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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


だぶるしょっく。 −Outrageous Christmas.


 其れは、クリスマスイヴの朝だった。

「……御免なさい、矢張り少し残しますね……。」
 そう云って、申し訳なさそうにノアールが箸を置く。
 少し、と云うには多い……否寧ろ殆ど残している朝食を見て山本・丈治は心配そうに告げた。
「其れは良いんだが……、今日は病院に行って来いよ、」
 ノアールの調子が悪いのは何も今日に限った事では無く、此処数日続いている事だった。
 ――時々酷い倦怠感が身体を襲い、何かモノを食べても戻して仕舞う。
 同棲三年目にして、此処迄体調を崩したノアールを見るのは初めてなので丈治は内心心配で堪らないのだが。
「そんなに心配しないで下さい。御医者さんに見て貰えば屹度直ぐ良くなりますから。」
 と、心配掛けまいと微笑むノアールの手前、余り顔に出す訳にも行かない。
「おう。ちゃんと医者の云う事聞けな。」
 ――薬を貰ったら飲んで、大人しくしてろよ。
 丸で子供に云い聞かせる様な言葉だが、斯うでも云って置かないと此の主婦の鑑とも云える彼女は多少無理をしてでも家事をして仕舞うのだ。
 若し其れが原因で悪化して仕舞ったら幾ら病院に行った処で意味が無い。
「はい。」
 ノアールは丈治の言葉に素直に頷くと、食べ終わった丈治に食後の御茶を注ぎ足した。
「ん。良い返事だ。」
 丈治は其の御茶を一気に呷ると立ち上がる。
「じゃぁ、俺はそろそろ出掛けるぞ。」
「はい、行ってらっしゃいませ。頑張ってきて下さいね。」
「おう。」
 ノアールの笑顔に見送られて、何時も通り、丈治は試合会場へと向かった。


     * * *


 クリスマスイブに開かれた今興行のメインイベントは団体所属及び招待選手全員によるバトルロイヤル。
 なのだ、が、何故だか他の選手が異様に殺気立っている。
 始めは丈治も、皆気合いが入ってるなとしか思わなかったのだが、リングに上がると其の矛先は如何も自分に向いているらしいと気附いた。
 ――な、何だ。俺が何かしたのか……っ。
 微妙な焦りを感じつつ、試合開始のゴングが響く。
『おおーっと、此は如何した事か、半数以上の選手がジ・イリミネイターに殺到だーッ、』
 威勢の良い実況の声と、予想外の出来事に観客が沸く。
 然し丈治にしてみれば、多勢に無勢、最早集団リンチに近い中如何仕様も無い。
『如何したんでしょうね。以前負けた選手達の仕返しと云った処でしょうか。』
『何にせよ、此の状態では手も足も出ないかジ・イリミネイターッ、』
 言葉通り、踏んだり蹴ったりな状態の丈治は実況解説に心の中で反論した。
 ――否、仕返しとかそんな生温いモンじゃないだろう此はッ。
 其れでも何とか体勢を立て直し、選手の一人を捕まえて問い詰める。
「何なんだ此はッ、」
 其の一言で、一瞬周囲の温度が下がった。
 と思ったら、次の瞬間には他の選手の背後に赤黒い炎が燃え上がる。
「な、」
 何だ、と云い終わらない内に丈治は背後から羽交い締めにされた。
「御前……。」
「女日照りの俺等を差し置いて、あんな美人で気立ても良くてボインバインな恋人作りやがってッ、」
「……ッ、」
 泣き乍のドロップキックを見事に鳩尾に喰らって、そして其の科白に丈治の動きが止まった。
『おぉ、ドロップキックが綺麗に入ったーッ、』
『……然し他の選手が皆泣いているのは何なんでしょうねぇ。』
 リング上の会話が殆ど聞こえていない実況席では、其の空間が異様な雰囲気を醸し出している事だけは感じ取っていた。
「おま……っ、何で其れ知って、」
 羽交い締めにしていた選手にエルボゥを見舞わせ、自由に為ったと思った処に横から足払いを喰らって亦倒される。
「隠してる積もりだったんだろうが、とっくの昔にばれてんだよコノヤローッ、」
 そしてリング上は亦集団リンチの体相を示す。

 ……ジ・イリミネイターの華麗なる復活劇は、今夜、見る事は叶わなかった。


     * * *


 見事にボロボロに為って家路に就いた丈治は笑顔のノアールに出迎えられた。
「ただいま……、」
「御帰りなさいませ……って、大丈夫ですか丈治さんっ。」
 何時に無く傷だらけの丈治を見ておろおろと薬箱でも持ち出しそうなノアールに、苦笑し乍大丈夫だ、と云って部屋に入る。
 卓袱台には、大事無かったのかノアール御手製の豪華な夕食が並べられていた。
 クリスマスだから豪勢、と云うのは解らなくも無いのだが、少し度が過ぎている様な気もする。……と云うか、クリスマスに赤飯と云うのは如何なモノか。
 そんな事を考えつつ、まぁ良いかと丈治は席に着いた。
 何処か照れ臭そうにもじもじしているノアールも向かいに坐る。
「じゃぁ、戴きます。」
「はい、どうぞ。」
 相変わらず美味い食事に舌鼓を打ってから、思い出した様に丈治は問うた。
「そう云えば病院行ったんだよな。如何だったんだ、」
 其の言葉に、ノアールは頬を赤らめて少し俯いた。
「『御目出度う御座います。』と云われました。」
「……は、」
 ――病気で御目出度うなんて……。
 丈治は最初其の意味が解らなくて首を傾げた。
 が、暫く考える内に、表情に驚愕が浮かぶ。
「真逆……、」
 そして、手に持っていた茶碗の赤飯を一瞥した。
「赤ちゃん……出来ました。」
 其の金眼にうっすらと涙を浮かべ、ノアールがにっこりと微笑む。
「……っ、そ、そう、か……。」
 嬉しい、嬉しいのだが其の反面、何だかショックを受けた丈治は何とか其れだけ答えて固まって仕舞った。
 そんな丈治の様子には気附かず、ノアールは仔犬の様に丈治に擦り寄り倖せを噛み締めていた。

 ――倖せだが、余りに突然の出来事に開いた口が塞がらない聖夜の夜は更けて行った。