コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


紳士の首飾り


 「あん?この首飾りを買い取って欲しい…って?」
 写真を見せられ、訝しげに問う蓮に初老の男は浅く頷いた。
 しかし疑問がある。
 買い取って欲しいというなら何故現物を持ってこない。
 買い取りに来て欲しい、と、そう言えばまだ解らなくもないが…それでも解せない。
 写真に撮られた対象物が首飾りだからだ。
 一緒に写っている人物と比較しても縦四センチ程のペンダントトップにしか見えない。
 持っている人物が老人であることから見ても、そう重たいアクセサリーではない筈だ。
「…ここまで持ってこられない事情があるんだね?」
「――ずっと、父が身に着けたまま離さないんです」
「御父上は売却を承諾していないのかい」
 男は浅く頷き、承諾を取れないという。
 寝たきりで言葉もろくに話せないのかと思いきや、至って元気でその辺の同年代よりかなり若々しいらしい。
 それのどこが問題なのかと問えば、本人以外の周囲の人間に異変が起こっていると言うんだ。
「――時折…使用人や泊まりに来た親戚…それも女性に限ってひどく体調を崩すんです」
 寝たきりになったり、死人が出たりしたわけではないが、周囲の人間が倒れると父親の調子がことのほか良くなるという。
「つまり…御父上が周囲の女から精気を吸い取っている…とでも?」
 あまりにも空想じみた発想だとわかっているが、それが首飾りをし始めた時期と一致するから不思議だと。
「…母が、他の人以上に弱っているんです。親戚や使用人は2,3日休暇をとれば回復するんですが…母はあの家にずっといる…このままでは母が死んでしまいます!買い取りが無理なら壊すか、引き離すかしてくれるだけでいいんです…お願いします!」
 およそお決まりの文句だが、それでも引き受けられないほど厄介な件では無いと見た。
「買い取るか壊すかは状況に応じるとして…いいだろう、依頼を受けようじゃないか」

  依頼人が帰った後、住所のメモと写真を手にした蓮は受話器をとった。
「―――もしもし?悪いがちょっと頼まれてくれないかねぇ」


===============================================================
■First

  先日ちょっとした縁のできた蓮からかかってきた依頼の電話。
 これはまた、表向き簡単そうだけど根が複雑に絡んでいるであろう内容の依頼だった。
「承知しました。では四半時ほどかかりますので少々お待ち下さい」
 地上に上がってきた折に、丁度いい話が舞い込んでくるのだと竜宮・真砂(たつみや・まさご)は微笑する。
 その立ち居振る舞いは搨キけた才女を思わせ、道行く者が振り返る姿がちらほらと。
 純和風の出で立ちに、流れるような美しい歩きで真砂はアンティークショップ・レンへ向かった。
「――この間来たのは…たしか――この辺だったかしら?」
 前回来た時から少し間が空いた為か、あたりをキョロキョロしていると、背後で車が止まる音がした。
「あら、いけない」
 車の通行を邪魔してしまったか、そう思い振り返ると、後部座席から一瞬女性とも見紛うような、フロックコート姿の美しい男が降りて杖をつく。
 男は真砂が申し訳なさそうな表情をしているのを見て、一瞬この状況を考える。
「ああ、お気になさらずに。ちょうどこの先の店に用があるので止めただけですので。ところで、何かをお探しですか?」
 車から降りる前に真砂の様子を見たのだろう、店か何かを探していると判断した彼はそう尋ねた。
「ええ、恥ずかしながら…前に一度来たことがある店なのですが、場所の記憶が曖昧だったようで…」
「何という店ですか?」 
 真砂がアンティークショップ・レンと答えると、男はちょうど自分もそこへ行くところだと言う。
「貴女も蓮さんに呼ばれた口ですか?」
「ええ、ということは…貴方も?」
「申し遅れました。私はセレスティ・カーニンガムと申します」
 そうにこやかに会釈するセレスティに、真砂もつられて微笑み、名乗りお辞儀をする。
「私は竜宮・真砂と申します。以後お見知りおきを」
「では参りましょうか、竜宮さん。お店はすぐそこですよ」

 人魚の魔女と人魚。
 偶然にしても実に数奇な縁であった。


■Hair jewelry

 「よく来ておくれだねぇ、二人とも」
 いつもの煙管を持って、軽く紫煙をはいた蓮は、店内に設えてある椅子に座るよう促した。
「で、早速依頼の話なんだが…この写真に写った紳士のつけているペンダント。依頼人宅で状況を見て、うちで買い取るべきかそれともすぐに壊すべきか検討してもらいたいんだよ」
 依頼人の名は庵呉圭介(あんご・けいすけ)、巷でもそこそこ知られている企業の社長らしい。そう、蓮は説明した。
 蓮から写真を受け取ったセレスティは、隣に座る真砂にもそれを見せる。
 口元に手を沿え、写真を見ながら考えるセレスティ。そんな彼の隣で同じように写真を見ていた真砂はふとペンダントの中身に目がいった。
「…これ、人の髪を入れてるんじゃありませんか?それも遺髪を」
「そのようですね、竜宮さんのおっしゃるように、モーニングジュエリーだと思います」
 一致した二人の見解に、なるほどねぇと呟く蓮は、依頼人から得た情報の続きを二人に話した。
「で、現状だが――その紳士…依頼人の父親がそのペンダントをし始めて、そして家の中で使用人や親族の…それも女性だけが次々に具合が悪くなることが多発したらしいんだよ。でも始めはただの体調不良だと思ったんだろうね、数日暇を与えて屋敷から出すとすぐに元気になったそうだから。親族の方も自宅に帰るとすぐ治るらしい。ところが、その屋敷で唯一、具合が悪くなる一方なのがその紳士の奥方」
「この御仁自身に何か変化は?」
 真砂の問いに、誰かが不調になるたびに、普段以上に元気になっていると一言。
「ああ、それと」
 思い出したように蓮は付け加える。
「家の中には時折見知らぬ女が出没するらしい。そしてその親父さん、時折家のものも聞き覚えのない女の名前を呟いてるんだそうだ」
 それを聞いた真砂は写真のペンダントをしげしげと見つめ、一つの可能性を提示した。
「…もしかすると、この遺髪の持ち主なのでは?たとえば、若い頃の恋人の髪で、家の中をうろついているのもその女性なのかも」
「可能性は、あるねぇ」
「それともう一つ」
 遺髪の持ち主の霊であることは十中八九間違いないとしても、父親の恋人だったという可能性以外にも、モノがアンティークなだけに偶然購入したそれに霊がついていた可能性もあるとセレスティは言った。
「この親父さんだけが元気になって、周囲の女が不幸になるってことはどう考えるんだい?」
「その霊がご主人に懸想していて、自分以外の女性を排除しようという独占欲からか――…それとも、自分が守りたいと思ったこの紳士に健康でいて頂きたいという思いからか…どちらにせよ、この紳士を思っていることには変わりないと思います」
 一理ある。
 さてどちらが正解かなど、現時点では判断できかねるが、とりあえず大よその検討はついた。
「では二つの可能性をそれぞれ追求してみましょう。私は最近オークション等、好事家の間で取引がされたかどうか調べてみます。来歴がわかるかもしれません」
「では私は直接依頼人のお宅へ行ってみます。霊の標的は女性ですから…上手くいけばその「見知らぬ女性」を誘き出せるかも知れませんし」
 やってみる価値はあると思うが、危険だと懸念するセレスティに、真砂はにこやかに心配ないと答える。
 今は人に扮しているが、本性は人魚の魔女だ。
 数百年永らえているこの身は、多少霊に精気を摂られようが大したことはない。
 というより、人外の精気を人の霊が摂れるかどうかも定かではない。
「では、先に依頼人の所へ行って参りますわね」
「…わかりました、私も調べたあとでそちらに向かいます」
 頼んだよ、と店先で二人を見送る蓮。

「さて、どっちに転ぶか…それともまったく違う結末か…?」


■Two possibilities

  「さて…ネットオークションで出回るような代物ではありませんし…購入者がこのご老人だとすれば…」
 それなりの地位と財力がある人物が利用するオークション会場ならば限られている。勿論、正規のものだけを判断するならばの話だが。
 セレスティは都内にある屋敷の一つへ向かい、そこにおいてある資料からオークション会場とこの手のものを蒐集していそうな好事家にある程度当たりをつけて連絡をとる。
 そして結果が出るのにさほど時間はかからなかった。
 ロンドンの二大会場の一つで行われた取引。
 オークションによく参加しているいわくつきのジュエリー蒐集を趣味としている好事家が、同日同会場で日本人にモーニングジュエリーを競り落とされたという知らせが届いたのだ。
「――なるほどね。やはり会場はここでしたか。購入した人物は…と」
 送られてきた書類には「庵呉仙太郎(あんご・せんたろう)」と書かれている。
 依頼人の父親の名前だった。
「やはりオークションで購入されたものでしたか…物の来歴は…」
 書類に書かれていたのはフランスのある教会関係者から人づてに売却を任された代物だと記入されていた。
 教会関係者…習慣として根付いていたわけではないだろうが、遺髪を痛まないように保存して形見にしておこうと思うなら、手法は出回っているから不自然ではない。
「教会関係者のところにあったものだというなら…何故他人を犠牲にするような真似を…?」
 一つ解ったと思えばまた一つ謎が増える。
 不思議なものだと溜息一つ。 
「さて…これは直接聞いてみるしかなさそうですね」
 書類を手に、セレスティは庵呉邸に車を急がせた。


  一方、庵呉邸では依頼人・庵呉圭介と真砂が女性を見たという使用人たちの証言を元に、確率的に一番出そうな場所探す。
「まぁこんな昼日中では出てくるものも出てきませんでしょうね…」
 いっこうに出てくる気配がないので、今のうちに母親と父親の様子を見させて欲しいと、圭介に頼む真砂。
「勿論、お母様に関しては様子を見るだけですので、話の席を設けたりして負担はかけさせません。お父様の方は、セレスティさんが来てからで」
「…でしたら、どうぞ。丁度今頃の時間帯はテラスでお茶をしている筈ですから」
 案内され、テラスがよく見える室内の窓から、使用人と共にテラスに出ている母親が見えた。
 圭介の話通りの弱弱しいその姿。
 早く解決しなければその年齢から考えても危ない。
「…もう少し、まわってみて宜しいですか?あと、体調不良になったことのある使用人の方々ともお話を」
 圭介は真砂の申し出に浅く頷き、使用人と共に目撃例のあった場所を巡った。
「見かけた女性というのは…どのような外見だったとか、何か覚えていますか?」
 その問いに使用人は金髪碧眼で黒い服を着た若い女性だったと答える。
「…やはり、偶然購入したものに霊が憑いていた…ということでしょうか」
 写真自体は極最近撮られたものだろうが、写っている老人は若く見えるが7〜80はいっているだろう。
 それに気づいた時には身に着けていたといっても、それも極最近の出来事。
 昔の恋人の物だというなら、何故今になって身につけ始めたのか説明がつかない。
 圭介から聞く父親像からして、浮気に走って夫婦仲が冷え切っているとも思えないからだ。
「…やはり直接この御仁にお会いして聞くか…女の霊を見つけるか…」
 現状からしてその二つの道しかなさそうだ。
 さてどう行動したものか、と悩んでいた矢先の事だった。
 道案内をしていた使用人の女性の表情が変わった。
「!いましたか!?」
 今までの話を聞いていた為か、使用人の女性はおたおたしながら真砂の方を見やり、その方向を示す。
「貴女はここで…私が行きます」


 霊は水氣に惹かれるもの。真砂自身のまとう氣に惹かれた…ということだろうか。
 金髪碧眼のどこかあどけなさが残る女、否、少女というべきだろうか。
「――貴女が…ペンダントの遺髪の主かしら?」
 女は真砂の問いに別段驚く様子もなく、ゆっくりを視線を上げ、真砂を見やる。

<―――――で…>
  
「え…?」
 切なげな瞳で真砂を見つめている。
「今…」
 消えかける霊に真砂が駆け寄り、捕まえようとするも、霊は霧散し、後には何も残らなかった。
 逃げられた、と歯噛みするよりも、先ほどの言葉が気になってしょうがない。
「―――こちらに攻撃してくるわけでもなく…ただ、何かを懇願していたような…」
 もしかしたら。
 思索を巡らせている最中、先ほどの使用人の女性が真砂に声をかける。
 セレスティが到着したらしい。
 これで彼の調べた事と自分の新たな考えが符合すればと、真砂は足早に客室へ向かった。


■For you

  先ほどから使用人たちの動向に違和感を感じたのだろう。依頼人の父・庵呉仙太郎は書斎から窓の外を眺めていた。
「…さて…どうしたものかな」
 仙太郎の胸元には、英国紳士風の外装には不釣合いなペンダント、モーニングジュエリーが外からの光を反射して輝いている。
「エリー…君が私に力を与えてくれているのは知っている。しかし最近どうも屋敷の様子がおかしい…君の仕業かい?」
 何もない中空に向かって視線を向け、親しげに話しかける姿は、傍から見れば精神がどうかしてしまったのかと思うだろう。

<―――ごめんなさい…>

 仙太郎しかいないはずの書斎に、年若い少女の声が響く。
「やはりそうか…私が元気に過ごせるのは…君が屋敷の者から奪った力のおかげだったんだね」

<あなたに――>

 元気でいて欲しかったから、とか細い声でそう告げると、仙太郎は目を細めて静かに微笑んだ。
「圭介に客人が来ているようだが…どうやらただの客人ではなさそうだ」
 使用人と共に庭を歩く真砂の姿を見ていたのだろう。遠目から見てもその行動は一目瞭然だった。
 エリーが現れた場所ばかりを見てまわっている、と。
 屋敷のものが見知らぬ女の幽霊が時折出没すると、口々に言うのを気のせいだと言い聞かせてきた。
 そして病気を患う者が頻繁に出て、妻は日に日にその症状が悪化している。
「――もうお終いにしよう。これ以上、皆の力を奪わないでおくれ」
 今にも泣き出しそうな顔をする少女に、仙太郎は微苦笑する。
「皆、私に、この家によく仕えてくれている。そんな彼らの命を私が削ってしまっているなんて…とても哀しい事だ。先ほども、圭介の客人に頼みに行っていたのだろう?」
 ペンダントを、自分を彼から取りあげないでくれと。
 引き離さないでくれと。
 頼みに行ったが目の前の真砂の氣に中てられたのだろう。
 その力の大きさに、本体であるペンダントから離れていることができなくなってしまったのだ。
「圭介達を呼ぼうか」
 そう言って呼び鈴を鳴らし、仙太郎は圭介とその客人たちに書斎へ来てもらうよう告げた。


■Epilogue

  三人とも驚きを隠せないでいた。
 売らないと主張していた老人の態度が急に変わったことに。
「…どういうことだと、思います?」
 長い廊下を歩きながら、真砂はセレスティに尋ねた。
「この一連の出来事に何らかの終止符が打たれる、今解るのはそれだけです」
 圭介の足が止まり、着きましたと二人を振り返る。
 ノックをして中に入ると、正面奥の窓際に佇む老紳士が一人、柔らかな笑みをたたえてこちらを見ていた。
「お客人方もどうぞ、そちらの席に」
 デスクから少し離れた所にある暖炉前に設置されたソファーにそれぞれ腰掛けると、庵呉老人はゆっくりとこちらにやってきて同様に席につく。
「あなた方が圭介に呼ばれた理由は…このヘアジュエリーのことだね?」
 その問いかけに、セレスティも真砂も静かに頷いた。
「このお屋敷に関わりのある女性ばかりが病気になったりなどの不幸が訪れ、時折誰も知らない金髪碧眼の少女が目撃されている…これらのことについて、貴方は何か知っていますね?」
「薄々感じておりましたが、確信に至ったのはつい今しがたですな。この子が白状致しました」
 セレスティの問いに庵呉老人がそう答えると、彼の傍らに黒い服を着た金髪碧眼の…真砂が先ほど見た少女が現れたのだ。
 当然、二人は驚いたが、それ以上に依頼人である圭介が口をパクパクさせて、突然現れた少女に驚いていた。
「紹介致しましょう。この娘はエリー…十八世紀頃のフランスで生きていた、この遺髪の主です」
 実に奇妙な展開になってきたものだと、セレスティは胸のうちで呟いた。
 それもその筈。自分の能力を使ってペンダントから直接読み取ろうと思っていた矢先の、自白めいた言葉。
「旅行先で何気なくオークションハウスへ立ち寄って、このペンダントに心惹かれ、競り落とし日本へ持ち帰った…すると不思議な事に彼女がペンダントから現れた」
 そしてエリーというなの少女の霊は、ただそこに在りたいだけだと言った。
 庵呉老人はそれを恐れるでもなく、気の済むまでペンダントと共に在るといいとあっさり承諾してしまったという。

<センタローは悪くないの――私が勝手にしたことなの――>

 耳をすませなければ聞こえないような声が、まるですぐ側にいるかのような不思議な感覚に支配される。
 か細い少女の声。
 フランス人なのだからフランス語で話しているはずなのだが、不思議と自分が慣れ親しんでいる言語で聞こえている。
「…おそらく、頭に直接話しかけているのでしょうね。言葉のイメージが脳に直接伝わっているから、彼女の言っていることがわかるのだと思います」
 勿論、セレスティ自身フランス語が全く解らないわけではないが、彼女の言葉が自分が日頃使い慣れた言語で伝わって来てるのは確かだ。
「私を健康にしてくれる事自体、エリーができる唯一の恩返しだったのでしょう。私はそれがエリーの力なのだと思い、思い通りに動くこの身体がとても嬉しかった。しかし…」
 今回の件で、それは間接的に他者の生命力を奪っているとわかった以上、この健康体を望むことはないと、庵呉老人は三人に告げた。
「確かに、今回の事は妻にも屋敷の皆にも大変迷惑をかけた……ただ、この娘を悪霊だとかそういう悪いものだと思わないでやって欲しい。十二で亡くなって、母親が形見にとヘアジュエリーにした事によっていつの間にか彼女の魂がこのペンダントの中に居ただけなんだ」
 しかし、死霊が生者と共にあるということは、死霊にその命を奪い取られるという事。
 それを死霊が望む望まないに関わらず。
「…大変申し上げにくいのですが…私たちはもしもの場合、そのペンダントを壊す事も視野に入れて調査をしていたのです」
「それは困る、そんな事をされたらこの娘は留まれなくなってしまう」
 慌てて圭介と二人にやめてくれと頼み込む庵呉老人。

<――ごめんなさい――センタローが優しくしてくれたから――嬉しかったの――だからセンタローの命を延ばしてあげたかったの――>

「…延ばす?」
 その言葉に一同は首をかしげた。
 ただ幼い少女なりの思いつきで、少しだけ少しだけと思ってやっていた恩返しという話だけではないような口ぶり。
 すると庵呉老人は苦笑し、自分の身体のことを話し始めた。
「…これは、妻…紗枝子にも圭介にも…誰にも言っていなかったことだが…ここがね。ずぅっと悪いんだよ。もはや何時止まるとも知れないほどに」
 そう言って手のひらをそっと胸に当てた。
 エリーにはそんな彼の状態もわかってしまったが為に、他人の命を削る事を止められなくなってしまったのだろう。
「…では先ほど、私に何か言っていたのはこの事だったんですね?」
 エリーは真砂の言葉に、静かに頷いた。
 書斎に暫しの間沈黙が流れる。
 エリーのやっている事をやめさせれば、庵呉老人はいつ他界してしまうかも知れない。
 しかし、それでは奥方の方が先に他界してしまうかも知れない。
 どうするべきか悩んでいたその時、庵呉老人がその沈黙を破った。
「答えは実にシンプルだ。私ももう十分生きた。いつお迎えが来ても悔いはない。これは自然の摂理だよ諸君」
「しかし父さん…」
 圭介がうろたえるのも無理はない。
 だが、庵呉老人の言っている事が一番よい方法なのかもしれない。
「…あの、宜しいかしら。エリーさんでしたわね?御仁の意思を尊重するとして、貴女はどうしたいの?」
 力を奪ってくることをやめれば遅かれ早かれ1,2年以内には確実に死に至るであろう。しかし、彼の死後、このモーニングジュエリーはどうなるのだろうか。
 真砂が聞きたいのはそこだった。
 永劫、このペンダントと共に居たいのか、それとも今はただ、ペンダントと共に庵呉老人と共に在りたいのか。

<初めは――ママが大切にしてくれたそのペンダントと一緒に居たいだけだった――でも今は――センタローと一緒に居たい――>

「…では、これを提案と言うには…実に言い難いことですが、庵呉氏の亡くなるその日まで、貴女は眠りにつくというのはどうでしょうか?他者の精気を奪わないと言っても、貴女は既に死んでいる身…本来ならば側にいるだけで生者にとっては害がある」
 今までは特殊であったが、今後はどうなるかわからない。
 セレスティが懸念していることだった。
「眠りにつくことで、精気を奪うことへの懸念は解消できます。しかし、その時が来るまで庵呉氏とは会話できなくなる」
 それでも構わないかと問うと、エリーは彼がずっと持っていてくれるなら、最期のその時に一緒にあがると言った。
「ならば決まりだな。会話できなくなるのは些か寂しいものがあるが、死出の旅路を共に行く連れがいるというのは悪くない」
 双方その提案を受け入れ、納得した様子で、セレスティも真砂もホッと胸をなでおろす。
 そしてエリーは一言「おやすみなさい」と言って柔らかな笑みを浮かべ、その場から掻き消えた。

「――これで依頼は完了ですね?」
 セレスティの言葉に、あ、はい。と気の抜けた返事を返す圭介は、未だに一件落着したという実感がわかないらしい。
 そんな彼に、庵呉老人はとりあえず不安がっている屋敷の者たちに解決した、とだけ伝えてやれと行動を促し、彼は慌てて書斎を後にした。
「では、そちらの御二人もお帰りの時間ですかな」
「ええ、思った以上にすんなりと済んでしまったので、普段から考えると失礼ながら少々違和感を覚えますが、これで全部済みましたわ……ですが一つ、お聞きして宜しいですか?」
 何だろうか、と首をかしげる庵呉老人に、真砂は疑問に思っていたことを投げかけた。
「貴方の彼女に対する思いには、何か特別なものを感じたのです。貴方にとって彼女は…」
「このような老いぼれでも、若い時があった…それだけのことですよ、お嬢さん」
 そんな彼の態度に、ああ、と真砂もセレスティも納得したようだ。
「そうですね。これ以上は無粋というもの…それでは失礼致します。どうぞご自愛下さいませ」
 にこやかにそう言って深々とお辞儀をする真砂に、庵呉老人もにこやかに微笑んで会釈する。
 


 屋敷を後にした二人は、ふと、先ほどの彼の言葉を反芻した。
「――今回の件、どうやら互いの予想が半々で当たっていたようですね」
「そうですね。しかし貴方もお人が悪い」
「そうかしら?」
 くすくすと控え目に、口元を隠しながら笑う真砂。
 最後は彼女の予想が少しばかり当たっていたようだ。
 そこはまさに女の勘、と言うべきだろうか?



「エリーさん。きっと初恋の君に、似てらしたのでしょうね―――」


― 了 ―

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【5199 / 竜宮・真砂 / 女性 / 750歳 / 魔女】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、鴉です。
この度は初のアンティークショップ・レン依頼【紳士の首飾り】に参加頂きまして、まことに有難う御座います。
文中にも一文書きましたが、まさに数奇な縁と言っていいのではないかと思いました(笑)
人魚と人魚の魔女、まるで童話のようなめぐり合わせに、わくわくしながら書かせて頂きました。
御二方がこの結末をお気に召しましたなら幸いです。

ともあれ、このノベルに際し何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せ下さい。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。
最後に、納品が遅れてしまい、まことに申し訳ありませんでした。