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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


なんにしましょう

 カウンターの上に、カウンター。1/12サイズのドールハウスは、アンティークショップ・レンの内装をそのままにかたどっていた。ただし壁はショーウィンドウと入口のある一面だけしかない。その壁がないことを除けば、棚にある商品の一つ一つまでもがそっくり同じだった。カウンターの裏にあるものも、指でつまめば取り上げられる。
 これは売り物なのか、それとも置物かとあちこちの角度から眺めていたら、煙管を吹かした碧摩蓮が
「あんた、店番をしてておくれ」
と言うなり奥へ引っ込んでしまった。
「店番、と言われても・・・」
とりあえずカウンターへ入ってはみたが、そこらをうろうろ見回すだけでなにをすればいいのかわからない。なのに、こんなときに限って店の扉が開くのだ。
「・・・え?」
確かに客がやってきた。しかし開いたのはなんとカウンターの上に置かれたドールハウスの扉。そして入ってきたのは・・・。
「エクスチェンジ、プリーズ」

「あら・・・・・・」
初瀬日和は驚いていいものかどうか、迷った。黄緑色のカエルが、小さな袋を担いだままケロケロと鳴いていたからだ。さっきの、
「エクスチェンジ、プリーズ」
という声はカウンターに置いてあるスイッチのせいらしい。ボタンを押すと、自動的に音が出る仕組みになっているようだった。試しに日和も爪の先で押してみる、すると
「どれにしましょう?」
不思議である、カウンターの側から押すと別の声が流れてきた。しかし、これでどうすればいいのかがわかった。カエルが担いでいる袋、その中に入っている物とこの店の中にある別の物とを交換すればいいのだ。
「カエルさん、なにが欲しいんですか?」
ただケロケロ鳴いているだけのように見えて、カエルにはどうやら日和の言葉がわかるらしい。日和の問いかけに対し水かきのついた手足をぱたぱたと動かして熱心になにかを訴えてくる、だが残念なことに日和にはその言葉が少しもわからないのだ。カウンターのスイッチが翻訳機の代わりになってくれればいいのだが、そこまで都合よくは作られていないらしく何度押しても同じ言葉の繰り返し。
「どうしましょう、どれがいいのかしら」
店の中のおすすめをなにか、取り出そうとしてみるのだがドールハウスの商品はどれも日和には小さすぎて、おまけにどれもコンタクトレンズのように華奢で、うっかり触ると陳列棚を丸ごとひっくりかえしてしまいそうだった。言葉は悪いけれど、怪獣にでもなったような気分である。
 またカエルが、鳴いた。そして担いでいた袋を下ろすとショーウィンドウのところへ軽やかに跳ねていった。そして現実世界では通りに向かって飾られている、ドールハウスでは一面しかないガラス壁に向けて置かれている緑色の鉱石でできた魚の文鎮を取り上げた。
「あ、それ、綺麗ですよね」
文鎮はただでさえ小さい上にさらにも小さく、小豆くらいの大きさしかなかったのだが、それでもカエルが手にした物の正体を見極められた理由は、その美しい魚のシルエットを日和自身も気に入っていたからだった。店へ入るたびいつも顔を合わせていた、カエルが文鎮を品定めしているのにつられて日和も実際のショーウィンドウへと目を注ぐ。
「あら?」
しかし、さっきはあったはずの文鎮がいつの間にか消えていた。どこへ行ったのだろうと思っていたら、ドールハウスの中でカエルが文鎮を元あった場所へと戻し、それと同時に再び文鎮が姿を現した。
「なるほど、二つのお店はつながっているんですね」
互いに、生きているものが触れたり持ち上げたりしている商品は見えなくなるらしい。棚やテーブルに置けば、見えるのだ。
「それなら、私が選んだものをカウンターへ置けばいいんだわ。そうすればカエルさんに選んでもらえます」

 実際、思いつきは正しかった。しかし人間とカエルの好みが違うせいか、日和が選ぶものに対しカエルはそれほどの興味を示そうとはしなかった。初めに選んだ青い陶磁器はカエルのプールになりそうだと思って持ってきたのだけれど、カウンターに置いてしまうと縮んでしまってなんの役にもたちそうになかった。おもちゃの竹とんぼはカエルの気を少し引いたのだが、水かきの手ではそれを回すのに不向きであった。
「うーん・・・」
次はなににしようかと日和は棚の中を見渡す。節操なくいろんな骨董品が詰め込まれたアンティークショップ・レンの店内はいざというときにほど宝石の固まりのようで、誘惑的で目移りしてしまう。
「そういえばカエルさん。カエルさんは、なにを持ってこられたんですか?」
ケロロ、カエルが返事をして担いできた袋をカウンターの上で広げた。こっちはドールハウスの中でだけ、小さいままである。白い袋からこぼれたものは黒い米粒に似ていたが、勿論米粒ではない。
「花の種、ですね」
水辺に咲く花の種を集めて、袋に詰めて持ってきていたのだ。一番数が多かったのは、蓮の種。綺麗に形も整ったものが、六粒並んでいた。アヤメやショウブは普段、株で分けるものなのだがこのとき日和は初めて種を見た。水草の種もあって、これは丸くて小さくて可愛らしかった。
「カエルさんは、お花が好きなんですね」
愛でるように問いかけると、カエルは嬉しそうに喉を膨らませた。
 日和も花は好きだった。切花を買ってきて花瓶に生けると、いつも最後はしおれてしまって悲しい気持ちになるので、どちらかといえば花壇に植えられた可憐なスミレやパンジー、季節の変わり目に咲き誇る桜や金木犀が楽しみであった。言うまでもなく、蓮やアヤメもだ。
 そこで日和はふっと気づいた。果たしてカエルは、スミレという花を知っているのだろうか。間近な場所で、金木犀の香りを胸一杯に吸い込んだことがあるのだろうか。
「そうだ、いいものがあります」
あれならきっとカエルの気に入るはずだ、思いついた日和は見覚えのある商品棚の中を探した。それはやたらに高いアンティークショップ・レンの天井に近い場所にあり、なにか台に乗らなければ日和の背丈では届きそうになかった。また、うかつに手を伸ばすと入れ物の箱を取り落として粉々にしてしまいそうでもあり恐かった。
「ドールハウスの中なら、届くんですけど」
さっきも言ったとおり、ドールハウスの中の商品は小さすぎる。なにしろカエルに丁度いいサイズばかりなのだから。
「・・・カエル、さん・・・」
カエルの特徴といえば、ジャンプ力ではなかったか。
 試しに日和はカエルに聞いてみた。ドールハウスの中の、あの白い箱に手が届くかどうか。するとカエルはケロケロ鳴きながら、易々と日和の頼みをやってのけたのであった。

 箱を開けてみてください、という日和の言葉に従ってカエルは蓋を取った。すると、中に入っていたのは細長い首をしたティーポットに、小さなティーカップが四つ。一つ一つにそれぞれ春のチューリップ、夏のヒマワリ、秋のコスモス、冬のリンドウが淡く描かれている。
「これでしたら花の咲かない季節でも、場所でもいつでも楽しめるのではないかと思うのですけど・・・」
気に入ってもらえたかどうか、日和はカエルの小さな顔を覗き込んだ。カエルの大きな目は、さっき見た魚の文鎮の色によく似ている。きらきらと澄んでいて、きっと、水の中でもよくものが見えるに違いない。
「エクスチェンジ、プリーズ」
チューリップのカップを片手に、カエルはカウンターのスイッチを押した。どうやら交換成立、のようだった。本当なら跳ね回って喜びたいところなのだろうけれど、危うい作りの骨董品ばかりが詰め込まれた店の中なので、何度もスイッチを叩くことで代わりにしていた。
「それからこれはおまけです」
この店のものじゃないので小さくはならないんですが、と日和は指にはめていたビーズの指輪を抜き取って、カエルの腕に通してやった。それはピンク色の花がついている日和の手作りで、お気に入りだったのだがカエルのためなら惜しくはなかった。
「泳ぐのに、邪魔ではありませんか?」
お愛想ではなく、遠慮ではなくカエルは短い首を横に振る、というより頭をぶんぶんと左右に振り回す。泳ぎの達者な自分がまさか、これくらいで溺れるはずがないだろうと日和に抗議しているようでもあった。
「そうですね、ごめんなさい」
わかればいいのだ、と頷いてからカエルは、さっき日和がプールにどうかと薦めた陶磁器に水を入れて欲しいとねだった。言われた通りに、台所から持ってきた水差しでいっぱいに水を注ぐと、カエルは証拠を見せるとばかりにその中で泳ぎ始めた。
「お上手です」
手を叩いて、日和は目を細める。小さなドールハウスの店にやってきた小さな客は、小さな水しぶきを上げながらのどかに水をかいていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
アンティークショップ・レンの店にある不思議なものはきっと、
不思議な世界の住人にはそこらにあるものではないかと思います。
お互いに交換、で都合よく回っている気がします。
今回はカエルの言葉をなんとか解読しようとする日和さまが
とても可愛らしかったです。
たまには一人で頑張る日和さま、と思いつつやっぱり
誰かがいないと高いところに手が届かないのです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。