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鋼鉄の乙女
静寂の始まりは一つの終わり。
小さな館には全ての終わりと始まりが詰まっている。
その館は別の場所では「ABYSS」と呼ばれている。
静寂とその楽園を司る黒の館という意味で……。
そんな館の主が、貴方を呼び寄せた。
どうしても、頼みたい事があるそうだ。
「ごめんなさい、こんな所に呼び出してしまって。…貴方にどうしても頼みたい事があるのです」
主である、マイ・ランフォードが口を開いた。
そして、テーブルに置かれた紅茶を手探りで探し、見つけるとカップをゆっくりと持ち上げる。
「それは、この屋敷にある断罪の間の事なのです」
この屋敷には様々なフロアがある。
居間、贖罪、悠久、闇夜、そして断罪。
それぞれのフロアはそれぞれの機能を持っている。
今回頼み事がある部屋は、断罪のフロア。
それは、牢獄と拷問部屋が存在するフロアである。
「実は、あのフロアの拷問部屋にはギロチン、鉄の処女、ロッティン・バウンドにクイーン・デッドが存在するのですが…」
苦笑を浮かべる主。
ソレもそうだ。なぜそのようなものがこの屋敷に保管されているのか。
それすら不思議でならないのだから。
「そんな顔なさらないでください。私、あれ等を使った事なんてないんですから。で、ですね。…その中に新しく取り入れた道具なのですが……あ、これも使うつもりはありません。私の物集めの悪い癖がここにも出てまして…」
焦る主を見て、貴方はきっと呆れるだろう。
何しろ、不気味な館に拷問室。
更には様々な拷問器具。
不気味としか言わざる得ない。
「その鋼鉄の乙女なんですが……どうやら其処に霊がついてしまってるみたいなんですよ」
怨念。怨霊。
その類だとしか考えられなかった。
「鋼鉄の乙女から、声が聞こえるのですが……外国の人らしく、言葉が分からないのです…。それでお願いなのです。もし、あそこに霊がいるとするなれば対処して欲しいのです。もちろん、お礼はします。排除するも、浄化するも。お任せ致します」
正直、嫌な依頼かも知れない。
何しろ、拷問器具が沢山あるというその部屋に行かねばならないのだから。
「クァレル。貴方が案内してあげて頂戴。私も参りますが、私は目が見えませんから…」
苦笑を浮かべる主。何時の間にいたのか、その傍らで小さく頷く男。
貴方は、この依頼をどう受ける?
「…で、私の出来る事はするつもりなのですが…如何にもお金がありそうですね、この屋敷は…?」
スローテンポで会話を切りだす彼、加藤忍の言葉に館主であるマイは苦笑を浮かべた。
「この屋敷にあるもの全ては、殆ど別の世界より持ってきたものですから…お金は使っていません。此方に来てからは皆働いていますが…」
「しかし、たったこれだけの人数が働いて共存してもこの屋敷は買えないでしょう?」
「この屋敷はランフォード家が代々受け継いでいますので……。クァレル、そろそろ彼を案内して差し上げましょう?」
「はい、主様。それでは、忍様。此方です」
そう言うと、クァレルはゆっくりと立ち上がり、居間のドアを開け表へ出るように促す。
その男は不気味なまでに笑っている。
その笑顔は崩れるコトはない。何時見ても笑っている不思議な男だ。
「それで、その鋼鉄の処女というのは……一体どうやって手に入れたのですか?」
「其れがですね…私の興味というのもありますが…どうしても引き取って欲しいというお方がいましてね…?」
「ふむ…拷問道具ですからね。不気味になったんでしょうか?」
「多分そうだと思いますが、それでも様子が変だったのです。まぁ、興味がありましたから引き取ったのですが……そうしたらこの様です」
苦笑する彼女に対し、忍は腕組をしながらうーんと考え始める。
何故霊が取りついたのか。霊は現状を嫌っているのか。
もし嫌っているのであれば…その宝を救い出すと考えているからだ。
勿論、そんな考えはマイなら分かれど、クァレルには分からないだろう。
「此方が、断罪のフロアです」
クァレルがそう言うと、忍は立ち止まって辺りを見回した。
ジメジメした地下のような廊下。
辺りの扉には血がべったりとついている。
コレで使っていないというのは信用出来ないのだが…。
「この血は、先祖がコレを使っていたという噂ですから、その時のものだと思います。今は触るだけで剥がれてしまいますよ。ホラ」
そう言ってマイはその血に触って見せる。
確かに、彼女が触っただけでべりっと音をたて、地面に落ちてしまった。
そして、クァレルがそんな彼女を支えるかのように傍らにつく。
目が見えない為、こういう暗い所だと心配になるようだ。
「クァレル。ここからは私と彼だけで行かせてください」
「しかし、主様……」
「私の指示が、聞けないと?」
明るい声で言い放つ彼女に対し、クァレルはビクリと背筋を震わせ小さく頷く。
そして、一度お辞儀をすると、そのまま一瞬にして消えてしまった。
どうやら彼は人間ではない。普通の人ならばそう察知するだろう。
何事もなかったかのように、彼女は忍に笑顔を向けた。
「さぁ、参りましょう。この先に鋼鉄の処女……アイアンメイデンがございます」
その声は、とても不気味に聞こえて仕方のない忍だった……。
暫く歩くと、一つの大きな部屋に忍は通された。
其処は薄暗く、部屋の真ん中には一つの古ぼけた乙女の銅像が存在していた。
多分、これから鋼鉄の処女なのだろう。
「ここがその場所です。ご確認できますでしょうか?」
「はい。部屋の真ん中にあるあの銅像が…其れなんですね?」
「はい。申し上げました通り、あの銅像には霊がついてしまっています。どうにかして差し上げたいのですが、何分外国語。私にはさっぱり分からないのです」
どうやら彼女も霊を助けたい位置にあるようだ。
果たして、本当に言葉が通じるのか。
そして、この霊を助けるコトが出来るのだろうか。
とりあえず忍は、銅像にゆっくりと近づき始めた。
すると、銅像が一度。ガクンッと動いた。
「……ッ!?」
「気配がします…どうやら近くにいるみたいですね。警戒していらっしゃるようです」
「分かるんですか?」
「目が見えない代わりに、気配は敏感に察知出来ますからね」
苦笑してそう言うと、マイは壁伝いにゆっくりと歩き出した。
すると、鋼鉄の処女からウオォォォ…という低い声が発せられると同時に、目から血の涙が流れ出していた。
どうやら、本当に霊がついているようだ。
「開けて見ても、いいですか?」
「それでしたら私がやりましょう。貴方様に怪我をさせてはいけませんからね」
「しかし、盲目の貴方にさせるわけには……」
「これでも私、強いですから」
冗談半分にそう言うと、マイは手探りで銅像を探す。
探り当てると、ゆっくりと……その銅像を開いていく。
銅像の中は空洞になっており、其処には無数の針が仕込まれていた。
しかも、どれも使用後のようで血がべったりと針についている。
見ているだけで不気味になれる。
そう思っていると、その針の中に一人の人の姿が浮かび上がった。
青白い輝き。嘆きの声。それはまさしく霊のものだった。
「貴方が、銅像の霊…ですか?」
『ソウ……ヨ……ワタシヲ……カエシ、テ……』
霊と対話する忍。
言葉は外国語の為、マイには理解出来ず首を傾げている。
忍は対話を続けた。
「私を返す…?一体どうしたというんですか?貴方は何故、この鋼鉄の処女に取りついているのですか?」
『ムスメ……コロサレタ……ダカラ……コレ、ウラム……』
「え、えっと…忍卿、何と言ってらっしゃるのでしょうか?」
「娘さんがどうやらこの拷問道具にて殺されたみたいです。だからこの道具を恨んでいるのでしょう」
「…そうですか。様子がおかしいと思ったら…そういう事だったんですね。血の臭いもしていましたし…どうやら新しいものと見て間違いないでしょう」
マイがそう言うと、忍も小さく頷いた。
その針についている血。外にあった血のように黒くなく、真紅。
つまり鮮血である事に間違いないのである。
「マイさん。この拷問道具、何時頃引き取られたんですか?」
「先週になります。変な男が持ち込んできて、お金はいらないからと置いていったのですが……」
「ナルホド。その男が彼女の娘さんを殺したという事で間違いなさそうですね。……貴方は、これからどうしたいのですか?」
『ムスメ…コロシタ…オトコ……ノロイコロス……ゼッタイニコロス……』
霊は少しずつではあるが興奮してきているようだ。
このままでは暴れられてしまう。
確かに霊はこのアビスに用はないようだ。
しかし、この屋敷の人間に危害を加えるといったコトはない。
ただ、呪い人を殺したいという一心だけのようだ。
「…どうしましょう?彼女の願いを私が叶えてあげるわけにはいきませんし…」
義族であるが為、殺しはあまりしたくない。
しかし、このままではこの霊があまりにも可哀想過ぎる。
「…私に一つ、いい考えがございます。忍卿、今から言う言葉を彼女に伝えてくださいませんか?」
「はい?いいですけど……」
「…貴方の望み、叶えるコトは可能です。しかし、其れをする事で貴方はアビスへと落とされ、娘様にも会えないでしょう。それでも、選びますか?その道を…?」
マイの言った言葉を、忍は偽りなく全て霊に伝えた。
すると、霊も少し落ち着いてきたのか戸惑っているようにも見えた。
呪い殺せば天国にはいけない。
逆に奈落へ落ち、その苦しみを味わう事になる。
…つまり…娘とは違う場所へと行ってしまうというのだ。
それでも、殺したいのか?マイはそう尋ねているのだろう。
『ムスメ……』
「忍卿。貴方の意見で彼女に決断させてあげてくださいませ。…私が関与致しますと、少し厄介な事になりますので」
「そうですね……私としては貴方を助けたいのです。しかし、貴方が呪い殺すと選び、其れが最善だと思うのであれば私は止められません。しかし…娘さんは悲しむでしょう。母である貴方が、霊になってまで人を殺したと知れば」
忍の言葉に、完全に霊からは戦闘意思が喪失されたようで、地面にぺたりと座りこみ泣きじゃくってしまっていた。
その姿は、娘を思う母そのもの…人間の母とよく似たものだった。
マイは、決意を済んだ事を悟ると黒のワンピースを少しだけずらし、霊に見せた。
忍は慌てて目をそらすものの、背中という事で少しだけ視線を戻す。
その背には何かが千切られた痣が見えていた。
「…伝えてください、忍卿。この痣に触れてください、そうすれば貴方はもう苦しまなくて済む…と」
「…分かりました」
『クルシミ…ナイ…ムスメ…セカイ…』
そう繰り返し何度も呟きながら、霊はマイの背の痣に触れた。
すると、霊は眩い光を放ちその場から消えてしまった。
存在していた場所に、水色に光る宝石を残して……。
事件を解決した2人は、また居間に戻ってきていた。
テーブルには残された水色の宝石が乗せられている。
「さて、これで私の仕事はおしまいですね」
「あ、忍卿。もう一つお願いがあるのです」
「はい、何か?」
「あの鋼鉄の乙女ですが…私から盗んでくださいませ。そして、二度と誰にも使われる事がないよう、処分して欲しいのです」
意外なお願いだった。
彼女もアレは大切にしていたものだったろう。
其れを処分してくれというのだ。
「いいんですか?」
「あんな物、存在してはいけなかったのです。私も浅はかでした…興味本位でアレを受け取ってしまうなんて…」
「貴方がそう言うのであれば、私もそうしましょう」
「お礼はこの宝石でよろしいですか?コレは、乙女の涙という貴重な宝石です。不思議な力を持つと言われています」
「……それでは、私の仕事をしてお暇します」
そう言うと、忍は宝石を懐に入れるとまた断罪の間へと出て行った。
「……もう二度と……あんな悲しみを抱く人が、現れないことを……祈りたいですね……」
そして、その日。
アイアンメイデンは忍の手によって静寂の館から盗まれ、その所在は誰にも知られる事なく処分されたのである。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5580/加藤・忍/男/25歳/泥棒
―マスターより―
初めまして、神無月鎌です。
この度の発注、誠にありがとうございました。
満足のいく作品になれば幸いです。
このPCさんを書く事、少し戸惑ってしまいました。
どうやって活躍させればいいのか?とか。
癖を掴むのに時間がかかってしまいましたね…。
ですが、最後の最後で盗賊というお仕事を
思い切ってさせてみました。
やはり、義族というのはこういうものだ!というイメージが
少し強すぎたでしょうか(汗)
まだまだ未熟な点が多く
見苦しい文章になってしまっているかも知れませんが
これからも宜しくお願い致します。
それでは、またお会いできる日を祈って――…。
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