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<PCあけましておめでとうノベル・2006>


ばってん兎? 〜新春・御節対決〜


 セフィロトの塔には数多のタクトニムがいた。その中でもあの子は群を抜いて特異だったろうか。
 人間30%兎70%の遺伝子混合体。二足歩行し(結構当たり前)、その身にかっぽうぎをまとい、片手には煌めく包丁を握っている。
 見た目は少女以外のなにものでもな――――


「このオープニングはもういいデショ」
 ラ・ルーナはコタツに潜り込んで、器用にミカンを剥きながらオープニングが書かれた紙をぐしゃっと丸めてぽいっと屑篭に投げ捨てる。
 屑篭を外れて畳に転げた紙くずは柊秋杜の足元に当たり、秋杜は軽く首を傾げつつもその紙くずを屑篭に捨てて、お盆をコタツまで運ぶと、机の上にお椀を並べていく。
「秋杜の料理ももういいデショ」
「え? 僕の料理…美味しくない、ですか……?」
 シュンと肩を落とす秋杜に、ルーナは獣の本性(?)むき出しにするかのように咆哮し、
「お雑煮はもういいデショー! ルナは御節が食べてみたいデショ!!」
 駄々っ子のようにじたばたし始めたルーナを見て、ただオロオロとしつつシュンと小さく顔を伏せる秋杜。
『お雑煮美味しいけどね』
 そう言ってルナ以上にコタツに潜り込んで、箸が使えずにフォークでさして餅を食べるエアティア。
 そうここは舞台裏。世界の括りというものが存在しない場所。

 誰か、ルーナに御節を振舞ってあげてくれませんか?



【と、言うわけで】


 御節とは、食べたい。ならば作ろう。と、思い立ったら直ぐに出来上がるほど簡単な料理ではない。
 地方によっては年末から1週間と長くかけてお正月のための御節を仕込むほどに凝っているところだってある。
 そんな急な申し出であったにも関わらず、いろんな人がこの場に御節を持って訪れてくれた。
「皆さん…ありがとう、ございます……」
 訪れた人達にお茶を淹れながら、秋杜はぺこぺこと頭を下げる。
 ちょっと大き目のコタツに広げられた沢山の御節に、ルーナは目を輝かさんばかりに身を乗り出して、ただただ感嘆の息を漏らした。
 それぞれ6つの重箱はそれそれがどこか個性的な色合いを出している。
「気にしなくていいのよ。食べてもらえればそれで嬉しいわ」
 御節は量を作らないと美味しくないできない物があって、綾和泉・汐耶はそんな品目を幾つか持ってきていた。その真意には、自分の所だけでは消費できないという理由もあるのだが
「そうそう、沢山食べてね」
 シュライン・エマが蓋を開けて並べた重箱には、御節の5品目がしっかりと収められ、見目も鮮やかに華やいでいる。
 ふと、リュイ・ユウはコタツの机の上に残されたフォークが刺さったままの雑煮を見て、
「これは珍しい、お雑煮ですか?」
 日本ではさして珍しくない料理ではあるのだが、やはり元の世界がブラジル。しかも日本という国あったなぁ程度の世界からでは確かにお雑煮は珍しいかもしれない。
「美味しそうだとは思いますが、確かに御節もいいですね」
 汐耶とシュラインが紐解いた重箱の中の御節たちにリュイは感慨深げに頷きながら、ゆっくりと自分の重箱の蓋も開けていく。
「人を探してる筈だったんだけど…」
 朱・瑤はその人に自分の御節を食べてもらうために放浪しているうち、この場所へと行き着いたらしい。すすっと机の上の御重をルーナの方へと押す。
「見つからないから、君あげる」
 数々の御節があるなかで、どこか瑤の御節は異彩を放っているが、見た目的には御節と言ってもいいような、いけないような。
「さすがセレスティさん。規模が違うわ」
 ニコニコニコニコとひたすら笑顔でセレスティ・カーニンガムが広げた重箱の中には一段に1品と量が半端ではない。
「どれだけ食べるか分かりませんでしたから」
 どう考えても手料理という範囲に収めるには豪華に見えるが、どれもほぼ切って焼くだけで料理できる簡単なものだ。
 ただ数と食材に圧倒されるだけで。
「まあ、皆様凄いですわ!」
 ぱんっと両手を丁度口の前で合わせるようにして、ナンナ・トレーズが感動したと言わんばかりに瞳を輝かせて机に並ぶ数々の御節を見る。
「わたくしおせちが日本という国のお正月料理である事は知っていましてけれど、こうして見るのは初めてですの」
 この言葉に皆ナンナのほうへ顔を向け、ナンナ自身も重箱…というかお弁当箱を持ってきている事に多少ならず不安を覚える。
 御節が初めてで御節を作る?
 いったいどんなものを作ってきたのか大変興味があるが、なぜか危険と隣併せのような気分に陥るのはなぜだろう。
「えっと……」
 秋杜は並ぶ御節たちを見やり、そして時計を確認する。
 なぜならばここに居るメンバー全員(現在8人)で、この量の御節を消費するのは大変そうだと思ったから。
 しかしまぁ瞳を輝かせているルーナを見れば、そんなことは杞憂で終るかもしれないが。
「本格的ですね」
 和食が好きなリュイは、うぅむと唸りながらシュラインと汐耶の重箱を見やる。
 自分が作ってきた御節もだいぶ自信があったのだが、本場日本から来た3人が持参した御節と比べると、やはりどこか偽物臭さが否めない。
 セフィロト組みは仕方ないかもしれないが、日本人ではないシュラインやセレスティが、なぜ御節と思うかもしれないが、やはり育ちや暮らしが長ければ長いだけその土地に風土に慣れ親しめるという事なのだろう。
 実際御節に本物も偽物もないのだが。
「あらキミの御節もよく出来てるわよ」
 年越し前から3日かけて作り上げた立派な黒豆を持参した汐耶が、リュイの重箱の中の黒豆を指して賛美を述べる。
「ありがとうございます」
 純粋に料理を誉められた事にリュイは軽く照れるように頭を下げた。
 すすっと自分の前に箸と箸置きが添えられ、さりげなく取り皿まで用意されている。
 とてとてとお茶を用意したり、お皿を用意したりと忙しなく駆けている秋杜。
「さ、折角ですもの。秋杜くんも座って」
「あ…でも……」
 お客様としてお呼びした手前、雑用をこなすのは主催側の仕事だ。
 しかしシュラインは躊躇う秋杜をルーナの隣に座らせると、ふふっと満足そうに微笑む。
 ふかふかルーナとほんわか秋杜が並んでいると、なんだか和み度がアップしたような気がしてくる。
「そう言えば私はこんな物を用意してみました」
 とニコニコ笑顔で取り出したのは、立派な一升瓶。
 紛う事無く大吟醸。しかも一級品。記憶が正しければ年間十数本出荷の名品である。
 そしてもう一つ取り出したのは白ワインのボトルだった。
 皆、御節ともう一品自慢…というかオリジナルの料理を持ち合わせている。
 どうやら子供にも飲めるようにと甘酒も用意してきたようだが、さすがセレスティ。持ってくる品の値段のゼロの桁が違う。
 通貨単位や金銭価値がセレスティ達の東京とは違ってしまっているセフィロト組みは、白ワインにはなじみがあるものの、日本酒などのお酒達を物珍しそうに眺めた。
 どうやらセレスティはそれらを自分からのオリジナル料理の代わりとして持って来たようで、料理と一緒に飲もうということらしい。
「グラス……とか、要ります…ね……」
 一段高くして作られているコタツから振り返れば、要するにここはリビングダイニングで食器棚やシステムキッチンまで見渡す事が出来る。
「お酒を飲むものは主に大人だもの、秋杜くんは座ってて」
 飲みたくなったら飲みたい人がグラスやお猪口を取りに行けばいいのだ。それにまだお茶がある事だし、今直ぐに撮りにいく必要はないだろう。
「わたくし皆さんのおせちを食べるのとても楽しみですわ」
 そしてやっと「いただきます」と行きましょうかという雰囲気で、ナンナが期待いっぱいに答える。
「ん?」
 しかし、気が着けば1人で先にパクリと御節を口に運んでいるルーナ。
「おや」
「あら」
「まぁ」
 などなどの声と共に、皆一瞬時を止めた後、笑いながら箸を手に取った。



【おせちを食べよう】


 兎のふかふかの手のままで器用にお箸を持て―――るはずがなく、フォークでブスブス指しながら取り皿など関係なく料理を口に運んでいくルーナ。
 今まで作る側でもこんな大勢でつつくような料理を作った事がないため、一度欲しい分だけ取り皿に分けるという勝手を知らないのだ。
 そしてセレスティの数の子を口にして、目をパチクリさせる。
「甘いデショね」
 祝い肴を用意してきた5人の中で、セレスティだけが1人数の子をセレクトしている。
「へぇ、甘いんだ」
「頂いてよろしいかしら」
 瑤とナンナはそれぞれの取り皿にちょっと光る見た目数の子を取り、幾つか口に運ぶ。
「あら」
「あ、パインだ」
 普通にデザートとして申し分ない、数の子に見せかけたゼリーでコーティングされたパイン。
 ふふっと笑うセレスティは、その反応に対して満足そう微笑んだ。
 確かにこうして使っている食材は本物でなく、見た目として用意してもいいのなら、もっと子供達もお正月に御節(モドキ)を食べたという気になるかもしれない。
 本物の数の子でなくてもパインのゼリーコーティングは普通においしかったのか、ルーナの興味は次へと移動。そして、何やら取り皿に4つの黒豆を乗せて、うんうん唸っている。
「さすがシュラインさん。この黒豆本当に美味しいわ」
 汐耶はシュラインが作ってきたふっくらと柔らかそうな黒豆を食べながら感嘆の声を上げる。
「あら、流石に汐耶さんの黒豆には負けるわよ?」
 話を振られた事にシュラインはふふっと笑って、汐耶の黒豆を口に運びつつ、この甘さはどう出したのかと問う。
 この二人が作った黒豆はやっぱり美味しかった。
 そして3つ目、リュイの黒豆を前にして、ルーナは怪訝そうな面持ちでリュイをじぃっと見る。
「? どうかしましたか?」
 リュイはルーナに凝視されている事に疑問を浮かべつつ、他の参加者の御節に加えて、作ったまま残り物になってしまうはずだったお雑煮まで頂いている。
「これ、リュイが作ったデショか?」
「勿論ですよ」
 だんだんと料理の腕がアップしてきていることは分かっているのだが、一人で黒豆が作れてしまうほど格段にレベルアップするなどどう考えてもおかしい。
 しかしそんなルーナの視線など何処吹く風、リュイはメイペースに箸を進めつつ、
「残った黒豆を五目煮まめに入れるとおいしいんですよ」
 と、何の事はなくさらりと答える。
 パクリと口に入れてみれば確かに普通に食べられる。不味くないのだしまぁいいかとルーナはその場でサラリと視線を外すと、最後の黒豆でフォークが止まった。
「どうしたの?」
 先ほどからうんうんと唸ったままのルーナを怪訝そうに見つめ、瑤は問いかける。
 悩む理由など簡単に言えば、シュラインや汐耶の黒豆に加えてリュイの黒豆も普通なのだが、ナンナの黒豆は黒豆と言ってしまうにはどうにも小粒な塊なのだ。
「遠慮する事はありませんわ」
 ナンナは、嬉々として自分が作ってきた黒豆―――もとい、黒豆に見えるものを食べてくれるのを待っている。
「お料理は苦手ですが、精一杯頑張りましたの」
 確かに一見お嬢様に見える彼女ではあるし、普段料理などしなさそうな雰囲気を持っている。
 ルーナは一度瑤とナンナを見上げ、そして意を決するようにナンナの黒豆を口に運ぶ。
「あ、待ってくださいなルーナさん」
 これを―――と、ナンナが徐にスナックを取り出したのと同時に、ルーナは初めて食べたキャビアのしょっぱさに涙目になりながら、しょっぱいには甘いがいいだろうとセレスティにゼリーコーティングパインをバクバクと食べ始める。
「パインもあまり食べ過ぎると舌がひりひりしてきますよ?」
 何時の間に蓋を開けてグラスを取っていたのか、セレスティは白ワインを堪能しながらふと声をかける。
「はうぅ!」
 重箱1段分の、というか何事にも物には限度があるという事を教えられたルーナであった。
 お互いの黒豆の作り方についてのんびりと談笑していたシュラインは、ふと思い出したように失礼のないよう汐耶に一言告げると立ち上がる。
 そして鞄から小さなぽち袋を取り出す。
「また会えて嬉しいわ。ばってん兎ちゃん」
 シュラインはルーナの傍らに膝を付き、ニコニコと微笑んでその顔を見る。
「ば、ばってん兎って…な、ななな、なんデショか!?ル、ルナはルルル、ルーナデショよ!」
 明らかに動揺して、ルーナは場を誤魔化すように確認もせずに手近にあった瑤のカマボコを口に運ぶ。
「そんなに急いで食べたら…!」
 と、静止のための声を発したが時すでに遅し。
「っう!!」
「兎ちゃん!?」
 お餅と正体不明の花で作られたカマボコが、クリーンヒットで喉につまりドンドンと胸を押さえる。
「お…お茶、お茶を…!」
 すっと差し出されたお茶をぐいっと飲み干して、ぜぃぜぃと息を整えると、
「餅はもういいデショー!!」
 という最初の動揺は何処吹く風のルーナの咆哮が響いた。
 口直しとばかりにセレスティが重箱1段分用意してきた本物のカマボコをパクパク食べつつ、ふぅっと一息つきながら本日何杯目になるか分からないお茶を飲み干すと、瑤のお餅カマバコをこれ見よがしに端に追いやる。
(ばってん兎である事は内緒なのね)
 シュラインは事の流れからなんとなくそう理解して、ルナちゃんと言い直すと、ルーナは名前を呼ばれた事にふと顔を上げて小首をかしげた。
「はい、お年玉」
 丁度掌サイズの長方形のぽち袋を手渡され、ルーナはきょとんとソレを受け取りながら、何だろう? と色々とかざしてみたりしている。
「秋杜くんにも」
 ニコニコ笑顔のシュラインから差し出されたぽち袋に、秋杜は目をパチクリさせて顔を上げる。
「ありがとう……ござい、ます」
 まさか自分ももらえるとは思わずに、小さなぽち袋を手に秋杜はほわっと照れるように微笑んだ。
「あぁ、そう言えば」
 すっかり食べる事に専念してしまっていたリュイも思い出したように顔を上げると、白衣のポケットをごそごそと探る。
「私も用意してきていたんですよ」
 記憶喪失でありながら、なぜか日本文化だけはばっちりなリュイ。ちょっぴり渋めのぽち袋をルーナに手渡す。
「秋杜、オトシダマって何デショか?」
 単純に落とし玉だよと教えれば信じそうだが、
「えと…お正月に、大人が子供に渡す……ご祝儀……?」
 日本に生まれた時からもうイベントの1つとして定着してしまって理由など今更気にしたことも無かった秋杜は、ルーナの問いかけに曖昧に首を傾げる。
「深く考えなくてもいいのよ」
 その様子を見ながら、汐耶は微笑ましく思いながら、
「お年玉はね」
 と、お年玉の語源について軽く説明する。
「ほへ〜」
 説明を聞き入り、ぽち袋を大事そうに抱えて、ルーナは汐耶に尊敬の眼差しを向けつつ、シュラインとリュイに振り返ると、
「ありがとうデショ〜」
 と、お礼を述べた。
「ルナちゃんは、世界が違うから私たちの世界のお金が通用しないかもしれないと思って、ベッコウ飴にしてみたの」
 直ぐ悪くなるものでもないが、食べ物でることに変わりは無いので、一応早めにそういった懸念も含めて中身を伝えておく。
「瑤くんには、ベッコウ飴だとちょっと申し訳ない気がするのだけれど」
 お金の価値は世界が違えばすっかり変わってしまうが、食べ物はどの世界でも同じだ。
「いや、僕は……」
 こっそり自分が作ってきた御節を避けながら他の正統派御節を頬張っていた瑤は、シュラインの行動に虚を突かれたように動きを止めて、差し出されたぽち袋をやんわりと断る。
 差し出したままニコニコ笑顔のシュラインとぽち袋を見て、中身はベッコウ飴だし、まぁ…いいかなと、瑤は少々悩んだのち、ありがとうとぽち袋を受け取った。





 汐耶が用意した昆布巻きのちょっとした気配りの豪華さにほぉっと感嘆の息を漏らす。
「おや、これは鰯ですか?」
 見た目はただの昆布巻きだが、昆布の間に半分は鮭が、半分は鰯が巻かれている。
 臭み消しを兼ねた生姜がいい味を出してなんともおいしい。
「鰊も巻こうかと思ったのだけれど、流石にこれ以上量が多くなっても困るから」
 タダでさえコレだけでも充分の量があるのに、これ以上増えては今のメンバーでも食べきれるような気がしない。
 汐耶はセレスティが持ってきた大吟醸をのんびりとお猪口で頂きながら苦笑してそう答える。
 簡単そうだと栗金団を用意したリュイは、シュラインの栗金団を見て素直に感心したような色を瞳に浮かべる。今日は本当に料理という面を見れば学べる事が多いように思う。
 そんなシュラインの栗金団は、小さく葉を添えて緑の彩りが付いた、食べる事だけではなく見せる事もちゃんと考えられて作られていた。
 そして面白いのが焼き物である。
 セレスティがパカリと最後の重箱をずらした下に鎮座した2匹の海老。
 2匹だけ? などと思うべからず。
 2匹しか入らないのだ。
「これは……?」
 伊勢海老など初めて見たルーナは、
(ロブスター? でも何か違うデショ…)
 そしてセレスティを一度見上げ、その笑顔にどこか恐怖(?)すら感じながら
(アメリカザリガニなんて持ってくるはずないデショし)
 と、冷や汗を流さんばかりも面持ちで伊勢海老を見つめる。
「伊勢海老は、初めてですか?」
 そんな事を考えているのに気がついたのか、セレスティは小首をかしげて問いかける。
「イセエビ?」
「日本の伊勢湾で昔よく取れていた海老です」
 今ではすっかり伊豆やら九州にお株を取られてしまっているが、今でも伊勢海老といえば東海も有名である。
 とりあえずイセって何ですか? 何でエビは海老じゃないんですか? の認識レベルしかないルーナは、とりあえず大きなエビは伊勢海老であると記憶したらしい。
 どう考えても手料理という範囲を超えているとも言えないラインナップだが、料理手順を考えれば味をつけて、切って、焼くだけ。存外誰でも出来そうである。
 普段だったら料理してあるものを食べるだけのセレスティだが、今回ばかりは伊勢海老の頭をパカっと取ると殻を外す。
「でか!!」
 普通の海老の2・3倍は大きな伊勢海老なのだから、その身の大きさも大きくて当たり前。
 ぷりっと現れた伊勢海老の身にあんぐり開いた口が閉じるような気配はなかった。
「遠慮せず食べてくださいね」
 その言葉にルーナはうんうんと大きく何度か頷き、伊勢海老を口に運ぶ。
「…………」
 が、そのままピタッと止まってしまう。
 どうかしたのだろうかとルーナを覗き込めば、
「普通…デショ」
 大きさも大振りなら味もきっと大振りであるに違いないと勝手に思い込んでいたルーナは、大きいだけで味は普通の海老と変わらない伊勢海老にちょっとだけ肩を落とす。
 この状態の伊勢海老で何が満たされるかと言えば、満足感くらいだった。
「そう…ですか」
 味は普通なだけで不味いわけではない。
 しかし落胆しているルーナの姿を見て、セレスティも心持肩を落とす。
「ま、不味くないデショよ?」
 そんなセレスティの様子にルーナはあわあわと急いで言葉を紡ぐ。
「お魚もいかがかしら」
 ナンナはちょっと焦げている魚の揚げ物をすっと差し出す。
「わたくし最近釣りに凝っていまして、マグロを釣り上げましたの」
 確かにマグロを捌いて揚げただけのような雰囲気がこの魚の焼き物からヒシヒシと伝わってくる。
「凄いな、マグロが釣れたんだ」
 じゃぁこの焼き物何で出来ているんだ? と、瑤が用意してきた焼き物に突っ込みを入れたいが、当の瑤だってこんな得体の知れないものではなく本当はウナギを用意したかったのだが、アマゾンでウナギを用意できるはずもなく、瑤はアマゾン川で適当に取れた魚を使って焼き物を用意してきた。
「ええ、瑤さんも遠慮などせずにどうぞ」
 ナンナはニコニコと微笑んで瑤の分の焼き物を取り皿に分けて手渡す。
「あ…ありがとう」
 瑤はナンナの料理の腕を知っているため、わざわざ取り分けてくれた事は嬉しいもののやはり苦笑しか浮かばない。
 他の皆も黒豆をキャビアで用意してきた事は西洋生まれという事で広く許容しつつ、まさか揚げてあるだけの魚がどうにかなっているとは思えず、少々の警戒はあれどナンナの期待たっぷりの眼差しを受けて、一同はマグロの揚げ物を口に運んだ。
「…………」
 終始無言になってしまった一同に、
「どうかしましたの?」
 ナンナは理由が分からずに目をパチクリさせながら問いかける。
「いえ、ありがとうございました」
 リュイはすっと口元を拭いて箸をおくと、何の事もなかったと言わんばかりに白ワインを口に運ぶ。
「僕ももういい…かな」
 まだオリジナル一品を公開していないのに、そんな理由ででもいいから瑤はその場を乗り切るように視線を外して愛想笑い。
 まさか捌いて揚げてあるだけの魚が魚じゃなくなるとは誰も思わない。
 理由が分からず一同を見回すが、誰も皆取り繕うような笑顔を浮かべるのみだった。
 そう、ナンナは致命的に料理が下手だったのである。
 しかし言葉に対して遠慮のないルーナが何も言わないのはなぜだろうか? と視線を向ければ、ちゃっかりナンナの持ってきたものは鬼門と認識したらしく、別の物にフォークをつけていた。
「ピリ辛〜」
 ぱっと見筑前煮に見える…というか、筑前煮風味に仕上げた汐耶が作った蓮根の煮しめを口に運んで、ルーナは幸せそうな笑顔を浮かべる。
「あらありがとう」
 人参やコンニャク、そして鶏肉を入れて所々唐辛子の赤が映える煮しめは、その辛さも丁度よく上手く舌に馴染む。
 本日何杯目? いや、まだ何本目とまで行っていないだけマシかもしれない大吟醸を嗜みながら、汐耶はにっこりと笑顔を浮かべる。
「むうぅ…」
 フォークを指すと簡単に割れてしまう、ほくほくの里芋が上手く食べられずにルーナは小さく眉を寄せる。
 里芋はやはり刺すものよりも箸のような挟むもののほうが食べやすいようだ。
 あまりに見るに見かねた秋杜は自分の取り皿に取り分けた里芋を一口サイズに小さくすると、それをルーナの口に運ぶ。
 ぱくっと何のためらいもなくその里芋を頬張るルーナと食べさせている秋杜を見るに、何だかそこだけ空気が違うような気がした。



【オリジナル一品】


 セレスティが持ってきたお酒はもう最初の御節を頂きながら封を開けてしまったが、他はそれぞれの料理をもう1品差し出す。
 今まで正月特有に御節を頬張っていたが、今度は洋風和風入り混じった料理。正直こちらの料理の味のほうが慣れ親しんでいるといえるだろう。
「残り物で作ったのだけど」
 と、汐耶が取り出したのは御節の残り物で作ったとは思えないような一口サイズの春巻きが差し出される。見た目だけならば残り物で作ったとは思えないが、春巻きの中身は確かに昆布巻きで使われた鮭等がチーズとともに入っていた。
「これ、は…?」
 瑤の取り出した料理はどう見ても栗金団である。しかし栗金団として出さなかったという事は、もしかしたら何か裏でもあるのかもしれないと考えずにはいられない。
「食べてからのお楽しみだよ」
 何となく半分予想通りの返答と共に、瑤はにっこりと無駄に爽やかな笑顔を浮かべている。いかにも純粋そうな微笑だが今回ばかりは黒く見えるのはきのせいか。
「………」
「何ですか? 言いたい事ははっきりと言って下さい」
 リュイが差し出した料理を見て、どうしようかと首を捻る。
 どう見てもピラニアに見えるんですが、気のせいでしょうか?
「そこそこ上手く出来たと思いませんか?」
 確かに程よく焦げ目がついた皮や、ふっくらと焼きあがっている魚の身は美味しそうにも見える。
 しかし……いや、よく頑張ったと思う。
 その中でもやっぱり少しだけ皆と違ったのはナンナであるが、それはまた生まれた場所の違いであるが故であって、その地方から見ればそれが普通なのである。
「わたくしの生まれた地域ではトナカイの肉を食べるのが一般的ですのよ」
 と、どんっと取り出したのは燻製にしたトナカイの肉。
 北欧のほうではクリスマスの日などにトナカイの肉を食べるらしい。
 流石に生のままでは…という事で、本日ナンナは燻製を持ち込んだ。
 そんな個性的な一品料理たちを見て、シュラインはこの一品くらい自分も変わった具材の料理を作るべきだったかしらと考える。
 シュラインの用意した鮭のテリーヌには、ニンジンやズッキーニ、アスパラ等々の野菜が挟み込まれ、飾り切りしたニンジン等を添えてなんだか見ているだけで楽しそうだ。
「甘酒ならば飲めるのではないですか?」
 小さなコップに甘酒をついでセレスティはルーナに差し出す。お米で作られた白いちょっととろっとしたこのお酒は子供が飲むにも栄養たっぷりの飲み物である。
「そうね、だいぶ飲んでしまったけれど」
 日本酒を頂いていた汐耶と、セレスティと一緒に白ワインを飲んでいたリュイであったが、御節と共に飲むよりはこちらの料理と一緒に飲んだほうが合うかもしれない。
 お酒を嗜む面々は本格的にベクトルが料理から酒へと移行し、料理を堪能したい人は各々用意した料理を取り分ける。
「以外に美味しい」
 どう見てもピラニアに見える焼き魚の身を少し取り分けて食べてみれば、少々小骨が多いものの普通に食べられる範囲だった。
「どうしたの? 食べないの?」
 瑤が作ってきた栗金団モドキを目の前にして、ルーナの動きが止まっている。
 先ほどの瑤の御節から散々な目にあっているルーナとしては、瑤の作ってきたものはなんだか怪しくて食べたくないような気分。
「瑤が食べたら食べるデショ」
「疑り深いね」
 完全にヘソを曲げているルーナに瑤は苦笑すると、自分の取り皿に栗金団モドキを取り分け口に運ぶ。
「ほら、全然平気」
 材料は企業秘密だか何だか、もろもろの理由で教えてくれないのだが、食べられないものではないようだ。
「むうぅ」
 ぶすっと口を尖らせつつも、作ってきた本人が平気で食べるならば、きっと大丈夫なのだろうとルーナも瑤の栗金団モドキを食べる。
「…………」
「どうか…しました、か…?」
 新しいお茶を淹れるために少々席を外していた秋杜は、ルーナの横に湯のみを置くと小首をかしげる。
「瑤のバカァ!!」
 ポロポロ涙を流しながらむずっと掴んだのは甘酒が入ったコップ。
 ルーナはそれをぐいっと一気飲みして、動きを止める。
「あれ? おかしいなあ」
 絶対確信犯の瑤はクスクス笑いながらただその様子を眺めつつ、シュラインや汐耶が作ってきた料理を美味しそうに食べていた。
「日本酒っておいしいですわね」
「あら、あなた結構いける口なのかしら?」
 トナカイの肉の燻製が丁度よいおつまみと化して、ナンナと汐耶は透明の日本酒を酌み交わす。
 しかしナンナは頬をほんのり赤く染めてちょびちょびと飲んでいるのに対して、汐耶はまるで水でも飲んでいるかのようだ。
「この白ワインがマルクトにもあれば…」
「お土産に出来ないのが残念です」
 世界の違うものを持ち入れることは少々困難を極める。
「ええ、残念です」
 この白ワインを飲めるのが今日この日だけかと思うとリュイは少々名残惜しい気もしたが、それもまたしかたの無い話。
「ぶぅー!!」
「「??」」
 突然の背後からの声に、二人は同時に振り返る。
 そして名前を呼ぼうとしてそのまま口を噤む。
((不機嫌そうですね))
 確かにフードから見える口元は思いっきりへの字に曲がり、なんだか肩がいきり立っている様な気がする。
「どうしました?」
 セレスティは徐にルーナに手を伸ばしてその手を掴むと、さらふわの感触が伝わってきた。
 そしてそのままコテンとセレスティの腕の中へと倒れこむルーナ。
「おやおや」
 すーすーと規則正しい吐息が聞こえ、セレスティとリュイは肩をすくめて笑いあう。
「甘酒で酔っちゃったのね」
 さすがと言うべき気配りで、シュラインが手に持ってきたのは毛布だ。
「毛布まだあるようだったら、一つもらえるかしら」
 汐耶の横で一緒に日本酒を飲んでいたはずのナンナの頭がゴンドラをこいでいる。
「どうぞ」
 にこっと笑顔で差し出された毛布を汐耶は「ありがとう」と受け取ると、ゴンドラこぎから机の友達へと変わったナンナの肩にそっとかけた。






 宴もたけなわとはよく言ったもので、皆が皆それぞれの時間を過ごし始め、時計の針がそろそろ夕刻から晩へと移動していく。
「彼女どうしようかしら」
 すっかり寝入っているナンナを見て、汐耶もこの空間、この場所が、本当ならば一般に公開されていない事を分かっているため、どうしようと困ったように首を傾げる。
「ナンナさんとは友達だから、ちゃんと僕が連れて帰るよ。大丈夫」
 といっても小柄な瑤がナンナを抱えられるはずも無く、結局ナンナを起こして眠気眼のまま歩き出す。
「会えなくなるのはまた少し残念だけど、仕方ない事だものね」
 シュラインは少しだけ名残惜しそうに微笑みながら、寝息を立てるルーナを見る。
「きっとまた会う事もあるでしょう」
 そんなシュラインを見て、セレスティは諭すように微笑むとのんびりと杖を付いて歩き始める。
「では、また」
 確かにルーナとならば「また」という事もあるだろう。しかし、リュイはすっと眼鏡を正すと、この場に居る同じ世界ではない人に向けても、あえて「さよなら」という言葉を避けた挨拶を投げかける。
 秋杜はその言葉に一瞬瞳を大きくするが、そのさりげなさに嬉しそうに微笑む。
 そして舞台裏の入り口まで見送ると、
「はい…今日は、本当に…ありがとう、ございました」
 と、この場を預かる者として深く頭を下げた。










 ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
┃┗┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┳┛┃
┗━┛★PCあけましておめでとうノベル2006★┗━┛


★東京怪談★

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女性/23歳/都立図書館司書】

【NPC/柊秋杜/男性/13歳/中学生兼見習い神父】


★セイコマスターズ★

【0487/リュイ・ユウ/男性/28歳/エキスパート】
【0487/朱・瑤(しゅ・よう)/男性/16歳/エスパーハーフサイバー】
【0579/ナンナ・トレーズ/女性/22歳/エスパー】

【NPC/ラ・ルーナ/無性別/5歳/タクトニム】


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■         ライター通信          ■
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 ばってん兎? 〜新春・御節対決〜にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。ぎっくり腰を発症したりとトラブル続きでしたが、なんとか納品できてほっとしております。少々の遅刻お許し下さい。
 ところでお年玉は何歳まで上げるべきなんでしょうね? 故郷のルールだと高校生はまだもらえる年齢なので他参加PC様にもお年玉を上げてみました。
 それではまた、シュライン様に出会える事を祈りつつ……