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雪花の乙女、不死の皇
冬がやって来た。
波立たぬ水場に薄ら氷が張り詰め、その層が厚みを増していく。
北風に乗って雪花を呼ぶ唄を歌う。
数多いる雪の女王の娘たちは北風に乗って、その美しい儚げな歌声で大地を白く染めいった。
エリザベート・ノースもその乙女達の一人である。
唄を歌うたびに次々と降り注ぐ雪。
エリザベートは雪を降らせる事に夢中になっていて、いつの間にか北風がやんで自分だけが取り残され、帰れなくなってしまった事に気づいた。
「どうしましょう…」
共に歌っていた姉妹たちはエリザベートがいない事に気づかず、その地を吹く北風がやむ前に移動してしまっている。
一人途方にくれるエリザベート。
不安からかあたりをキョロキョロと見回していると、森の奥深くに美しい屋敷が見えた。
怖いけれど、独りでいるのはもっと怖い。
竦んでいた足は一歩一歩、少しずつだがその屋敷に向かって進み始める。
もしかしたら誰も住んでいないかもしれない。
もしかしたら誰か住んでいるかもしれない。
今の自分の思考が矛盾していることなど解っている。だがどちらにしろ不安なのだ。
自分は雪の精霊。
火と共にある人の暮らす屋敷に近寄ってこの身に何が起こるかわからない。
それでも。
それでもこのまま独りでいるのは嫌で仕方がなかった。
恐る恐る屋敷に近づいていく。
ほの暗い森を抜け、屋敷のある開けた場所へ出ると、エリザベートはゆっくりと屋敷を見上げる。
まるで中世の城を思わせるその壮麗な外観は一瞬でエリザベートを魅了した。
寂しさよりも今は好奇心が勝り、丁度よく吹いたゆるやかな北風に乗って灯りの燈る三階まで飛び上がった。
「!」
「!?きゃっ…」
硝子越しに中にいた人物と目が合った。男だ。
驚きのあまりその場で気絶し、意識を手放した身体はまっ逆さまに落下していく。
「あっ…!」
エリザベートと目が合った男は、物質透過で硝子をすり抜け、落下するエリザベートを抱きとめ、地に下りた。
「…この娘はいったい…」
怪訝そうに眉を寄せ、気絶したままのエリザベートを見つめる。
男の名はヴァハルヤムト・エヴィヒゼーレ。
この屋敷の主人だ。
気絶したまま外に放置するには忍びなく、結局ヴァハルヤムトは少女を邸内に入れ、先ほどいた三階の書斎の隣にある寝室のベッドへ寝かせた。
当然寝室にも暖炉の火は入れておらず、部屋は外とあまり変わらぬ寒さで、ベッドも冷えきっている。
このままでは凍えてしまうだろうと暖炉に火を入れようとするが、そこでふと思い留まった。
少女の格好はこの雪降りしきる寒空の中、まるで真夏に避暑地へ来たかのような薄い、ワンピースとオーガンジーのカットソー。
とても真冬にする格好ではない。
「……火は…入れぬほうがいいか」
先ほど三階の窓まで飛んだことといい、この少女も人ならざるものなのであろう。
こんな僻地にたった一人で何しに来たのだろうか?
少女の隣に椅子をおいて腰掛け、未だ目覚めぬ少女の顔を見つめる。
銀糸の河がベッドに広がり、長い睫毛をもった双眸は閉じられたまま。
硝子越しに一瞬目にしたアイスブルー。
そして透き通るような真っ白な肌。
今にも消えてしまいそうで、ふいに手を伸ばし、その頬に触れた。
「…ん…」
「!」
驚いてすぐさま手を引き、少女の様子を窺った。
「――気がついたか?」
「…ここは………?……??……え!?」
自分が置かれている状況に、驚いたのだろう。
勢いよく身体を起こし、かけられていたブランケットを両手で抱きかかえるようにしてヴァハルヤムトからなるたけ距離をとるようにしてベッドのすみに後退る。
「怖がらなくていい…先ほど向こうの部屋の窓越しに会っただろう。君は私と目が合った拍子に、驚いてその場で気絶したんだ」
「え…?」
ヴァハルヤムトに事の成り行きを説明されても、まだ混乱している様子で、そのまま黙り込んでしまう。
そんな少女の様子に微苦笑しながら、ヴァハルヤムトはゆっくりと立ち上がる。
当然ながら彼の行動に少女もビクッと震え、立ち上がった彼を見つめる。そんな少女に彼はその赤い双眸に優しい光をたたえ、大丈夫、と囁いた。
「今はまだ混乱しているのだろう。私は隣の書斎にいる。落ち着いたら出てくるといい」
「……」
そう言った時の少女の反応は確認せずに、背を向け扉を閉めた。
「――らしくないことをしているな…」
自分の行動に思わず溜息が出た。
我はヴァンパイア・ロード。
もはや消えうせた、ある吸血鬼一族の全てを背負いし、不死者の皇(ノスフェラトゥ)。
「久方ぶりに他人に遇った…それで感覚が一時的にどうかしているのだろう。そうに違いない」
まるで言い聞かせるように一人ごちるヴァハルヤムト。
先ほどのように窓際に立ち、ちらちらと振る細雪を見つめ、いつものようにあろうとした。
それからどのぐらい時間が経ったのだろう。いや、割とすぐだったかもしれない。
寝室の扉が開き、真っ白な姿がこちらを覗き、おどおどしながら話しかけてきた。
「あ…あの……」
「もう大丈夫なようだな」
「助けていただいて…有難う御座いました…それと、御免なさい」
「誰でもキミと同じような反応をするだろうよ。気に病むことじゃない」
少しずつ距離が縮まっていく。
何故だろう。
目が離せない。
この真っ白な、今にも消えてしまいそうな姿に目が奪われる。
「私は、エリザベート・ノース…雪の精霊です」
「精霊…ああ、それでか」
雪の精霊ならばその姿も頷ける。
「私はヴァハルヤムト・エヴィヒゼーレ。バルトでいい。ここを根城にしている吸血鬼だ」
「バルト、さん…?」
全身に電流が走ったような感覚。
今の感覚は何だろう、名を呼ばれただけなのに。
「!ああっ大変!」
「!?」
急に声をあげ、窓に駆け寄り外を見つめるエリザベート。
腕にその長い柔らかな髪が触れる。
「…どうした?」
「風が…北風がすっかり凪いでしまったんです。どうしよう…このままじゃ帰れない…」
「ならば次に強い北風が吹くまでここにいるといい、私は気にしない」
「!そんなっ…これ以上ご迷惑をお掛けするわけには――…」
エリザベートの言葉が途切れる。
「?」
間近で目にしたヴァハルヤムトの顔。
自分と似た白い肌に、漆黒の髪と真紅の瞳がよく映える。
端正な顔立ち。
「…!」
今まで真っ白だった頬に一瞬にして朱がちりばめられた。
「エリザベート?」
「あっ…いえ、なに、も…」
声をかけられすぐさま視線を逸らし、窓辺に身を寄せる。
それから二人の間に暫しの沈黙が流れた。
どうしよう。
まともに顔が見れない。
顔が溶けてしまいそうなほど熱く感じる。
いったいどうしてしまったのだろう?
私は雪の精霊なのに…
嗚呼、早く北風よ吹いて。
変になってしまいそう。
「――どうか、したのか?」
「!あ、いえっ…大丈夫、です…!」
雪が周囲の音を吸収して、無音の世界が広がっていく。
その様子を屋敷の三階の窓から二人はただ静かに見つめていた。
――――これが、ふたりの出会い。
― 了 ―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【5986 / エリザベート・ノース / 女性 / 15歳 / スノウホワイト】
【4690 / ヴァハルヤムト・エヴィヒゼーレ / 男性 / 999歳 / 不死の皇(ノスフェラトゥ)】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、鴉です。
この度はシチュノベ・ツインの発注有難う御座いました。
ご指定の通りロマンチックな出会いを演出できたかどうか、ドキドキです(汗)
ともあれ、このノベルに際し何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せいただけますと幸いです。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。
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