コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


家族の肖像
●それは1枚の写真
 アパート『第一日景荘』――周辺は夕方の薄明かりから夜の闇へと次第に移り変わる時刻。日中は冬にしては気温も若干高めだったが、それも夜が近付くにつれどこかへ逃げ始めたようである。
 そのアパートの一室にて。1人のぼさぼさ髪の男――来生十四郎が椅子にどっかと腰掛け机に向かい、厳しい目で手の中にある写真を眺めていた。いやまあ、十四郎の目つきは普段から非常に凶悪であるのだが……それとはまた何か違った雰囲気が漂っているように思える。
 写真の大きさはA6サイズ、普通の写真より大きめだ。理由は容易に推測出来る。そこにあったのは1組の家族の姿。名所であるらしい岬の看板の前に並んで写っていた。裏には父親の字か、日付と行った場所が記されている。11年前の夏だ。家族旅行の記念写真として引き伸ばして残したのだろう。
 しかし、妙なのはその写真のコンディションだ。変色していたのは時間の経過による劣化があるのだろうが、それだけでは説明し切れない変色具合。さらには全体的にぼろぼろでもある。
 その理由は机の上に目を転じると分かった。厚手の茶封筒が置かれていたのだ。全体が煤け、端が焦げた茶封筒が。恐らくはこの茶封筒に入った状態で不幸にも火事に遭遇したのであろう。
「懐かしい」
 十四郎の背後から不意に男の声がした。いつの間にか、銀縁眼鏡のオールバックでスーツ姿の男が立っていた。十四郎の兄、来生一義である。
「あの時の写真か」
 十四郎の背中越しに写真を覗き込み、心底懐かし気にしみじみとつぶやく一義。家族の記念写真であるのだから、当然十四郎のみならず一義も一緒に写っている。懐かしく思うのも当然の反応だ。だが、十四郎の口から出た言葉はそれとは違った。
「……今更こんな物」
 一義の方を見もせず、苦い顔で机に写真を置き悪態をついたのである。
「おい、そういう言い方はどうなんだ。せっかく送ってくれたのに。今の言葉聞いたら悲しむぞ」
 そんな十四郎を一義が窘める。実はこの写真、2人の親戚がつい最近になって送ってきた物だった。保管していたのだが、不意に押入れから出て来たとのことである。
 すると十四郎が一義をぎろりと睨み付けて口を動かした。
「……られるな」
「何?」
 前半部分がほとんど聞き取れず、一義が聞き返した。
「よくこんなもの見て平気でいられるな。そう言ったんだ」
 もう1度、今度ははっきりと聞こえるように十四郎が言った。一義を睨み付けたまま。
 無言で睨み合う2人。沈黙の時間がしばし流れた。

●水入り
 沈黙を破ったのは一義の方だった。
「何だって……」
 十四郎の聞き捨てならない言葉に、思わず銀縁眼鏡の奥の目が吊り上がる一義。
「……何て言った、今」
「ああ、何度でも言ってやるよ。よく平気でいられるなってな。神経がどうかしてるとしか思えないぜ」
「どうしてこれ1枚でも焼け残ってよかったと思えないんだ……」
「……よかった? よかっただって? 本気で言ってるのか?」
 十四郎が顔を一義のそばへぐいと近付けた。
「こんなもん……あの時一緒に綺麗さっぱり焼けてなくなりゃよかったんだ」
「十四郎!」
 語気強く、一義は十四郎の名を呼んだ。怒りの感情を多分に含み。
「…………」
 無言で一義を見る十四郎。何か言いかけようとするが、すぐに思いとどまり口をぎゅっと結ぶ。そんな十四郎の目に一瞬、罪悪感という感情が読み取れたのは決して気のせいではなかったのかもしれない。
 あの忌わしき時――家に火が放たれ家族が焼死した晩、友だちと遊んでいた十四郎はただ1人難を逃れることが出来た。だが不幸中の幸いであったそれは、新たな不幸を生み出すこととなってしまった。1人だけ難を逃れたことで十四郎は、引け目を感じずには居られなくなったのだから……。
「……本心じゃ、ないよな。今の言葉」
 少し冷静さを取り戻し、一義が十四郎に問いかけた。
「本心なんかじゃ、ないだろ」
 もう1度、弟に問う。と、その時だ。
「ほーい、たーだいまーっと」
 玄関が開いて、男の明るい声が聞こえてきたのは。そしてどたどたと足音が2人の居る方へと近付いてくる。
「買い物行ってきたでー。やー、惣菜屋のおばちゃんがおまけしてくれてなぁ、コロッケたっぷり入れてくれたんや。今夜はコロッケパーティや……なぁ……?」
 2人の前に現れた男――居候の来生億人はおまけされた喜びを帰ってきて早々語っていたが、部屋の妙な空気と睨み合う2人の姿にはっとした。
「ちょ、ちょ、ちょおどないしたん? また喧嘩したんか?」
 荷物を足元に落とし、億人が十四郎と一義の間に割って入った。ちなみに十四郎と一義の喧嘩は日課のようなもの、特別珍しい訳ではない。けれどもこの時は、その日課のような喧嘩とはまた違うものを億人は感じ取っていたのである。
「もぉ、今日の喧嘩の理由は何やねんな」
 億人が尋ねると、一義がぼそりと答えた。
「写真だ。形見の」
「写真?」
 机の上を見る億人。それで1人納得する、これが今日の原因かと。どのような背景があるのか知らないけれども。
「何やよぅ分からんけど、形見やったら大事にせな。な? な? なぁ?」
 十四郎、一義、また十四郎と繰り返し顔を見る億人。とにかく仲裁せねばという気持ちが先に立っていた。
 そんな億人が醸し出す空気に、怒りやら何やらが少し抜けたのだろうか。十四郎は小さく溜息を吐くと、ちっと舌打ちをした。面白くなさそうな表情だ。
「もういい。……飲みに行く」
 と言って十四郎は、ハンガーに架けてあった上着をとっとと取って玄関の方へ向かう。
「あ、コロッケどうするねんな?」
「勝手に食ってろ!」
 億人の質問に振り返ることなく答え、十四郎は外へと出かけてしまった。残されたのは一義と億人の2人だけである。
「……都合が悪くなると逃げる」
 銀縁眼鏡をくいと上げ、一義がつぶやいた。それを聞いた億人が思わず苦笑した。

●口止め
「兄弟仲良うせんとあかんで」
 そう言いながら億人は出しっ放しになっていた写真を1度裏表見てから、一緒にあった茶封筒へ仕舞おうとした。ちょっとした親切心である。
「んと……んしょ……ん? 何や入りにくいなぁ……」
 しかし写真がなかなかスムーズに茶封筒へ入ってくれない。億人は首を傾げ、一旦写真を机に置くと茶封筒の中に指先を突っ込んでがさごそと動かしてみた。
 指先に何かが触れた。
「何かまだ入っとるで。あー、これ内ポケットあるんやな。どうりで入りにくいはずやわ」
 指先をかき出すように動かし、触れた物を茶封筒の外へと出してみる億人。それは折り畳まれたごく小さいメモのようであった。
「何やろこれ」
 億人は何の気なしにメモを広げた。一義もそばでメモを覗き込んでみた。次の瞬間――顔色の変わった一義が、慌ててメモを億人の手から引ったくった。
「へ?」
 思わず間の抜けた声を上げる億人。それはそうだろう、横から持っていた物を急に引ったくられて平然としていられる者はそうは居ない。もっとも億人は悪魔であるが、それでもだ。
 億人が一義の方に向き直った。一義の顔が強張っていて、厳しい目を億人へ向けていた。
「ど……どないしたん?」
 恐る恐る億人が一義に尋ねた。
「喋るな」
 それに対し短く、きっぱりと言う一義。
「え?」
「このことは十四郎には一切喋るな」
「は? け、けど何で……」
「いいから喋るんじゃない。喋ったら……ただでは済まないからな」
 一義の口調は冗談なんかではない、本気だ。その気迫たるや、普段の一義からは想像もつかないもの。それで億人を脅しているのだ。
「……返事は」
 返事を促す一義。億人はこくこくと何度も頷いた。
「ぜ、絶対に言わへんから……」
 この状況では、こう答える他ないに決まってる。そんな億人の脳裏に、先程のメモが浮かんでいた。
 メモにあったのは家族全員の物らしい名前。写真の裏に記されていたのと、同じ者が書いたように思えた。
 ただ、その中に――何故か十四郎の名前だけが見当たらなかったのは、果たして億人の気のせいだったろうか。

【了】