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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■闇に走れば■

 「はぁっ?! 何だそれ、俺が死ぬって?!」
 素っ頓狂な声を上げているのは、ここ草間興信所所長 草間武彦、永遠の三十歳である。
 その筋では、知らぬ者がないと言われるくらいに有名な怪奇探偵でもあった。
 もっとも、怪奇を頭に付けると、本人大いにへそを曲げてしまうのだが。
 年代物の黒電話に向かってそう怒鳴っているのは、何とも間の抜けた様に見えたが、何より口にした内容が内容だ。
 大掃除に向けての前掃除をしていた彼の義妹も、ぎょっとした顔で、掃除機を止めて草間を見ている。
 『もー、やっぱり見てなかったんだね、あたしのメールっ!』
 元気の良い女の子の声は、そのくたびれ果てた黒電話の向こう側から聞こえてくる。
 草間に向かってそう話しているのは、関東随一を誇るオカルトサイト『ゴーストネットOFF』管理人 瀬名雫であった。
 「いや、だから……」
 言葉を濁す草間だが、確かにメールはここ数日見ていなかった。
 『早く見てよっ! ちょっと大変なんだからね!』
 そう急かされ、草間は慌ててパソコンを起動するとメーラーを立ち上げた。
 「ええ……と、これか」
 そこに堪っているメールは、スパムメールも含め案外多い。その中には、アトラス編集部編集長 碇麗香の名もあったが、取り敢えずは雫のメールだ。草間は彼女の名を見つけると、メールの内容を読み始めた。

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Subject:大変だよ!
Addressor:雫
Date:Mon,XX Dic 2005 21:01:32 +0900 (JST)

 草間さん、『夜明けの救急車』の話は知ってるよね?
 うちのサイトでも、その救急車の話で盛り上がってるんだけど、そこで草間さんらしい人を見たってカキコがあったの。

 今日、朝帰りした時に見たらしいんだよ。
 どうするの。草間さん、何とかしないと死んじゃうよ。

 あたしも出来る限り協力するからね!

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 見事なまでに、要件のみを述べたメールである。
 ちなみに草間は、その『夜明けの救急車』なるものを知らなかった。
 「……『夜明けの救急車』って何だ?」
 『ウソ! 知らないの?』
 本気で驚いている風な雫の声を聞きつつ、草間は麗香からのメールも開いて見た。

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Subject:夜明けの救急車
Addressor:碇 麗香
Date:Mon,XX Dic 2005 22:11:58 +0900 (JST)

 見たわよ。何だか面白いことになってるじゃない。
 こっちも丁度取材しようと思ってたのよ。身近で『夜明けの救急車』に乗った人がいて助かったわ。

 うちで独占レポートさせてくれたら、お礼は弾むわよ。


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 こちらだって負けないくらい、野次馬根性全開な内容である。いや、彼女の場合、メシのタネになっているのだから、野次馬とは違うのかもしれないが。
 「どいつもこいつも……。つか、何だよマジで。このセンスのないネーミングはっ」
 突っ込み処はそこかい! と、聞いていた者は言いたかっただろうが、生憎とその場にいたのは零だけであった。どうやら彼女は、その言葉を心に止めておくことにしたらしい。
 「取り敢えずは、その妙な救急車のことを聞かせてくれ」
 馬鹿馬鹿しいと言葉の端に滲ませた草間は、雫にその説明を求めた。
 彼女の言うところによると、『夜明けの救急車』は、最近巷を騒がせている噂、そう、都市伝説めいたものだと言うことだ。
 夜中から明け方の間、都内を走る救急車らしいのだが、その中に乗っている者は、数日中に死に至ると言うことらしい。
 音を鳴らさず、密やかに都内を巡り、時折停車しては扉を開いて人を乗せるのだそうだ。
 その時に乗せられた人や、扉を開いた際に乗っていた者が、所謂未来の死者である。
 「……お笑いか?」
 何となく、救急車と言うところが、シリアスに考えることが出来ないでいる草間であった。
 『笑ってる場合じゃないよ。うちのBBSでその救急車に乗ってたって書かれてた人が、本当に死んじゃってるんだから! 一人や二人の話じゃないんだからね』
 雫は『あたしももっと詳しく調べてみるから』と言い残し、慌ただしく電話を切った。
 「全く。霊柩車ならいざ知らず……って、違うか。こう言う場合はタクシーか?」
 お馬鹿さんなことをぶつぶつ言う草間だが、零の真剣な瞳に気圧され口を閉じた。
 「お義兄さん、大丈夫なんですか?」
 心配する零を安心させる為にも、草間はそんな事実がないことを調べる気になった。
 この暮れも押し迫った中、大掃除だってお節造りだって──勿論ながら、こちらは草間が作る訳ではない──あるのに、こんなことに係らっている場合ではない。
 「取り敢えず、調べてみるか。まあ、何でもなかったら、忘年会か新年会かでもすりゃ良いしな」



 「……何故契約が取れないのでしょうか」
 凍える寒空の中、そう呟く男性の言葉は、まるでマッチを一本も買って貰えなかった少女の様に悲壮感を持って響いた。
 穏やかな青い瞳は、今は落胆に彩られている。
 「ねえ、ウサちゃん。どうしてなんだと思いますか?」
 カバンから頭だけ出したウサちゃんが人間語を話せたなら、きっと、間違いなくこう言うだろう。
 『あんたの売り方が悪いのよっ。しかも何、その服っ! セールスマンなら、スーツでしょ!』
 と。
 しかしながら、ウサちゃんは人間語を話せなかった為、ただ『ヴヴ』と鳴いただけである。それでも鼻息かと思う様なモノが聞こえたから、何となく察することは出来たかも知れないが。
 ウサちゃんがそう言う通り、現在セールスマンのアルバイトをしている彼、シオン・レ・ハイは、あるかないか定かではないセールスマンの三種の神器の一つであるスーツ姿ではなかった。
 何時も通り、小洒落た服のままである。
 襟元の大きく開いたシャツの胸元から凝ったデザインのチョーカーを覗かせ、羽織っているジャケットは鞣し革で出来ていた。どう考えても、セールスマンの服装ではない。
 怪しい訪問販売員でも、もう少しかっちりとした服を着ているだろう。
 ちなみにこれで文無しなのだから、世の中見た目で判断してはいけないと言う見本である。
 「このままでは、年を越すことが出来ませんよ」
 毎年これを言っている気がするが、それもまた、シオンならではのことなのかも知れない。
 ちなみにシオンがやっているのは、生命保険の契約取りであった。
 昨今、色んな保険が出ている為、今が変え時入り時とばかりで、その『サギワーク生命保険株式会社』と言うシオンのアルバイト先も、顧客獲得に精を出しているのだ。
 勿論、セールスマンの報酬は歩合制なので、契約が取れなければただ働きである。それが許されているかどうかはさておき、シオンは『サギワーク』の正社員から『交通費は一日千円支給』と言う言葉聞き、『お小遣いは千円』に聞こえてしまったのだ。
 契約金と一日千円のお小遣い、絶対に儲かる。そう思った。
 だがしかし、儲かるどころか、大赤だ。
 シオンがウサちゃんに語った通り、このままでは本当に年越しが出来ない。いや、それどころか命まで危ないかも知れない。餓えすぎて。
 「ここはやっぱり、優しい草間さんのところで助けてもらいましょう」
 衣食住と、出来たら契約をしてもらえれば良いなと、そう思ったシオンは、湯たんぽ代わりに抱きかかえたウサちゃんに蹴られつつ、草間興信所へと向かったのである。



 「うーん。俺って人徳あったんだな。おお、壮か……ってっ! 何すんだよ」
 頭を抑えた草間は、彼の頭を叩いた人物を流し見る。
 「武彦さん、馬鹿なこと言ってないの。こうしてみんなが協力してくれるのよ」
 『壮観』と言おうとした草間を叩いたのは、この草間興信所のアルバイト事務員──もっぱら調査員の仕事と財布管理をしているのだが──であるシュライン・エマだ。
 「ま、そうでも言わなきゃ、やってらんねーかもな」
 そう言うのは、先程山の様な荷物を持たされ返ってきた守崎北斗(もりさき ほくと)である。彼は兄と共に、シュラインのお供で買い物へと行っていたのだ。ちなみに彼は、頬をお持ち込みの和菓子でぱんぱんにしつつ、器用に話している。
 「人徳があるかないかはさておき」
 「こらそこ、何でおくんだ」
 さらりと流したのは、モーリス・ラジアルだ。彼は何時もの如く、人を安心させる様な笑みを浮かべて、草間の突っ込みにも『いえ別に』と軽やかに切り返している。
 「それにしても、草間さんは何時も面白いことに巻き込まれていますねぇ。もうこれは運命でしょうか?」
 涼しげな顔でそう言うのは、巨大財閥をその双肩に背負っている麗人、セレスティ・カーニンガム。彼はここに訪れる前から、草間の巻き込まれた話を知っていた。
 「冗談事ではない」
 テーブルに持ち込まれている和菓子には手を伸ばさず、緑茶の入った湯飲みを手に言うのは、ササキビクミノだ。
 ちなみに彼女が和菓子に手を伸ばさないのは、餡子の甘さに気絶してしまうからである。
 「確かに冗談事ではないな。……それにしても、君は死にそうには見えないんだが」
 ふむとばかり考え込むのは、前回の依頼の礼ついで、手土産持参で来たアドニス・キャロル。
 それにしても何ともセンスのないネーミングだと思ったのは、ちょっとばかり内緒の話であった。
 彼の言葉に、一堂がもっともとばかりに深く深く深ーく頷く。
 「草間さんっ! 死亡予定があるなら、是非とも私のお薦めする生命保険に入って下さいっ!!」
 ここに来て良かった。彼は強くそう思う。
 だが。
 「縁起でもないっ!!」
 『サギワークス生命保険株式会社』と怪しげな社名の書かれた茶封筒を、ずずっと差し出しかけたのは、現在そのバイト中であるシオン・レ・ハイだ。
 勿論それは、草間に依って突っ返されたが。
 「草間さんが、心配ですね。大丈夫ですか? 本当に何処か悪いところはないのですか?」
 心配そうにCASLL・TOが言うが、何故だろう。皆が皆、彼から顔を背けている。
 CASLLは少しばかり傷ついた。人よりちょっとだけ怖いだけなのに。
 「……今心臓が止まりそうになった」
 「ええっ! やっぱり保け……」
 最後まで言えないのはお約束だ。
 「しかしながら、そこに乗っていたのは、本当に草間様で御座いましょうか?」
 お茶請けにでもと、和菓子を作って持ってきていた兎月が、そう小首を傾げて草間を見る。
 「俺じゃないと信じてる」
 「鰯の頭よりも頼りない信心だな」
 その言葉に、草間は唇を噛みつつ、ぐっと拳を握りしめた。
 「まあ、草間は死ぬ時期ではないと思うからな。勝手に呼ばれても嫌だろう」
 ツインズの片割れ、守崎啓斗(もりさき けいと)がもぞもぞと、先程買ってきたばかりの買い物袋から何やら幾つも取り出した。
 「昔の話だ。黄泉路……と言うか、悪しき者達が入って来れない様にする為、道切りと言う風習があった」
 皆の注視を受けたまま、啓斗が淡々と話し始める。
 「まずは注連縄」
 そう言って、啓斗は興信所の扉上部にそれを飾る。
 「……兄貴、フツーに正月準備だな」
 「……そうだな。注連縄飾りは、蛇を象ったものだと聞いたことがあってな。ああ、そうそう。これもあった」
 次ぎに取り出したのは、鏡餅だ。
 「……日本は、何とも興味深い風習があるのだな」
 アドニスは、そう言って感心している。
 「それはまあ確かにそうなんですけど、……今は感心するところではないと思いますよ」
 「そうか?」
 「ええ」
 どうやらモーリスとアドニスは知り合い……と言うより、可成り親密な関係らしいと、二人の間に漂う空気によって、誰もが──啓斗とシオン以外は──そう察していた。
 アドニスはアドニスで、良く知る者がいてほっとしていたから、モーリスへ向ける顔が、他の者達に比べて柔らかいものになっていたのだ。
 二人が話し合っている間に、啓斗は着々と草間の机の背後に鏡餅を飾っている。
 「一応、鏡餅も蛇身=カガミから来ているらしいが。……何だか緊張感ないな」
 「……兄貴、もう良いから、な?」
 ちょびっとばかり涙目になっている北斗に諭されて、啓斗はこっくりと頷くと席に戻った。
 「とにかく、あまりにも情報が少ないわ」
 「ええ、まずはそちらの収集から始める方が宜しいでしょうね」
 シュラインの言葉を受け、セレスティはそう頷く。
 「あ、えーと、俺、ちょっくら出てくるわ」
 思い立った様にそう言う北斗が、言葉通り興信所を出て行こうとする。
 「北斗、何処行くの?」
 「蓮のねーちゃんのとこ」
 「了解。ちゃんと連絡だけは、着く様にして頂戴ね」
 何故レンに? と思った様だが、北斗には北斗なりの考えがあるのだろうとも考えた様だ。
 「OKー」
 ひらひら手を振り出ていく彼を、残る者達が見送った。
 暫くの後、バイクの唸りが聞こえたかと思うと、それが徐々に遠く離れていくのが解る。
 「手分けして、探った方が良さそうですね」
 そう言うセレスティは、続きを促す様ににっこりとシュラインを見ている。
 「そうね。一応、各人が何処から手を付けるか、話し合いましょうか」
 「ではまず一つ目。『夜明けの救急車』自体についてだな。俺は話を聞いて、巡回・停止の時点で死神バスを思い出したな」
 アドニスの意見に頷いたのは、啓斗、クミノ、兎月、そしてモーリスである。
 「ある一定時間内に走っていると言うのは、黄泉から迎えに来ている馬車代わりではないでしょうか」
 「救急車は現存するものではないが故、音がしないのではないかと……」
 モーリスに続き、兎月は控え目にそう考えを述べる。
 啓斗やクミノも、それに近い考えを持っているのだろう。
 「少なくとも、本来救急車が向かう筈の病院は、死ぬ場所ではない」
 何かを思い出している様に、クミノが微かに瞳を揺らす。
 「私はまずは救急車の目撃場所、日時、そして活動範囲を調べてみましょう」
 セレスティがそう言うと、シュラインが続ける。
 「じゃあ、一緒に回りましょうか。……後、巡回している救急車が、過去、現実に存在したかどうかを、ナンバープレートが解れば調べてみることも必要ね」
 「死なせる為に、救急車に乗せるなどと考えたくはありません。……きっと何か、他に理由がある筈です」
 CASLLがそうぽつりと言うと、そうだなと啓斗が力強く頷いた。
 ちなみに他の者は、明後日の方向を見つつ、納得している。
 「私は、怪我人か病人を搬送中であった救急車の事故を調べてみます」
 意味なく乗せている訳がないと考えた、CASLLの言葉である。恐らくは、何か事故にあい、本来の目的を忘れてしまったのかもしれないと考えたのだろう。
 「あ、私はCASLLさんと一緒に調べます。……それにしても草間さんはぴんぴんしています。何処も悪くないのに救急車に乗せるなんて、あわてんぼうの隊員さんですねぇ」
 流石に自分だってそんなことはしないだろうと、シオンが首を捻って言うと、控え目に兎月が頷いた。
 「さっきの兎月くんの考えですが、やはり一理ありますよ。どうみても、草間さんはぴんぴんしてますし、乗っていたのは草間さんであるとするのは、無理矢理に思えます」
 「見間違いだ見間違い。絶対に」
 「お義兄さん、そんなに力説しなくても……」
 草間の信心が、鰯の頭より弱いと言われたことへの反抗だろうか。
 強気に言い張る草間に溜息を吐く零。そんな二人を見つつ、シュラインが困った様な顔をしつつ口を開いた。
 「兎月さん、モーリスさんの言う通りね。もしかすると、人違いの可能性もあるわ。……と言っても、その方も本来死ぬべきではない人かも知れないし。麗香さんが興味持ってるあたり、本物の可能性が高そうだわ」
 眉を八の字にしてそう言うシュラインは、可成り不安なのだろう。麗香のアンテナに引っかかるなら、それなりの怪異であると、今までの経験上知っていたからだ。
 「わたくしめは、草間さんを目撃したと仰る方とお話してから、今までの目撃情報があった場所へと出向き、そこにいらっしゃる方々に聞いてみとうございまする」
 「俺は取り敢えず、草間の護衛も兼ねてここで待機だ」
 「俺も護衛をしようと思ったが、彼がここにいるなら、兎月さんと共に先に情報提供者を当たり、死神についての情報を調べてみよう。その後、ここに戻ってくる」
 啓斗の行動案を聞き、アドニスがふむとばかりにそう言った。
 「私は別行動を取る。草間には、本当に健康体であるかどうかを徹底的に検査をしてもらおう」
 「えーと、一応、別依頼が入って……」
 クールに見つめるクミノの視線を受け、草間が思わず逃げだそうとするが、しっかり零に襟首を捕まれてしまった。
 「こら、零、離せっ。兄を裏切るつもりかっ」
 「武彦さんの為よ。きちんと調べてもらって、結果が出た方が安心するでしょ。依頼は検査が終わった後ね」
 「ちゃんと調べてもらいましょうね。お義兄さん」
 二人にそう詰め寄られて、草間が逆らえる訳もない。首を竦めた亀の様に、小さくはいと返事をした。
 「それなら、私はクミノさんとご一緒した方が宜しいでしょうか」
 漫才めいたやりとりが一段落した後、モーリスがそう提案をする。彼をちらと見るクミノだが、是とも否とも言わなかった。
 何故なら彼がいた方が、確かにクミノは彼女自身の障壁のことを気遣う必要がなくなるからだ。
 実は興信所へと来た際、モーリスがクミノの周囲に漂う障気を敏感に察知し、驚くべきことに、その障気をほぼ中和したのだ。
 訝しげな顔をするクミノに、モーリスはにっこり笑ってこう答えた。
 『私は、あるべきものをあるべき場所へ、そしてあるべき状態へと戻すハルモニアマイスターですから』と。
 勿論彼女の纏う障壁はそのままであるが、障気にあてられることがないのなら、クミノが気を配ることもさほど必要ではないだろう。
 そしてダメ押しの様に一言。
 「先程は言い忘れましたが、私、一応医者でもあるんですよ」
 彼を知っている者は、確かにそうだったと思い出す。ちなみに草間も、忘れていたらしく、小さく『そう言えば……』などと呟いていた。
 「病院が嫌なら、モーリスに調べてもらえば宜しいのですよ」
 大がかりな医療器具はないし、ついでに付け加えると『診』るのは植物の方が専門で、医者と言ってもメス捌きの方が得意なのだが。
 「病院の検査を受けてみるのも一興ですよ。まあ、診ろと言われれば診ますけれど、……どうしますか、草間さん?」
 優しげに微笑むモーリスの顔が、草間には大層怖く映ったらしい。
 「……病院に行かせて下さい」
 大人しくそう言う草間に、微かな溜息を吐いた後、シュラインが纏める。
 「じゃあ、まず武彦さんを病院へ。これにはクミノちゃんと、モーリスさん、そして護衛の啓斗ね。
 CASLLさんとシオンさんは、救急車の事故があったかどうかを調べる、と。
 兎月さんとアドニスさんが、目撃者ので聞き込みね。
 その後、アドニスさんが死神についてを調べてから武彦さんの護衛、兎月さんが目撃された場所での聞き込み。
 セレスティさんと私は、救急車の目撃場所と日時、活動範囲についてかしら。こっちはアドニスさん、兎月さん、CASLLさん、シオンさんと連携を取りつつ、ね」
 そう一息に言った後、こっそり病院組に『よろしくね』とお願いするあたり、シュラインらしいと言えるだろう。
 とまれ。
 各人が、行動すべく動き始めた。



 既に顔なじみになった警備員と受付嬢には、ほぼ顔パス状態である。
 何かにつけ、ここへと足を運んでいる面々は、軽く彼・彼女らに挨拶をすると、目的地であるアトラス編集部へと向かった。
 麗香であれば、救急車の情報を可成り掴んでいるだろうと言うシュラインの判断である。
 アトラスへと訪れた面々は、まず麗香から救急車の目撃情報などを聞いた後、シオンとCASLLはその近辺で直近にあった、救急車に関する事故を調べることになっている。
 「やっと来たわね」
 思いっ切り人の悪い笑みを浮かべている麗香に、シュラインとセレスティが苦笑した。
 「お忙しい編集長を、お待たせしてしまった様ですね」
 返すセレスティは、何時もの様に読めない笑みを浮かべている。
 また逆に、CASLLなどは、本気で恐縮していた。
 「いえいえ、サンシタくんじゃないですもの。ちゃんと時間は有効に使ったわよ。サンシタくん、何ぼやぼやしてるのっ。人数分コピーして、早く持っていらっしゃい!」
 「はははははいっっーーーー!!」
 何時もの如く、あたふたとあちらこちらの机の角に衝突しつつ、三下が何やら持ってやってくるのを見て、痛そうだなあと、シオンはぼんやり思う。
 更に彼は、『遅いっ』と一喝された後、差し出したそれでどつかれ、小気味良いんだかマヌケなんだか良く解らない音を立てていた。
 「はい、これ」
 そう言いつつ、彼女は『夜明けの救急車』について、現時点で解っている情報をまとめたレポートをシュラインへと渡す。
 「流石ね、麗香さん」
 ぱらぱらとそれを確認しつつ、シュラインは感心してそう言った。
 「ま、後は、それを元に調べてちょうだい。で」
 「ええ了解しておりますよ。事件の真相を、アトラス編集部へ」
 「きっとあわてんぼの救急隊員さんですよ」
 シオンは自説を展開するが、麗香のお気に召さなかった様だ。凄みのある微笑みで、スルーされてしまう。
 「こちらの一角を、お貸し頂けますか?」
 セレスティの指す場所は、彼らがアトラスの依頼を受けた際、何時も使うパーティションで区切られた一角であった。勿論、編集長さまに否やはなかった。
 三下をパシリにでも付けようかと彼女は言ったが、揃って四人は辞退しておく。一応、草間の命がかかっているのだ。失敗されては適わないと言ったところだろうか。
 テーブルへと着席した四人は、それぞれが資料に目を通す。
 そこには可成りの情報が詰まっていた。
 と言うことは、それだけ亡くなってしまった者が多いと言う訳でもある。
 シオンはそれを察すると、少しばかり切なくなった。
 「流石は碇編集長ですねぇ」
 CASLLの言う通り、そこには彼らの知りたい情報が、可成り入っていたのだ。
 「『救急車』に乗車していたのを目撃された人達のリスト、死亡日時、目撃場所・地点、目撃場所から近い消防署の位置、か……。これに依ると、一番最初に目撃された人は二名。日付は十二月二日の明け方ね。取り敢えず、この情報をうちのFAXに送って……と」
 兎月とアドニスは、目撃者とコンタクトを取る為に、まだ興信所を出ていない筈だ。これを受け取れば、可成り彼らの動きは楽になる。
 「では、私はシオンさんと一緒に、消防署をあたります」
 「もしかして、消防車に乗せてもらえるかもしれませんね」
 現在シオンは、彼の家族であるウサちゃんを連れて来ていなかった。草間興信所にて、零に面倒を見てもらっているのだ。ウサちゃんだって寒空より、ボロイとは言え、風を遮る屋根があるところの方が良いだろうと、シオンの親心であった。
 「これに依ると、流石にナンバーは解らないみたいね」
 「故意……なのでしょうか?」
 シュラインとセレスティ、二人ともナンバーから現存したかもしれない救急車をあたろうと思っていたのだ。
 「解り次第、こちらでその救急車が何処の消防署に所属していたのかを照会し、CASLLさんの方へとご連絡差し上げると言うことで、宜しいでしょうか?」
 「お願いします」
 神妙にCASLLがそう言うと、怖い顔が益々怖くなる。これがセレスティ相手ではなかったら、恐らくビビっていたかもしれない。視覚に頼る彼ではないからこその、御利益なのだろう。
 「それじゃあ、動きましょうか。セレスティさん、私達は雫ちゃんのところね」



 年末であるのに、ヤケに人に邪魔されずに勧めるなと。シオンは不思議に思っていた。それがCASLLのおかげであることは、全く気付いていない。
 そう、道が空いている訳ではあり得ない。CASLLが住所と確かめるべく、ちらりと視線をやると、何故か車やバイクが道を空けてくれるのだ。
 覗いている片目が怖いのかも知れない。
 現在彼らが来ているのは、千代田区の靖国神社近くの消防署だ。現在五台の消防車と、一台の救急車が見える。
 今まで訪れたところでは、五台揃っていなかった。それぞれが別の役割を持つ消防車だが、シオンにとっては、どれも同じに見える。
 「ここの救急車は……別に新しくは思えませんよねぇ」
 CASLLがヘルメットを外し、シオンと共にまじまじとそれらを観察していると、いきなり背後に数名の男達が現れた。
 「君はもう包囲されているっ。人質を解放し、大人しく投降しろっ!!」
 いきなりそう叫ばれ、シオンは目が点になった。
 「君っ! そこの君だっ! 我々が来たから、安心しろ!」
 君とは誰のことだろう。ここには自分とCASLLしかいない筈だ。
 思わず周囲を見回すが、やはり新たに見つけることが出来た人はいない。
 「……シオンさん、多分貴方のことです」
 言いながら、更に哀しくなっているだろうCASLLの顔は、どうやら私服警官だと思しき彼らには、益々凶悪さを増している様にしか見えていない様だ。
 「え? 私?」
 何か悪いことでもしたのだろうか。少し不安になりつつも、次のCASLLの台詞で、それが誤解であると知る。
 「はい……。申し訳ありませんが、誤解を解いて来て貰えますか?」
 誤解って何だろう。そう思い、首を傾げつつもCASLLからシオンが離れると、突撃ーーーっ! とばかり、警官達がCASLLに向かって飛びかかった。
 「え? え?? どどどーーーして、CASLLさんにぃっ!!」
 おろおろしているシオンの気持ちなど百万光年彼方へと置き去りに、思いっ切り勘違いしている私服警官Aが、がっしりと彼の肩を掴んで揺さぶった。
 「大丈夫だ。もう安心したまえ」
 「ちちちちちち違いますっっ!! 彼はお友達なんです! 早く離して下さいっ!」
 漸く事態を認識したシオンがそう叫ぶと、CASLLを押さえつけている私服警官B、C、D、Eは、CASLLとシオンの二人を交互に見た。
 ……ちなみに正しく状況が伝わったのは、この五分後である。
 「……失礼致しました」
 半泣き状態のCASLLの顔を見ずに、シオンに謝っているのは、CASLLに合わせる顔がないと言う訳ではなく、きっと怖くて見られないからだろう。
 ちなみにここは、近くに救急指定を受けている警察病院がある。消防署から連絡を受け、そこにいた者達が人質を連れた消防署押し込み犯を捕らえようと来たらしい。
 『やっぱり救急車の人達は、あわてんぼさんが多いのですねぇ』
 そう納得してしまうシオンであった。
 とまれ、きちんと事情を納得して貰った彼らは、漸く聞き込みをすることが出来た。
 「一般の人に、そう言うことは教えられないんだが………」
 「そんなことを仰らずにっ!!」
 言葉を濁す彼に向かって、CASLLが必死の形相で迫る。
 「ごめんなさい、ごめんなさいっ! 後生ですから、顔を近づけないで下さいっ。一生魘されてしまいますっっ!! はいっ! お答えさせて頂きますっ! うちの救急車で、ここ最近、事故車両はありませんっ!! ちなみに新宿区では、そう言う報告は聞いておりませんっ!!」
 「じゃあ、普通の事故とかは、ありませんでしたか?」
 シオンが聞くと、まるで天使の助けが見えたかの様に、消防署の職員はこくこく神様お願いポーズで頷いた。
 「十二月の頭、ちょっと大きな事故があって、戸山公園まで行きましたっ! それだけですーーーっっ」
 「ああ、そう言えば……。確か」
 何か思い当たる節があったのだろう、CASLLは遠い目をして言葉を濁していた。
 「も、もう宜しいですか? お願いですっ、勘弁して下さいぃぃぃーーーっ」
 最後は泣いてしまった消防署職員であった。
 どうしようかと思っていると、まるで天の助けの様に、CASLLの携帯が鳴る。
 彼が話している間、シオンは消防署内をじっと見ていた。
 壁に掛けてある帽子をちょっと被ってみたいな思って職員の方を見るが、どうにもそんなことを言い出せる雰囲気ではない。
 じっと見つめ合っていると、CASLLの電話が終わった様だ。
 『……。あれ? また何か、怖いことでもあったのでしょうか?』
 シオンがビビっている職員を見て思うが、実は電話が終わったCASLLが、こちらへ近付いて来たからだと言うことには、全く気が付かなかった。
 「シオンさん、どうやらナンバープレートはない様です」
 「え? それはいけません。違反です!」
 ちゃんと付けてもらうことにしようと、シオンは強く心に誓う。
 そんな思いのシオンを余所に、何処か疲れた様に、CASLLが言った。
 「一旦、興信所へと戻りましょうか」



 再度草間興信所に勢揃いした面々の前には、それぞれが所望した飲み物が置かれている。
 「年越し依頼になったな」
 啓斗がぽつりと言うと、去年いたメンツが揃って苦笑する。
 そう言えば、去年もこうして年末年始、依頼に入っていたことを思い出した。
 お堂に籠もっている時のことを思い出し『あの時は、まるで修学旅行みたいだったな』と、楽しげに回想した。勿論、シオンが修学旅行に参加したことがあるのかどうかは、彼のみぞ知ることだ。
 「二年続けてこうなるとは、私も思いませんでしたねぇ」
 「そう言っているわりに、セレスティさまは楽しそうですねぇ」
 ちなみに同じくモーリスも楽しそうである。
 「二年続けてってことは、去年もこう言うことがあったとか」
 北斗の質問には、シュラインが答えた。
 「まあね。去年もオカルト事件だったわ……」
 何処か遠い目だ。しかしもっとも遠い目をしているのは、草間である。
 「今年も、オカルトに始まってオカルトに終わるのかよ。うちの事務所は……」
 がっくりと肩を落としている草間の肩を、ぽんぽんと慰める様に叩いているシュラインである。何とも良いパートナーだ。
 「嘆くな」
 それがここの運命だと言わんばかりのクミノ。
 「昨年のこともありましょうし、気を引き締めて参りましょう」
 決意した様に言うのは、やはり去年その場にいた兎月である。
 「取り敢えず、始めましょうか」
 シュラインの一声で、それぞれの調査結果が突き合わされる。
 まずは碇麗香作の資料と、雫からの資料だ。コピーを含め、それぞれが手にしている。
 「基本的には、これを元にして目撃場所や付近にある消防署、そして救急車に乗車しているのを目撃された方についてを調べた訳よね」
 「俺は、蓮ねーちゃんのとこだったけど」
 「俺達三人は、草間の検査に行ったけどな」
 クミノとモーリスを見やると、二人ともが軽く頷いた。
 「武彦さんが健康で良かったわよ、ホント」
 『俺は百まで死なんぞー』と、草間がどうでも良い声を上げていた。
 少しばかり不安要素はあれど、そちらの要素もなくす為、シュラインはまず調査方法の整理を続ける。
 「目撃場所を当たって貰っていたのは、アドニスさんと兎月さん。二人には、武彦さんを目撃したと言う方にも逢って貰ってるのよね」
 二人がそうだとばかりに頷いた。
 「そしてCASLLさんとシオンさんは、消防署の方をあたってもらった」
 「大変だったのですよ。CASLLさんが、強盗に間違われてしまって……」
 その時を思い出し、シオンはウサちゃんをぎゅっと抱きしめ、カウンターキックをお見舞いされている。ちなみにCASLLは何処か哀しげな視線で、シオンをじとっと見ていたりした。
 「セレスティさんと私、そして後で合流したモーリスさんは、救急車の目撃日時、そして死亡原因と時刻の確認」
 こちらもシュラインの視線を受け、二人揃って頷いている。
 「私も見たが、なかなか偏った結果だな。これは」
 クミノがぴんと、指で麗香と雫の報告書を弾く。
 「ホント、オミゴト」
 北斗もまた鼻を鳴らして同意する。
 「救急車に乗るところを目撃された場所、そして死亡した場所は、いずれも同じ。そして目撃から死亡までのスパンは、五日。時間は少しばかりずれてはいる。ただ、救急車の移動経路は決まってはいない」
 それを調べたシュラインに、確認するかの様にアドニスが聞いた。
 「ええ。基本的には、新宿区、渋谷区、千代田区、港区を行ったり来たりと言ったところね。目撃順序に、法則性がある訳じゃない。後、雫ちゃんも言っていたのだけれど、目撃された場所は、オカルトスポットらしいの」
 言われてみれば、そこそこ名の上がる場所が多い。
 東京タワー然り、靖国神社然り、青山霊園然り。
 そして、草間の目撃されたと言われるところも、地名としてはぴんと来ないかも知れないが、霊道が通っていると噂のある場所だし、それ以外にある地名だって同じだ。
 「更に、それぞれの死亡原因ですが、全て事故死か変死です」
 モーリスが言う様に、病死だの老衰だのと言った、所謂自然死に当たるものは、一つとしてない。
 「予期せぬ死……と言う訳ですね」
 「そう言えば、これを見ると一番最初に目撃された日に、大きな事故があった様です」
 言いながら、CASLLはその話を聞いた時のことを思い出してしまった。
 「その事故は、何処であった?」
 資料にないかと確認しつつクミノが問うと、消防署員に戦かれているシーンを回想しているCASLLではなく、シオンが代わって答える。
 「戸山公園の方と言ってましたよ」
 「戸山公園でございますか?」
 「はい」
 共にそちらの方へと聞き込みに行ったアドニスへと目配せをしつつ、兎月はシオンに確認する。
 「近いですねぇ……」
 「え?」
 顎に手を当てそう呟くセレスティの言葉に、CASLLとシオン、互いが資料を再度見た。
 「……本当ですね。最初の被害者が目撃された場所とは、一応徒歩圏内と言えるでしょうか。でも、時間は事故が起こった方が早いのですね」
 事故は夜中、目撃されたのは夜明け。共に十二月二日。
 「あ、そうそう。蓮のねーちゃんが言ってたんだけど、十二月二日って、庚申の日って言うんだってな。百鬼夜行が出る日だって言ってたぜ。実は大きな事故って言うのが、それ目撃した所為だったりして。そこ、霊道が走ってるって言ってたし」
 冗談めかして北斗が言うが、半分くらい本気なのかもしれない。
 「事故の起こった場所は、最初にの被害者が目撃された場所や草間さんが目撃された場所と近くはあります。そこは、蓮さん曰く、霊道があると言われていた場所なんですね。百鬼夜行が霊道から現れたと言うのは、ない話ではありませんが」
 「救急車の正体は、百鬼夜行の妖怪の可能性があるのかしら?」
 「死神かと思っていたんだが、違うのか……」
 「いえ、わたくしめが聞き及んだところ、不審な存在は一人……と申し上げて宜しいのかどうかは解りませぬが、百鬼夜行の様な数多くのものではございませぬ」
 ぽつりと言うアドニスの後を受ける様に、兎月がそう続ける。
 「人型の魂の様な暗い光を纏わせた黒い影を、わたくしめがお話をお聞きした方が目撃しておられました。それが救急車の形をしたものに代わったと。そして黒い影は、人型の際、大きな鎌の様なものを持っておられた様にございますれば……」
 「大鎌って言えば、死神よね。やっぱり」
 「妖怪さんが沢山と言うのも、大きな鎌を持っている死神さんと言うのも、どちらも嫌です」
 思わず想像したシオンが、ぶるると身震いする。
 そんなものが大挙して押し寄せでもしたら、それこそ地の果てまで逃げなければいけない。
 「そう言えば、下着泥棒もそこら辺だと言っていたな」
 「下着泥棒?」
 啓斗や北斗、そしてシュラインと零以外には、一体何のことやらさっぱりだろう。
 「これ以外にも依頼が入っていたんですよ。落合の方にある女子大の寮に、下着泥棒が出たそうなので、捕まえて欲しいと言うものなんです」
 「そう言えば、依頼があるとか言っていたが……。本当だったのか」
 その話は、病院へ行きたくない為に出た嘘だと、クミノは全く信じていなかった。
 ちなみにシオンは、そのことをすっかり忘れていたが。
 「では草間さんが、目撃された付近へと行く理由は、一応存在していたのですね」
 柔らかな銀の髪を梳きつつ、彼は成程とばかりにそう言った。
 「そして救急車の正体ね。次は」
 「死神説が有力だけどさ、兎月さんの聞いて来たことから考えても、何か変化したみたいだな」
 北斗が夕食前のオヤツ肉まんを頬張りつつ、そう考えている。
 「百鬼夜行……が原因か?」
 「え?」
 クミノの呟きは、皆の視線を集めた。
 「言っていただろう? 大規模な事故の原因が、百鬼夜行かも知れないと」
 「まあ、そうだけど」
 「それは強ち外れではないのかもしれない。草間を医学検査にかけ、現在出ている結果は身体的には問題なし。だが、能力者関係へ見せた結果は、死の影有り、だ。そして現状を考えるに、草間を死へと誘っているのは、変質してしまった死神である可能性が高い。では、その変質してしまった切欠は?」
 「百鬼夜行……でございましょうか?」
 兎月が言うと、クミノは『かもな』と言う風に頷いた。
 「死神は何らかのアクシデントで、正気をなくしてしまった。その理由が百鬼夜行と言う訳か」
 「取り敢えず仮定だ。百鬼夜行を見た者が、それに驚いて事故を起こす。事故によって死んだ者達の魂を連れて行こうとした死神がそこへとやって来ようとし、同じく百鬼夜行にぶち当たって変質した。こんな感じか?」
 クミノとアドニスの言を聞きつつ、啓斗が話をつなげてみる。
 可成り強引だろうが、集めた情報と現時点での結果を合わせ見るに、そう言った考え方もありだろう。他に何か考えつくかと言う風に、啓斗が周囲を見回すが、皆は考えている様だ。
 「目撃された……、所謂亡くなった方達ですが、どうやら個人個人に接点はなかった模様です。すると、彼らが今回救急車に乗っていたのは、どう言う理由からでしょう」
 目撃された者の背景を洗っていたモーリスが、そう疑問を呈する。
 「ただ単に、あの世へと魂を持ち去るだけなら、死亡原因の偏った者達ばかり集めて来たのは少し疑問だな。死神が持っているリストにも、何か理由があるのだろうかね」
 「何か、訳解らなくなって来ちまった……」
 「そうね。ちょっと整理しましょう」



 シュラインがそう言った後、草間興信所にある所長席の前のテーブルには、大きな紙が乗せられた。更に赤と黒のマジックと都内の地図。
 皆に良く解る様にと、シュラインが用意したものだ。
 シュラインがそれを用意している間、零が兎月と連れだって、皆の飲み物を代え、更にお茶請けを数種用意していた。
 「時系列順に並べてみるわね」
 ■十二月二日
 ・事故  時間:午前二時を回ったあたり  場所:戸山公園付近
 ・最初の目撃者  時間:夜明け(恐らく午前四時あたり)  場所:落合
 ■十二月六日
 ・二番目の目撃者  時間:夜中(恐らく午前二時あたり)  場所:靖国神社
 □十二月六日
 ・最初の目撃者死亡  死因:撲殺(時間は午後十時前後)  場所:落合
 ■十二月九日
 ・三番目の目撃者  時間:夜中(恐らく午後二時過ぎ)  場所:東京タワー
 □十二月十一日
 ・二番目の目撃者死亡  死因:交通事故(時間は午後八時過ぎ)  場所:靖国神社付近交差点
 更に複数名の被害者の目撃時間と場所、死亡時間と場所、死因が記入されて行き、草間の番になった。
 「で、十二月二十六日の明け方」
 「確か、顔面が血みどろとか言っていたな」
 「げげっ、勘弁してくれよ……」
 「俺に言われても、な」
 夜闇がやって来た所為か、アドニスは昼間よりも涼やかな視線で草間に向けて苦笑した。
 「場所は高田馬場にある、女子大」
 シュラインが、ちろと草間を見てやると、別に悪いことをした訳でもないのに、彼は首を竦めた。
 「女子大の寮の間違いじゃないか?」
 「もしかすると、そちらから犯人を追い掛けて来たのかも知れませんよ」
 依頼が女子寮であった為、啓斗はそう思ったのだろう。だが、確かにモーリスの言うことにも一理ある。
 「どうしたの? CASLLさん」
 そんな中、CASLLがしきりに首を傾げているのを見たシュラインが、気がかりでもあるのかと聞いた。
 「気の所為かもしれませんが……。救急病院が多くありませんか? 半径一キロ以内に、全部ありますよ」
 救急車を調べる為、消防署を回っていた彼は、近くにある救急指定の病院も同じくチェックしていたのだ。夜中に搬送されるなら、やはり遠くの病院より、近くの救急病院だろうと。
 「本当ですねぇ……」
 今初めて気が付いたシオンは、CASLLさんて凄いとばかりに感心している。そんな彼の腕の中、ウサちゃんが溜息を吐いた様に見えたのは、きっとメルヘンの世界へと足を踏み入れそうになっていたからだろう。──多分。
 「失礼……」
 そう断り携帯電話を取り出したセレスティは、少しそこから離れ、何処かへと電話した後、再度戻って来た。
 「事故に遭われた方は、その救急病院へと搬送されているようですよ。それ以外の理由の方は、息がある内に見つかった場合、やはりそちらへ」
 どうやら秘書か何かに電話して、確認を取っていたらしい。
 「じゃあここに、病院を入れて……と」
 近場にあると言う、救急病院をシュラインは書き入れた。
 更に救急車の正体の項目のところには、『死神?』と書き入れ、理由として十二月二日が庚申の日で、百鬼夜行があったことと、それに遭遇して変質したかもしれないことも加えて入れる。
 そこから矢印を入れて、『死神の持つリストについて』と書き入れたところで、セレスティが口を開いた。
 「あくまで仮定の話であると、そう聞いて下さい。……もしかすると、このリストと言うのは、本来死亡確定者のリストではなかったのかもしれません」
 「主様、それは一体……?」
 意外な内容に、誰もが次の言葉を待っていた。
 「もしもあの時、その場所にいなければ……、と言うケースもあります。ただ単に死亡予定の方々のリストなら、死因に偏りがあると言うのも可笑しな話です。ですが、可成り低い確率で、避けうる運命を持つ方達であったなら……? 運命は悪戯です。もしかするとその方達は、IFの可能性として死を避けられる運命である方達でもあったのではないでしょうか? ただ、方向として本来強い道へと惹かれること、そして死神の変質と言うことで、死亡してしまったと」
 セレスティの推測が当たっているなら、少し苦いかもしれない。
 何故なら、この依頼が、もう少し早く来ていたならば、死亡者を減らせたかも知れないのだ。
 「……霊視の結果が、全て一致しなかった理由も当て嵌まる……か」
 それなりに粒ぞろいな者達の結果が分かれたのは、それが不確定要素を含むから。
 そして今解っている段階で、目撃された者が全て死亡しているのは、それを避ける術を知らなかったから。
 「イレギュラー事態がない限り、死は訪れると言う訳か」
 「では草間さんが死を回避するには、法則を変えてしまえば良い訳ですね。目撃場所が死亡場所であるならば、つまりは大晦日に依頼場所へは向かわないと言う風に」
 モーリスの言う通りだ。アドニスの言う、草間に取ってのイレギュラー事態は、その日そこへ仕事をしに行かなければ良い。
 しかしながら、それでは草間のみ助かるだけだ。それを代表する様に、啓斗が言う。
 「だが草間が助かったからって、放っておく訳にはいかないだろうな」
 「でもさ、今までのことから考えて、目撃場所=死亡場所だろ? もしもそこに予定者が現れなかった場合って、救急車……もとい、死神(仮)は現れる訳?」
 北斗の疑問ももっともだろう。そう言った例外がないからこそ、今回の事件が口に上ることになったのだから。
 「……俺に死ねと?」
 憮然としている草間だが、本当に必要であれば仕方ないとも、実のところ思っている。勿論死ぬことが仕方ないのではない。囮になることが仕方ないのだ。
 「まあ、しょうがない、か」
 覚悟を決めた様に、溜息混じりに言う草間へ、皆がクスリと笑った。
 「大丈夫だって。いざとなりゃ、俺たちがいるんだからさ」
 「そうよ。武彦さん一人だけじゃないもの」
 「元々俺は、護衛するつもりだったからな」
 それぞれ、北斗、シュライン、アドニスだ。
 「幸い、草間の後に目撃された者はいない」
 クミノがリストを見て、そう言った。
 「決戦は大晦日ってところだな」
 草間が目撃されたのは十二月二十六日。つまり、死亡予定日は十二月三十一日。
 啓斗の言う通りだった。



 大晦日の夜。
 当たり前だが、大層寒い。
 「早いことちゃっちゃと終わらせて、こたつに入ってみかんと年越しそば喰いてぇ……。んで、正月来たら、お節と雑煮」
 北斗の言葉に、シオンは熱々のそばを想像して涎が出そうになってくる。
 興信所に預けてあるウサちゃんと一緒に、年越しそばを頂けるなんて、何て素敵なんだろう。
 「良いですねぇ。私も食べたいですっ。草間さん、宜しくお願いします!」
 思わずそう言ってみるが、草間は大晦日の風よりも冷たかった。
 「持ち込みなら可」
 食い気満々の北斗とシオンは、互いに外に出ている。
 ちなみにここには、草間とCASLLもいた。
 CASLLはシオンを後ろに乗せたバイクで街を走って、救急車を捕まえる作戦で、北斗はバイクに草間を乗せて、最初は逃げ切り作戦であったが、急遽変更して草間を乗せて囮作戦と言う訳だった。
 「北斗、頼むから事故だけは勘弁だぞ。俺はお前と違って、一般人なんだからな」
 「俺だって一般人だってばよ。ほら、裏も表もない、平均的真面目な高校生……忍者?」
 「忍者は平均的とか一般的には入らない」
 「酷ぇ」
 「巡回経路は、大丈夫ですかー」
 CASLLが真面目にお仕事をしようと、じゃれていた三人へと声をかけた。
 「ばっちし!」
 ぐっ、と親指を立てて答える北斗。
 「では、そろそろ行きましょうか。こちらは準備OKです」
 CASLLは、フルフェイスのヘルメットに付いている無線へと話しかける。
 『了解。こっちもOKよ』
 耳の当たりから、シュラインの声が聞こえる。別に特注メットではない。ただ単に、インカムを付けているからだ。
 『カメラは大丈夫だな』
 次ぎに聞こえて来たのは、クミノの声だ。
 「んー、そ? なら良かった」
 バイクへと急遽設置されているカメラの動作確認は、既に昼の内に終わっているものの、やはり本番にもなると神経を使う。
 救急車補足の為、立てた作戦はこうだ。
 まず都内……と言っても、本日の出現予測場所は草間が目撃された場所であるので、そこを中心に固定カメラを設置。更にアトラス編集部員の応援を借り、彼らに付近を巡回してもらう。
 更に移動カメラとして、小型携帯VSATを使用して中継を行う。VSATはクミノが興信所に来る前に用意していたもので、それの基地局となる車は、セレスティが調達した。その端末状態であるカメラは、CASLLと北斗のバイクへと設置されている。
 囮になっている北斗と草間が周囲を流し、前後してCASLLとシオンが走ることになっていた。救急車を見つけたら、北斗は大急ぎでその場を離脱し、草間を置いた後にリターン。その間CASLLとシオンが、救急車を足止めするのだ。
 そして基地局であるワゴンは、某女子大と交渉し、中にある遊歩道の方へと紛れさせてもらっていた。勿論、名目は『下着泥棒を捕まえる為』だ。
 これってちょっとサギかも知れないと思っていた北斗だが、口には出さない。
 要は結果が上がれば文句ないだろう。
 ともかく、ワゴンは『救急車発見』を聞き次第、その場所へと急行する。
 『じゃあ、気を付けてね』
 その声が合図となり、二台のバイクは咆哮を挙げる。
 一番早くその報が上がるのは何処か、それは未だ解らなかった。



 『来たっ!』
 北斗のその声により、バイク組ワゴン組共に緊張が走った。
 「何だかとっても黒いですよ、あの救急車……」
 寒気のしているらしいシオンは、目の前に忽然と現れたそれを見て震える声で呟いた。
 先程までは、確かに何も見えなかったのに。
 「白いんですけど、黒いですよ」
 CASLLが真逆のことを言うが、これも本当だ。
 車体は普通の救急車のカラーリングなのだが、何故か仄暗くぞっとする感がある。そして確かに、サイレン灯は動いていない。
 北斗&草間組からつかず離れずと言った状態で、ほぼ併走しているCASLLとシオンにも、その救急車が見えている。
 『北斗、下がってっ』
 『了解』
 返事と共に、北斗が見事なまでのターンを見せる。
 『CASLLさん、救急車の方、お願いね』
 「承知しました」
 北斗と草間の乗るバイクが後方へと流れ去るのをまたず、CASLLは救急車と対峙した。
 「行きますよ、シオンさん」
 「はい!」
 緊張気味のCASLLの声に、シオンの声にも力が入る。
 もしも止められなかったら、シオンは救急車の前へと飛び出そうと思っていた。
 二人の顔は、この上もなく真剣だ。
 下手をすれば、バイク組が全滅になりかねない。
 スロットルは全開のまま、CASLLが救急車の前にて走行を妨害する。
 蛇行や急ブレーキなどを変則的に使っているも、その動きは止まらなかった。
 更にあろう事か、通常あり得ない動きで、CASLLのバイクを抜こうとするのだ。
 きっと救急車は、草間が健康であることを知らないのかもしれない。なら教えてあげなくては、そう思う。
 「間違いですよーーーっ! 草間さんは元気ですからぁぁーーー!」
 シオンがそう叫ぶも、当たり前ながら聞く耳など持ち合わせがない様だ。
 「仕方ありません……。CASLLさん、もっと救急車に近寄れますか?」
 「……何をするつもりです?」
 それには答えず、シオンはおっかなびっくり、リアシートから立ち上がった。
 『シオンさんっ!』
 シュラインの声が響く。
 「私が、飛び移ってみますっ」
 「ええっ!?」
 きっとフルフェイスの下は、誰もが恐れおののくご面相になっているだろう。
 『ダメ! 待ってっ』
 「止めて下さいっ」
 悲鳴の様なシュラインの声が聞こえる。続いてCASLLの方からも同じく、悲壮な声が上がっていた。
 『北斗、CASLLさん、そのまま東へ向かって。廃墟に追い込んで。こっちが待ち伏せするから。シオンさん、絶対飛び移っちゃダメよ』
 『了解』
 「承知しました」
 北斗の声が聞こえ、CASLLもまたそう返す。
 しょぼんとしているシオンだが、シュラインが自分のみの安全を考えてくれていることが解っている為、再度シートに座り直した。



 夜闇の中、疾走する二台のバイクに誘われる様に、仄暗い光を纏った救急車が走って行く。なかなかにシュールな眺めだが、前にいる二台のバイクでタンデム中の四人は、それどころではないだろう。
 街灯が不意に途絶えたそこには、恐ろしげな給水塔が聳えていた。
 その給水塔の前、丁度一直線に並んで、一番前に闇色の長い髪を持つ少女が、そして日の元では生えるだろう金髪の青年、そして最後に包み込む大地の髪色を持つ少年が立っている。
 まるで風の様に彼の脇を抜けた二台のバイク。一台は、瞬き以下の逡巡を見せた様だが、それでも止まることは出来ずに走り抜けた。
 まず最初、少女が救急車に接触したと同時、僅かにそれのスピードが落ち、彼女の手には、ランチャーが握られていた。それが擦り抜けていった時、微かな嘔吐感を催すも、迷わず振り返ってそれを撃つ。
 「効くか?」
 救急車が震えるが、やはり止まらず、車体の中に弾は吸い込まれて消えた。
 片方のバイクを追おうとする救急車だが、次ぎに控えた青年の微笑みに依って、完全には果たせない。
 「行かせませんよ」
 彼の手のひらから、夜目にも眩い金の光が迸り、救急車を包み込んだ。
 更にスピードは落ちる。
 最後に控えた少年が、両腕をすっと眼前へと持ち上げた。
 そこには、瑠璃色と透き通る様な石が填った数珠状の腕輪が装着されている。
 「ここで……止めるっ」
 少年の周囲で、何かがざわとさざめいた。
 ゆらと輝く腕輪と共に、まるでゼリーの如く、彼の前が滲んで歪む。
 刹那。
 脳髄に響き渡る甲高い音が聞こえ、そして。
 水泡の様にそれが弾けた──。



 きらきらと、まるでダイアモンドダストの様な白いそれが舞っている。
 「綺麗ね……」
 給水塔の後ろに停車していたワゴンから、調査員が姿を見せた。
 「……彼が、今回の?」
 啓斗の前に倒れている黒い人型は、大鎌を枕代わりに倒れたまま動かない。
 「消えて、ない……? どう言うことだ?」
 何処か呆然とした様に、啓斗が言う。
 「相乗効果ってヤツか?」
 北斗も同じく、小首を傾げているが、実はちょっとばかり怒ってもいる。
 セレスティが倒れている者の側へと行き、そっと覗き込んでみると、微かに身じろぎをした。
 「……目が覚めた様ですね」
 うつぶせになっていた顔が上がると、そこにいたのは、まだ少年の域を出ていない子供だった。
 「あの……。どうしたんでしょう」
 「どうしたって、そりゃこっちの台詞だぜ?」
 ぽかんとしている少年は、確かに黒い衣装で大鎌を持っている。
 「ああっ!! あの、あの怖いお化け達はっ!!」
 徐々に何かを思い出した様な彼は、涙目になってそう叫び、CASLLの心配そうな顔を見て、更に大きく悲鳴を上げた。
 「宜しければ、ご事情をお話頂けますでしょうか?」
 兎月が優しく問いかけると、最初は怯えていた彼は、こくこくと頷いてくれる。
 曰く。
 自分は見習いの死神である。不確定要素のある死亡者リストを持ち、そのリストの者がもしも本当に亡くなってしまったなら、魂を迎えに行くことになっていた。
 リストにあるのは、万に一つで助かるかもしれない者達ばかりで、迷ってしまう可能性があった為に、彼が道案内を努めることになっていたのだ。
 それが、同日に起こった大事故の為、自分もそちらに借り出されてしまい、そこで何やら恐ろしい行列を見て、以降記憶が飛んでいるらしい。
 「魂を連れて行ってしまう。行き交う救急車を見て、そんな風に思いました。魂を案内するのは、自分の仕事なのに……って。そこまでは覚えています」
 もしかすると、混同してしまったのかも知れない。
 『やはり、あわてんぼさんだったのですね』と、シオンは声に出さずそう思った。
 「当たらずとも遠からずと言うことですね」
 「まさか、見習いとはな」
 セレスティとアドニスの二人が、少しばかり苦笑した。
 「解ってみれば、あっけない」
 そう言って、クミノは嘆息する。
 「もう少し早く動けていたならねぇ……」
 助けることが出来る人がいたかも知れない。唇を噛みしめ言うシュラインに、草間がぽんぽんと肩を叩く。
 時間は過去へと走らない。
 亡くなってしまった者は、この世に戻すことは出来ないのだ。
 「それでも、草間さんは無事でしたし、死神さんが元に戻ったから、これ以上はないですよ」
 これ以上、死者が出ないのなら、少なくとも救われる。そうシオンは思うのだ。
 「シオンさんの言う通りですよ。これ以上望むのも、ね」
 もしも未だ不安定な様子があれば、モーリスは自分が調和してやれば良いと思っていたが、その心配もない様だ。
 死神見習いが正気に返り、草間も無事である。ちなみに下着泥棒は、救急車が現れる前にひっつかまえてあり、後は学校側に突き出すのみとなっていた。
 「ご迷惑をおかけしました」
 ぺこりと頭を下げた彼を見送り、調査員達は肩の荷を降ろした。
 現在は午後十一時三十五分。
 急げば除夜の鐘には間に合う時刻だ。



 「お帰りなさーい」
 草間興信所の扉を開けると、零の明るい声がする。
 「お、良い匂い」
 北斗が鼻をくんくんさせる。
 草間興信所ご一行さまは、ワゴンとバイクへ乗り込み、そのまま零に『一件落着』の一方を入れた。
 それを受けた零は、彼らの帰りを、年越しそばを作って待っていたのだ。
 「皆さんの分、ありますよ……あれ? クミノさんは?」
 「クミノちゃん、帰っちゃったの」
 残念そうにシュラインが言う。
 ここにいる調査員は、シュライン、セレスティ、モーリス、兎月、啓斗、北斗、シオン、CASLL、アドニスの九人だ。兎月やシオン、CASLLなどは引き留めたのだが、クミノは首を振って帰ってしまった。
 「そうなんですか……」
 「あ、大丈夫だから、あいつの分、俺が喰うっ……ってっ! 何すんだよ」
 啓斗とシュラインの両方から鉄拳を喰らい、北斗が頭を抑えていた。
 「お前は……」
 拳を握りしめ、啓斗がうわずった声を上げる。
 北斗に先を越されてしまい、少し悔しいシオンであった。
 シュラインの方は、零と兎月に声をかけていた。
 「ねえ、ちょっと手伝って欲しいの。良いかしら?」
 すこしばかり悪戯っぽい微笑みを浮かべたシュラインに、二人は何だろうとクェッションマークを乗せていた。



 張り出しているグリーンのテントには、『クルプ・ガンス』と書かれていた。木製のドアの上には、可愛らしいカウベル。
 昨夜……と言うか、本日夜中に草間興信所へと戻って来た面々は、麗香からの連絡で、新年会をするからとここに呼ばれていたのだ。
 それぞれが『明けましておめでとう御座います』と挨拶し、店の中へ入る。
 「おめでとう。そしてご苦労様。取材は後で、よろしくね」
 そう言ってにやりと笑っているのは、アトラス編集部編集長である碇麗香。
 その横には、当然の様に三下がパシリとして付き従っている。
 「草間さん、おっそーーーい!」
 頬をふくらせつつも、何処か笑みを浮かべているのは、ゴーストネットオフの瀬名雫だ。
 ちなみにアトラス編集部の部員も、店内に入っている為、可成り人が多い。それでもせせこましく感じないのは、元が広いからなのかも知れなかった。店の中央には、グランドピアノなんぞも置いてある。
 「ごめんなさいね」
 代表して言うのは、当然の様にシュライン・エマ。
 彼女の横には、草間興信所所長、草間武彦の姿がある。ちなみに可成りへべれけであることは、付け加えておこう。
 「わっ、草間さん、酔っぱらってるの?」
 「まだ大丈夫だ」
 臭いっとばかりに、雫が鼻を押さえる。
 「昨日から飲みっぱなしなんだぜ、草間のおっさんは」
 呆れてそう言う北斗に、啓斗が涼しい顔で突っ込んだ。
 「お前もな」
 「……」
 「それにしても、ここはもしかして、あの時ケータリングして頂いたお店なのですか?」
 セレスティの言葉を聞き、シオンの瞳がぴかーーんと光る。
 「良く解ったわね」
 口角に笑みを乗せた麗香が、勘の良いセレスティへと正解だと言う。
 「ケータリング?」
 怪訝な顔で聞くアドニスに、モーリスがそっと答えた。
 「以前の依頼で、お夜食としてアトラスから取ってもらったんですよ。なかなかにイケます」
 「こちらなら、ワインの方も、期待出来そうですねぇ」
 嬉しげに言うセレスティに、モーリスも同じく頷いた。
 「もう一度、あのお料理が食べれるなんて、嬉しいですっ!! ……あ、こちらはウサちゃんはダメですか?」
 飲食店で、毛のある動物は敬遠される。シオンが上目遣いで麗香に聞くと、彼女は奥へと声をかけた。
 「クラウス! ウサギはダメ?」
 厨房の奥から現れたのは、金髪緑の瞳の偉丈夫だ。
 「あー? ウサギぃーー?」
 どっしりとした印象を受ける彼に、シオンは思わずCASLLの影に隠れてしまった。その影から、こっそり顔を出し、上目遣いでクラウスと呼ばれた男を見る。
 「どーすっかなぁ。まあ、今日はアトラスの貸し切りだし。……ちゃんと掃除してくれんなら、ま、いっか」
 「大丈夫よ。三下くんは、お掃除大好きだから」
 『ねえ、三下くん』とばかり、迫力の笑みを浮かべる。
 「ひひひひ酷いですぅぅっーーー!」
 「ほら、良いお返事でしょ?」
 「三下さん、ありがとう御座いますっ!!」
 瞳を輝かせているシオンに、三下は負けてしまった。勿論その前に、麗香に負けているのだが。
 ウサちゃん、良かったですねぇと、しみじみ感激しているシオンを余所に、ウサちゃんは限りなくクールであった。
 「あの……、失礼かとは存じまするが、持ち込みなどは、いけませんでしょうか?」
 包みを持ちつつ、控え目にクラウスへと問いかける兎月に、クラウスはへ? と言う視線を返す。
 「もしかして、あんた俺とおんなじ料理人?」
 「はい、セレスティさまの元で、料理人を努めさせて頂いておりますれば……」
 少し恥ずかしげに言う彼のフォローをする様に、セレスティが続けた。
 「兎月くんの料理は、本当に美味しいですよ。食の細い私が、それを忘れて頂いてしまう程に」
 「特に和食が得意ですよね」
 にっこりと笑うモーリスに、アドニスとクラウスの二人が興味を示す。
 「和食か。あまり縁がないな」
 「俺も。和食って、作ったことねぇわ」
 「こいつのは、マジ美味いぞー」
 草間も背後からそう加える。
 「あ、私も、持ち込みしたいんだけど」
 シュラインも同じくそう言った。
 既にお正月準備として、興信所で仕込みをしていたそれを、昨日帰ってから仕上げたのだ。ちなみに兎月と零にも手伝って貰い作り上げたそれらは、クミノの元へも配達している。一人帰ってしまった彼女にも、ホンのお裾分けをと思ったのだ。
 「ま、別に構わねぇよ」
 あっさりとそう承諾したクラウスに、兎月とシュラインはほっと安堵していた。
 テーブルへとそれを置き、風呂敷を解くと、そこからは五段重ねのお重が入っていた。同じく、シュラインの抱えていた風呂敷包みからも、お重が出てくる。
 雫が待ちきれないと言った風に、その蓋を開け……。
 「うっわーー、凄い」
 「ああ、何て素敵なお正月なんでしょうっ! ねえ、ウサちゃん」
 涎を垂らしているシオンは、既に紳士に見えないかもしれない。溜息混じりのウサちゃんだが、もう何時ものことだと諦めている節がある。
 「俺、生きてて良かったぜ……」
 北斗の顔も、既にだだ崩れである。
 それを見た啓斗は、目頭を押さえていた。
 「こんなにきちんとしたお節を頂けるのは、一体何年ぶりでしょう」
 CASLLもシオンと同じく感激しているが、いかんせん顔が怖かった。
 ちょっと顔を背けつつ、クラウスが二人に向かって提案した。
 「なあ、良かったら厨房入ってみないか?」
 「珍しいわね。あなた、ちょっとでも入ろうとしたら、凄い形相で怒るのに」
 「そりゃあんた、厨房破壊されたら堪んねーだろ」
 「失礼ね」
 どうやら麗香は、ここの厨房へと入ろうとしたことがあるらしい。彼女の料理の腕前は謎だが、それでも入って欲しいとは思わないそれであったのだろう。
 「でもそれは悪いわよ」
 「厨房は、料理人に取って神聖なものでございますれば……」
 そう言って、二人は互いに遠慮をする。
 「折角骨休めで来てくれたところ悪いんだけど、あのさ、俺が手伝って欲しいのよ。和食とかも教えて欲しいなと。……ま、こっちは嫌じゃなかったらだけど。てかさ、こいつら」
 ぼそぼそと三人が話し合っているが、どうやら決着が付いた様だ。
 「本当に宜しいので?」
 「ああ、頼む」
 そうまで言われて、断る謂われもない。
 シュラインと兎月の二人は、こっくりと頷いた。



 「ウサちゃん、美味しいですか?」
 自分が食べるより、ウサちゃんに食べさせている方が多いのでは? と思ってしまうシオンだが、それでもしっかり食べてはいる。
 ちなみに彼の皿は、北斗と同じ、特別サイズだ。
 鮪の手巻き寿司を積み上げ、車海老と田作りを泳がせ、紅白かまぼこを飾っている。
 数の子とイクラをマスタードソースで和えたものを口にして、じーんとばかり、感激に浸っていると、隣でCASLLも別事に感激していた。
 「私を怖がらないなんて、なんて素敵なウサギさんなんでしょう」
 ちなみに彼の皿は普通サイズだ。
 そこには蓮根と高野豆腐のお煮しめ、ふんわりとした伊達巻きが載せられている。
 シオンとCASLL、二人から見つめられているウサちゃんは『もう、ゆっくりご飯を食べさせてよっ』と言う風に、ヴヴと鳴いた。
 「そうですかそうですか。この顔を見ても、全く怖くないのですね」
 ……もしかして、CASLLは屠蘇とワインの飲み過ぎで、酔っぱらっているのかもしれない。
 「え? ウサちゃん、やっぱりタッパをお借りすべきですか?」
 こちらのシオンは、酔っぱらっていると言うより、マイペースなのだろう。
 「済みませーーん。タッパに詰めて貰っても良いですか?」
 シオンは早速、クラウスにそう問いかけている。
 「シオンさん、ちゃんと後で、お節詰め合わせるから、ね?」
 それが聞こえたらしいシュラインが、厨房の中でおいおいと言う顔を見せているクラウスに苦笑して見せてそう言った。
 「ありがとうございます。これで暫く飢え死にしなくて済みます!」
 ウキウキのシオンは、どれを詰めてもらおうかと、必死になって考えた。
 「うーーん、迷っちゃいます。ウサちゃん、どれが良いでしょうねぇ……。あれ? ウサちゃん?」
 先程まで一緒になって食べていたウサちゃんが、何時の間にやら姿を消している。
 青くなった彼が店内を見回すと、端の方で、大きな音が聞こえて来たのであった。



 「ホント、毎年のことだけど、飽きないわよねぇ」
 ワインを片手にそう言う麗香に、零がはいと言って頷いた。
 「まあでも、草間さんて、悪運強いから」
 こちらの雫は、食べ盛りの様で、取り皿に豚の角煮やら鰤の照り焼きやらを乗せて食べている。
 「お義兄さんは、確かに悪運が強いと思いますけど、やっぱりこうして皆さんがいらっしゃるから、今までやってこられたんだと思います」
 「あら、優等生ね。零ちゃんは」
 くすりと笑ってそう言うが、別段皮肉ではないことくらい、彼女のイントネーションから解る。
 「へへへへへんしゅーちょーーっ! 助けて下さいぃぃぃーーーー」
 ばたばたと逃げてくる三下の後ろから、シオンのウサちゃんが可成り凶悪な顔で、ヴヴヴヴ唸りながら突撃している。
 「うるさい子ね、何悪さしたの」
 「何もしてませんーーーっ」
 「でも、ウサギさんは何もしなければ、追い掛けて来ないと思いますけど……?」
 「三下くん、きっとウサちゃんに好かれてるんだよ」
 雫が好意的に解釈するが、ウサちゃんを見るに、好かれている以前の問題の様だ。歯を剥き出しにして怒っているのだから。
 実は三下、機嫌良く食べているウサちゃんの丸い尻尾を、つま先で掠めてしまっていたのだ。
 ウサちゃんが下半身(?)に力をため込み、そしてジャンプ。
 「ひぃっ!」
 必殺ウサちゃんキックを顔面に食らった三下は、そのままテーブルへと倒れ込み、大惨事を引き起こす。
 ガシャン、バリン、ゴゴンッと言う音が、店内へと響き渡ると、皆の視線が集まった。
 「またお前かよ」
 餅を食いかけていた草間が、呆れた様にそう言った。
 頭に料理の残骸を被った三下は、べそべそと泣いている。その上でウサちゃんが、フンとばかりに仁王立ちしていた。
 「おいこらっ!」
 店主であるクラウスが、三下の襟首を摘んで引っ張り上げる。勿論ウサちゃんは、ジャンプでその場を逃げていた。
 「お前は料理を何と心得るっ。精魂込めて作った人間に、申し訳ないとは思わないのかっ!」
 日本人でもないのに、やたらと時代劇臭い台詞である。
 「え? え? でもぉぉっ」
 「言い訳無用! ちょっと来いっ!!」
 引きずられていく三下に、追い打ちをかけるかの如く麗香がにっこり笑って言った。
 「サンシタくん、これは迷惑料として、貴方の給料からさっぴいとくわね」
 「えええええっーーーー!! そんなぁぁぁぁぁーーー」
 酷ーーーいと泣き喚く三下だが、誰も同情しなかった。
 惨事の後を、ささっとアトラス編集部員が片付け終わると、新年会は何事もなかった様に続けられる。
 三下が、新年会がお開きになった後も、暫く姿を見せなかったと言う話は、ほんの余談なことであった。


Ende

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086 シュライン・エマ(しゅらいん・えま) 女性 26歳 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

1883 セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ) 男性 725歳 財閥総帥・占い師・水霊使い

0554 守崎・啓斗(もりさき・けいと) 男性 17歳 高校生(忍)

0568 守崎・北斗(もりさき・ほくと) 男性 17歳 高校生(忍)

1166 ササキビ・クミノ(ささきび・くみの) 女性 13歳 殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。

2318 モーリス・ラジアル(もーりす・らじある) 男性 527歳 ガードナー・医師・調和者

3453 CASLL・TO(キャスル・テイオウ) 男性 36歳 悪役俳優

3356 シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい) 男性 42歳 びんぼーにん(食住)+α

3334 池田屋・兎月(いけだや・うづき) 男性 155歳 料理人・九十九神

4480 アドニス・キャロル(あどにす・きゃろる) 男性 719歳 元吸血鬼狩人


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          ライター通信
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 新年あけましておめでとうございます(^-^)。斎木涼でございます。
 明け切ってしまった感もなきにしもあらず……(汗)。
 先年中は、大変お世話になりました。今年もまた、宜しくしてやって下さると嬉しいです。
 そしてまたもや遅くて申し訳ありません…。

 ややシリアス調と書いておきながら、何故かやはりコミカルタッチになっています。
 これはもう、お笑いの星になれと、お笑い方向で精進しろと言う、天の啓示でございましょうか……(そんな啓示はいやん)。
 とまれ、今回は昨年年末と同じく、十名様と言う大人数をお預かりさせて頂いております。人数が多い分、プレイングが完全に反映出来なかった面もありましょうが、私自身は楽しく書かせて頂きました。本当にありがとうございます。
 また、これはちょっと……とお思いになることがあれば、遠慮なくご一報下さいます様、お願い致します。

 >シオン・レ・ハイさま

 何時もお世話になっております(^-^)。
 今回は相方さまと、ご一緒の行動と言うことで、心内の描写で少しばかりの差異を出させて頂いておりますが、宜しかったでしょうか?
 バイクからダイブと言うことでしたが、出来なくて申し訳ありません(汗)。
 保険会社のセールスマンをなさっているシオンさま、あれからどれ程続けられていたのでしょうか。少し気になります。


 シオンさまに、このお話をお気に召して頂ければ幸いです。
 ではでは、またご縁が御座いましたら、宜しくお願い致します(^-^)。