コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


いま、この『とき』に、感謝



 都築亮一はうきうきしながら待ち合わせ場所に向かっていた。
(ふふ……クリスマスはどうなったでしょうかね)
 なにせ気を利かせて遊びに行くのも、隠し撮りもやめたのだ。
(これで何もなかったら男としてダメダメってことですね)
 うんうんと頷いていた亮一は駅を出て植木屋に急ぐ。
 ……だって。
(気になりますよ!)
 わくわくしすぎかもしれない。



「美桜〜」
 妹の姿を見つけて亮一は声をかけつつ手を振る。
 彼女は声に気づいてこちらを振り向いた。
「あ、兄さん」
 微笑んだ美桜の前で亮一は動きを止め、それからゆっくりと手を降ろす。
 そして唐突に隠し持っていたベルを思い切り鳴らした。まるで福引の当選者のようだ。
「これはおめでたいです! 赤飯! 赤飯を買いに行かなければあーっ!」
 ベルを振り回して駆け出そうとする兄の奇行に妹は青ざめて衣服を引っ張る。
「お、落ち着いて兄さん! だ、大丈夫!? 頭打ったの!?」
「落ち着いてられますかっ! そうですか……彼も『男』だったんですねぇ……」
 ふふふ……。
 妙な笑みを浮かべる亮一を不安そうに見つつ、神崎美桜は店を指差す。
「と、とにかく買い物をしましょう? ね?」
「む。そうですね。ゆっくり話しを聞かせてくださいよ、美桜!」
「…………兄さん、性格変わってない?」

 植物園のように見えなくもないその店は、種類が豊富ということで今回やって来た。いや、亮一の友人が営んでいる、というのも理由の一つだが。
 美桜の温室に新たに植物を増やすのである。
(しかし……恋の力とは本当に偉大ですねぇ)
 店内を楽しそうに見ている美桜を横目で見て、亮一は軽く息を吐く。
 少女の儚さはもうほとんどない。花が開いたかのような瑞々しさがある。
(女の子は大人になっていくと本当に綺麗になっていくんですねぇ…………兄として悲しかったり嬉しかったりします)
 一人で歩かせるのが怖いくらい……綺麗だ。
 美桜は人一倍精神が不安定になりやすい。少しのことで具合が悪くなったりもする。
 けれども。
 とても落ち着いているし、幸せそうだ。
(む。嫁を出す父親の心境とは、こういう感じなんでしょうか……)
 ちゃぶ台を引っ繰り返して「妹はやらない!」と言ってみるのも楽しそうだ。
 想像してふ、と笑うがすぐに落ち込む。
 美桜の彼氏にそんなことを言ってみろ。無言でじーっと見てきそうだ。
(し、しかも美桜も向こうに味方しそうですね…………やはりこれは想像だけで楽しむものです)
 というか、亮一としても彼が気に入っているので嫌われたくないのである。
「美桜」
「はい?」
「彼は俺のプレゼントを気に入ってくれました?」
「? 兄さん、なにかあげたの?」
 首を傾げる美桜の言葉に亮一は「うーん」と思う。
(美桜もニブいところがありますからね……。まああの衣装をすんなり受け取る自体、ニブいんですけど)
 恋人だからって、そういうニブさは彼に似なくてもいいのだが……。
 言い方を変えてみよう。
「……美桜、彼はクリスマスに帰ってきたんですよね……?」
「え? あ、はい」
 思い出して頬を染める美桜の様子に心の奥底で悪魔的笑みを浮かべる亮一。
「彼……優しくしてくれましたか……?」
「? いつもと同じでとっても優しかったですけど?」
「…………」
 ここまで妹が鈍いとは思わなかった……。
(むぐぅ……ズバリ言うとまた変態扱いされかねないですし……下手すると口をしばらくきいてくれなくなりますしね……)
 よし、と決意して亮一は笑顔で言う。
「赤ちゃんの名付け親は、ぜひ兄さんに任せてくださいね」
 そのセリフに美桜が硬直した。
 そしてじわじわと頬を染めると恥ずかしくて泣きそうな表情になってしまう。
「な、なん……で、っ」
「美桜は案外鈍いですね……」
「な、なんてこと言うの兄さん! そ、そ、そんなっ、赤ちゃんなんて!」
「いずれ結婚するんでしょうし、兄さん的には『できちゃった結婚』でも全然OKですよ! どんとこーい!」
「…………」
 結婚という言葉にその場面を想像した美桜が呆けてしまう。いや、想像に見惚れていたのだ。
「わ、和服のほうが似合いそう……」
「え? 美桜は白いドレスでしょう?」
「私じゃなくて……」
 ぼんやりと呟く美桜に、亮一は唖然とする。
(こ、ここまでベタ惚れだったんですね……)
 だが、亮一的にはウェディングドレスのほうがいい。
「美桜、どれを買うか決めましたか?」
「えっ、あ、ま、待って」
 ハッと我に返った美桜が慌てて周囲を見回す。
(遅めのクリスマスプレゼントになりますが……)
 美桜をここに連れてきた理由がそれであった。
 亮一は美桜に本当のクリスマスプレゼントを渡していなかったのだ。
(まあ……美桜にとってみれば彼が帰ってきたのが一番嬉しいのかもしれないですけど)
 美桜がどれにしようかと悩んでいるのを眺めて、亮一は微笑む。
(あとでしっかりイブの夜のこと、聞きましょうかね)
 黙秘権でも使われたら大変だが、それはそれで楽しい。

「これにしようっと」
 美桜は選んだ植物を、つん、と人差し指でつついて微笑む。
「兄さん、これ…………に………………あれ?」
 気づけば亮一の姿がない。
 きょろきょろしていると、つんつんと後ろからつつかれて振り向いた。
「いけませんね。そんなに無防備に振り向いては。悪人だったらどうするんですか?」
「兄さん、どこに行ってたの?」
「いえね、ここを経営している友人に挨拶してきただけですよ」
 にこにこと笑顔でいるが……なんだか怖い。
 美桜は不審そうに見つめる。
「なにかあったの?」
「なーんにも、ありませんよお」
 ふふふ。
 怪しい。あやしすぎる。
 美桜はじっと見ているが、亮一の笑みは崩れない。
 亮一としては、別に美桜に教えるほどでもないので言う気がないのだ。
 ここは亮一の学生時代からの友人が経営しているのだが……挨拶に行ったら行ったで、美桜が可愛いので紹介してくれと言ってきたのである。
 勿論、サボテンを投げる、という行為で返答になったと思うが。
 しつこく言ってくるので石灯籠を投げようと手を伸ばした時に、相手が降参して引き下がったのである。
 冗談ではない。
 美桜にはすでに恋人がいるのだ。
(まったく……。不愉快な寝言を聞いてしまいましたよ。なにが『ちょっとだけ』ですか)
 亮一はふところから常備している写真を一枚取り出す。その写真を見つめた。
 映っているのは黒髪に眼鏡の秀麗な少年だ。どこか苦笑していて思わずどきりとしてしまいそうな写真だった。
(せっかく写真を持っていてもいいと許可を貰ったことですし、彼がいない時は俺が細心の注意を払って虫よけをしなくては)
 しょうがないなあ、と苦笑して撮らせてくれた時のことを思い出して亮一は微笑んだ。
(ああいうところがあるから、可愛いですよね)
 お似合いだ、と亮一は思って写真をふところにおさめた。



 美桜に植物を買ってやり、二人はさらに新年を迎えるための買い物をした。
 買い物を一通り終え、二人は食事をしている最中だ。あとは家に帰るだけである。
(しかし……我が妹ながら本当にゴミが寄ってくるというか……)
 うんざりするほど美桜は男に声をかけられるのであった。ナンパ、である。
(まあ美桜が『兄さん』と呼ぶものだから、俺が彼氏に見えないのも当然なんですけど)
 上海にいる本当の彼氏がいれば、ああいう男も声をかけてこないはずなのに……。
(そばに黙って居るだけでとんでもない威圧感がありますしねぇ……)
 元々が無口で無表情なのだから、最高の番人だ。
 そういえば……ナンパの男しか寄ってこなかった。
(おかしいですね。いつもはもっと……こう、悪意を持った人も来るんですけど)
 不思議そうにしている亮一の目の前では、美味しそうにパスタを口に運ぶ美桜がいる。
 その手首には桜色の石が連なったブレスレットがあった。
「兄さん、さっきからうんうん唸ってるけど、食べないの?」
「え? あ、食べます食べます。
 それより美桜、イブはどうだったんですか? 彼はちゃんと……」
 つーんと美桜が顔を逸らした。
 それが答えになっているとは、美桜はわからないだろう。
 笑いを堪える亮一であった。
(ぶくく……っ。本当に素直なんだから)
 笑っては妹の機嫌を損ねてしまう。我慢だ、我慢。
「そうですか。彼はプレゼントを気に入ってくれたんですね」
「?」
「いやー、良かったですよ。堅物なので、大丈夫かなってどきどきしてましたから」
「兄さん、あの人を困らせるのはやめて。大変なんだから」
 強気な発言に亮一は驚く。
 妹はいつからこんな鋭い眼光を?
「忙しいの。だからあんまり変なことを吹き込んだりしないで」
「変なことなんて言ってませんよ」
「…………」
 じと、と美桜が見てくる。
 参った。
(人間、本当に変わるものなんですね……)
 それが恋の力なのか……。それとも、彼の力なのか。
 自分にできなかったことを、できる人間がいる。昔の亮一ならば信じられないことだ。
 もしも。
 もしも、別の場所、別の時に出会っていたら『彼』は敵であったかもしれない。
 そうだとしたら、今の美桜は存在していないことになる。
 いつまでも不安定で、弱くて、自分に自信のない少女のままだったはずだ。
 だからこそ。
(感謝しています)
 この『時』を。
 彼が味方で、美桜の恋人になってくれたこの『経過』を。
「兄さん、聞いてます!?」
「はいはい。聞いてますよ〜。
 ノロケは屋敷に帰ってからでもたっぷり聞いてあげますから」
「ちっ、違います! ノロケじゃないの!」
 真っ赤になってわめく美桜の前で、亮一は楽しそうに微笑んだ。
(そうだ。今度、美桜のために上海行きのチケットでも用意してあげましょうかね)
 ワガママを言わないだろうから、自分がお節介をしなくては。でも、また怒られそうだし、美桜を一人で行かせるのも不安だ。
 春までまだ遠い。
 桜の咲く頃、また三人で会えればいいけれど――――。