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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


なんにしましょう

 カウンターの上に、カウンター。1/12サイズのドールハウスは、アンティークショップ・レンの内装をそのままにかたどっていた。ただし壁はショーウィンドウと入口のある一面だけしかない。その壁がないことを除けば、棚にある商品の一つ一つまでもがそっくり同じだった。カウンターの裏にあるものも、指でつまめば取り上げられる。
 これは売り物なのか、それとも置物かとあちこちの角度から眺めていたら、煙管を吹かした碧摩蓮が
「あんた、店番をしてておくれ」
と言うなり奥へ引っ込んでしまった。
「店番、と言われても・・・」
とりあえずカウンターへ入ってはみたが、そこらをうろうろ見回すだけでなにをすればいいのかわからない。なのに、こんなときに限って店の扉が開くのだ。
「・・・え?」
確かに客がやってきた。しかし開いたのはなんとカウンターの上に置かれたドールハウスの扉。そして入ってきたのは・・・。
「エクスチェンジ、プリーズ」

 精巧なドールハウスの外見に目を奪われていた高台寺孔志は、最初その音に気づかなかった。機械から発せられるたとえば、自動販売機の「いらっしゃいませ」という声に似た人工的な「エクスチェンジ、プリーズ」。それはドールハウスのカウンターに置かれた小さなスイッチを押すと、音が出る仕組みになっていた。
「エクスチェンジ、プリーズ」
スイッチは再び鳴らされた。
「ん?今、誰か・・・」
ようやく下を見た孔志、その視界に飛び込んできたのはなんと一匹のげっ歯類。ネズミだと認識した瞬間、孔志は思わず手に抱いていた花瓶を放り投げ全身に鳥肌を立て叫び出しそうになった。なにしろ駆除の対象となるような生き物が大の苦手なのだ、ネズミといえばその筆頭であるだろう。
 だがどうにか、なんとか寸前で悲鳴を飲み込んだのは、ネズミの黒い瞳が普通のものより賢そうに黒い輝きを放っており、本来鼠色と称される灰色をした毛皮が滑らかな銀色に光っていたからであった。どうやらこれはネズミでも、ただのネズミではなさそうだと孔志は恐る恐るすくめていた首を伸ばした。
「い、いらっしゃい、ませ」
だが正直、まだ背中のあたりがむずかゆい。気持ち悪さでざわざわとしている。
「な、なんの用でございますか?」
孔志の調子は、口調を聞いていればよくわかる。気分が高揚しているときはやたらに喋るのだが、緊張していると妙な敬語を使ってしまう。普段は滑らかな舌が、固まってしまうのだ。
 チュウ、とネズミが鳴いた。その程度のことでも孔志は飛び上がりそうになるのだが、どうにか堪える。頭の中で懸命に
「これはハムスターだ、リスだ、フェレットだ」
と自分に言い聞かせるのだが、残念ながらどれもチュウとは鳴かない。
「エクスチェンジ、プリーズ」
三度鳴らされたスイッチ、ようやく孔志の頭が動きはじめる。そういえばさっきからこのネズミはスイッチを押している。これは偶然ではなく、目的があって押しているらしい。
「・・・ひょっとして、なにか交換してほしいものがあるのでございますか?」
まだ少し言葉はおかしかったが、言い淀みがなくなった分だけましになっていた。どうにかではあるが、ネズミの顔も見られるようになっている。
 銀色の毛皮をしたネズミは、暗闇でもこの毛は美しくきらめくことだろう、孔志の質問にコクリと頷くと後ろ手に隠していたものを持ち上げ、カウンターによいしょと載せる。

「うおっ」
今度こそ孔志は声を上げ、のけぞった。だがそれはネズミが悪い。なぜならネズミが見せたものというのがなんと、白い乳歯だったからだ。大きさからして糸切り歯だろうか。つややかに尖ったところへ少し、虫歯の痕跡が見える。
「な、なんだよこれ!どっから持ってきたんだ!」
歯は小さかったが、さすがにネズミの口の中に生えているサイズではない。なぜこんなものを運んでくるのか、正直孔志はネズミのことを言葉が通じなくても構わないから問い詰めたい気になっていたのだが、ふと昔の記憶が蘇ってきた。
「・・・あれ?待てよ、俺なんかこういう話聞いたことがあるぞ」
ネズミと歯、という組み合わせに懐かしさを覚えたのだ。
「なんか、昔話だっけなあ。お袋が寝るとき読んでくれた本の・・・」
カウンターの上に歯を乗せたまま、腕組みをして真剣に記憶と勝負する。なんとしてでも思い出してやるという意地だけがそこにはあった。
「えっと・・・ネズミ、ネズミ・・・」
人間の記憶というのは脈絡のないもので、順序立てて思い出そうとしてもなかなかうまくはいかない。それよりも連想などをしていると、突然ふっと落ちてきたりもする。孔志の場合も同じでネズミからチーズ、チーズからイタリア、ヨーロッパと連想しているうちスペインが出てきて、直後にPerezが引きずり出されてきた。
「Perez!」
驚いて飛び上がるのは、今度はネズミの番である。
 つかえていたものがやっと吐き出されたような清々しい顔で孔志は木製のカウンターを何度も手で叩くと、これは現実サイズのカウンターである、ネズミを指さしつつ親しげな口調で呼びかけた。
「そうだよ!お前Perezだろ!メイドインスペイン!間違いねえ!」
孔志が幼い頃、母は外国の物語をよく枕元で読んでくれた。日本の「桃太郎」や「かぐや姫」がなかった代わりに、ロシアだのスウェーデンだのの民話はよく聞いた。スペインの物語、子供の乳歯を集めて回るネズミの話もその中の一つだった。
 スペインでは乳歯が抜けたとき、空に放ったり土に埋めたりはせずに枕元へ置いて眠るのだという。するとネズミがやってきてコインと交換してくれる、そのネズミこそがPerezという名前で、初めて歯の抜けたときに孔志もスペインの子供の真似をしたものだ。前歯を枕元へ置いて、眠って、次の朝になるとそれは百円玉に変わっていた。
「Perez!あんときはありがとうなあ!って、スペイン語わかんねえ!」
人見知りをしていたところが実は十年来の友であったような気分だった。とにかく孔志は、ネズミに親愛の情が伝わればいいと知っている限りのスペイン語を並べたてる。
「Buenos dias!Te quiero mucho!Perdon!」
人間、さほど語学に通じていない場合知っている外国語といえば「こんにちは」「愛しています」「ごめんなさい」くらいのものだ。それらを孔志は見事に並べて見せた。外国から来たネズミも、これには面食らったことだろう。いきなり見知らぬ男から警戒されていたかと思えば驚かされ、挨拶をされ、愛を告白された後に謝られたのだから。
 まったく、人間にネズミの言葉がわからないのと同じようにネズミも人間の言葉がわからなくて本当に助かった。

 ひとしきり自分だけで騒ぎ浮かれてから、ようやく孔志は己の仕事を思い出す。そういえば自分は蓮さんから店番を任され、ネズミの持ってきた乳歯をなにかと交換してやらなければならなかったのだ。陽気に支配されると周りが見えなくなるのは悪い癖だった。
「悪い悪い。お前、エクスチェンジプリーズだったよな。スペインネズミが英語ってのも変な話だが・・・そうだなあ、お前と乳歯っつったらやっぱり・・・」
と、孔志はポケットの中に手を突っ込み銀色の硬貨を取り出した。かつて貰ったものとまったく同じ、とはいかないが百円玉である。
「これしかねえよな」
1/12サイズのドールハウス、小さなカウンターの上に百円玉を置いて、それからネズミの持ってきた乳歯を人さし指と親指の先でつまみあげる。孔志の指が最大限にネズミへ近づいた瞬間、ネズミのほうもふっと柔らかなヒゲの生えた黒い鼻を寄せて孔志の匂いを嗅いだ。しかしもう、孔志は嫌悪を感じたりはしなかった。それどころか
「どうだ?これで満足か?」
ネズミのことを心優しく気遣う余裕すらあった。
 体を精一杯に伸ばし、カウンターの上から百円玉を引きずり下ろしたネズミは、最初車のハンドルを回すように百円玉の縁を手で持ってクルクル回転させていたのだが、やがて年号の書かれている辺りに見当をつけると、前歯を使って齧りついた。
「お、おい」
孔志が止める間もなく、である。しかし食べられないとわかると、ネズミはすぐに口を開き百円玉を価値なしとばかりに放り出してしまった。
 やっぱり、硬貨を欲しがるのは人間の子供ばかりか。それならこっちだと孔志は店の中からコイン型のチョコレートを探してきて一枚、百円玉と取り替える形でネズミの鼻先に吊るしてやった。
 今度も硬貨か、と最初ネズミはそっぽをむきかけたのだが金色の包み紙越しにチョコレートの甘い匂いを嗅ぎつけたらしく、興味を取り戻した。両手でチョコレートを受け取り、包み紙の端を破ってチョコレートの味を確かめると、ネズミは
「チュウ」
一声鳴いて人間式のお辞儀をやってのけた。そして、チョコレートを抱くようにして器用に二本足で歩きながら、よたよたとドールハウスのアンティークショップ・レンを後にした。
 どうやら交換成立、ということらしい。孔志は残った百円玉と報酬の乳歯をカウンターの上に並べ、頬杖をつきながら二つを見やり独り言。
「俺ってばなかなかやるじゃねえの。この調子なら、この店乗っ取っちまえるかもしれねえな」
しかし次にやってくるのがハチやシロアリでも同じセリフが出てくるかどうかは、疑問であった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2936/ 高台孔志/男性/27歳/花屋:独立営業は21歳から

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
アンティークショップ・レンの店にある不思議なものはきっと、
不思議な世界の住人にはそこらにあるものではないかと思います。
お互いに交換、で都合よく回っている気がします。
初めは最初から最後までおみせやさんごっこをハイテンションで
楽しむ孔志さまを書こうと思っていたのですが、設定で
「嫌い:駆除対象生物全般」
と書かれていたので使わせていただきました。
最初と最後の態度にギャップが出て変化のあるノベルに
なったのではないかと思います。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。