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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


天国からの贈り物 −サンタクロースの袋−


 「プレゼント、ね」
 草間は少々拍子抜けした表情で言った。「別にいいんじゃないですか? プレゼントをもらえるなんていいことじゃないですか」
 しかし、依頼人である赤沢大輔という男子大学生は首を横に振る。
 「なんか不気味なんです。毎年、プレゼントはこれに入ってるんですけど・・・・・・お母さんが使ってた袋なんです」
 大輔はそう言って紙袋の中から布袋を取り出した。シーツを縫って作った袋らしい。いっぱいに物を詰めれば大人がようやく抱えられるくらいの大きさになるだろうか。口の部分には赤と緑のポンポンがついたリボンが巻かれていて、サンタクロースがかついでいる袋という風情もなくはない。
 「こういう袋ならどこにでもあるんじゃないですか」
 草間は袋を拝借して調べながら言った。材質も変わった物ではないし、リボンだってどこにでも売っている物に見受けられる。シーツとミシン、それにリボンがあれば誰にでも同じ物が作れそうだ。
 「違います」
 大輔はかぶりを振った。「このシーツ、かなり黄ばんでるでしょう? 結構古い物です」
 俺が子供の頃から使っている袋に違いないと大輔は主張する。
 大輔が言うには、この袋は大輔が子供の頃に母の郁代が作った物だという。大輔へのクリスマスプレゼントを入れるために毎年使っていたのだと。12月25日の朝に起きると、枕元に必ずこの袋に入ったプレゼントが置かれていたと。
 その習慣は三年前まで毎年欠かさず続き、郁代はおととしの夏に亡くなった。しかし、おととし、そして去年のクリスマスにもこの袋に入ったプレゼントが大輔の所に届いたのだ。
 「去年もおととしも宅急便で届いたんですけど」
 大輔はやや気味が悪そうに言う。「差出人は母さんの名前と住所で・・・・・・配達票の筆跡も母さんにそっくりで。死んだはずの母さんが俺にプレゼントを贈ってくれてるんじゃないかって思うんです」
 なるほど、と草間は目を細めて紫煙を吐き出す。
 「しかし――」
 それから、草間は組んだ脚をほどいた。「筆跡をまねることも、差出人欄で偽名をかたることもそれほど難しくありません。恐らく誰かの悪戯でしょう。よかったらうちで調べてみますが、どうしますか」



 赤沢大輔は二十一歳、都内の大学の四年生。現在は一人暮らしで、家族は母・郁代に姉・茜、父・幸太郎。ただし郁代は三年前の夏に病死し、姉の茜も今年の夏に交通事故で死亡。現在は実家で父が一人で暮らしている。
 「・・・・・・お姉さんがプレゼントを送っているんじゃ?」
 依頼人のプロフィールや家族構成にざっと目を通したシュライン・エマがまず口を開く。加藤・忍(かとう・しのぶ)も同じことを考えていたが、黙っていた。
 「ま、普通に考えればそうだろう。お父さんかも知れないが」
 興信所のデスクに座った草間は浅く肯いて答える。「プレゼントは例の袋に入って12月24日の夜に宅急便で届いたらしい。ごく普通の宅急便だというし、家族や親類、あるいは友人が送っていると考えるのが妥当だ。とにかく人間の仕業であることは間違いない。幽霊や化け物は宅急便なんか使わないからな」
 朝起きたら枕元に袋が置いてあったとでもいえばまた別の展開になるんだろうが、と草間は付け加えた。
 「でしょうね。人間の仕業なら話が早いわ。配達業者に問い合わせてみましょ。意外と簡単に分かるかも知れない」
 「少々お待ちを」
 腕を組み、目を閉じていた忍が静かな声でシュラインを制した。
 「ある作家の親友が病の床に長くついていた。ある日見舞いに行と、親友は明るい顔で“良い計画を立てた”と言う。作家は親友が生きる希望を持ったのかと喜ぶが、親友は死期を悟っており、作家が結婚してその子どもが5歳になったときに絵本が届くように自分の両親に遺言していた――という話がありますが、この件もそれと同じようなものでは?」
 忍の目が静かに開かれる。「父上か親しい方が母上の愛を今でも届けてくださっているのではないでしょうかねえ」
 「もちろんその可能性もあるでしょうね。先走るのはまずいけれど、どのみち家族や親しい人間が関係していると見て・・・・・・」
 「いえ。私が申し上げたいのはそういうことではなく――」
 忍はやや眉根を寄せ、穏やかな声で言葉を継ぐ。
 「依頼人の身に悪いことが起こっているわけでもなし。下手に送り主を探すよりも、母上や母上の代わりにプレゼントを送っている方の想いを大切にしたほうがよろしいかと。依頼人にとってもそのほうが・・・・・・」
 「そうだな」
 草間も複雑な表情を浮かべる。確かに、現実を暴いては興ざめしてしまうかも知れない。母親が天国から今でも自分を見守ってくれている、そう思っていたほうが双方にとっても幸せなのではないかという忍の言葉にも一理あった。
 しかしシュラインは静かに首を横に振る。
 「確かに依頼人に起こっているのは悪い事ではないけれど、思い出の一環に関わる事なら気持ちよくプレゼントを受け取れるようにしてあげられたらと思うの。だけど加藤さんの言うことももっともだから、まずは調べてみて、結果を依頼人に伝えるかどうかは改めて考ればいいんじゃないかしら」
 「そうですねえ。私の話はあくまで推論、まだそうと決まったわけでもありませんし」
 真実を把握してから判断しても遅くはないか、と忍が肯いた時、濁ったブザーの音がけたたましく来客を告げた。



 顔を見せたのは依頼人である赤沢大輔だった。今時の若者にしては地味なほうだろう。特に手を加えない黒髪に太いままの眉。着ているものも質素だ。安物の上着の小脇に抱えているのは件の袋であった。
 「お忙しいところすみません」
 シュラインが立ち上がって大輔を中に招き入れる。零が手際よく紅茶を淹れて運んで来た。大輔は大学へ行く前に立ち寄ったという。
 「これがプレゼントが入っていたという袋ですか」
 忍は大輔の許可を得て袋を広げた。ミシンを使ってシーツを縫い合わせて作ったと見える。相当黄ばんでいて、大輔が言った通り年季を感じさせた。クリスマスらしく口の部分には赤と緑の長いリボンが巻かれていて、その先端には可愛らしい毛のポンポンがついている。しかしシーツの材質にしろリボンにしろ珍しいものではない。
 「サンタの袋みたいでしょ」
 大輔は紅茶にミルクを垂らしながら苦笑する。「母さん、昔から“サンタさんはいるんだよ”って言ってて。俺や姉ちゃんが中学生になっても高校生になっても、毎年“サンタさんのプレゼントは何がいい?”って聞いてたんですよ。姉ちゃんが社会人になっても相変わらず同じこと言ってて」
 「夢があっていいですね」
 零がお盆を抱いたまま微笑む。
 「そうですね、夢を現実と思ってる間は・・・・・・。俺が小学校三年生の時でしたかね。毎年、プレゼントは何がいいかってサンタさんに手紙を書いてたんですけど、その年は手紙を出さなかったんです。学校の友達が“サンタさんなんかいないよ、親がこっそりプレゼントを置いてるんだよ”って言うから。俺は“絶対いる”って言ったんです。“毎年、25日の朝に起きると俺が望んだ通りのプレゼントが置いてあるんだから”って」
 忍はふと微笑んだ。子供に夢を持たせたいと思う親は必死にサンタクロースを演じるが、きょうびの子供はドライだ。“サンタクロースなどいない”ということくらい知っている。たとえサンタクロースの存在を信じていたとしても、友達から聞かされてサンタの正体を知ることになる。さらに、いないことを知っていながら親に調子を合わせてサンタを信じているふりをする子までいるほどだ。
 「そしたら友達は“じゃあクリスマスに何が欲しいか絶対に親に言わないで過ごしてみろ、もしサンタさんがいるなら親に言わなくたっておまえの欲しいものを届けてくれるはずだろ”って」
 「なるほど。それで、その年はクリスマスプレゼントをねだらずに?」
 「はい。母さんは何度も“サンタさんに何をお願いするの”って聞いてきたけど、結局言いませんでした。もちろんセンタさんに手紙も書かなかった。その年は自転車が欲しかったんですけど、もらったのはゲームソフトでしたね。サンタさんはいないんだって知りました」
 大輔は肩をすくめつつもちょっぴり寂しそうに笑う。
 「母さんにも言ったんですよ、サンタさんなんかやっぱりいないんだねって。そしたら次の年、この袋に入ったプレゼントが枕元に置いてあったんです。もちろん姉ちゃんの所にも。母さんは得意そうでしたね。“ほらね、サンタさんの袋だよ。サンタさんはやっぱりいるでしょ”なんて・・・・・・。でもこんな袋は誰にだって作れるし、俺が使ってたお古のシーツで作ったんだなって分かったから、サンタさんなんかいないって俺は言い張りました。姉ちゃんのほうは母さんに付き合って“今年はサンタさんは何くれるの”なんて言ってましたけど」
 「お茶目なお母さんだったんですねえ」
 忍は目を細めて微笑む。大輔も小さく笑った。
 「母さんが毎年この袋を持ち出すんで、俺もそのうちサンタさんの名前を出すようになってました。母さんの演出に付き合ってやろうかなって。生意気かも知れませんけどね。中学生になっても高校生になっても、母さんは“今年はサンタさんに何をお願いするの?”って・・・・・・俺も“サンタさんに伝えといてね”なんて・・・・・・親子でそんなこと言い合って」
 大輔はそこで言葉を切り、目を伏せる。忍は黙ってハンカチを差し出した。語尾が震えていたことに気付かぬ忍ではない。
 「いくつか確認したいことがあるのですが」 
 大輔の肩の震えがおさまるのを待ってシュラインが口を開いた。大輔は肯き、小さく鼻をすすり上げてから濡れた顔を上げる。
 「去年とおととしにお母様のお名前でプレゼントが届いたとのことだけど、中身はどうだったんでしょうか? 赤沢さんが欲しいものでした?」
 「いいえ、特に欲しいと思ったわけじゃなかったです。去年は手袋で、おととしはマフラーでした。どっちもお店で買った普通の物っぽかったですけど」
 「プレゼントに何が欲しいか、ご家族やお友達に漏らしたことは?」
 「ないです。この歳になると特に欲しい物も・・・・・・商品券とか現金ならいくらでももらいますけど」
 二十一歳の大輔の達観した言い方に忍は小さく苦笑する。
 「それじゃあ、とにかく調べてみましょうか。まずは配達業者ですかねえ」
 忍はシュラインと視線を合わせて腰を上げた。
 「ええ。赤沢さん、お父様にもお話を伺ってよろしいでしょうか? お父様の連絡先などは・・・・・・」
 大輔は肯き、実家と父の仕事場の住所・電話番号などを手早くメモしてシュラインに渡した。



 シュラインは大輔の父の幸太郎の所へ向かい、忍は配達業者への問い合わせを担当した。念のために大輔から姉・茜と父・幸太郎の写真も借りている。
 大輔のアパートの住所と実家の住所を聞き、それを元に地図を見ながら小包の大体の集荷所を推測してピックアップ。ここと目星をつけた集荷所へ電話して問い合わせる。荷物のコード番号などが分かれば手っ取り早いのだが、配達日時と差出人名・住所、送り先が分かっているのだからそれほど難しくはなかろう。電話に出た女性は「少々お待ちくださいませ」と言って通話を保留した。オルゴールのメロディが受話器から流れる。奇しくも曲はジングルベルだ。
 五分近く待っただろうか。やがて先程と同じ女性が電話口に戻り、当該小包を受け付けた窓口の場所と住所を知らせる。忍は受話器を首に挟んでメモを取った。女性が告げた場所はあるコンビニエンスストア。早速忍はそこへ足を向けた。
 住宅地の中に建つコンビニだった。周囲にはのっぺりとした大型の集合住宅と複製したような一戸建てが立ち並ぶ。診療所や商店、公園等も見えるあたりはいかにも団地の風情を思わせる。コンビニの住所は赤沢大輔の実家のすぐ近く。姉も父と一緒に実家で暮らしていたというから、もしかしたらこのコンビニにも頻繁に訪れていたかも知れない。そうであれば店員が顔を覚えている可能性もある。
 ただ、茜や幸太郎を知る店員が今日も出勤しているとは限らない。それに一年前のことである。誰が荷物を持ち込んだかなど覚えているかどうか。不安に思わないでもなかったが、忍はコンビニに入って律儀にあたたかいお茶を買った後でレジの店員に事情を話した。
 「あ、よく来てましたよこの人。最近ぱったり来なくなりましたけど」
 忍が茜と幸太郎の写真を見せると、若い男性店員は茜を指して肯いた。
 「ちょうど去年とおととしの今頃なのですが・・・・・・この女性がここに小包を持ち込んだかどうか、覚えてらっしゃいませんか?」
 「去年とおととしですか」
 案の定、男性は眉間に皺を寄せる。忍は内心でそっと溜息をついた。常連の客でも一年前のことまで覚えているかどうか。店員は少し待っているように忍に告げると奥に引っ込んで行った。やがて中年の女性を伴って戻ってくる。このおばさん店員が茜のことを覚えているというのだ。
 「クリスマスプレゼントだって言ってましたよ。“絶対に25日の午前に届くようにしてください”って」
 ころころとしたおばさん店員はあっけらかんとして言った。「なんだか、弟さんに送るとか聞きましたけど。二年連続で同じこと言ってたんでよく覚えてますわ。弟思いのお姉さんなんだなって」
 忍は礼を言ってコンビニを辞した。シュラインが持ち帰る結果次第だが、これで茜が母の名でプレゼントを送っていた可能性が極めて高くなった。郁代に頼まれていたかどうかまでは分からないものの、郁代の愛情を届けるためにやっていたと見てほぼ間違いないだろう。
 忍の溜息は水蒸気となり、白い雲に覆われた低い空へと吸い込まれていく。やはり現実はこんなものなのだ。サンタクロースの正体と同じように。


 
 ある場所に立ち寄った後で興信所に戻った時にはすでにシュラインが来ていた。大輔の父・幸太郎かの口から「お母さんっ子の大輔を励ますために茜が郁代の名でプレゼントを送っていた」と聞いたのだという。そして、今年はプレゼントが届かないであろうことも。忍も調査の結果を手短に伝えた。予想通りの結末に草間は小さく息をつき、黙り込んでしまう。
 「とにかく、調査が終わったことだけは知らせないとな」
 草間はそう呟いてデスクの上の黒い受話器をとり、大輔の携帯に連絡を入れた。しかし大輔は今日も明日も時間が取れないという。話し合いの末、奇しくも24日に大輔が興信所を訪れることになった。



 そして24日。大輔が来る前に興信所に顔を揃えた忍とシュラインの間には大輔への結果報告をめぐって小さな溝が生じていた。
 「伝えるのですか、赤沢さんに」
 忍は腕を組み、目を閉じたまま静かに口を開く。シュラインはやや間を置いてから答えた。
 「赤沢さんはわざわざ興信所までいらしたのよ。不気味とまではいかないにしろ、気にしていたということでしょ? だったら伝えたほうが・・・・・・」
 「事実を伝えることが常に最善とは限りません。事実とはえてして無味乾燥なもの。逆に、夢や幻想であっても大事にするべきものもあるはず。母上との思い出を大切にとっておくという選択肢も・・・・・・姉上の茜さんもそれを望んでいるのでは」
 「それじゃあ、虚偽の報告をしろということ?」
 「そうは言っていませんよ。しかし、伝え方というものがあるのではと思うのですがねえ」
 堂々巡りの議論が続く。気持ちよくプレゼントを受け取れるようにしてあげるべきだというシュラインと、大輔、そして大輔に対する郁代や茜の想いを尊重したほうがよいという忍の意見が相容れることは難しい。忍とてシュラインの理屈が分からないわけではない。思い出になぞらえたようなプレゼントとはいえ、送り主が分からないのでは落ち着かないのも事実であろう。亡くなった母親の名前なのだから尚更である。しかしそれならそれでいいではないか。天国から母親が見守ってくれている、たとえ送り主が姉であっても、姉は天国の母親の気持ちを届けてくれていた――大輔、茜、そして郁代のそんな想いを大切にすることはそんなに価値のないことだろうか。
 「・・・・・・あの」
 きい、とドアが開く音とともに遠慮がちな男性の声が二人の議論を遮る。忍ははっとして口をつぐんだ。ドアからためらいがちに顔を見せるのは大輔だった。
 「ブザー押したんですけど・・・・・・壊れてたみたいで」
 音が鳴らなかったんです、と大輔は申し訳なさそうに身を縮めている。忍はシュラインと目を見交わして小さく息をついた。
 草間がとりあえずソファを勧める。雪が降り出したのだろうか、大輔の安物の上着の肩には白いものがうっすらと付着していた。
 「すいません、聞こえちゃいました。サンタさんは姉ちゃんだったんですね」
 大輔はかすかな笑みとともに言った。忍も草間も黙っているしかない。シュラインだけが小さく肯いた。
 「お母様の代わりにお姉さんがプレゼントを届けていたんです。お母様を亡くして悲しみに打ちひしがれるあなたを励まそうとして」
 シュラインの言葉に大輔は目を伏せ、何度も何度も肯く。それから顔を上げてにっこり笑った。
 「うん。すっきりしました」
 ありがとうございます、と大輔はぺこりと頭を下げた。
 「バス停まで送りましょう」
 忍が外套を羽織り、大輔の背中を押して促した。



 白い空から白い雪が落ちてくる。寒さは厳しいが、空も空気も暗くはない。いいホワイトクリスマスになりそうだ。
 「薄々分かってたんです」
 バス停までの道をたどりながら大輔は呟く。
 「多分・・・・・・姉ちゃんか父さんだろうなとは思ってました。でも二人には聞かなかった。本当のことが分かっちゃったら寂しいでしょ」
 ちょうどサンタクロースの正体を知るのと同じように、と大輔はちょっぴり悲しそうに微笑んだ。
 「それならばなぜ興信所に? うやむやのまま、母上がプレゼントを届けてくれたのだと思うこともできたんじゃありませんか」
 忍は舞い散る雪を見ながら穏やかな口調で尋ねる。
 「もしかしてと思ってたんです。もしかして本当に母さんが届けてくれてるのかも、って。だから怪奇探偵の草間さんにお願いを・・・・・・でも、現実はこんなもんですよね」
 「そうですねえ。まさにサンタクロースの正体と同じですね」
 幾分か冷めた忍の言葉に大輔は寂しそうに肯く。誰でも一度はサンタクロースの存在を信じる。やがてそのからくりが分かった時は、「やっぱりね」と思いつつも一抹の寂しさを覚えるものだ。
 夢や幻想は時として人の目を見誤らせる。しかしサンタクロースの存在を――天国の郁代の愛情を信じ、幼い日の心のままでプレゼントを待ったところで何の害があろう。
 やがてバス停にたどり着き、細かい雪の向こうからバスのヘッドライトが近づく。
 「今年はもうプレゼントは届きませんね」
 大輔はことさらに明るく言った。「おかげで今日は安心して徹夜できます。卒研のデータをまとめなきゃいけないんで」
 しかし忍は静かに首を横に振る。それから小さく微笑んで言った。
 「今年もきっとプレゼントが届きますよ。私の第六感ですがね」
 「え?」
 バスが停留所に滑り込み、ドアが開く。忍は大輔の背中を軽く押して促した。
 「お忙しいのは分かりますが、今夜は少し早く寝てみてください。でないとサンタクロースも入りづらいでしょうから」
 プシューッという圧縮空気音を伴ってドアが閉まる。結露に濡れた窓の向こうの大輔を見送りながら忍は静かに手を振った。



 忍の言葉を思い出してのことかどうか、卒研のデータまとめで徹夜する予定を変更して大輔は25日の午前二時頃に布団に入った。
 起床は朝の六時。四時間ほど眠ったことになる。最近の忙しさからすればまあゆっくり眠れたほうだ。ほどよく温かい布団にひどく未練を感じつつ部屋着のフリースを羽織って起き上がる。単独ならばともかく、共同研究だ。研究の締切は絶対に守らなければならない。
 食パンをトースターにかけながら大輔の目がふと動く。窓際の壁に寄せた机に何かが乗っている。白い袋だと気付いて大輔は小さく息を呑む。口の部分には緑と赤のリボンが巻かれていた。郁代が作った、サンタさんの袋だ。
 去年とおととしのプレゼントが入っていた袋はきちんとしまってある。断じて机の上に出しっぱなしになどしていない。こんな物はゆうべの二時に布団に入った時には間違いなくなかった。まさかまたプレゼントが届いたのか。震える手で袋を開ける。黄ばんだシーツ生地、古ぼけたリボンとポンポン。まさに幼い頃から使っているサンタさんの袋そのものだ。
 中に入っていたのはひざかけと柔らかいセーターだった。どちらも無地のシンプルなもので、落ち着いた茶系の色。大輔好みの品だ。
 誰の仕業か分からないが、少なくとも今回は宅急便ではない。宅急便がこんな時間に届くはずがないし、第一、宅配業者が勝手に部屋に入ってきて荷物を置いていくことなど有り得ないからだ。今年は幸太郎が届けてくれたのだろうか。父の幸太郎ならば大家から合鍵を借りることもできるだろうし、大輔が眠った頃を見計らってこっそり部屋に入って来たのかも知れない。
 そこまで考えて大輔ははっとする。父にそんな真似ができるはずがない。幸太郎は出張中なのだから。
 「・・・・・・母さん?」
 大輔の声は震えていた。部屋の中を丹念に見回す。郁代がいるはずがないとわかっていても、そうせずにはいられなかった。
 大輔の呼びかけに答えるようにかさりと音がして袋から一枚の紙が落ちた。クリスマスツリーと、その影から顔をのぞかせるサンタクロースのイラストが可愛らしいクリスマスカードだった。
 “卒研や卒論で忙しいだろうけど、体を壊さないようにしてください。あったかくして勉強に励んでね”
 ボールペンの筆跡はみまごうことなく郁代のものであった。
 「母さん」
 大輔はカードとプレゼントを胸に抱いてその場に泣き崩れた。母だ。きっと天国の母がクリスマスプレゼントを届けてくれたのだ。
 昨日から降り出した雪はやみ、一点の穢れもない銀世界の上に穏やかな陽光が静かに降り注いでいる。大輔はサンタの袋とカードを抱き締めていつまでもいつまでも泣きじゃくり続けた。
 
 
 
 その頃、忍は大輔の部屋を見上げながら温かいお茶の缶で手を温めていた。脇に置かれた紙袋に入っているのは赤と緑のリボンを巻いた真新しい白い袋。無言でこちらを見上げる袋には心なしか手持ち無沙汰の感が漂う。忍は小さく苦笑いして紙袋の口を閉じた。
 あの後――配達業者の調査の後で忍は小さなデパートに立ち寄り、大輔にプレゼントを買ったのである。郁代と茜の気持ちを大輔のもとへ届けようと。施錠されている部屋にこっそり入ってプレゼントを置くくらい、義賊の忍の技をもってすればたやすいことである。
 大輔を騙すわけではない。誰かが郁代の代わりに贈り物を届けるという事実が重要なのだ。お母さんっ子の大輔にささやかな夢をプレゼントするために。だから大輔に「早く寝てください」と言ったのだし、深夜に大輔のアパートの近くまで来て部屋の様子を伺っていたのだが・・・・・・。
 忍は見たのだ。大輔の部屋の明かりが消えてから、彼の部屋の窓に何か白い影のようなものがすうっと入っていくのを。夜目が利く忍ですらはっきりとは見えないほど曖昧な容姿で、まさに“影”としか形容のしようがないものであったが、その影は間違いなく赤と緑のリボンを巻いた白い袋を抱えていた。大輔が興信所に持って来たのと同じ、あのサンタさんの袋を――。
 忍は紙袋を提げて歩き出した。靴の下で新雪がさくさくと音を立てる。
 このプレゼントはもう必要ない。大輔の所には郁代の愛が届いたのだから。きっとこれはサンタさんが――母の愛が起こした小さな奇跡。大輔にはそれで充分だし、彼はこれ以上のことは望んでいないだろう。
 空はからりと晴れ渡り、朝の光が真っ白な雪に眩しく反射する。目を細めながら歩く忍に太陽が穏やかな笑顔を向けた。   (了)



 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

5745/加藤・忍(かとう・しのぶ)/男性/25歳/泥棒
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員


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■         ライター通信          ■
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加藤・忍さま


こんにちは、宮本ぽちです。
急な調査依頼だったにもかかわらずご参加くださいましてまことにありがとうございます。
再びお会いできましたこと、心より嬉しく思います。

さて今回は、クリスマスにちなんだお話ということで24日か25日にお届けしたいと思っていたのですが、24・25日は土日だったのですね・・・。
土日祝はお客様への納品は行われないことになっていますので、遅れるよりはと思い、クリスマスの前にお届けすることにしました。

送り主はあっさり見つかった上に、事の顛末は大体加藤さまの推理通りでしたが、最後はほんの少しだけひねってみました。
何かひとつ加藤さまの見せ場をと考えたのですが・・・いかがだったでしょうか;

今回も「さらりと読める、ちょっといい話」を目指しました。
相変わらず長文ですが、クリスマスの気分を感じていただけたら嬉しいです。
それでは、加藤さまにもあたたかなクリスマスが訪れますよう・・・。


宮本ぽち 拝