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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


今はない場所の六道辻:年越しの儀
●昨年の話
「年越しの儀式に来ない?」
 王禅寺万夜は、そう笑って誘った。
 儀式と言っても、31日の21時くらいから宴会をして今年の歳神様をお送りし、除夜の鐘を打ち、それからある場所まで歩いて行って次の年の歳神様をお迎えするという単純なものだという。
「神社と寺が混ざってる感じだけど……まあ、日本てそういう国だしね」
 どこまで歩くのかと問えば、「六道辻まで」と万夜は答えた。
 そこで少し、声を潜める。
 普段は閉じているのだが、時々、六道辻が開くのだと言う。
「開くと道を間違えてしまうことがあって……歳神様が行き先を間違えないようにお迎えに行くんだよ。それで帰ってきて、初日の出を見て、おしまいなんだ」
 何もなければ、ただ宴会して、少し歩くだけの簡単な儀式だ。
 良かったら付き合って欲しいと、そういう話だった。

●年越しの準備
 年末に万夜と会ったのは偶然だった。お互い用があったので長く話しこむことは出来なかったが。藍原和馬が話を聞いたのはそのときで、良かったらと誘われて。そのときはそれだけだった。
 大晦日の当日になってから、和馬がふとそれを思い出したのは、仕事もプライベートも予定がぽっかり空いたからだろう。朝までは空いているなら年越しの宵に寝るのも無粋に思えて、和馬は夕方を過ぎてから、ふらりと王禅寺に足を向けた。
 ぶらぶらと山門の手前まで来て、和馬は一度足を止めた。
 山門の前に、人影がある。人外のもののようだとは、長い経験ですぐにわかった。別に和馬には珍しくもないものだし、多分この寺でも珍しくはないのだろうが。
 ぶらぶらと再度歩き出して、その影に近づく。
「入らないのか?」
 声をかけると、ちょっとぼんやりした顔で人影が振り返った。
「除夜の鐘つけるって聞いた……ここでいい?」
 まだぎりぎり未成年かという青年が、首を傾げる。
「ああ、二年参りの参拝か? それとも……年越しの儀式に誘われたのか?」
「年越しの儀式……うん、そんなこと言ってた」
 やっぱり儀式の客か、と、和馬は頭を掻いた。それから山門を指し示し。
「鐘突き堂も中だぜ。除夜の鐘にはまだ早いが……中に入ろうぜ」
「うん」
 青年はうなずく。その腕にはおもちゃのようなメカ恐竜を抱いていた。
「俺も年越しに呼ばれたんだ」
 先に山門に入りながら、和馬はそう言って軽く振り返る。
「そなんだ……何かあるかもって聞いたから、おれ、ぎゃおとケツァも連れてきた」
 ぎゃおというのがメカ恐竜で、ケツァというのは腕に巻きついている有翼蛇のようだ。有翼蛇はアクセサリーかと思ったら、なんとなく動いている。
「俺は藍原和馬。おまえは?」
「新座」
 先を行く和馬の後ろについて、新座も歩き出して。
 参道を進んでいく。
 冬の昼は短くて、もう日は沈んでいる。灯篭の明かりの中に、見知った少年の人影が浮かんで見えた。
「よっ、お久しぶりー」
 常緑樹の緑と冬枯れの立ち木の交差する参道を、片手を挙げて歩いてくる和馬の姿を見つけ、万夜は笑顔を見せた。
「和馬さん!」
 駆け寄ってきた万夜に和馬も笑顔を返して、足を止める。
「あ、そっちは新座さんだっけ。来てくれたんだね、ありがとう」
 後ろを歩いていた新座も見つけて、万夜は挨拶して。
「今年も色々あったねぇ……」
 万夜と関わった……深刻ではないけど色々な出来事を思い出しながら、しみじみと和馬はつぶやく。それから万夜の耳元に、ひそっと囁いた。
「あれから、何もないか……?」
 万夜は、あ、という顔を見せて。
「あ、あはは……ええと……」
 と、いかにも笑って誤魔化している。
「……まだ宴会までも時間あるし、宴会に出てくれる檀家さんもまだ来てないから、見に行く?」
 万夜は手にしたざるを小脇に抱え、本堂の裏手を指差す。
「今、餌やりに行くとこだったんだ」
「餌?」
「えさ?」
 灯篭の薄明かりに照らされた本堂を回りこみ、先を歩く万夜についていく。すると封印のお札がベタベタ貼られたお蔵が見えてくる。如何かと問うまでもないので、和馬は苦笑いを浮かべて万夜を見た。
 万夜はざるの中に入っていた乾かしたとうもろこしの粒を投げている。
「にわとり……」
 新座が、足元にうろちょろしていた一羽を抱き上げていた。
 本堂の裏、蔵の周りには、なぜか鶏がたくさんいたのである。
「もう暗いのに、元気だなあ。これ、食うの?」
 蔵のことは聞かない代わりに、和馬は鶏の意味を聞いてみた。
「えー」
 ぱらぱらととうもろこしを撒きながら、万夜は笑った。
「今日は鶏肉は駄目だよ、主役なんだから」
「にわとりだめなのか?」
 新座は抱かれておとなしくしている鶏を覗きこみ、首を傾げる。
「そう、神様だからね。食べちゃ駄目だよ」
「ああ、そうか……酉年だったな」
 歳神を送る儀式で歳神を食ったら、そりゃまずいなと笑って。
「宴会料理、特殊なのか? 簡単なのなら手伝ってやれるんだが」
「今年は鳥肉を使わない以外は、普通の宴会と同じだよ。料理も普通だなあ。別に伝統料理とかじゃないし……鳥ってなんでも食べるしね」
 万夜は少し考え込みながら続ける。
「今、おじいちゃんが料理作ってるけど……数も量も多いから、手伝ってくれるのは嬉しいな。僕もこれから手伝うし」
 盛り付けや運ぶのが万夜の担当らしい。
「じゃ、おれも手伝う」
 新座も鶏を下ろして、そう言った。
 宴会の始まる時間まで、あと2時間ばかり働くと、ちょうど腹もすく頃合だろうと思われた。

●歳送りの儀
「ええと、こいつとこいつを一緒に盛って」
 和馬の揚げた天麩羅を新座が適当に盛り合わせ、万夜が宴会場に運んでいく。
 宴会料理は精進料理ではなかったが、豆類の料理が多かった。酉年だからだろうかと思いつつ、和馬は最後の天麩羅を揚げた。
 9時が近づいてきた頃、外がにわかに騒がしくなった。
「お、お客さんの到着っぽいな。万夜ちゃん、大丈夫かい?」
「うん、宴会場に通してくるね」
 ぱたぱたと万夜が走っていく。
「おー」
 それを見送ったところで、新座がエプロンの紐を引いた。
「……てんぷら」
「おおぅっ」
 揚げすぎの直前で天麩羅を引き上げて、最後の盛り合わせを作っていると万夜が戻ってきて。
「ここはもういいよ、二人も宴会場行って。すぐおじいちゃんの挨拶で、始まるから」
「じゃあ、ここ片付けたら。お酒も出すんだろう?」
「だいじょうぶ、奥さんたちが手伝ってくれるし」
 万夜の後ろから、色白美人のふくよかな奥さんたちが続いて入ってくる。少し気になったのは、数人のその奥さんたちが皆どこか似た雰囲気なことだろうか。
 お酒を出すのは奥さんたちがしてくれると言うので、和馬と新座は借りていたエプロンを畳んで、宴会場へ行った。
 茶や黒や白の羽織袴を着た旦那衆が、もう席についている。
 その末席に二人並んでつくと、ほどなく宴会は始まった。
「これ何?」
 新座が箸で摘まんだ白い四角いものを見て、同じものを口に放り込んでみる。
「豆腐だな。百珍っぽい」
「あんた、くわしいなあ」
 続けて新座もそれを口に放り込んだところで、前に万夜が来る。
「新座さん、ジュースでいいのかな。和馬さんはお酒? それともビール?」
「どっちでもいいぜ」
 持ってきた盆の上からオレンジジュースのペットボトルと徳利を下ろして、それぞれの杯とコップに注ぐ。
「万夜ちゃんは食べないのか?」
「食べるよ。僕らの分だけもらってきたんだ」
 そう言って、和馬の隣に座る。
「じゃあ、返杯。万夜ちゃんはジュースだな」
 和馬はオレンジジュースを万夜のコップに注いで、そして、ところで、と続ける。
「この儀式って毎年やってるのか?」
「やってまふよ」
 舞茸の天麩羅をほおばりながら、万夜はうなずいた。
「毎年、うちの寺でってわけじゃあないですけど――」
「ああ、なるほど。持ち回りなのか」
「吉方に合わせて、辻の周りの三つくらいのお寺で交互になんだ。何年も一つの寺で続くこともあるし、順に回ることもあるんで、来年はどうなのか、僕はわからないんだけど」
「いやな、道を間違ったら大変なことになるんだろう?」
「ええまあ……いるべき神様が、いない年になっちゃうので」
 日本という国の一地方のこととは言え、世界はあるべき姿であるべくしてバランスを保っているのだから、どこかが崩れたら変なところに影響が出ることだってあるだろう。
「マイナーな神様と違って、有名は有名だから実は結構力もあるんだろうし、影響はあるんじゃないかなあ」
 豆腐を口に入れながら、考え込む。
「そういや、干支の歳神が何が出来るって話は聞かないな。獣神か」
「いろいろできるよ」
 そこで突然、横で海老天をくわえていた新座がうなずいてみせる。
 ……一瞬黙ってから、そうか、と、万夜と和馬もうなずいた。
「まあでも、迷子にはなるんだな」
「六道辻ですからね」
「あの世とこの世の境目だからな。迷い込んじまったら、どうやって導いてやればいいんだい」
「普通は呼ぶんだって。だから言霊の強い人に助っ人に来てもらうことが多いんだそうです。前に迷い込んだ年には、むりやり分け入って連れ戻したとかいうこともあるみたい」
 和馬は杯に口をつけ、「ふーん」と応じる。自分たちが呼ばれたことも、ただのにぎやかしではないのだと。
「呼んで戻ってきてくれるなら、それでいいんだがなあ」
「大丈夫じゃないかな、和馬さんだし」
 そう微笑む万夜の顔を見て、和馬はもう一度考え込んだ。

 宴会の時間はつつがなく過ぎて、年越しの30分程も前に宴会場にいた客はそろって外に出た。灯篭の照らす中を鐘突き堂へと歩いて行って、他の客は除夜の鐘を突いたら帰るのだという。
 ――ごぉーん……
 と余韻の残る鐘の音が鳴り始めると、一年の終わりだという気持ちがふと湧いてきた。信心があるわけではないけれど、除夜の鐘の持つ印象というものはたいしたものだと思いながら、万夜と新座と共に和馬は除夜の鐘の列に並んだ。
「除夜の鐘……一回だけ? 何回もたたいちゃダメか」
「えー、一回だけですよ」
 淡白な中にも新座が除夜の鐘を楽しみにしている様子が見えて、子どもが二人いるなあと思いながらその後ろについていった。
 万夜が言っていた通り、除夜の鐘を突いた客はまだ列についている者に挨拶しては帰っていく。
 新座が突き、万夜が突き、和馬が突き終わると、周りに人影は無くなっていた。
「じゃあ、歳神様のお送りはこれで終わりです」
「あっさりだ……これでいいんだ?」
 なんだか物足りなさそうに新座が言うと、万夜は笑った。
「これから、お迎えですよ」
 これから六道辻まで歩くが、ちょっと距離があると……そう言って。

●歳迎えの儀
「おれ、こんなの持って行くんだとは思わなかった」
 夜道を提灯の明かりで照らして歩いていく。提灯が照らす範囲は狭く、周りは闇に溶けている。新座は田舎道をこんな風に歩くようなことはあまりないのか、楽しそうだった。
「この辺は、外灯がなくって。足踏み外すとたんぼや畑だから、気をつけてね」
 東京も外れだと、こんな趣きのようだ。とは言え、暗くて周りはよく見えない。
「なあ、これからなんかあるのか?」
 そわそわと新座が聞く。
 もうそのときには、空気を感じ取っていたのかもしれない。
「何もないと良いんだけど……開くと、やっぱり出てきちゃうんだよね」
「何が?」
 新座が更に首を傾げるので、和馬も答える。
「亡者がさ」
「亡者……どこが開くの?」
「あの世とこの世の境目ってヤツだな。神様も通るんだから、良いとこにも繋がってるんだろうが」
 刺激を受ければ綻んで、良くないところとも繋がってしまう。現世に降りるべき歳神が迷いこむのも困ったものだが、招かれざるものが出てくるのも困る。
「カミサマを迎えに行くんだよなあ」
「うん。もう、昼なら見える距離だよ……もうじき、辻だ」
 新座に答えて、万夜が暗闇に手を伸ばす。
 伸ばした先に、ふと暗闇の中に影が揺らめいて見えた。
「あれがカミサマ?」
「あれは……」
「違う気がするなあ」
 和馬も顔をしかめた。
 距離を置いて感じ取れるものは、神の清浄な気でも、威厳のある存在感でもない。
「こりゃ神様は、迷子かな? 万夜ちゃん」
「そういう感じだね……呼び戻す前に、出てきたものを追い返さないといけないかもしれないけど」
 不浄なる者が道を塞いでいては、戻って来れないかもしれないと。
「追い返せばいいだけ? ならまかせて……ぎゃお! ケツァ!」
 新座の腕に巻きついていた有翼蛇がするっと抜け出して飛んで行き、後ろをおもちゃのようについてきていた機械仕掛けの恐竜が前へと走っていく。
 亡者は見えているのは一人で、手を貸すまでもないかと和馬が立っていると、万夜が和馬を見上げてきた。
「……なに?」
「呼んでもらえますか?」
「俺が?」
「和馬さんが呼ぶのが、今年は良い様な気がするんだ」
「…………」
 更にどうしてとは聞かずに、和馬は辻まで歩いた。
 新座の連れが亡者を追い立てて、辻の一道にその影が消えようとしているところで。
「迷子の歳神、こっちだ!」
 こんな時になんと言うものか聞かなかったので、そのままに呼んでみる。
 すると――
 ――わんっ。
 応えるように犬が吠えた。
「そう言えば戌年だったな」
 気がつくと、足元に中型の日本犬がいる。
「追い返した……これ、カミサマ?」
 新座も来て、犬を撫でる。
「さて……万夜ちゃん」
 いつの間にか辻の真ん中にしゃがんでいた万夜を呼ぶと、万夜は顔を上げた。
「今行きますー」
 何をしているかと思ったら、辻の端に石を積んでいる。結界というやつだろう。即席で道を塞いでいるようだった。
「これでいいのか?」
「はい……! ご来光が来れば御不浄は浄化されるので……これで戻りましょう」
 犬を連れて。
 来た道を帰る。帰り着く頃には、じきに日の出だと――

 そして戻って王禅寺の裏手の高台で、三人で初日の出を見た。
 初日の出が出ると、いつの間にか歳神の姿はなくなっていた。
 多分、どこかで一年の息災を守っているのだろう。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1533/藍原・和馬(あいはら・かずま)/男/920歳/何でも屋】
【3060/新座・クレイボーン(にいざ・―)/男/19歳/競馬予想師】

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■         ライター通信          ■
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 早く納品できそうなつもりでいたら、牡蠣に当たるという失態で、また納品日ぎりぎりとなりました……ごめんなさい(汗)。