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<東京怪談ノベル(シングル)>


マヨネーズとあたし

 少し強めの風が吹く。そんな冬のある日。海原・みなもは近所の御用達スーパーマーケットへと向かっていた。
 そして心に小さな決心を持って、みなもは御用達スーパーマーケットの前に立った。
 立ち止まって呼吸をひとつ。
「マヨネーズ、買います」
 自分に言い聞かせ、がーっと音を立てて開く自動ドアを潜り抜け、まっすぐ、他の商品には眼を向けずに調味料売り場へ。サイズ、メーカーなど様々なマヨネーズの並ぶ棚の前に立ち、真剣な表情を彼女は浮かべる。
 事の起こりは、先日。マヨネーズが髪の手入れにいい、と聞きちょっと戸惑いもしたがせっかく教えてもらったんだから、と実行することを散々迷った末に決意。けれども海原家ではマヨネーズはあまり使わないもので、購入するに至ったのだった。
 みなもはまじまじと値札を最初にみる。
「特売じゃないから……底値に比べると80円も高っ! お徳用サイズの方がいいかなぁ……」
 何種類かあるマヨネーズを一つずつ手にとり商品を確認。値段も基準になるがやはりどう違うのかがちょっと気になる。今までマヨネーズをこんなに真剣に吟味したことはもちろんない。傍からみれば、ちょっと何をしているのか不思議に思われるかもしれない。それほど、真剣。
「これにしましょう」
 みなもは熟考の末、ひとつマヨネーズを選んで手に取る。一般的なお徳用マヨネーズ、値段は198円だ。
 しっかりとそれを持ってレジへ。会計時にはスタンプカードを使って割引購入する。それはしっかり忘れない。
 財布からお釣りなしで小銭をじゃらりと出し、それと交換するようにお店のマーク入り袋に入ったマヨネーズを受け取りスーパーマーケットを出た。
 来る途中でも吹いていた風は少し緩くなっている中、帰途に着く。
 どきどきの実行は今晩、自宅の風呂場にて。
 少し夜が待ち遠しいような、ちょっと怖いような。
 そんな気持ちをみなもは抱えていた。



 そしてその夜、純和風の風呂桶タイプの我が家の風呂場。
 目の前には左からマヨネーズ、いつもの愛用シャンプー、洗面器、一応念のためにトリートメントも準備。
 きりりと表情を引き締めて、みなもはいた。戦闘態勢はばっちり、という雰囲気だ。
「ベルマークも確保済み。マヨネーズさんよろしくおねがいします」
 マヨネーズを手にとってぺり、と包んでいた袋をあける。そのごみとなった袋はくしゃくしゃにせずとりあえず自分の傍へ。ドキドキしながらマヨネーズの蓋をくるくるまわして、そしてそこに張ってある銀紙もはがす。一度蓋をしてマヨネーズを目の前に置き、先ほどはがした銀紙をマヨネーズを包んでいた袋に入れてきちんと畳み隅の方へ。あとで捨てやすくするためだ。
「で、では……!」
 洗面器でお湯を汲み取り、髪にざーっと軽く流しかける。その長い髪に水分を含ませて、いよいよマヨネーズの登場。
 蓋を開けて、そのままにゅるにゅると、ぺしゃりと髪へと出していく。
「ど、どれくらいすればいいのかな……えーい、塗り込めばいいのよね。きっとこれぐらいで大丈夫」
 瞳をしっかりと閉じているので今現在がどんな状況かよくわからない。でも、身体にきっと垂れてきたんだろう、マヨネーズの冷たい感触がして十分に量は足りていると感じる。最初よりも軽くなったマヨネーズを置いて、わしゃわしゃと髪に塗りこみ染み込ませる作業を開始。
「マヨネーズの匂いと感触……なんだかサラダになった気分」
 みなもは苦笑しながら呟く。確かに風呂場にはマヨネーズの匂いがする。
 染み込ませる作業も終え、この状態でしばらく待機。すこし寒い感じもする。湯船につかりたいけれども髪はマヨネーズ染み込み中。湯に浸かってマヨネーズが落ちるのも嫌だし、ましてそれが湯船に浮くのも嫌だ。
「……もういいかな」
 少しだけ瞼を開いてシャンプーの姿を捉えてそのポンプを押す。いつもより少し大目に手にとって、いつもよりちょっと入念にシャンプーをする。マヨネーズの匂いが残るのだけは避けたい。
 手探りで洗面器をつかみ、湯を汲み取ってざばーっと数度頭から湯を流す。シャンプーが落ちる感じがし、流れる湯で少し身体が温まる。
「うん、大丈夫そう。あ、ちょっと手触りがつるつるしていい感じがする」
 髪をすすいで、その手触りがいつもより少しいい感じがする。トリートメントはしなくて大丈夫そうで、本当に効いているみたいだった。
「すごーい! でも……うーん……もうしないかな……」
 みなもはつやつやする滑らかな髪の手触りに感激しつつも、風呂場の惨状を見て苦笑する。
 使ったマヨネーズが、髪から流れ落ちたと思われるマヨネーズが、風呂場の床にちょこちょこと鎮座。
 みなもはその惨状から視線をはずして一つ溜息。
 と、全ての工程を終えて気が抜けたのか突然、さらに身体が冷えてきている感覚に襲われてたまらなくなり湯船へ急いで入る。温かい湯がじわじわと身体に染み入ってくるようだ。
「お掃除ちょっと大変そう」
 湯船の縁に肘をつき散らばるマヨネーズをみつめながら、みなもは呟く。
 表情はちょっと困ったような、でもちょっと楽しかったかな、というような雰囲気。 でも今は、まだ少し冷えた感じのする身体を温めるのが優先だ。
 この片付けは、もう少し後で。


<END>