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闇風草紙 〜決意編〜
□オープニング□
激しい金属音を響かせ、机上の蜀台が大理石の床に転がった。薙ぎ払ったのは男の腕。血の気の失せた顔。噛み締めた唇から血が滲んでいた。
「やはり、私が行かねばならないのですね…未刀、お前は私に手間ばかりかけさせる！！」
テーブルに打ちつけられる拳。凍れる闘気。透視媒介としていた紫の布が床の上で燃えている。燻っている黒い塊から、煙が立ち昇った。
「天鬼を封印し、力をつけたつもりでしょう。ですが、私とて衣蒼の長子。その粋がった頭を平伏させてみせます」
排煙装置の作動音が響く。
仁船の脳裏に刻まれた父親の言葉。繰り返し、神経を傷つける。
『力ある者のみ衣蒼の子ぞ！
母が恋しければ未刀を連れ戻せ。
仁船、私の役に立つのだ！ 』
失った者、失ったモノ。
奪った弟を忿恨する。自分に与えられるはずだった全てに。
未刀の部屋へと向かう。絵で隠されていた血染めの壁を虎視した。忘却を許さない過去の記憶。
「あなたはここへ帰るべきなのです……力を失って…ね…フフフ」
衣蒼の後継ぎにだけ継承される血の業。封門を開くその能力。忌まわしき歴史の連鎖を、仁船は望んでいた。叶わぬ夢と知っているからこそ。
□面差しは遥か遠く――花室和生
私は少し怖かった。膝が震えているのを未刀くんから隠すことに必死だった。
衣蒼家。その門前に、私と未刀くんは立っている。風が強い。出会っていろんなことがあった。それが今日終わるかもしれない。横目で未刀くんを見ると、視線に気づいたのかこちらに顔を向けた。
「……ありがとう、和生」
「感謝されるようなことはしてないよ。だって、ついて来たいって言ったのは私でしょ」
「案外強がり…なんだな。足、震えてる」
見透かされてしまった。仕方ないのでちょっと頷いてみせると、彼は私の頭にそっと手を乗せてくれた。
「これから僕は父上に会う。きっと和生に危害を加えようとするだろう……けど、僕が必ず守る。信じてくれる？」
「未刀くん……うん、信じる。今までもそうだったように、私は未刀くんの傍を離れないからね」
ぼんやりして、とろくて、皆から笑われることの多かった私。けれど、未刀くんに関することについてだけは、絶対に足手まといになんかならない。
「……すきな…人だもん」
私の小さすぎる呟きは聞こえなかったのだろう。未刀くんが首を傾げた。
きっと運命の人。出会った瞬間、響いた鐘の音は確かにそれを告げるもの――。いいえ、運命でなくても私は未刀くんと出会っていた。代わる者のない大切な人だから。
門が音も無く開いた。同時に聞こえたのは笑いを含んだ声だった。
「そろそろだと思いましたよ」
「……やっぱりあんたは気づいていたんだな」
私の体が意志に関係なく、ビクリと跳ねた。あの冬を思わせる気が迫ってくる。膝の震えがさらにひどくなった。
「ふっ。誉められても嬉しくありませんよ。私には見えないものなどないのですからね。……おや？」
氷の瞳が私を射抜く。
「最初にお会いしましたね。お嬢さん」
「に、仁船さん……」
震えは足元から這い上がり、唇を振動させた。うまくしゃべれない。
「私の邪魔をしなければ危害を加えたりはしませんよ。それでなければ、未刀は戦おうとはしないでしょうからね」
「和生は僕を心配してついてきてくれただけだ。あんたには指一本触れさせないっ」
「ならば私と戦うのです。私から母のぬくもりを奪い、唯一の友を封印した力、衣蒼のために使ってもらう。それができないというなら、死んでもらうまでっ！」
未刀くんが私を後ろへ押した。逃げろと唇が動く。
刹那、私の足元に鋭利な刃物と化した布が突き刺さった。
「仁船っ！！ 和生に手を出すなっ！」
私は尻餅をついてしまっていた。なんとか立ち上がると、すでに兄弟の戦いは始まってしまっていた。悲しいだけの戦い。戦うことで分かることもある。でも、やっぱり暴力は暴力を生んで、それは繰り返される。
続いていく悲しみを消すには、強い意志で戦いを終わらせるしかないのに。
未刀くんが手のひらを空に翳した。生み出される光の剣。「未だ見えぬ刀」と呼ばれているのだと、教えてくれたことがある。力から逃げ、衣蒼という家からも逃げていた未刀くんにとって、その剣を持つ意味は何だろう。
それは決して、誰かを傷つけるためじゃない。ひどい言葉を浴びせる仁船さんにだって、彼はきっと優しい……。
白髪の青年が放つ布が未刀くんの足首に絡んだ。激しく引き倒された。
「未刀くんっ！」
「来るなっ和生…約束を守るような奴じゃない」
戦いが始まったきっかけは、約束が覆された私への攻撃だった。
「……往生際が悪いですね。分が悪いことくらい察したらどうですか。誰かを庇っていたらまともな攻撃などできはしないでしょう？」
「和生を守るのがなぜ悪い。僕は自分のために誰かが傷つくところを、もう見たくないんだ」
「ふ…少しはましな頭になっているかと思ったのに、やはり貴方は己を蔑ろにし、他人ばかりを庇う。父上に再教育していただく必要がありますね」
足に絡んだ紫布を未刀くんの刃が切断する。現実感のあった布は霧散した。彼は走り寄った私の手首をつかんだ。
「あっ…」
胸元に抱き寄せられた。彼の心臓の音が聞こえる。
「仁船こそ、大切な物を見失ってる。僕は正常だ。僕を衣蒼から逃がしてくれようとしていた暮石さんが教えてくれた……誰かを幸せにできる者になれと」
私を抱く左腕に力がこもる。私は胸が苦しくて息ができない。恥ずかしくて嬉しい。
「封印しておいて、その名を語れるとは」
「僕はずっとこの名から逃げてた……でも、彼がいたからこそ、今の僕がある。こうして和生に出会えたもの、暮石さんがきっかけをつくってくれたからだ」
鼓動がどちらのものか分からなくなる。未刀くんと私。混ざり合う。
真摯に兄へと言葉を掛ける声。私は仁船さんに向かって言葉を続けた。
「未刀くんはあなたと戦い来たわけじゃありません」
背中に広がる天使の羽。私の血に眠るその力は、誰かを癒すためにある。湧き上がってくる想いはあふれ出す。
「お父さんと話しをさせてあげて下さい。未刀くんは仁船さんにとってたった一人の弟なんです……だから」
「何を言っているんです。単に血が繋がっているだけ…」
仁船さんが渋面するのが分かった。けれど私は勇気を持って語調を強めた。
「いいえ、違いますっ！ …兄弟はそんな軽々と関係を断ち切れるほど、儚いものじゃないと思います。私は不思議なんです……仁船さん、あなたは本当に未刀くんを殺したいと思っているんですか？」
「私が、未刀を殺す……ですか？」
「そうです」
息を飲み込む。未刀くんが心配そうに私の横顔をのぞき込んだ。
「和生…」
「私、ずっと思っていました。人は哀しみが深いほど壊れてしまう。大切な人が恋しいから、失って寂しくて辛から――仁船さんもそうなんじゃないんですか……」
私だってそうだ。
未刀くんに何かあったら、私は壊れてしまうかもしれない。
深い想いだからこそ、失った時の喪失感は大きくなってしまう。何かにすがり、何か別の強い力に寄りかかっていないとダメになりそうな感覚。
それは誰にだってあるものだと思うから……。
「私がそんな弱い心を持っていると、笑わせてくれますね。それは未刀でしょう？ 私は違う」
仁船さんが肩をすくめ、私を指さした。もう怖くない。未刀くんよりももっと寂しい色をした瞳を見つめた。
「……そうでしょうか…。未刀くんを憎むことで、自分の心壊れそうな心を隠している――そんな気がしてならないんです」
押し黙って私の声に反応しない白髪の人。そんな兄を心配したのか未刀くんの声が後押ししてくれる。
「僕は確かに弱かった。けど、もう逃げないと決めた。和生の言葉が僕を癒してくれたから……」
「未刀…私は自分を隠したりしない」
鋭い目が弟を睨む。が、未刀くんも私をそっと背中に隠し兄を見据えていた。
「本当にそうなのか…仁船」
「仁船さん……」
未刀くんは、私の言葉に癒されたと言ってくれた。それが本当ならどれほど嬉しいかしれない。仁船さんにも届いて欲しい。
「……ふっ、なるほど母に…似ている――か」
諦めたような言葉を吐き出し、仁船さんが私達に背を向けた。空に向かって小さく呟く。
「母上は優しい声をしていた……」
「…仁船……さん」
未刀くんが肩を抱いてくれた。彼もきっとたったひとりの兄を、正しい道へと導きたかったのだろう。力が無ければ、狂うこともなかったのかもしれない。
仁船さんが一歩踏み出した。それは別離への一歩。
巨大な影となって包み込んでいた父親からの別離の瞬間。私は自分の言葉が、誰かを変えることができたことが嬉しかった。
そんな暖かな気分を一変する罵声が響いた。
「……愚か者めっ！」
思わず飛び上がる。声の主は振り向かなくても分かる。きっとそれは――。
肩にある未刀くんの手に力が入った。
背後に迫ってくる威圧感は、誰のものよりも強い。哀しい兄弟を作り出してしまった人。古き家系の長たる者であることを誇示し続ける人。
私はそっと、未刀くんの手に私の手のひらを重ねた。これから作り出す新しい関係の為に。
□END□
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
＋ 2187 / 花室・和生（はなむろ・かずい） / 女 / 16 / 専門学校生
＋ NPC/ 衣蒼・未刀（いそう･みたち) /男/17/封魔屋
＋ NPC/ 衣蒼・仁船(いそう･にふね) /男/22/衣蒼家長男
＋ NPC/ 連河・楽斗（れんかわ･らくと)/男/19/衣蒼の分家跡取
＋ NPC/ 衣蒼・秀清(いそう･しゅうせい)/男/53/衣蒼家現当主
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■ ライター通信 ■
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ライターの杜野天音です(*^-^*)
ラストなのにあんまり甘くないのは、和生ちゃんのしっかりとした言葉のおかげでしょうか。戦うことの多いシナリオが多い中、仁船と戦わなかったのが和生らしいなぁと♪ これからいよいよ父親との対面。でも未刀は大丈夫です。和生ちゃんがついているので(>v<)""
今回もありがとうございました。ラスト１回頑張らせていただきますvv
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