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ドキワクスゴロク
●序
正月といえば、お年玉におせち料理。神社参拝、墓参り。そして忘れてならないのは正月遊びだ。
外で元気に遊ぶならば、凧揚げや独楽回し、それに羽根突き等もいいだろう。
家の中で百人一首やカルタをやるのもいいかもしれない。ぱしんっという音と共に札を弾くのは、爽快感を齎すだろう。
だが、そんな正月遊びの中には「スゴロク」という遊びも存在する。
ルールは至って簡単だ。サイコロを振って、出た目だけ進み、止まった所で起こる出来事をこなせばいいだけだ。一回休み、スタートまで戻る、三コマ進む等など。そうしていち早くゴールに到着した者が優勝という、ただそれだけだ。
「……できた」
自称発明家、正田・月人(しょうだ つきと)はそう呟いた。目の前にあるのは、広大な地に作られた巨大スゴロクだ。
「正月と来れば、これをしなくてはね」
両手で抱えるくらい大きなサイコロに片足をかけ、庄田は「はっはっは」と笑った。ついでに言うならば、途中で冷たい空気を思い切り吸い込んだらしく、クシャミを3回くらい続けてしていた。風邪かもしれない。いや、馬鹿は風邪をひかないから、違うだろう。
「さあ、集え!優勝商品は絶品巨大黒豆だ!」
正田はそう言い、土鍋から覗く大きな黒豆を空に掲げた。1メートルくらいあるらしい巨大な黒豆は、土鍋から飛び出ている。おいしいかどうかは不明だ。更にいうならば、どうやってそれを手に入れたかも不明である。
「……正月だもんなぁ」
正田はそう呟き、再び「はっはっは」と笑った。びゅう、と冷たい風が再び正田を襲った。正田は当然の如くクシャミを連発した。先程よりも一回増えた、4回であった。
●集合
正田の目の前には、4人がじっと黒豆を見ながら立っていた。正田はその様子に、こくこくと頷く。
「やっぱり、この黒豆は注目の的だな。ふっふっふ、僕の黒豆が愛されている証拠だな」
それは何かが違う。
「黒豆、気になるわね。巨大な茸とはよく出会う機会があったけれど、豆は初めてよ」
シュライン・エマ(しゅらいん えま)はそう言って正田が掲げる黒豆を見つめた。艶やかな黒いフォルムが、冬の光を受けて光っている。
「巨大なスゴロクなだけに、商品である黒豆も大きいんですかね?」
榊・遠夜(さかき とおや)がくすくす笑いながら言った。巨大という名に恥じない黒豆は、何と言っても1メートルあるのだ。
「黒豆がお好きなのかしら?でもあれじゃあ、食べきれないんじゃないかしら」
藤井・せりな(ふじい せりは)は、そう言ってにこにこと笑った。着物で参加している為、おっとりとした印象にさらに拍車がかかっている。年の数だけ食べると言われる黒豆も、こんなに大きいと一粒完食できるかどうかも怪しいのは確かだ。しかし、今はそういう問題ではない。
「はっはっは、黒豆に夢中だな」
正田は満足そうにそう言い、またクシャミした。ずずず、と鼻を啜る。冷たい風が、自分に突っ込みをしているようだ。
「正田さん、風邪は大丈夫ですか?……もしかして、有名人さんだからですか?」
リラ・サファト(りら さふぁと)はそう言ってマフラーを差し出す。正田はぽっと頬を赤らめつつ、マフラーを受け取った。
「ゆ、有名人だなんて……。それよりも、着物がお似合いですね」
ちょっとドキドキしながら正田は言う。恋の予感だろうか。
リラはにっこりと笑い「有難うございます」と礼を言う。
「家人に着付けてもらったんです」
恋は呆気なく終わりを告げた。
正田がしょんぼりしていると、背後から「ふっふっふ」という声が響いてきた。声はするのに姿は見えず。
「くろまめ……しかも1めーとる……これは、運悪くおしょーがつに産まれて来て、小さい頃ケーキをおせちや新年宴会の料理、はたまたおぞーにで誤魔化されてきたあたしにたいする、点からの恵み……!」
ばっ!
現れたのは、黒い翼と魔法ローブをはためかせた露樹・八重(つゆき やえ)だった。天に祈っている。「ありがとうなのでーす」と、恵んだらしき天に礼を言っている。
小さいから、最初は声だけしか聞こえなかったが。
そんな八重の台詞に、何故和風正月料理がジャンジャンバリバリ出てくるのか、全くもって不明である。
「あら、八重ちゃん。あけましておめでとう」
シュラインがそう言って八重に手招きした。八重は「おめでとうなのでーす」と言ってシュラインの元に行く。これで、5人の参加者となった。
「こうしてスゴロク参加者が揃ったと言う事で、改めてルールの確認をしようか」
正田はそう言い、5人の参加者を見回す。
「ルールは普通のスゴロクと同じ。サイコロを振って、出た目の分だけ進む。止まったコマに書いてあることをやればいい。そして、最終的にいち早くゴールした者がこの黒豆を手に入れられるという訳だ」
正田は一気にそう言い、はっはっはと笑った後にクシャミをした。もう何度目になるだろうか。これだけクシャミをやられると、逆に可哀想な気がしてくる
「良かったら、これ食べるかしら?」
シュラインはそう言って、葛湯や生姜湯、それに喉飴を取り出す。正田は「え?」と言って小首を傾げながら、喉飴を受け取った。
「丁度、コンビニに買出しに行っていた帰りなの」
「あ、どうも……」
正田は喉飴の袋を開け、口に放り込む。すうっとするハーブが、喉に気持ちいい。
「風邪をひいていらっしゃるの?みかんとか、ビタミンを取ったほうがいいですよ」
「は、はあ……」
せりなが言ういたわりの言葉に、正田はじんと感動する。至れり尽せりで、田舎にいる母親を思い出したのだろう。小さな声で「お母さん」と呟いている。怖い。
「え、ええと。何か質問は?」
ころころと口の中で喉飴を転がしながら尋ねると、リラがすっと手をあげる。
「スゴロク、というのはお正月の遊びなんですか?」
「そ、そんな今更な……」
「いえ、去年のお正月はフクワライとヒャクニンイッシュで遊んだので」
「福笑いと百人一首に負けないほど、素晴らしい正月遊びだとも!」
ぐっと正田は力強く言った。リラは「私、遅れてる……?」と呟き、少しだけショックを受けているようだ。
「大丈夫だよ、リラさん。スゴロクが福笑いと百人一首に負けないほど素晴らしいと思ったりするのは、人それぞれだから」
にこやかに遠夜はそう言った。リラは「そうかな?」と言って小首を傾げる。
「うん。そこまで力強く言う程の遊びじゃないしね、スゴロク」
さらりと言う遠夜。正田はちょっぴり涙目になった。
「他には?」
気を取り直して正田が尋ねると、今度はシュラインの手が上がった。
「その黒豆、本当に豆なの?」
「……へ?」
「だって、その一粒だけでしょう?ああ見えて、実はクッション!とかでも可愛いわよねぇ?」
「いやいやいやいや!正真正銘、豆だから」
全身で否定する、正田。
「な、ならどうやって木になっていたのでしょー……?」
じっと黒豆を見つめながら、八重が言った。汗がたらりと落ちていく。
「それは秘密だ」
にやりと笑う、正田。
「はっ!まさか、世界名作童話のあれですか……何とかと豆の木」
「いやいや、それは違うと……」
正田はやんわりと否定しようとするが、その前に八重の言葉の方が早かった。
「勝っていただきますしようとした途端に、天から巨人しゃんが……!ということで、巨人しゃんが降りてこない間に雌雄を決するのでぇす!」
ぐっと拳を高く掲げ、強く言い放つ八重。思わず、その場にいた誰もが「おお」と言いながら拍手を送る。素晴らしい主張をする八重に、惜しみない拍手を……!尤も、正田だけが「違う、違うんだ……」と、涙目で訴えている。
びゅう、とまた風が吹いた。冷たい風が。正田は一瞬ぶるりと体を震わせ、サイコロを高く掲げた。
「と、ともかく!これからスゴロク大会を開催します!」
参加者達がぱちぱちと拍手をした。バッチリ決まった大事な場面だというのに、やっぱり正田はクシャミをしてしまった。
危うく、シュラインから貰った喉飴を吐き出しそうになるのだった。
●開始
正田はスゴロクの全景が見える台の上に立ち、参加者の5人はスタート地点に行ってスタンバイした。
最初の順番を決める為に、まず皆一度サイコロを振った。出た目によって、シュライン、リラ、遠夜、せりな、八重の順番となった。
「私が一番ね」
シュラインはそう言って、サイコロを持ち上げる。大きい割に、軽い。発泡スチロールか何かで出来ているのだろうか。可愛らしいパステルカラーで、数字の面が彩られている。意外とファンシー好きなのかもしれない。
シュラインは「えい」と言って、サイコロを転がす。ころころと転がっていき、出た目は1。
「あら、1マスね」
ぽんと出た赤い目に、シュラインは苦笑しながら一マス進む。マスの上に立つと、コンピュータの可愛らしい音声でマスの説明が響いてきた。
『1だ、めでたい!赤の目って事で、幕の内弁当を食べよう!』
「……え?」
シュラインがきょとんとしていると、マスの一部ががこんと開き、下から幕の内弁当が出てきた。結構、大きい。
「ええと、これを食べないと先に進めないの?」
「その通り!早く食べ終えれば次にすぐサイコロを振れるが、駄目だったら一回休みとなる!」
シュラインは赤い目の梅干がある幕の内弁当を見る。どこの駅弁か、コンビニ弁当かと見つめていたが、見たことも無いパッケージだった。
「これ、何処に売っていたの?」
「ふっふっふ。僕はあくまでも手作りにこだわるんだよ。ということで、僕の手作りだ!」
シュラインは改めて幕の内弁当を見る。おかず部分が少し少ないにしろ、野菜が多く入った煮しめやいい色に焼けている鯖の塩焼き、焦げた部分が見つからぬ卵焼きや出汁がたっぷり含んでいそうな高野豆腐など、完璧な弁当であった。
「美味しそうね、凄いわ」
シュラインはにっこりと笑い、煮しめを口にする。程よい味が口一杯に広がる。
「これ、食べきれなかったら持って帰っていいかしら?」
「そ、それは構わないが」
正田、嬉しそうである。
「モノポリーとは違うんですよね。罰ゲームとか、ないですよね?」
次の番であるリラは、サイコロを手にしながら正田に尋ねる。
「そういうのは、さっきの質問の時に……」
「質問時間を勝手に打ち切ったのは、正田さんだよ?」
フォローする遠夜。しかし、尤もの事なので正田も文句は言えない。大人しく「すまん」と頭を下げた。
「罰ゲームは無い。思う存分、遊んでくれ……」
「良かった。昨年やった百人一首の時は、優勝した人が皆に好きに命令できて楽しかったなぁ」
「い、いいからサイコロを……」
ほわんとしているリラに、思わず正田は突っ込んだ。リラは「あ」と言って、少し照れたように笑ってからサイコロを投げた。
投げたというよりも、転がしたという方が正しいかもしれない。若しくは、落としたという方が。
ともかくサイコロはコロコロと転がっていき、出た目は3だ。
「3ね」
リラはそう言って、3マス進んでいく。マスに到着すると、あのコンピュータの声がマスの説明をする。と、同時に明るく楽しい音楽が聞こえてきた。
『サンバのリズム!ハッスルして踊ろう!』
「さ……サンバ?」
リラが呆然としていると、一部分がまたがこんと開いて、マラカスが出てきた。マラカスの隣に派手な衣装が着いていたが、リラは暫く迷った後に頭にだけ派手な衣装を身に着け、マラカスを音楽に合わせて振った。
シャカシャカとマラカスが鳴り響き、正月なのにサンバでダンス。思わず弁当を食べていたシュラインとスタート地点にいる三人もリズムに合わせて手を叩く。何故か、正田まで踊りだした。いや、一番ノリノリなのは正田なのだが。「イエー」とか言っているし。
豪快な音楽が終わりを告げると、皆から盛大な拍手が起こった。踊りきったリラは「有難うございます」といって、頭を下げた。寒い筈の正月が、一時だけの熱を感じた瞬間であった。
「次は僕だね。……池とか、トリモチ地獄とかあったら嫌だな。池なら新年早々水浴びになるし」
三番手の遠夜が出てきて、サイコロを手に呟く。
「どうかそういうのに当たりませんように!」
「そういうのは無いから、大丈夫だよ」
遠夜は「そうなんだ」と少しだけつまらなそうに言った。ほっとする反面、何となく残念な気がしてならない。
一方、正田は「あれ?」と呟く。優しさが、空回りした。ちょっぴり視界が滲んでいるのは、きっと気のせいだ。
サイコロを放ると、ころころと転がっていく。出た目は、3だ。
「3?……という事は」
『サンバのリズム!ハッスルして踊ろう!』
リラが「来ちゃったね」と言って手招きする。コンピュータの声と共に、再び現れる派手な衣装とマラカス。そして、響き渡るサンバのリズム。
「まただ……また出た!はい、サンバだ!」
正田が言うと、軽快な笛が響き渡って音楽が鳴り響いた。遠夜は「ええい!こうなったら」と言って、派手な衣装の一部を身に纏ってマラカスを掴む。シャカシャカと再び響き渡るマラカスの音と、心と体を揺らす音楽。また訪れた、熱い瞬間だ。そしてやっぱり、一番ノリノリになっている正田。サンバが好きなのかもしれない。
音楽が終わると、またもや盛大な拍手が起こった。二度立て続けに行われた熱いリズム。遠夜はリラの次に踊りきり、小さな声で「いいかも」と呟いて微笑んだ。
「次は、私の番ね」
せりなはそう言い、サイコロを転がした。コロコロと転がっていき、出た目は2だ。出た目に従い、2マス進んでいく。辿り着いたコマが、いつものようにコンピュータで案内を始めた。
『誰かが君の後ろをついて歩くよ。ゴールまで』
「……誰が?」
せりながきょとんとして尋ねると、マスの一部分が開いて何かが出てきた。
「戌年という事で、わんわん1号君だ!」
正田が嬉しそうに叫ぶ。わんわんというからには、きっと犬のような愛らしいものなのだろう。そう、皆が期待した瞬間だった。
出てきたのは、体がムキムキで顔だけ可愛らしい犬の姿をした物体だった。はっきりといえば、気持ち悪い。せりなは思わず呆気に取られる。
「どうだ、凄いだろう?わんわん1号君は、いざとなったらボディガードにもなってくれる頼もしいAIロボットなのだ!」
「……頼もしいかもしれないけど、とりあえず気持ち悪いわね」
せりなが率直な感想を述べる。それを聞き、正田はがくっと肩を落とす。
「やっぱり、そうかな……?」
「気持ち悪いわね」
せりなはそう言ってから、はっと気付く。
「でも、ゴールまでついてくるのよね?」
正田はこっくりと頷く。せりなは大きく溜息をつき「仕方ないわねぇ」と言って苦笑した。ついてくる以外には何もないのだが、気持ち悪い物体が後ろをついて歩いてくるのはちょっと嫌な気分がする。
「ふっふっふ、真の真打であるあたしの登場なのでぇす!」
八重はそう言うと、小さな体で大きなサイコロを持ち上げる。遠くから見ると、サイコロがひょっこりとひとりでに持ち上がったかのように見える。八重はそれを「てい!」と気合を入れて投げた。振る、ではない。投げた。ごろごろと転がっていくサイコロを見て、八重はぜえぜえと肩で息をする。
「スゴロクとは、全身運動だったのでぇすか……」
「あー……それは君だけだよ」
思わず突っ込む正田。
「負けない、負けないのでぇす!くろまめしゃんのためにも!」
八重が叫んだ瞬間、サイコロが止まる。出た目は、6だった。
「6!一気にとっぷに踊り出るのでぇす!」
八重は嬉々として6マス進んでいく。そして心躍りながらマスの指示を待った。
『スタートに戻る!……ゴメン』
「え?……ええー!」
ゴメン、じゃない。そんな軽く謝られたからといって、許されるわけではない。そんなたくさんの思いを胸に抱きながら八重が叫んだ。が、無情にも八重が乗っているマスががこんと動き出し、スタートへと連れて行った。
「ひどい……ひどいのでぇす」
うちひしがれる八重。
「だから、謝っていたじゃないか。ゴメンって」
「そんなので済んだら、巨人しゃんはいらないのでぇす!」
済んでも済まなくても、巨人は要らない。
そんな根本的な事まで、混乱する頭では分からなくなってくるから不思議だ。
一巡した時点で、勝負の行方は全くわからなくなってきた。たかだか12マス進む事がこんなに困難なのかと、皆思うのだった。
●決戦
「サンバを二回聞いていたら、食べ終えちゃったわ」
シュラインはそう言って、空になった幕の内弁当を見せた。にっこりと笑って「ごちそうさま」と正田に向かって言った。正田は少し照れつつ、「お粗末さまでした」と答える。
シュラインは再びサイコロを持ち、転がす。出た目は、2だ。……という事で。
「ええと……これってまさか」
シュラインは思わず顔を引きつらせる。1が最初で、次に2という事は、アレが待っている。
サンバが。
リラと遠夜に励まされ、シュラインは踊った。派手な衣装は、やっぱり頭のものだけつけて。3回目の熱いリズムも、正田ハッスルしていた。
次は、リラ。転がすと、5が出てきた。一気に5マス進んでいくと、当然のようにトップに踊り出た。マスに立つと、突如煌びやかな音楽が流れてきた。野球でいうところの、7回のような音楽だ。
『チャ、チャーンス!』
「チャンス?」
思わず、リラの目が輝く。
『一番先に行っている人を、呼べちゃうよ!』
コンピュータは、その次に『怒られたら、ゴメン』と付け加えた。スタートに戻したり怒られたり、そういった時は謝るらしい。どうでもいい機能である。
「一番先って……私?」
リラの問い掛けに、一同がしんと静まった。つまり、チャンスであってチャンスではない。ただの何もないマスと何ら変わりはない。正田は、ふっと笑ってぱんぱんと手を叩いた。
「はいはい、次行こう!」
仕切り直しといわんばかりにいう。静かな雰囲気に、耐えられなかったらしい。
「次は……僕か」
遠夜はそう言い、サイコロを投げた。出た目は、4だ。サンバのマスから進んでいくと、いつものようにコンピュータが説明する。
『小金だ。100円ゲット。ラッキー』
ラッキーと言っている割に、テンションの低い声だった。マスの一部がかこんと開き、100円が出てきた。
「あー……微妙、だね」
嬉しいやら、どうでもいいやら。微妙である事は間違いない。遠夜は苦笑し、それをポケットに納めた。
次はせりなだ。サイコロを転がすと、6が出た。一気にトップか?と思われたが、結局はリラと同じマスである。つまり、チャンスとかいうマス。
「やっぱり、関係ないわね。トップは、リラさんだもの」
せりなはそう言って苦笑する。正田は「だって」と言ってがっくりする。無限ループのようにするつもりだったらしいが、滑ってしまったようだ。
「こ、今度こそマスに進むのでぇす!」
八重はぐっと拳を握り、サイコロを投げる。出た目は、1だった。だが、八重は目の数にはがっくりしたものの、内容的には満足だった。
なぜなら、そこはシュラインが舌鼓を打った幕の内弁当を食べられるマスだからだ。
「いただきますなのでぇす!」
出てきた幕の内弁当に、八重は満面の笑みで取り掛かる。シュラインがサンバのリズム二回分かかった食事時間とは比べ物にならぬほど、もの凄いスピードで食べ進められていく。体の大きさなんて、問題にはならないかのように。
再び、シュラインに順番が戻った。サイコロを振って出た目は、1だった。
「あまりさくさくは進まないわね。でもまあ、これも天任せだから……」
シュラインは苦笑しながら、マスを進んだ。そして、コンピュータの声が響き渡った。
『餅をつこう!一升分』
「……え?」
シュラインがきょとんとしていると、マスの一部分が開いて下から餅つきセットが現れた。
「これ、私一人で餅をつくって事?」
「もちろん、それは無理だろうからわんわん2号君を貸し出そう」
正田がそう言うと、どこからかあの体ムッチョ顔が犬になっている物体が現れた。せりなの後ろを歩いているものと、同じ形状だ。
「また、これ……」
「ちょっと違うな。ほら、1号に比べて毛が少し柔らかいんだ」
良く分からない差をつけられても困る。その場にいる全員が、大声で突っ込みたい気持ちをぐっと堪えた。
「ああ、合いの手で構わないよ。ただ、餅をつくから一回休みで」
「お餅が出来たら、皆で食べましょうね」
シュラインは苦笑し、餅つきを始めた。わんわん2号は見た目どおり、力持ちだ。
「次は、私ですね」
リラはそう言い、サイコロを転がした。出た目は4だ。
「4……あ、もしかして」
リラはそう言って、小走りに走った。リラのいた場所から4進むと、ゴールだったのである。
「や、やりました!私、ゴールしちゃいました!」
リラは大喜びでぴょんと飛び上がった。途端、一同から拍手を送られる。正田も「おめでとう」と言ってから、付け加える。
「一応、残りの人も後一回ずつサイコロを転がしてみようか。藤井さんも同時優勝になるかもしれないし」
そう正田がいうと、まだサイコロを振っていない残りの3人も頷いた。
「じゃあ、サイコロを転がすよ」
遠夜はそう言って、サイコロを転がす。出てきた目は2だった。2マス進むと、コンピュータがそのマスの説明を始めた。
『二人羽織で雑煮を食べよう!』
「二人羽織って……僕一人じゃ無理だよね?」
遠夜はそう言い、はっとする。人数が足りない場合、例えばシュラインの場合、出てきたものがなんだったのかを思い出したのだ。
「ふっふっふ。予想がついているとは思うが……いでよ、わんわん3号君!」
「ま、まだいたんだね。結局、何号までいるの?」
案の上出てきたわんわん3号君を見、遠夜が尋ねた。すると正田は指折り数えながら「10号までかな?今は」と答えた。
「将来的には、101号まで作りたいんだよね」
何か間違った方向に進んでいる気がしてならない。
遠夜は苦笑し、わんわん3号君の前に座った。すると、わんわん3号君が背中から手を回し、雑煮の入った椀とお箸を手に取った。雑煮はアツアツらしく、湯気がほわんとあがってくる。匂いはとても美味しそうだ。
「これも正田さんが?」
「その通り!全て手作りだからね」
幕の内弁当を作ったり、雑煮を作ったり、餅をつくためのおこわを炊いたりと、中々マメな人である。さすが、優勝商品を黒豆にするだけはある。いや、関係ないが。
二人羽織といえば、熱い熱いと言いながら言い合うのがお約束である。今回もそうなるのだとばかり皆思い込み、ドキドキしながら見守る。……が、遠夜は美味しく雑煮を食べさせてもらっていた。わんわん3号君の手によって。
「……し、しまったぁ!わんわんシリーズには完璧な二人羽織システムを搭載していたんだった!」
悔しそうな正田。一体、何をどう思ってそのような不可解なシステムを搭載したのか、全くもって不明である。
「最後のサイコロね」
せりなはそう言って、サイコロを振った。出てきたのは1だ。
「あら……このコマは」
遠夜の姿が見える。例の、二人羽織のマスだ。せりながマスに到着すると、後ろを歩いていたわんわん1号君が二人羽織をする為にやってきた。
「確か、わんわんシリーズには二人羽織システムを搭載しているのよね」
「くっ……無念!」
悔しそうな正田を放っておいて、せりなは美味しそうに雑煮を食べ始めた。
「美味しいわね、榊さん」
「そうでしょう。出汁が効いて、本当においしい」
「食べさせてもらえるし」
楽しそうな、遠夜とせりな。美味しい雑煮を、完璧な二人羽織システムを搭載したわんんわん君に食べさせてもらえるのだ。見た目の気持ち悪さも、後ろにいるから良く見えない。
最後は、八重だ。せりなが二人羽織のマスに止まった時点で、リラの優勝は確定している。ワープのマスが無い限り、優勝と黒豆は手に入らない。
「うー残念でぇす」
八重は大きな溜息をつく。幕の内弁当は、とっくの昔に食べ終わってしまっている。
「あ、正田しゃん。卵焼きがおいしかったでぇす」
「そ、そうか。有難う」
八重の言葉に、正田は思わず礼を言う。そういう趣旨のスゴロクではないという事は、とりあえず置いておいて。
八重は最後のサイコロを「えい」と投げる。出た目は、3だ。その先にあるのは、シュラインがわんわん2号君と一緒に餅をついているマスである。
「あら、八重ちゃん。このマスに来ちゃったのね」
「ああ、美味しそうなおもちなのでぇす」
ぺったんぺったんついている餅は、既に完成に差し掛かっていた。八重はコンピュータの音声を無視し、つかれていく餅を見てにこーっと笑った。
正田は全景を見回し、手をすっとあげた。
「これにて、スゴロクを終了します!」
リラを見て、皆がぱちぱちと拍手した。リラは嬉しそうに、にっこりと微笑むのだった。
●表彰式
リラの手に、正田から大きな黒豆が手渡された。1メートルはあろうかという巨大な黒豆は、表面がつやつやとして綺麗だ。
「これ、食べられるんですよね?」
リラが尋ねると、正田は「もちろんだとも!」と答える。
「僕が大切に大切に作った、美味しい黒豆だよ」
「どうやってなっていたのでぇすか?」
八重が再び尋ねるが、正田はにっこりと笑うだけで返した。木にどうやってなっていたかは、どうしても秘密らしい。
「それじゃあ、皆でお雑煮でも食べましょう。台所を貸してもらったら、ちゃっちゃと作るから」
せりなが言うと、シュラインが「手伝うわ」と言って微笑む。
「さっきお餅もついたし、正田さんにお雑煮の作り方を聞きたいし」
シュラインがいうと、遠夜はにこにこと笑って「いいですね」と言う。
「本当に、美味しかったよ。正田さんの腕は、プロ級じゃないかな?」
「そ、そうかな?」
嬉しそうな正田。幕の内弁当も、お雑煮も、好評だったのが相当嬉しいらしい。
「お雑煮、賛成なのでぇす!」
八重も嬉しそうに笑う。幕の内弁当では、まだまだ胃は満たされないようだ。
「私も教えて貰いたいな。そうしたら、家でも作れるし」
リラはそう言って、黒豆を抱えたまま微笑んだ。
「……よかったら、幕の内弁当も食べないか?まだ、余ってるし……」
正田がそう言って皆を見回す。皆にっこりと笑って頷いた。
「それじゃあ、今からスゴロク大会の打ち上げでもしましょうか」
シュラインがいうと、皆「賛成」と声を上げた。何故か、しきらなければならない筈の正田まで参加者になっている。
「良かったら、わんわん君達も来たらいいわ」
せりながいうと、わんわん1号、2号、3号が嬉しそうに尻尾を振った。やっぱりそれでも可愛くは無いが。
「リラさんの優勝も、祝いたいしね。おめでとう、リラさん」
遠夜が微笑んでいうと、リラは嬉しそうに笑って「ありがとう」と答えた。
優勝者のリラに、惜しみない拍手が送られた。ほんわかしたムードが広がった。
「よし、それじゃあ宴会でもスゴロクをしよう!」
正田はそう言って、ぐっと手を掲げた。皆が「え?」と言って巨大スゴロクを思わず見た。だが、正田は悪戯っぽく笑って「違う違う」と否定する。
「巨大スゴロクをしようと思って、案だけ出していた小さなスゴロクで」
正田の言葉に、皆が笑った。
巨大スゴロクも確かに楽しかったが、やはり卓上のスゴロクがいい。何となく、それを実感してしまったのだ。
「優勝者は、やっぱり巨大黒豆をもらえるのかな?そうしたら、二つ持って帰る事ができるし」
リラがにっこりと笑っていった。すると、他の4人も「おお」と言って手を叩いた。
「今度こそ、くろまめしゃんを貰うのでぇす!」
と、八重。
「次は負けないわよ」
と、シュライン。
「お雑煮のお餅が固くならない程度にやりましょうね」
と、せりな。
「リラさん、もしも黒豆を手に入れたらあげるよ」
と、遠夜。
「自力でなるべく頑張る!」
と、リラ。
「……もう一つ、持っていく気なんだね」
意気揚々とした5人に対し、正田だけが遠い目をして呟いた。
まだまだ、スゴロクによる黒豆争奪戦は続くようであった。
<第二回戦に意気込みを寄せつつ・了>
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
┃┗┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┳┛┃
┗━┛★PCあけましておめでとうノベル2006★┗━┛
<東京怪談>
【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 1009 / 露樹・八重 / 女 / 910 / 時計屋主人兼マスコット 】
【 3332 / 藤井・せりな / 女 / 45 / 主婦 】
<聖獣界ソーン>
【 0227 / 榊・遠夜 / 男 / 18 / 陰陽師 】
【 1879 / リラ・サファト / 女 / 16 / 家事? 】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
お待たせしました、霜月玲守です。この度は「ドキワクスゴロク」にご参加いただき有難うございます。
あけおめノベル、という事で。あけおめノベル→色々な世界から参加できる→正月っぽい遊び→スゴロク、となりました。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。因みに、正田は正月なので「正田・月人」です。安易ですいません。更に、戌年なのでわんわん君だったりします。ああ、本当に安易ですね。
改めまして、昨年は本当にお世話になりました。今年も宜しくお願いします。
シュライン・エマさん、いつもご参加いただき有難うございます。黒豆=クッション説は確かに可愛いです。ちょっと欲しくなりました。
今年一年が皆様にとって素敵な年になられることを、心からお祈り申し上げます。
ご意見・ご感想等お待ちしています。それでは、またお会いできるその時迄。
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