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<東京怪談・PCゲームノベル>


とまるべき宿をば月にあくがれて 弐


「あら」
 独りごち、足を留める。
 気がつけば、シュラインが立っていたのは、都心の街並を外れた、見目にも旧い印象の残る大路の上だった。
 シュラインはしばし周りを確かめて、そうして手袋をつけた手を口元へと持っていき、白い息を吐きかけた。
「また来ちゃったのね」
 吐き出した言葉が、白い息と共に薄闇の中へと溶けいった。

 黒衣のパティシエ、田辺聖人を訪ねていく道途中だった。調べたところ、田辺は都内のとあるデパート地下に招かれて、一週間ばかり店舗を出しているとの事だった。
 もっとも、店舗とはいえ、それは田辺にとり、仮住まいのようなものだろうと、シュラインは思う。店舗側の思惑はどうあれ、当の田辺本人は、その場所に留まろうとは、おそらくは考えていないだろう、と。
 ――――ともかくも、シュラインは田辺に用事があったのだ。
 
 持参してきた袋を持ち直し、シュラインは二度目となる大路の上をゆっくりと歩き進めた。
「アポを入れていたわけでもないし。……まあ、明日でも間に合うわよね」
 そう呟きながら、腕時計を確かめる。
 田辺が件のデパート地下の店舗で腕を振るうのは、情報が確かならば明後日までの契約のはず。ならば、なにが何でも今日中に訪ねておかなくてはならないというわけでもないだろう。 
 
 大路は、前回に足を踏み入れたときと少しも変わらない風景を見せていた。
 路面はやはり舗装のなされていないでこぼこぶりで、路脇には鄙びた家屋が点在し、見上げる空は暗色一色で塗り固められ、行き過ぎるのは妙に懐こい妖怪達だ。
 ――――そういえば、あの茶屋は今日もやっているのかしら。
 目を細め、白い息を吐き出しながら、シュラインは以前訪ねた茶屋を目指す事にした。

 点在する家屋と緑を横目に、大路を真っ直ぐに歩き進めれば、大路はやがて四つ辻へとぶつかる。その四つ辻に立てば、そのすぐ傍らに立つ小さな茶屋がその佇まいを見せるのだ。
 この大路は、現世とは少しばかり逸した場所に在るらしい。よって、茶屋に出入りしている客もまた、人間とは少しばかり異なる存在ばかりらしいのだ。
 しかし、この妖怪達は、一般に云われるような、悪意に満ちた存在ではない。どれもが気の善い存在ばかりなのだ。
 茶屋へと向かう道すがら、シュラインは数人の妖怪と言葉を交わした。
 ほろ酔い気味に帰路につく者もいれば、提灯を片手に鼻歌混じりに茶屋を目指す者もいた。
「そういやあ、あんたよりも少ぉし前に、あんたとおんなじに、大将ん所に向かってた奴がいたでよお」
 ほろ酔い気味のムジナがそう云った。
「あら、人間?」
 問うと、ムジナはしばし考え込み、それからゆっくりとかぶりを振った。
「いやあ、あいつぁ、あれだ。あんたとは、少ぉしばかり違っとるがなあ」

 ムジナと別れ、再び茶屋を目指したシュラインの目に、男の姿が映ったのは、その後すぐの事だった。
 夜の闇の中にあってもなお色濃い漆黒を示している黒衣。背丈の高いその背中に、シュラインは確かに見覚えがある。
「田辺さん?」
 声をかけると、黒衣の男はゆっくりと肩越しに振り向き、シュラインを確かめた。
「あれ、あんた確かシュラインとかいったかな」
「ご無沙汰してます。去年の運動会以来ですね」
 田辺に向けて軽い会釈をしたシュラインに、田辺はしばし眉根を寄せておでこの辺りをさすり、そしてニヤリと口元を歪める。
「ああ、そうだったよな。あん時以来だ」
「あの時はごめんなさい。その、お怪我なんかは?」
 申し訳なさげに肩を竦めるシュラインの言葉に、田辺はふと笑んでかぶりを振った。
「あいにく、そんなにヤワな体でもないんでね。正直、あんたに会うまで忘れてたよ」
 田辺の言葉に、シュラインはふと笑みをこぼしてうなずいた。
「それなら良かった。その、私、どうしてもあの生き物だけはダメで。名前を聞くだけで、全身がこう、ざわざわと粟立ったりしちゃって」
 両腕で自分の華奢な体を抱き包む。思い出すだけで、背筋を冷たいものが走った。
「あれって、あれか? シンク下だとかそういう場所にいる、あの」
 ”あれ”の名前を出そうとして、しかし、田辺はそのまま口をつぐむ。シュラインの目が、その先を口にするのは許さない、といったような感情を滲ませていたからだ。
「……霊だとか怪現象だとか、そんなのは平気なのか?」
「そういうのは全然怖くないのよ」
 うなずくシュラインに、田辺は小さな笑みを浮かべながらアゴヒゲを掻き撫ぜた。
「面白い人だな、あんた」
「褒め言葉かしら、今の。ふふ、ありがとう」
 田辺の言葉にそう返事を返し、シュラインはふと茶屋の方に目を向ける。
「そういえば、田辺さん。何か用事があって、ここにいらしたんじゃないの?」
 シュラインの問いかけに、田辺は曖昧な返事を口にして、ゆっくりと足を進めた。向かう先は、やはり茶屋であるらしい。
「いや、別に。用事らしい用事があって来たわけじゃないな。単に暇で気が向いたから、ふらっと来てみただけっていうか」
「……ふうん、そうなの」
 うなずき、シュラインもまた茶屋に向けて足を進める。

 夜風が流れ、シュラインの髪をすらりと梳いた。その冷えた温度に、シュラインは少しばかり首を竦める。

「ねえ、そういえば、田辺さんはこの場所には自由に出入り出来るの?」
 訊ね、隣を歩く田辺に目を向ける。田辺は、やはり曖昧な返事を口にして首を鳴らした。
「出入りするっていうか、……なあ、そんなところだな。俺はこの場所には好きな時に来られるし、好きな時に出て行ける」
「この場所に、何かご縁でも?」
「ああ、まあ、それなりにな。この四つ辻ってのは、黄泉に続く場所だしな」
 何気なしにそう口にする田辺に、シュラインはしばし首を傾げる。
 この四つ辻という場所が黄泉に続く場所であるならば、この場所に少なからずの縁を持っているという事は、田辺自身も黄泉との繋がりを持っているという事だろうか?
 シュラインは、ふとそう浮かんだ問いかけを、しかし言葉と成す事はしなかった。
「そうなの」
 ただそううなずいて、持参してきた紙袋に目を落とす。

 田辺への詫びを示すものとして作ってきた鍋ひきとポットカバー。そも、デパートへと足を向けていたのは、これを田辺に手渡そうと思っていたためだった。

「ああ、しかし、さすがに冷えるな。さっさと茶屋に行って、侘助に茶でも淹れてもらおう」
 田辺は不意にそう云って、茶屋の方へと急ぎ足で歩き去って行った。
 シュラインは、手渡そうとしていた紙袋を所在なさげに持ち替えて、ふと小さな息を吐く。
 茶屋は、もうすぐ目の前だ。渡すなら、茶屋に着いてからでもいいだろう。
「何か甘味も欲しいわね」
 そう述べて、シュラインは田辺の後を追いかけた。  




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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

NPC:田辺聖人

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         ライター通信          
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いつもお世話になっております。本年もよろしくお願いいたします。

田辺への謝罪という事で(笑)、お心、ありがたくちょうだいいたしました。
いえ、その、田辺自身は全然まったく気にかけていなかったようですので、
シュラインさまのお心遣いには、多分逆に驚いているのではないかと思います。
そのうえ、なにやらお手製のプレゼントまで…!
ありがとうございました。今後、何がしかの機会に使わせていただこうかと思います。

今回のノベルは、四つ辻の描写よりも、シュラインさまと田辺のやり取りをメインに
描写させていただきました。
お気に召していただけましたら、幸いです。
(ちょこっと、田辺の設定に関する一文を挟んでみました。今後、ツッコミをいれていく等、ご自由にどうぞ・笑)

それでは、またお会いできますことを祈りつつ。