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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


無くなった書類

「さんしたくん。例の書類は?」
 碇麗香編集長に呼ばれ、三下は「あ、はい」と編集長のいうところの「例の書類」をさがそうとした。
 しかし……
「あ、あれ? あれ?」
 三下はそれを入れたと思っていた机の中をごそごそとかき分ける。
 ――見つからない。
「そ、そんなあ……たしかにここに入れたのに」
 引き出しの中をすべて机の上に出してさぐってみても、ない。
「さんした……なくしたの?」
 編集長の、低い、低ーい声が聞こえてくる。
 三下は震えた。
 おかしい。たしかにここに入れたのに。
「ボクも知っていますよ」
 意外にも、助け舟らしきものを出してくれたのは、アルバイトの桂だった。「三下さんが、その引き出しにその書類入れていたの」
「そ、そうだよね? たしかに入れたよね?」
「ただ、その後動かしてたら知りませんけどね」
「動かしてないよぉ」
 三下の情けない声をよそに、桂はゆっくり茶など飲みながら、
「このところ、どうもこの編集部内を、うろついてる霊がいるようなんです」
「ひいっ」
「関係あるとは思いませんけど。どうします? 編集長」
 水を向けると、「そうねえ」と美しき編集長はため息をついた。
「誰か、調べてくれる助っ人さがしましょうか……」

          ■□■□■

「三下さんが怒られるのはまぁ、それは仕方がないと思うのですけれども」
 薄情なことを見事にさらりと言ってのけたのは、金色の瞳も輝かしい美少年(実年齢は聞かないほうがよい)、マリオン・バーガンディだった。
「でも、碇さんが困るのを見るのは嫌なのです」
 ついでに面食いなことをひそかに白状しながら、マリオンはアトラス編集部を悠然と見渡した。
 編集部だけに、多少雑然としているのはいなめない。とりわけ雑然とした箇所は……言うまでもなく。
 その問題の場所へとことこと歩いていって、マリオンは「三下さん」とその散らかり放題な机の持ち主をぽんと叩いた。
「ひえっ! は、はい!?」
 肩を落としていた三下がびくりと振り返った。
「そこまで驚かなくてもいいのです。ちょっと机を拝見」
 マリオンは三下の机を見て、「こんなに散らかっていなければ、もっとさがすのが楽なのですが」と淡々と痛いことを言う。
「ち、違うよぉ。書類さがせって言われたから、さがしたせいで今日は特別に――」
「そんなことはどうでもいいのです」
 すっぱり三下の言い訳を切り捨てて、適当に机をがさがさとさぐった後、「んー」とマリオンは軽くうめいた。
「よく考えたら、私はどんな書類がなくなったのか知らないのです。何の書類がなくなったのですか?」
 答えてくれたのは、バイトの桂だった。
「ある幽霊に関する調査書類ですよ。何でも、外国語をしゃべる幽霊だったとかで」
「……そんな調査を、よりによって三下さんにさせたのですか?」
「さっきからひどいよお」
 三下がめそめそと泣きそうになっている。
「他に手のあいてる人材がいなかったのよ」
 デスクから、碇編集長が何気なく言ってきた。「それにその幽霊の噂はかなり信憑性が低かったのよね。三下が見つけたと言ってきたときは、こっちのほうが仰天したものよ」
「ああ、三下さんに任せたのはきっとデマだと思ったからなのですね」
 マリオンは納得したかのようにうんうんと頷いた。
 三下は、すでに訴える気力もなくしたらしい。
「お願いします、見つける手伝いをしてください……」
 か細い声で頼んでくるのを、マリオンは冷めた目で見た。
「三下さんに頼まれても、何かやる気がでませんねえ……」
「やあねマリオン君。手伝ってくれるつもりで来てくれたんでしょう?」
 碇編集長が、マリオンに向かってにっこり微笑んだ。
 とたんに、マリオンは破顔した。
「ええ、もちろんなのです」
 とりあえず、と彼は元々書類があった「はず」とされている、三下の引き出しを開けてみて、
「ここから、様子をのぞきに行くことにするです。たぶん書類がなくなったのは夜ですね」
 夜だときっと寒いのです、とマリオンはつぶやき、
「服を着こんでくることにするのです。少し待っていてください」
 と彼はいったん、アトラス編集部を後にした。

     ■□■□■

 マリオンがいない間に、もうひとり助っ人がやってきた。
 現在二十五歳、青年まっさかりの加藤忍(かとう・しのぶ)は、
「どんな書類か分かりませんが、捜索のお手伝いをしましょう」
 とスローテンポなしゃべりで丁寧に編集長たちに挨拶をした。
「無くなった書類と直接関係なくとも、夜な夜な現れる幽霊さんは、書類を持ち出した犯人を目撃したかもしれない。お会いしてみましょう」
「あ、待って加藤君」
 碇編集長は、話を続けようとする忍を制した。「もうひとりの助っ人がね、今ちょっと席をはずしてるの。少し待っててくれる?」
「ああ、そうなのですか。分かりました、お待ちします」
 忍は「皆さんお疲れでしょう」と編集部の面々にお茶を用意し始める。
「私としては」
 と彼はカップにお茶をそそぎながら言った。
「できれば幽霊さんに、さまよう理由をお伺いしようと思います。この世に未練を残されているのなら、未練を断ち切るよう、手助けしようかと」
 加藤君らしいわね、と編集長が微笑んだ。
 ちょうどそのとき、編集部のドアが開いて、
「お待たせしましたのです」
 完全防寒具装の――なぜかおやつまで手にした――金色の瞳の少年が入ってきた。

     ■□■□■

 マリオンは、自分がいない間に助っ人がひとり増えていたことに少し驚いたようだったが、にっこり笑って「じゃあ、二人で頑張ってさがすのです」と挨拶をした。
「ええ。私は夜な夜なさまよっていらっしゃるという幽霊さんにお会いしたいのですが……できればさまよう理由もおうかがいします」
 と忍が真顔で言うと、
「その前に、少し私は冒険をしてくるのです」
 マリオンは忍に軽く礼をしてから、三下の机までやってきた。
 そして、
「これから、三下さんの引き出しからなくなったと思われる過去までのぞきに行くのです」
 理由が分かるとよいのですけれども、とつぶやいて。
 それからマリオンは、すっと手をかざし、
 空間と空間をつないだ。
 今、この瞬間と――
 そして、過去の、書類がなくなったと思われるその瞬間の時間へと。
 少年は、つないだ空間をくぐって姿を消した。

     ■□■□■

「さて、マリオンさんが行っていらっしゃる間に」
 のんびりとそう言った忍は、「皆さんお茶の続きでもいたしましょうか」
 とにこりと微笑んだ。
 お茶を淹れていくついでに、編集部の片付けも手伝っていく。
「昔聞いた話で、ある会社の重要書類が無くなった。調べてみたら鼠が持ち出し巣を作っていた。というのがありますが果たして?」
 彼はそんな話をして、三下をおびえさせ、からかった。
「いっそそれくらいなら楽なんだけれどね」
 美しき編集長がため息をつく。
「では一応、部屋の隙間等調べてみましょうか」
 忍はそう言って、編集部のあらゆる隙間を調べ始める。
 あらゆるものが見つかった。ゴミはもちろん、
「これ、本当にちゃんとした書類なんじゃないですか?」
「ああそれ。必要なくなった書類だから――ちゃんとシュレッダーにかけておいてって言ったでしょうさんした!」
「ひええ。はいっ」
「こちらの書類は……」
「ん。――ミスった書類なんだけど――これもシュレッダーにちゃんとかけておいてと言ったはずよさんした!」
「はいいいい」
 見つけるたびに三下が叱られる結果に終わる。
 忍は少し苦笑しながら、見つけたものすべてをひとつずつ処分していった。
 そしてふと、つぶやいた。
「さて、見つかったこの紙、誤字脱字が酷い……メモ紙ですかね?」

     ■□■□■

 マリオンが別空間から帰ってくる。
「犯人はやっぱり、幽霊さんのようなのです」
 マリオンは暖房の入っている編集部にほうと息をつきながら、そう言った。
「でも、幽霊はここ数日ずっといるような感じがしますよ」
 と桂が言う。
「となるとまだ何かを盗む気なのかもしれないですねえ。三下さん、加藤さん、今夜、張り込みでもしてみるのです」
「ははは張り込みぃ〜?」
 情けない声を出す三下とは対照的に、忍は「そうですね」とうなずいた。
「幽霊さんに話を聞いてみないことには……」
 そう言いながら、彼は何かをゴミ箱に捨てている。
「何を捨てているのですか?」
「え? ああ、いらなさそうなメモ紙です」
「そうなのですか」
 マリオンはそれ以上興味もなさそうな顔で、「ところで、他の方々の原稿はなくなってはいないのですね?」と編集部の面々に訊いた。
 編集部の面々は、顔を見合わせた。そして一斉に自分の机を調べ始め――
「……そういえば、いつも少し適当に置いてるから気づかなかったけど」
 桂がぽつりと言った。「時々、書類の位置が昨日とずれてるかな? なんて細かいことを思ったことがありますね」
 しかし、他になくなった書類はない様子だ。
 やっぱり三下さんのあの書類が問題なのですね、とマリオンは言った。
「それでは今夜、また幽霊さんを待つのです」
 三下は縮みあがり、忍は「分かりました」とのんびりとうなずいた。

     ■□■□■

 条件を同じにするために、三下の引き出しにまた書類を入れ。
 幽霊が現れる時間は、おそらくマリオンが幽霊を見たという丑の刻参りの時間――夜中の二時だろうと見当をつけ。
 万が一違う時間に現れては困るので、三人は一時間前の夜中の一時から待機していた。
「何で書類を持っていったのでしょうねえ」
 マリオンがのんきに、そんな話を始めた。
「あまりにもへなちょこな三下さんの原稿を、手直ししたくてなくしたとか」
「へ、へなちょこって言わないでくださいよう……」
 三下は泣きそうになっている。元々が臆病男だ。幽霊に会うと決定しているこの先が恐ろしいらしい。
「たださまよっているだけなら、その理由も伺いたいと思っていたのですけれどね」
 忍がマリオン同様、のんきに話を続けた。「書類を盗むことが原因でさまよっているのでしょうかね。それだと数日間もさまよっている理由にならないんですが」
「桂君は、『書類の位置が動いてた気がした』と言っていたですから。それも関係あるかもしれないのです」
 ――時は経ち、夜中の二時――
 極めて時間には正確らしい、幽霊はやはり現れた。
 ぼやぼやの輪郭を持った、少年のような幽霊。
「あれ?」
 三下が声をあげる。
 幽霊がはっと振り向く。マリオンと忍は隠れていた場所から姿を現した。――三下を引きずり出しながら。
「あ、あの、あの……」
 三下が何かを言おうとしている。しかし、口がぱくぱくするだけで、言葉になっていかない。
 マリオンがため息をついて、
「幽霊さん」
 と子供の幽霊に声をかけた。
 子供がびくっと震える。
「私たちは、怪しい者ではありませんよ」
 忍は優しい口調で言った。「ただ、あなたに聞きたいことがあるので……」
 少年幽霊が、口をぱくぱくと動かす。
 声は――聞こえた。
 しかしマリオンが、困ったように眉根を寄せて小首をかしげた。
「日本語じゃないのです」
「中国の奥地の民族語ですね」
 忍が言った。そして彼は、突然日本語ではない理解不能な言語で、子供幽霊に話しかけ始めた。
 彼は世界数十ヶ国語に通じているのだ。
 マリオンが感心したように、「頼りになるのです」と言った。
「あの子……」
 三下がつぶやいている。
 少年幽霊も、三下を指差して何かを言っている。
 忍が何かにうんうんとうなずいて、少年に「ちょっと待っていて」のような仕種をしてから、三下とマリオンに向き直った。
「話を要約するとこうです。『先日、三下さんが自分について調査していった。でも自分は、雑誌に載せられるのは嫌だから、書類を盗みに来た。けれど、その書類をなくしてしまった。仕方なく編集部内をさがしてみたのだけれど、自分は日本語が分からないから、どの書類か分からなかった』と」
「三下さんの書類だけは分かったのですか」
 マリオンが驚いたように少年幽霊を見た。
「ああ、それを訊いてませんでした」
 忍は少年幽霊に向き直り、何事かをまた理解不能な言語でしゃべりかける。
 そして、沈痛な面持ちで振り返った。
「……『その人が、自分の目の前でものすごく変な字で書いていた紙は見てすぐ分かった』だそうです」
「ど、どういう意味……?」
「…………あー」
 首をかしげる三下とは対照的に、マリオンは深くうなずく。
「たしかに、三下さんの字を一度見ていれば、分かるかもしれないのです」
「どういう意味……?」
「しかし、それをまたなくしてしまったのですか」
 三下を徹底的に無視して、マリオンはたしかめるように尋ねた。
 忍が「そのようです」とうなずく。
「それは困りましたねえ」
 マリオンが腕組みをして考えこんだ。
「ところでその子は中国人なのですね」
「そのようですね。見かけは日本人とあまり変わりませんが」
「日本人でさえ解読不能な三下さんの字なのです。なのにその子にはかえってそれが目印となったとは、人生何が役に立つが分からないのです」
「どういう意味ーーー!」
 三下が泣きそうな声で叫ぶ。
 忍が、ふと思いついたようにマリオンに訊いた。
「そう言えば……三下さんの普段の字って、どんな字なんですか?」
「清書したものはまだマシなのですが、一番最初の報告書ていどだともう、すごいことになっているのです」
「………」
 三下はすでに反論する気力も失われたらしい。
 マリオンが、三下の机に行き、「ああ、これくらいでしょうか」と適当なメモ用紙をみつくろって持ってきた。
「こんな字なのです」
 みみずがのたくったような、誤字脱字大安売りなメモ用紙……
 それを見た忍が、
「ああ!」
 と手をぽんと打った。
「これ、三下さんの字だったんですね……てっきりもういらないメモ紙なのかと」
 さっさとゴミ箱に行き、一枚の丸めた紙を持ち上げる。
「よかったですね。まだ燃えるゴミに出していなくて」
 丁寧に広げると――
 少年幽霊がぱあっと顔を輝かせた。
 それはやはり誤字脱字のひどい、一部の人間にしか解読不能な文字が並ぶ、『書類』だった。

     ■□■□■

 少年は無事にあの世へと旅立った。
 ただし、ひとつのことを条件に。
「申し訳ないのです、碇さん……」
 マリオンが恐縮そうにしながら、美しき編集長に詫びた。
「あの子が、『これを記事にしないでほしい』とずっと言い続けたんです」
 忍が説明する。「どうやらそれが未練であの世へ行けないようだったので。記事にしないと、約束してしまいました」
「………」
 碇麗香は一度ゴミとして捨てられかけたしわくちゃの書類を見つめる。
 その柳眉が厳しく寄せられていたが、
 やがて――
「まあ、元々読めない書類だったのだしね」
 ぽい、とその書類を三下の手に放り出して、編集長は艶やかに微笑んだ。
「なかったことにしましょ。この件は」
 三下がぱあっと顔を太陽のように輝かせ、マリオンと忍がほっとしたように微笑んだ。
 しかし、美しき編集長の視線はすぐさまきっと鋭いものに切り替わり、
「さんした! どうでもいいからあんたは字の汚さをどうにかしなさい……!」
「ひいいいっ! そんなこと言われてもぉぉ」
「制限時間は三日間! 三日以内に字の汚さを矯正してくることっ! 言っておくけれど、どこかに習いにいったところで経費では落とさないわよっ!」
「ああああああ」
 嘆く三下を、マリオンは興味なさそうに眺め、忍は苦笑して見つめていた。
 ――結局のところ。
 三下が、碇編集長の熱い熱い噴火火山溶岩から逃れるすべは、ないに等しいのであった。


  ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4164/マリオン・バーガンディ/男性/275歳/元キュレーター・研究者・研究所所長】
【5745/加藤・忍/男性/25歳/泥棒】

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■         ライター通信          ■
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加藤忍様
初めまして、笠城夢斗と申します。
今回は依頼にご参加いただき、本当にありがとうございました。
犯人が犯人でしたので、加藤さんには助けられてしまいました。性格等、少しでもイメージに近づけているとよいのですが……
書かせて頂き、とても嬉しかったです。
またお会いできる日を願って……