦いもあるのか。
 使ってみて初めて知る戦い方に千影は柔軟に、先ほどまでイグアナの姿をしていた星の化身から伝えられるその全てを吸収しようとしていた。
「この……屑のくせに……」
「応援はまだか!」
 黒き刃は自分の牙よりも扱いやすい。特別に使い方を教わったわけでもない、でも千影はそれでの戦い方をしっていた。
 体が動く、地に付くほどに長い袖は刃を仕込んでいるかのように、その一振りで男たちの体を両断する。懐に飛び込み、その首をなぎ払う。まるで人形の様に、苦もなくその頭と体はごろりと地に落ちた。
 ムッとするような血臭が鼻につく。屈強な男たちが次々と物言わぬ躯と成り果てる。
 千影の背にあるその小さな翼が風を生み、カマイタチが相手を怯ませる。悲鳴を上げる間も与えない。
「何で、そっとしておいてくれないの?」
 そうすれば、あたしは牙を使わなくてもいいのに………
「出来損ないでもいいの、あのひとはチカを好きだっていってくれるから」
「ば、化け物が」
「そうよ、チカはばけものよ」
 今更何をいうのだろう、このものたちは……心底不思議だ。自分の予測外の存在を目にしたとき、総じて同じ様に千影とあのひとをそう呼ぶのは変わらない。
「そんなこともしらずに、おぢさんたちは此処に来たの?」
 こんなあたしでも、一緒にいていいんだっていってくれるから。暗闇に髪飾りの鈴の音がチリンと鳴り響く。
 だから、あのひとの心を乱すものはあたしがゆるさない。あのひとを守る為ならば、あたしはどんなことでもやる。それが、りんりとかもらるとかに反することでも。
「なんで、なんでたかが欠片にこんな……」
 こんな力があるのか。飲み込むような呻きに千影はカクンと首を傾げた。
「だって……チカはあのひとのZOAだもの」
『愚か者が……何に対して挑んだのか、何を汚そうとしたのか己が命で確かめるがいい』
 クツクツクツと、黒き星の光を湛えし刃が喉をならした。その対価を払うがいい。
 主の力が比例してその魂の欠片ともいえ半身に力を与える。今の千影の前に黒服達に劣る所以はない…それは図らずとも千影の主と男たちの実力の差でもあった。圧倒的な力を差を知らずに泥をかけた、報いを受けるがいい。それはけして安いものではない。
『力を』
 開放せよ。言われるまでもない……
 魂の揺らぎのままに、その魂に刻まれし理の力を導き出せと、千影の本能が告げていた。人身のままにありながらも千影は1頭の獣であった。闘争本能のままに、牙を剣に変え獲物に喰らい付きその血肉をその漆黒の刃で啜る。
「闇の中に生れし、深遠たる闇の顎門……全てを噛み砕き闇へとかえせ……影牙……閃!」
 浪々とその可愛らしい唇から不釣合いな、理を生み出す言葉が紡がれる。襲い掛かる地獄の顎門が無造作に男たちを噛み砕く。
 きえて二度とあたしの目の間に現れないで。あのひとの悲しい顔なんかみたくないの。
「冥焔・浄!!」
 非情なる翡翠の眼差しは、燃え上がる冥界の炎に包まれた、嘗ては人であったものの向うに潜む陰を見つめていた。
 衝動のままに振るう力のなんと気持ちのよいことか……
「あたしはあのひとを守る為に生まれたの……」
 それが千影存在意義。
「ひっ……」
 にこりと微笑みをその口元に湛えながら千影は、後ずさりし逃げようとした最後の一人に苦もなく追いつき、その腹に手にした刃を突き刺し、体重をかけ抉るようにその刃を軽く捻りあげた。
 千影が最初の一人に襲い掛かってからそれほどの時は要していなかった。
 その体も、深遠たる闇に侵食されていく……
「あのひとを守るためならなんでもできるの」
 それがにんげんの間で禁忌とされることであっても…あのひとを守る為ならばあたしはなんでもできる……。
 濃厚なる血臭にも眉一つ動かさず、千影は目の前に広がる混沌とした血溜まりに沈む躯を何の感慨もなく見下ろしていた。
 何時の間についたのだろうか、その頬には一筋の返り血が飛び散っていた。
「……あんまり、美味しくない」
 ぺろりと小さな赤い舌で舐めあげて、千影はポツリと呟く。
 その場には死の静寂だけがあった。


「やれば、できるであるな」
 目の間には物言わぬ躯が数体転がっている。本性を出さずとも、千影の戦闘センスはずば抜けて優れていた。可愛らしい容姿からは想像も付かないほど、その手腕は容赦なく的確である。
 これが最後ではない……でも……とりあえず、今晩の襲撃はないだろう。日に日に相手の手管は辛らつなものになっていく……
「なんで……なんでそっとしていてくれないのかなぁ……」
 何も難しいことを望んでいるわけではい、千影も主も誰の目にも付かず静かな暮らしがしたいだけなのに……
「弱いものほど力を求めるのである……主も、主の主も幸か不幸か……力と才能に恵まれてしまったであるからな……」
 力を振りかざさなければ、この少女もその牙を剥くことはない……それが分からぬ『にんげん』というものはいかに暗愚たるものか、ひそやかにイグアナの姿を取りしモノが闇に笑う。
 触らぬ神に崇りなし……その言葉をこれほどまでに純然と体現した存在はないのに、それでもひとはより強大なる力を手に入れようとして、その怒りに触れる。
 力を欲することが悪いわけではない、その方法が問題なのであった。
 神妻…神を宿し、神と子をなすことが出来るの者……そして、神への階を上る可能性があるもの……
 一時はその力が使い物にならない、役立たずのレッテルを貼り、切り捨てようとしなのに……
 服が汚れるのも厭わず冷たいコンクリートに腰をおろし、千影が寂しそうに膝を抱える。
 主が本来の力を取り戻したことは喜ばしい事には違いない、でも千影はそれが何故か寂しい。
 星降るような星空の下。その足元には、寄り添うようなウサギの姿があった。
 そう……今は一人ではない、同じ魂から生まれ同じ魂を守る兄弟がいる……それは千影にとって一つの救いでもあった。


  純粋なる闇より生まれし 魂の欠片
  無垢なる故に 道を惑い探し 真実なる答えを欲する
  闇に落ちれば 尚も漆黒に
  光のあれば 殊更暗く輝きをませし獣

  ゾディアック・ビースト

  其 主の求めのままに
  其 主の生い立ちのままに
  姿を変え 其が身を守らん
  その魂は 本体となりし主と供にある
  その命は 主の為にある

  我を許されぬ 束縛されし獣
  その鎖切れるとき 存在は塵に帰り 終焉の闇へと沈む
  影より生れし 悲しき獣

  その想いは ただ一人の為に
  想うが故に 獣は力を手にする……



【 了 】