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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


『末っ子の切実な願い』

たすけて
よる、かいぶつくる
かぞく、みんなしんじてくれない
パパは、つかれてはなしきいてくれない
ママは、ぼくのこときらい
おにぃちゃんは、じゅくでいそがしい
おねぇちゃんは、ぼくとはなすとママにおこられる
よる、いえ、とてもさむい
でも、かいぶつ、あつい、あつい、いってる
かいぶつ、あつい、あついいうと、いえ、もっとさむくなる
かぞくきづいてない
かぞく、みんなこおっちゃう
たすけて
たすけて
たすけて

とさかやおやのうらのかな

「子供の投稿かしらね?」
 瀬名雫は平仮名だけの書き込みに首を傾げる。
 最後の言葉は、どうやら家の場所と投稿者の名前のようだ。
 戸坂八百屋の裏に住む、カナという名の子供だろう。
 すぐに、ネットで戸坂八百屋を検索してみる。
「ああ、あったあった。ふーん、そんなに遠くないわねぇ。早めの方がいいみたいだし、ねえ、誰か調査してきてくれない?」
 ネットカフェ店内を見回す。
「自分で行きたいのは山々なんだけど、今日はもう別の予定が入ってるの」
 確かに、緊急を要するような書き込みではあるが……。

 その調査に、一人の女性が名乗りを上げる。
 青い瞳の痩身の女性……彼女の名は、七瀬・雪という。

**********

 大通りの商店街の一角に戸坂八百屋はある。
 農家から直接仕入れた新鮮な野菜が毎日取り揃えられている、なかなかの繁盛店である。
 しかし、今日は買い物に来たわけではない。用があるのはその八百屋の裏付近にある家――。
 カナという少女が住んでいるはずの、家である。
 目的の家は、すぐにわかった。「佐藤」という表札が掛かっている。
 チャイムのボタンに手を伸ばした時、ぱたぱたという近付いてくる足音に気付き、振り向く。
「だあれ? お客さん?」
 幼い兄妹だった。手を繋いでいる様子がとても可愛らしい。この家の子だろう。
「あなたが、カナちゃんですか?」
 妹の方に声をかける。
 その、3歳くらいの女の子は首を左右に振って、兄の後ろに隠れてしまった。人見知りをするらしい。
「違うよ、カナはこいつ」
 6歳くらいの兄が、ひょいっと抱き上げたのは……くりくりした目の子犬だった。白いふわふわの毛が印象的だが、雑種のようだ。
 しかし、犬が掲示板に書き込みをするはずがない。
 妹の方はまだパソコンをいじれる年齢ではないだろう。では、この兄の方が? いや、この子にも無理だとは思うが……。
「クシュン」
 妹がくしゃみをする。
「ハックション」
 兄も、くしゃみをして咳き込む。兄妹そろって風邪気味のようだ。
「あのね、お姉さんは、この家が夜とってもとっても寒くなるという話を聞いて、調べにきたんです。何か知っていますか?」
 子供相手の為、わかりやすい口調で語りかけてみる。
「うん。とっても寒いよ。でも、夜は寒くなって当たり前だって、お母さんが言うんだ」
「うん、さむいよぉー」
 兄の言葉に、妹が続ける。
「こんな所で何やってるの!」
 きつい声が背後から浴びせられる。振り向けば、買い物袋を持った30代くらいの女性の姿がある。
「お母さん〜。クシュン」
「ごほごほっ」
 鼻をすする兄と、咳き込む妹。
「ほら、早く家に入りなさい。……で、あなたはどちら様?」
 書き込みはこの女性がしたとも考えられる。雪は訊ねてみることにした。
「ゴーストネットOFFはご存知でしょうか? この付近での良くない噂を聞き、調査に参りましたの」
「知らないわ。セールスならお断りよ」
 にべも無く言って、女性は雪を押しのけ、子犬を足で振り払うように家の中に入っていく。
「ほら、あなた達も早く言えに入りなさい!」
「はあい」
 妹が母に従う。
 兄の方は雪の服の裾を、くいくいと引っ張っていた。何かを言いたそうだ。
「ん?」
 雪は屈んで、目線を合わせる。
「夜、えっと皆が寝た頃に、もう一度来てくれる? あそこが僕の部屋だから」
 一階の西側の部屋を指差す。
「わかりました。必ず来ますわ」
 雪は、小さな男の子の頭を撫でて、約束をする。
 男の子は嬉しそうに笑って、手をふりながら、家の中に入っていった。

 小さな男の子だ。
 早めに寝てしまう可能性を考え、雪は早い時間から男の子の部屋の前で待っていた。
 禍々しい……というのとはちょっと違うかもしれない。だけれど、この家からは普通ではない何かを感じるのだ。
 何時間待っただろうか。身体はすっかり冷え切っていた。
「お姉ちゃん、ホントに来てくれたんだぁ」
 ゆっくりと、窓が開いた。
 月明かりの中、男の子の笑顔が浮かび上がる。
 名前を訊ねたら、男の子は元気に『瞬』と答えた。
「入って! もう、お父さんもお母さんも寝ちゃったよ。二人とも、朝早くから働いてるから」
 瞬に招かれて、部屋に入る。
 ロボットのプラモデルや、ヒーローのぬいぐるみが飾られた幼い男の子らしい部屋であった。
「し〜だよ、吠えたらダメだからね」
 あのカナという子犬もその部屋にいた。
「あのね、お姉ちゃんが言ってた、寒くなるって話だけどね。本当に寒くなるんだ。そうすると、カナがワンワン吠えて、お母さん怒って大変なんだ。お母さんは寒くて当たり前っていうけど、僕はちょっと変だと思うんだ。なんか……なんだろ、まるで、他に誰かいるみたいに、カナが吠えるんだ。よくわかんないけど、吠えるんだよ。でも、そう言っても、お母さんはちゃんと話を聞いてくれない」
 おびえた表情で、瞬は語ったのだった。
「わかりました。大丈夫です。私が来たから安心してくださいね。私はあなたの言うこと、信じますわ」
 微笑んで、雪は「怖かったですわね」と、瞬を抱きしめた。抱きしめられながらこくりと頷いた瞬に、雪は白魔法の防衛魔法をかけた。何が起こっても。たとえ、自分と離れても、彼が無事であるように。
「それでは、今日は……」
 休んでと言いかけた雪だが、首筋に僅かな冷気を感じ、振り向く。
 冷たい風が、ドアの隙間から、流れ込んでくる。
 ――既に、始まっているようだ。
 慎重にドアを開ける。途端、冷たい風が雪の顔をなぶった。目を、細める。
 狭い廊下の先、浴室の方からだろうか、何かが近付いてくる気配を感じる。
「ワン! ワンワン!」
 カナが吠える。
「ダメだってば!」
 瞬が宥めようとするが、カナはその何かに向かって吠え続ける。
「これくらいでは、誰も目を覚まさないでしょう」
 冷たい冷気に、睡眠作用が加わっていることを雪は感じていた。唇を噛んで眠気と戦いながら、雪はその存在の前へ立ちふさがる。
 見えない――。だけれど、居るのはわかる!
 雪は一瞬力を抜き、吐息を一つ付くと、力を解放する。
 バサッっと、雪の背に銀色の羽根が現れ、ふわりと、周囲の空気を撫でた。
 髪の色は金へと変化している。いや、これが雪の本当の姿であった。
「あなたの目的は何ですか?」
 目の前の存在に語りかける。今は、見える。雪だるまのような大きな白い塊。目と思われる部分には空洞が。口と思われる部分から冷気の息が流れ出ている。
『アツイ、アツイ』
 声というより、風のような音であった。その音が響いた瞬間、吹き出される冷気の量が増える。
「ここは、あなたの居るべき場所ではありませんわ」
 すっと雪は手を伸ばす……しかし、この存在の意思も、目的もわからない。封印すべきか……滅すべきか。
 一瞬、迷ったその瞬間に、雪の手に白い塊が絡みつく。あっと思った次の瞬間には、雪の身体は白い塊の中にあった。
 冷たい。
 冷凍庫以上に……。
 早く、何とかしないと!
 凍りつきそうになる脳を奮い立たせる。
「ワンワンワン!!」
「こらっ。行っちゃだめだよ!」
 カナが瞬の手から逃れて、雪と白い塊に向かっていった。
『アツイ、アツイ、アツイ』
 カナが触れた途端、白い塊からうっすらと湯気のようなものが立った。
 その隙に、雪は飛びのき、体勢を整える。
「あ、ああ、そういう、ことですか……」
 雪は手を伸ばす。
「カナ、大丈夫ですわ。こちらにいらっしゃい。あなたの家族は私がお守りいたしますわ」
 雪の言葉の意味が分かったのだろうか。カナは、うなり声を上げながら、後退をする。
 好まない技ですけれど……。
 雪は小さく詠唱をする。
 白い塊が、雪の方へ向ってくる。
「お姉ちゃん、寒い……」
 小さな男の子に、羽根を被せながら、雪は手を広げ、光を放った。
 それは黒魔法に属する、熱を発する魔法。
 塊が光に包まれる。空気が瞬間的に熱くなる。
 白い塊は蒸気となり、霧散していく――。

「あんた、こんなところで何してんの!」
 怒声で目が覚める。
 玄関から射し込む太陽の光に、柔らかに包まれていた。
 ――あの後、不覚にも眠ってしまったのですね。
 雪はゆっくりと立ち上がる。隣には目をこする瞬の姿があった。瞬の腕の中はカナがいる。
「不法侵入よ! 警察呼ぶわ!」
「お母さん、お姉ちゃんは、僕が家にいれたの! 変なものから、皆を守ってくれたんだよ!」
「瞬、何いってんの!? 知らない人を家にいれたの? あなたは!」
 母親が瞬に向かって手を振り上げる。
 雪は瞬を抱きしめて、彼を庇った。雪の頭に、彼女の手が当たった。
「申し訳ありません。本当に危険な状態でしたから」
「な、なんだかわからないけど、物色された形跡もないし、息子が入れたっていうのなら今回は見逃してあげるわ。とっとと帰りなさい」
 手を上げてしまったことに、少し戸惑いながらも、不機嫌そうに言って玄関を指差す。
「ワン!」
 その態度に抗議をするかのように、カナが吠えた。
「本当に煩い犬ね! 家に入れるなって言ったでしょ!」
 足を振り上げて、母親は犬を蹴り飛ばした。
 パン!
 突如、母親の頬が張られた。
「この子はあなた方の、命の恩人ですわ」
 強い瞳で、雪が言った。
 誰が掲示板に書き込みをしたのかはわからない。
 だけれど、カナがずっと戦ってきたことが、雪にはわかっている。
 あの書き込みは間違いなく、カナの心だ。
 あの怪物は、冷気の塊。
 急激に冷え込んだ夜に、ごく稀に冷気が塊と化して、一所に留まることがある。その塊が無害の弱い霊と融合してしまったもののようだった。悪意はない塊とはいえ、放っておいたら、この家の住民は凍死していただろう。
 瞬の母親が何かを叫んでいたが、気にせず雪は外へ出た。
 付いてきたカナをそっと抱き上げる。
「よく頑張りましたね、カナ」
 ぎゅっと抱きしめて頬を寄せた。
 ふわふわの毛は、とても暖かかった。
「天使のお姉ちゃんありがとね!!」
 玄関から大声を張り上げる瞬には、微笑んで手を振って答えた。

 数日後。
 区民ホールで演奏会が開催された。
 雪はピアニストとして、参加をし、しなやかな指で心地よい音を紡ぎだす。
 拍手で会場が包まれる。
 その観客席には、瞬と……佐藤一家の姿があった。

 犬の鳴き声が聞こえた気がした。
 多分、カナも一緒だろう。
 ホールに入れることは出来なかったけれど、一緒に雪の演奏を聞きにきたのだろう。
 ロビーにも、演奏は流れているはずだ。
 外に漏れた音を、あの子犬は聞いてくれただろうか。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2144/ 七瀬・雪 / 女性 / 22歳 / 音楽家】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、川岸満里亜です。
 ご参加ありがとうございました。
 この後、一家は楽屋に現れて、雪さんと楽しい時間を過ごしたのだと思います。