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ひと月遅れの聖クリスマス
神聖都学園のいくつかの場所に、こんな貼り紙がされている。
『ひと月遅れのクリスマスご協力のお願い。
クリスマスを楽しみにしている皆さまにお知らせがあります。
あたし、サンタクロース協会日本支部サンタ３３号(通称ミミと呼ばれてます)といいます。
本来この季節はクリスマスの準備で大忙しなんですけど、今年は相棒のソラ(トナカイの名前です)が大怪我をしてしまって、その関係のドタバタでプレゼントの準備が遅れてしまってます。
あたしの遅れは仲間のサンタたちがフォローしてくれているけれど、やっぱり限界があります。そこで勝手なお願いだと充分承知しているけれど、「クリスマスプレゼント、少しだけ遅れてもいいよ」という方はいらっしゃいませんか？
協力してくれる方には、遅れる代わりに、気持ちだけですけど、お礼はします。協力できない方も、他のサンタからプレゼントが届くはずなので、ご安心ください。
よろしくお願いします。』
※ ※ ※
貼り紙をみて、あたしは思ってしまった。
さすが神聖都学園。サンタクロースさんからのメッセージが掲示されてるなんて想像できなかったなぁ。海外ではサンタクロースの資格が取得できて日本人で合格したひともいると聞いたことがあるけれど、ミミさんはそういうのではなさそうだし。
支部とか３３号とか現実感があるけれど、たぶん本当のサンタクロースさん。聖夜に夢をみせる配達人。
とはいえ、あたしはクリスマスの思い出はあんまりないのだけれど。あるとしたら、毎年おじさんからメッセージカードが届くくらい。友達に誘われることもないし、素敵な男性と一緒にすごすなんてことももちろんない。いってて少し悲しいかも……。
だから、ひと月遅れでもプレゼントがもらえるのなら、やっぱり嬉しいかな。それよりも本当にサンタクロースさんがいるのに驚いたけど(これも、ある意味プレゼントなのかも)。
聖夜には、あたしもソラさんが早くよくなるようにお祈りしますね。栄養のあるスープを用意したほうがいいのかな、とも思うけど、そちらはプレゼントと交換ということで。
ミミさんもがんばってくださいね。
図書館で本を借りて、ミルクホールでカフェ・オレを飲んで、生協でごはんの材料を買って、寮に帰る途中。
女の子がひとり、うつぶせで倒れていた。少しびっくりしたのは、彼女の衣装がメイドさんだったこと。
「どうしたんですか？大丈夫ですか？」
と声をかけた。身体の調子が悪いなら放ってはおけないし、悪くなくても日に日に寒くなるこの季節、このままだといずれ風邪を引いちゃうと思う。
「あの、大丈夫ですか？どこか悪いんですか？」
もう一度、声をかけてみる。でも、返事はない。
どうしよう。誰か呼んだほうがいいのかな。あたしだけでメイドさんを保健室に運ぶなんてできないし。
と思ってたら。
「……おなかすいた」
ちいさな、本当にちいさな声でいったメイドさんの言葉に、失礼だけどあたしは吹きだしてしまった。そっか、おなかがすいてただけなのね。
あたしは鞄からチョコレートを取りだし、
「今はこれしかないんだけど。すぐそこの寮まで行けばごはん作れるけど、来る？ それともここで待ってる？」
「……行く」
か細い声で返事をしたメイドさんはゆっくり起き上がり、あたしの掌からチョコレートの包みを拾いあげて、それを口にいれた。……かわいいメイド服が汚れちゃってて、もったいないなぁ。
メイドさんは空腹なだけじゃなくて、とても疲れていたみたい。寮までは歩いて五分もしないところだったけれど、その間に何回も倒れそうになった。そのたんびに、あたしが支えになったけれど、腕力には自信のないあたし、一緒に倒れそうになることもしばしばだった。
そんなこんなで自分の部屋にたどり着いたときには、あたしもお腹がペコペコになってしまっていた。
まずは、汚れているメイド服を洗濯機に入れて、彼女にお風呂を勧める。
その間にあたしは料理。今日はクリームシチューの予定。寒い季節に食べるシチューは大好きで、毎年クリスマスの時期になると決まって一度は夕飯に作ったりする。
野菜を洗ってから適当な大きさに切り、お肉、玉ねぎと炒めいるときに――。
「ねえ」
浴室から彼女がひょいと顔をだした。思わずあたしは、
「わっ！？」
「ごめん。驚かせた？」
「ううん、驚いたけど、あなたのせいじゃ……違うかな、やっぱりあなたのせいかも」
「なにそれ」
おかしそうに彼女は笑う。それをみて、あたしの胸はもう一度高鳴った。
さっきはお洋服と一緒に顔にも砂や埃がついていたから気づかなかったけど、彼女はすごい美人だった。シャワーを浴びて、髪を整えて、軽くお化粧をして、それからメイド服を着れば、とてもよく似合うと思う。最近流行りのスカート丈の短いタイプじゃなくて、ゴシックな雰囲気の。たぶん、あたしには似合わないから少し羨ましい。
「ね、バスタオル貸してくれないかな」
「あ、今持ってくるね。着替えも」
さて。
彼女に着替えてもらって、ひとつ困ってしまったことがある。
着替えといっても、彼女は替えの洋服なんて持っていないので当然あたしのもの。そして、あたしは平均的な高校生に比べると、かなり小柄な身体つき。
あたしには標準サイズの洋服でも彼女が着ればミニサイズになってしまい、スカートの中が見え隠れして、ちょっとえっちな格好になってしまってる。
「……ところで」
できあがったシチューと一緒にごはんを食べながら、なるべく平静を装って、あたしは尋ねてみた。
「どうして、あんなところで倒れてたの？」
「実は道に迷っちゃって……」
恥ずかしそうに彼女はいった。
「友達が怪我をしちゃってね。その子がやってたバイトを私が手伝うことになったんだ。あ、バイトってメイド喫茶ね。で、バイト先に行くのに神聖都学園を抜けると近道だって聞いたんだけど」
神聖都学園はあまりに広すぎて、初心者がひとりで歩くと確かに迷子になりやすい。油断すると、あたしでも迷ってしまう。
「ぐるぐる歩いてるうちに、どんどん道が分からなくなって、しかもタイミング悪いことに今日ってなにも食べてなくて……」
話しながら、彼女はごはんを平らげる。これで三杯目。本当にお腹が空いてたんだなぁ。
「お友達の怪我ってひどいの？」
「ちょっちね。今は入院してる」
「もしかして、あなたサンタクロースさん？」
「サンタ？」
不思議そうに小首をかしげた彼女。
「やっぱり違うよね。さっきね、そういう貼り紙をみたから、もしかしてって思ったんだけど」
ミミさんとソラさんのことを話すと、楽しそうに彼女は耳を傾けてくれた。
「クリスマスかぁ。ひと月遅れってのも、なんだかちょっといいよね」
「うん」
「でも、私のクリスマスプレゼントはあれかな？」
「あれ？」
「今日、ゆ〜なと出会えたこと」
くすぐったいことを言われてしまった。たぶん、あたしの顔は赤くなってしまったと思う。誤魔化すように、
「……シチュー、おかわりする？」
と聞くと、
「えいっ」
なぜか抱きつかれてしまった。……だから、下着がみえちゃってるんですけど。
冬休みになると、さすがの神聖都学園の寮も里帰りとかで、寮生の半分近くが（お年玉目的という説があるけれど）帰省してしまう。
ちなみに、あたしは居残り組。帰りたくないわけじゃないけど、図書館で借りた本を読んだり、石榴の木の見回りをしたり、こちらでやりたいことがあって毎年なんとなしに帰りそびれている。とかいっていたら、あたしの部屋に居候ができてしまった。もちろん、メイドさんの彼女。アルバイトに行くには、家からよりも神聖都学園からのほうが便利なんだって。
許可のないひとを勝手に部屋に住まわせてしまうのは問題なんだけど、実は神聖都学園の寮、基本的にふたりで一部屋ということになっている。どういうわけか、あたしは一部屋を占領しちゃっているんだけど。
そのことを付け加えて、管理人さんに事情を話したら、意外にあっさり了承がとれてしまった。
「お帰りなさいませ、お嬢さま」
図書館から帰ってくるなり、メイド服をきた彼女が満面の笑みであたしを出迎えてくれた。衣装はともかくとして、部屋で誰かが待っててくれるっていいなぁ。ずっと寮でひとり暮らしだから、そんなことを思ってしまう。人肌が恋しいというか。
「ごはんの準備できてるよ」
「うん、ありがとう」
誰かにごはんを作ってもらうのも、久しぶりの感触。いいな、こういうの。でも、
「いつもその格好で恥ずかしくない？」
「まさか。これは趣味の世界だもの」
そういうものなのかな？ もしかして、からかわれているだけかも。そんな気がするなぁ。
「ゆ〜なも今度お店にきてよ。友人割引するよ」
「うーん」
興味がないわけじゃないけれど、実際に行くとなると尻込みをしてしまう。お嬢さまと呼ばれるのも、なんだか恥ずかしいし。
「じゃあ、お見舞いは？ ゆ〜なを紹介したいし」
「ここから遠くない？」
「全然。入院してるのはここの大学病院だし」
「……そういうことは早くいってよ」
思わず溜息をついてしまった。そんなに近くいるのを黙っているのは、ちょっとひどい。彼女の友達なら、お見舞いじゃなくても、一度は会ってみたいし。友達になれるかな、なんて期待もあるし。
「あした、一緒に行こう？」
今度はあたしからいうと、彼女はにこりと微笑んで、「うん」とうなずいた。
会って驚けよ。絶対惚れるから。と彼女が豪語していたその子は、とても可愛らしいひとだった。
背はあたしと同じくらい。顔立ちは少し幼くて、笑うとなんだか中学生とか小学生に間違われてしまいそう。肌も白くて、端正な顔、「お人形みたい」という喩えはこの子のためにある言葉のように思えてしまう。
お見舞いの品──病気じゃなくて怪我だから、あれもこれもと買ったら膨大な量になってしまった──を渡すと、「わぁ、うれしい。ありがとうっ」と屈託なく笑って、これもまた可愛らしい。
「で、調子はどうなの？」
「だいぶ好くなったよ。リハビリして、少し様子をみないとだけど、年明けくらいには退院できるって」
「そっか。じゃあ、退院したら快気祝いでパーティとかしよ？ ゆ〜なもいいでしょ？」
「うん」
パーティをするのは、もちろん賛成。楽しいことや、ひとがしあわせな気持ちになれることは、たくさんあったほうがいいもの。だけど──。
「ふたりとも、今年のクリスマスって何かやった？」
聞いてみると、ふたりとも首を横にふった。
「今年は慌ただしくて気がついたら過ぎちゃってたよ」
「わたしも」
「だったら、パーティは一月二五日にしない？ ひと月遅れのクリスマスということで」
その日にはソラさんの怪我も治ってて、ミミさんからのプレゼントも届いているかもしれない（プレゼントが目的というわけじゃないんだけど、ね）。
もしかしたら──彼女の言葉じゃないけれど、今年のクリスマスプレゼントは、このふたりと知り合えたことかもしれないけれど。
そして、時間はあっという間にすぎて、一月二四日の夜。
翌日は普通に授業があるのに、あたしたちは夜遅くまでパーティの準備をしていた。準備だから、もちろん主役はぬきで。
会場はあたしの部屋。
あたしが料理の下ごしらえをして、彼女には部屋の飾りつけをしてもらって。時折、ふたりしてプレゼントの話なんかもして。
プレゼントといえば、玄関先にふたつ、すでに置いてある。ミミさんとソラさんのために、マフラーを編んでみたのだ。一緒に手紙も添えて。
セーターや手袋（トナカイさんだと足袋になっちゃうのかな？）も考えたのだけど、サイズが合わないとかえって迷惑なような気がしたから、無難なマフラーを。喜んでもらえるといいな。
「ね、ゆ〜な」
不意に言葉をかけられた。
「なあに？」
「サンタからのプレゼント、なにが貰えると嬉しい？」
「んー、なんでもいいよ。でも、電化製品は避けてほしいな。あたし、機械音痴だし」
「そっか。ゆ〜なって携帯も持ってないくらいだもんね」
「うん」
最近オール電化の家が流行っているみたいだけど、あたしには絶対無理。ごはんも作れなくなって、きっと餓死しちゃう。
と、そのとき。
玄関のほうでゴトリと音がした。もしかして、と予感がして、ふたりして駆け足で外へでた。そこには三つのプレゼントボックス。メッセージカードも挟まっていた。
「開けてみよっか？」
中身が気になって返答に迷ってしまったけど──。
「今はやめよ。開けるのは三人一緒で」
「そっか。そだよね」
でも、せっかくだからメッセージカードくらいは、と抜け駆けしてふたりで先にみることにした。
『プレゼント、遅れてしまってごめんなさい。ソラもすっかり元気になりました。
マフラー、ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね。
楽しいクリスマスを！』
よかったですね、ミミさん。
ミミさんとソラさんも、ひと月遅れだけど、楽しいクリスマスを。あたしは祈りをこめて空をみあげた。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【2803 ／ 月夢優名 ／ 女性 ／ 17歳 ／ 神聖都学園高等部２年生】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、ライターのひじりあやです。
いつもありがとうございます。そして、毎度ながらお届けするのが遅くなってしまってごめんなさい。依頼を受けたあとに、プライベートで忙しくなってしまって、今回はお届けすることも出来ないかもしれない、と正直焦ってしまいました。
遅くなってしまった分、少しでも、本当に少しでも、今回のお話を楽しんでいただければ幸いです。ミミからのプレゼントが何だったのかは結局秘密でしたけれど。
それと、前に言い忘れたので、ひとつ補足みたいな裏話もしますね。
わたしの書く神聖都学園高等部の設定は、以前のイベントであった幻影学園奇譚の設定がベースになっています。寮が基本的にふたり部屋とかという話はそこからきています。書く段階になって、少し調べてみて、初めて知ることがあって結構驚いたりすることがあります。まだまだ謎が隠されている学園みたいですね（笑）
落ち着くまでしばらくＯＭＣの活動は控えることになってしまいますけど（何回目でしょうか・汗）、また会える日を楽しみにしています。
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