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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


いない、いない

「うーん、参ったね」
 碧摩・蓮は、薄闇の中で苦笑しながら腕を組んでいた。どうやらここは、彼女の店に持ち込まれた品物の中らしい。どんな力が働いたかはっきりとは分からないが、触れた途端に取り込まれてしまったのだ。
 左右を見渡し、天を見上げ、地面を踏んでみる。灰色の濃淡が揺らめく世界が広がっているだけで、どこかに光明があるということもない。ただ、ソファが1つ置いてあった。座り心地もよさそうな、高級なビロードの布地が贅沢にあしらわれたソファだ。これ自体には特に仕掛けはないようである。
「これは……外から触ってもらわないと解けないみたいだねえ」
 たとえるなら、西遊記に登場する紅瓢箪のように、誰かを捕らえる目的で作られているらしい。――いや、これは、捕らえると言うよりもむしろ……。
「あたしは、ずっとここにいるわけにはいかないんだけどね。誰か、来てくれるのを待つしかない、か」
 蓮は肩をすくめると、腹を据えたのかソファにどっかりと座り込み、いつもの通りパイプをふかしはじめるのであった。

 アンティークショップ・レンのテーブルには、包装を開きかけたオルゴールと、額縁に入った絵画、そして白く濁った液体の入った小さな瓶がひっそりと置いてあるのであった。


   ●   ○   ●


 骨董品なら「アンティークショップ・レン」だ。値打ち物も訳ありなものも、ありとあらゆるものが何でも揃っている。審美眼を養うにはもってこいの場所であろう。しかも、美術館と違って、入るだけならタダだ。
 加藤・忍がそう考えたかは定かではないが、ふらりとその骨董品店に立ち寄ったのは事実である。
 カランカラン、とドアに下がったベルが鳴り、客の来訪を告げる。
 ふらりと立ち寄った「アンティークショップ・レン」は、いつもと様子が違った。自分の足音が良く響いて聞こえるほど静かなのだ。すぐに原因は分かった。店主の姿が見えないのだ。いつもなら鼻をくすぐって出迎えるキセルの紫煙もない。
「どうしたんでしょうねえ……」
 長年の勘が、ただ店を空けているわけではないと告げていた。ここの店主に何かあったのだ。大切な店を放り出してしまうような何かが。
 あたりを見渡しても、特に争ったようなあとはない。さらわれたというわけではなさそうだ。というか、彼女が悪漢にさらわれるという姿が素直に想像できないのは何故だろう。
(日ごろの行い、というものでしょうねぇ……)
 心の中でそっと結論付け、現場検証に戻る。
 いつもはどちらかというと追われる立場なのだが、このときは探偵にでもなった気分で店の中を探してみた。さりげなく置かれた花瓶も傘立ても、どれも忍の心をくすぐる逸品ばかりだ。彼女が悪人だったら、迷わずごっそり盗んでいっていただろう。魅力的な品々を眺めていたが、最後に目に留まったのは一枚の絵画だった。
「これは、妙ですね」
 忍は知らず目を細めていた。まるで、上質なシルクのシーツのひだを忠実に写し取ったかのような絵だ。じっと見ていると、わずかに絵の中のひだが揺れ動いたように見えたのだ。誰かが身じろぎしたのか、ほんのかすかに、しわがよるようだ。ミルクティー色の濃淡。わずかにそれだけの絵だが、ただの絵ではなかった。
「……ん、これは」
 それはやはりシーツだったのだろうか。不意に濃淡の波が途切れ、どこかで見たような物体の一部が姿を現したのである。
「これはたしか、蓮さんが愛用しているキセル……」
 何故そんなものがこの絵の中に。
 忍はふっと笑った。
 これだけ状況証拠が揃っているならば、導き出される結論は1つしかない。
 彼女は、この絵の中に取り込まれているのだ。また絵が動いた。今度は、キセルを持つ手もあらわになった。
「――なかなか、興味深い絵じゃないですか」
 どんな仕組みかは分からないが、どうせ現代の科学じゃ到底解明できないような仕組みには違いない。これを作らせた人物の意図が知りたいものだ。
 むずむずと、心が揺らぐのが分かった。これがほしい。この絵ならば、毎日見ていたって飽きないだろう。
 けれど、
「蓮さんともうおしゃべり出来ないのも、寂しいですねえ」
 彼女といれば、毎日どころか一生いても飽きないだろう。そんな相手がこの世から消えてしまうのはなんとも惜しい。
「仕方ない、何とかお助けするとしましょう」
 心のはちまきをくいっと締めて、忍は再び絵を観察した。今度は鑑賞ではない。
「……やはり、絵ですから出口は……」
 何か道となるものを書けば出られるようになるだろうか。けれど、絵に落書きするのは少しためらわれる。
 と、そこへ客がやってきた。
「――あれ、店主はいないのか」
 20代後半から30代くらいの男だ。スーツを着ていないところからすると、自由業か無職かのどちらかだろう。
「彼女なら今、この中に」
 忍はとりあえず、絵画を指差してやった。男は首をかしげて絵を覗き込む。しばらく沈黙していたが、やがて笑い出した。
「これ、俺が送った包みにあったやつだろうな」
「あなたが?」
 忍は驚いて男を凝視した。特に怪しいところはないのだが、気配を隠しているだけなのだとしたらたいしたものだ。
「これ、うちの押入れにあったんだけど、なんだか怪しげな気配がするから、そういうの専門で扱ってくれるここに送りつけたんだよなぁ」
 無責任もはなはだしい。
「で、なぜいまさらここへ来たんです」
「そう、それなんだよ」
 男は何度もうなずいて、懐から一枚の紙を取り出した。ずいぶん色あせているようだ。紙自体も大分もろくなっている。うっすらと罫線が入っていることから、ノートの一ページを破ったもののようだ。
「これは?」
「押入れの中を整理していたら出てきたものだ。多分、その絵の仕掛けを解く鍵が書かれてると思うんだけど……」
 お手上げだよ、と男は紙を忍に差し出した。
「暗号のようですねえ」
 内心わくわくするものを感じながら、忍は文字を黙読した。「思い出せ」という最初の語句以外は、まったく意味を成さないひらがなの羅列だ。

『思い出せ。
 てわりほなよす
 けしんわくちす』

「紙は、これ一枚だけでしたか?」
「あぁ。他には何も」
 暗号には二種類あると言っていい。1つは、共通の解読コードを持っていて、それを照らし合わせて解読するというもの。もうひとつは、おそらくこれだ。
「この『思い出せ』がヒントですね」
「それくらいは俺にもわかるさ。ただ、どんな意味なのかさっぱりってだけだ」
「思い出せ……。思い出してください」
 忍は大真面目に男にそう言った。
「何をだよ、いきなり」
「いいから。昨日のことです。実に覚えがあるんじゃないですか?」
「えぁ? ……」
 男はいぶかしみながらもやはり見に覚えがあるのか、少し上向いて何事かを考え出した。
 忍はにっこりと笑った。
「それですよ。何かを思い出すとき、人は少し上を見る。つまり、その暗号も、上を見ろってことなんです」
「上を? 何のことだ。謎掛けもいい加減にしろ。答えが分かってるなら素直に教えてくれればいいじゃないか」
 男は、忍が自分より優位に立っているのが気に入らないらしい。あまりからかうと面倒そうなので、早めに種明かしをする。
「文字を規則的に並べたものがあるでしょう。その表を見て、一文字上を考えればいいんです」
「……五十音、か? でも、意味が通らない気がするんだが……」
 『てわりほなよす』は、一文字上の文字を読んでいっても『つろらへとゆし』。まったく意味を成さない。むしろ、変換前の方がなんとなく意味がありそうだ。
「五十音、惜しいですねえ。ヒントは、この文字列です。なぜ、二列に分かれているんでしょう」
「一行じゃあ入りきらなかったからじゃないのか」
「いいえ、これを書いた人物は、意図的に2行にしています。7文字で、改行なんですよ」
 大ヒントだ。しばらく考え込んでいた男も、すぐに手を打った。
「なるほど、いろは歌か!」
 いろはにほへと、ちりぬるを。もともとは7・5調の歌だが、それをすべて7文字で区切って下にきた文字を読むとあるメッセージになるというのはそこそこ有名な話だ。
「さて、その規則に沿ってもういちど、上の文字を読んでみますと……」
 忍は自然と左斜め上に視線を動かし、記憶を呼び出した。
「え、を……ち、に……」
「絵を地に寝かせ、真水を落とせ」
 二人の声は、ほぼ同時だった。
「私が真水を持ってきますから、あなたは絵のほうをお願いしますね」
「わかった」
 二人は手分けして暗号どおりに行動した。すなわち、絵を床に置き、水道水を絵にたらしたのだ。


 それから15分後、二人は蓮の好意によりお茶とお菓子をご馳走になっていた。
「助かったよ、二人とも」
 蓮は目を細めて、壁に掛け直した絵を見やった。水を掛けたはずなのに、それはまったくぬれなかったのだ。ただ、絵の中のシルクの布がすこし湿ったように見えただけだ。
「いったい、なんだったんでしょうねえ」
「昔の金持ちの気色悪い趣味だろうよ」
 男は一刀両断に吐き捨てると、さっと立ち上がった。見れば出されたティーカップはもう空になっている。数歩歩いてから振り向いて、
「変なもんを押し付けたのは俺だけど、まさかそんなに簡単に罠にはまるとは思わなかったな」
「ネタにでもするかい?」
 蓮が妙な言葉を返した。
「ネタ、ですか?」
 何気なく男を見ると、慌てたようにこそこそと逃げるように店を出て行ってしまった。
「何者なんです、彼は」
 店主に聞くと、彼女は軽く肩をすくめて、
「小説家先生だよ。九頭鬼ってペンネームでね」
「成程、それでネタですか。でも、なぜあんなふうに逃げるように去って行ったんでしょうねえ」
「何か後ろめたいことでもあったんじゃないのかい?」
 蓮はふふ、と笑ってカップを手に取った。
 つられたように、忍も笑った。笑いはなかなか収まらない。いぶかしげに蓮が首をかしげる。
「どうしたんだい?」
「いいえ、ちょっと思っただけです。やっぱり蓮さんとはこうやってお話できるほうがいいな、と思いまして」
 絵をめでるよりも、もっと魅力的だ。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【5745 / 加藤・忍 / 男 / 25歳 / 泥棒】

NPC
【碧摩・蓮 / 女 / 26歳 / アンティークショップ・レンの店主】
【九頭鬼・蓮 / 男 / 27歳 / 小説家】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして、月村ツバサと申します。
納品が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
今回は、ちょっとした謎解き風にしてみました。
少しでもお気に召していただければ幸いです。

2006/01/15