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合コン、しませんか? 〜濃密に生きよう!〜
ACT.0■PROLOGUE――Mission of Love――
この時期の東京を彩っているクリスマスイルミネーションの華やぎも、宮内庁地下300メートルまでは届かない。
『調伏二係』係長、八島真は、部下たちが帰ったあとのオフィスにひとり残り、調査資料のデータ確認と整理をしていた。
「残業ですか? おつかれさまです」
聞きなれぬ声に、パソコン画面からふと顔を上げる。今の今まで八島以外はいなかったオフィスに、黒い影のように、ひとりの男が現れていた。
差し入れのつもりなのか、吉祥寺『小ざさ』の羊羹と、湯気の上がった番茶入り湯呑みを、とんと机に置く。
「いったいどうやってここへ……とは、聞くまでもありませんね。あなたは『あの』公園異界にお住まいなのですから。デューク・アイゼンさん」
「恐れ入ります。実は、八島どのに折り入ってお願いがございまして」
「……弁天さま関係ですか?」
「むろん」
「断れ……ないですよね?」
「『もし真が、すでに幾人もの美女により、クリスマス近辺のスケジュールを瞬殺されていると言うのなら、涙を呑んで引き下がっても良いぞ』とは仰ってましたが」
八島はぴくりと片眉を上げ、湯呑みに手を伸ばした。
「仕事には忙殺されてますが――プライベートはフリーですとも。……残念なことに」
◇◇ ◇◇
「合コンだとぉ?」
「うむ。最近、縁結び業務が手薄になっておるので、ちと反省したのじゃ。クリスマス直前のカップル成立を目指そうと思っての」
喫茶店【Lycanthrope】のカウンター前にどっかと腰掛けて、弁天はベーグルサンドを3つ平らげ、2杯目の珈琲を飲み干していた。
ちなみに、マスターであるところの北城善は、ひとこともおごってやるとは言っていない。しかし弁天は、以前【狛鬼使い】がらみの事件で囮役を引き受けてからというもの、すっかり只食い只飲みのありがたくない常連になってしまったのである。
「そんなわけで善や、おぬしも参加するように。絶世の美女が待っておるぞ」
「……自分のこと言ってんじゃないだろうな?」
「安心せい。わらわは愛人&奴隷志願者にはことかかぬゆえ、眷属とともに総合司会をやらせてもらう。……ベーグルサンドと珈琲追加」
「わかった。そのかわり今までのツケを、当日取りたてさせてもらうことにする」
◇◇ ◇◇
そののちも――
弁天から、いきなり合コンに出席せよと言われて、困惑している男性が他に2名いた。
『井之頭本舗』の蕎麦打ち名人徳さんこと鬼鮫と、アトラス編集部の迷編集員、三下忠雄である。
「……かたぎのお嬢さん相手に、気の利いた話はできんと思うが……」
「いやいや。徳さんは自然体のままが素敵なのじゃ。おぬしでなければならぬ! と思う娘御もきっと居ようぞ」
「合コンなんて取材より怖いです〜〜〜〜。だって、どうせ草間興信所に出入りしてるような女のひとしか来ないんでしょう〜〜〜???」
「これっサンシタ! そんなことを誰かに聞かれたら、それこそ半殺しじゃ馬鹿者! ぴしっとせい、ほれ、こんなもの取って」
「ああっ〜〜! 僕の眼鏡返してください〜〜!!!」
「ねーねー、弁天ちゃん。合コンするんだって? ならハナコも出席……」
選りすぐりの殿方を集めていると聞き及び、ハナコは弁財天宮を覗く。が、鬼鮫と三下を認めるなり、すぐさまさくっと回れ右した。
「んんーと。ハナコ、用事あったんだーっと」
「これハナコ。パスするなら責任取って参加者を集めぬか。独身美女限定じゃぞ! 良いな!」
ACT.1■美女&ギャラリー調達
「誰を誘おうかなぁ。縁遠そうな独身美女ったら、やっぱ麗香ちゃんかなあ」
さりげに失礼なことを呟いて、ハナコはまず、月刊アトラス編集部へのゲートを開いた。
原稿の山に埋もれている碇麗香のデスクにぴょんと飛び降りる。だが、年末進行真っ最中の編集長は、ハナコが不可思議な登場をした程度では少しも驚かないのだった。
「あのさ、麗華ちゃん。仕事ひとすじもいいんだけど、たまには合コンとかどう?」
「さんしたくんがメンツに入ってるような合コンに出て、何が楽しいのよ。取材を兼ねて貸し出したけど、どうせ誰からもご指名されないんだから、早めに返して頂戴って弁天さまに伝えて。あんなでも猫の手くらいには使えるんですからね!」
豪雪地帯の氷柱にも似た視線に刺され、ハナコはしおしおとデスクから降りる。どうやらターゲットを変更しなければならぬようだ。
幸い、というか何というか、今日のアトラス編集部には何人もの美女が出入りしている。
マーメイドラインの黒いキャミソールドレス姿が美しい女性に、怪しいキャッチセールスのごとく声を掛けた。
「ね、そこの妙齢のおねえさんっ! 素敵な男のひとを紹介したげよっか?」
「ま……。妙齢だなんて……」
当年とって750歳、ハナコよりも250歳年長の竜宮真砂は、にっこり微笑んで頬に手を当てた。ハナコが渡した写真つきメンバー表チラシを、興味深げに見る。
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
〜最近、ロマンチックな出会いが少ないとお嘆きの貴女へ〜
ク リ ス マ ス 直 前 企 画
合コンしませんか? 井の頭公園内 弁財天宮にて(案内図別紙参照)
こんな素敵な独身男性が貴女を待っています!
○八島真さん 28歳
○北城善さん 30歳
○デューク・アイゼンさん 外見年齢20代後半
○霧嶋徳治さん(フレンドリーに鬼鮫さんとお呼びください) 40歳
○三下忠雄さん 23歳
総合司会担当 :弁天&蛇之助
広報・設営担当:ハナコ&フモ夫&ポチ
チラシ製作担当:鯉太郎
◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇
「ふふふ……いい実験材料、もとい、人の良さそうな殿方が揃ってますね」
「気に入ってくれた? じゃ、絶対来てね。はいこれ、会場案内図だよ」
何やら不穏な発言は聞かなかったことにして、ハナコはなおもきょろきょろと物色する。
「あー! デルフェスちゃんだー! どお? 合コンとかしてみない?」
鹿沼デルフェスは、麗香の隣で原稿整理を手伝っていた。アンティークショップ・レン絡みの事件資料を届けに来たついでらしい。指し示されたメンバー表を見て、ぽっと頬を染める。
「とても豪華なメンバーですのね。素敵なかたばかり」
「そう思うー? ねーねー、誰が好み?」
「デュークさまですとか……鬼鮫さま…………ですとか…………。あら、わたくしったら、何てはしたない。弁天さま一筋の身でございますのに」
「気にしない気にしない。じゃあ、デルフェスちゃんの席、デュークと徳さんの間にしとくよ。がんばって!」
「せっかくですが、参加はご遠慮いたしますわ。わたくしはミスリルゴーレムですから、人間の女の子のようにはいきませんもの」
「そんなことないと思うけどなあ」
「弁天さまは総合司会をなさるのですね。及ばすながらお手伝いさせていただければ嬉しいですわ」
「そっか。じゃあ、ギャラリーとして参加しなよ。席をいくつか用意するみたいだし」
「はーい、ハナコちゃん。私も総合司会アシスタント希望ね」
仕事帰りのアルバイトとして、海外から届いた投稿の翻訳業務に携わっていた嘉神しえるが、さっと手を挙げる。
ハナコはこっくりと頷いた。
「うん。しえるちゃんのことだから多分そうだろうなって、弁天ちゃんも言ってた。『欧州ではクリスマスは家族と過ごすものなの。だから、未来の家族と過ごしたっていいわよね♪』とかって、蛇之助ちゃんといちゃつくつもりに違いないって」
「さすが弁天サマ、読みが深いわ。合コン参加者に、しれっとして蛇之助を売り込まれないよう監視しなくちゃ。本当は兄貴を送り込みたいところなんだけど、独身女性限定じゃねえ」
「お兄さん、女装は似合いそうだよ?」
「でも、性別は変えようがないし」
「合コンですって? ちょっと、今、合コンって言った?」
ハナコの勧誘を耳にして、スタイリッシュなスーツ姿の女性がつかつかと近寄って来た。気合いのオーラを漂わせた藤井百合枝である。
「う、うん。参加者募集中なんだ」
「ふっ。私も年齢を四捨五入すれば、ええと、アレだから、そろそろ決めなくちゃって思ってたところなのよっ。そのメンバー表チラシ、1枚くれる? ……ふぅん、三下や鬼鮫さんはともかく、八島さんてフリーだったのね。狙ってみようかしら」
「真ちゃんのこと、知ってるの?」
「まあね、会うのは随分久しぶりだけど。相変わらず忙しいのかしらねぇ……。でもああいう人って、仕事柄、結婚してもなかなか家に帰ってこなさそうよね。このデュークさんて人も、誠実で真面目そうな感じだし……迷うわぁ」
食い入るようにメンバー表を睨み、百合枝は真剣に検討する。
「そんなに熱心になってくれて嬉しいよ。はい、案内図」
「あーっ! 合コンメンバーに北城さんがいるっ! 私も参加していいですか?」
横合いから元気な声が飛んできた。小柄で可愛らしい女性だが、ハナコに詰め寄る様子がなかなかに豪快である。
「もちろんだよ。えっと?」
「桐嶋秋良。占い師なの。北城さん狙いってことでお願いしますっ」
「おっけー! 善ちゃんの隣の席は、秋良ちゃん用にキープしとくね」
「よぉし。そうと決まれば、弁天さまに成就祈願に行かなきゃ!」
会場案内図を受け取るなり、秋良は白王社ビルを飛び出ていった。
「弁天ちゃんに祈願か……。珍しい台詞を聞いたなぁ」
感心して見送るハナコの手元に、しなやかな指が伸びる。
「そうでもないわよ。1枚もらうわね」
メンバー表を確かめている新たな美女は、羽柴遊那であった。
「丁度、私も弁天さまを拝ませてもらいに行こうかって、思ってたところだもの。恋愛以外の祈願だけど」
薔薇色の瞳をふっと細め、楽しげに笑う。
「かの井の頭公園で合コンなんて、面白そう。お手伝いをしなくちゃ」
「あの、すみません。三下くんの姿が見えないのは、合コン……に出かけたからですか?」
おずおずと話しかけてきたのは、古風で穏やかな風貌の青年だ。おっとりした物腰が琴線に触れ、ハナコはきらっと目を輝かせる。
「そうだよ。でも、忠雄ちゃんのことは置いといて、おにいさん、お名前なんていうの?」
「都築秋成……ですが」
「秋成ちゃん。どお? 男性側のメンツに入らない? そしたらハナコも参加しちゃう♪」
「いえ、俺、合コンなんて出た事ないんですよね。女性との会話なんて、一体何を話せばいいのか全く分かりませんし」
「そんなの、何だっていいんだよ。趣味のこととかさ」
「趣味ですか……。釣り、でしょうか。そういう話なら、まあ、適度にいけますけど」
「わーい。じゃ、メンバー追加の連絡するね」
「あの、でも」
面食らっている秋成の腕を取り、ハナコは喜び勇んで弁財天宮に帰還しようとした。が。
「こらこらハナコちゃん。あの公園に行くのが初めての人に、いきなりそれは酷じゃないかしら」
ゲートを開くために広げかけたハナコの腕は、誰かの手により押さえられた。秋成はほっとして救いの主を見る。
「あなたは……?」
「はじめまして。シュライン・エマよ。草間興信所の事務員なの」
「あっれー? シュラインちゃん、どうしてここにいるのー? あとでそっちにも行こうと思ってたんだよー?」
「興信所の方では、フモ夫さんとポチさんがチラシ配布してたわ。ハナコちゃんがここにゲート開いてるって聞いて、来てみたの」
「じゃ、シュラインちゃんも参加希望なんだ。んで、わざわざアトラス経由で遠回りするってことは」
ハナコは声を潜めた。秘密めかした目でシュラインを見上げる。
「新しい恋を見つけるつもりなんだね……。わかった、今の彼には内緒にしとくよ」
「そう言われる前に、予防線張っておかなくちゃって思ったのよねぇ」
『クリスマス直前合コン企画:司会進行表(案)』と大きく書かれたファイルを見せて、シュラインは苦笑する。
「武彦さんには伝えてきたわ。私もギャラリー参加兼、スタッフ補助ということで」
◇◇ ◇◇
「おや? そちらの可愛らしいかたには、どこかでお会いしたことがあるような」
合コン当日、井の頭公園に見学に出向いたセレスティ・カーニンガムは、ボート乗り場を横切ったあたりでふと足を止めた。
彼と同様に弁財天宮に向かっている、白い子猫がいたのである。
小さなリュックを背負った子猫は、振り向きざま、聞き覚えのある声を発した。
「まあ、セレスティさん。奇遇ですわね」
「やはりメイリーンさんでしたか。お姿が違っていても、わかりますよ。いつもダンジョンではお世話になっております」
「そんな。こちらこそ」
「弁財天宮での合コンに、参加なさるのですね?」
「合コン……?」
メイリーン・ローレンスはきょとんと首を傾げる。メイリーンはイベントの有無に関係なく、弁天を訪ねてみようと思っただけであったのだ。
「ご存知なかったのですか。こういう催しがあるのですよ」
四つ折りにして胸ポケットに入れていたメンバー表チラシを、セレスティは広げてみせる。裏に『ギャラリー席予約券:セレスティ・カーニンガムさま専用』と蛍光ペンで書かれているのは、配布中にフモ夫が小技を利かせたらしい。
「初めて聞きましたわ。楽しそう……。でも、わたくし、今日はお洋服を用意してなくて……」
子猫は困った風に、自分の白い毛並みを見回す。セレスティは微笑んで、何でもないことのように言うのだった。
「貴女にふさわしいドレスを、きっと弁天さまが貸してくださいますよ。お着替えになったら会場まで、私がエスコートいたしましょう」
――ほどなくして。
弁天がメイリーンのために選んだのは、白地にクリスマスカラーの赤と緑のリボンがあしらわれた、ふわりと裾の広がる愛らしいドレスだった。
未だ会場は準備中のため、メイリーンはセレスティとともに、『井之頭本舗』で待機することにした。
耳と尻尾を残して人間化したメイリーンを見て、デュークが目を見張るのは、小一時間ほど先のことである。
◇◇ ◇◇
「『ごうこん』とは何か判らんが、美味な甘味が食せると聞き、伺ったのだが……」
何か問題があるだろうか、と、神居美籟は言った。どこか超然とした雰囲気の美少女である。朱塗りの弁財天宮に、紺瑠璃地の和服が鮮やかに映える。
事情をあまり知らぬ風の美籟を逃がすまじと、弁天は満面の笑顔を作り、さりげなく移動して出口をふさいだ。
「これはこれは。吸い込まれそうな瞳の娘御じゃの。……いかにも、娘御にとっての合コンとは、美味な食べ物、美味な飲み物、感じの良い殿方を前に楽しい時を過ごすことであろう。しかし、さらに裏がある」
「裏、と仰る?」
「うむ。それは、娘御同士の戦いに他ならぬ。いずれ菖蒲か杜若、妍を競い、己が魅力を意中の殿方に最大限にアピールするのじゃ。女は競ってこそ華」
「弁天さまぁ。こんな若いお嬢さんにそんなことを――あのですね、美籟さん」
参加者受付用臨時カウンターに座り、蛇之助は溜息をつく。
「悪いことは言いませんから、今日のところはギャラリーとして様子をごらんになった方が宜しいのでは?」
「お気遣い、かたじけない。だが、未だ趣旨がよく掴めぬにしても、流儀があるのならそれに添うまで」
「よくぞ申した。頼もしいのう。さささ、この参加者カードに、名前・年齢・職業・能力・隠し能力・好きな異性のタイプを記入の上、蛇之助のところで受付をすませてから、準備が整うまで所定の場所で待つがよい」
「合コンの受付って、ここでいいのよね?」
参加者カードを書いている美籟の手元を、いつのまに現れたのやら、雪原迷彩のワンピースを着た女性が覗き込んでいた。
「ハナコちゃんの話だと、まだ余裕ってことだったけど――あらら、参加者上限5名か。竜宮真砂、藤井百合枝、桐嶋秋良、メイリーン・ローレンス、神居美籟……ちょうど、受付終了ね。じゃあ、ギャラリー参加しちゃお。名前・年齢・職業・能力・隠し能力・へそくりの隠し場所、っと。それにしても、いまどきの合コンって見学者がいるものなのねぇ。時代は変わったわ」
「これこれ、そこな新顔の娘御。命より大事なへそくりの在処など記入せんでよろしい」
「彼瀬春香、46歳です。主婦相手に娘御だなんて、んもう弁天さま、お上手」
ばっしーん。思いっきり叩かれて弁天はよろめき、体勢を立て直してから咳払いをした。
「999歳以下の女性は皆『娘御』であるというのがわらわのポリシーじゃ。んむむっ?」
春香の個人情報満載な参加者カードを見て、弁天は唸った。任意記載欄に、彼女の夫の名前が書いてあったのである。
「おおおぬしは、あの超絶女ったらし……もとい、博愛主義者の奥方であったのかっ! いったいどうすればああいうタイプの殿方を落とすことができ……いや、その前に、あやつがよく奥方の合コンイベント参加を了承したものよ」
「あのひとダンジョンで、女性化した蛇之助さんを押し倒そうとしたんですって? 額に銃を突きつけて『そういうことなら、私だって外で遊んできていいわよね?』って言ったら、笑顔で送り出してくれたの」
「ハードボイルドな夫婦関係じゃのう」
「愛とは闘いである、と聞いたことがある。若輩の身には難しい世界だ。弁天殿にも春香殿にも、いろいろとご教授いただければありがたい」
可憐な口元を真摯に引き締めて、美籟は丁重にお辞儀をした。
ACT.2■只今準備中、御祈願は今のうちに
会場の準備が整うまで、合コン参加者及びギャラリー参加者は、地下2階に設けられた控え室か、もしくは、今日だけは無料開放で甘味食べ放題の『井之頭本舗』にて待機中であった(鬼鮫は合コンメンバーなので厨房には立てず、残念ながら蕎麦関係はメニューから外されている)。
会場のセッティングの方は、『への27番』在住の騎士たちの人海戦術によって既に一段落していた。
天井には派手なクリスタルのシャンデリアが輝き、壁には、『カップル成立のあかつきには、初詣は是非井の頭弁財天宮へ。御神籤、各種お守り、福銭等取り揃っております』という、やや営業寄りに走った垂れ幕が下がっている。
ギャラリー参加者のうちスタッフ希望者は、会場となる地下4階で打ち合わせ中の、総合司会のもとへ集合した。
シュライン、デルフェス、しえる、遊那、春香は、弁天と蛇之助を囲み、席順や進行手順、料理や飲み物、BGMの選択等についててきぱき決めていく。
思ったよりもギャラリー参加者が多く、蛇之助は飲食物の不足を懸念していたが、それは遊那がフォローしてくれた。
「材料さえあれば、料理は作るわ。それにホラ、個数限定の激レアケーキやシャンパン、シャンメリーも持ってきたし♪」
「席順は、合コン参加の女性側のご希望と弁天さまの深いお考えのもと、このようになりましたが如何でしょうか?」
弁天が赤マジックで殴り書きした座席表を、デルフェスが丁重に清書した。
◇美籟 ◆八島 ◇百合枝 ◆デューク ◇メイリーン
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合 コ ン テ ー ブ ル 席
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◆三下 ◇真砂 ◆鬼鮫 ◇秋良 ◆北城
○弁天&蛇之助(総合司会は座席なし)
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ギ ャ ラ リ ー テ ー ブ ル 席(随時席替可)
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◆秋成 ◆セレスティ ◇春香 ◇遊那 ◇シュライン ◇しえる ◇デルフェス
「ギャラリーは、移動しても構わないのよね? アシスタントとして、総合司会のすぐそばにいることにしよっと」
しえるはにこにこと頷き、シュラインは情報満載のファイルを開く。
「男性陣のデータは最新のものに更新してあるから、必要に応じて助言できると思うわ」
「シャイな男性が多そうねぇ。盛り上げるんだったらまかせて! いろんなサプライズを仕掛けちゃうから」
春香は手持ちのトートバッグの中身を確かめ、満足そうに微笑んだ。
そっと覗き込めば、銃のようなものや爆弾のようなもの……とても主婦の持ち物とは思えぬ、火薬の香り漂う各種危険アイテムがぎっしり入っている。弁天は青ざめて、かつての腕利きの傭兵に釘を刺した。
「あー。春香や。弁財天宮を壊さぬ程度に頼むぞえ」
なお、強引に召集された男性陣は半スタッフ扱いされ、顔合わせかたがた、すでに会場にいた。
「北城さんは狛鬼使いですか。いつか、ご協力いただくことがあるかも知れませんね。名刺をお渡ししておきましょう」
「どうも。『調伏二係』ねぇ。聞いたことはあるな」
「これ、真。なんじゃ、いつもと変わらぬそのいでたちは!」
北城と挨拶を交わしている八島は、お馴染みの黒服黒眼鏡である。
普段と変化がない服装なのは北城も同様だが、こちらはカジュアルなのでさして違和感はない。しかし八島の方はどう見ても秘密業務遂行中だ。合コンという単語とは、東京―ウルグアイ間ほどにかけ離れている。弁天ははなはだ不満だった。
「制服というのは礼装でもありますが、いけませんか?」
「綺麗どころと会うときくらい、はじけた格好をしてもよかろうに。せめて黒眼鏡くらい外さぬかっ!」
弁天の手が伸びて、八島のサングラスを引っぺがし、前髪をくしゃっと下ろす。一瞬の出来事に、一同は息を呑んだ。
「あらっ」
「まあ、八島さまって」
「素顔は意外と」
「……に似てない? ほら、日曜朝のスーパーヒーロータイムに出てくる彼」
「いつもそうしてればいいのに」
しかしアシスタント女性陣の賞賛もつかの間、八島は素早くサングラスを取り返し、髪型を元に戻したのだった。
「……私にも立場と言いますか、いろんな事情がありまして」
「それはそうと、弁天サンはいつ、溜まりに溜まったツケを精算してくれるんだ?」
助け船かたがた、ぼそりと北城が呟く。弁天はぎくっとしながらも、作り笑いを浮かべてウインクをした。
「いや〜ん、善さんたらぁ。そういうお話は、あ・と・で。ふたりっきりのときにね♪」
ぞわっと鳥肌を立てて、北城が後ずさる。気持ちはわかります、と言いたげに、八島はその肩を叩いた。
弁天の服装チェックの標的は、次に三下に移る。
「おぬしもじゃ、サンシタ。もちっと何とかできぬのか。それでは美形の持ち腐れじゃ」
「だって〜。これでも一張羅のスーツなんですよぅ」
三下の眼鏡はとっくに弁天によって奪われているため、涼しげな目元とまろやかな頬のラインがむきだしになっている。とはいえこのままでは、いかに素顔が美形であろうと、女性陣がくすぐられるのは母性本能ではなくサディスティックな衝動であろう。
「弁天さま。三下くんは、いじったら結構イイのよ。変身させてもいい?」
「おお遊那。そうか、おぬしに任せれば良いのじゃな!」
「ええーっ?」
逃げようとする三下を遊那が押さえ、ぐいと顎を掴む。
「当然、コンタクトに変えるとして、あとは服と髪型ね。仕事で手がけたことのある、若手人気俳優風にしてみようかしら」
――そして。
喋りさえしなければ、このまま恋愛ドラマの主役を張ってもおかしくないほどの、魅力溢れる美青年が誕生したのであった。
「でかした! これなら、うっかり一目惚れしてしまう娘御もおるかも知れぬ。欠点は、中身がサンシタなことくらいじゃな」
「ご好評で嬉しいわ。良かったらデュークさんも――と思ったけど、今日は特にかまわないかしらね。アスガルドではデュエラちゃんをメイクしたことだし」
「本日はお忙しい中、わざわざおいでいただきまして」
遊那に、そして一同に、デュークは礼を取る。その装いは、普段どおりのシックなテイストでまとめられていた。
かたぎのお嬢さんがたに失礼があってはならじと思っているのは、鬼鮫も同様である。
渋いスーツをきっちり着こなし、
「この中に誰か――煙草を吸うものはいないだろうな? あれは身体に良くないぞ、やめたほうがいい」
などと、くだけた世間話(彼にとっては)に挑戦しているのだった。
さあっと青ざめた北城が、今だけにしても禁煙を固く誓ったのは言うまでもない。
◇◇ ◇◇
「準備中すみませーん、弁天さま。始まる前にひと拝みしたいんですけどー」
階段を軽快に駆け下りる音がしたかと思うと、秋良が顔を出した。
ちょっとこっちへ、と、ちらりと男性参加者のほうを――特に北城を意識しながら――弁天に手招きをする。
うむ、と階段付近へ行ってから、弁天は小声で言う。
「構わんが、おぬし、受付のときにも善とうまくいくよう祈願したではないか」
「もう一度お願いします。綺麗で大人っぽいひとたちばかりだし、もう不安で不安で。いっそ仕事着で来ればよかった。占い師の格好とメイクだと、年齢不詳に見えるんですよ」
「恋する乙女は可愛いのう。よかろう、気の済むまで何度でも拝みまくるが良いぞ」
「ありがとうございます!」
偉そうに胸を張る弁天を前に、秋良は殊勝に手を合わせる。それを見て、しえるが蛇之助の手を引いて近づいた。
「弁天さまの縁結びが霊験あらたかなのは私が保証するわ。ほーら、ラブラブなカップルがここにひと組。ねー? 蛇之助」
シンプルなワンピースの裾を飜し、ここぞとばかりに、蛇之助の腕にしっかりと自分の腕を絡ませる。
「いけませんよ、しえるさん。人前で」
口ではそう言いながらまんざらでもなさそうな様子に、弁天の眉間にぴしっと縦皺が浮かんだ。
しかし、恋愛成就祈願を受けている真っ最中では、いつものようにしえると一戦交えたり、蛇之助をお仕置きしたりするわけにはいかない。
「おのれ……」
歯噛みしている弁天をよそに、遊那もまた、二拝二拍手一拝した。
「私も拝んじゃおう。40歳までに、ニューヨークで個展が開けますように」
「『Show』の実力ならば、神頼みをするまでもなく大願成就であろうに。とはいえ、よし、聞き届けたぞ」
「神さまに手を合わせるのは、自分に向かい合うことでもありますわ。わたくしも、お祈りさせていただきます。大好きな女神さまが、わたくしを愛人にしてくださいますよう」
気がつけば、デルフェスも遊那の隣で合掌している。
そばではハナコがどさくさまぎれに「弁天ちゃんがこっそり取り寄せてた『季節限定:苺のプレミアムシュークリーム』を食べちゃいました。ごめんなさい」などと懺悔しているが、超小声なので、デルフェスの祈願に混ざって弁天の耳には届いていない。
「んとね、弁天ちゃん。誤解してるかも知れないけど、デルフェスちゃんの愛人志願は、Loveから発してるんじゃなくってLikeの最上級っていうか、女心に女が惚れるっていうか、そもそも『女神さま』ってモリガンちゃんのことじゃないんだよう」
じれったそうに手足をばたばたせるハナコに、デルフェスは微笑んで首を横に振る。
「宜しいのですよ、ハナコさま。いつか、ご理解いただける日もございましょう」
「さて、と。そろそろ準備は完了かしら。弁天さんと蛇之助さんは、もう定位置についていいんじゃない? フモ夫さんとポチさんは、テーブルセッティングが終わり次第、地下2階の控え室と『井之頭本舗』で待機しているひとたちを呼んできて。みんなが席につき次第、始めましょう」
様子を見計らって、シュラインは的確な指示を出す。蛇之助はすがるような目で見た。
「シュラインさん、いっそ、総合司会を弁天さまと代わっていただくわけにはいきませんか? 弁天さまって全然、司会進行向きじゃないんですよー」
ACT.3■いざ、戦闘開始
結局、司会は、弁天&シュライン&蛇之助+アシスタントのしえる&デルフェスという豪勢な体制のもと、合コンの幕は切って落とされた。
「皆の者、よくぞまいった。今日は死力を尽くして歓談のうえ、カップル成立に向けて各自邁進するように。とくに娘御たち、援護射撃を希望する者は随時要望に応えるゆえ、何なりと申すが良い。以上!」
「……あの……弁天さま。何もそんな殺伐とした表現をなさらなくても。えー、皆さま、本日のご参加、まことにありがとうございます。合コン参加のかたもギャラリー参加のかたも、どうぞあまり堅苦しくお考えにならず、お気軽に親睦を深めていただければと思います」
「皆さん、お席にグラスと取り皿は行き渡ってるかしら? 今はモーツァルトを流してるけど、BGM変更のご希望があればいつでもどうぞ」
「お料理とお酒、デザートの追加注文は、ウエイターのフモ夫さまとポチさま、ウエイトレスのハナコさまとみやこさまにお伝えくださいませ」
「ポチー! 美籟ちゃんのお料理が切れかけてるわ。大至急追加オーダーを聞いて補充して!」
しえるが気づき、ポチが小走りで美籟の席に行く。
和服の美少女は、待機していた時から『井之頭本舗』の全甘味メニューを黙々と制覇済みであったが、その勢いは未だ衰えず、合コン開催直後であるのに、パーティ用大皿に盛られた料理は激減していたのだった。
「これ美籟や。健啖ぶりは微笑ましいが、殿方に自己アピールなどしてはどうじゃ? この中で唯一のティーンでもあることだし」
弁天が水を向けると、美籟は素直に箸を置いた。
「自己アピール……?」
「うむ、これが得意とかこんな特技を持っているとか」
「食べ物を残さないことには、自信がある」
「それはもう、言わずともわかるが、もっとこう、ロマンチックな吸引力をじゃな〜」
「弁天殿がそう仰るなら……そうだな、降誕祭に因んで、賛美歌を一曲」
「ほほう」
「異教の歌だが、構わんだろうか?」
「ほっほっほ。そんなことは気にせんでよろしい。ショバ外の神にも寛容なのが日本在住神の心意気というものじゃ」
美籟が賛美歌を歌うと聞いて、一番喜んだのはしえるだった。
「いいわね、聞きたいわ。天にまします主のお誕生日は、パーっと景気良く楽しくお祝いしなきゃね♪ ほら弁天サマ、伴奏!」
「堕天使に指図されるのはむかつくがのう。まあ、良かろう……蛇之助、何か楽器の準備は?」
「こんなこともあろうかと、パイプオルガンをスタンバイしています」
いつくしみ深き 友なるイェスは
罪科憂いを 取り去り給う
心の嘆きを 包まず述べて
などかは下ろさぬ 負える重荷を
弁天のオルガン演奏に合わせて、美籟の澄み切った歌声が響く。賛美歌312番「What a Friend We Have in Jesus」は、チャペルでの結婚式でよく歌われる曲でもある。
聞き惚れながらも、百合枝は、右隣の八島と積もる話をしていた。おもな話題は、共通の知人である男と自分の妹の関係についてである。
「遠くないうちに、教会でこの歌を斉唱することになるかも、とか思っちゃうのよねぇ」
「もう、具体的なお話が進んでいるんですか?」
「全然。そういうわけじゃないんだけど、妹に先越される心づもりはしといた方がいいかなって」
「でもいまどき、ご姉妹の結婚の順番なんて、気にする人は少ないですよ」
「……そうかもね。八島さんは、結婚するとしたらどういうひとがいい? やっぱり――特殊能力なんか持ってないほうが、男のひとは安心するものかしら」
「――いえ。一概には……」
なかなか核心を突いた問いに、どう答えたものかと八島は口ごもる。
考え込んでいると、絶妙なタイミングで、向かいの席の真砂が話しかけてきた。
「八島さん、鬼鮫さん。甘いものはお好き? 今日はスイーツメニューも豊富だけれど、よかったら私のお土産もどうぞ」
手荷物を解いた瞬間、カカオの香りがあふれた。テーブルに並べられたのは、パリセヴェイユのフォンダンショコラである。
「ありがとうございます。いただきます」
「……こういったものは、ふだんはあまり食べないが、せっかくのこころざし、いただこう」
鬼鮫と八島が同時にチョコレートケーキを食べる光景に、司会のシュラインとギャラリー席のセレスティが、すかさずデジカメを向ける。
真砂は神秘的に微笑んだ。
「お気に召してくださって、ほっとしました。いつかおふたりを私の別荘にご招待できれば、なんて思っていますけれど……お会いしたばかりですものね。今日はいろんなお話をお伺いしたいわ」
◇◇ ◇◇
ギャラリー席では、遊那がシャンパンを片手に、セレスティや秋成、春香と談笑していた。
「盛り上がってきたわね。百合枝さんと真砂さんが、八島さん狙いって感じかしら」
「真砂さんは渋好みでいらっしゃいますね。どちらかといえば鬼鮫さんのほうをお気に入りのように見えますが……。八島さんはアイドルのSHIZUKU嬢のファンですから、あの年頃の女性に弱いとすると……美籟さんが一番近いでしょうか。それにしても、プライベートでもサングラスなんですねぇ」
右手にデジカメを持ち、左手でワインを傾けながら、セレスティは楽しそうに皆の様子を見ている。
「鬼鮫さんはワイルドな雰囲気で、落ち着いてらして、つい目が引き寄せられてしまいます。ああいう男性がお好きな女性は多いんでしょうね……。少し見習った方がいいんでしょうか」
勉強させていただかないと、と、秋成は鬼鮫ウォッチングに余念がない。
「みんな〜! 頑張ってぇ。応援してるからー! ……そうだ、いいこと考えた」
身を乗り出して手を振ってから、春香はトートバッグから何かを取り出した。
合コン席のテーブルに足を忍ばせて近づき、裏に、『それ』をセッティングする。カチコチと不気味に鳴る、その時計つきアイテムの正体を――全ての参加者もスタッフも、まだ気づかない。
◇◇ ◇◇
鳴りやまぬ拍手のもと、歌い終わった美籟は席に戻り、弁天は司会に復帰した。
さぁて次は、とばかりに見回して、メイリーンにひたと目を止める。デュークに話しかけているメイリーンのプッシュをする気らしい。
(おおっ。メイの今日の姿はかなり効果的なようじゃの。デュークの反応が違う)
「メイどの……でいらっしゃいましたか。初めてみるお姿なので、驚きました」
「いい機会ですもの。たまには、こんな格好も宜しいでしょう?」
「よくお似合いです」
「うむっ! 見よデューク、エル・ヴァイセ出身の殿方を全面降伏させるこのキュートな猫耳を! フモ夫もポチも、料理を運びながらそわそわしておるぞ」
さまざまな幻獣が集う国、エル・ヴァイセには、なぜか猫系の幻獣だけは存在しない。よって、異世界でしか邂逅することの出来ない『猫耳』を持つ女性は、『への27番』在住の若者の憧れのまとなのである。
「少し、緊張しますね。メイどのにアスガルドでお会いするときは、私の姿も違っていますから」
「会話が固すぎじゃデューク。もそっと砕けぬと、メイを誰かに取られるぞ。どうじゃメイ、他に気になる殿方はおらぬのか?」
「そうですわね……」
男性参加者をひとりひとり見つめてから、やがてメイリーンは正面席の北城に向き直った。
「善さん」
「ええっ!」
予想外のご指名に、北城は食べかけの料理を喉に詰まらせそうになった……が。
「――の、狛鬼の彩鬼さんに、会ってみたいですわ」
「ああ、彩鬼ね。いつでもどうぞ」
いささかほっとした口調で言うやいなや、メイリーンの左隣に、漆黒の毛並みの大きな黒い犬が出現した。
「こんにちは、彩鬼さん」
「初めまして。まさか私にお呼びがかかろうとは」
「お互い、それぞれの主様にお仕えする身として、少しお話しできればと思いましたの」
彩鬼の金色の瞳を覗き込んでから、メイリーンはデュークを振り返る。
「知っていまして? わたくしもある意味、幻獣なんですのよ。異世界にいたのは気の遠くなるほど昔のことで、その頃の記憶は、すっかり薄れてしまいましたけれど……」
「そうでしたか。メイどのも別の世界から東京に……。ここは、異なる世界のものを許容してくれる、懐の深い街ですからね」
「本当に。風物も変化に富んでいて、特に、食べ物が多岐に渡っているのがありがたいですわ。デュークさんは、何が一番お好み?」
「食べ物に好き嫌いはないのですが、最近は、鬼鮫どのの打ったお蕎麦を食べることが多いですね」
「うが〜! じれったいのう。もっと血湧き肉躍る恋のさや当てを繰り広げぬかぁ〜! これ美籟。アピールもしたことだしそろそろ突入せい! 5人の中で、タイプな殿方は誰じゃ」
またも弁天に急かされたが、美籟はペースを崩すでもなく、静かに考えてからぽつりと言った。
「北城殿」
「おおっ! 良かったな善。もてもてではないか」
「いや? どうせ、俺本人が目的じゃないだろう?」
「弁天殿が通い詰めるくらい、ベーグルサンドが美味と聞いた。店の所在を伺いたい」
「……ほらな。ええと、草間興信所の場所は知ってるだろ? あそこから、もっと奥まった路地にある。いっとくが、あんまりしゃれた店じゃないぞ」
「メニューの中に、甘味はあるだろうか?」
「ない。今のところ、ベーグルサンドだけだ」
「増やす予定は?」
「要望が多ければ考える。って、それはここで聞くようなことか?」
「美籟さん? 私、負けませんから♪」
どう見ても店目当ての質問なのだが、秋良からすれば熱心なアタックに思えたらしい。爽やかにライバル宣言をする。
「……?」
何故、秋良からそう言われるのかが理解できなくて、美籟はしばし首を傾げる。
いざ出番とばかりに、秋良は元気よく北城の方を向いた。
「北城さん、手相見てあげましょうか?」
「あぁ? そんなことできるのか? アンタはストーン使いだろうが」
「大丈夫、まかせて!」
ささっと取り出したのは『幸せを呼ぶ手相占い』という本である。開いてテーブルに置き、秋良は北城の手首を掴んだ。
「おいっ。占い本参照かよ。何だ、その即席手相見は!」
「えっと……。頭脳線が横に伸びてるから……考え方が論理的で現実的、もう少し夢を持って生きましょう」
「丸読みするなよ」
「ところで、北城さんの好みのタイプってどういう女性ですか?」
「……考えたこともないな」
「じゃあ、この機会に考えて下さい」
「天晴れじゃ秋良! 手を握る口実としての手相見、わらわも参考にさせてもらうぞ。ささ美籟や、他の殿方にも質問を」
美籟は、左隣の八島を見た。ちなみに八島は、先刻の百合枝からの質問を一般論に変換し「相手によりけりではないでしょうか」と言い逃れたばかりであった。
「八島殿は茶道の心得がおありとか。一服所望したいものだ」
「あら、八島さんがお茶を立ててくれるのなら、私もいただきたいわ。……そうそう」
百合枝はバックから、ラッピングされた小さな包みを取り出した。
「これって、お茶菓子には使えないものかしら? クッキーなんだけど」
「…………百合枝さんの……手作り……………ですか………?」
厭な予感に囚われて、八島の顔が青ざめる。
「ええ。昨日、家で作ってきたの」
「………………色が、緑ですけど………。かなり、その、鮮やかですね……」
「ああ、それは(百合枝の声を消すため、弁天が『ぴ〜〜〜〜〜っ』と叫んだ)……を入れたから」
◇◇ ◇◇
「はぁ。八島さんて、私のデータによれば、料理の腕が(ピーーーッ:マイクに雑音)な女性に縁があるのよね……」
シュラインはいったん、自分の席に戻った。合コン席では、錯綜しつつある男女関係に弁天が燃料を投入して、いっそうの乱戦が繰り広げられている。
「それでは、お忙しい弁天さまや蛇之助さま、シュラインさま、しえるさまの代わりに、わたくしが現状の解説を申し上げます」
マイクを携え、ギャラリー席に来たデルフェスはおもむろに説明を始めた。
「まず、百合枝さまの第一希望は八島さま。ですがデュークさまも気になるご様子。真砂さまは鬼鮫さまにロックオンして淑やかに会話をし、八島さまにもお声を掛けていらっしゃいます。秋良さまは北城さまひとすじ、メイリーンさまの本命はデュークさまで、彩鬼さまとはお友達として親しくなさりたいようです。男性陣の心の動きは、未だ不透明です。なお、美籟さまはひたすら食べ続けていらっしゃいます」
デルフェスが言葉を切った瞬間、合コンテーブルに轟音が響いた。
春香が暗躍して仕掛けた時限爆弾が、とうとう爆発したのだ。
合コン参加者は阿鼻叫喚……かと思いきや、強者ぞろいであるので、皆、申し合わせたように素早い動きで料理と飲み物と食器類と我が身を守っていた。なお、テーブルは特別製なので無事である。
「スリルが恋を盛り上げるのよね〜」
にこにことそう言いつつ、春香はすちゃっと銃を構え、シャンデリアを狙撃する。
「ムードも大事だし♪」
クリスタルの照明は、きらきらと輝きながら砕け散った。鋭いガラスの破片から守るため、デルフェスが合コン参加者の女性たちを一瞬だけ石化する。粉砕されたシャンデリアは、遊那がデザインを変更して再び元の位置に戻した。
「こら〜〜! 春香! 物騒な応援はやめんかいっ!」
弁天の怒号にもめげず、さっと上階への階段を駆け上り、今度は天井からチャフをばらまいている。
「え〜? これくらい普通でしょ?」
「おぬしに取ってはそうかも知れぬがのう……」
◇◇ ◇◇
「ねえ? 今回の合コンでカップルが出来るのか気にならない? 北城さんと秋良ちゃんとか、いい感じよね」
何事もなかったように、遊那は合コン席に目をやる。
「三下さんがお気の毒ですね……。あんなにかっこよく変身したのに、誰からもお声が掛からないなんて。……ああっ、美籟さんが追加オーダーを頼んでますよ、ウエイターと混同されてます」
秋成は、はらはらしながら三下を心配していた。
「それにしても、不思議な男性チョイスよね。時々、本当に縁結びする気があるのかしらって思うの」
シュラインは自作の参加者プロフィールをめくりながら嘆息した。
「八島さんは、女性のために使う時間よりも、皇室や某アイドルについての消費時間の方が膨大でモメそうだし、善さんは元々モテる方だけど、仕事柄特別な存在は作らないようにしてる印象があるし、公爵さんは吹っ切れた様子だけど、元カノからの干渉はありそうだし」
「マリーネブラウさんのことですか? そういえば、ハナコさんからお聞きしたことがあるような。『デュークに会わせて』と訪ねていらしたマリーネブラウさんに臨時の幻獣動物園管理人をお願いして、皆さんは揃って浅草へ行かれたとか。そして、いろいろあって八島さんとお知り合いになったんでしたね」
よほど事情通でなければ知らないはずのエピソードを、セレスティはさらっと口にした。
「ええ。で、三下くんは、まぁ、三下くんだし……。鬼鮫のオジ様は……うーん。あえて言えば、ちょっと力持ちのところが玉に瑕だしねぇ……」
「もう少し、鬼鮫さんの良さを女性参加者の皆さんに知っていただきたいですね」
ステッキをついて、セレスティは立ち上がった。静かに鬼鮫に近づくと、その耳元で囁く。
「失礼いたします。ちょっと、おせっかいを申し上げても宜しいですか?」
「……何か?」
「女性たちに、笑顔を見せてさしあげるのは如何でしょう? いっそう魅力が伝わり、心を射止めることができると思いますよ」
「そういうものか……」
「保障します」
――次の瞬間。
女性陣どころか、その場にいた全員が、まるでデルフェスの換石の術をかけられたように――固まった。
「思った通り、皆さんを魅了なさいましたね」
ただひとり、セレスティだけは余裕の笑みを浮かべ、鬼鮫の笑顔をデジカメに収めたのだった。
ACT.4■EPILOGUE――新年をあなたと――
なかなかに――
この、奇妙な合コンの終わりは見えなかった。
弁天は女性参加者たちにハッパをかけ、あわよくば恋の芽生えを狙っているのだが、男性たちは良くも悪くも、まだ距離を置いているのである。
「徳さんや。このようにしとやかで控えめでミステリアスな美女が、おぬしに関心を持っているのじゃぞ。『今度、蕎麦を食べに来ないか? 貴女のために腕を振るおう』くらい言わんでどうする」
「……そこまで言うなら。ええと、お嬢さん?」
「真砂とお呼びになってくださいな」
「今度また、『井之頭本舗』に来るといい。日曜の午前中は、変わり蕎麦が半額になる」
「だーかーらー! そうではなくて〜! ……ん? メイ? デュークに何を?」
真砂のプッシュをしながら、メイリーンの様子を伺った弁天が胡乱な表情になる。メイリーンは新しく飲み物を注文したのだが、その中に透明な液体状の薬をこっそり混ぜて、デュークに勧めていたのだ。
何も気づかずに礼を言って、デュークは飲み干した。――と。
その外見が、変わっていった。みるみるうちに小さく……10歳足らずの、少年に。
「きゃあ! なんて可愛らしい!」
「何が……起こったのですか? 私は、いったい……?」
「こらぁ〜〜! メイ! デュークに子供化薬を飲ませたなぁ〜〜!」
「弁天様。この方を連れて帰っても構いませんかしら?」
「ええい、責任とってしばらく預かれいっ! 年明けには元の姿に戻して返却するのじゃぞ」
「嬉しい♪ デュークさん、お嫌でなければわたくしと、お空の散歩を致しましょうね」
(すごいですね……。いろいろと勉強になりました)
毒気を抜かれ、秋成は茫然としていた。気分転換にギャラリー席にやってきた弁天が、その隣に立つ。
「初めまして。井の頭清香(いのがしら・さやか)21歳、聖ベルナデット短大卒、今は家事手伝いをしてまーす。好きなタイプは、優しくて頼もしいひとかなぁ」
慌てて駆けつけた蛇之助が羽交い締めにする。
「変な方向に暴走しないでくださいっ! 嘘八百の偽プロフィールで自分を売り込んでどうするんですかっ! 秋成さんが困ってらっしゃいますよ」
「あの……。初心者なのでお手柔らかに……」
◇◇ ◇◇
例によってこの集まりは、いつお開きになるとも知れず続いたのだが……。
その間、参加者たちは、幾度となく弁天から念を押された。
すなわち、年明け早々に行う新年会には、全員和服着用のうえ、万難を排して参加するように、と。
そのときは特別企画として、今日は設けられなかった茶席の準備を整え、美籟の要請どおり、裏千家『大円真』の許状を持つ八島にお手前を願うから、と。
ただ、すでに年始のスケジュールが入っている者がほとんどだったし、肝心の八島も多忙そうであった。
――しかし。
「欠席は許さぬ。ここにいる者みな、たとえ世界の果てにいても、ハナコにゲートを開いてもらって迎えにいくから、そのつもりでおれっ!」
弁天はそう主張し、蛇之助も悟りを開いた風に言ったのだった。
「すみません、皆さん。弁天さまはこう見えても寂しがり屋で、名目はどうあれ、ひとりでも多くのお客さまに来ていただきたいんですよ。ですから」
――どうか、いらしてくださいね。
来年も、宜しくお願いいたします。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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(合コン参加者)
【1873/藤井・百合枝(ふじい・ゆりえ)/女/25/派遣社員】
【2981/桐嶋・秋良(きりしま・あきら)/女/21/占い師】
【4287/メイリーン・ローレンス(めいりーん・ろーれんす/女/999/子猫?】
【5199/竜宮・真砂(たつみや・まさご)/女/750/魔女】
【5435/神居・美籟(かない・みらい)/女/16/高校生】
(ギャラリー参加者)
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1253/羽柴・遊那(はしば・ゆいな)/女/35/フォトアーティスト】
【1883/セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)/男/725/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2181/鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)/女/463/アンティークショップ・レンの店員】
【2617/嘉神・しえる(かがみ・しえる)/女/22/外国語教室講師】
【3228/都築・秋成(つづき・あきなり)/男/31/拝み屋】
【4400/彼瀬・春香(かのせ・はるか)/女/46/主婦?】
(合コン参加NPC)
【宮内庁・地下300メートル /八島・真(やしま・まこと)/男/28/宮内庁職員】
【怪聞奇譚怪奇通り/北城・善(きたしろ・ぜん)/男/30/狛鬼使い】
【〜異界〜井の頭公園・改〜 /デューク・アイゼン(でゅーく・あいぜん)/男/?/闇のドラゴン】
【公式NPC/鬼鮫(おにざめ)/男/40/IO2エージェント ジーンキャリア】
【公式NPC/三下・忠雄(みのした・ただお)/男/23/白王社・月刊アトラス編集部編集員】
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■ ライター通信 ■
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あけきってしまいましたが、新年おめでとうございます、神無月です。
この度は、風変わりな合コンにご参加くださいましてまことにありがとうございます。
クリスマス直前の出来事でしたが、いらしてくださった皆さまには、新年会にも強制参加いただきました。
ご予定がブッキングしてましたらば、申し訳ありません。
どうぞ本年も宜しくお願い申し上げます。
□■藤井百合枝さま
初めまして! 百合枝お姉さまが公園にいらしてくださる日が来ようとは。八島さん攻略は大変そうですが、頑張ってくださいね♪
□■桐嶋秋良さま
初めまして! そのせつは囮の弁天がお世話になりました。秋良さまご参加のノベルを書かせていただく機会に恵まれて嬉しいです。
□■メイリーン・ローレンスさま
これはある意味、「お持ち帰りに成功」……ということなのでしょうか?(聞くな)お子さま期間中は、どうぞ遊んでやってくださいまし。
□■竜宮真砂さま
ミステリアスな真砂さまに、『徳さん』もまんざらではなかったような気がします。もう一押し! 半額デーに変わり蕎麦を食べにいらして(違
□■神居美籟さま
初めまして! 美籟さまのような美少女が、よろ……しい……のでしょうか……? と思いつつ、余すことなく健啖っぷりと天然っぷりを書かせていただきました。
□■シュライン・エマさま
男性陣に対するコメントがあまりにも的確で激しく頷きました。この情報力を持ってすれば、シュラインさまは彼らを片っ端から落とせるのでわ……?
□■羽柴遊那さま
三下くんへのお心遣い、ありがとうございます。遊那さまにいじってもらえるというレア体験により、きっと碇編集長にも申し訳がたったことでしょう。
□■セレスティ・カーニンガムさま
鬼鮫さんに、え・が・お、を(笑)。これは、セレスティさまでなくては思いつきますまい。そのあとの対応も含めて、さすがでございます。
□■鹿沼デルフェスさま
なんと。デルフェスさまも鬼鮫さんに心惹かれていたとは! この冬一番の衝撃でございました。合コン参加なさるお姿も見たいような……と思いつつ。
□■嘉神しえるさま
もちろん、お酒はおごりですとも(そこか)。しえるさまのことですから、かなり追加注文をなさったのではないかと。デートがてら(?)のアシスタント、ありがとうございました〜!
□■都築秋成さま
初めまして! いきなりハナコがアタックしちゃいましたが、お許しを。ついでに弁天も突撃しておりますが、どうぞこれに懲りずに、またいらしてくださいませ〜。
□■彼瀬春香さま
初めまして! 情熱的なご主人には大変お世話になっております(誤解を招く発言)。夫婦は似てくると申しますから、奥さまもさすが(以下略
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