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天国からの贈り物 −サンタクロースの袋−
「プレゼント、ね」
草間は少々拍子抜けした表情で言った。「別にいいんじゃないですか? プレゼントをもらえるなんていいことじゃないですか」
しかし、依頼人である赤沢大輔という男子大学生は首を横に振る。
「なんか不気味なんです。毎年、プレゼントはこれに入ってるんですけど・・・・・・お母さんが使ってた袋なんです」
大輔はそう言って紙袋の中から布袋を取り出した。シーツを縫って作った袋らしい。いっぱいに物を詰めれば大人がようやく抱えられるくらいの大きさになるだろうか。口の部分には赤と緑のポンポンがついたリボンが巻かれていて、サンタクロースがかついでいる袋という風情もなくはない。
「こういう袋ならどこにでもあるんじゃないですか」
草間は袋を拝借して調べながら言った。材質も変わった物ではないし、リボンだってどこにでも売っている物に見受けられる。シーツとミシン、それにリボンがあれば誰にでも同じ物が作れそうだ。
「違います」
大輔はかぶりを振った。「このシーツ、かなり黄ばんでるでしょう? 結構古い物です」
俺が子供の頃から使っている袋に違いないと大輔は主張する。
大輔が言うには、この袋は大輔が子供の頃に母の郁代が作った物だという。大輔へのクリスマスプレゼントを入れるために毎年使っていたのだと。12月25日の朝に起きると、枕元に必ずこの袋に入ったプレゼントが置かれていたと。
その習慣は三年前まで毎年欠かさず続き、郁代はおととしの夏に亡くなった。しかし、おととし、そして去年のクリスマスにもこの袋に入ったプレゼントが大輔の所に届いたのだ。
「去年もおととしも宅急便で届いたんですけど」
大輔はやや気味が悪そうに言う。「差出人は母さんの名前と住所で・・・・・・配達票の筆跡も母さんにそっくりで。死んだはずの母さんが俺にプレゼントを贈ってくれてるんじゃないかって思うんです」
なるほど、と草間は目を細めて紫煙を吐き出す。
「しかし――」
それから、草間は組んだ脚をほどいた。「筆跡をまねることも、差出人欄で偽名をかたることもそれほど難しくありません。恐らく誰かの悪戯でしょう。よかったらうちで調べてみますが、どうしますか」
赤沢大輔は二十一歳、都内の大学の四年生。現在は一人暮らしで、家族は母・郁代に姉・茜、父・幸太郎。ただし郁代は三年前の夏に病死し、姉の茜も今年の夏に交通事故で死亡。現在は実家で父が一人で暮らしている。
「・・・・・・お姉さんがプレゼントを送っているんじゃ?」
依頼人のプロフィールや家族構成にざっと目を通したシュライン・エマがまず思ったのはそれだった。
「ま、普通に考えればそうだろう。お父さんかも知れないが」
興信所のデスクに座った草間は浅く肯いて答える。「プレゼントは例の袋に入って12月24日の夜に宅急便で届いたらしい。ごく普通の宅急便だというし、家族や親類、あるいは友人が送っていると考えるのが妥当だ。とにかく人間の仕業であることは間違いない。幽霊や化け物は宅急便なんか使わないからな」
朝起きたら枕元に袋が置いてあったとでもいえばまた別の展開になるんだろうが、と草間は付け加えた。
「でしょうね。人間の仕業なら話が早いわ。配達業者に問い合わせてみましょ。意外と簡単に分かるかも知れない」
「少々お待ちを」
腕を組み、目を閉じてじっと黙っていた加藤・忍(かとう・しのぶ)が静かな声でシュラインを制した。
「ある作家の親友が病の床に長くついていた。ある日見舞いに行と、親友は明るい顔で“良い計画を立てた”と言う。作家は親友が生きる希望を持ったのかと喜ぶが、親友は死期を悟っており、作家が結婚してその子どもが5歳になったときに絵本が届くように自分の両親に遺言していた――という話がありますが、この件もそれと同じようなものでは?」
忍の目が静かに開かれる。「父上か親しい方が母上の愛を今でも届けてくださっているのではないでしょうかねえ」
「もちろんその可能性もあるでしょうね。先走るのはまずいけれど、どのみち家族や親しい人間が関係していると見て・・・・・・」
「いえ。私が申し上げたいのはそういうことではなく――」
忍はやや眉を寄せ、穏やかな声で言葉を継ぐ。
「依頼人の身に悪いことが起こっているわけでもなし。下手に送り主を探すよりも、母上や母上の代わりにプレゼントを送っている方の想いを大切にしたほうがよろしいかと。依頼人にとってもそのほうが・・・・・・」
「そうだな」
草間も複雑な表情を浮かべる。確かに、現実を暴いては興ざめしてしまうかも知れない。母親が天国から今でも自分を見守ってくれている、そう思っていたほうが双方にとっても幸せなのではないかという忍の言葉にも一理あった。
しかしシュラインは静かに首を横に振る。
「確かに依頼人に起こっているのは悪い事ではないけれど、思い出の一環に関わる事なら気持ちよくプレゼントを受け取れるようにしてあげられたらと思うの。だけど加藤さんの言うことももっともだから、まずは調べてみて、結果を依頼人に伝えるかどうかは改めて考ればいいんじゃないかしら」
「そうですねえ。私の話はあくまで推論、まだそうと決まったわけでもありませんし」
真実を把握してから判断しても遅くはないか、と忍が肯いた時、濁ったブザーの音がけたたましく来客を告げた。
顔を見せたのは依頼人である赤沢大輔だった。今時の若者にしては地味なほうだろう。特に手を加えない黒髪に太いままの眉。着ているものも質素だ。安物の上着の小脇に抱えているのは件の袋であった。
「お忙しいところすみません」
シュラインが立ち上がって大輔を中に招き入れる。零が手際よく紅茶を淹れて運んで来た。大輔は大学へ行く前に立ち寄ったという。
「これがプレゼントが入っていたという袋ですか」
忍は大輔の許可を得て袋を広げた。ミシンを使ってシーツを縫い合わせて作ったと見える。相当黄ばんでいて、大輔が言った通り年季を感じさせた。クリスマスらしく口の部分には赤と緑の長いリボンが巻かれていて、その先端には可愛らしい毛のポンポンがついている。しかしシーツの材質にしろリボンにしろ珍しいものではない。
「サンタの袋みたいでしょ」
大輔は紅茶にミルクを垂らしながら苦笑する。「母さん、昔から“サンタさんはいるんだよ”って言ってて。俺や姉ちゃんが中学生になっても高校生になっても、毎年“サンタさんのプレゼントは何がいい?”って聞いてたんですよ。姉ちゃんが社会人になっても相変わらず同じこと言ってて」
「夢があっていいですね」
零がお盆を抱いたまま微笑む。
「そうですね、夢を現実と思ってる間は・・・・・・。俺が小学校三年生の時でしたかね。毎年、プレゼントは何がいいかってサンタさんに手紙を書いてたんですけど、その年は手紙を出さなかったんです。学校の友達が“サンタさんなんかいないよ、親がこっそりプレゼントを置いてるんだよ”って言うから。俺は“絶対いる”って言ったんです。“毎年、25日の朝に起きると俺が望んだ通りのプレゼントが置いてあるんだから”って」
シュラインはふと微笑んだ。子供に夢を持たせたいと思う親は必死にサンタクロースを演じるが、きょうびの子供はドライだ。“サンタクロースなどいない”ということくらい知っている。たとえサンタクロースの存在を信じていたとしても、友達から聞かされてサンタの正体を知ることになる。さらに、いないことを知っていながら親に調子を合わせてサンタを信じているふりをする子までいるほどだ。
「そしたら友達は“じゃあクリスマスに何が欲しいか絶対に親に言わないで過ごしてみろ、もしサンタさんがいるなら親に言わなくたっておまえの欲しいものを届けてくれるはずだろ”って」
「なるほど。それで、その年はクリスマスプレゼントをねだらずに?」
「はい。母さんは何度も“サンタさんに何をお願いするの”って聞いてきたけど、結局言いませんでした。もちろんセンタさんに手紙も書かなかった。その年は自転車が欲しかったんですけど、もらったのはゲームソフトでしたね。サンタさんはいないんだって知りました」
大輔は肩をすくめつつもちょっぴり寂しそうに笑う。
「母さんにも言ったんですよ、サンタさんなんかやっぱりいないんだねって。そしたら次の年、この袋に入ったプレゼントが枕元に置いてあったんです。もちろん姉ちゃんの所にも。母さんは得意そうでしたね。“ほらね、サンタさんの袋だよ。サンタさんはやっぱりいるでしょ”なんて・・・・・・。でもこんな袋は誰にだって作れるし、俺が使ってたお古のシーツで作ったんだなって分かったから、サンタさんなんかいないって俺は言い張りました。姉ちゃんのほうは母さんに付き合って“今年はサンタさんは何くれるの”なんて言ってましたけど」
「お茶目なお母さんだったんですねえ」
忍が目を細めて微笑む。大輔も小さく笑った。
「母さんが毎年この袋を持ち出すんで、俺もそのうちサンタさんの名前を出すようになってました。母さんの演出に付き合ってやろうかなって。生意気かも知れませんけどね。中学生になっても高校生になっても、母さんは“今年はサンタさんに何をお願いするの?”って・・・・・・俺も“サンタさんに伝えといてね”なんて・・・・・・親子でそんなこと言い合って」
大輔はそこで言葉を切り、目を伏せる。シュラインは静かに視線を逸らした。語尾が震えていたことに気付かぬシュラインではない。忍が黙ってハンカチを差し出した。
「いくつか確認したいことがあるのですが」
大輔の肩の震えがおさまるのを待ってシュラインは口を開いた。大輔は肯き、小さく鼻をすすり上げてから濡れた顔を上げる。
「去年とおととしにお母様のお名前でプレゼントが届いたとのことですが、中身はどうだったんでしょう? 赤沢さんが欲しいものでしたか?」
「いいえ、特に欲しいと思ったわけじゃなかったです。去年は手袋で、おととしはマフラーでした。どっちもお店で買った普通の物っぽかったですけど」
「プレゼントに何が欲しいか、ご家族やお友達に漏らしたことは?」
「ないです。この歳になると特に欲しい物も・・・・・・商品券とか現金ならいくらでももらいますけど」
二十一歳の大輔の達観した言い方にシュラインは小さく苦笑する。
「それじゃあ、とにかく調べてみましょうか。まずは配達業者ですかねえ」
忍がシュラインと視線を合わせて腰を上げる。
「ええ。赤沢さん、お父様にもお話を伺ってよろしいでしょうか? お父様の連絡先などは・・・・・・」
大輔は肯き、実家と父の仕事場の住所・電話番号などを手早くメモしてシュラインに渡した。
配達業者への問い合わせは忍に任せて、シュラインは大輔の父・幸太郎の会社に連絡して昼休みに会う約束を取り付けた。
幸太郎が勤めるのは中堅の半導体会社だった。オフィスの近くのカフェを待ち合わせ場所に指定し、シュラインは先に軽めの昼食をとる。窓の外では分厚いコートにマフラー、手袋で完全武装した人々が首をすぼめて足早に行き交う。目を上げると空は低く、白い。ホワイトクリスマスになるかも知れない。
約束の時間の五分前になって幸太郎が現れた。地味なコートに包んだ小柄な体、白いものが混じる頭。五十過ぎだろうか。眼鏡の上の太い眉が大輔によく似ていた。
一通りの挨拶と名刺を交換した後でシュラインは早速用件を切り出した。
「ご子息・・・・・・大輔さんのところに、亡くなった郁代さんのお名前でクリスマスプレゼントが届いているお話はご存じでしょうか?」
「ええ。大輔から聞いています」
幸太郎はコーヒーをすすりながら少しだけ眉を寄せた。「こう申し上げては何ですが・・・・・・嫌がらせをされているわけでもなし、興信所に調査をお願いするとは大輔も少々大袈裟ですね」
「いえ、大輔さんのお気持ちは分からないでもありません。正体が分からない相手からの贈り物ではいささか不気味でしょうから」
シュラインはさり気なく幸太郎を観察する。さり気なくカップで隠された彼の口元がかすかに動くのをシュラインは見逃さなかった。
「不思議なお話ですよね」
かちゃ、とわずかな音を立ててシュラインはカップを持ち上げる。「もしお父様も気になるのであれば、私たちと一緒に送り主を探しませんか」
「いえ、私は別に」
と言って幸太郎は口ごもる。シュラインは気付かぬふりをして質問を続けた。
「プレゼントはサンタクロースの袋に入っていたそうです。郁代さんが作ったものだと大輔さんはおっしゃっていますが・・・・・・袋は大輔さんが使っていたシーツでできているそうですね。シーツはご自宅に置いてあったものですか? また、シーツを管理していらした方は」
「あの袋は郁代が大輔と茜のお古のシーツを縫って作った物です。シーツは押入れの奥に置いてあったと思いますね。管理してたのは郁代で・・・・・・郁代が死んでからは茜が」
茜も死んでしまったわけですが、と幸太郎は小さく笑った。
「それでは、現在は事実上お父様の管理下にあることに?」
「はい。ああ・・・・・・私は裁縫なんてできませんよ。シーツで袋を作るなんてとてもとても」
幸太郎は苦笑いを浮かべる。「それに、そう気味悪がる必要もありません。どうせ今年はサンタのプレゼントは届かないんですから」
「・・・・・・と、おっしゃいますと」
シュラインは結末を予想しつつも念のためそう尋ねた。
「サンタの正体は茜です」
幸太郎は穏やかな声で言った。シュラインは何も言わずに先を促した。
「郁代が亡くなった時の大輔の悲しみようはそれはひどいもので・・・・・・。お母さんっ子でしたからね、大輔は。そんなあいつを励ますつもりで、茜が郁代の名前と郁代が作った袋を使って大輔にクリスマスプレゼントを送っていたんですよ。わざわざ郁代の筆跡まで真似て」
失礼、と言って幸太郎は眼鏡を外し、目頭を強く抑えた。眉間に強く皺が刻まれる。幸太郎はそのまま片手で顔を覆った。
「エマさん、とおっしゃいましたね」
やがて幸太郎は顔を上げた。目が赤く腫れ、充血している。
「このことを大輔に教えるのですか」
シュラインは答えなかった。
「いや・・・・・・教えても教えなくても同じことですね。茜が死んだ今、サンタの袋を使って大輔にプレゼントを届ける者はいない。私もあいにく今夜から出張が入っていますから、プレゼントを用意する暇は・・・・・・」
25日になってもプレゼントが届かなかったら大輔も気付くでしょう、と幸太郎は涙の溜まった目で微笑んだ。
興信所に戻って草間に調査結果を伝える。予想通りの結末に草間も顎に手を当てたきり黙り込んでしまった。
大輔に聞いた業者名を元に配達業者の調査に当たっていた忍も間もなく姿を見せた。結果はシュラインが得たものと同じ。荷物が持ち込まれたのは大輔の実家の近所のコンビニで、そこに小包を持って現れたのは茜だったという。普段から茜が頻繁に利用していたコンビニだったので店員も彼女の顔を覚えていたのだ。さらに茜は「弟へのクリスマスプレゼントだ」と店員に漏らしたらしい。大輔から借り受けた茜の写真を係の者に見せたうえでの結果なので間違いないだろう。
「とにかく、調査が終わったことだけは知らせないとな」
草間はそう呟いてデスクの上の黒い受話器をとり、大輔の携帯に連絡を入れた。しかし大輔は今日も明日も時間が取れないという。話し合いの末、奇しくも24日に大輔が興信所を訪れることになった。
そして24日。大輔が来る前に興信所に顔を揃えたシュラインと忍の間には大輔への結果報告をめぐって小さな溝が生じていた。
「伝えるのですか、赤沢さんに」
忍は腕を組み、目を閉じたまま静かに口を開く。シュラインはやや間を置いてから答えた。
「赤沢さんはわざわざ興信所までいらしたのよ。不気味とまではいかないにしろ、気にしていたということでしょ? だったら伝えたほうが・・・・・・」
「事実を伝えることが常に最善とは限りません。事実とはえてして無味乾燥なもの。逆に、夢や幻想であっても大事にするべきものもあるはず。母上との思い出を大切にとっておくという選択肢も・・・・・・姉上の茜さんもそれを望んでいるのでは」
「それじゃあ、虚偽の報告をしろということ?」
「そうは言っていませんよ。しかし、伝え方というものがあるのではと思うのですがねえ」
堂々巡りの議論が続く。気持ちよくプレゼントを受け取れるようにしてあげるべきだというシュラインと、大輔、そして大輔に対する郁代や茜の想いを尊重したほうがよいという忍の意見が相容れることは難しい。シュラインとて忍の理屈が分からないわけではない。何より、涙を落とす幸太郎の姿をこの目で見てもいる。しかし、せっかくのプレゼント、それも家族の思い出になぞらえてのものである。どうせならもやもやをすっきりさせたほうがいいではないか。
「・・・・・・あの」
きい、とドアが開く音とともに遠慮がちな男性の声が二人の議論を遮る。シュラインははっとして口をつぐんだ。ドアからためらいがちに顔を見せるのは大輔だった。
「ブザー押したんですけど・・・・・・壊れてたみたいで」
音が鳴らなかったんです、と大輔は申し訳なさそうに身を縮めている。シュラインは忍と目を見交わして小さく息をついた。
草間がとりあえずソファを勧める。雪が降り出したのだろうか、大輔の安物の上着の肩には白いものがうっすらと付着していた。
「すいません、聞こえちゃいました。サンタさんは姉ちゃんだったんですね」
大輔はかすかな笑みとともに言った。忍も草間も黙っているしかない。シュラインだけが小さく肯いた。
「お母様の代わりにお姉さんがプレゼントを届けていたんです。お母様を亡くして悲しみに打ちひしがれるあなたを励まそうとして」
シュラインの言葉に大輔は目を伏せ、何度も何度も肯く。それから顔を上げてにっこり笑った。
「うん。すっきりしました」
ありがとうございます、と大輔はぺこりと頭を下げた。
「バス停まで送りましょう」
忍が外套を羽織り、大輔の背中を押して促した。
その夜、調査終了の打ち上げも兼ねて、草間興信所ではささやかなクリスマスパーティーが催された。
パーティーが終わり、後片付けも済んだ頃。興信所を後にする前にシュラインはそっと草間の寝室のドアを開く。何も知らずに眠りこけている草間の枕元にそっとプレゼントを置き、音を立てないように慎重にドアを閉める。それから零の部屋にも向かい、同じようにプレゼントを置いた。
まるでサンタクロースだ、と考えてシュラインは小さく笑う。幼少の頃、25日の朝になるといつの間にかプレゼントが置いてあることが不思議で仕方なかった。サンタクロースは本当にいるのではないかとすら思っていた。しかし成長につれて薄々サンタクロースの正体と現実を感じるようになった。後年、“サンタさん”が予想通りのからくりであることを知った時は「やっぱりね」と苦笑いしつつも心のどこかで幾分か寂しさを感じたものだ。
今の大輔もそれと同じだろうか?
そっと玄関を開けると突き刺さるような夜気とともに冷たいものが首に舞い込む。夜なのにあたりはぼんやりと薄明るい。ちらちらと舞い降りてくるのは雪だった。
大輔はどうしているだろう。サンタの袋に入ったプレゼントが届くことはもうないけれど、穏やかなクリスマスを過ごせていればいい。シュラインは心からそれを願った。
――今年もきっとプレゼントが届きますよ。お忙しいのは分かりますが、今夜は少し早く寝てみてください。でないとサンタクロースも入りづらいでしょうから。
別れ際、忍は「私の第六感です」と付け加えて大輔にそう言った。その言葉を思い出してのことかどうか、卒研のデータまとめで徹夜する予定を変更して大輔は25日の午前二時頃に布団に入った。
起床は朝の六時。四時間ほど眠ったことになる。最近の忙しさからすればまあゆっくり眠れたほうだ。ほどよく温かい布団にひどく未練を感じつつ部屋着のフリースを羽織って起き上がる。単独ならばともかく、共同研究だ。研究の締切は絶対に守らなければならない。
食パンをトースターにかけながら大輔の目がふと動く。窓際の壁に寄せた机に何かが乗っている。白い袋だと気付いて大輔は小さく息を呑む。口の部分には緑と赤のリボンが巻かれていた。郁代が作った、サンタさんの袋だ。
去年とおととしのプレゼントが入っていた袋はきちんとしまってある。断じて机の上に出しっぱなしになどしていない。こんな物はゆうべの二時に布団に入った時には間違いなくなかった。まさかまたプレゼントが届いたのか。震える手で袋を開ける。黄ばんだシーツ生地、古ぼけたリボンとポンポン。まさに幼い頃から使っているサンタさんの袋そのものだ。
中に入っていたのはひざかけと柔らかいセーターだった。どちらも無地のシンプルなもので、落ち着いた茶系の色。大輔好みの品だ。
誰の仕業か分からないが、少なくとも今回は宅急便ではない。宅急便がこんな時間に届くはずがないし、第一、宅配業者が勝手に部屋に入ってきて荷物を置いていくことなど有り得ないからだ。今年は幸太郎が届けてくれたのだろうか。父の幸太郎ならば大家から合鍵を借りることもできるだろうし、大輔が眠った頃を見計らってこっそり部屋に入って来たのかも知れない。
そこまで考えて大輔ははっとする。父にそんな真似ができるはずがない。幸太郎は出張中なのだから。
「・・・・・・母さん?」
大輔の声は震えていた。部屋の中を丹念に見回す。郁代がいるはずがないとわかっていても、そうせずにはいられなかった。
大輔の呼びかけに答えるようにかさりと音がして袋から一枚の紙が落ちた。クリスマスツリーと、その影から顔をのぞかせるサンタクロースのイラストが可愛らしいクリスマスカードだった。
“卒研や卒論で忙しいだろうけど、体を壊さないようにしてください。あったかくして勉強に励んでね”
ボールペンの筆跡はみまごうことなく郁代のものであった。
「母さん」
大輔はカードとプレゼントを胸に抱いてその場に泣き崩れた。母だ。きっと天国の母がクリスマスプレゼントを届けてくれたのだ。
昨日から降り出した雪はやみ、一点の穢れもない銀世界の上に穏やかな陽光が静かに降り注いでいる。大輔はサンタの袋とカードを抱き締めていつまでもいつまでも泣きじゃくり続けた。
「嘘」
25日の朝。出勤してきたシュラインは、ちょうど大輔からの電話を受けていた草間の話を聞いて目を丸くした。大輔の元にサンタの袋に入ったプレゼントが届いたというのだ。
「武彦さん、ちょっと代わってください」
シュラインは半ば強引に草間から受話器を奪い取り、電話の向こうの大輔に話しかけた。
「お電話代わりました、エマです。先日はお世話に・・・・・・。プレゼントはどこにあったのですか? なるほど、机の上に・・・・・・。その時間では宅急便ではありませんよね。誰かが合鍵でも使って入って来たんでしょうか。施錠の状態や、何者かが部屋に入ったような形跡は?」
施錠はきちんとしていたし、プレゼントを見つけた時にもそれは同じだったという。もちろん何者かが侵入した気配もない。幸太郎ではないかという考えも一瞬頭をよぎったが、彼は出張中だということに思い至ってシュラインは自分でその可能性を打ち消した。
「母さんが届けてくれたんです。きっとそうです」
大輔は泣きながら言った。しかしその声には喜びが満ちている。
そこへノックとともに忍がのんびりと姿を見せる。シュラインは受話器を草間に預けて忍に事情を説明した。そうですか、とだけ忍は答えた。
「もしかして加藤さんがプレゼントを置いていったんじゃ?」
シュラインは猜疑の視線を忍に向ける。忍は「母上の想いを大切に」と主張していたし、義賊である彼の技をもってすれば施錠された部屋に入ってこっそりプレゼントを置いていくくらいのことはわけもない。忍が「母上と姉上のお気持ちを私が届けましょう」という気持ちになったとしても不思議はないと思った。
「そのつもりで赤沢さんのお部屋の様子を伺っていたのですが」
忍は困惑の表情とともに言葉を返した。「はっきりとは分からなかったのですが・・・・・・影のような白いものが赤沢さんの部屋の窓に入っていくのを見たのです。あのサンタクロースの袋を抱えていました」
シュラインは小さく息を呑む。夜目が利く忍が言うのなら間違いないのではないか。嘘を言っているようにも見えない。
本当に郁代がプレゼントを届けたというのか?
「サンタさんが起こした小さな奇跡、といったところでしょうかねえ」
忍はシュラインの心を見透かしたかのように静かに微笑んだ。
「エマさん、エマさん!」
という声とともに零がぱたぱたと駆けてくる。両手の中には昨夜シュラインが枕元に置いたプレゼントが大事そうに抱えられていた。
「見てください、これ。今朝起きたら枕元にあったんですよ。お兄さんの所にも・・・・・・。サンタクロースが来てくれたんでしょうか?」
零の無邪気な微笑はサンタクロースを信じているのか、それとも正体を知ってのことか。シュラインは「そうね」と言って零の頭に手を置いた。
「そうだな。サンタさんだな。零、サンタさんにちゃんとお礼を言っておけよ」
コーヒーカップを口に運びながら草間も言う。しかし眼鏡の奥の目はシュラインに向けられ、優しい笑みが湛えられていた。
「ありがとう、サンタさん」
草間と零の声が重なる。シュラインは穏やかに微笑んでみせた。 (了)
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
5745/加藤・忍(かとう・しのぶ)/男性/25歳/泥棒
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■ ライター通信 ■
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シュライン・エマさま
こんにちは、宮本ぽちです。
こうしてまた会えましたこと、嬉しく思っております。
「いつもお世話になっております」と申し上げてもいいくらいでしょうか。
急なお話だったにもかかわらずご参加くださいましてまことにありがとうございます。
24日か25日にお届けしたいと思っていたのですが、24・25日は土日だったのですね;
土日祝はお客様への納品は行われないことになっていますので、遅れるよりはと思い、クリスマスの前にお届けいたしました。
贈り主はあっさり見つかったし、その上エマさまの推理通りの結果だったわけですが、ラストをほんのちょっとだけひねってみました。
「さらりと読める、ちょっといい話」を目指しましたが、いかがでしたでしょうか。
相変わらず長文ですが、クリスマスの気分を味わっていただけたら嬉しいです。
それでは、エマさまにもあたたかなクリスマスが訪れることを願って・・・。
宮本ぽち 拝
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