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<PCあけましておめでとうノベル・2006>


新年の良き日に

 ふたり、と言うのはとても不思議な言葉だ。
 一人なら、独りと書いて落ち着く事も出来るけれど、ふたりなら、もう一人気付かぬ内に誰かが居る事になる。
 それは、
 心の中に居るのだろうか。
 もしくは、
 ただ単に、目の前に居るから「ふたり」だと思うだけなのだろうか?

 こんな風に思いながら、藍原・和馬は、今、自分の傍らには居ない存在に想いを馳せる。
 隣には居ないけれど、確かに居る、存在を感じている人物。その人物の翠の瞳を思い出すだけで、確かに自分の内に、彼女――藤井・葛を身近に感じる事が出来る。
 けれど、それが永遠に続くのかと問われれば。
(是、と答えられないってのは、充分に承知の上なんだけど)
 ああ、こんな事を考えてしまうのも、新年の空気の所為だろうか?
 永い永い時を過ごしていても、この日だけは変わらない。
 何時の時であろうと清い空気、痛くない空気が、全ての「場」に満ちている。

 清らかな清らかな、空気。触れてもすり抜けて、消えてしまう、そんな属性をもつもの。

 慈しむ時間さえ、瞬きに似ていると思わせることに似て、残酷だ。
 だが、そんなものでさえ愛おしい。

(いや――今は、現在(いま)だ)

 失う事を先に考えてしまうのは、哀しく、愚かな事。

 和馬は頭を振り、葛からクリスマスの時に貰ったマフラーへと、触れる。
 本日のバイトは休み。
 年末年始の区別などなかった頃に比べたら、最早これは、何かの前触れじゃないかと疑うほど珍しい事でもあるが……、今日という日の時間は限られている。
 少しばかり、急ぎ足で和馬は歩き、アパートで待っているだろう、葛へ再び想いを馳せる。

(らしくないよな)

(ふたりって言う言葉に、戸惑ってる)

 それは、長い間、「友人」でしかなかった事への戸惑いなのだろうけど――、

 アパート、葛が住む一室のドアベルを和馬は、ゆっくりと押す。
 ややあって、ぱたぱたと軽い足音が響き、翠の瞳が、柔らかく、数馬を迎えた。





「よっ。準備は出来たかー?」
「出来てる。直ぐ、出れる」
「ん。じゃあ何処行く? 定番?」
 定番かと問い掛ける和馬に、葛は笑い、頷く。
「勿論。神社は定番だけれど悪くないと想わないか? 新年だし」
 葛が「良い、かな?」と言いながら、こちらを見る。彼女は今の自分が、どんな風に見えてるかなんて気付いてないに違いない。
「ああ、俺は葛が行きたいなら文句なんてないし、それに、新年の抱負……だっけか? ああいうのを書いてくるのも悪くないだろ」
「うん。じゃあ、行こうか」
「ああ。はい、お手をどうぞ、お姫様?」
「……何、寝ぼけたこと言ってるんだか」
 差し出す手に、手を差し出し返す事も無く葛は玄関から出ると鍵をかけ、すたすたと歩き出した。
 焦り、追いかける和馬。
「お、おいっ、今日はゆっくり羽を伸ばせる日だってのに!」
「あんまりに恥ずかしい事を言う和馬が悪い」
「あ?」
「普通、そう言われて”はい♪”って。手を差し出す人は居ないと思うんだ」
「いやあ、解らないぞー? 世の中広いんだからな。色々な人が居て当然だし」
「そう言うものかも知れないけれど」

 アパートの敷地から、歩道へと場所を変え、二人は歩きながら会話を続ける。
 神社は此処から歩けば数十分程で辿り着ける所にあり、また、散歩のコースとして、年配の方々が良く利用している道でもあった。

 葛のさらさらとした黒髪が歩く度に揺れ、それと同時に頭の中で葛は言葉の続きを探し出す。

 恥ずかしいと言うのとは違う、と思う。
 差し出された手が、友人たちであれば「冗談」だと言うのは解るから。
 なのに、相手が傍らに居る人だと思うと「冗談」と言うわけでないから――……、

「……ゴメン、和馬」
「?」
「解んなくてもいいんだ、とにかく、ゴメン」

(怖いんだって気付くのは嫌なものだね)

 其処にあった存在に気付き葛は、自らに納得する。まだ良く解らないけれど、この感覚を越えていかなければ更なる理解を自分が得ることは難しいに違いない。

 友人と、目の前の人物と。
 何処が、どう違うのか。
 見極めても行かなければならないのだ。

 たまらず、葛は和馬の腕へと手を伸ばし「和馬の言う通りかもしれない」と、小さく呟いた。自分の価値観以外にも違う事がある、人と一緒に過ごすのは、その違いを面白いと感じる所にもあるかも知れないのだから。

 一方、和馬は、と言えば。
 傍らで、揺れる髪を見ながら「葛には話してないことが多いような気がする」と言うことに気付いた。

 自分自身では、とても当たり前な事だから、
 だから、
 言わなくても、もしや気付いているんじゃないかとか。

 言う前に気付いてくれるんじゃないかって、時にご都合主義な夢を見てしまうことがある。

 けれど。
 現実は、そうは上手くは行かなくて。そうして時に、残酷だ。

(だから、一瞬焦ったよ)

 まるで、思考を読んだかのように謝って来た葛の表情を見、考える。話が葛の言葉で中断されていたから、今のは、それに対する謝罪の筈。
 だが、どうして謝るのかが良く解らないだけに言葉を継ぐことさえ出来ず、ゆるりと重ねられた腕に不思議な感覚を覚えていた。

 距離が、近い。

 ただ、それだけなのに。目に見える距離よりも、ずっと近くに感じられる事が出来る存在の不思議さ。

 こうして、「今」の葛とどれだけの年を重ねていけるだろう。
 自分には決して重なる事の無い「年齢」。
 時から忘れ去られ、ただ、河を流れていくだけの潅木にも似た自分自身は、いつまで傍らに立っていられるのか。

(別れは何時か確実にやってくる)

 だが、これは「今」ではないから。和馬は精一杯、今この時を、葛と生きていられたら良いと願うだけだ。

 ホンの僅かに翳る和馬の表情を見落とす事無く、葛は、緩く眉間へと皺を寄せた。時折、和馬は物凄く昏い表情を浮かべることがある。大抵の場合、直ぐに表情を変えてしまうけれど、浅黒い顔に浮かぶ、その表情は葛にはとても遠く、また「何故だろう」と思うことの一つでもあった。

(どうして)
(人と人はこんなにも違うのだろう)

 重ねた腕に、自分自身と違う温もりを感じながら、葛は、瞳の端に大鳥居の存在を捉え、
「ついたね」
 と、呟いた。
 数十分は、あっという間で、自分達の歩は確実にしっかり神社への歩みを刻んでいたらしい。
 これには和馬も驚きを隠せないようだったが、時間と言うのは集中している時と、していない時では流れ方が全く違うと言う事を、随分前に務めたバイト先で聞いたのを思い出し、「なるほどなあ」と心の中で大きく頷いた。

「さて、まずはどうする?」
「まずは…やっぱ、お賽銭?」
「おし! じゃあ、バイトで培った礼の仕方を葛に伝授しよう」
「……無駄に和馬ってバイト経験豊富だよね」
「まあ……、趣味だから」

 軽く笑い、参道を通り抜け、本宮へと向かう。所々で見る屋台や、自販機で買う飲み物から、温かな湯気が零れている。これもまた、新年独特の風景だ。




「え? 十五円? 二十五円じゃなくて?」
「な…ッ!? 葛は二十五円なのかっ?」
「二重にご縁がありますようにって……」
「重々ご縁がの方が絶対いいって!」
「……それは随分欲張りじゃないか? 十五円しか払ってなのに、良いと思っているのか」
「……意見ごもっとも。でも俺は十五円にする」
「お好きに、と言う奴だな。さて、と……」
 葛が投げ入れるより先にお賽銭を投げ入れると、和馬は「バイト先で培った」礼の仕方を葛へと見せる。対する葛は「ふむ」と呟くと、和馬のやった通りにやろうとした、ものの。
「ごめん…どうしても、いつもの癖が出る……」
 と、軽く手を合わせ謝った。
「いや、まあ直ぐには出来ないもんだし。願い事、ちゃんと出来たか?」
「うん。後は絵馬に書いて更なる形にしようかなって思ってる」
「……真面目だなあ」
「真面目と言うわけじゃなくて。其処にあれば、いつでも思い出せるから」
「は?」
「願ってるだけじゃ、願いなんてコロコロ形を変えてしまうだろ?」
「成る程なあ……」
 口の端に笑みを浮かべ、和馬はその小さな手を握り締め、そして歩き出した。
「な…何っ?」
「いや、絵馬を買いに行くんだろう? 良い絵柄があるか早く行ってみようと思って」
「あ、ありがと。けど、手を繋ぐ必要性は……」
 言いかけ、葛は言葉を失った。
 先ほどお賽銭を投げた場所に比べれば、社務所はとても混雑しており、手でも繋いでなければはぐれてしまう事が明確だったからだ。
 肩を竦め目配せする和馬を見上げると、
「混雑してるのが見えたからさ」
「…納得」
 そんな答えが返ってきて葛は頷かざるを得ないまま、飾られている絵馬やお守りを見、家族に一個くらい買った帰ろうかと想い馳せた。




 混雑から漸く開放され、絵馬を納める場所には数本のサインペンが備え付けられているのを見た和馬は、それらを指で軽く弾く。
 所在無く揺れるサインペンは、まるで、振り子のよう、ゆらゆら揺れて。
「近頃の神社はサインペンまで用意してくれてるんだな」
「うーん…受験生は、まずサインペンを持って来ようとする事さえ忘れるからじゃ?」
「いや、受験生以外にもお願い書く人居るし。多分、皆も来ればあると思ってるんじゃないかな…っと、悪い、和馬」
「は?」
「後ろ、向いてて」
「あ、そっか。悪ィ」
 書かれてる内容を見られたくないのだと察し、「ちょい、野暮用」と和馬は席を外した。当たり前といえば 当たり前だが、人が沢山居る場所では暑く、人が居ない場所では寒い。
 先ほど握り締めた掌の冷たさを思い出し、来た途中に見た自販機の中、ホットの紅茶を探す。
 …ホットのコーヒーは腐るほどあると言うのに、ホットの紅茶が中々見つかりにくいのはどうしてなのか。
 置かれた位置が悪いといえば其処までだが、そして神社内で買うと何故、自販機の飲み物は150円と言う値段に設定を遂げるのだろう?

(こういう所は商魂たくましいよな)

 神社と言う場所は一番清い場所である筈なのに、其処に生きる人たちの何と逞しい事か。
「面白いよ、ホント」
 呆れるでもなく否定するでもない呟きを残し、自分の分と葛の分を買うと、来た時とは逆にゆったりとした足取りで歩く。
 彼女が書き終わる僅かな時間、決して早くは辿り着かぬよう。掌に伝わる温もりを握り締めながら。





 先ほど居た場所から離れずに立っている葛に、声をかける。
「何処まで行ってたんだ?」
「だから野暮用だって言ったろ? ほい、手を出す」
「??」
 葛は何処へ行ってたかを聞きたいだけなのに、答えてくれない事にほんの僅かな疑問を持ちながらも手を出す。
 すると。
「あ、温かい……」
「さっき繋いだ時、冷たかったから。あ、それ俺のおごりだから遠慮なく飲んでいいぞ」
「ありがと♪」
 缶の温かさを受け取り、葛は幸せそうに微笑む。
 些細な事だけれど、気にしてくれた事が嬉しい。
「あ、そう言えばおみくじ、どうする?」
「おみくじ? そりゃあ勿論引くしか! あ、頼むから引く前から凶とか言うなよ?」
「……だって、和馬っていつも……」
「あー、あー、あー!!」
 続きを言わせてなるかと奇声を発し、ごふごふと咳き込む。
 ちょっと、二人の近くに居た方々が訝しげにこちらを見たけれど、あえて気にしない。気にしちゃいけない……、うん。
 気にしたら、負けだ。
 和馬は、取りあえず、そう思う事にした。そうして、「まあ、確かに貧乏くじ引きまくりだけど……」と小さく呟きながら、「これでも良いのがでるように毎年願いつつ引いてるんだ」そう、力を入れた。
「じゃあ、今年こそ良いのが出るといいな」
「ああ。あ、缶はまだ大丈夫か?」
「うん、温かい。もう少し温くなったら飲み始めるから」
「じゃ、引きに行って大丈夫だな。行こう」
 二人が歩き出し、おみくじを引いた。その結果は、葛が中吉、和馬が末吉と言うもので。
 いつもより若干いいものの「大吉」に辿りつけない和馬が肩を落とす。
「俺、運に見捨てられてんのかな」
「でも、悪くても後はあがるだけだっていうし。逆に良いと、後は下がるだけだから」
 喩え貧乏くじでも、めげる事ない。
 葛は綺麗に籤を折ると高い場所へと結び付けようと背を伸ばす。
 それを少し手伝いながら、和馬は言われた言葉に驚く。
"悪くても後は上がるだけ"
 そう、言い切れる事の何と素晴らしい事だろう。

 和馬はおみくじを結び終えると彼女へと向き合い、
「なあ、今日は寄り道してもいいか?」
 と、聞いた。返って来る表情は、いつもの葛の表情で。
「別にいいけど。珍しくないか? 和馬がそう言うの」
「たまには良いだろ。二人だから」
「そうだな。帰りは?」
「当然、葛のアパートまで送るよ」

 どちらからともなく、差し出した手を握り、二人は神社を背にして、歩く。
 ゆっくり変わる陽の如く、僅かずつでも距離を縮めて行くように。






―End―

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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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【1533 / 藍原・和馬(あいはら・かずま) / 男性 / 920 / フリーター(何でも屋)】
【1312 / 藤井・葛(ふじい・かずら) / 女性 / 22 / 学生】


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■         ライター通信          ■
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 藍原・和馬様、こんにちは。
 今回、こちらのノベルにご参加頂き本当に有り難うございました!

 藤井さんとご一緒と言う事で、最初と自販機の場面が個別になっております。
 後は視点を切り替えてみたり…一緒に居るからこその「存在」と言いますか……、
もう一人、居ると言う感じになっていればと思いつつ(><)
 僅かな部分でも楽しんでいただけたら幸いに思います。

 藍原さんにとって、今年と言う年が少しでも良い年でありますように。
 また何処かでお会いできる事を祈りつつ、本年もどうぞ宜しくお願い致します。