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<東京怪談・PCゲームノベル>


おいでませ、まほろ温泉〜年越しの祭〜

今年、最後の夜が来ようとしていた。東の空は既に群青の黄昏に覆われている。まだうっすらと薄明の残る西の空にも、ぽつりぽつりと星が輝いていた。せわしなくも厳かな大晦日の夜。セレスティはとある社に招かれていた。その名は、『まほろの社』。ここに来るのは二度目だったが、その時とはかなり様子が違っている。と言うより、これを社と呼んで良いのかどうか、セレスティにしても迷う所だった。参道の入り口には巨大な鳥居があるものの、中はこれまで見たどんな社とも違っていたからだ。参道の中央を流れる小川が湛えているのは水ではなく、湯だ。湯の川。奥の社から流れ出ているらしいそれは、参道の右手に出来た大きな池に注ぎ込んで居る。池を囲む岩に腰を下ろした参拝客たちが、気持ち良さそうに湯に足を浸している。足湯になっているのだ。向かいにはゆったりとくつろげる東屋が出来ており、社殿の横には巨大な露天風呂が出現していた。
「ああ、来られたんですね、良かった。こちらへどうぞ」
 約束どおり足湯で待っていてくれたらしい。天玲一郎(あまね・れいいちろう)は、そう言って自分の隣を空けた。セレスティに、社で開かれるという『年越しの祭』の話をしてくれたのは、彼だ。社一帯に湯が沸くのだと聞いてはいたが、まさかこんな事になっているとはさすがに想像していなかった。のんびりと足湯をしていた玲一郎に促されるまま、隣に腰掛ける。玲一郎がかけていたのはは鳥居のすぐ傍で、他にも数人…いや、数匹の河童が気持ちよさげにばしゃばしゃと水しぶきを上げていた。本来なら冷たい水に棲むはずの河童だが、熱い湯も平気なのだろうかと思いつつ、セレスティも足を浸してみると、丁度良い温度なのに驚いた。湯の川を流れてここへ流れ込むまでに、少しずつ冷めるのだろう。
「いかがですか?」
「中々、気持ち良い。疲れが取れそうな気がします」
 と言うと、玲一郎は笑って、実際、効果は絶大なのだと言った。
「しかし、不思議なものですね。社に湯が涌くとは」
 浸している足がじんわりと温まっていくのが分かる。
「今夜だけなんですけどね。一年の疲れも取れますよ?それに…ああ、来たようです」
 とその時、鳥居の外がざわめいた。何かが、聞える。これは…。羽ばたきと、小さな澄んだ鈴の音のようだ。それらは微かにだが、街中から聞えてくるようだ。こんな時間に鳥が羽ばたくなど、と思っていると、
「歳神の帰還です」
 と、玲一郎が言った。そういえば、そんなものが見られると先日聞いたような気がする。
「歳神と言うのは、鳥の姿をした神…なのですか?」
「いえ。本来、彼らには決まった形はありませんが、一応干支の姿をしているんですよ。歳神たちは一年の間その家や人や街を見守り、役目を終えて戻って来ます」
 音は最初は小さく、それが幾重にも重なって段々と大きなざわめきとなった。うっすらとした輝きを放つ鳥たちは、街のあちこちから飛び立ち、空を埋め尽くすと、ぼやけた光の川となってこちらに向かってきた。近付いてくる翼の音。だが、それらは神気とは少し違う何かを含んでいるのがわかった。
「お察しの通り、彼らの神気は弱っています。この一年の間にこの街や人が出した穢れを含んでいるからです」
 玲一郎が言い終えるか終えないかのうちに、光の川は鳥居に突入し、鳥の姿から人の形をした影となって再び社の空にぽおん、と飛び上がった。足湯に居た者たちが歓声をあげ、小さな童子や河童が空を行く影を追って駆け出した。鳥の姿から人の形へと変化すると途端に速度は落ちて、皆、湯の川の丁度上の辺りを一つの列をなして歩いてゆき、高みに昇って行く。空の一端が開いて、彼らを迎え入れるのが分かった。全ての歳神たちがそこへ消えるまで、多分そう長い時間はかからなかっただろう。気がつくと再び空は静まり返り、逆に社は元の賑わいを取り戻した。
「あれは、異世界の者たちですね」
 セレスティが言うと、玲一郎も、おそらくは、と頷いて、
「一体どういう経緯でこんな事が起こるのかは分かりませんが…。もう少しすると、次の歳神が降臨します。最後の歳神が街に降りる頃、年が明ける事になっているんです」
 と、教えてくれた。丁度ほんのり体も温まってきた所で、セレスティは足湯を出た。うっかり出歩いて鈴に見つかると、出店でこき使われるからと苦笑いする玲一郎とは後で会う事を約束し、車椅子を置いたまま、ゆっくりと杖をついて参拝客の間を歩いた。いつもならばほんの短い距離しか歩けぬ足が、不思議と軽く感じるのはこの場のせいなのか、あの足湯の力なのかは分からない。だが、人ごみの中でもさほど苦労せずに歩けるのは、この場合ありがたかった。すれ違い、追い越してゆく客たちの殆どは、人ではない。無論、セレスティを含めて、ではあるが。種々雑多の気が取り巻いている中、一番多いのは妖怪だ。河童は勿論、唐傘小僧や名も知らぬ奇妙な姿をした者も居る。中には明らかに邪気を纏う者もあるが、攻撃的な意志を持つ者は見当たらない。ここでは聖も魔も無いのだ。休憩所らしき場所では皆が集って談笑しており、仙人と妖怪も平気で隣り合わせに座っている。はしゃぎまわる樹精の子供達とすれ違ったところで、鈴に会った。
「おお、セレスティ殿。よういらした」
 片手に抱えたたらいの中で、竹のコップがからからと鳴っている。
「お店を出してらっしゃるんですね、やっぱり」
 と言うと、鈴は無論、と笑った。店の切り盛りは性に合っているのだろう。忙しそうだが生き生きとしている。
「毎年、こうして暮れを迎えるのが常じゃ。だが、セレスティ殿はのんびりして行かれると良い。歳神の帰還はご覧になったか?」
「ええ、丁度」
 それは良かった、と頷いた後、鈴はそれはそうと、と前置きして、
「ところで、玲一郎には会われたかのう?あ奴め、ほんの少し目を放した隙に…」
 と眉をひそめた。なるほど、この事かと微笑みつつも、
「いえ、まだお会いしていませんよ。もしもお会いしたら、鈴さんが探していたと伝えましょう」
と、玲一郎の居所は約束どおり教えず、そのまま別れて境内を散歩した。かぐわしい香りを漂わせた天女たちが行過ぎる。鈴の屋台で買ったのであろう、桃のジュースを手にした一団ともすれ違った。途中、何度か休みながら、ゆっくりと歩いて、社の裏手で少し、涼んだ。再び歩き始めて奥の院に着いた頃にはどれくらい経っていただろう。湯煙を頬に感じて目を閉じていると、ひんやりとした肌をした雪娘たちが寄ってきて、セレスティに白く輝く粉をかけると、服が何時の間にか浴衣に変った。薄手なのに寒さは感じず、そのまま湯に入っても纏わりつく感じもしない。
「良い生地ですね。バスローブにも良さそうですが…」
 と呟いたものの、多分、持って帰る事は出来ないだろう。その不思議な浴衣のまま天風呂に入ってゆくと、湯の中には既に玲一郎たちが居た。途端に、掌サイズの娘たちが湯の上を舞うようにして集まって来た。ほんのりと硫黄の香りをさせた彼女らは、湯の花娘と言うのだと、後で玲一郎が教えてくれた。彼女らの役割は、露天に入ってきた者から注文を取り、飲み物を振舞う事で、四種の飲み物から選ぶように促された。セレスティがワインを頼むと、彼女らは、はいな、とたおやかに首を傾げて、軽やかな足取りで湯の上を飛んで行った。
「丁度良い時間でしたね。もうすぐ降臨が始まります」
と言った玲一郎の隣にはまだ歳若い少年が居り、丁寧に頭を下げた。未成年であろう彼は、日本茶を手にしている。名を、櫻 紫桜(さくら・しおう)と言った。そしてもう一人、こちらは若い女性で、藤井 葛(ふじい・かずら)と名乗った。玲一郎とこの二人は、もう少し前からこの露天に浸かっているようだ。既に葛はワインを、紫桜は茶を手にしている。四人は並んで、何とはなしに空を見上げた。
「歳神って、やっぱり上から降りてくるのかな」
 既に知り合いらしい葛が、紫桜に話しかける。
「俺はそう聞いてます。確か別の世界…星々の世界から、降りてくるそうですよ」
「星々の…か。ふうん」
 と、そこへ先ほどの湯の花娘がひらり、とやってくる。セレスティにワインを渡した湯の花娘は、また首を傾げるようにお辞儀をして、
「良き方にめぐり合えますよう。美しきものに出会えますよう」
 と、愛らしい声で言った。
「ありがとう。君もね」
 と言うと、娘はまあ、と嬉しそうな声を上げて去って行く。何の事かと思っていると、玲一郎より早く別の声が答えた。
「ここの飲み物は、それぞれ意味があってのう、セレスティ殿。ワインには、恋愛運、芸術運上昇の力があるのじゃ」
 鈴だ。隣には黒榊魅月姫(くろさかき・みづき)とシュライン・エマも居る。
「あれ、お店は?」
 聞いたのは、葛だ。
「もうしまいじゃ。わしとて、年越しの瞬間まで商いしようなどとは思うておらぬ。それに」
 と、鈴が空に視線をあげ、皆もそれに続いた。社の空が、揺らぐ。すうっと何かが開くのが分かった。空が、開く。そんな感じだった。星々の世界への扉が開いたという事なのかも知れない。
「もう、降りて来るぞ」
 鈴に言われずとも皆分かっていただろう。開かれたのは、空。聞えてきたのは、小さな澄んだ鈴の音だ。しゃん、しゃん、しゃん…。規則正しく聞える鈴の音と共に、白く輝く人影が幾つも列をなし、開いた空から降りてくる。ざわめいていた露天風呂は静まり返り、皆一様に空を見上げていた。妖怪も、仙人も、樹精も、水精も、誰もがじっと、降りてくる歳神たちを見上げている。物音一つしない中、一列になった彼らは湯煙のすぐ傍まで降りて来ると、鳥居の方に向かってゆっくりと進んで行く。しゃん、しゃん、と言う不思議な音は、彼らの歩みとほぼ同調しており、まるで足音のようだった。
「歳神はな、星々の世界から降りてくる星の子らじゃ」
 鈴が言った。
「星が降りてきて、神様になるって事かしら?」
 シュラインが聞いた。
「そうじゃ。なぜ星が降りてくるのか、なぜ神となってこの世を見守るのか、穢れと共に戻って行くのか。理由を知る者は居らぬ。が、年に一度の年越しの夜、嵐であろうが晴れ渡っておろうが、穏やかであろうが戦があろうが、歳神達は還り、そして降りる。古より繰り返されてきた不思議の一つよ」
「とても、綺麗ですね」
 魅月姫が呟くように言い、鈴が嬉しそうに頷く。その間にも、輝く人影の列は、鳥居に向かって伸びて行く。
「ねえ、鳥居を抜けた歳神は、やっぱり犬の形になるのかしらね」
 ぽつりと言ったシュラインに、玲一郎が多分、と微笑んだ。それ見たい、と立ち上がったのは葛で、紫桜少年も無言でその後に続いた。シュラインが、
「あ、ちょっと、服は?!」
 と声をかけたと同時に、また雪娘たちが現れて、彼らに光る粉を振り掛けると、浴衣は元の服に変っていた。
「上手い事出来てるわね」
 とシュラインが呟き、鈴が自慢げに笑った。最初は気づかなかったが、彼女の手には冷たそうな桃ジュースがある。そういえば体も少し火照ってきたようだ。露天風呂で飲むワインも十分に美味だったが、桃のジュースも良かったかも知れない。何時の間にか空は閉じており、最後の歳神があの澄んだ音と共に鳥居の方へ進んでゆく所だった。と同時に、湯が少しずつ煙に変わって行く。立ち上がろうとすると、玲一郎が手を貸してくれた。
「年が変わり、歳神たちの降臨が終わると同時に、社はまた、閉じる」
 鈴が言った。何時の間にか雪娘たちがやってきて、セレスティたちにも粉を振りかけてゆく。服が元に戻った頃には、湯は既に濃い霧に変っていた。驚いた事に、車椅子まですぐ傍にちゃんと置かれている。最後の歳神の気配が社から消えて、誰からともなく、持っていたグラスやお猪口を掲げた。
「あけまして、おめでとう」
 重なった声が、残った湯煙の中で響き、消えて行く。社が閉じていくのだ。次は一体どんな行事があるのだろうと思いつつ、セレスティは残ったワインを飲み干した。新しい年が始まる。きっとまた、不思議に満ちた一年になるに違いない。

<終り>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【0086/ シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4682 / 黒榊 魅月姫(くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)・深淵の魔女】
【1312 / 藤井 葛(ふじい・かずら) / 女性 / 22歳 / 大学院生】
【5453/ 櫻 紫桜さくら・しおう) / 男性 / 15歳 / 高校生 】


<登場NPC>
天 鈴(あまね・すず)
天 玲一郎(あまね・れいいちろう)

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■         ライター通信          ■
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セレスティ・カーニンガム様

この度はご参加ありがとうございました。ライターのむささびです。年越しの祭、お楽しみいただけましたでしょうか?セレスティ氏には、帰還、降臨どちらもご覧いただき、最後の乾杯をもちまして年末年始のご挨拶とさせていただきました。
改めましてライターからもご挨拶を。
昨年中は大変お世話になりました。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

むささび。