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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


なんにしましょう

 カウンターの上に、カウンター。1/12サイズのドールハウスは、アンティークショップ・レンの内装をそのままにかたどっていた。ただし壁はショーウィンドウと入口のある一面だけしかない。その壁がないことを除けば、棚にある商品の一つ一つまでもがそっくり同じだった。カウンターの裏にあるものも、指でつまめば取り上げられる。
 これは売り物なのか、それとも置物かとあちこちの角度から眺めていたら、煙管を吹かした碧摩蓮が
「あんた、店番をしてておくれ」
と言うなり奥へ引っ込んでしまった。
「店番、と言われても・・・」
とりあえずカウンターへ入ってはみたが、そこらをうろうろ見回すだけでなにをすればいいのかわからない。なのに、こんなときに限って店の扉が開くのだ。
「・・・え?」
確かに客がやってきた。しかし開いたのはなんとカウンターの上に置かれたドールハウスの扉。そして入ってきたのは・・・。
「エクスチェンジ、プリーズ」

普段立ち入りを許されていないカウンターの内側には、この店でも極めて価値の高いもの、扱いの難しいものなどが棚に載せられ並べられていた。念入りな封印の施されている曰くありげな薄汚れた壺や毛一本だけでも貴重な幻獣の剥製、紙より薄いガラスでできたステンドグラスなどは、蓮以外の人間が触れると即座に砕け散ってしまいそうであった。
 声が聞こえたとき、ウラ・フレンツヒェンはちょうど棚の真ん中辺りに置かれていたオルゴールを鳴らしていた。黒いベルベットが巻かれた台座の上にアンティーク調のドレスを纏った少女の人形が立っており、ネジを巻くと流れるメロディに合せて少女が踊るのだ。そのオルゴールに気を取られていたウラは、声に対し
「ワット ビジネス?」
なんの用、という言葉が無意識に英語で出ていた。相手の言葉が英語だったせいだろう。
 その気になればウラは、大抵の国の言葉を母国語のように操ることができた。そもそも、日本語からして彼女にとっては異国語である。
「誰なの?なんの用?」
あたしが訊いているんだからさっさと答えなさい、と心の中は日本語で、口から出るのは英語でウラは顔を上げた。だが、目の前には誰もいない。それどころか、店の中に人影自体がない。
「・・・なんなの?」
眉間に皺を刻んで、首を傾げていると
「こちらです、こちらです」
下のほうからさっきと同じ声がした。見ると、ドールハウスの中で一匹のほっそりとしたネズミが赤い布を抱え二本足で立っていた。
 耳の先から足の先まで雪を降らせたように白い、そのために黒い瞳が際立って見えるネズミである。人間にすればタキシードにシルクハットをかぶっていてもおかしくないような気品をたたえていた。尻尾を床に滑らせた具合も、非常に優雅である。
「あなたが、この店の主人ですか?」
ネズミの言葉は教科書通りというか、文法に固められた感のある四角い喋りかたをしていた。だがそれは逆に、決してゆがんだ俗語を使ってはならないという厳格な教育を受けた、上品な育ちの香りも漂わせていた。
 一方、ウラが漂わせているのはどこまでも子悪魔的な雰囲気。挑発的な瞳をやや斜めに傾けて、ネズミの顔を真っ向から見返す。そしてにっこり微笑みを浮かべると
「違うわ」
わざと、ネズミを落胆させる言葉を吐いた。吐いてから、それからさらに言葉を続けて
「だけど、今この店はなんだってあたしの思い通りよ」
右から左、左から右へとネズミの心を弄ぶことが楽しいのだった。特にこの白ネズミは生真面目そうだったから、からかい甲斐もあった。ついつい喉の奥からクヒッ、という笑い声が漏れる。

「さっき、おまえは交換を頼んでいたけどなにが欲しいの」
「ああ、はい」
意地悪な店主に、店へ来た目的を果たせないのではと途方に暮れかけていたネズミはしかしいきなり本題に引きずり戻され、やや面食らいながらも大きく頷いてみせる。そして手に持っていた赤い布包みをドールハウスのカウンターへと載せた。
「これを、銀の懐中時計と交換してほしいのです」
「ふうん」
赤い布の端をピンで突いて、指先ほどの大きさの布包みを開く。光沢のある絹に包まれていたもの、それは一見すると米粒のようだった。しかし米粒ではない。
「なにこれ、おまえのちっぽけな歯じゃない」
百科事典をクリスマスプレゼントにもらった子供でも、ここまで落胆かつ不機嫌な感情のこもった声は出せないだろう。
 だがウラの不機嫌ももっともなのである。ネズミが欲しがっていた銀の懐中時計というのは以前、蓮と紅茶を飲んでいたとき見せてもらったことがあった。蓋に蓋に細かい模様が彫りこまれ、文字盤にぐるりと埋め込まれた十二の石はうす青い鉱石であった。また、時間だけでなく仕掛けによって今日の日付もわかるようになっていた。
「あれはね、ちょっとした細工が仕込まれていてね。それなりに値も張るのさ」
蓮はそう言っていた。彼女の商売を応援するつもりではない。けれど、いくらなんでもあれとネズミの歯とではつりあわない。
 普段ならば甲高い声で笑いながら早口で拒絶を並べ立てるところだったが、ウラは一つため息をついて黙るとカウンターの上にあった鼈甲の簪を手に取った。そして尖ったほうを唇に寄せ、軽やかに吹かす真似をしてみせた。
「うちはね、因縁のあるものでなきゃ引き取れないよ。おまえの歯がどれだけの価値を持つっていうんだい?」
この店の常連ならすぐわかるだろう。ウラは蓮の真似をしているのだった。簪は、煙管の代わりである。
 もちろん二人の外見を比べてみると、ツキノワグマとそのぬいぐるみくらいの違いはある。だがどちらも同じクマには違いない。そのように、ウラと蓮にもなにやら共通の匂いというものがあった。それはつまり、一筋縄ではいかないという手強さであった。
 ネズミは熱心に上品な言葉を並べ立て、自分の歯がどれだけ素晴らしいものかウラを説き伏せようと試みた。また、銀の懐中時計がどれだけ必要なものかも懸命に訴えた。しかしそれらの言葉でウラが納得するはずもない。彼女に情というものは通用しない、彼女を動かすものはただ純粋な、個人的な価値観という琴線に触れるものだけであった。

 ピンセットを使ってドールハウスの中から銀の懐中時計を取り出し、ウラはネズミにこう言った。
「おまえ、なにか出来ないの?足りないお代はおまえ自身で払ってごらん」
「はあ・・・」
ネズミは困ったようにウラの切り揃えられた前髪を見上げていたが、一つ頷くと
「それでは、私の踊りを披露いたします。この踊りがあなたのお気に召すならば、私に懐中時計を与えてください」
そしてネズミはゆったりと踊りだした。
 小さなネズミだからこそ、ステップはつとめてゆるやかに踏んだ。足さばきを見る限り踊りのステップはかなり確かで、もっと素早く動くこともできただろうが数センチの大きさでそれをされるとうるさくて仕方ないだろう。また、育ちのよいネズミはそういう踊りを踊るようにはしつけられていなかった。
「・・・・・・」
ウラは黙ってネズミの踊りを見つめた。軽やかな身のこなしからは自然に音楽が流れていた。それは聞いた覚えのある曲。
 さっき鳴らしていたオルゴールをウラは再び取り出した。限界までネジを巻いて、手を離すと耳の奥だけで響いていた音楽が現実に聞こえ出した。ネズミは、わずかに曲を聴いただけですぐにそのテンポへ踊りを合わせてきた。
 黒いオルゴールの台座で少女が踊る。その周囲を回るようにしてネズミが踊る。少女の目鼻立ちはどこかウラに似ており、ウラは自分自身が踊っているような気持ちになってそっと目を閉じた。
 オルゴールが止まると、踊りも終わった。

「おまえ、素敵だわ。これを持つ価値がある。ほかのものも、なんだってあげる」
踊り終えて一礼したネズミの手に、ウラは懐中時計を与えた。さらに逆の手には小さなトランクを持たせ、その中には白磁のティーセットを詰める。
「お前、喜びなさい。あたしをこんなに喜ばせたんだから」
「い、いえ、あの」
次々にピンセットで放られるアンティークグッズに困惑しつつも、ネズミは懐中時計一つで結構ですと謙虚に辞退を申し出る。本当に育ちのよいネズミは、必要以上を欲しがらないものなのだ。
「あなたのご好意には感謝いたします。けれど私は、これさえあれば充分なのです」
強いて言うならばあなたに会えたことこそが、なによりの褒賞。そう言ってネズミは上品な仕草でお辞儀を一つ、尻尾をくるりと丸めた。
「では、ごきげんよう」
身を翻して店を出て行く寸前、ネズミがウインクをしたような気がした。それは、礼儀正しいネズミがたった一つ見せた軽やかな仕草であった。
「・・・クヒ、クヒヒッ」
店に残ったウラは、久しく感じたことのない愉快な気分に包まれていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

3427/ ウラ・フレンツヒェン/女性/14歳/魔術師見習にして助手

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
アンティークショップ・レンの店にある不思議なものはきっと、
不思議な世界の住人にはそこらにあるものではないかと思います。
お互いに交換、で都合よく回っている気がします。
今回のノベルを書いていて感じたのは、
「ウラさまは感覚で生きているのだろうな」
ということでした。
気分屋とも言う気がするのですが、本能で素敵なものを
見つけることだけのために日々を過ごしている感じです。
ちなみに、交換にやってきたネズミは英国紳士をイメージしています。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。