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猫が来た。
「本当にご迷惑おかけします」
苦笑交じりの言葉を奈津ノ介は紡ぐ。
今は要の腕の中にいる猫、小判。その保護者探しに協力を名乗り出たのは三人。
デリク・オーロフ、桐生・暁、そして玖珂・冬夜だ。
「それじゃあ行ってくる」
「行ってきまーす」
「暁さん、親父殿マイペースなんで気をつけてー……」
暁と藍ノ介は店の引き戸を出発準備万端だ。と、外へ出ようとするのを冬夜がちょっと待ってと止める。二人の服の端をちょっと触って、そして笑った。
「……うん、二人の氣覚えたから、ここにその保護者さん来たら知らせに行くよ」
「うむ、世話をかけるな、暁行くぞ」
「デハ、私たちの氣もお願いしますネ」
「うん」
こちらも出発しようとするデリク、そして要と小判にも触れて、冬夜はもう大丈夫と言う。
「デリクさん行きますよー」
「無事に見つけられたら、とっておきのお茶とお菓子の一つでも振舞って下さいナ」
要に呼ばれて店から出て行きかけたデリクはふと奈津ノ介に笑みかけそう言う。
「ええ、もちろん」
引き戸まで出発する彼らを冬夜と奈津ノ介は見送る。
デリクは腕に小判を抱えて少し離れたところで待っている要のところまで急ぎ足だ。
「僕らはゆっくりお茶でも飲みながら皆さんを待ちましょう。ええと……」
ここでお互い名乗りあっていなかったことを思い出して、冬夜と奈津ノ介は笑いあう。
店のちょっと奥まった、一段段差のある場所に和室があってそこへと通される。
「不思議なお店ですね……」
「怪しいものとかもいっぱいありますからね。僕は雑貨屋をやってるつもりなんですけど」
へぇ、と冬夜は店内を見回す。壁には掛け軸もあればタペストリーもあったり絵もあったりと多種多様だ。
「保護者さん、皆も手伝ってくれるし、きっとみつかるよね」
「そうですね、ここで待っているのが一番いいかもしれないけれども、何かしてないと不安なんでしょうね」
にっこり奈津ノ介は笑って、淹れおわった茶を冬夜へと差し出す。それを彼は受け取って一口。
「お茶が美味しくて幸せー」
「そうですか、よかった。最近お茶を淹れるのはうまくなっているようでそういってもらえると嬉しいですね。あ、僕は奈津ノ介といいます。ここの店主です、良ければ奈津と呼んでください」
「俺は玖珂・冬夜。じゃあ奈津さんって呼ばせてもらうね」
はい、と奈津ノ介は嬉しそうに笑った。
「では僕は冬夜さんと。そういえばさっき氣とか仰ってましたけど……」
「うん、俺の癖かな、周りの氣をいつも見ちゃうんだ」
「そうなんですか、じゃあ僕のも見えたりしてるんですよね」
うん、と冬夜は頷いて奈津ノ介をじっとみる。
「……なんか、銀色だね。でもあったかい感じするね、奈津さんの」
「そうですか? なんだか嬉しいなぁ。きっと銀色なのは僕が銀狐の妖怪だからでしょうね」
「尻尾、もしかして四つ……?」
その言葉に奈津ノ介は少し驚いて、そんなこともわかるのかと言う。どうやらあたっていたらしい。
「うん、なんとなく……かな。四つに流れてるんだ」
宙にその流を描くように冬夜は指を動かす。弧を描くようなライン。
「そうだ、小判くんの保護者さんてどんな人なの? ……話をすれば影っていうし、話してたら来てくれないかなぁ? なんて」
「そうですねー。千両さんという方なんですけど……僕からみると冷静な、落ち着いた大人、という雰囲気の方ですね、とあることを除いて」
「とあること?」
「ええ、まぁ……なんというか……ちょっと過保護、なんですよね」
苦笑交じり、溜息交じりの言葉を奈津ノ介は言って、すこし遠い目をする。
冬夜はどんな人なのかな、と興味と不安半分だ。
「自由気ままに色んなところに行ったりできるのはうらやましいですね。猫又の妖怪なので時々猫姿だったり人型をとったり臨機応変な方です」
「小判くん猫、だったからね、尻尾は……二本あったなぁ」
冬夜は先ほどみた小判の姿を思い出す。子猫、よりかは少し大きくなったくらい。黒い艶のある毛色と金の瞳で尻尾は二本。尻尾を二本じゃらつかせて遊んび、空のような色の氣を纏っていた。
と、がらっと乱暴に店の引き戸が開く音がして、どすどすと勢いをつけて和室にやってくる気配がする。
「あ」
話をするとっていうのは本当ですね、と奈津ノ介はちらりとそちらを見てから冬夜に笑いかけた。
ということはこの男が保護者、千両なんだろうと冬夜は見上げる。
薄い浅葱色の着物を着て首に藍色のマフラー。髪は長くなく後ろに流した灰、そして小判と同じ金の瞳。少し息を切らして焦った様子。
「ななな、奈津、こここ、こば……」
「小判君来ましたよ。そして千両さんを探しにまた出まし……」
「わかったまた後で来るっ!」
それだけ聞くと千両はまた外へと走る。その身のこなしはすばやく止める暇もない。
「……忙しい人、だね……俺だいたいの居場所ならわかるのに行っちゃった……」
「また後で来るって言ってるし……大丈夫でしょう」
そうだね、と言い湯飲みの残っていたちょっと温くなった茶を冬夜は喉に落として立ち上がる。
「じゃあ、知らせてくるね。えっと……小判くん達が先、の方がいいかな」
「そうですね、千両さんがいつ戻ってくるかわからないので、お願いします」
うん、と頷くと冬夜は靴を履いて店の外へと向かう。その後を見送ります、と奈津ノ介はついてくる。
引き戸を開けて外に出ると一度深呼吸をして、そして集中する。流れ込むように見えてくる氣から先ほど覚えた小判達と藍ノ介達を探しているのだ。
「あ、いた……あっちと、こっちだ。じゃあ呼び戻してくるね」
「ええ、行ってらっしゃい」
たかたかと、軽く駆け足気味、その目の前には塀があって行き止まりだ。
「あ、冬夜さんそっちは……」
と、奈津ノ介が行き止まりだと言おうとしたときに、冬夜は軽く飛んでその塀に飛び上がる。
「うん、大丈夫。近道するだけ」
直線で行けば、早い。塀と屋根、そしてご近所の庭をちょっと遠慮目に冬夜は駆け抜けていく。その姿を奈津ノ介はちょっと関心しながら見送っている。
冬夜は、まっすぐ一直線、多少動きはするがそんなに行く方向の変わらない小判達を追う。大分近づいてきたらしく居場所が鮮明にわかってくる。
「……赤い鳥居が見える……神社、にいるのかな」
ふと視界に入った鳥居。その先から氣を感じ、そしてそこで止まっているようだった。
「あそこの屋根と塀で……大通り、があるのか……ええと、そこは普通に歩こう」
これから進む経路を確認するとまた身を軽やかに翻し進む。大通りを横断するのはさすがに信号待ちになるが、それをわたりきるとまた塀に登ったり屋根の上を通過したりと近道をする。
そして神社に到着。鳥居をくぐり、氣の感じる方へと行く。
「あ、いたー。おーい」
気がついたらしく二人、ではなく三人が此方を向く。一人知らない半獣人だが、氣が小判と同じだ。人型にもなれるのか、と冬夜は感心する。
「さっき千両さん、お店に来たから……また戻ってくるって」
「すごい、おみくじ当たっちゃいました、すごい」
「え、小判君があたったなら私も当たるかも……!」
「ハハハ、要サン、それはどうでショウ」
要をからかいながらデリクは冬夜を見る。
「ところで、小判サンの姿をみても驚かないンですね」
「え、うん……猫の時と氣は同じだし……不思議なこといっぱいあるし……」
とろとろと、少し眠そうな雰囲気で冬夜は言う。
「そうですネ。ここでお手伝いしてるのも何かのゴ縁。あなたの名前を教えていただけマス? 私はデリク・オーロフと申しマス」
「うん、俺は玖珂・冬夜って言うんだ。よろしく」
「私は音原要」
「俺は小判です」
要と小判は片手を挙手するような形で名乗る。なんだか息が合っていてコンビのようだ。
「じゃあ、俺はあと藍ノ介さん達のところにも行ってくるから……」
「ええ、マタ後で」
軽く手を上げて挨拶をした後、また冬夜は走ってその場を後にする。
次は藍ノ介達だ。氣を探すと、大通りあたりを進んでいるらしい。
ひょい、と塀に登りそちらを目指す。だが今回は彼らは動いているらしい。ふらふらといったりきたりしているような感じを受ける。
「……人込の中、進んでるのかなぁ……」
ショートカットで大通りをはさみ、二人の位置はなんとなく掴みやすくなる。今はこの大通りを歩いているのではなく、そこからちょっと入った路地あたりを歩いているようだ。
「もうちょっと距離近づけばわかりそう、かな」
大通りを渡り、そして路地へ入ると同時に塀から屋根へ。入り組んだ路地よりも此方の方が断然進みやすい。
「あ、いた」
止まっているらしく、追うなら今だと冬夜は走る。そして二人の前に屋根から飛び降りて着地。突然人が降ってきたと、二人とも一瞬びくりと後ろに下がっていた。
「おおっ、びっくりした」
「あ……ごめん、なさい……ええと、千両さんがお店に来て……それで小判くんたちにも知らせたんでこっちにも」
「そうかそうか、ありがとうな」
「千両さんなら今走っていったけど……ほっといていいのかな」
暁がその走った行った方向を指差しながら言う。
「また……お店に戻ってくるって言ってたよ」
「そうか、じゃあ戻るか暁と……汝、名は」
「玖珂・冬夜だよ」
「知らせに来てご苦労。戻るか、きっと奈津が茶と菓子を用意して待っているだろう」
右手に暁、左手に冬夜と、二人を小脇に抱えそうな勢いで藍ノ介はがしっと掴むと銀屋への帰路に着く。
「なんだ、汝は眠そうだな」
「んー……そんなことはない、かな?」
「あー俺も構ってよ!」
「お、暁はやきもちやいておるのか」
「そ、そんなことないしっ」
「やきもちやきさんなんだね」
天然のボケを冬夜がし、それを藍ノ介が弄って暁も巻き込まれる。そんな風に会話をしながら銀屋に到着だ。引き戸を開けると先に帰っていたらしくデリクも小判も要も優雅に茶会開催中状態だ。
「奈津、わしたちにも茶!」
「はいはい、なんだか僕主夫みたいだなぁ……」
「……その前にそれはわしが隠しておった菓子じゃないか」
藍ノ介は和室のちゃぶ台に広がる饅頭、干菓子などを見て眉を顰めた。
「ああ、親父殿のでしたか。名前書いてないのでわかりませんでした」
いかにもわかってますそんなこと、という口ぶり、笑顔で奈津ノ介は言う。それに藍ノ介は諦めたのか溜息をついた。
「奈津サンには藍ノ介サンでも勝てませんネ」
「誰に似てこんな性格になったんだろうな……」
デリクの言葉に藍ノ介は苦笑しながら答える。
奈津ノ介の淹れた茶を皆で飲んで、藍ノ介秘蔵の菓子を遠慮なく食べ終りかける頃。
がらららっ、と乱暴に引き戸が開く音がする。
もう誰が来たのか、全員わかってそちらを見る。
小判の保護者、千両だ。
「こっ、こここここ」
「千パパ!」
小判が嬉しそうに走り寄ると、千両は涙目でそれを抱きとめる。
「こばんコバン小判、小判たあぁーんっ!」
「千パパはぐれたら駄目です」
「ごめん、小判たん、千パパが悪かった、もう放さない、もう迷子にしない、もう一人になんてしない、寂しかっただろー」
「おい、その辺にしとかないといい加減キモいし友の縁切ってここに立ち入り禁止にするぞ」
冷ややかな藍ノ介の言葉で千両と、千両の面白っぷりを見て固まっていたものは動き出す。小判たんはどうだろう、と誰もが少なからず思い、口に出せず曖昧な笑みを浮かべる。
「いや、すまん、ほら感動とかそのほか色々でうっかりだな、うん。とりあえず小判がお世話になりました」
「皆さんありがとうございました! また遊びに来ます」
千両が頭を下げるのを見てか、小判も頭を下げる。
「じゃあな藍ノ介、またそのうち遊びに来てやるよ。小判たん行くよ」
「千パパちょっと待って」
千両に一言告げると小判はたかたかとデリクと要の方へと行き手伝ってくれてありがとう、と言っているようだった。
「礼儀正しい子に育って……!」
「汝がいたらないから小判は学んだんだろう」
「貴様に言われたくないな……」
「あ?」
「何だ?」
険悪ムード漂う二人を交互に、心配そうに小判は見上げる。千両の服の裾を引っ張るが気が回らないらしい。
「はいそこまでです。小判君いつでも遊びに来てくださいね。千両さんはしっかり目を放さないようにしてくださいね。親父殿は黙っててくださいね」
いいタイミングで奈津ノ介が割ってはいる。なんとなく、誰もがこうなるだろうな、と想っていた。
「おい、奈津邪魔を……」
異を唱えようとする藍ノ介に奈津ノ介は何でしょう、と微笑で答える。親と子でも逆らわせませんとゆう雰囲気に藍ノ介は黙る。
そんな奈津ノ介と藍ノ介のやりとりなどを、冬夜は穏やかに茶を飲みながら平和で楽しそうだなぁ、と眺めている。一番このとばっちりをうけない安全圏に一人優雅にいるようだ。
「じゃあ今度こそ行くな。奈津、またな。皆さんも今日は本当にご迷惑をおかけした。そして感謝している」
「さよならです」
千両の後を今度ははぐれないぞと小判はついて行く。千両の歩く速度も小判にあわせてゆっくりだった。
二人を店の出口まで奈津ノ介は見送って、そして戻ってくる。
「皆さん本当に今日はお疲れ様でした」
「中々楽しかったですヨ」
「うん、楽しかったー! 藍ノ介さんといっぱい遊べたし」
「ちゃんと、保護者さんのもとに帰れたしね」
奈津ノ介は千両さんも小判君も安心していたようですし、と笑って和室にあがる。
「あ……」
知らず知らずにこくこくと飲んでいたらしい。湯飲みにもう茶がない。飲みたいな、と思ったときにないとなるとちょっと悲しい。
「冬夜さん」
と、呼ばれて顔を上げると奈津ノ介が急須を持ってそこにいる。
「お茶、無くなってるでしょう?」
「うん……奈津さん気が利く人だね」
「そうですか? ありがとうございます」
やんわりと笑む冬夜に、同じように奈津ノ介は笑み返す。
急須から冬夜への湯飲みへとお茶を注いで、奈津ノ介は急須を傍らに置いた。
「今日は走り回っていただいて、ありがとうございました」
「ううん、困ってる人を助けるのは……大事だし。ちょっと楽しかったよ」
「そうですか。よかったらまた遊びに来てくださいね。お茶を飲みにだけでも大歓迎ですよ」
「うん、奈津さんのお茶、また飲みに来るよ」
冬夜は湯飲みに口をつけてこくりと一口。心も温まるような気がして、幸せ気分だ。
<END>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【3432/デリク・オーロフ/男性/31歳/魔術師】
【4680/玖珂・冬夜/男性/17歳/学生・武道家・偶に頼まれ何でも屋】
【4782/桐生・暁/男性/17歳/学生アルバイト/トランスメンバー/劇団員】
(整理番号順)
【NPC/奈津ノ介/男性/332歳/雑貨屋店主】
【NPC/藍ノ介/男性/897歳/雑貨屋居候】
【NPC/音原要/女性/15歳/学生アルバイト】
【NPC/小判/男性/10歳/猫】
【NPC/千両/無性別/789歳/流れ猫】
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■ ライター通信 ■
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猫シナリオ御参加ありがとうございました。右手の小指にしもやけを作ってちょっと泣きそうな志摩です。しもやけなんて何年振りですか…!覚えてませんよ…!
今回は千両と小判投入のためのシナリオということでもありまして……すいませんもう本当におかしなNPCばっかり出して…(吐血)自分でもどうなのとかちょっと思い始めました。でももう遅いですよね、ハイ。もうこのまま走ります見捨てないでやってください(切実)小判はともかく千両はどうだろう。千両はどうだろう。(二回も言った!
ルート選択がお三方、見事にばらけていただいて三方向から書けて自分としても楽しかったですありがとうございます。私と同じようにデリクさま、冬夜さま、暁さまも楽しんでいただければ幸いです。
玖珂・冬夜さま
此度銀屋でもありがとうございます…!
草間楽しんでいただけてよかったです…!そして此方にも…!感謝感激雨霰でございます…!冬夜さまのおかげで自分が妄想…じゃない構想していた話よりも広がりを持たせることが出来たと自己満足しております(自己満足ってどうなの)うっかり電柱の頂まで上っていただこうかしら!とか思ったのですがそのチャンスを逃しました。いつか上っていただきたい…!なんだかもう勝手なことを言ってあやしいですねすみません…!
それではまた来年どこかでお会いできれば嬉しいです!
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