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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


鍋をしよう9 ―2005年が終わる前に―
●オープニング【0】
「寒いと思ったら雪がちらついてるじゃないか」
 事務所の窓の外を眺め、草間興信所の所長・草間武彦が愚痴るようにつぶやいた。雪が降ってくるようでは、どうりで寒いはずである。
 12月も半分が過ぎて、今年も残り少ない。これから新年を向かえ、どんどん寒くなってゆく一方だろう。
「今でも十分寒いんだがな」
 苦笑する草間。すると台所からひょこっと草間零が顔を出した。
「寒い時にはお鍋ですか?」
「……誰もそんなことは言ってないぞ」
「え? でも、テレビで言ってましたよ? 寒い時期にはお鍋ですねって」
「余計なことを……」
 草間はテレビの存在を疎ましく思った。零にテレビを見せるのを制限するべきだろうかと、一瞬本気で考えた。
「草間さん、お鍋の準備するんですか?」
 零がにこにこと草間に尋ねた。
「あー……好きにしてくれ」
 なるようにしかならない、草間はそう思った。この調子だといずれ、草間は鍋分野で悟りを開くのではないだろうか。
「誰が開くかっ!!」
 おっと、突っ込まれてしまった。
 ともあれ今年はこれで最後の鍋パーティ、あなたも参加してみませんか?

●変装してみました【1】
「……兄さん、お茶が入りました」
「お、悪いな、零」
 零の声が聞こえ、窓の外を見ていた草間はゆっくりと振り返ろうとした。が、振り返る前にはたとその動きが止まる。
(ちょっと待て。零の奴が『兄さん』なんて呼ぶのは、身内以外の奴が居る時じゃないか?)
 確か今居るのは身内だけのはず……そう草間が思っていた時、台所から声が聞こえてきた。
「ええと、バケツと消火器はどこに置いておけばいいですか?」
「それは今、一緒にあそこに。お鍋始める前に、向こうの部屋に持っていきましょ、零ちゃん」
 零とシュライン・エマの会話である。会話だけ聞いてるとそうは思えないが、バケツや消火器を用意するのはここで鍋を始める前のもはや恒例行事である。
 さて、おかしなことになってきた。背後で零の声、台所でも零の声。声の時間差からすると、移動したとは思えない。じゃあ、草間の背後に居るのは誰?
 草間が一気に振り返った。と、そこには零ではなく、零のような格好に変装した守崎啓斗の姿があった。
「兄さん、お茶が」
「誰が兄さんだ。その無表情もやめろ!」
 なおも芝居を続けようとする啓斗に、草間が突っ込みを入れた。だが啓斗は無表情のまま、こう言い放った。
「ふ……油断したな草間。怪奇探偵たるもの、身内にも常に疑問の目を向けた方がいいぞ?」
「誰がそんな真似すると思うかっ」
 草間さん、ごもっとも。
「ついでに言っとくが、俺は怪奇探偵ではないし、それも昔の零だからな」
 草間が小声で啓斗だけに聞こえるように言った。
「ふむ、なら次回に活かそう……」
 そう言って啓斗は着替えに行く。またやるんですかい、啓斗さん。
 それと入れ替わりにやってきたのは真名神慶悟であった。何やら大きな紙袋を下げていた。
「重そうだな」
「今年は歳暮にもらった品がある。その中から見繕って持ってきた。飯代と思ってくれればいい」
 声をかけた草間に慶悟が答えた。
「ほう、たいしたもんだ。何を持ってきた?」
「なら机を借りるとしよう。しかし、年の瀬に鍋とは気が利くな。皆が無病息災で年を越せるようにとの配慮か……いや、違うかもしれないが」
 と言って、慶悟が紙袋から持ってきた品を出す。
「おい」
 が、並んだ品々を見て草間は思わず突っ込みを入れてしまった。
「何だこれは」
「見ての通りだが?」
 さらりと答える慶悟。机の上に並んでいるのは順番に、サラダ油にしらす干し、それから海苔のセットにお茶の詰合わせである。
「鍋にしらす干し入れるのか?」
 首を傾げる草間。まあ普通は入れません。
「何も無理して鍋に使うこともあるまい」
 慶悟が正論を吐く。と、台所からシュラインがひょっこり顔を出した。
「しらす干し? あるの、武彦さん?」
「ああ、こいつが持ってきたんだ」
 草間が慶悟を指差して言った。するとシュライン思案顔。
「……大根おろしに混ぜてみようかしら」
「使い道が決まったらしいな」
 慶悟はしらす干しを手に取ると、それを持ってシュラインの方へ向かった。

●記録へ(勝手に)挑戦【2】
「あの……こんにちは」
 続いてやってきたのは赤いリボンが目立つ女の子、中藤美猫であった。と、机の上にあったサラダ油を見てぱぁっと美猫の表情が輝いた。
「あ! 草間さん凄いです、美猫のこと分かっていたんですか?」
「は?」
 いきなりそんなこと言われても、草間には何が何やら分からない。すると美猫が持ってきた荷物の中から薄力粉を取り出して言った。
「みんなに今日、美猫の新作ホットケーキ試食してもらいたくて来たんです。あ、でも焼く時にはバター使うから、もしも足らない時はそれ使わせてください……いいですか、草間さん?」
 美猫がわくわくと期待に満ちた目を草間に向けている。草間としては、無言でそれに頷くしかなかった訳で。
「……デザートだな」
 台所に持参した食材を足取り軽く置きに行く美猫の後ろ姿を見ながら、ぼそりと草間がつぶやいた。
「この分なら鍋が始まる前に全部使い道が決まりそうだな、草間」
 ソファに腰掛け煙草をくわえていた慶悟が、草間に向かって言う。
「そう簡単にいかないだろ」
 苦笑する草間。そこにまた新たな訪問者がやってくる。
「まだそんなに人が居ない……か」
 入ってきて早々、藤井葛は室内を見回してつぶやいた。草間が出迎えの声をかける。
「よお。まだ準備中だ」
「らしいな。なら、ちょうどいい具合に来たのかな」
 そう言って葛は手にしていたスーパーの袋に目をやった。結構膨らんだ袋からねぎが飛び出ている。
「下準備するなら台所に行ってくれ。もう3人居て狭いけどな」
 草間が台所を指差して葛に言った。
「どれどれ……」
 実際に台所を覗きに行く葛。そして一言。
「……1人くらい大丈夫そうだ」
 あ、入っちゃった……葛さん。
「昔の話なんだが」
 不意に慶悟が草間に話しかけた。
「何だ」
「軽自動車の中に人間がどれほど乗ることが出来るかという挑戦があったな」
「思い出すなよ、そんなもん」
 互いに顔を見合わせて苦笑いする2人。さて、草間興信所の台所には何人入ることが出来るのだろう。
「どうも、こんにちは」
 少しして、重そうな紙袋を両手に下げた青年が1人入ってきた。
「鍋パーティと話を聞きまして、私もお呼ばれさせていただきたいと……構いませんか?」
「何が出てきてもいいんなら、別に構わないさ」
 ゆったりとした口振りの青年――加藤忍の問いかけに、草間がそのように答える。この言葉、脅しではなく本当にあることだから恐ろしい。
「そうですか、ありがとうございます!」
 礼を言う忍。
「いや、礼を言われるとあれなんだが……」
 複雑な気分になる草間であった。
「それにしても、寒い時期のお鍋は最高ですね。旬の素材もたくさんありますし。そして鍋に合うのはこれでしょう!」
 と言って忍が机の上に並べたのは、数種類の日本酒である。草間が思わず身を乗り出した。
「こりゃ驚いた。ほとんど有名な酒じゃないか!」
 その声に慶悟もソファを立ち上がり、2人の方へと近付いてきた。
「……凄いな。これなどはなかなか手に入らないと聞いているが?」
 慶悟が1つ手にし、たいしたものだという視線を忍に向けた。手にしていたのは、そもそもの生産数が少ないという酒であった。
「あ、いえいえ。下さった皆さん、気前のよい方でしたよ。お客の呼び込みに『持ってけ泥棒!』と言ってましたし。旬の海の幸もありますから、後で台所に」
「至れり尽せりだな。まさか盗ってきたんじゃないだろうな? はは、冗談冗談」
 笑いながら草間が言うと、すぐに忍も笑って答えた。
「あはは、いやいや」
 ……忍の目が笑ってなかったのは、たぶん気のせいである。
 と、草間たちが忍の持参した酒に喜んでいると、また新たに誰かやってきた。色の入った眼鏡をかけた黒髪の小柄な青年である。
「鍋を聞き付けまた1人か」
 苦笑する草間。青年――マリオン・バーガンディの開口一番は、その草間の言葉を裏付けるものであった。
「草間さん、毎年面白そうなお鍋に挑戦しているそうですね?」
 眼鏡を外しながらマリオンが尋ねてきた。
「挑戦……させられてる、だな。正確には」
 地味に訂正を入れる草間。
「じゃあ噂は本当だったんですね。私も参加させてもらってよろしいですか?」
「そりゃいいが」
 草間がマリオンに物好きだなという目を向けた。
「お鍋に入れてみたかった具があるのです」
「ほほう、何か持ってきたのか?」
 嬉しそうに言うマリオンに草間が尋ねた。
「それはどうかお楽しみに」
 にこっと微笑むマリオン。そして台所の方へ向かう。……いったい何を持ってきたんだろう。

●普通に扉から入りましょう【3】
「やぁ」
 赤髪の黒系統の衣服で上下固めた青年が1人、颯爽と事務所に入ってきた。手には重そうな紙袋と、発泡スチロールのアイスボックスを持って。
「よぉ。同居人は元気か」
 草間が青年――羽柴戒那に挨拶を返す。
「あぁ、元気だ。それはそうと、ここにあんな恒例行事があったとは初耳だった」
 戒那が言ってるのは、もちろん鍋のことだ。ちなみに、草間の中では当然ながら行事などではない。念のため。
「……草間くん」
 すっと草間に近付き、戒那が肩をぽむと叩く。
「何だよ」
「悟りを開いた方がある意味色々と耐えられるかもな」
 ふっと笑みを浮かべる戒那。反対に草間はむすっとなる。
「開いてたまるか、そんなもん」
「はは、1つのアドバイスと思ってくれればいい。そうだ、お歳暮に海の幸をいただいた。カニや海老、タラは1匹まんまだ。あぁ、日本酒もあるぞ。千歳鶴の吉翔だ」
 と言って戒那が机の上に置く。
「お歳暮か。お歳暮も色々だな」
 草間がちらっと慶悟を見た。慶悟は明後日の方を向いて素知らぬ顔。だがそのつぶやきを戒那は別の意味で捉えたらしく、草間にこう付け加えた。
「安心しろ、家にはまだあるから幸せをお裾分けだ」
「知ってるか、幸せって簡単にひっくり返るんだぞ。……特に鍋はな」
 最後草間がぼそっと言った言葉が、何とも痛々しい。今までの不幸を全て表現していたような気がした。
 そんな時である――突然草間の背後の窓が、がらっと開かれたのは。
「鍋〜♪」
 嬉し気な言葉とともに、開かれた窓から少年が1人飛び込んできた。
「北斗だな! いい加減、普通に入ってこい!」
 振り返ることなく草間が窓から入ってきた少年、守崎北斗を叱りつけた。
「いいじゃん、開いてたんだし」
 さらりと返す北斗。いや、そういう問題でなくて。
「……あれ?」
 と、北斗が何かに気付いた。
「何で俺だって分かった?」
 首を傾げる北斗。声を覚えられているにしても、草間がこちらの顔を見ず迷いなく名前を呼んだのが不思議である。けれど、種を明かせば簡単な話だ。
「消去法だ」
 草間が顎で指し示した方向に、着替えを終えて戻ってきた啓斗の姿があったのである。
「って兄貴、先にこっちに来てたのかよっ」
 兄・啓斗の姿を確認し、北斗はがくっと肩を落とす。が、すぐに立ち直りを見せる。
「ま、いいや。とりあえず鍋おめでとうー」
 パパーン! と、懐からクリスマス用のクラッカーを取り出し鳴らしたのである。
「何がめでたいんだ?」
 呆れ顔の草間。だが北斗は嬉しそうにこう言った。
「えっ? だってちょっとの材料持参で腹いっぱい飯が食えるんだから、まさに鍋さまさまだよなー♪」
「お前だけ特別に金取るぞ」
「えー」
 草間の一言に、分かりやすいほど不満げな顔と声になる北斗。正直者である。
「年末に鍋か……今年は鍋に始まり鍋に終わると……」
 啓斗が感慨深気に彼方を見つめながらやってきた。
「出来れば避けたかったがな」
 草間の本音だった。
「おや、そうだったんですか〜?」
 と、不意に玄関の方から女性の声が聞こえてきた。誰が来たのかと視線を向けると、そこにはゆっくりした雰囲気漂う眼鏡の女性が立っていた。
「こんにちは〜、『噂』を聞いてやって参りました〜」
 眼鏡の女性――鷲見条都由はおっとりとした口調でそう言うと、ぺこりと頭を下げた。『噂』がどんなものなのかは、あえて問うまい。
「あ、いや、こちらこそ……」
 頭を下げ返す草間。何だろう、のんびりした感じの人と接すると、微妙にペースが乱れるのは。
「じっくり〜楽しみましょう〜」
 にこと微笑む都由だったが、ふと思い出したようにこう言った。
「そうでした〜。外にもう1人居られましたよ〜?」
 どうやら都由、外で誰かと擦れ違った模様である。
「何やってるんだ? とっとと入ってくりゃいいだろうに」
 そう草間が言った時だ。扉が開き、ひょこっと小麦色した肌の女性が顔を出したのは。しかし女性は中を一目見て驚き、さっと顔を引っ込めた。
「……誰もいじめやせんよ。外は寒いだろ、入ってこいよ」
 草間が女性に向かって呼び込むが、一向に入ってこようとしない。やがて扉の隙間から、ちょいちょいと手――いや、前脚を出して人を呼んだ。
 訝しみながらも草間が向かおうとすると、女性は慌てて前脚で制止するような仕草を見せた。
「あの……どうか女性の方を……」
 申し訳なさそうな女性の声。仕方なく草間は零を呼んだ。
「おーい、零。ちょっと相手してやってくれ」
「あ、はい、分かりました」
 台所から出てきた零が、そのまま扉の方へ向かった。で、ひょいと外を覗き込む。
「あ、いい方だと思います」
 開口一番、笑顔で草間に言う零。外には困った表情のアンドロスフィンクス――ラクス・コスミオンの姿があった。

●わくわく鍋パーティ【4】
 総勢13人となり、今回の鍋パーティが始まる。普段であればテーブルを繋げてぐるりとそれを皆で囲む形となるのだが、今回はちと事情が違っていた。2つにテーブルが分けられたのである。
 草間、啓斗、北斗、慶悟、戒那、忍、マリオンの7人で1テーブル。零、シュライン、都由、美猫、葛、ラクスでもう1テーブルという組み合わせだ。
「厄介な話だな」
 草間がぼそりつぶやくと、ラクスがしゅんとうなだれた。そこにシュラインがフォローに入る。
「仕方ないじゃない。男性が苦手だって言うんだから。それでも来てくれたことを褒めてあげなきゃ、ね?」
「……ありがとうございます」
 シュラインの言葉に感謝するラクス。滞在している所の大家に『帰省する前に日本の食文化を体験してみない?』と言われて来てみたが、思い切って訪れてよかったのかもしれない。まあ……男性が居るけれども。
「分かってる分かってる。だからこうやって色々工夫したんだろ」
 草間がシュラインに反論した。ちなみにラクスは奥に広めに座らせて、さらに視界に男性の姿が入らないよう座り位置も工夫していたりする。
「海の幸がかなりあったから、豪華に海鮮味噌鍋にしてみた」
 と言ったのは、今回鍋準備の中心となった葛である。元々味噌鍋を作るつもりで材料を用意してきていたのだが、海の幸が集まってきたのでバージョンアップさせたのである。
「あ〜、この匂いがたまんねぇ! 早く食おう、食いたいなー」
 待ち切れないといった様子で北斗が言う。それを見て、くすっと美猫が笑った。
「落ち着け、北斗」
「ん? 俺は落ち着いてるぜ、兄貴」
 啓斗に窘められ、間髪入れず言い返す北斗。けどもその目は鍋から離れない。そんなに食べたいか、あなたは。
「お鍋だけで足らないなら、焼きおにぎりもあるわよ。お醤油、お味噌、ちりめん山椒の3種類。お好みでしらすおろしかけても美味しいかも」
 シュラインが皆に言う。各々のテーブルには焼きおにぎりの載った大皿が1つずつあった。
「じゃ、北斗に鍋ごと食べられる前に、そろそろ始めるか。乾杯!」
「「「「「乾杯!!」」」」」
 草間の音頭で乾杯を済ませる一同。真っ先に鍋に手を伸ばしたのは、もちろん北斗であった。
「葛きり、葛きり〜っと♪」
 嬉々として、椀の中に葛きりをよそう北斗。北斗曰く、これに出汁が染みて生卵を絡めて食べると美味しいそうで。そのお気に入り度合いは、徳用パックを持参してくるほどであった。
「変わった食べ方なんですね」
 美猫がラクスの鍋の食べ方を不思議そうに見ていた。
「な、何か違いました……か?」
 困惑するラクス。ちょうどふよふよと空中を浮いている万能串で丸々1匹の海老を突いて、口へと運ぼうとしている所であった。
「だって、海老はこう」
 美猫が海老を両手に持って、腹部にかぶりつこうとした。
「それもちょっと違うんじゃ?」
 2人のやり取りを見ていた葛が割って入った。
「普通はこうしてお箸を使って食べる」
 そして実演して見せる葛。ラクスが持参したタコを鍋から摘まみ上げ、自分の椀に入れた。
「……鍋は『つつく』ものだと聞いたのですが……」
 ラクスがきょとんとしていた。すると今度は都由が会話に加わった。
「それはですね〜、食べる様が突いているように見えているからですよ〜」
 その通り。繰り返し突くようにして食べるから『鍋をつつく』なんて言うのである。真上から鍋の様子をしばらく観察してみれば、それが納得出来るはずだ。
「そ、そうだったんですか」
 恥ずかしそうなラクス。都由がにこっと微笑んで、そんなラクスに言った。
「でも〜、そういう些細なことよりも〜、楽しんで食べることが大切だと思いますよ〜」
 ま、そういうことだ。ラクスも異国から来たのだし、知らなかったといって気にすることはない。覚えれば大丈夫なのだから。
 女性テーブルでこんなやり取りがされている最中、男性テーブルではまた別のやり取りが行われていた。
「やはり久保田の万寿はいいな……」
 グラスを傾けしみじみと酒を味わいながら、慶悟はつまみとばかりにハムへ手を伸ばした。
「おい」
 そこに草間の突っ込みが入った。
「さっき、万寿もハムも出してなかったろ」
「……出しそびれただけだ」
 訝しむ草間の視線を受けながらも、しれっと答える慶悟。それが本当かどうか、よく分からない。
「出しそびれついでといってはあれだが」
 と、慶悟が思い出したように言った。そして未使用のグラス2個に何やら酒を注いで、草間へと差し出した。
「酒……だな」
 匂いを嗅いで確かめる草間。若干癖があるような気がしなくもなかった。
「身体にいいから飲むといい」
 そうとだけ言って慶悟が草間に勧めた。とりあえず両方とも草間は飲んでみる……味も癖があった気がするが、悪くはないように思えた。
「どういう酒なんだ?」
「そうだな……一方はスタミナ剤か。リウマチにもいい。もう一方は血行を促進する効果がある」
「俺はまだ若い」
 リウマチと聞いて苦笑する草間。けれど、草間はこの酒の本当の恐ろしさを知らなかった。実は……慶悟がスタミナ剤と言った方は3種のコブラを漬け込んだ三蛇酒で、血行促進の方はキノボリトカゲを漬け込んだハアカイ酒であったのだ。知らぬが仏とはよく言ったものである。
 とまあ、慶悟や草間は酒先行のようだが、反対に鍋先行(というか、未成年なので酒は飲んではいけない)なのはやっぱり守崎兄弟だろう。もちろん先を突っ走っているのは北斗の方だけれども。
「葛きり入れてイカ入れて〜♪」
 ひょいひょいと鍋の具を椀に入れてゆく北斗を横目に、酒も鍋も並行して味わっている戒那がぼそっとつぶやいた。
「大人数での食事というものはとても興味深い」
「どうした、何かあったか?」
 戒那のつぶやきを耳にした草間が尋ねた。
「心理学見地からの言葉さ、草間くん。特にカニやすき焼き、焼肉のシチュエーションは各々の反応が違うからな」
 心理学者の戒那としては、こんな日常風景でも研究の対象となるのだろう。いや、日常風景だからこそ研究する甲斐があるのかもしれない。当たり前のように存在する風景がゆえに。
「ああ、カニ喰うと無口になるよな。焼肉だとそうでもないのに」
 言われてみればそうだと納得する草間。と、忍がしいたけに感嘆する声が聞こえてきた。
「これは美味しい。肉厚で歯ごたえもあって、中からじゅわっと味噌の味が……。やっぱり脇の食材もしっかりしてると、鍋が引き締まりますね。この名前知りませんが、緑の葉ものもいい具合で」
 どうやら忍、野菜やきのこが上手くはまったようである。
「これ誰が持ってきた食材だ?」
 草間が緑の葉ものを掬って、誰ともなく尋ねた。
「ラクスさんですよ。ガルギールっていうらしいです」
 答える零。草間や他の皆にとって初耳な野菜だが、それもそのはず原産はエジプトだったりする。それでも近年、日本でも栽培を行っている所が出て来ているそうだ。
「あくが出てませんね〜」
 何故か少し寂しそうに言ったのは都由である。実はガルギールにはあくとなるシュウ酸が含まれていないので、生でも食べられるのだ。
「サラダにしてもよさそうだな。うん、旨い」
 草間がガルギールを褒めると、ラクスが嬉しそうな顔を見せた。
「サラダといえば最近な」
 啓斗が不意に口を開いた。
「レタスをちょっと鍋の中につけて、ポン酢で食うのも美味しいと思ったんだ」
「どこで思うんだ、そんなの」
 不思議そうに草間が突っ込みを入れる。
「身体にはいいぞ。その俺が用意したしいたけも、カロリー低いんだし」
 当たり前のようにさらりと言う啓斗。肉厚のしいたけは啓斗が持参した物であった。
「ほう、そうなのか。どこで買ったんだ?」
 と言って、口に入れたしいたけを飲み込む草間。
「作ったんだ」
「あ?」
「ちょっと色々研究しててこれは副産物というか……」
「……大丈夫なんだろうな?」
「あ、心配ないぞ? このしいたけはまともだ。ちゃんとホームセンターで買った木から採れた物だから」
 啓斗がにっこりと微笑んだ。
「本当かよ」
 訝しむ草間。ま、変な味がしなかったから大丈夫なんだろう、たぶん。
「んー?」
 その時、口一杯に鍋の具を頬張った北斗が首を傾げた。
「んふっふほんふひふーひーんっふ?」
 すみません、何言ってるか分かりません、北斗さん。
「イカってこんなにジューシーだっけ」
 おいおい、今の訳したよ、啓斗さん。
「……イカは熱を通すと固くなるはずだが?」
 妙なことを言うなとばかり、慶悟が北斗に視線を向けた。確かにその通り。この場合、ジューシーという言葉はちと違うような気がする。と――。
「……うわ……」
 忍が突然頭を抱えた。戒那がすぐに尋ねる。
「どうしたんだ?」
「イカだと思ったら、何か違う……何です、これ」
「どれどれ」
 草間が鍋の中のイカに手を伸ばし、食べてみた。
「……ああ……ジューシーさが……」
 たちまち草間は眉をひそめた。続いて戒那や啓斗、慶悟なども食べてみるが、3人とも首を捻る。
「イカだ」
「イカだろ」
「イカだな」
 3人は別に何ともないらしい。
「あっ、当たりですか?」
 すると、それまで黙々と鍋をつついていたマリオンが、ぱっと表情を輝かせて口を開いた。
「お前何入れた!」
 すぐさま草間がマリオンを問い詰めた。
「あ、はい。一昔前に流行ってたナタデココっていうんですか? あの食感が面白くて、入れてみたんです」
 嬉しそうに答えるマリオン。驚いたのは慶悟である。鍋の席についてから神将の見張りを立てていたが、そこに異常は感知しなかったのだ。いつ、どうやって入れたのか?
「……まさか下準備の時か」
 唯一の可能性が頭に浮かび、慶悟がマリオンに尋ねた。
「ええ、イカを入れる時に一緒に。見た感じ似ていると思いませんか?」
「えっ!」
 今度驚いたのは葛であった。妙な物が入り込まないよう注意を払っていたのだが……まさかこういう手でくるとは!
「あら〜、何だかゼラチン状で〜……甘いですね〜」
 そこに、のんびりとした都由の声が聞こえてきた。どことなく嬉しそうなのは気のせいか?
 するとまた、マリオンの表情が輝く。
「それは外れのゼリーです」
 ゼリーも入れたのかっ!
「……ちょっと」
 葛がちょいちょいと指を動かしマリオンを呼んだ。
「はい?」
 何だろうと思いマリオンが葛のそばへ行くと――。
 スパーンッ!!
 葛がどこからともなく取り出したハリセンが、マリオンの頭を直撃したのであった。
「食べ物を粗末にしてどうする!」
「で、でも……闇鍋じゃあ……」
「闇鍋じゃないっ!!」
 草間がマリオンに強く突っ込みを入れた。
「……お味噌……ナタデココ……うふふ……」
 そんな中、美猫が何やら閃きを見せていた……。

●シュラインの変【5】
 ナタデココとゼリーは取り除き、鍋再開。まあ全体の味を壊すような物でなかったのが幸いしたか、それ以降は普通に鍋が進んでゆく。
 だがただ1人、シュラインだけがしきりに台所へ出たり入ったりを繰り返していた。飲み物を取りに行っているのかと思ったが、その本当の理由はこの後分かることとなる。
 やがて鍋が空いた頃、2つの意見が出ていた。
「雑炊です〜」
「味噌だし、雑煮にしようぜ」
 雑炊を推す都由と、雑煮を推す北斗。これは甲乙つけ難い。ここにうどんが加わったら三つ巴になるが、うどんを用意していた葛は雑炊に譲っていたのでそうはならなかった。
「雑炊は最後必須なんです〜」
 そう言って都由が酒を飲む。と、突然都由がその場に崩れた。すわ何事かと思ったが、たちまち都由から寝息が聞こえてきていた。
「ずいぶん飲んでましたよね?」
 零が葛やラクスたちに確認する。零が見ている限り、一升瓶で2本以上は確実に飲んでいた気が。もしかすると、そろそろ3本に届いていたのかもしれない。
「よし、不戦勝! 雑煮に決定〜♪」
 喜ぶ北斗。都由が眠ったことにより雑煮に決定したかと思ったが、そこにシュラインが台所から戻ってきた。両手で鍋を抱えて。
「デザートに用意してみたんだけど……どうかしら?」
「待ていっ!! 何だそれはっ、それは何なんだっ!!」
 その鍋を一目見て、草間が激しい突っ込みをシュラインに入れた。
「何って、デザート鍋よ?」
 平然と答えるシュライン。血迷ったか、シュライン・エマ!
「冷蔵庫にあったりんごとか、バナナとか、彼女が持ってきてくれたオレンジとかをシロップで煮詰めてみたの」
 シュラインが普通に説明する最中、美猫がすくっと立ち上がって台所の方へ向かった。が、シュラインに注目が集まってるゆえに、誰もそれは気にしなかった。
「どうやって食えというんだ」
「いちごジャムとかブルーベリージャム、それに結構好評だった手作りのさつまいもジャム、マーマレードに餡子……各自お好みのソースで、ね」
 訝しむ草間にシュラインが説明する。こうやって1つ1つ話を聞いてゆくと、こういうのもありなのかという気がしてくるから不思議だ。しかし何やら指折り数えていた零が、確認するようにシュラインに尋ねた。
「シュラインさん。それって、確か冷蔵庫にあっ……」
「さあさあ、零ちゃん食べてみて!」
 零の言葉を遮ってシュラインが言った。ひょっとして、冷蔵庫の食材整理兼ねてますか?
 ともあれコンロを1つ空けて、デザート鍋を試してみる面々。結論としては悪くないのかもしれないが、温かい果物は馴染むまで少し時間が必要そうだという意見が優勢であった。
「これにこそナタデココかもしれません」
 そうつぶやいたのは忍だったろうか。
 このようにしてデザート鍋を試していると、今度は美猫が台所からホットケーキを載せた皿を持って戻ってきた。
「デザートですっ」
 そこにあったのは4種のホットケーキ。1つは白と黒のマーブル状、2つ目は赤みがかった生地で下にベーコンが敷かれている。3つ目はプレーンなホットケーキらしく、4つ目は何やら具がミックスされていた。
「……食べてほしいんだよな?」
 草間が確認すると、美猫はこくんと頷いてじーっと草間を見つめた。
「皆、食べるぞ」
 期待に満ちた目を向けられると、お腹が膨れていても食べなきゃ申し訳なくなってしまう。草間たちは4種のホットケーキを分けて食べることにした。
「コーヒーの味がします」
「……トマトの風味か。デザートというよりはおかずに近いな」
「味噌……?」
「わ、ナタデココだ!」
 様々な感想が飛び出してくる。順番に説明すると、1つ目はクリームチーズとコーヒーのマーブルホットケーキ。2つ目は牛乳の代わりにトマトジュースを使い、生地にメルティングチーズを混ぜ込んで、ベーコンを敷いて焼いたホットケーキ。3つ目は味噌を混ぜてみたホットケーキ。そして4つ目はナタデココを混ぜてみたホットケーキである。
「お鍋のおかげで、新しいホットケーキが出来ました」
 にこにこ笑顔の美猫。最近色々な味のホットケーキ開発に勤しんでいる美猫としては、今日はとても有意義な1日であった。
(……今日の様子を何かに応用出来ないだろうか)
 有意義な1日だったのはまだ居る。戒那もそうだ。心理学者として、今日のこの場はいいサンプルケースとなったかもしれない。
「何か悪いよなー、こんなにたっぷり食わせてもらうなんてさー♪」
 もう1人有意義だったのは北斗である。食べること、すなわち幸せであるのだから。
「あの、すみません」
 と、ラクスが小声で零に尋ねた。
「どうしました?」
「どうしても分からなかったことがあるので、教えていただけたらと……」
「いいですよ、分かることでしたら」
「その……『鍋奉行』とは何のことだったのでしょう。最後まで『鍋』を体験させていただきましたが、結局まだそれが分からなくて……」
 さて、困った。ラクスのこの質問、どう説明すると分かりやすいのだろうか。
「それはですね、お鍋の場を仕切る人のことを言うんです。例えると……」
 零はきょろきょろと周囲を見回してから、すっとシュラインを指差した。
「今日だとシュラインさんかもしれません」
「なるほど、役職なんですね?」
 違いますから、ラクスさん――。

【鍋をしよう9 ―2005年が終わる前に― 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0121 / 羽柴・戒那(はしば・かいな)
             / 男? / 20前後? / 大学助教授 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 1312 / 藤井・葛(ふじい・かずら)
                    / 女 / 22 / 学生 】
【 1963 / ラクス・コスミオン(らくす・こすみおん)
               / 女 / 妙齢? / スフィンクス 】
【 2449 / 中藤・美猫(なかふじ・みねこ)
                 / 女 / 7 / 小学生・半妖 】
【 3107 / 鷲見条・都由(すみじょう・つゆ)
              / 女 / 32 / 購買のおばちゃん 】
【 4164 / マリオン・バーガンディ(まりおん・ばーがんでぃ)
  / 男 / 18前後? / 元キュレーター・研究者・研究所所長 】
【 5745 / 加藤・忍(かとう・しのぶ)
                    / 男 / 25 / 泥棒 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全5場面で構成されています。今回は皆さん同一の文章となっております。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここに2005年の締めとなる鍋パーティの模様を、ようやくお届けいたします。
・今回は成功の部類……なんでしょうかねえ、たぶん。味が壊れて食べられないということもなかったですし。それにしても鍋シリーズ、書いているとお腹が空いてきてたまりません。書いている高原が言うのもあれですが、困ったものです。
・次でとうとう鍋シリーズも10回目。何かリクエストがある方は、ファンレターなどでお知らせくださると嬉しいです。予定としては……春? あるいは夏?
・シュライン・エマさん、100度目のご参加ありがとうございます。通常依頼だけでとうとう3桁ですよ、多謝。そうそうデザート鍋ですが、チョコレート仕立てとかにするとまた違ってくるのでしょうね。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。